Weather Report / The Legendary Live Tapes: 1978-1981
今回はWeather Reportのライブ音源を集めた作品Weather Report / The Legendary Live Tapes: 1978-1981(Columbia)を取り上げてみましょう。CD4枚組の大変充実した内容です。(2015年リリース)
CD 1 – The Quintet: 1980 + 1981 1.8:30 2.Sightseeing 3.Brown Street 4.The Orphan 5.Forlorn 6.Three Views Of A Secret 7.Badia / Boogie Woogie Waltz 9.Jaco Solo (Osaka 1980)
CD 2 – The Quartet: 1978 1. Joe And Wayne Duet 2.Birdland 3.Peter’s Solo (“Drum Solo”) 4.A Remark You Made 5.Continuum / River People 6.Gibraltar
CD 3 – The Quintet: 1980 + 1981 1.Fast City 2.Madagascar 3.Night Passage 4.Dream Clock 5.Rockin’ In Rhythm 6. Port Of Entry
CD 4 – The Quartet: 1978 1.Elegant People 2.Scarlet Woman 3.Black Market 4.Jaco Solo 5.Teen Town 6.Peter’s Drum Solo 7.Directions
1978年、80年、81年のWeather Report黄金期、Jaco PastoriusとPeter Erskineが在籍していた時代の演奏で、Erskineが個人的にカセットテープで録音していたものを編集しデジタル化しリリースしました。プロデュースもErskine自らがつとめています。すべての作品の録音やクオリティに徹底的にこだわったWeather Reportにしてはカセット音源だけに録音の音質〜かなり巧みにデジタル・マスタリングを施してありますがヒスノイズやドンシャリ感〜、臨場感の粗さ、アルバム構成に際してのラフさは否めませんが、それらを補って余りある演奏のクオリティの高さが驚異的、改めてWeather Reportは本質的にライブバンドであった事を認識させてくれます。Jacoの絶頂期を捉えたドキュメンタリーと言う側面もある作品です。
78年の演奏はJoe Zawinul(key) Wayne Shorter(ts,ss) Jaco Patorius(b) Peter Erskine(ds)のカルテット、80年81年はRobert Thomas, Jr.(perc)が加わりクインテット編成での演奏になっています。
こちらは2002年にリリースされたオフィシャルな未発表ライブ音源を集めた2枚組CD「 Weather Report Live & Unreleased」。Joe Zawinul~Wayne Shorterの双頭を軸に75年のAlphonso Johnson(b)、Alex Acuna(ds,perc)、Chester Thompson(ds)、Manolo Badrena(perd)、そして78年〜80年Jaco~Erskineのコンビはもちろん、それ以降83年Omar Hakim(ds)~Victor Bailey(b)のリズムセクションでの演奏も収録されており、集大成的な作品です。
「The Legendary Live Tapes」と同じカルテット編成で78年にライブ録音、翌79年にリリースされたWeather Reportの代表作「8:30」、同年のグラミー賞を受賞しました。おそらくベストテイクを厳選し曲順や構成を徹底的に練っています。ちなみにプロデュースはZawinulとJacoの2人でShorterは加わっていません。
上記2作のライブ盤はフォーマルな作品としてリリースされているので、ライブ演奏でも「おめかしした」「デコレーションされた」表情を見せていますが、「The Legendary Live Tapes」の方は「すっぴんの」「生身の」「ライブ演奏の赤裸々な面」をとことん聴かせてくれています。このCDがリリースされたお陰でWeather Reportのヒューマンな側面をしっかりと感じ取ることが出来ました。スタジオ録音やオフィシャル・ライブ演奏では聴くことの出来ないギラギラ感、崩壊寸前にまで達する演奏のテンション、インタープレイ、先鋭的な音楽をクリエイトしようとする容赦なき創造意欲、チャレンジ精神。間違いなくJacoの演奏がバンドの推進力となり、他のメンバーを強力にインスパイアし、恐ろしいまでに美しくエネルギーに満ちた前人未到の音楽を演奏しています。
JacoがZawinulに初めて出会った時に「俺の名前はジョン・フランシス・パストリアス3世で、世界最高のエレクトリック・ベース・プレイヤーなんだ」といきなり自己紹介した話は有名です。始めは相手にしていなかったZawinulも次第に彼に興味を持ち始め、当時Weather Reportに在籍していたAlphonso Johnsonが抜けることになった際、後釜でJacoを参加させることにしました。Alphonso Johnsonも素晴らしいベース奏者ですが、Jacoの演奏は更なる境地へ進まんとしていたWeather Reportに全く相応しい音楽的な起爆剤となりました。適材適所とはまさしくこのことです。それにしてもJacoがジャズ界に出現してから40年強、実際のところ彼を超えるベーシストは未だ現れていません。
ところでCDの78年のカルテット演奏で6月28日のテイクが4曲収録されていますが、実はたまたまその場に居合わせていました。場所は今はなき新宿厚生年金会館、当時の外国人ジャズミュージシャン生演奏の殿堂です。現在進行形の最先端を行っていたフュージョンバンドWeather Report、未だ見ぬ生Jaco Pastoriusを体験しに、動くWayne Shorter、Joe ZawinulとPeter Erskineを拝みに行くべく、聴く気満々で会場入りしました。
