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2020.01

2020.01.24 Fri

Treasure Chest / Joe Gilman Trio & Joe Henderson

今回は米国人ピアニストJoe Gilmanの1992年リーダー作「Treasure Chest」を取り上げてみましょう。Joe Hendersonが4曲ゲスト参加しています。

Recording Date: 12 November and 12 December 1991 Recorded at Bay Records / Oakland Recording Engineer: Bob Schumaker Produced by Bud Spangler Executive Producer: Wim Wigt Label: Timeless Records, Holland

p)Joe Gilman b)Bob Hurst ds)Jeff “Tain” Watts ts)Joe Henderson(on 3, 5, 7, 10) tp)Tom Peron(on 7)

1)Treasure Chest 2)The Enchantress 3)It’s All Right With Me 4)New Aftershave 5)A Second Wish 6)Chains 7)Non Compos Mentis 8)Nefertiti 9)Juris Prudence 10)It’s All Right With Me

1962年California生まれのJoe Gilmanは7歳からピアノを始め当初はラグタイムに興味を示しました。10代の頃にDave Brubeckのプレイに魅力を見い出し、その後Oscar Peterson, Herbie Hancock, Chick Corea, McCoy Tyner, ピアニスト以外ではJohn Coltrane, Miles Davisと言ったジャズ・リジェンドのレコードを愛聴しました。クラッシック音楽を学んだ過程ではIgor Stravinsky, Sergei Prokofievのコンセプトに影響を受けたそうです。92年からCaliforniaにあるAmerican River CollegeとSacramento State Universityで教鞭を執り、University of the Pacific’s Conservatory of Musicでは00年に創設されたThe Dave Brubeck Instituteの授業も行う楽理派でもあります。 米国には第一線にはあまり登場しなくとも、教育者として活動し続け、オリジナリティはともかく、いざとなったら凄い演奏を繰り広げる事が出来る、ポテンシャルが半端ないミュージシャンがとてつもない数潜在しているように感じます。

本作は当時のBranford Marsalis QuartetのリズムセクションだったベーシストBob Hurst、ドラマーJeff “Tain” Wattsを迎えたトリオ編成を中心に、更にJoe Hendersonを加えたカルテットでも4曲を演奏しています。本作録音の頃のBranford Quartetの作品としては90年作品「Crazy People Music」、91年リリース「The Beautyful Ones Are Not Yet Born」がありますが、これらでもHurst, Wattsの二人は抜群のコンビネーションを聴かせています。Wattsに関して、96年頃からMichael Brecker Quartetにも加入する事になりますが、その事がきっかけで大きく成長しました。参加当初は周囲から違和感も囁かれましたが、それまで経験した事のないタイプであるMichaelの音楽性を吸取紙のように吸収し、あっという間にMichaelが自分の音楽を表現するに欠かせないドラマーに変身を遂げました。当然ですがそこで培われる更なる緻密で大胆なテクニック、グルーヴ、柔軟で幅の広い音楽性はここではまだ発揮されておらず(加入5年前です)、片鱗を見せる程度です。基本的なビート感は一貫していますが、どちらかといえばオーソドックスなアプローチに徹しています(とは言え、物凄いドラミングですが)。

それでは演奏について触れていきましょう。1曲目GilmanのオリジナルでアップテンポのナンバーTreasure Chest、表題曲に相応しい華やかでスインギーな演奏です。クリアーでタイトなピアノタッチ、on topなリズムのノリはスピード感を伴い、どこかOscar Petersonをイメージさせますが、フレージングやサウンドはコンテンポラリー系が中心なので異なります。彼なりの歌い方を感じさせるスタイルも十分に聴かれるソロは、リズム隊にサポートされグイグイと展開、Hurstのやはりon topなベースがRay Brownを彷彿とさせ、二人のビートに対してWattsがステイしているのでトリオのバランスが保たれていますが、これはまさしくBrownとEd Thigpenが在籍したThe Oscar Peterson Trioのフォーマットでしょう。ピアノソロ1’10″辺りで一瞬ヒヤリとさせられましたが全くOKです!2’01″辺りからの歌い回しにどこかBrubeckを感じました。超絶ベースソロの後にドラムとの8バースも聴かれますが、Wattsのフレージングには他にない独自なセンスを感じます。3’25″からのピアノソロ・フレーズの凄いこと!再びイントロ、そしてラストテーマを迎えシンコペーション・フレーズでカットアウト、Fineです。4分強の短い演奏にトリオの魅力が凝縮されたテイクに仕上がりました。

