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2018.06

2018.06.22 Fri

Franco Ambrosetti / Wings

今回はトランペット奏者Franco Ambrosettiのリーダー作「Wings」を取り上げてみましょう。録音1983年12月1, 2日at Skyline Studios, NYC  Recorded By David Baker  Produced By Horst Weber & Matthias Winckelmann  Enja Records  84年リリース

tp, flg-h)Franco Ambrosetti  ts)Mike Brecker  fr-horn)John Clark  p)Kenny Kirkland  b)Buster Williams  ds)Daniel Humair

1)Miss, Your Quelque Shows  2)Gin And Pentatonic  3)Atisiul  4)More Wings For Wheeler

まず最初にリーダーFranco Ambrosettiのバイオグラフィーをご紹介しましょう。スイスのLuganoで41年12月10日に生まれたイタリア系スイス人、明朗で快活、よく通るブライトなトランペットの音色はどこかイタリア・オペラをイメージさせます。父親のFlavioがヨーロッパのジャズシーンで40年代アルトサックス奏者、バンドリーダーとして活躍したミュージシャンで、その血を受け継いで9歳頃からクラシック・ピアノのレッスンを開始、トランペットは17歳から独学で始めたそうです。父のバンドやPhil Woods European Rhythm Machineのピアニストとして名高いGeorge Gruntzとの共演で腕を磨き24歳、トランペットを始めて僅か7年余り、66年ウイーンで開催されたFriedrich Gulda主催の国際ジャズ・コンペティションでトランペット部門の首位の座に輝きました。因みにこの時ベーシストMiroslav Vitousも18歳にしてベース部門でウイナーを取得(この年は人材豊作で2位がGeorge Mrazでした!)。Vitousの演奏に審査員の一人Cannonball Adderleyがそのあまりの物凄さに椅子から転げんばかりに驚いた、という逸話が残されていますが、あの巨漢なので椅子から転げ落ちなくて良かったです(笑)。ヨーロッパのジャズシーンが当時からどれだけ盛んなのかが、Ambrosettiの早熟ぶり、本作での演奏の素晴らしさ、そしてその完璧な独習による楽器のマスターぶりからも窺うことが出来ます。トランペットがメチャメチャ上手く、美しくて深い音色を湛え、色気があってたっぷりとした余裕を感じさせつつ、リズムのツボを確実に押さえた驚異的なタイム感、スイング感、フレージングの独創性、構成力、ユーモアのセンス、また本作で演奏されている彼のオリジナル曲のユニークさとカッコ良さ、全てにバランスが取れたジャズプレイヤーです。実は彼は一族が様々な会社経営を行っていた裕福な家庭環境に育ち、本人もBasel大学の経済学修士を取得していて親族が経営していた会社の社長を務めるなど、ジャズミュージシャンと会社経営の両方を、こちらもバランス良くこなしているようです。イタリア系の血がなせる技でしょうが、Ambrosettiは社交的で周囲のミュージシャンに対する気配り、配慮がなされた人物で、実際のレコーディング時もスタジオ内で笑いが絶えず、ウイットに富んだ会話にさぞかし満ちていた事でしょう。これはMichael Breckerの演奏の絶好調ぶりから十二分に感じる事が出来るのです。特に1曲目Miss, Your Quelque Showsと2曲目Gin And Pentatonicでの爆発的なブローイング、それでいて知的で緻密な構成力を併せ持ち、音楽の深部に更にぐっと入り込もうとするクリエイティヴネス、その具現化、インプロヴィゼーションの神が降臨したかの如きです。常に安定したクオリティの演奏を繰り広げるMichaelですが、周囲の雰囲気がリラックス出来る状況、彼に対して好意的であればあるほど、演奏に更にターボがかかり、とんでもない次元にまで演奏が飛翔して行くのです。これほどに演奏の充実ぶりが聴けるのは他の共演者との相性や演奏曲目へのチャレンジのし甲斐も間違いなくあった事でしょうが、何と言ってもAmbrosettiの人間的魅力にMichaelがノックアウトされたのでしょう、MichaelもAmbrosettiの演奏と人柄を絶賛していました。

同様に95年Helsinkiでのライブ録音「UMO  Jazz Orchestra With Michael Brecker」での名演奏はリラックスして何の躊躇もなく、只管演奏に集中するMichaelを感じ取る事が出来ます。彼との共演、客演を心から待ち望んでいたビッグバンドのメンバー、スタッフ、オーディエンス全員が彼自身を確実にプッシュしたのです!