超満員の新宿厚生年金会館大ホール、今か今かとWeather Reportの登場を待ちわびています。幕が開く前から開演の狼煙を上げるべくシンセサイザーのSEが厳かに鳴り響き始めました。そして開幕です!会場割れんばかりの拍手を受け、4人のメンバーの登場です!印象的なベースのパターンからすぐに演目はShorterのElegant Peopleと分かりました。作曲者本人のエグくて極太の個性的なテナーのメロディ演奏、物凄い音色です!あれ???でも何か変です??何かが足りないのです?それは開幕前には鳴っていたはずのZawinulのシンセサイザーがコンサートが始まっているにも関わらず全く音無しなのです!!Zawinul周囲の膨大なシンセサイザー、キーボード、フェンダーローズ類をスタッフが慌てて取り囲み始め、懸命に対処していますが一向に機材が音を出す気配はありません!それに反するかのようにZawinulの怒号が聞こえます!この騒ぎを尻目に何とShorter、Jaco、Erskineの3人の演奏はめちゃくちゃ盛り上がっています!一般的にミュージシャンはイレギュラー、ハプニングがあればあるほど燃える人種です!当然の出来事でしょう、本気でハプニングを楽しんでいます!「うわー、カッコいい!」この機材トラブルによる思いがけないプレゼントに僕自身も興奮し、束の間このZawinul不在Weather Report Trioを楽しむことが出来ました。しかし無粋なことに盛り上がりに反してステージの幕がゆっくりと降り始めます。「えっ、なんで?どうして?」聴衆全員が感じたことと思いますが、完全に幕が閉まってからも3人は演奏を続けています。会場の手拍子もいちだんと激しくなっています。聴衆から笑い声さえ発せられています。「だったら幕を開けてちゃんと聴かせてよ!」と感じ始めた頃に次第に演奏が静かになりフェードアウト〜無音状態、ついに幕内で行われていたスペシャル・コンサートも終演となりました。しばしの沈黙の後、アナウンス嬢による案内が流れ始めました。舞台裏もさぞかし取っ散らかっていたのでしょう、伝説的なメッセージがこちらです。「ご来場のお客様にお詫び申し上げます。只今機械の故障が悪いため、もう暫くお待ちくださいませ」そうか、機械の故障が悪いのなら仕方ないか、と妙な納得をしたのを覚えています(笑)。
それからどのくらい経ったでしょうか、ステージ再開の運びとなり開幕し再度Elegant Peopleが、今度はもちろんシンセサイザー、キーボードのサウンド付きで(笑)演奏されました。でも先ほどまでのバンドのテンションは何処に行ってしまったのでしょう?と感じたオーディエンスは僕だけではないと思います。
そりゃあそうですよね、機材トラブルで中断したコンサートをまた当初予定の1曲めから演奏してもプレイヤー自身気持ちは入り難いですよね。当夜はクオリティ的には何ら問題のない通常のWeather Report Concertでしたが、冒頭のトラブルが無ければ更に充実した内容のコンサートになったのでは無いでしょうか。(我々はこの事を「羽黒山・月山・湯殿山=出羽三山〜出は散々」と呼んでいます…失礼しました!)
テナーサックス奏者Stanley Turrentineの作品「Don’t Mess With Mister T.」を取り上げてみましょう。
1973年6月7, 8日録音
ts)Stanley Turrentine g)Eric Gale el-p)Harold Mabern org)Richard Tee b)Ron Carter ds)Idris Muhammad perc)Rubens Bassini el.p,arr,cond)Bob James
Recorded by Rudy Van Gelder
Produced by Creed Taylor
1)Don’t Mess With Mister T. 2)Two For T 3)Too Blue 4)I Could Never Repay Your Love
2001年のCD化に際し1973年3月に録音された別テイク、未発表曲が計4曲追加されています。
この作品はあたかも大変声質が良い歌唱力のあるボーカリストが、お気に入りの曲を心ゆくまでの歌い上げた名唱集のようです。テナーサックスのインストルメンタル・アルバムという範疇を超えた説得力があります。
テナーサックスを志す者であれば一度はテナーらしい太い、豪快、男性的な益荒男ぶりを表現出来る、テナーサックスの王道を行く奏者を目指す時があると思います。Turrentineはまさにその憧れの頂点に座するテナーサックス奏者です。テナーサックスの魅力を箇条書きに挙げたとするならば、その全てがTurrentineの演奏に当てはまるはずです。
僕自身もTurrentineの音色を目標にした時期があります。特にこのアルバムの近辺、一連のCTIレーベルの作品での音色の素晴らしさには圧倒されました。この頃のTurrentineの使用マウスピースはOtto Link Florida Metalのオープニング9番にリードはLa Voz Med. Hard、楽器本体はSelmer Mark6 Gold Plateです。数字的に少しオープニングの狭いOtto Link8番、8★と9番、実は結構な吹奏感の違いがあり、峠一つ越える感じです。僕自身良い個体を手に入れようと、かつてかなりの額をこの辺りのオープニングのマウスピースに投資した覚えがあります(笑)
Turrentineの音色の秘密を探るべくデビュー当時から晩年までの使用マウスピース、楽器を調べましたが一貫してOtto Link Metal、Selmerで、テナーサック奏者の標準的セッティングです。他に例えば身体的特徴が影響しているのではないかと、よくよく見ればTurrentineは首がかなり短いのです。ガタイが良くて手脚が長いにも関わらずなので際立ちますが、この短さが音色に影響しているのでは??とまで考えてしまいましたが、まさか。でも見回しても彼ほど首の短いテナーサック奏者はいませんので、首の短い奏者は良いサウンドが出せる論、あながち間違いではないかも知れません。