2曲目Gilman作のワルツThe Enchantress、Coreaの作風に似たテイスト、サウンドを感じさせますが美しいメロディとセンシティブなピアノタッチが美の世界へと誘います。Hurstの絶妙なバッキング、Wattsの繊細で大胆なElvin Jonesライクなブラシワークに支えられてドラマチックに演奏が展開していきます。ピアノソロのテイストを受け継いだベースソロも深い音色で見事なピチカートを聴かせています。ラストテーマもきっちりと律儀に演奏され、教育者ゆえなのでしょうがGilmanの真面目な人柄を垣間見た気がします。

3曲目は本作のトピックスCole Porter作曲のお馴染みIt’s All Right With Me、Joe Henが加わります。ユニークなシンコペーションを生かし、緊張感を伴ったリズミックなパターンから成るイントロから始まりますが、エレクトリック・ピアノが使われています。明らかにFender RhodesやYAMAHAのCP80とは異なる音色、こちらはRoland社製のものだそうです。個人的にはやや深みに欠ける音色に聴こえますが、演奏する本人が気に入って使っていればそれで良いのです。低音域でのメロディ奏は一聴してすぐ彼と分かる、オリジナリティ溢れる魅惑のテナートーン、この時点で一体どんな世界を構築してくれるのかワクワク感満載です!だってJoe HenのIt’s All Right With Meですから!!そして期待を裏切らずピックアップ・ソロのフレーズから炸裂、ブッ飛んでます!1コーラス目はテーマのパターンが持続しその上でのインプロヴィゼーション、エグくてリズミック、スピード感ハンパ無いブロウ、間の取り方も絶妙、と言うか間こそがフレージングの要とばかりに決してtoo muchにならず、要点を確実に述べながらJoe Henフレーズを駆使しストーリーを展開します。2コーラス目からスイングに、リズムセクションはJoe Henの演奏に圧倒されひたすらキープに回っているが如し、でもWattsが果敢に呼応しています!ですが、ですが、後年の演奏スタイルならばきっととんでもない異次元の世界に誘ってくた事でしょう!続くGilmanのソロもイッてます!4’23″からのようなフレージング、大好きです。ピアノソロ後再びイントロのパターンに戻りラストテーマ、その後はパターンが延々とリピートされ、Joe Henはフレッシュなフレーズを連発しています。そしてフェードアウトかと思わせ、ベースとドラム二人で示し合わせたようにリズム・モジュレーションを用いテンポを変えて再びテーマ演奏へ、丸々1コーラスメロディを演奏しているじゃありませんか!面白過ぎです!エンディングはさすがにフェードアウトでFineです。

4曲目はGilmanのオリジナルNew Aftershave、小気味良いスイングナンバーです。オーソドックスなスタイルを中心にThelonious Monkのテイスト等を交え巧みにソロを取っていますが、ちょっと優等生過ぎるきらいもあります。やはり職業柄、それともお人柄からでしょうか?ジャズはワルや、やさぐれ感に由来する毒が必要不可欠だと思うのですが、タイトル通りでひげそり後の爽快感のイメージならば良しとしましょうか(笑)ベースソロ、ドラムとの4バースを経てラストテーマへ。

5曲目A Second Wish、美しいピアノイントロから始まるこちらもJoe Henが参加したナンバー、ルパートでテナーによるテーマ奏の後、ベースパターンでテンポが定まり、特にテーマの提示はなくピアノソロへ。ドラマチックなコード進行の上で叙情的にフレーズを繰り出すGilman、続いてJoe Henのソロが始まり豊かなイメージを内包しながらのアプローチ、Hurstの絡み具合が秀逸です。テナーソロ後にフェルマータしピアノのルパート奏、テナーのきっかけでアテンポ、ラストテーマはコードのサウンドとテナーの音色が良く合致したアンサンブルを聴くことが出来ます。

