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2020.09

2020.09.26 Sat

Speak No Evil / Wayne Shorter

今回も前回に引き続き、Wayne Shorterの作品を取り上げたいと思います。「JuJu」の次作に該当する1964年12月録音「Speak No Evil」、トランペッターFreddie Hubbardを加えたクインテット編成でShorterの音楽性がより一層開花しました。

Recorded: December 24, 1964 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Label: Blue Note BLP4194

ts)Wayne Shorter tp)Freddie Hubbard p)Herbie Hancock b)Ron Carter ds)Elvin Jones

1)Witch Hunt 2)Fee-Fi-Fo-Fum 3)Dance Cadaverous 4)Speak No Evil 5)Infant Eyes 6)Wild Flower

人目を引く、シンプルながら芸術的なデザインの宝庫Blue Note Labelの作品でも、キスマークと東洋系女性がジャケットに写っているのは本作だけ、ユニークなのはもちろんですが、これはきっと女性に対するShorterの愛の証なのでしょう。本人からのオファーだと思います。Blue Noteには硬派なイメージがありますが、むしろ柔軟性に富んだ対応からその表現を許したレーベルとプロデューサーに懐の深さを感じます。写真の女性はShorterが61年に結婚した日系人Teruka “Irene” Nakagamiさんで、彼女との間に生まれた娘のMiyakoさんに捧げたナンバーが5曲目Infant Eyesになります。67年3月録音Shorterの11作目のリーダーアルバム「Schizophrenia」にはまさしくMiyakoと言うタイトルの、美しくも、あり得ないほどに独創的なスローワルツ・ナンバーが収録されています。

67年3月10日録音「Schizophrenia」

前作「JuJu」から約4ヶ月後の64年12月24日に本作は録音されました。Blue Note Label第1作目「Night Dreamer」が同年4月録音なので、1年間に3作と言うハイペースでのリーダー・アルバム制作は、迸る才能と同年7月頃に名門Miles Davis Quintet、リーダー自身に5年近く嘱望され続けて、いよいよの加入と言う話題性のなせる技でしょうか。本作参加メンバーはShorterの音楽性を最も理解している一人のElvin Jonesが今回も留任ですが、他のメンバーは一新されました。トランペッターFreddie HubbardはShorterが音楽監督を務めたArt Blakey and the Jazz Messengersで研鑽し合った仲、メキメキ腕前を上げていました。ピアニストHerbie HancockとベーシストRon CarterはShorterが加入したばかりのMilesバンドのメンバー、リーダー仕込みの高い音楽性は既に定評がありました。Shorterの個性的かつ難易度の高いオリジナル、しかも今回は表現の発露に更なるオカルト的なエグさが加わった前人未到のサウンドです!曲の構成やメロディライン、コード進行やリズムの複雑さに加え、一貫してダークで重々しい中にきらりと光る知性、ユーモアのセンスを含んだテイストは演奏者に表現上の問題提起を行なっているかのようで、より柔軟性に富んだプレイヤーが必要となり、メンバーの刷新は必須だったのでしょう、これらを演奏するに相応しいミュージシャンが揃いました。コンセプトとしては黒魔術に違いないのですが、前作は「JuJu」と言うことで西アフリカの呪術がテーマ、今回はWitch Hunt(魔女狩り)、Fee-Fi-Fo-Fum(ジャックと豆の木の巨人が発する気味の悪い雄叫び、呻き声)、Dance Cadaverous(死者の踊り)とSpeak No Evil(See No Evil, Speak No Evil, Hear No Evil=西洋的”見猿聞か猿言わ猿”の一節)、そしてWild Flowerの3曲はFinlandの作曲家Sibeliusの”Valse Triste”にインスパイアされたオリジナルで、愛娘に捧げたInfant Eyes以外は西洋の魔術がテーマになっています。Death Metalのジャンルでは存在するのでしょうが(汗)、ジャズでは初めて取り上げられたコンセプトアルバムに違いありません。これら呪術的オリジナルを、精鋭たちが信じられないほどの感性を持って熱演し、ジャズ史に残る名作に仕上げました。ワンホーン・アルバムは管楽器奏者の個性にフォーカス出来るのが最大の魅力ですが、アンサンブルとしてはモノトーン、本作のトランペット〜テナーサックス2管編成はモダンジャズ・ホーンズの黄金のコンビ、オクターヴ違いの音域と異なった音色のブレンド感がユニゾンはもちろん分厚いサウンドを聴かせ、ハーモニー演奏に至っては黄金を通り越したプラチナの響きに該当します(笑)。しかもHubbardのトランペットは技術的、音色、タイム感、サウンドのコンテンポラリーさが断トツに素晴らしく、Shorterと絶妙な相性を提示し、以降も抜群のコンビネーションをキープし続け、76年6月にNYCで行われたNewport Jazz FestivalでのHerbie Hancockのコンサートを収録した「V.S.O.P.」 での演奏をきっかけに、レギュラー活動を展開しました。

1976年7月29日ライブ録音「V.S.O.P.」tp)Freddie Hubbard ts,ss)Wayne Shorter p)Herbie Hancock b)Ron Carter ds)Tony Williams

V.S.O.P.は同じクインテット編成で、ドラマーがElvinからTony Williamsに替わっただけのメンバー構成、V.S.O.P.で同じくFreddieがMilesに替われば60年代のMiles Davis Quintetになります。音楽的志向が同じミュージシャンが集う傾向にあるのは昔からの常ですが、ElvinとHancockの二人に関してはどうも異なるようです。彼らサイドマン同士での共演作は何枚か存在しますが、お互いのリーダー作には決してどちらかの名前はクレジットされていません。その観点から分析してみると、まず本作テーマのフィルインはほとんどHancockが中心に行ない、Elvinはどちらかといえば追従した形でのフィル、フロントソロ時もHancockが主導権を握りバッキングを行なっています。「JuJu」の演奏ではひたすらElvinがリードしつつ、McCoyがついて行く形で伴奏を行い、同時にバッキングをしたとしてもぶつかる事はあまりありません。ですので結果Elvinのドラミングが曲想に完璧に合致し、全編炸裂した名演奏を聴くことが出来ました。McCoyはColtrane Quartetでのソロ時にバッキングをせず、ステージ上でピアノ椅子に座ったままじっと待つ事のできる辛抱強さ、寄り添う事のできるタイプで、長男ではなく兄貴達と遊びたい弟、兄貴の用事が済むまで待たされても辛抱する末っ子ではないかと(笑)。一方のHancockはMilesの空間のあるソロに対して、いかに充実したフィルインを展開して行くかを求められる状況下で、音楽性が培われたピアニスト、また伴奏を共にしたTonyのドラミングは空間を埋めるタイプではなく、フレージングに対する瞬発力を信条とするプレイヤーです。Hancockの言わば横のラインに対しTonyは縦のラインでのアプローチなのでバッキング時にぶつかり難く、良いコンビネーションを築き上げている間柄です。HancockとElvinの場合は、互いに似た音楽的傾向があると意識していると思います。それ故に相容れないものも同時に存在すると。本作の演奏ではHancockの弾けぶりが凄まじく、Elvinの健闘ぶりも発揮されてはいますが、前作よりは存在感が薄くなっています。ShorterからのオファーでリズムセクションはHancockが中心となってサポートして欲しいと、もしかしたら要望が有ったのかもしれませんが、とにかく彼自身「俺が、俺が」とばかりに真っ先にバッキングを行うため、Elvinの登場部分は限られてしまいました。彼も自分が出なければならない場面では率先してアクティヴになりますが、別の誰かが活躍する時には自己主張を(音楽を壊してまで)絶対にアピールはしません。バンマスShorterは結果これを良しとし、本作の次にリリースされた作品「The All Seeing Eye」(この作品との間に後年発売された2作品が録音されていますが)ではHancockが残留し、Joe Chambersがドラマーの椅子に座り、そして以降の作品にはElvinが戻ることは決してありませんでした。