Turrentineの演奏スタイルはいわゆるTexas Tenorにカテゴライズされますが、他のTexas Tenor達、Arnette Cobb、Buddy Tate、Illinois Jacquet、Eddie “Lockjaw” Davis、Willis Jackson、Big Jay McNeely、Herschel Evans、David “Fathead” Newman、James Clay、Don Wilkerson、King Curtis、Wilton Felder、Sam Taylorとは根底にあるサウンドに同傾向のものを感じさせますが、表現力やジャズ的要素の深さ、風格で明らかに一線を画しています。本人もかなりプライドの高さを感じさせる人物で、「あなたのようなテナーサックスの音色を出すにはどうすれば良いのでしょう?」という質問に対し「僕のような音を出すのは他の人ではちょっと無理だろうね」と答えています。かつて雑誌の取材でTurrentineとMichael Breckerの二人に僕がインタビューするという企画がありました。この二人をアイドルとする僕は嬉しさ楽しさ反面、かなり緊張気味にその場に赴きました。Turrentineはあの強面で僕にコイツは誰だ?と睨みつける感じで椅子に座っています。その隣のMichaelが空気を察知し「Stanley、彼は僕の友人で素晴らしいテナー奏者のTatsuyaだ」と助け船を出してくれ、「おぉ、そうか」と言う感じでTurrentineがたちまち破顔し、雰囲気が和らぎました。実はMichaelもTurrentineの大ファン、彼を尊敬し、彼の演奏にも多大な影響を受けています。2人はインタビューの最中、終始和やかな感じでお互いをリスペクトしながら丁寧に質問に受け答え、互いの話題に談笑していました。このツーショットによるやり取りははあたかも横綱相撲を観るようでした(笑)
MichaelはTurrentineにアメリカからのフライト前に自分のリーダー作をプレゼントしたらしく、「飛行機の中でMichaelのCDを聴いてきたよ。素晴らしかったね!」と言っていました。このインタビューが1989年、時期的にはMichael「Don’t Try This At Home」がリリースされた後ですが、その前年にリリースされた初リーダー作「Michael Brecker」を渡した可能性もありますね。
89年7月はSelect Live Under The SkyにてSELECT LIVE”SAXOPHONE WORKSHOP”が企画され、出演しました。ts)Michael Brecker ts,ss)Bill Evans ts)Stanley Turrentine ts,as)Ernie Watts p,direction)Don Grolnick b)鈴木良雄 ds)Adam Nussbaumというオールスター・セッション。そうなんです、インタビューはこの時に実現しました。この4テナーの人選、実はMichaelにオファーがあったのです。彼曰くTurrentine、Bill Evansの他にJoe Hendersonを推薦したそうですが、Ernie Wattsは他のバンドで当日出演が決まっており、主催者側としてはどうしても起用して欲しかったようでやむなくJoe Hen案はボツになりました。またこの前年にMichaelに会った時「Tatsuya、誰かベーシストを知らないか?来年日本でSummer Jazz Festivalに出演する予定なんだ」と尋ねるので、Chin Suzukiと言う素晴らしいプレーヤーがいるけれど、と答えました。当時僕は彼のバンドに参加させて貰っていました。I know his name. と言うやり取りがあった関係かどうかまでは分かりませんが、チンさん鈴木良雄氏の出演が決まりました。何のフェスティバル?とまでは聞かなかったのですが、まさかこのLive Under The Skyの4テナーとは思いもよりませんでした。そして89年7月29日よみうりランドEastのステージでSaxophone Workshopの演奏が行われたのですが、コンサート前日のリハーサル時にErnie Wattsがトラブルを起こしたのです。
Michaelに招待して貰い、都内某所のリハーサルスタジオでその全てを見聞きすることができました。Don Grolnickのオリジナル曲やLive Under The Sky’89のコンセプトであるDuke Ellingtonの作品スイングしなけりゃ意味がない、等をGrolnickの素晴らしいアレンジ、超豪華なミュージシャン達で楽しく綿密にリハーサル…と思いきや、何となくリハーサルの進行が思わしくありません。いちいち口を挟む輩のお陰で円滑に進行していないのです。それが誰あろうErnie Watts、エキセントリックな性格の彼は自分がリーダーでもないのにバンドを取り仕切ろうとしています。自分がいつも中心に居ないと気が済まない人っていますよね。リハーサルが終盤に差し掛かろうとした頃、ついに熱血漢のAdam Nussbaumがブチ切れてドラムスから立ち上がり、Ernie Wattsに殴り掛かろうとしたのです!!そこをGrolnickとMichaelがすぐさま「まあまあ、Adam、ここはひとつ落ち着いてくれよ」と間に入りました。暫くAdam NussbaumとErnie Wattsの睨み合いが続きましたが、機嫌を損ねた方のErnie Wattsはすぐさま楽器をケースに仕舞い込み、スタジオをそそくさと出てしまいました。TurrentineやBill Evans、チンさん 達は呆気にとられた感じで傍観しているのみでした。その後は当然、残された者達で早退した男の悪口大会になります。大会の終いには「Ernieはさ、あいつIndianの血が混じってるらしいぞ」出生にまで話が及んでいました。こんなトラブルがあった翌日のコンサート本番、演奏がバッチリと上手く行く訳がありません。更には事もあろうにErnie Wattsが曲の進行を取り仕切り、勝手に自分が司令塔となって指で4,3,2,1とCue出しをしています。当夜の演奏は出来が悪い訳ではありませんが、どこか空々しい雰囲気が漂う内容になってしまいました。翌日Michaelに会うと当然Ernie Wattsの話になり、「そもそもErnieは僕に強いライバル意識を持っていて、全然フレンドリーではなかったね」そして昨夜のErnie Wattsの所業の確認、それが一通り終われば今度は話の矛先がMichael Brecker Bandに主催者側の意向で参加したパーカッション奏者Airto Moreiraに向き、「オレはAirtoとは一緒に演奏したくなかったけれど、やっぱり酷かった。あの演奏じゃあまるでサーカスだ!」滅多に人の悪口を言わないMichaelですが、いつになく熱い語り口でした。