6曲目ChainsはGilman作のモーダルなブルース、ユニークなテーマとリズミックなシカケが映える佳曲、トリオ編成でこちらも早いテンポが設定されています。どこかCoreaのMatrixでの演奏をイメージしてしまうのは僕だけではないでしょう。とはいえGilman流暢に、ストーリーを語るが如く巧みにソロを取り、Wattsのドラミングとも絶妙なコラボレーションを聴かせ、その勢いで壮絶なドラムとの1コーラス・バースに突入します。コーラスを重ねる毎にドラムソロの密度が濃くなって行くのが分かります。

7曲目Gilman作Non Compos MentisはMiles Davisの「Miles in the Sky」と、70年代Joe HenがMilestone Labelに残した一連の作品からのイメージを湛えたジャズロック的なナンバーです。アンサンブル要員でリーダーの旧友、トランペッターTom Peronが参加しています。Joe Henここでも絶好調のアドリブを聴かせています。Gilmanのソロ、リズムセクションも同様に素晴らしいアプローチを聴かせ、バンドの一体感が見事です。レコーディングは残されていませんがJoe HenはMilesのバンドに一時期参加していたそうで、そのオマージュの意味合いもあったのでしょう。

8曲目Wayne Shorterの書いた名曲にして超難曲の代名詞としても名高いNefertiti、こちらもMilesゆかりのナンバーです。ここではエレクトリック・ピアノによるソロで演奏されていますが、コーラスやディレイといったエフェクトが施された独特の雰囲気でのプレイは、曲の持つムードに不思議に合致しています。

9曲目Juris PrudenceもGilman作のナンバー、8ビートのリズムで演奏されるメロディはDizzy GillespieのナンバーMantecaを彷彿とさせますが、単なるシャレなのか、本気なのか、トリオの三位一体でのリズムの饗宴は真剣そのものですが。ベースパターンもトリッキーでリズミック、シンセサイザーの音色でのアンサンブルは曲に色付けを施し、アルバム全体に変化をもたらしています。

10曲目It’s All Right With Meは3曲目の同曲別テイクになります。テンポはこちらの方がやや遅く、演奏の構成はほぼ同じ、ひとつ大きな違いはJoe Henがメロディを上の音域で演奏している点で、オープンな雰囲気になります。先発のテナーソロはまた違ったアプローチを示していて素晴らしいのですが、一度真っさらな紙の上に大胆に毛筆で大きく文字を書いてしまった後のようで、ソロに対するフレッシュさが目減りしてしまった風を感じます。3曲目の方がファースト・テイクで、演奏が上手く言ったのでOne More Takeとなり、こちらがセカンド・テイクにあたるのではないでしょうか。エンディングのテナーソロもこちらの方があっさり目に聴こえますが、実は単にフェードアウトを早めただけかも知れません。ピアノソロに関しては両テイク共に彼らしさが出ていると思います。続けて同じ曲を演奏しようとする際、前のテイクがスポンテニアスで音楽の深部に到達していればいるほど、繰り返しのテイクには奏者にプレッシャーが加わり、作為的になるものです。本テイクのクオリティはこの曲の名演奏のひとつに数えられるべき内容ですから。総じて最初のテイクの方に軍配が上がると思いますが、こちらも例外ではありません。なので別テイクを巻末に収録する意味合いを今一つ感じる事が出来ないのですが、このテイクとの比較によりオリジナル演奏の凄みを再認識出来るという、特典付き別テイク収録という事になるのでしょうか(爆)

2020.01.17 Fri

My Romance / Kevin Mahogany

今回はボーカリストKevin Mahoganyの1998年アルバム「My Romance」を取り上げてみましょう。素晴らしい共演者、アレンジャーを得て極上のバラード作品に仕上がりました。録音の良さからも彼の代表作の一枚と言えると思います。