65年10月15日録音「The All Seeing Eye」

それでは演奏内容に触れて行きましょう。1曲目Witch Hunt、躍動的なアップテンポのホーン・アンサンブルにリズム隊のキメが合わさる、これだけでも十分楽曲として成り立ちそうな秀逸なイントロから、ドラムが先導してテーマ部に入ります。4度のインターヴァルを中心としたユニークなメロディラインの間には毎回スペースがあり、早速この部分をHancockが慎重にして大胆にバッキングを行います。曲自体にダイナミクスが設定され、mpからffまでを縦横無尽に演奏しますが、この事が楽曲に深淵なメッセージ性を導入しています。テーマの繰り返し部分ではElvinもフィルインを入れるべく試行しますが「ここはHerbieに任せておこうか」とばかりに比較的”音無の構え”、テーマのff部分での巧みなカラーリングには存在感を見せており、更にテナーソロに入る直前の強力なフィルには場面転換に対する強い意志を感じさせます。本作でのShorterのテナー音色は一層の深みが織り込まれていて、独自なフレージングと共に聴く者を魅了してやみません。でもここでのソロの”寡黙さ”は敢えてHancockにフィルインを弾かせ、コールアンドレスポンスによるカンヴァセーションを企てようとしているかのよう、3’07″からはElvinがその企てに乗じてプッシュし始めます!思うにElvinは音楽的に高度に丁々発止のやり取りが出来る、Shorterにとって”間違いのない”素晴らしいパートナーですが、究極Coltraneの影がちらつき、自身のプレイにも影響を与えると感じます。例えば「JuJu」収録Yes or NoでのColtraneライクなアプローチのように。Miles Bandに加入したばかり、リーダーから直接求められる事はなかったでしょうが、早急に自己のスタイルを確立する事が一層の使命となり、Coltraneの影響下を一刻も早く脱却したいとの願望からElvinとの共演を控えるようになったのだと、ここでのソロの方法論を鑑みて自分なりの結論に達しました。

続くHubbardのソロはブリリアントな音色と滑舌の良さ、優れたタイム感、超絶技巧にも関わらず必ず”ウタ”を感じさせるアドリブライン、Clifford Brown, Lee Morgan, Donald Byrd, Booker Little, Woody Showの流れを汲むスタイルは、Shorterとの対比において全く引けをとらない素晴らしいものです!個人的にはHancock 65年3月録音リーダー作「Maiden Voyage」表題曲のソロに、Hubbardのジャズスピリットの真髄を感じています。

65年3月17日録音Herbie Hancock / Miden Voyage

続くHancockのソロでは盟友の演奏をバックアップすべく、Ron Carterのラインに更なる躍動感を感じます。ElvinはそんなCarterに演奏のレスポンスを任せているかのように、シンプルなバッキングに徹しています。ベースがこれだけ動いていて、更にドラムがアクティヴになれば演奏の収拾がつき難くなるのを懸念したのかも知れません。でもここでのドラマーがTonyであったなら、パーカッシヴなレスポンスの応酬を聴く事が出来たかも知れません。ラストテーマでのスペース部分では、ElvinとHancockお互いのフィルインの探り合いを感じました。

2曲目Fee-Fi-Fo-Fum、この曲のイントロにもユニークなリズムのアクセントが施され、メッセージ性を感じさせます。作品中最も明るい(?)、ファンキー(?)な雰囲気のナンバーですが、やはり一筋縄では行かないコード進行が施されています。メロディラインにもリズミックに強調する箇所が設けられ、メリハリが堪りません!ソロの先発Hubbardはいきなりハイテンションでキャッチーに吹き始めます。唇を振動させて発音するトランペットはサックス以上にコントロールが大変な楽器ですが、Hubbardの常に的確なプレイは日頃の鍛練の賜物、美しいトーンやハイノートも維持するには奏法を洗練させておくことが必須ですが、こちらも万全の態勢です。アクティヴに、スインギーに、端正なタイムをキープし躍動感溢れるソロを聴かせています。続くShorterはボソボソ感とスペースをたっぷりと取った、伴奏者にとってツッコミどころ満載のストーリーを展開、応えるべくここではHancockとElvin、バッキングを上手く分担しています。ファンキーなテイストを前面に出しつつ、トリッキーなアプローチも聴かせるピアノソロを経てラストテーマに突入します。ジャックと豆の木の巨人が発する呻き声は意外にアカデミックなものでした(笑)

3曲目Dance Cadaverous、ホーンとピアノのコールアンドレスポンスが印象的な、8小節の短いイントロから始まるワルツナンバー。曲名はミステリアスですが曲想はムーディなこの曲、テーマメロディの随所で聴かれるHancockの妖しげなバッキングの方にむしろミステリアスさを感じます。先発ピアノソロは独自のアプローチを示しつつスリリングに展開させ、ベースはハーフのグルーヴを維持しながら、テナーソロに入りしっかりとワルツを刻み始めます。テーマのメロディを基本にしながら、様々なイメージを膨らませてのShorterのプレイは、まるでセカンドリフを奏でているかのように見事にマッチングした世界を構築しています。その後ラストテーマに入りますが、その手前でのElvinの場面転換に際する的確なフィルインに、思わず納得させられます。ここではピアノのバッキングが一層の妖しさを発し、まるでHancockのピアノワークのためにある曲の如しです。エンディングの繰り返しもユニークなもので印象に残ります。