すっかり脱線してしまいました(汗)。話をDon’t Mess With Mister T.に戻しましょう。
1曲目表題曲Don’t Mess~はWhat’s Goin’ Onで有名なソウルシンガー、作曲家Marvin Gayeのオリジナル曲。72年の彼の大ヒット作「Troubled Man」に収録されている名曲です。Mister T.が当人Turrentineの事かどうかは定かではありませんが、彼のテナーサックス演奏のために書かれたかのようにその音楽性に合致した曲です。ここでのTurrentineの素晴らしい音色、歌い回しと言ったら!以前どこかの音楽誌に書いたことがありますが、自分の音色に迷いが生じた時には原点に戻るためにこのCDを聴くことにしています。確かにテナーサックスの録音に長けた、その腕前はジャズ界の至宝と言って良いRudy Van Gelderによるレコーディングですが、それにしてもこの音色には参りました。Turrentine自身も以降のライブでは重要なレパートリーの一曲になりました。
2曲目はTurrentineのオリジナル曲、Two For T。多分TはTurrentineで、もちろんVincent Yumans作曲、Doris Dayの唄でお馴染みのTea For Twoに引っ掛けた曲名ですが、アメリカ人もダジャレが好きなので安心しました(笑)スイングフィールのカッコいいナンバーで、Turrentineの唄心やリズムセクションとのインタープレイを存分に楽しめます。ソロの途中に出てくるHigh F音〜4度下のB♭音の色気とファンキーさに何度聴いてもグッと来てしまいます。
3曲目はTurrentineの大ヒット作Sugarと同傾向、似た雰囲気のマイナーのブルースナンバーToo Blue。一度大ヒットが出ると類似曲でも本人作ならば許される傾向は洋の東西を問わずあるものです。そう言えばSugarに纏わる逸話ですが、1973年8月CTIオールスターズで来日したTurrentine、楽屋でずっと練習をしていたそうですが一体何を吹いていたのか、何とSugarのメロディを延々と何十回も練習していたのです。大ヒットして既に何千回、何万回と演奏していたでしょう。でも多分自分自身はテーマ、メロディの唄い方に納得がいかず更に良く吹けるようにと暇さえあれば精進していたのです。見習わねば。
4曲目はTurrentineのサックスがまるでソウル・シンガーの歌いっぷりに聞こえてしまうゴスペル調のナンバーI Could Never Repay Your Love。Bob Jamesのアレンジも冴えています。Turrentineも録音された音色は轟音で生音が大きいように聴こえますが、Joe Hendersonと同じく意外と生音は小さいです。
この作品を最後にTurrentineは CTIレーベルを離れ、Fantasyへと移籍します。レーベルのカラーでしょう、作品はよりポップな芸風に変わって行きますがTurrentineはひたすらマイペースにそのサウンドを貫き通しています。個人的にはレコーディング・エンジニアが変わったためTurrentineの音色が物足りなくなりましたが。
美しくて深い音楽、ベーシストBuster Williamsのリーダー作「Something More」を取り上げてみましょう。
New JerseyにあるRudy Van Gelder Studioにて1989年3月8,9日録音。
ドイツのIn+Out Recordsから1989年にまずレコードがリリースされ、後に1曲追加(7曲目I Didn’t Know What Time It Was)されてCDもリリースされました。
およそCD発売時の追加テイクに関しては残り物感が漂いますが、この作品では全く異なり、むしろ最重要な演奏曲です。演奏時間が14分28秒と長く、レコードでは時間の関係でやむなく収録を見合わせたように思います。CD化されて作品として完全な形になりました。
bass,piccolo bass)Buster Williams piano,keyboards)Herbie Hancock tenor,soprano sax)Wayne Shorter trumpet)Shunzo Ohno drums)Al Foster
1.Air Dancing 2.Christina 3.Fortune Dance 4.Something More 5.Deception 6.Sophisticated Lady 7.I Didn’t Know What Time It Was
我々ミュージシャンの演奏を生かすも殺すも録音エンジニアの腕に掛かっていると言って過言ではありません。
この作品は内容の素晴らしさもさることながら、録音がとても素晴らしいのです。美しい音で良い演奏を楽しめるのは音楽鑑賞の原点です。
さすがBlue Note、Prestige、Impulse、CTI、ジャズ黄金期の名レーベルの録音を支えたレジェンド・エンジニア、Rudy Van Gelder(RVG)、そして自身のNew Jerseyにあるスタジオでのレコーディングです。各々の楽器の音色の美味しい成分、倍音成分、輪郭、雑味、音像の位置を的確に捉えたレコーディングに仕上がっています。
RVGは楽器の特性、音色の本質、ミュージシャンそれぞれの個性やスタイルによるサウンドの表現の違いや醸し出される音のどこに着眼すべきなのか、芸術的な領域まで理解しています。その意味ではもう一人の参加ミュージシャンと言えます。ミキシングの際の各楽器の配置、レイアウト、マスタリング時のサウンドの変化の度合いも全て見据えて録音に臨んでいるので、さぞかしミュージシャン達は自分の音をRVGに任せていれば安心、大船に乗った気持ちで演奏に専念することが出来た事でしょう。
60年代Blue Note Labelの諸作ではポータブル蓄音機やジュークボックスでのレコード再生を念頭に置いた、『凝縮された音質』での録音で、これらをCD化した際には多少違和感のある音質でしたが、本人RVGによる24bitデジタルマスタリングでかなりの高音質に変化しました。でも個人的には60年代Blue Note録音の再生はレコードに勝るものはありません。