「Wings」のディストリビュートは旧西ドイツの名門レーベルEnja、レコーディングは数々の名盤を産み出したNYC、MidtownにあるSkylineスタジオ、エンジニアはDavid Baker、プロデュースはEnjaのオーナーHorst Weber(一度Horstに会った事がありますが、評論家の竹村健一氏によく似た風貌、人柄の方で、さすがジャズレーベルを持つだけに強い意志を感じる人物でした。奥方が日本人だったので日本人ミュージシャンに興味、理解があったようです)。参加メンバーはヨーロッパ勢代表として、盟友Daniel Humair、彼のコンテンポラリーにして独自のグルーヴとカラーリングのセンスを持ち合わせたドラミングがこの作品の価値を一層高めています。アメリカ側からはベースBuster Williams、ピアノKenny Kirkland、フレンチホルンJohn Clark、そしてテナーサックスに我らがMichael Breckerを従えてのSextet編成です。それにしても本作はレコーディング・スタジオ、エンジニアが優れているにも関わらず録音状態がどうもいただけません。実はEnjaの作品全般に言えるのですが、ドンシャリ気味で奥行きのない詰まった感じの音質は一貫したものを感じる事が出来、この音質こそがEnja Labelの個性と言える程です。

「Wings」と次作85年録音Michaelとの再演「Tentets」の2枚をカップリングさせたCDが92年「Gin And Pentatonic」と言うタイトルで発売されました。Ambrosettiのリーダー作には違いないのですが、Michaelとの連名がクレジットされています。1曲目Miss, Your Quelque Showsが「Gin And ~」ではMiss, Your Quelque Chose、ShowsがChoseと表示されているのは単なる誤植か、タイトルを変更したのか、何事も微に入り細に入り細かい事で有名なドイツ人の主宰するレーベルなので、何か意味があるのでは、とつい深読みしてしまいます。余談ですが今から25年以上前、僕が早坂紗知Stir Upでドイツ・メールス・ジャズ・フェスティバルに出演した時の出来事です。演奏が終わって小腹が空き、大きなサーカスのテントのような会場を出て軽く何か食べようと、フランクフルト・ソーセージのぶつ切りにカレー粉をふりかけたカリーヴルスト(ちょうど日本のお好み焼きやたこ焼きのような存在の、ドイツでは最もポピュラーな食べ物です)を屋台に買いに行きました。紙の皿と陶器の皿に盛られた2種類があり、陶器の方はデポジット料金が掛かりますがフランスパンが付いてくるのでそちらにして、食べ終わって皿を返却しました。当然デポジット金を受け取れるものと思っていましたが梨の礫、観たいステージがあるので仕方ないと思いながらその場を立ち去ろうとすると、隣にいた男性に腕を掴まれました。「何か?」異国の地で見知らぬ男性に引き止められたのには驚きましたが、その彼が僕に話しかけます。「ちょっと待て、お前は金を受け取る権利がある」「えっ?」「皿を返したお前は金を受け取れるんだ」更に彼は店員に向かって「何でこいつに金を返さないんだ?ずるい事はよせ」店員は渋々と僕に返金し、事は丸く収まりました。彼は一部始終を見ていた訳なのです。丁寧にお礼を言いましたが、その時の「当然の事をしたまでさ」と言わんばかりの笑顔が忘れられません。人に対して無関心でいられない観察力と正義感、細かい事に対するこだわりが半端ない国民性、そうそう、ドイツ人は本当によく信号を守り、歩道と自転車道を厳格に区別します。

「Gin And Pentatonic」に「Wings」の4曲は全て収録されていますが、「Tentets」の方は全5曲中残念ながら2曲カットされています。「Tentets」収録Wayne Shorterの名曲Yes Or NoやGeorge Gruntzのオリジナルでの10人編成ラージアンサンブルのゴージャスさ、AmbrosettiワンホーンAutumn Leavesの素晴らしさ、これら3曲が「Wings」に追加されてのリリースという形です。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目AmbrosettiのオリジナルMiss, Your Quelque Shows、何でしょうこの曲のカッコ良さは!コンテンポラリー、ストレートアヘッド、そしてハードバップの匂いも感じさせる曲調ですが、聴いたことのない類のメロディラインです。曲の随所に聴かれるドラムスのカラーリングが実に素晴らしいです!ソロの先発Ambrosettiのフレージングの合間に聴かれるフィルイン、例えば0’57″のフレーズ、何ですかこれは?笑っちゃうくらいに狙っている、意外性のあるオカズです!Humairのたっぷりとしたグルーヴ、それでいてシャープなビート、レスポンスが素早く、スネアのアクセントの入り具合が自由自在で、他では考えられないセンスです。4’34″頃から始まるMichaelのソロに対応すべく繰り出すスネア、皮モノの連打、イヤー物凄くカッコいいです!間違いなくSteve Gaddに負けずとも劣らない変態系ドラマーの一人でしょう。Kenny Kirklandは大好きなピアニストの一人ですが、ここでも実にネバリのある、ビートに纏わりつくスウィンギーなタイム感を聴かせています。バッキングも決して出しゃばらず、しかし随所にヒラメキを感じさせるフィルインを聴かせ、その場毎に俯瞰しながらシーンを活性化させています。1’05″で聴かれる単音のフィル、イケてます!Buster Williamsの独特の音色、ベースライン、アプローチ、On TopのビートがHumairのドラミングと一心同体化しています。Ambrosettiのソロ、トランペットをここまで吹けたらさぞかし気持ち良いでしょうね!もはや上手い、という次元ではなく、楽器を媒体として確固たる自分のメッセージを高らかに、朗々と語っています。話すべき内容が実にたくさん有り、自分自身たまたまトランペットを吹いていて、豊富な内容の話をオーディエンスにただ聴かせるために鼻唄感覚で演奏する、Ambrosettiの超絶テクニックは表現するものがまずありき、テクニックをテクニックとして身に付けたのではなく、表現するものが明確に見えていて具体化すべく、その結果楽器が上手くなった、と僕は解釈しています。トランペットソロを実に嬉しそうに聴いていたMichael(その場に居合わせたわけではありませんが、これだけの演奏を聴くとその場の情景がくっきりと目に浮かんでしまいます!)、彼のソロが続きますが、これこそ神降臨!Ambrosettiのプレイに徹底的にインスパイアされ、彼と同じく表現すべき事柄が全てこの瞬間に確実に見えています。物凄いテクニックの嵐なのですが、ストーリーを語るためのテクニックの使用、しっかりと唄が聴こえて来ます。2ndリフが演奏されソロが終了と思いきやもう一場面繰り広げられており、ユニークな構成です。Kirklandのソロがまた素晴らしい!フレージングやタイムもさる事ながら、ピアノの音色がとても美しいのです!Busterも的確に対応しています!ここでのKirklandとの出会いがMichaelの初リーダー作「Michael Brecker」の人選に繋がったに違いありません。ピアノソロにもテナーソロと同様にオマケが付いています。その後のドラムスとのバース、ソロイスト各々とのやり取り、全ての音にムダがなく、発した音に互いに責任を持ちつつ、さらに話題を提供し合いながら高尚な会話が継続されました。ラストテーマを迎え大団円状態でのFineです。