Recorded: May 11-13, 1998 at Sear Sound, NYC Produced by Matt Pierson Assistant Producer, Kevin Mahogany Recorded by Ken Freeman Mixed by James Ferber Strings Arrangement on “Wild Honey” by Michael Colina

vo)Kevin Mahogany p, arr)Bob James b)Charles Fambrough ds)Billy Kilson ts)Kirk Whalum ts)Michael Brecker

1)Teach Me Tonight 2)Everything I Have Is Yours 3)My Romance 4)I Know You Know 5)Don’t Let Me Be Lonely Tonight 6)Stairway to the Stars 7)May I Come in? 8)Wild Honey 9)I Apologize 10)How Did She Look? 11)Lush Life

魅力的な低音域の声質、ジャジーなイントネーションとセンス、正確なピッチ、発音と発声を有しBilly Eckstine, Joe Williams, Johnny Hartmanら正統派男性ボーカリストの流れを汲むKevin Mahoganyは58年Kansas City生まれ、幼い頃からピアノやクラリネット、バリトンサックスを手掛け高校生の時に既に音楽を教えていたそうです。Lambert, Hendricks and RossやAl Jarreau、Eddie Jefferson達に音楽的な影響を受け、本作では殆ど披露されていませんがスキャットも大変に堪能なボーカリストです。96年Robert Altman監督の映画Kansas Cityのサウンドトラック盤ではHal Willnerがプロデュースを担当、例えばCraig HandyがColeman Hawkins、Geri AllenがMary Lou Williams、James CarterはBen Webster役を務めていますが、Mahoganyも伝説的ブルースシンガーBig Joe Turner役で参加しています。

Mahoganyの93年初リーダー作「Double Rainbow」(Enja)はKenny Barron, Ray Drummond, Lewis Nash, Ralph Mooreら名手を迎え、先輩格のシンガーJon Hendricksがライナーノーツを寄稿した記念すべきデビュー作、オハコのスキャットも十分に披露し、共演者とのインタープレイも巧みなアルバムです。スインギーなジャズテイストやグルーヴは本作と遜色ありませんが、音程やタイム感はこちらの方に軍配があがるのは、初リーダー作からMahoganyが進化している証でもあります。

それでは演奏に触れていきましょう。1曲目Teach Me Tonight、Bob Jamesのメロウなピアノイントロに続き、素晴らしい音色のテナーでフィルインを聴かせるのがKirk Whalum、この人は当Blog初登場になります。大好きなテナー奏者なのですがたまたま取り上げるチャンスがありませんでした。彼の演奏はスムースジャズという範疇にカテゴライズされるようですが、ジャズ的要素をかなり持つプレーヤーです。むしろどっぷりとジャズに足が浸かっていないスタンスでの違った歌伴表現、テイストの異なるオシャレなオブリガードを聴かせていると感じます。彼の使用楽器ですがJulius Keilwerth SX90R Black Nickel、マウスピースはVandoren V16 T8、リードは同じくVandoren V16 4番。サックスの音色はその人の身体から生じるもので、使用楽器とマウスピースは二次的なものですが、個性を発揮させるためのオリジナルなセッティングと言えるでしょう。サブトーンを活かしたオブリ、芳醇な音色でタイトなリズムを聴かせるソロはどこか極上な赤ワインの味わいに似ています。伴奏のピアノトリオはリラックスした中にも適度に負荷がかかった美学を持ちつつ一切無駄のない、全ての音がサウンドしている音空間を構築しています。2’50″からピアノがホールトーンで下降するフィルインを弾いています。唐突といえば唐突なのですがJamesの独特なユーモアのセンスと感じるのは僕だけでしょうか。