4曲目表題曲Speak No Evil、何と言う物凄い曲でしょう!Shorterコンポジションの中でも群を抜いてインパクトを持つナンバーです!そしてそして、冴え渡るHancockの、もはや曲の一部と化したテーマ時バッキングの嵐!これはもうHerbie Hancckバッキング祭り状態です(笑)!これではElvinの出番は封印されたも同じですが、シンコペーションや曲のキメの部分でのドラムフィルはまさしく彼ならではのセンスが光ります!ソロ先発はShorter、ここでもテーマのモチーフを大切にしたアプローチが素晴らしいです!Elvinはピアノとテナーのやり取りとは異なった手法での、独自のインタープレイに着眼したかのように、2’28″から盛大にフィルインを繰り出し果敢に挑みます! Shorterに纏わり付くようにバッキングし続けるHancock、そして激烈に、しかしクールに自己の内面を具現化し続けるテナーソロは信じられない次元にまで、音数は決して多くは無くともバーニングしています!Shorterに対してピアノとドラムと全く別方向からのアプローチが行われ、しかし彼ら二人は決して合わさることなく平行線を辿りつつ曲が進行します。演奏中に行われるソロイストvsリズム隊のインタープレイの他、ピアノvsドラムの互いの自己主張が同時進行し、音楽が崩壊するギリギリのところまでせめぎ合い、この事象が演奏を更なる次元にまで押し上げているようにも感じます!続くHubbardのソロもイメージを猛烈に膨らましながら、この難曲に対して挑むように、しかし何とも言えない色気を放ちつつ、フレージングを展開して行きます。トランペットのフレーズを受け継ぎHancockのソロが始まります。ここでのピアノソロは本作中最も深い次元にまで表現が到達、ある種神がかっているように思います!素晴らしい!その後はラストテーマへ、Hancockバッキング祭りは宴もたけなわ、あり得ないレベルでの演奏、ハイパーなコードの連続です!

5曲目Infant EyesはShorterの作曲技法の結晶といえると思います。メロディのセンス、コード進行の妙、楽曲全体が持つ雰囲気は愛娘への全身全霊の思いから、これほど深い音楽性と情緒を湛えたジャズミュージシャン作曲のバラードは存在しない、とまで感じている名曲です。Stan Getzが76, 77年頃にこの曲をレパートリーに取り入れ、積極的に演奏していました。77年1月Copenhagenの名門ジャズクラブJazzhus Montmartreのライブ盤に収録、GetzとShorter、同じテナー奏者ながら(だからこそ)これだけ唄い方が異なるのを比較してみるのも楽しいです。そして同年7月Montreux Jazz Festivalの模様を収録したアルバム「Montreux Summit vol.1」、こちらは全編大所帯のジャムセッション演奏の中で、この1曲だけGetzのワンホーンカルテットでのプレイ、彼の存在感を誇示した名演奏に仕上がっています。

Stan Getz Quartet Live at Montmartre vol.2
Montreux Summit vol.1

リリカルなピアノのイントロに続き、離れた所からスネークインするように低音のアウフタクトからメロディが始まります。艶やかな音色でメロディを切々と歌い上げるShorter、バラードでフィルインを入れるのはいつの世でもピアニストが独占企業、Elvinはお得意のブラシで淡々とキープします。Carterのベースラインにも表情が感じられます。ここでのHancockはShorterのソロやサウンドに一定の距離、付かず離れずのスタンスを置きつつ、バッキングを勤めますが、長年に渡る二人のコンビネーションの原点と言えるのではないでしょうか。97年リリースのDuo作品「1+1」は彼らにとっての集大成的作品です。二人のオリジナルを演奏し、Shorterはソプラノサックスに専念しています。

「1+1」Wayne Shorter / Herbie Hancock

6曲目Wild Flowerは本作中2曲目のワルツナンバー、美しいメロディと2管のハーモニーが奏る崇高さ、そしてここでも大活躍するHancockのバッキングがジャジーなムードを高めています。先発のテナーソロは一貫してテーマのメロディを感じさせつつ、不定形の極みとも解釈できる自己のスタイルを発揮し、あり得ない世界を構築しています。ソロ終わりに聴かれる大フィルインで珍しく(?)ElvinとHancockの波長が合致しています。続くHubbardのソロも絶好調、リズムセクションとのやり取りも申し分ありません!Hancockのソロを聴くと彼の頭の中はいったいどの様な構造になっているのか、覗いてみたくなるのが常ですが、このソロも例外ではなく摩訶不思議な世界に突入しています。Elvinとのインタープレイも随所に光るものを感じますが、総じてメンバー全員ここでナイスプレーを繰り広げているのは、楽曲が他より比較的ストレートアヘッドな事に由来しているのかも知れません。ラストテーマのアンサンブルは本作中全曲に共通する、初めのテーマよりも音楽的な深さを聴かせて終了しています。

2020.09.17 Thu

JuJu / Wayne Shorter

今回はテナーサックス奏者Wayne Shorterのリーダー作64年録音「JuJu」を取り上げたいと思います。考え得る最高のメンバーと共にワンアンドオンリーなスタイルを引っ提げてオリジナルを熱演、彼の代表的なワンホーン・カルテット作品が誕生しました。

Recorded: August 3, 1964 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Label: Blue Note / BLP 4182

ts)Wayne Shorter p)McCoy Tyner b)Reggie Workman ds)Elvin Jones

1)JuJu 2)Deluge 3)House of Jade 4)Mahjong 5)Yes or No 6)Twelve More Bars to Go

一聴してすぐに分かる、誰でもない個性を有したテナーの音色、ニュアンス、発音、タンギング。演奏スタイル自体そのものが存在しないと感じられるほど不定形でいて、しかし確実にShorterのカラーやメッセージが色濃く発揮される独創的インプロヴィゼーション、同様に彼にしか生み出すことの出来ないメロディライン、サウンドやコード感、曲調、リズムフィギュアを有し、それでいて確実にジャズにカテゴライズされる、ユニークさを遥かに通り越し崇高な域にまで到達する自作楽曲の数々。これらを踏まえて楽器を問わず並び称せられるミュージシャンを思い浮かべると、Thelonious Monk, Andrew Hill, Eric Dolphy, Joe Hendersonくらいでしょうか。偶然か必然か、彼らはShorter同様に全員Blue Note Labelのアーティストたちである事に、レーベルの持つ進取の精神を感じずにはいられません。学生時代に本作を初めて耳にして、作品の良し悪しを判断できる耳は持たずとも、その底知れぬ音楽の魅力に引き摺り込まれた覚えがあります。知らぬ間に聴く者を虜にするマジックを持つ作品を、今回は音楽的側面からクールに分析してみようと思います。