2曲目はタイトル曲のGin And Pentatonic、Michaelのソロが大々的にフィーチャーされています。この時のMichaelの使用楽器はお馴染みAmerican Selmer Mark6 No.86351、マウスピースはBobby Dukoff D9(翌84年からDave GuardalaにスイッチするのでDukoff使用最後の頃です)、リードはLa Voz Medium、ダークでいてブライト、エグさがハンパない音色、最低音からフラジオまで自由自在のコントロールです。Miss, Your Quelque Showsのテーマではフレンチホルンの存在が希薄でしたがこの曲のアンサンブルでは、はっきりと聴くことが出来ます。この曲調もまた大変ユニークですが、ソロの先発Michaelがまた大変なことになっています!ここまでイキまくっているソロはMichael史上そうはありません!しかもごく自然体で。ストーリーの起承転結、展開の仕方、ダイナミクス、超絶技が連続のフレージング、イキまくっているにも関わらず全てが完璧な構成、ある図形が内側の複雑な図形を理路整然と収納して、もとの図形を成り立たせている様子、熊本城の石垣〜武者返しの石積みとでも例えましょうか。リズムセクションも一丸となってMichaelのソロをサポートしています。Ambrosetti、Buster、 Kirklandといずれも素晴らしいソロが続きます。以上レコードのSide Aでした。

3曲目はFrancoの父親Flavioのオリジナル、Atisiul。これはFlavioの奥様、Francoの母親でもあるLuisitaに捧げたナンバー、Luisitaを逆から綴ってタイトルにしています。日本でも引っくり返して逆から読む事をバンド用語と言いましたが、最近の若いミュージシャンはあまり使わなくなりました。昔のドンバは全世界共通のセンスを持っているのです。

Michaelのルパートのメロディ奏はいつ聴いてもドラマチックで、彼流の美学に満ちています。その後インテンポで全員によるテーマが演奏されますが、コンテンポラリーなテイストを湛えたナンバー。ストイックさも感じさせるメロディ、コード進行、 Flavioの奥様は一体どんな方なのでしょう?ソロの先発Michaelには前2曲に較べてある種の演奏上の躊躇を感じます。タイムもやや滑りがちで、語り口も辿々しい時があります。何か気になることがあったのでしょうか?「行ってしまえ〜!」感が無くなりました。続くJohn Clarkのフレンチホルンのソロ、途中でテンポのなくなるフリー状態に突入します。ピアノやドラムスのパーカッシヴなバッキング、ベースのアルコでのフィルイン、短いドラムソロを経てア・テンポでトランペットのミュート・ソロになります。ミュートを外したソロで再びリズムが無くなり、フリー状態が一瞬訪れますがドラムソロを経てラストテーマへ。この演奏は全体的にラフさを感じてしまうテイクです。

4曲目はGeorge GruntzのオリジナルMore Wings For Wheelers。トランペット奏者Kenny Wheelerに捧げられている美しいバラード。テナーとフレンチホルンのアンサンブルが効果的に用いられており、Francoをフィーチャーしてのナンバーです。Side BはSide Aの2曲の素晴らしさに比べて物足りなさを感じてしまいました。

2018.06.11 Mon

Joe Henderson Big Band

今回はテナーサックス奏者Joe Hendersonの集大成的な作品、1997年リリース「Joe Henderson Big Band」を取り上げてみましょう。

1)Without A Song 2)Isotope 3)Inner Urge 4)Black Narcissus 5)A Shade Of Jade 6)Step Lightly 7)Serenity 8)Chelsea Bridge 9)Recordame(Recuerdame)