2曲目はEverything I Have Is YoursはMahoganyの尊敬するBilly Eckstineの歌唱で有名なナンバー、冒頭トリオによるイントロ、唄に入ってもドラマーBilly Kilsonはスティックではなく手のひらを用いてセットの革物を叩いており、パーカッション的な柔らかさを表現しています。Mahoganyはよく伸びる美しい声で朗々と歌い、強弱を生かして切々と愛を唱えています。ピアノソロに入りドラムはブラシに持ち替え巧みな16ビートを演奏、ベーシストCharles Fambroughも的確なサポートを聴かせています。間奏のピアノも歌伴とインストのソロ端境ギリギリに位置するテイストで演奏しています。後唄では再びKilson、ハンド・ドラマーに徹しています。

3曲目はタイトルチューンのMy Romance、幾多のボーカリストに取り上げられた定番中の定番曲ですが共演者の巧みな伴奏もあり、忘れられない好演奏に仕上がっています。冒頭テナーとボーカルのデュエットでメロディが演奏されていますが、二人のトーンの豊潤さが相乗効果を生み、コードやリズム楽器が無くとも十分に音楽が成り立っています。一曲丸々デュオ演奏でも良かったのではとも感じていますが、割って入るように弾き始めたJamesのピアノがMahoganyのボーカルをナイスサポート、また違った側面を聴かせます。テナーのオブリガートを交えながらその後テナーソロ、いや〜実に良い音ですね!堪らないです!ニュアンス、イントネーションもちょうど良いところを保ちつつメロディフェイク的なアドリブを聴かせてくれます。その後あと歌へ、そしてアウトロはキーを変えておしゃれにスマートにFine、素晴らしいですね!ベース、ドラムが加わらないトリオ演奏で終始しました。

4曲目はシンガーソングライターLyle LovettのナンバーI Know You Know、Lovettは俳優としても活躍し、前述の映画Kansas Cityの監督Altman作品の常連でもあります。ここではテナー奏者が交代しますが、その人はお馴染みMichael Brecker、間違いなく歌伴テナーの第一人者として、ありとあらゆるボーカリストの伴奏をこれ以上相応しい演奏はあり得ないという次元で務めていますが、ここでもブルージーに、アンサンブルのメロディもニュアンス巧みに、そしてさりげなくMichael節を聴かせています。Mahoganyのボーカルも、ブルース表現を決してtoo muchに出さずにアーバン・ブルース的?コンセプトで歌い上げています。Whalumがこの曲の伴奏を務めたらMichaelよりももっとブルージーだったかも知れませんね。

5曲目Don’t Let Me Be Lonely TonightはJames Taylor作の名曲、多くのアーティストによってカヴァーされています。73年オリジナルの演奏ではMichaelが参加しており、その間奏は初期の彼の名演奏の一つになっています。Michael自身も01年の作品「Nearness of You: The Ballad Book」で取り上げ、逆にTaylorをゲストとして招き素晴らしい演奏を繰り広げ、グラミー賞に輝いています。

印象的なピアノのイントロから始まりMahoganyのボーカルが聴かれますが、Taylorに比べてずっとキーが低く、低音域での歌唱によりずいぶんと雰囲気が変わっています。是非ともWhalumに歌伴、そして間奏をお願いしたかったですが、残念ながら聴くことは出来ません。CDのクレジットでは参加していることになっているのですが…

6曲目Stairway to the Starsは古いスタンダード・ナンバー。こちらも多くのミュージシャンに取り上げられている名曲です。ドラムのブラシから始まるイントロはここでもJamesの巧みなアレンジが光りますが、そのまま本編でも美しいメロディライン、Mahoganyのメロウなボーカルと歌い回し、トリオの全く雰囲気に合致した、見事としか言いようの無い伴奏とが合わさり、芸術性と職人芸の融合、この曲の新たな名演奏が生まれています。

7曲目May I Come in?はNancy Wilson, Rosemary ClooneyやBlossom Dearieたち女性ボーカリストに取り上げられているナンバー。Dearieの64年同名作での可愛らしい(カマトト?)歌唱と比較すると、Mahoganyの低音域・益荒男ぶりが実によく映えます。