本作はShorter5作目のリーダー作に該当します。初リーダー作「Introducing Wayn Shorter」をVee-Jay Labelに59年11月録音、合計3作を同レーベルからリリースしていますが、共演者の人選やスタンダード・ナンバーのチョイス等レーベルの意向が強くあったと思われ、アルバムのコンセプトがハードバップの範疇に位置し、そこから脱出しようと常に試みを聴かせるShorterとのギャップが(それはそれで面白いのですが)アルバム表現を中途半端なものにしています。前作に該当する4ヶ月前にレコーディングされた「Night Dreamer」からBlue Noteレーベルに移籍し、その後たて続けに名作をリリースする事になりますが、「Night Dreamer」と本作は同じリズムセクション〜 McCoy Tyner, Reggie Workman, Elvin Jones〜殆どJohn Coltrane Quartetのメンバーですね。そしてArt Blakey Jazz Messengersでの盟友、トランペッターLee Morganが加わり、クインテットによるややハードバピッシュな演奏、しかしVee-Jay諸作とは格段にShorter色を出した演奏を展開していました。本作はワンホーンという事で思う存分自己の音楽を表現しています。演奏曲も引き続き全曲Shorterのペンによるものですが、個性の発露に一層の拍車がかかりハードバップを完全に払拭し、気高いまでに猥雑なShorterワールドを展開、さらにタイトルのJuJu=西アフリカの呪物、魔除け=が黒魔術的なイメージを与え、作品にミステリアスさを付加させています。ちなみに収録のDelugeも大洪水の意味、theを付ければノアの洪水を意味する事となりますが、実際にはそこまでの大義はなく、雨が降り始め溢れていく様を思い浮かべたそうですが、曲想はかなり深淵なイメージと受け取ることが出来ます。他曲House of Jade, Mahjong, Yes or No, Twelve More Bars to Goも含め、タイトルの意味深長さも作品の価値を高めていると感じます。その後の作品でもShorterオリジナルには一貫してタイトルに彼らしい捻りが効いています。例えばWitch Hunt, Speak No Evil, Fee-Fi-Fo-Fum, Schizophrenia, More Than Human, Endangered Spieces, The Three Marias…絵画や漫画に造詣の深い彼は、楽曲の捉え方に視覚的要素が付加されていて、ユニークなタイトルが浮かぶのかも知れません。

初リーダー作「Introducing Wayne Shorter」
64年4月29日録音「Night Dreamer」

本作のスリリングな演奏の連続にはリズムセクションの貢献度に多大なものがあり、彼らの名伴奏がなければ間違いなく成り立たなかったでしょう。Elvin, McCoy, Workmanの息の合った絶妙なサポートには、Coltraneのバンドで互いに切磋琢磨し合った音楽性が反映されていると感じます。Workmanは61年12月頃までの在団でしたが、ElvinとMcCoyは当時Coltrane Quartetでの演奏真っ只中、本作録音の2ヶ月前に「Crescent」、そして4ヶ月後に「A Love Supreme」のレコーディングに参加しています。以降次第にフリーフォームに傾倒していくColtraneの、ある種崩壊を迎える音楽性(本人が渇望した崩壊ですが!)の調性内に於ける最終楽章に該当する、その中でも最重要2作品の狭間に本作は録音されました。音楽の内容はColtrane, Shorterもちろん全く異なりますが、Coltraneの2作は共にコンセプトアルバムとして明確なイメージが存在し、60年頃から4年以上に渡りツアーやクラブギグ、レコーディングを数多く経験した濃密な共演歴に裏付けされた、バンドサウンドの結晶として位置付けられます。McCoyの緻密なコードワーク、サウンド、そして徹底的にColtraneに寄り添う姿勢を見せるサポーター然とした伴奏、Elvinの芸術的領域にまで達する美しさを内包した、楽曲を彩るカラーリングの実に見事な事!これらを十分に踏まえ本作ではShorterの音楽性にディレクションをフォーカスし、Coltrane Quartetでのノウハウを生かした繊細さを基本にしつつ、大胆さを持って開花させているのです。

64年4, 6月録音「Crescent」
64年12月録音「A Love Supreme」

本作メンバーの人選はShorter自身による発案なのか、プロデューサーAlfred Lionのアイデア、若しくは助言があったのか、いずれにせよ旬のミュージシャンの脂の乗った時期をキャッチしての手配、レコーディングとなりました。Elvin, McCoy, Workmanと来てShorterです。Coltrane Quartetと演奏は異なるに決まっていますが、むしろどれだけ違うのか、どんな風に変わるのか、メンバーはどのようなアプローチを聴かせてくれるのか、プロデューサー、そしてリーダー本人もワクワクしながら楽しみにいていたように感じます。とりわけElvinはShorterの楽曲、音楽性に対する理解力と表現、そして自己主張とのバランス感に今更ながらに鳥肌が立つほどの感動を覚えますが、Coltraneのバンドへのアプローチよりも、より柔軟さを感じるのはレギュラーバンドから離れたある種の気楽さの産物かも知れません。

それでは作品の内容について触れて行きましょう。1曲目表題曲JuJu、イントロからMcCoyのコードワークによるホールトーンのサウンドが、不安感を煽るかのように聴く者に畳み掛けます。Elvinのリムショットの効いたリズム・フィギュアのカッコいい事!Shorterの吹くテーマの登場により場が刷新されます。楽器セッティングはマウスピースOtto Link Metal 10番、リードはRicoの4番、楽器本体はおそらくSelmer Bundy。一聴抜け切らないこもった成分がなんとも言えぬ味わいとして聴こえますが、音の輪郭、ず太さ、ダークさ、コク、付帯音の豊富さもあり得ぬ次元で発音され、このような音色、鳴らし方のテナー奏者は他に存在しません。24小節の構成から成るテーマは2度演奏されます。特徴的なのは4小節目と8小節目にElvinの大きなフィルインが入る点で、繰り返し時も同様です。通常フィルインはコーラスの変わり目、またはメロディとメロディの間〜音符のない部分を補うべく挿入されます。確かにメロディの合間ではありますが、まず通常は挿入されない箇所です。コード進行的にホールトーンの部分なので不安定なサウンド感を強調する、拍車を掛けるべくの効果なのか、その後の落ち着いたサウンド部分には一切入らないのでその分目立つのですが、これがまた実に効果的に響きます。Elvinのアイデアなのか、Shorterの指示によるものか、いずれにしても楽曲のカラーリングを担当するドラマーとしてのセンスを再認識する場面であります(ちなみに後テーマではまた異なった箇所にフィルが入ります)。先発はMcCoy、曲想の隅々まで理解を極めたアプローチによるソロは、この後に展開されるテナーソロにあたっての最高の前哨戦になりました。オクトパス奏法とは言い得て妙、8本の手足を駆使するが如く同時に幾つものカラフルな音、リズムを鳴らすまさにポリリズムの饗宴、ソロを鼓舞する様は全くElvinならでは、彼にしかあり得ないアプローチです!Workmanの進取の精神に富んだアグレッシヴなベースラインとの一体感も申し分ありません!そしてそして、Shorterの登場です!彼に思うのはアドリブソロでコード分解の巧みさ、スリリングなフレーズによるハードバップ的なアプローチを聴かせると言うよりも、あくまで楽曲の持つコンセプトの中で極論、ソロをセカンドリフ的に演奏しているのではないかと。流麗とは言い難いサックスプレイですが彼は十二分に自己のメッセージを放っており、言ってみれば彼流の朴訥としたブロウで、自身のオリジナル曲の持つイメージを膨らます作業として、インプロヴィゼーションを存在させているのではないかと睨んでいるのです。ここでのソロも構成力、フレージングのアイデア、意外性、メロディとの関連性、リズムセクションとの一体感、全て文句なしの内容に仕上がりました!その後のElvinはShorterの意を受け継ぎ、コンパクトながらオクトパスが増殖したかの如き(笑)スリリングなドラムソロを聴かせます。ラストテーマを迎えエンディングは長いスパンでのフェードアウトが行われ、演奏がまだまだ続いていた事を示しています。