80年代CDのデジタル録音が主流になってからもRVGはその手腕、他の追随を許さないセンス、生涯クオリティの高いレコーディングのするための研究を続けた情熱、実績から、録音エンジニアの第一人者の地位を確固たるものにしています。
ここでのWayne Shorterのソプラノサックスの深い音色が堪りません!もう何度も耳にしていますが聴く度にゾクゾク、ワクワクしてしまいます!誰も成し得ていない未知の領域の音色。いわゆる普通のソプラノサックスの音色とは全く次元が異なります。太くてエッジー、暗くて明るくて、ツヤがありコクを併せ持ちつつ、七色に刻々と変化するサウンドを完璧なまでに押さえています。
実はソプラノサックスを録音するのはテナーやアルトよりもずっと難しく、エンジニアの腕の振るいどころ、いや、むしろその逆で鬼門かも知れません。ソプラノのベル先端に1本、管体中程に1本、そしてソプラノの全体のアンビエント(雰囲気)を収録すべくもう1本、少なくとも合計3本のマイクを必要とし、収録の際の楽器とマイクの距離や位置、イコライジング、更には3本のマイクのバランスが大切なのです。以前取り上げたことのあるSteve Grossmanの「Born At The Same Time」のソプラノの録音はベル先端に1本のみ使用の音色に聞こえます。これはこれで迫力のある音色ですが、どこか「チャルメラ」っぽさは否めません。大雑把に述べるならばベルからの音は金属的な硬い成分、対する管体中程からの音がマイルドな美味しい成分と言えます。ソプラノRVGは特に管楽器、中でもテナー、ソプラノサックスの録音が特に上手いと思います。Blue Noteで何枚ものリーダー作を録音した名テナー奏者Stanley Turrentineをして、「僕の生音よりRudyの録音の方が全然格好良いよ」言わしめています。Sonny Rollins、John Coltraneに始まり、Eddie “Lockjaw” Davis、Illinois Jacquet、Tina Brooks、Dexter Gordon、Hank Mobley、Benny Golson、Willis Jackson、Joe Henderson、Sam RiversたちのRVGが手掛けたテナーの音色は、確かに本人達の生音よりも良いのかもしれません(笑)
この頃のWayne ShorterはYAMAHA YSS-62ネック部分がカーヴしたストレート・タイプのソプラノを使用しています。YAMAHAからのエンドースではなくWayne本人がチョイスしたと言われています。マウスピースはOtto Link Slant、オープニングが10番と特注以外考えられない仕様のものです。因みにテナーのマウスピースもOtto Link Slant 10番。ソプラノMPはOtto Link本人に何本か作って貰ったそうで、複数本まとめた状態での収納されたケースを見た事がある人がいます。リードに関しては色々な種類を使っていたようで、この頃は何を使っていたかは確認できていませんが、後年Vandorenの3番を使っていた模様です。テナーはRicoの4番を使用していたので、ソプラノもひょっとしてRicoを使っていたのなら3番から3半の辺りと推測されます。
作品中2曲目のChristinaの演奏が真骨頂です。メロディ、コード進行の美しいBuster Williamsのオリジナル曲、まさしくWayne Shorterのソプラノのために書かれた曲と言えます。Buster Williamsのベースライン、Herbie Hancockのバッキング、YAMAHAのDX7と思しき?シンセサイザーのオーケストレーション、ドラムスAl Fosterのカラーリングが「さあ下ごしらえは出来上がった。Wayne、思いっきり歌ってくれ!」とばかりにバックアップしています。
タイトル曲のSomething Moreでも全く同様の事が言えます。因みにBuster Williamsは”Something More Quartet”というバンド名でリーダー活動を継続的に行なっているようです。メンバーは流動的ですが、フロントはアルトサックス奏者の場合が多いようです。
そしてそして、もう一曲Wayneのソプラノサックスが大活躍するテイクが、CD追加分のスタンダード・ナンバーI Didn’t Know What Time It Was。この当時はWayne がスタンダードを演奏する事自体が珍しかったのです。1960年代Art Blakey Jazz MessengersやMiles Davis Quintetで曲目限定ではありましたが、スタンダード演奏を聴くことが出来ました。その後Weather Reportや自分のグループでの演奏では全くと言って良いほどスタンダード・ナンバー演奏から無縁でした。
このRichard Rodgersの名曲をBuster Williamsが素晴らしいアレンジに仕上げました。ミステリアスなベースパターンに始まり、イントロほか随所にWayneが独り言を呟くようにユニークなブリガードを入れています。美しくて深い音色でこんな風にメロディを演奏されたら我々は成す術がありません(涙)。それにしてもこのWayneのソロは一体何を考えているのでしょう??いわゆるジャズのインプロヴィゼーションで使われるリック(常套句)は用いられてもアクセント的に、異常なほどに研ぎ澄まされたメロディセンス、コード感から成り立つアドリブは、全てその場で自然発生的に生まれているに違いありません。このワンアンドオンリーぶりは他の追従を許すさず、そのためにWayne Shorterスタイルの後継者が生まれることを拒んでいます。
続くHerbieのピアノソロ、リーダーのベースソロ、ドラムスソロとこの曲の演奏者全員のアドリブがたっぷりと聞くことが出来、アルバムの大団円となります。
今回取り上げるのは、ギタリストJack Wilkinsのリーダー作「You Can’t Live Without It」(1977年10月31日NY録音)。
g)Jack Wilkins ts)Michael Brecker flh)Randy Brecker p)Phil Markowitz b)Jon Burr ds)Al Foster
Side A 1.Freight Trane 2.What’s New / Side B 1.Invitation 2.What Is This Thing Called Love?