ここでもMichaelが伴奏を務めます。イントロでの切なさを感じさせる吹き方は流石です!スロ−な8ビートのリズムの上でMahoganyたっぷりと、朗々と歌い上げています。続いてMichaelのソロ、ボーカルのバックのレコーディングでは予め譜面や音源、アレンジのコンセプトなどを、可能な限り入手してスタジオに臨むと言っていました。ここでのプレイもそう言った準備を入念に行った演奏と解釈できる、実にサウンドしている演奏だと思います。エンディングでにてMahogany、ここでは敢えて封印していたスキャットでMichaelとバトルを行っています。「Kevin, この作品はバラード集でしっとりとした作品コンセプトだからさ、スキャットはやっても程々にね」とプロデューサーのMatt Piersonにクギを打たれていたのでしょうね、顔見世興行的にほんのご挨拶で終えて、フェードアウトです。

8曲目Wild Honeyは英国が誇るロックシンガーVan Morrisonのナンバー、再びWhalumを迎え、ストリングスセクションも配した演奏になっています。ストリングスアレンジは名手Michael Colina、ゴージャスなサウンドを提供して正に適材適所。Mahoganyはこういったテイストの曲でも曲想を巧みに踏まえて歌い上げます。Whalumもオブリガート、間奏ともに素晴らしい演奏を聴かせています。彼自身も12年リーダー作でボーカリストKevin WhalumにJohnny Hartman役を、本人はJohn Coltrane役を担当し「John Coltrane and Johnny Hartman」を再現した作品「Romance Language」をリリース、ここでは歌伴に徹しています。

9曲目I ApologiseはこちらもMahoganyの尊敬するBilly Eckstineの歌で有名なナンバーです。Eckstineのヴァージョンはかなりアクの強い、やさぐれ感満載(笑)の歌唱ですが、ここでは洗練された表現を聴くことができます。Jamesの品の良い、知的なアレンジがさらにボーカルの表現を高めている事に成功していると思います。

10曲目How Did She Look?は生涯に3000曲以上を書いたとされる米国の作詞作曲家Gladys Shelleyのナンバー、Mahoganyは古き良き時代のナンバーを発掘する事にも長けているようです。ピアノのバッキングが甲斐甲斐しいまでに痒い所に手が届く状態、ヴァースから丁寧に歌い上げているMahoganyを包み込み、彼の音楽を心から応援しているかの如くです。

11曲目Lush Lifeは言わずと知れたBilly Strayhornの名曲、ピアノとデュオで演奏されています。Mahoganyの歌も素晴らしいですが、Jamesのこの曲を熟知したバッキングが光っています。

2020.01.03 Fri

Canyon Lady / Joe Henderson

今回はJoe Henderson1973年録音のリーダー作「Canyon Lady」を取り上げてみましょう。全編ラテンミュージックを演奏した聴き応えのある作品です。

Recorded: October 1-3, 1973 Studio: Fantasy Studio, Berkley Producer: Orrin Keepnews Label: Milestone

ts)Joe Henderson ac-p)Mark Levine b)John Heard ds)Eric Gravatt timbales)Carmelo Garcia congas)Victor Pantoja tb)Julian Priester(1, 3, 4) tp, fgh)Luis Gasca(2, 3, 4) el-p)George Duke(1,2,3) tp)Oscar Brashear(1, 3, 4) tp)John Hunt(1) fl, ts)Hadley Caliman(1, 3) fl)Ray Pizzi(1) fl)Vincent Denham(1) tb)Nicholas Tenbroek(1) congas)Francisco Aguabella(4) arr, cond)Luis Gasca