On 1, 5, 8 recorded at Power Station, Studio C, March 16, 1992
On 2, 4,  7,  recorded at The Hit Factory, Studio 1, June 24,  1996   On 3, 6, 9, Same Location, June 26, 1996   Verve Label

ts, arr)Joe Henderson   ss, as)Dick Oatts  as)Pete Yellin, Steve Wilson, Bobby Porcelli  ts)Craig Handy, Rich Perry, Tim Ries, Charles Pillow  bs)Joe Temperley, Gary Smulyan  tp)Freddie Hubbard, Raymond Vega, Idrees Sulieman, Jimmy Owens, Jon Faddis, Lew Soloff, Marcus Belgrave, Nicholas Payton, Tony Padlock, Michael Mossman, Virgil Jones, Earl Gardner, Byron Stripling  tb)Conrad Herwig, Jimmy Knepper, Robin Eubanks, Keith O’Quinn, Larry Farrell, Diane Zawadi  b-tb)David Taylor, Doug Purviance  p)Chick Corea, Helio Alves, Ronnie Mathews  b)Christian McBride  ds)Joe Chambers, Al Foster, Lewis Nash, Paulinho Braga  cond, arr)Slide Hampton  arr)Michael Mossman  prod)Bob Belden(track 2~4, 6, 7, 9 )  prod)Don Sickler(track 1, 5, 8)

今までにも当BlogにてJoe Henはリーダー作、サイドマンでしばしば取り上げて来ましたが、今回はまた違った側面から彼の事を論ずる事が出来そうです。

作品収録全9曲はJoe Henのオリジナル7曲、かつて自身の作品で取り上げた事のあるスタンダード・ナンバー2曲から成ります。オリジナルは大変ユニークな曲構成を持ったものから、崇高な美学を湛えたナンバー、Joe Henのフレージングをそのまま曲のメロディラインにした如き変態系(?)楽曲まで幅の広い音楽性を有しています。スタンダード・ナンバーもJoe Henならではのセンスが光るチョイスです。これらのナンバーの音楽性を最大限に発揮させるべく、アメリカを代表するアンサンブル・ワークの精鋭達に集合を掛け、更にはJoe Hen所縁のジャズ・リジェンド、ジャイアンツから成る超豪華なゲスト・ミュージシャンを各セクションの要所に配した特別編成のビッグバンドを組織し、何曲かにはこれまたトップクラスのアレンジャーを採用し(Joe Hen本人も素晴らしいアレンジを共作も含め何と5曲も提供しています)、63年録音の初リーダー作「Page One」から始まる約30年に及ぶJoe Henワールドの集大成をビッグバンドで表現しようというVerve Labelのプロジェクトが企画されたのです。何よりリーダーJoe Hen自身の全く的確なビッグバンド・アレンジの提供、そこから感じる音楽表現に対する強靭な意志、さらには凄味さえも感じさせるアドリブ・ソロから意気込みがひしひしと伝わって来ます。

個人的にはCaribbean Fire Dance、Mode For Joe、In’n Out、The Kicker、If、Mo’ Jo等Joeの他のユニークなオリジナルや、オハコのスタンダード・ナンバーInvitationもビッグバンド・バージョンで聴いてみたかったところです。

ビッグバンドという形態はジャズという音楽でありながらパッケージ的な要素が強いために、スポンテニアスなアドリブやジャズの醍醐味であるインタープレイがどうしても制約されてしまう傾向にあります。66年から継続的に演奏活動を行なっているThad Jones Mel Lewis Big Band(現在でもThe Vanguard Jazz Orchestraとして活動中)は、アンサンブルとアドリブのバランスがかなりの次元まで表現されていた事で有名なビッグバンドでしたが、本作もJoe Henのアドリブがサイズ的にコンパクトな中にもコンボジャズのテイストがしっかりと織り込まれており、Joe Hen自身も一時参加していたThad – Melに引けを取らない、寧ろジャズ史上に残る緻密でハイパーなアンサンブルを従えた、ビッグバンド〜コンボ、文武両道のジャズ名盤に仕上がっています。

この作品でJoe Henがビッグバンドのアレンジを手掛けているのは意外な感じがするかも知れません。実は彼は60年代に自己のビッグバンドを組織していました 。時系列として、65年末Thad – Mel Big Bandが結成されるとテナー奏者Frank Foster、ピアニストDuke Pearsonも彼らに続きビッグバンドを立ち上げ、Joe Henは半年遅れの66年夏頃に、彼にとっての指導者的立場にあるトランペッターKenny Dorhamと双頭バンドという形でビッグバンドをスタートさせました。

Joe HenはDetroitのWayne State Universityで、クラスメイトのBarry Harris、Donald Byrd、Yusef LateefやPepper Adams達に囲まれて音楽を学び、Bartok、Stravinsky等のクラッシックも学びました。それ以前の高校時代にはStan Kenton Orchestraに興味を持っていたそうで、他のアレンジャーではBill Holmanにご執心、またテナーサックス奏者ではLester Youngを随分と研究しており、Youngのソロの完全コピーを暗譜して吹いていたそうです。その頃から曲作りやビッグバンドのオーケストレーションにもかなりの興味があった事が本作に繋がりますが、彼の演奏が構築を重ねてドラマチックに盛り上がり同時にストーリー性を有しているのは、Youngのアドリブ・スタイルのフォーマットにオーケストレーションを勉強していた事が加わって成り立っている可能性があります。