2曲目Deluge、Shorterはミディアムテンポでモーダルなスイング・ナンバーの佳曲を数多く書いていますが、この曲も例外ではありません。イントロはミステリアスなムードを提示しつつ、継続して演奏されるMcCoyのトレモロが印象的です。テーマは恐らくテナーの振り下ろしをきっかけにテンポが設定されました。ここでもElvinのカラーリングが光り、シャッフル風のリズムとメロディ間に挿入されるタムを中心としたフィルインがとても効果的です。それにしてもこのセンスは一体何処からやって来るのでしょう?アグレッシヴなドラマーのイメージがありますが、メロディの伴奏に繊細なセンスを駆使することの出来る、大変デリケートな演奏を心情とするドラマーです。テナーソロが先発、間を生かしつつのレイドバック感が曲調に合致しています。リズムセクションはShorterの一挙手一投足を万全に受け入れるべく、全身全霊を傾けているかのよう、前述の通り曲のセカンドリフ状態のアドリブソロをバックアップすべく、研ぎ澄まされた感性を駆使していて、あり得ぬ次元の緊張感ですが、演奏者は実は気楽に演奏を楽しんでいるのだと思います。引き続きのMcCoyのソロ、的確さとスイング感がテナーソロと被る事なくスムースに行われ、ElvinのバッキングはShorterの時とはまた違うアプローチを聴かせつつ、場面転換に向けて大フィルが入ります。ラストテーマのカラーリングには一層の、いや何層もの拍車がかかったプレイを聴かせます。エンディングのフェルマータではここで終わりだろうと判断したElvinが締めのフレーズを叩きますが、実はShorterにはまだその先があり、もう一度Elvinが締めを試みようとした気配も感じました。

3曲目House of Jade、このバラードもそうですが、Shorterのオリジナルはテナーサックス中高音域を用いたものが多いようです。この曲の最初の8小節間は当時の奥方Teruka Ireneさんが作曲、Shorterがサビを作曲し、曲として仕上げました。この8小節に東洋的な匂いがするので、この曲名”翡翠の家”を付けたそうです。何とも言えぬ魅力的な雰囲気を有するナンバーですが、東洋的なテーマに対し、サビ部分はペダルポイントを用いた西洋的アカデミックなサウンドを湛えているので洋の東西の融合、East Meets West的な意味合いもあると思います。Elvinはテーマでブラシを用いていましたがテナーソロに入るとすぐにスティックに持ち替え、そのままさら2コーラス目から倍テンポに変わり、Workmanのベースラインが活躍します。テーマのメロディを随所に感じさせるメロディアスなテナーソロはまさにコンポーザーならではのもの、McCoyの短いソロが終わり再びバラードに戻りますが、Elvinはそのままスティックでテーマを演奏、当然ですがまた違ったカラーリングを聴かせます。

4曲目MahjongはElvinの厳かなドラムソロから始まります。ペンタトニック・スケールが元になったシンプルで東洋的なメロディを持った曲、メロディの無い間の4小節はMahjongをプレイする人が次の手を考える時間を表しているそうで、メロディを有するその後の4小節は次の手を決めている時間なのだそうです。その間に捨て牌が決められれば良いですし、ロン牌にならない事を願いますが(笑)。ピアノのバッキングも東洋的〜中国的なサウンドを醸し出す事に成功しています。先発ソロMcCoy、自分が出過ぎずかつ次のソロへの布石になり得るように、ソロの雰囲気や長さ、構成を上手くまとめてテナーソロに繋げています。ここでも曲のムードに決して外れる事なく、巧みにShorterワールドを構築しているのは見事です。前作「Night Dreamer」でもOriental Folk Songという、中国のトラディショナル・ソングをShorterがアレンジを施し演奏していましたが、彼がTVを見ていてインパクトを受けたナンバーだそうです。奥方が日本人であれば自ずと東洋的な事柄に興味が湧くのでしょう。

5曲目Yes or NoはShorterのオリジナルの中でも名曲の誉高い、アップテンポのスイングナンバー。本人曰くA-A-B-A構成のAの部分がyes part、サビに当たるBの部分がno partに該当するのだそうです。yes partはハーモニー的に明るく響き、希望に満ちたメジャーサウンド、no partは懐疑的、消極的なマイナーの旋律が循環する部分と説明しています。サビの部分のサウンドはそこまでに否定的には感じませんが(笑)。この曲、鑑賞する分には良いのですが実は超難曲、手強さが半端なく演奏する機会があると毎回チャレンジ(しかもあまり達成感のない)と言う事になります(汗)。ここでのShorterはストレートアヘッドさを感じさせるテイストで、いつになくしっかりと、しかも流暢にフレーズを吹いており、その点でも取っ付き易い曲なのでは、とyes partのような希望を持ちますが(笑)、実情はno partそのものです(汗)。ソロ中Coltraneのアプローチを感じさせる部分も認めることが出来る、理論的に解明させる価値のある演奏です。続くMcCoyのソロの素晴らしさにもColtrane Quartetでの演奏より、伸び伸びとした解放感を感じます。テーマ時に左手でルートを鳴らし、右手でsus4のサウンドを華麗に響かせ、ソロ中にも大胆なコード付け、Shorterのソロへの合いの手の巧みさ、伴奏者の鏡のような演奏を聴かせています!そしてElvinのドラミング!彼のドラム演奏のためにこの曲が存在するのでは、と思わせるほどの楽曲へのハマり具合!シンバルレガートひとつとってもリズムに対するシャープネス、拍から溢れんばかりの音符の長さ、微妙に音色(ねいろ)を変えながらうねるように、時として畳み掛けるように、ソロイストのフレーズをより音楽的に発揮させることができるようにプッシュする瞬発力と包容力。ラストテーマでは更なるカラーリングの炸裂が!5’45″や6’09″からの、ほど良きところに信じられない超弩級のフィルインの嵐には笑いが込み上げて来るほどです!このリズム隊の屋台骨としてのWorkmanの貢献度が実は並々ならぬものなのですが。