1)Tres Palabras 2)Las Palmas 3)Canyon Lady 4)All Things Considered

本作はJoe Henderson30作近くあるリーダー作中異色の一枚で、ティンバレス、コンガ奏者やホーンセクションを擁したラテンならではのグルーヴ、サウンドを大編成によるアレンジでゴージャスに演奏しています。Joe Henはもともとタイム感抜群のプレイヤーですが、ラテンでも同様に素晴らしいリズムを聴かせ、One & OnlyのJoe Henトーン、プレイのスタイルと相俟った新たな境地を展開しています。「彼のグルーヴはラテンにも合致するのだ」と再認識しました。しかもいつになくハードにブロウし、吠えまくりフリーキーなアドリブを聴かせていますが、自分に照らし合わせてもラテンのリズムはテナー吹きを熱くさせるサムシングを持ち合わせていると感じます。2曲オリジナルを提供しているピアニストMark Levineがリズムセクションの要となり、Weather ReportやMcCoy Tynerのバンドでその名を馳せたEric Gravattの素晴らしいドラミングと、ラテンに不可欠なティンバレス、コンガとが合わさり三位一体の緻密なグルーヴを提示、ベーシストJohn Heardとの相性も申し分ないので見事に「本格的な」ラテンアルバムに仕上がりました。50年代ハードバップ・エラからジャズ屋のラテンには雰囲気があり、良いグルーヴの演奏もありましたが、ラテンに精通するのプレイヤーのタイトで鉄壁なリズムには全く敵いません。本作はJoe Henライブラリーの中でもっと知られても良い一枚だと思うのですが、アルバムタイトルから選ばれたのでしょう、妙齢な女性のジャケ写を全面に出したレイアウトと作品自体の関連性がどうにも感じられないので、Joe Henファンは言うに及ばず多くのジャズファンからもスルーされがちな一枚です。名は体を表す、作品タイトルとジャケットの関係性は大切なのです。

それでは演奏に触れて行きましょう。1曲目Tres Palabrasはラテンの名曲の一つでキューバ出身の作曲家Osvaldo Farresによるナンバーです。英語ではWithout Youというタイトルで演奏される事がありますが、他のジャズプレイヤーが取り上げたヴァージョンとして62年録音のKenny BurrellとColeman Hawkinsの共演盤「Bluesy Burrell」、Wes Montgomery66年録音「California Dreaming」、哀愁を帯びた魅力的なメロディラインはNat King Coleをはじめとして多くのシンガーにも取り上げられています。

アンサンブルをバックに朗々とルパートでメロディを吹き始めるJoe Hen、お馴染みの超個性的な音色ではありますが美しいメロディ奏ではジャンルを問わず常にその真価を発揮します。Antonio Carlos Jobimのボサノバ・ナンバーを取り上げた晩年の傑作「Double Rainbow」や75年作品「Black Miracle」に収録Stevie Wonder作の名曲My Cherie Amor(!)などのメロディアスな曲での印象的なプレイは、聴き手の心を捉えて離しません。71年には、かの伝説的ブラスロック・バンドBlood, Sweat & TearsにオリジナルメンバーFred Lipsiusの後任として数ヶ月間在籍しましたが(レコーディングが残されているなら是非とも聴いてみたいものです!)、この事は彼がジャズだけにとどまらない音楽性を有する証でもあります。

ボレロで演奏されていたテーマが終わる頃には壮大なアンサンブルが被り始め、合間を縫うようにGeorge DukeのFendrer Rhodesによるフィルインが聴かれます。チャチャのリズムでテナーソロ開始、ティンバレスやコンガのパーカッション群が効果的にリズムを刻んでいる上で、間を活かしながらジワジワと盛り上がりフラジオA音でのトリルまで用いて遂に炸裂、それに到るまでのJoe Henフレーズの積み重ね方の巧みさ!なんと雄弁なストーリー展開でしょうか!ホーンのアンサンブルが加わる事によりアドリブの終息感を匂わせ、その後DukeのRhodesによる華麗なソロ、続くOscar Brashearのブリリアントなトランペットソロ、その後はカットアウトされるが如く、再びボレロでラストテーマが演奏されます。それまでの賑やかさが祭の後の静けさのようにしっとりと奏でられ、リタルダンド、フェルマータの後は再びホーンの豊かな響きが曲を彩り、最後はオクターブ上でのテーマ奏、ホーンアンサンブルは大フォルテシモで迎え、テナーのカデンツァにて大団円を迎えます。