63年にBlue Note Label(BN)からアルバムデビューを飾ったJoe Henですが、作曲の才能を開花させるのはBNの彼の作品群で可能になりましたが、ビッグバンドのアレンジを披露する場には恵まれませんでした。BNではビッグバンドのレコーディングにはさほど積極的では無かったので、Dorham、Pepper Adamsら志を同じくする仲間達でリハーサル・オーケストラを組織しましたが、ライブハウスやコンサートへの出演機会もほとんど無かった中でただひたすら、黙々と練習を重ねました。どうやらその頃のリハーサル模様を録音したテープが複数存在するらしいのですが、未だ日の目を見ていません。ぜひ発掘して貰いたいものです。当時のリハーサルに参加したメンバーとしては、Lew Soloff、Jimmy Knepper、Curtis Fuller、Chick Corea、Ron Carter、Joe Chambers達の名前が挙げられますが、本作参加メンバーにも彼らの名前を見る事が出来ます。他にも参加ミュージシャンでPete Yellin、Virgil Jones、Idrees Sulieman、Jimmy Owens、Ronnie Mathews、Dick Oatts達もリハーサル参加経験者ではないかと想像しています。しかし、バンド活動は人前での演奏行為あっての継続性です。ギグがなければ練習にも身が入らなくなり、1年後にはDorhamが退団、その後数年でバンドはフェードアウト状態に陥ってしまいました。「メンバーには苦労させちゃったから恩返しをしないとね、ビッグバンドの録音には必ず彼らを呼ばないといけないね」とJoe Henは考えた事でしょう、後年実現したわけですが、我々は作品の人選の裏話を垣間見ています。

その後69年前任者のSeldon Powellが抜けたThad – Melに後釜としてJoe Henが加入、短い間でしたが熱い演奏を繰り広げました。自己のビッグバンドでの無念を晴らすべく、と言う側面もあった事でしょう。70年代に入りCrossover、Fusionの台頭によりメインストリーム、モダンジャズに活況が見られなくなり、ビッグバンドも当然勢いがなくなって行きました。Joe Hen自身も仕事が少なくなり拠点としていたNew Yorkを離れ比較的スタジオ・ギグの多かったSan Franciscoに71年移住しました。同時期にロックバンドBlood, Sweat & Tearsに参加という離れ技(?)も披露してくれました。

70年代はMilestone Labelにコンスタントに作品を残しており、以降80年代から徐々に60年代の往年の活躍ぶりを取り戻し、以前当Blogで取り上げた91年の「The Standard Joe」から本格的再始動が始まります。同年録音「Lush Life: The Music Of Billy Strayhorn」でのGrammy Award受賞がきっかけとなり再ブレークしたわけですが、この翌92年に本作のレコーディングを開始、Without A Song、A Shade Of Jade、Chelsea Bridgeの3曲を自身のアレンジで録音しています。臥薪嘗胆、虎視眈々とはまさにこの事、ビッグバンドのレコーディング・プロジェクトを狙っていたのでしょう、今がその時期だ、とばかりに録音しましたが、この後96年まで更なるレコーディングは行われておりません。Verveと何らかの契約があったのか、第2作目にビッグバンドの作品を制作する事が叶わず93年第2作目「So Near, So Far(Musings For Miles)」、94年第3作目「Double Rainbow: The Music Of Antonio Carlos Jobim」のコンボ編成2作をリリースしたのち、96年に一挙に6曲のビッグバンド録音を行い、合計9曲を収録したVerve第4作目として97年リリースとなります。文字通り満を持してのJoe Henderson Big Band、それでは収録曲について触れて行きたいと思います。

1曲目スタンダードナンバーWithout A Song、Milestone67年録音のアルバム「The Kicker」に収録されています。ここではJoe Henによるビッグバンド・アレンジ、92年録音。60年代にSonny RollinsやFreddie Hubbard達も取り上げていたナンバーです。イントロなしでいきなりJoe Henのテーマから始まります。自身のアレンジで自分をフィーチャーしてビッグバンドをバックに演奏する、こんなサックス奏者冥利に尽きるシチュエーションはありません!テーマを含め計5コーラス演奏していますが、ソロ3コーラス目からのバックリフ、続くシャウト・コーラスの何てカッコイイ事!オープニングに相応しくJoe Henの独壇場、吹きっきりでの演奏です。

2曲目オリジナルIsotope、Blue Note 64年録音の「Inner Urge」収録、Joe Henのアレンジで96年録音。初めのテーマから既に大騒ぎ状態です!ソロの先発、切り込み隊長はChick Corea、さあJoe、雰囲気を作って場を温めておきましたよ、どうぞ存分にブロウして下さい、と言わんばかりの的確なソロに続きJoe Henの登場です。曲のアレンジ構成を最も分かっている本人ならではの、アンサンブルとのやり取りが素晴らしいソロです。続く4コーラスにも及ぶシャウトコーラスの凄まじさ!本作殆ど孤軍奮闘のChristian McBrideのベースソロを経て更に、一層大騒ぎ、成層圏まで届きそうなJon Faddisのリード・トランペットのハートーンが聴けるラストテーマに繋がります。こんなラインやアレンジを書けるJoe Henって何て凄いミュージシャンだろう、と再認識させられます。