6曲目Twelve More Bars to Goには意味が二つあるそうで、12軒以上のバーをハシゴして飲み歩くのと、ブルースのフォームが12小節であることをかけていますが、お酒が大好きなShorterならではの洒落なのでしょう。この曲はメロディ自体オーソドックスな12小節のブルースですが、コード進行には捻りの効いた代理コードが用いられ、一筋縄では行かない工夫が成されています。スペースを保ちながら、ユニークな語り口でじわじわと盛り上がるShorterのソロに、トリオは付かず離れずを繰り返しながら、まとわり付くが如くアプローチして行きます。他のプレーヤーのソロはなく、テーマ〜ソロ〜テーマと独壇場の演奏でラストを締め括っています。

2020.09.04 Fri

A Night at the Village Vanguard / Sonny Rollins

今回はSonny Rollinsのリーダー作1957年11月ライブ録音「A Night at the Village Vanguard」を取り上げたいと思います。多作家にして名演奏、名作の宝庫RollinsのライブラリーでもBest5に入るであろう、トリオ編成による代表作です。

Recorded: November 3, 1957 at Village Vanguard, New York City Label: Blue Note BLP1581 Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion

ts)Sonny Rollins b)Wilbur Ware, Donald Bailey(on afternoon set) ds)Elvin Jones, Pete La Roca(on afternoon set)

1)Old Devil Moon 2)Softly as in a Morning Sunrise 3)Striver’s Row 4)Sonnymoon for Two 5)A Night in Tunisia(afternoon set) 6)I Can’t Get Started

意外な事実ですが本演奏はRollinsにとって初リーダーライブ、そして初ライブレコーディングになります。51年録音初リーダー作「Sonny Rollins with the Modern Jazz Quartet」以降数々の名盤をリリースし続けたので、リーダーとしての活動をコンスタントに続けていたイメージがありますが、あに図らんや録音の都度にメンバーを配しし続け、パーマネントなメンバーでは演奏活動は行ってはいませんでした。同じテナーサックス奏者同志比較すると分かり易いですが、Michael Breckerも70年代初頭から膨大なスタジオワークとサイドマンのギグ、75年から兄RandyとのThe Brecker Brothers Bandでの大活躍で自身のリーダー作、レギュラーバンド活動を渇望され87年、38歳の時に遅咲きながら開始しました。Rollinsはこの時27歳、10代から第一線で活躍していたのである意味既にベテランの領域かも知れません。ふたりに共通するのは如何なるシチュエーションでも自身の音楽性を発揮出来る、でも自分が前面に出ることに特に頓着せず、いろいろなミュージシャンとの共演を楽しむ、そしてむしろリーダー活動での束縛を望まなかったと言う点です。でもMichaelの場合はすっかり観念して(笑)、徹底的にリーダー活動を展開しました。Rollinsはどうでしょうか、例えば彼の取り巻き連中はこのような事を言っていたのでは?「Sonny、自分のレギュラーバンドでの活動はいつから始めるんだい?あんなに沢山名盤をこしらえているのにバンドが無いなんてもったいないぜ。ここいらで本腰を据えて自分のバンドを持ったらどうかな?皆んなSonnyのバンドを聴きたがっているよ」のような要望だったように思います。でも実は本人フリーランス状態で気ままに様々なメンバーとの演奏活動、レコーディングを楽しんでいた風を感じます。Miles Davis, Max Roach, Clifford Brown, Thelonious Monk, Dizzy Gillespie, Kenny Dorham, Abbey Lincolnたちツワモノの諸作品で、いずれもジャズ史に残る名演奏を残しており、全てがリーダーを喰ってしまいそうな勢いの表現の発露、しかし各リーダーはRollinsの演奏、人柄をこよなく愛していたので全く好きにやらせていました。自身のリーダー作での演奏も一回こっきりのメンバーとのハプニング、アバンチュール(?)を存分に楽しむ、特に55〜57年は彼の代表作リリースのラッシュ、リーダー活動を行わずとも一枚一枚異なったコンセプトのアルバムを作れるのは迸る才能が成せる技以外の何ものでもありませんが、諸作品には継続的な路線を示し、その上での発展性は感じられません。実はスタンスとしてサイドマン気質的なものが根底にあり、空を舞うペガサスの如く束縛を嫌い、一か所に落ち着かず、解放された状態でこそ自己を100%発揮できるプレーヤーなのではないかと推測しています。伝え聞いた話ですが、Rollinsは周囲に実に気をつかうタイプで、しかも頼まれたことを断る事が出来ない人柄だそうです。そのような人物がメンバーを率いて、強力にリーダーシップを取るのは至難の技、例えばMilesやCharles Mingusのように強権を発揮できるタイプのミュージシャンは生まれもってのリーダータイプですが。59年に自己を見つめ直すための一時的な引退に代表されるような、デリケートさを持ち合わせています。

「Sonny Rollins with the Modern Jazz Quartet」

満を持してのこのリーダーライブ、演奏は大成功をおさめましたが、このメンバーを起用してパーマネントに演奏を継続するには至らず、唯一afternoon setで共演したPete La Rocaとはその後2年間行動を共にすることになります。59年3月Stockholmでのラジオ放送を収録した「St Thomas Sonny Rollins Trio in Stockholm 1959」でLa Rocaとの共演、そして50年代最後のRollinsの名演奏を堪能する事が出来ます。

「St Thomas Sonny Rollins Trio in Stockholm 1959」

もうひとつ、今回Village Vanguardとしても初めての実況録音の会場となりました。という事でお初が3連発ですね(笑)、以降多くのジャズメンにより数多くのライブアルバムがレコーディングされ、NYCジャズライブハウスのメッカという事でミュージシャンことごとく張り切り(笑)、いずれの内容も名盤のクオリティを聴かせますが、店の前を通る7th Avenueの地下鉄レール走行音がバラード演奏時に「効果音」として入ってしまうこともあります(笑)。