77年当時Michael Breckerが参加したレコードでアコースティックな作品は数が少なく、更にジャムセッションで取り上げられるようなポピュラーなナンバーばかりを演奏した例は他にありません。そしてこれが実に素晴らしい内容で、僕はこの演奏でMichael Breckerに開眼してしまいました。
録音されたレコードはその瞬間の演奏、スタジオ内の雰囲気を全く真空パックにして封じ込めたものです。
特にジャズのような打ち込みやオーバーダビングを基本的に行わない(実はBlue Note Labelの名盤やMiles Davisの作品の幾つかは違っていたようですが)一発勝負の録音には、生々しいほどに録音現場の情景が浮かび上がる場合があります。
この「You Can’t Live Without It」は収録された4曲がスタンダードやジャズマンのオリジナルで、ほとんどアレンジも施されていない点からリハーサルを行ったとしても別日に一回、もしくは録音当日にリハーサルを行って準備が出来、『さあ、テープを回してくれ』的なラフな状態で演奏されたように思います。
そしてこの手のセッションでは往々にしてどこか音楽的に隙間風が吹く物足りなさ、統一感の希薄さを聞かせてしまいますが、この作品は極めて高度な次元で演奏が展開されています。
メンバー全員が一丸となってクリエイティヴに音楽を作り上げる姿勢が収録曲全てから、一瞬の緩みもなく、お互いの音を聴き合い、究極一音も無駄な音が存在しない高みにまで演奏が昇華している様に聞こえます。とにかく自然体なのです。
それはリーダーJack Wilkinsの人柄、音楽性から?メンバー6名集合体の相性から?プロデューサーの采配によるもの?レコーディングスタジオの雰囲気から?ここまで一体感のあるセッション・レコーディングに仕上がるには、必ず何か必然、理由があるはずです。
かつてMichael Breckerに会うたびに色々な話をしました。こちらからの一方的な質問といっても良いかも知れません。それこそ音楽的な事に始まり、彼の両親兄弟家族について、食べ物の嗜好、休日の過ごし方、好きな映画について… 彼はどんな質問にも丁寧に分かり易く答えてくれましたが、残念ながら気になっていたこの作品のクオリティの高さが何に起因するのかについて、尋ねる機会を逸してしまいました。
この作品のレーベルChiaroscuro Recordsにも気になる点があります。現在も作品をリリースしているChiaroscuro(絵画用語で明暗法、キアロスクーロ)RecordsはEddie Condon(cl)、Earl Hines(p)、Ruby Braff(cor)、Buck Clayton(tp)、Bob Wilber(ss)、Mary Lou Williams(p)、Al Grey(tb)といったいわゆる「中間派」(1950年代に存在したジャズの演奏スタイルのうち、バップにもスイングにも分類されないスタイルの総称)ミュージシャンの作品ばかりを制作しており、この「You Can’t Live ~」はレーベルのカラーに反して全く毛色の異なるミュージシャンによる、異色な内容の作品に仕上がっています。
Jack Wilkinsにはこの作品の前にもう一枚同レーベルからリーダー作がリリースされています。
1977年2月NY録音「The Jack Wilkins Quartet」
g)Jack Wilkins
flh)Randy Brecker
b)Eddie Gomez
ds,p)Jack DeJohnette
Side A 1.Fum 2.Papa, Daddy And Me 3.Brown, Warm & Wintery / Side B 1.Buds 2.Falling In Love With Love 3.500 Miles High
Randy Breckerのワンホーン・カルテット、Eddie GomezにJack DeJohnetteという素晴らしいリズム陣、彼らメンバーのオリジナルを取り上げた、内容的にはこちらも”コンテンポラリー・ジャズ”です。
上記2枚のレコードを1枚のCDにカップリングしたものが「Merge」(合併)というタイトルで1992年Chiaroscuroよりリリースされています。残念ながら「The Jack Wilkins Quartet」の方から収録時間(77分30秒!)の関係からか1曲カットされていますが、大変お得なCDですね(笑)
そして後年「The Jack Wilkins Quartet」のリズムセクションにMichaelとRandyの2管を加えたJack Wilkins Chiaroscuro Records総まとめ?的な作品「Reunion」を2000年12月11日NYで録音、やはりChiaroscuro Recordsから2001年にリリースしています。惜しむらくはMichael当時のレコード会社との契約の関係で3曲だけの参加になっていますが、テナーの音色が実に素晴らしく録音されています。
この演奏についてはMichaelに尋ねた事があります。収録曲Horace SilverのオリジナルBreak Cityでのソロ、いつものようにカッコ良いには良いのですが、何だかちょっと変です。落ち着きが無いと言うか、いつになく音楽的ではなく同じBreckerフレーズの連発があり、「あれはどうしたの?」と聞くとMichaelさんちょっと困ったような顔をして「スタジオのブースがとても狭くて演奏し辛かったんだ」と答えてくれました。どうも別の理由がありそうな返答の仕方ですが、演奏的不具合は本人にも覚えがあったのですね。
それにしてもJack Wilkins + Chiaroscuro Records = Contemporary Jazzには一貫した流れがあります。
今一度Chiaroscuro Recordのリリース・カタログを調べるとJack Wilkins以外全てが前述の「中間派」のミュージシャンの作品で完璧に占められていました。「You Can’t live ~」のスポンテニアスな素晴らしさには何かレーベルとの関わり具合が関係していても良さそうな気がします。