3曲目オリジナルInner Urge、前曲と同じ同名アルバム収録になります。 96年録音、トロンボーン奏者 Slide Hamptonのアレンジです。これから展開されるであろう音の壮大な構築を予感させる、問題提起感満載の妖しいイントロから、Joe Henとベースのユニゾンのメロディ、テーマ2コーラス目はアンサンブルです。タダでさえカッコイイ曲が超絶カッコ良くアレンジされています!先発Joe Henのソロは作曲者ならではのサウンド・アプローチが聴かれます。2番手Coreaのソロのまた素晴らしいこと!Joe、貴方の演奏の後をしっかり締めておきましたよ、とばかりの展開です!ピアノソロ後のルパートのアンサンブルを経てLewis Nashの短いドラムソロ、そしてアレンジャーHamptonの美学が冴えるチュッティ、シャウトコーラスのエグい程のゴージャスさ!最後は再びJoe Henとベースのユニゾンのテーマ、終わったかに見せかけてのエンディングの、これまたえげつない位に素晴らしいダメ押し。ため息が出るほどに聴き応えがある演奏です。

4曲目オリジナルBlack Narcissus74年録音の同名作に収録、そして遡ること5年、69年録音の「Power To The People」(いずれもMilestone)で初演されています。Bob Beldenアレンジ96年録音。耽美的な美しさを湛えたワルツ・ナンバー、Joe Henも再録音するほどのお気に入りの曲です。ソロの先発Corea、リズムセクションとのインタープレイが素晴らしいです。ドラマーのアプローチが前曲とは異なると思いきや、やはりAl Fosterに変わっていました。アンサンブルを含めたFosterのドラミングによるカラーリングが、実に曲の場面を設定させています。

5曲目オリジナルA Shade Of Jade、Blue Note66年録音「Mode For Joe」収録。 92年Joe Henのアレンジで録音されています。バリトンサックスのフィルイン・メロディが印象的なテーマのアレンジ、これまたメチャイケてます!Joe Henのソロも絶好調、96年録音時よりも92年の方がソロに一層の冴えを感じます。続くトランペットはFreddie Hubbard、この時彼は病み上がりで万全のコンディションではありませんでした。確かにいつもの神がかったインスピレーションやタイムの素晴らしさに今一つ翳りを感じます。再びJoe Henのソロが登場、アイデアが尽きません!アンサンブルとのやり取り、その後のこれでもか、とばかりのシャウトコーラスの充実ぶりにJoe Henのアレンジにかける執念を感じました。

6曲目オリジナルStep Lightlyはトランペット奏者Blue Mitchell63年8月録音の同名作と、同年12月録音ビブラフォン奏者Bobby Hutchersonの「The Kicker」両方に収録されているナンバー。良い作品にも関わらず、いずれも何故かオクラ入りしていたために、Mitchellは88年、Hutchersonの方は99年にリリースされました。96年録音Bob Belden、Joe Hen共作によるアレンジ。 唯一Joe Henのリーダー作以外からのナンバーです。軽やかなステップ、リラックスした雰囲気の変形ブルースです。先発ソロイストはNicholas Payton、正統派然とした素晴らしいソロが聴けます。何気にバックのアンサンブルのテンションが凄まじいです。こちらもドラムがFoster、さすが晩年のJoe Hen御用達ドラマー、Joe Henのソロにとても的確なアプローチを聴かせています。続くCoreaもJoe Henの音楽性をしっかりと意識した演奏を展開しています。

7曲目オリジナルSerenityは64年録音、Blue Note「In’n Out」収録。 BNを代表する秀逸なレコード・ジャケットの1枚です。96年録音、Slide Hamptonアレンジです。Serenityとは「静けさ、平穏」の意味ですが、イントロでは既に静寂が破られています(笑)。ここでのテーマ提示感が素晴らしく、続くテーマ本編への繋がりにワクワクしてしまいます!この曲ではJoe Henのテナーサックスの音が他曲よりも前に出ているように感じます。テナーソロ導入部のバックグラウンド、Coreaのソロ後、アカペラから始まるチュッティ、アンサンブルのソプラノリードが印象的だったり、随所に聴きどころを作った凝り凝りのアレンジで、アレンジと言う枠組み、その内部に収納されている演奏の密度の濃さはとてつもないレベルです。

8曲目Billy Strayhornのオリジナル・バラードChelsea Bridgeは1曲目と同様「The Kicker」に収録されています。 92年録音、Joe Henアレンジです。個人的にはバックのアンサンブルの音量が大きすぎて、Joe Henがしっとりとppで吹いている部分が消えがちなのが残念です。バラードでのテーマ演奏後、すぐに倍テンポのスイングになるのは然もありなん、かなり元気の良いバラード演奏です。コード進行を変えつつ、各セクションのアンサンブルが綴れ織りのように交錯するするアレンジは見事です。

9曲目アルバム最後を飾るのはオリジナルRecordame、「Page One」収録。96年録音、トランペッターMichael Philip Mossmanアレンジ。この名曲は一時日本でもずいぶん流行り、どこに行っても演奏した覚えがあります。この曲のみリズムセクションのメンバーが変わり、p)Helio Alves b)Nilson Matta ds)Paulo Braga、ドラマーのBragaはJoe Henの前作「Double Rainbow」にも参加しているブラジル出身のミュージシャンで、ピアニスト、ベーシストいずれもブラジル出身者です。ボサノバ・ナンバーを本格的なブラジル・テイストのリズムで演奏したかったのでしょう。Mossmanのアレンジは洒落たセンスの中にもある種の毒気を感じさせるものが多く、ここでもそのセンスを遺憾なく発揮しています。Joe Hen、Payton、Alvesがソロをとっています。