75年にアナログ盤2枚組で「More from the Vanguard 」と題して本作の未発表テイクを10曲収録したアルバムがリリースされました。Sonny Rollins Trioは当日afternoon setで5曲、evening setで15曲合計20曲を演奏しましたが、プロデューサーAlfred Lionはこのうちafternoon setの4曲を廃棄し、16曲の中から6曲を選んでアルバムにしました。20年近く倉庫で眠っていたこの未発表テイクの出現は青天の霹靂、大いに驚きましたが録音テープの保存状態が良くなかったのか、ミキシングの関係か音質に難があり、当時レコード盤で聴いていささか閉口した覚えがあります。ところが99年7月にレコーディング・エンジニアRudy Van Gelder自らリマスタリングしたCDが「A Night at the Village Vanguard vol. 1, vol. 2」として発表されました。録音したエンジニア本人による、世界遺産的名人芸の領域(爆)の音質改善作業で未発表のクオリティもかなり向上、Rollinsの軽妙で楽しげなMCテイクも追加、当夜の全貌がクリアーな形でリリースされました。

「More from the Vanguard」
「A Night at the Village Vanguard vol. 2」vol.1はオリジナルジャケットと同じ色合いです。

本作前後にもRollinsはテナートリオでレコーディングを行なっています。遡ること8ヶ月57年3月Los AngelesでRay Brown, Shelly Manneと「Way Out West」、3ヶ月後の58年2月NYCにて名盤「Brilliant Corners」のリズム隊でもあるOscar Pettiford, Max Roachと「Freedom Suite」、いずれも全く違ったコンセプトでの作品です。「Way Out West」は西海岸の名手二人とミディアムテンポのスタンダード・ナンバーやオリジナルを中心に、大らかさを全面に押し出し横綱相撲の如き貫禄のある演奏に徹しています。録音当日は参加ミュージシャン3人が多忙を極めてなかなか時間が取れず、夜中の3時にレコーディングが始まり朝の7時まで行われました。テンガロンハットを被り、ホルスターを腰に付け、カウボーイ姿に扮してテナーサックスを拳銃の代わりに携えたRollinsが、バイソン頭蓋骨のオブジェまで用意された白昼の荒野でポーズを決めるジャケット写真のイメージもあり(笑)、LAの明るい日差しを燦々と浴びた日中のセッションと勝手に考えていましたが、言われてみればSolitudeやThere Is No Greater Love, Way Out Westなどにいつになくレイジーな雰囲気が漂い、真夜中の様相を呈しているようにも聴こえます。「Freedom Suite」の方は1曲目レコードのA面全てを費やしたThe Freedom Suiteに代表されるコンセプト・アルバム、ストーリー性のある構成の佳曲が合わさった組曲に対し、トリオは実にタイトに、スリリングに演奏を展開しています。「Brilliant Corners録音の時は曲が難しくて難儀したし、OscarはMonkと随分やりあってレコーディング・ブースの中で弾いてる振りの嫌がらせまでして、そりゃビーク(首)にもなるけどさ、Maxとふたりのグルーヴは実に気持ち良かったなあ」とか何とか言いながらメンバーを決めたのでしょうね、きっと(笑)。B面のスタンダード・ナンバーの演奏も充実した内容の仕上がりです。

「Way Out West」
「Freedom Suite」

テナートリオにはコード楽器が存在しないのでそこをRollins流のハーモニー感に富んだフレーズ、ラインにより、鳴っていないはずのコードがあたかも流れ聴こえるようにプレイしています。それは必然でもありますが。そして卓越したリズム感によるグルーヴが演奏の精度にスピード感を加味し、全体のクオリティを高める効果を生んでいます。彼を軸としたリズムの構図は他のテナートリオにはない高次元なスイング感、タイム感を表現し、Rollinsはもはやリズムセクションの一員として機能しています。バックビート、裏拍、リズムのスイートスポットに対する音符の比類なきハマり具合、4小節、8小節の垣根を超えたフレージングの開始位置、終了場所。知る限り比較し得るテナートリオは「Elvin Jones Live at the Lighthouse」でのSteve Grossman, Gene Perla, Elvin Jonesのプレイだけでしょう。

「Elvin Jones Live at the Lighthouse」

Sonny Rollinsというテナーサックス奏者は、ジャズ表現に必要な音楽性、テクニック、オリジナリティ、音色、豪快さ、繊細さ、エンターテインメント性等の条件を全て十二分に持ち合わせています。それは他のプレーヤー誰も習得する事ができなかったジャズの歴史上最高位なレベルにまで至ると確信しています。押し付けがましくなく極々自然体でそれが独自のバランス感を伴い、モダンジャズを代表する演者として君臨しています。才能はもちろん持ち合わせていたでしょうし、努力は怠らなかったことでしょう、それらは不可欠ですが、50年代モダンジャズの黄金期を脇目も振らずスプリンターの如く邁進する事が出来たからこそ、Rollinsがあるに違いないと睨んでいます。時代や背景は大切な要素です。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目Rollinsの”Here we go”という掛け声に続きカウントが始まります。ラテンとスイングのリズムが交錯する、小節数や曲のフォームがイレギュラーなナンバーOld Devil Moon、メロディラインにも独特な魅力があります。Elvin, Wareとの共演は今回が初めて、何かとお初が多い作品ですが3人のリズムの相性は大変に良く、絶妙なコンビネーションを聴かせています!イントロではElvinがシンバルのカップを叩き、硬質な音を聴かせていますが、随所にこの人ならではのカラーリングを見出す事が出来ます。いつもの彼とは違うドラムやシンバルの音色は個性未確立の年代的若さゆえか、録音の関係か、最も考えられるのはドラムセット自体が異なり、昼の部で演奏していたPete La Rocaの楽器を使用したのかもしれません。基本的なグルーヴは同一ですが、シンバル径が小さめ、スネアのチューニングが高めに聴こえ、セットの音色が違うとフィルインの印象がかなり異なります。Rollinsのテーマ奏、低音域でのサブトーンがザラザラ感を一層色濃くし、太く逞しい音色を彩ります。Wareのウネウネと巧みに動くラインはコード楽器のないこの編成には打って付け、ピアノのバッキング不在と希薄なコード感の穴埋めを担当するが如し、さらにドラムのポリリズムと確実に連動しています。それにしてもここでのRollinsのソロ!何という素晴らしさでしょう!歌いまくり、スイングしまくり、大いなる余裕を持って6割程度のエネルギー放出量で楽々と、しかしあり得ないほどゴージャスに演奏しています!加えてRollinsは一息のフレーズがとても長いのです!しかもただ長いだけではなく、必然性のあるストーリーとして!これには豊かな歌心に加え尋常ではない肺活量が必要になりますが体力、体格的にも恵まれているのでしょう。2’49″辺りから始まるElvinのタム回しに呼応するかのような16分音符の驚異的なフレーズ!3’34″頃から始まるメロディアスでひょうきんなラインに間も無くのソロ終了を察知し、場面を転換すべくバスドラムを連打、バックビートを強調し、ソロに寄り添いつつプッシュするElvinの音楽的なアプローチ!初顔合わせにも関わらずこの驚異的インタープレイ!やっぱりジャズって物凄い音楽だと今更ながらに再認識しました(汗)!その後ドラムとの4バースになります。Elvinの難解なフレーズにWareは初めの1回目、アタマのアクセントをキャッチできず難儀し、明らかにオンを聴いてから演奏開始、しかし食らい付くべくすぐさまElvinのフレージングのポイントを把握し、2回目からは確実にオンから演奏していて、その後はアウフタクトも交えた余裕ある対応さえ聴かせています。Wareの初め驚いてハッとした顔から、次第に笑みが溢れる表情に変化していく様子が目に浮かぶようです(笑)。4バースの最後に演奏されたElvinの得意技である”タメ”をものともせず、Rollins, Wareともラストテーマに突入、エンディングはバンプを繰り返しゆっくりと収束して行きます。歴史的名演奏にはそれなりの理由、根拠があるとも改めて感じました。