この写真は1977年当時のMichael Breckerのアンブシュアのクローズアップです。使用マウスピースはOtto Link Double Ring 6番、これはクラリネット奏者Eddie Danielsから譲り受けたものです。リードはLa Voz Medium Hard、リガチャーはSelmer Metalテナー用。テナー本体はSelmer MarkⅥ 67,000番台。勿論この「You Can’t Live ~」の演奏も含め、この当時(76年頃から78年頃まで)のMichaelの数々の名演、例えば「Heavy Metal Be-Bop」「Blue Montreux」「Sleeping Gypsy」「Browne Sugar」を生んだセッティングです。76年末頃にマウスピース、楽器いずれも入手したようです。「You Can’t live Without It」に話を戻しましょう。僕がこのレコードを初めて聴いたのは78年夏頃、当時行きつけのJazz喫茶で新譜として壁にディスプレイされていました。アルトからテナーに転向したばかりの僕はElvin Jonesの「Live At The Lighthouse」がバイブルのような存在で、Dave Liebman、Steve GrossmanらのいわゆるColtrane派のテナー奏者がフェイバリットでした。Michael Breckerの演奏も勿論聞いていましたが、それほどの感銘を受けるものには出会っていませんでした。そしてこのレコードの登場です。
以前から感じているのですが、John Coltraneは1955年Miles Davis Quintetに大抜擢も56年にドラッグの悪癖のため一時解雇されました。その後クリーンさを取り戻したColtraneは56年から57年にかけて神の啓示を受けたかのようにテナーサックスの腕前が飛躍的に上達しました。時は20年を経て1976年、Michael Breckerも翌年77年にかけてやはり超人的に上達し、ワンアンドオンリーなスタイルを確立しました。前述のマウスピース、楽器の入手もかなり関係しているように思えますし、Michaelも神の啓示を受けたかもしれません。僕はついに77年当時のMichaelに出会えたのです。
素朴でシンプルな文字だけの黒地のレコード・ジャケットをジャズ喫茶の店主が指差し、「ブレッカーの入った新譜が入荷したよ」ということで早速リクエストしました。インターネットやyoutubeで幾らでも新しい情報を好きなだけ入手可能な今の若い人たちには、ジャズ喫茶でレコードをリクエストするという習慣がない、それ以前に知らないのでピンと来ないでしょうが、当時の我々にはジャズを知る唯一にしてベストの方法でした。
いきなりSide B 1曲目Invitationを聴きました。その時の事は店内の情景も含めて今でもはっきりと覚えています。
スピーカーから流れてくるテナーの音の洪水!!〜フレージングのアイデア、コード進行に対するアプローチ、スピード感、タイム感、タンギングの正確さ、完璧なまでのフラジオの使い方、当たり具合、華麗なテクニックの数々、テナーの音色の素晴らしさ、ストーリーの語り口の流麗さ、起承転結の的確さ…
演奏のあまりのインパクトに薄暗い店内、座っている席から立つことが出来なくなりました。身体が感動で打ち震える、なんだこれは一体? 膨大な量のテナーサウンドにもかかわらず、身体がその情報量の全てをスムースに受け入れる、あたかも血液型やDNAタイプが全て合致した輸血や臓器移植であるかのように。このかつて無い体験を1枚のレコード鑑賞から出来たことに自分も驚きました。
「これだ!自分が目指すテナー奏者はMichael Breckerだ!このスタイルを掘り下げて研究しよう!」LiebmanやGrossmanにはない都会的でスマートなセンス、押し付けがましくない超絶技巧、明るさと仄暗さ、繊細さと大胆さ、演奏のバックグラウンドに感じる秘めたる情熱、努力と向上心。「見つけたぜ!」と20歳そこそこのサックス奏者は目を爛々と輝かせながら明日からの明確な目的を見出したのです。
Steve Grossmanの代表作、1977年録音のBorn At The Same Time(OWL)を取り上げてみましょう。
ts,ss)Steve Grossman p)Michel Graillier b)Patrice Caratini ds)Daniel Humair
Recorded In Paris, November 25th 1977
Steve Grossmanは18歳でWayne Shorterの後釜としてMiles Davis Bandに大抜擢、約1年間ほど在籍していた模様です。この時の映像を新宿DUGのオーナー、写真家として知られる中平穂積氏がNew Port Jazz Festivalにて録画したものを見たことがありますが、大御所にして圧倒的な存在感のMiles Davisの横で堂々たるプレイを繰り広げていました。レコーディングでは”Jack Johnson””Big Fun””Bitches Brew”を始めとして、ソプラノサックスでの演奏が殆どですがそこではテナーを吹いていました。
早熟の天才、10代前半にアルトサックスを始めてすぐにCharlie Parkerのスタイルで演奏出来るようになり、テナーに転向後Miles Bandに参加という華々しいと言うか、前人未到、とんでもない経歴の持ち主です。以前Blogで取り上げたEddie Danielsもそうですが、ユダヤ系白人サックス・プレイヤーの代表格の一人です。
New York州Long IslandのHicksville出身、裕福な家庭に生まれ育ちましたが、ミュージシャンとして自立すべく、新聞配達の仕事をしていた時期もあるそうです。兄はトランペット奏者Hal Grossman、Berklee音楽院の講師を務めており、この兄の影響でサックスを始めたと言われています。弟の名前はMiles Grossman、特に管楽器奏者、ミュージシャンではないようですが、現在Hicksvilleの実家に戻ったSteve Grossman、全くテクノロジー関係に疎いので(そもそも興味がないのでしょう)弟Milesがインターネット関係(それこそメールの代筆等)で兄を手助けしているようです。
ところでアルバムタイトルのBorn At The Same Timeの意味するところは何でしょう?考えられるのは参加ミュージシャン4人が同世代に生まれたからでしょうか。ミュージシャンの生年月日を挙げてみましょう。
Steve Grossman(ts,ss) 1951年 1月18日
Michl Graillier(p) 1946年10月18日
Patrice Caratini(b) 1946年7月11日
Daniels Humair(ds) 1938年5月23日
ピアニスト、ベーシストは確かに同年生まれですがGrossmanとは5年違い、ドラマーとは13歳も歳が離れています。同世代とは言い難い年齢差ですが、Grossmanは何しろ18歳1969年から第一線、ジャズ界最先端で演奏しています。5歳13歳の年齢の違いは関係無く、音楽的な経験値のみ捉えてみれば同世代の4人と言えるのではないでしょうか。このアルバムの演奏内容、驚異的なインタープレイの連続を聴くとまさに同世代に生まれたミュージシャン達ならではの、彼らだからこそ成し得たクオリティの演奏と聴く事が出来ます。