2018.06.01 Fri

King Of The Tenors / Ben Webster

今回はテナーサックス奏者Ben Websterの代表作「King Of The Tenors」を取り上げてみましょう。1953年5月21日、12月8日LA録音 Producer : Norman Granz

ts)Ben Webster as)Benny Carter(track 1~4, 7) tp)Harry “Sweets” Edison(track 1~4, 7) p)Oscar Peterson g)Herb Ellis(track 1~4, 6) g)Barney Kessel(track 5, 7, 8) b)Ray Brown ds)Alvin Stoller(track 5, 7, 8), J. C. Heard(track 1~4, 6)

1)Tenderly 2)Jive At Six 3)Don’t Get Around Much Anymore 4)That’s All 5)Bounce Blues 6)Pennies From Heaven 7)Cotton Tail 8)Danny Boy

54年当初発売時は「The Consummate Artistry Of Ben Webster」というタイトルでNorman GranzのNorgran Labelからリリースされましたが、56年にGranzが新たにVerve Labelを興し、翌57年に同じ内容でタイトルを「King Of The Tenors」に変えて同レーベルよりリリースされました。どちらのタイトルもWebsterには相応しいと思いますが、「 King ~」の方がより的確に彼自身を表していると思います。Sonny Rollinsの代表作「Saxophone Colossus」(Prestige Label)に匹敵する、その名前を汚す事のないクオリティの演奏をするプレイヤー以外は決して使う事が許されない物凄いネーミングですが、「Saxophone ~」の方が前年56年リリースですので、Norman GranzがPrestigeのBob Weinstockに対抗して、あちらが「Colossus ~ 巨人」ならこちらは「王様」で、という具合にKingをタイトルに用いたのではないかと推測されます。

以前どこかの雑誌にもこの作品の事を挙げ、自分自身音楽的な迷いが生じたときにこのアルバムを聴くようにしていると書きましたが、未だにその作業を行う時があります。特にテナーサックスの音色に関しての迷いの場合には彼のセクシーで魅力的なトーンを浴びるほど聴き、演奏の細部にまで入り込み、そのニュアンス付け、イントネーション、音の強弱〜ダイナミクスの処理、ベンド、ポルタメント、グリッサンド、ビブラートのかけ方とバリエーション、音が消え入る時のカサカサ感、グロウトーン、音色のカラーリング、サブトーンの充実感などの再認識作業を行います。Websterはそのサウンドの全てに於いて、規範となりうる演奏者です。楽器の上手さとは、特にサックスに於いては運指的に早く正確に吹ける、フレーズの持ち札が沢山あり、適材適所で使用可能である、フラジオ音を確実にヒットさせる、等の超絶テクニカルな面が偏重される傾向にありますが、彼の場合はテナーサックスでメロディを歌い上げることが最重要事項であり、そのことに付随する奏法が誰よりも的確で充実していることを考えると大変に楽器が上手い、テクニシャンと言えます。楽器演奏に於けるテクニックとは奏者がその場でイメージした事柄を瞬時に確実に表現するための手段であります。Websterは熟練した歌唱力を持ったボーカリストの境地、マエストロと言えます。

ジャズテナーサックスの開祖と言われる3人、Coleman Hawkins、Lester Young、Ben Websterいずれもがツワモノですが、とりわけWebsterが僕の好みです。Hawkinsはトツトツとした語り口と音色が個性的でこの3人の中で一番年長、この人がジャズテナーサックスを始めた張本人です。Youngはスイートでハスキーな音色が魅力、フレージングにも独特の美学があり、その一風変わった人柄が物議を醸し出しましたが実に多くのフォロワーを有しています。

僕が以前在籍したビッグバンド、原信夫とシャープス&フラッツのリーダーでテナーサックス奏者の原信夫さんが大のWebsterファン、僕自身も以前からWebsterの演奏が好きでしたがシャープス在団中に随分と原さんに仕込まれました。「ユーさ」、原さんくらいの年代のプレイヤーの方は若手に対しこのように話し掛けていました。「ミーの事ですか?」とは流石に答えられませんでしたが(笑)、「これ聴いておいてよ」と度々レコードやCDをカセットテープにダビングしたものを渡されましたが、Websterが一番多かったです。「今の若いテナーには面白い奴がいないけど、Branford Marsalisは別格だね。あれはBen Webster直系だからさ」とは原さんの弁、テナーサックス・プレイヤーの良し悪しをWebsterに影響を受けたか否かを基準にして考えています。Arnette Cobb、Buddy Tate、Stanley Turrentine等Webster直系のテナー奏者のテープやCDも原さんから頂きましたし、シャープスは実際彼らとも共演の経験がありました(残念ながら僕が入団する前の出来事ですが)。男の色気をムンムンと感じさせ、低音域をメインにした大胆な語り口の中にもきめ細やかさ、デリケートな表情付けが実に巧みなWebster、後続のテナーサックス奏者に多大な影響を与えました。彼の楽器のセッティングですが、マウスピースはOtto Link Master Model オープニング5番をリフェイスして8番に広げたもの、リガチャーは初期の頃はマウスピース・テーブル裏の溝に嵌める最初期のオリジナル・タイプのものでしたが、後年はFour Star Modelのリガチャーを使っていました。リードはRico 3半、楽器本体は1937年製Selmer Balanced Action No.25418