2曲目はJoe HenのナンバーLas Palmas、パーカッションを効果的に用いたリズムのパターンが彼らしいユニークなコンポジションです。Joe HenとトランペットのLuis Gascaの2管編成ですがテーマらしきメロディラインは特に演奏されず、ワンコードの上でトランペット〜テナーのソロが行われ、カラフルなDukeのRhodesでのバッキングが効果的です。その後は3者3様同時進行でソロが行われ、次第にリタルダンドし、Fineです。以上がレコードのSide Aになります。

3曲目はMark Levine作の表題曲Canyon Lady、ラテンのリズムとソリッドなホーンセクションによるシャープなサウンドが効果的に用いられた佳曲です。ホーンアンサンブル時に音の厚みを支えるべく、リズムセクションのグルーヴが変わるのが実に効果的です。ソロに入りベーシックなパターンに多少ルーズさが加わり、Joe Henのアプローチに柔軟に対応し始めます。浮遊感溢れるテナーソロはここでも間を活かしつつ、次第にフリークトーン、オーヴァートーンを交えてとんでも無い次元にワープして行きます。終盤戦の丁度良いところでホーンのアンサンブルが入るのは決してオーバーダビングではなく、コンダクターGascaの采配によるものでしょう。それにしてもJoe Henのタイム感の素晴らしいこと!個性が全面的に表出してオリジナリティをこれでもかと聴かせますが、彼は若い頃から学問として音楽、ジャズを徹底的に学んでいます。ジャズは学ぶものではなく経験する事が何より大切ではあると思いますが、Joe Henはアカデミックに学習した事柄をオリジナリティを掲げつつ、ロジカルに表現する事に長けているプレイヤーの筆頭格だと思います。続くDukeのRhodesソロもテナーソロの延長線上にあるべき事が音楽の統一感を生むと、しっかり意識しているかのようで、ドラマティックにストーリーを繰り出しています。ホーンセクションがここでも良きところで加わりラストテーマに繋げています。メロディを吹いてかつセクションと一緒にしっかりアンサンブルを奏でる、そして何より誰にも描けない深遠なイメージを抱きつつ、とんでもないソロを取るリーダーのJoe Hen、物凄い演奏者だと再認識しました。ラストテーマで一度落ち着いてからもJoe Henは再び吠えまくり、ホーンのアンサンブルが全く的確にバックアップしつつFade Out状態です。

4曲目もLevineのオリジナルAll Things Considered、この曲も実に素晴らしいテイストを表現しています。イントロのテナー、トランペットによるアンサンブルのバウンスしたメロディラインが、この後はスイングナンバーになると匂わせて、真正ラテンである証、ピアノのモントゥーノに受け継いでいます。なんと躍動感に満ちたラテンのグルーヴ、思わず腰が浮いてリズムを取りたくなってしまいます!さらにテナーソロのイマジネイティヴな事と言ったら!もちろんタイム感も完璧でこれはリズムセクションの一員同然、Joe Henはもはやリズム楽器奏者にカテゴライズされて然るべきでしょう!ホーンセクションのシャープさ、Levineのバッキング、ベーシストHeardのアプローチも申し分ありません!アンサンブルに続くティンバレスとコンガによるリズムの饗宴、いや狂宴でしょうか(笑)?凄まじいまでのリズムの応酬、タイムのセンターに向けてパーカッション全員が恐るべき集中力でフォーカスしているのです!2クラーベでテーマに戻ると思いきや何だか微妙な事態に?直後に左チャンネルから一瞬悲鳴らしき声も聞かれました?でも無事にラストテーマに突入、ラテンの名演奏がまた誕生しました。

以上が作品収録曲の全てですが、Joe HenのMilestone Label在籍時のレコーディングをコンプリートに収めた「The Milestone Years」には本レコーディングの未発表テイクである自身のナンバー、In the Beginning, There Was Africa…が追加されています。パーカッション隊3人とテナーだけのフリーインプロヴィゼーション、こちらも凄まじいテンションでの演奏ですが、ほかの収録曲とバランスを欠くためにオクラ入りしたのか、単にレコードの収録時間の関係か、でもこの作品を気に入った方には是非とも聴いてもらいたい演奏です。