2曲目Softly as in a Morning Sunrise、満場の拍手に答えるべくRollinsのメンバー紹介、滑舌の良い口調で同じく次曲でWareをフィーチャーする旨を伝え、ベースのイントロから始まります。フィーチャーと宣言した割にはベースはテーマを演奏せずRollinsが担当します。その代わりWareはメロディラインの後ろで音楽的自己主張を遂げているので、その意味合いでのフィーチャーなのかも知れません。Elvinはブラシを用いて全編叩いており、本作3ヶ月前にレコーディングされたTommy Flanaganの代表作「Overseas」の演奏を彷彿とさせます。この作品ではスティックを一切用いず、全曲ブラシで演奏していてその名手振りを披露しています。シンバル音が入らないためにドラム全体の音量が小さくなるので、その分Elvinの唸り声がはっきりと聴こえる事になりますが(笑)

Tommy Flanagan 「Overseas」

比較的短く先発テナーソロを終え、饒舌でテクニカルなベースソロが始まります。スタイル的にはコーニーなセンスも感じますが、何しろビート感が卓越しています。その後テナーとドラムの4バースが1コーラス行われ、そのままドラムソロも1コーラス後再びテナーとバースがあり、何となくラストテーマを迎えますが、この曲に関してはいかにもセッション風の仕上がりとなっています。

3曲目はRollinsのオリジナルStriver’s Row、Charlie ParkerのConfirmationのコード進行が基になっています。ドラムソロのイントロ後、テーマが始まりますがある程度のモチーフを決めた程度の、ほとんど即興のメロディのようです。ソロに際して原曲の影をなるべく引き摺らないようにと決めてかかったかのようなテイストを感じ、アドリブもスピード違反で切符を切られるかギリギリの(笑)超高速16分音符の連続、洪水ですが強力なスイング感、タイム感、いやー物凄いです!完璧にリズムのスイートスポットが見えている演奏ですね!テナーソロ最後にドラムとの8バースが1コーラス行われてラストテーマへ、しかしFineと見せかけてベースソロが付加され、エンディングを迎えます。

4曲目もRollinsのオリジナル・ブルースSonnymoon for Two、自身の曲紹介からカウントを経て曲がスタートします。シンコペーションを生かしたペンタトニック・スケールから成るテーマは、テンポ設定もありますが、他の曲に比べてレイドバック感が際立っているように聴こえます。テーマのメロディをモチーフに、ジワジワと次第に変化させ、発展させていくアドリブの手法はRollinsならではのもの、実に見事です!リズム隊もRollinsのにじり寄りの如き盛り上がりに手堅く、確実に追従して音楽をビルドアップさせて行きます。頃良きところでテナーとベースの4バースが始まり、ごく自然にドラムとのバースに替わり、テナー、ドラム共にソロのアイデアが次から次へと湧き出て、枯渇する事を知らない太古の昔から湧き続ける豊かな泉のようです!その後ラストテーマへ、テナートリオならではの一体感がここで極まれり、コード楽器は全く不要と感じました。

5曲目A Night in Tunisiaのみマチネーの演奏、Rollinsのアナウンスによる作曲者、演奏曲目紹介の後イントロが奏られます。この曲ではメンバーが替わりドラムのLa Rocaは当時19歳の期待の新人、Max Roachの紹介と言われています。ベーシストDonald BaileyもBaltimore出身の新人、若手二人を起用してのフレッシュな演奏にRollinsも張り切ったプレイを聴かせています。Elvin=Wareのコンビとタイム・キープ的に遜色はありませんが、若手は演奏の深み、音楽の構築感、Rollinsとの一体感にはどうしても及びません。演奏人数が少ない分一人ひとりに掛かる音楽的ウエイトが大きく、経験値の足りなさがより目立ってしまうからです。彼らもテナーの演奏を良く聴いていて健闘ぶりは伝わりますが、絶好調のRollinsにもっと絡んで欲しいぞ、テナーソロを更に煽ってくれ、Rollinsはインタープレイの材料をこれでもか、とあなた方に提供してるのにスルーしている場合じゃないでしょ、優等生なのは良く分かるから、音に人生を掛けてとことんやってくれよ!と叫びそうになります(笑)。La Rocaのドラムソロもフィーチャーされますが、これこそElvinのクオリティには全く及びません(汗)。その後1コーラス再びテナーソロがあり、ラストテーマ、そしてリーダー実に気持ちの入ったcadenzaを聴かせ、エンディングを迎えます。Rollinsの物凄さだけが浮かび上がる、孤軍奮闘のテイクとなりましたが、前述のマチネー・テイク4曲がプロデューサーにより廃棄された理由もある程度想像が付きます。

6曲目アルバムの最後を飾るのはバラードI Can’t Get Started、再びWare=Elvinのコンビに戻り、再度ブラシを用いた緻密なElvinのプレイ、アクティブなWareのベースワークを堪能できます。アウフタクトからいきなり始まるRollinsの朗々としたテーマ、メロディフェイク、フィルイン、ニュアンス付け、ビブラート全てに無駄がなく、引き続き行われるダブル・タイム・フィールでのアドリブ・ソロの更なる入魂ぶりは、スイングの権化が憑依したとしか考えられないレベルでの演奏です!