黒人テナーサックス奏者はJohn Coltrane、Dexter Gordonに代表されるようにアゴを引き、うつむき加減にマウスピースを咥えて演奏するプレイヤーが多いですが、「The Consummate Artistry 〜」のジャケ写で顕著に写っているようにWebsterは寧ろアゴをかなり上げて演奏しています。40年代〜50年代にこの奏法のプレイヤーは珍しいです。Clifford Jordanもかなり顔を上げて吹く奏法のプレイヤーですが、Websterほどではありません。アゴを上げた方がノドが解放されてリラックスするのでよく共鳴し、奏法的には良い筈です。話し声、スピーチも下を向いて原稿を見ながら話すよりも前を向いて自分のイメージでの方がよく通りますから。彼のワンアンドオンリーなサックスの響き、音色、ビブラートはもしかしたらこの奏法の良さに起因しているのかも知れません。ただ50年代後半頃から次第にアゴが落ちて行き、比較的普通の角度での奏法に変わっていきました。アゴを引いて演奏しているColtrane、Dexter二人とも素晴らしい音色じゃないか、と言われると全くその通りなのですが(爆)

因みに写真は順番にColtrane、Dexter、Cliffordです。

演奏曲に触れて行きましょう。1曲目Tenderly、Granzお抱えVerve専属の名ピアニストOscar Petersonの美しい、これから繰り広げられるであろう美の世界を十分に予感させるイントロからWebsterのメロディ奏が始まります。それにしても何でしょう、このテナーサックスの音色は!音の深度が他のプレイヤーとは全く違います!蕩けんばかりに甘く、切なさを感じさせながらも渋さを湛えたビタースイート・テイスト、一音への入魂振り、発する音全てに対して責任を持つかの如き的確なニュアンス付け、メロディ・フェイクの巧みさ、大胆に語ったかと思えば囁くように呟く信じられない程の音量のダイナミクス、歌詞をなぞらえながらサックスを吹いているかの如しです。この1コーラス半の演奏にジャズ・バラードの森羅万象が存在すると言っても決して過言ではありません。そしてこのバラードプレイを超えるものは未だ存在しないのです。

2曲目はアルトサックスBenny Carter、トランペットHarry “Sweets” Edisonが加わったEdisonのナンバーJive At Six。ソロの先発Carter、続くEdisonもさすが良い味を出しています。その後のWebsterのソロ、この人はある程度のテンポ以上になるとトーンにグロウをかけ始め、ブロウするいわゆる”ホンカー”に変身し始めます。個人的にはバラード時よりも大味な演奏になるように聴こえるのがちょっとばかり不満です。

3曲目はDuke Ellington作曲のDon’t Get Around Much Any More、Websterもかつて彼のビッグバンドに在団していました。この位のテンポのスイング・ナンバーはバラードの延長線上で演奏しているように聴こえます。いや、何とメロウな吹き方でしょう!Carter、Edisonが後テーマでバックリフを演奏しています。

4曲目はスタンダードナンバーからThat’s All、やはりこの人の真髄はバラードにありますね、待ってましたとばかりに聴き入ってしまいます。ここでは比較的ストレートにメロディを奏でています。同様にここでもCarter、Edisonのハーモニーを後半に聴く事が出来ます。

5曲目はWebster自身のペンによるBounce Blues、レイドバックしたメロディの後Peterson、Barney Kesselのギターソロが聴かれ、Websterの登場になります。ソロ前半はバラード演奏に準じているのですが、次第にホンカーに豹変してそのままのスタイルでのメロディ・プレイでFineです。

6曲目は50年代当時流行のナンバーの一曲Pennies From Heaven、ピアノのイントロが印象的です。Websterメロディフェイクも巧みにテーマを演奏、Edisonのソロも素敵です!tp、asのバックリフに煽られたのかホンカーが再び降臨しています。

7曲目、再びEllingtonのナンバーCotton Tail、ここでのソロは実に有名なもので、ビッグバンドのソリでソロが採譜されたものを演奏したことが何度もあります。ある程度のテンポの曲なのでご多分に漏れず、グロウトーンで演奏しています。

8曲目、レコードのラストを飾るのはアイルランド民謡がベースになった名曲Danny Boy、テナーサックスでしっとりとメロディを奏でる際の定番曲の一曲です。日本でも故松本英彦さんの名演が忘れられないですが、Sam TaylorやSil Austinが残した演奏も素晴らしいです。でもここでのWebsterの演奏が全ての発端、実に朗々と歌っています。ここでのキーはDメジャーですが、松本さんはE♭メジャーで演奏していたのを覚えています。円熟、枯淡の境地が聴かれるWebster65年Denmarkでの演奏がyoutubeにアップされていますので、クリックしてご覧になって下さい。https://www.youtube.com/watch?v=pwFiLuYFiZ0