だとしたらメンバー全員の写真、せめてレコーディング風景の写真をレコードジャケットに掲載すればアルバムタイトルとの統一感が出るものを、Grossman本人と当時のガールフレンド?奥方?とのツーショットが見られるだけです。Miles Davisのアルバムで何枚か当時のガールフレンドの写真を用いたジャケットがありますが、Miles Band出身のGrossmanならではのセンスかも知れません。
Miles Davis Bandを退団し、その後Elvin Jonesのピアノレス・カルテットにて盟友Dave Liebmanとのツーテナーで名盤Live At The Lighthouseを72年に録音、この演奏でジャズ・テナーサックス界に不滅の金字塔を建てました。ワンアンドオンリーなフレージング、50年代のSonny Rollinsを彷彿とさせるタイトでグルーヴィーなリズム感、Jonh ColtraneとBen Websterの融合とも言えるダークでエッジー、コクがあって極太のテナーサウンド…カリスマ・テナー奏者としてジャズ界知らぬ者は無い存在になりました。そして何と言ってもGrossmanこの時まだ21歳!無限の可能性を秘めた若者、その将来を嘱望されていました。
73年以降の活動:同年自身の初リーダー作”Some Shapes To Come”
74年録音Elvin Jones Quartet”Mr. Thunder”
75年Gene Perla(b)Don Alias(perc,dr)とのグループ”Stone Alliance”
75, 76年録音自身のリーダー作”Terra Firma”
そして本作77年Born At The Same Timeに繋がりますが、早熟の天才プレイヤーにありがちな破天荒な行いが次第に目立ち始めます。大量の飲酒行為、ドラッグの使用での人格破綻、奇行、晩年のJaco Pastoriusを思わせる状況が見られるようになります。
Stone Allianceのヨーロッパツアー中にGrossmanが1人暴走(他メンバーのGene Perla、Don Aliasは温厚なタイプのミュージシャンでしたが)のため空中分解しツアーを途中でキャンセル、Elvin JonesはGrossmanの演奏をいたく気に入っていましたが、マネージャーを務めるElvinの奥様ケイコ夫人に素行の悪さからかなり嫌われていたようです。Grossmanは体力的にも強靭なものがあり、「25歳までは1週間徹夜しても平気だった」と発言していましたが、かなりドラッグの摂取も頻繁で「新しいクスリのやり方が流行ったとしたらそれを考えたのはSteveに違いない」とまで周囲から言われていました。
Grossman自身の発案か、レコード会社のアイデアか分かりませんが、それまでのGrossmanの集大成と言える”Born At The Same Time”が77年11月25日Parisで録音されました。
前述のStone Allianceのヨーロッパツアーが77年8月27日Austria Wiesenを皮切りに10月29日英国Londonまで挙行されました。その最後のLondon Ronnie Scott’s公演中でまさに空中分解したのです。
何とこの事件の1ヶ月後にヨーロッパの精鋭たちを集めてBorn At The Same Timeは録音されました。そのままヨーロッパに滞在していたかも知れません。
全9曲Grossmanのオリジナルで構成されています。CD再発時にはピアニストGeorge CablesのオリジナルLord Jesus Think On Me(Think On Meという曲名で作曲者が録音しています)が追加されていますが、アルバムのコンセプト、演奏のクオリティからオクラ入りしたのはうなずけます。
とにかく楽器の音色が凄まじいのです。テナーマウスピースはデビュー時から使用しているOtto Linkのメタル最初期(30~40年代)のモデル”Master”を使っています。それこそBen Websterもこのマウスピースを生涯使っていましたがチェンバーの広い、ダークでメロウなサウンドのマウスピースを使ってGrossmanはどうしてあんな凄まじい音がするのかは謎です。オープニングは多分5★か6番、リードはリコの4番を使っていたそうです。1970年代中頃来日した時に一緒に演奏した土岐英史氏から聞きましたがGrossmanのマウスピースにはボディに穴が空いていて、そこにマッチ棒を入れて遊んでいたそうです。もちろん内部に貫通はしていなかったでしょうが、かなり「へたった」状態のマウスピースには違いありません。テナー本体はSelmer MarkⅥの恐らく14~16万番台、ソプラノもSelmerでマウスピースもSelmerメタルのDかEを使っていたようです。ソプラノの録音された音色が生々しいのはベルを直接マイクに当てて演奏しているからです。
このアルバムの音色は80年代の演奏に比べると深さが全く違います。デビュー時から使っている自分の楽器、マウスピースで演奏したのは間違いないでしょう。
80年代に入ってからの話ですが、金策のためにテナーを質屋に入れて楽器が流れてしまったり、自分の弟子に楽器を借り、在ろうことかその他人の楽器を質屋に入れてしまったり(Charlie Parkerに同様の逸話がありますね)、自分のソプラノをNew Yorkでタクシーに置き忘れそのまま出てこなかったり、来日時に楽器を持参せず日本人ミュージシャンに借りたり(実は僕もしばらくテナーを貸したことがあります)87年録音Our Old Frame / Steve Grossman With Masahiro Yoshida Trioの時には僕のソプラノでNew Moonや415C.P.W.を演奏しています。
それにしてもこの天才テナーサックス奏者、自己管理能力は明らかに欠如していますね。
80年代はとうとう自分の楽器やマウスピースを持っていない時期があり、ギグや録音がある時に弟子に借りていたようです。Jerry Vejmola、Jeff HittmanらがそのGrossmanを支えた弟子たちの名前です。
Grossmanのテナーの音色は奏法の勝利と言え、たいていの楽器でGrossmanの音がします。86年87年の来日時にセッションでステージを共にしましたがその音色の物凄さ、音圧感、タイムの素晴らしさ、スイング感、そして最も驚いたのがアンブシュアの緩さ、ルーズさです。演奏中マウスピースを咥えていても左右に動き、口に対して抜き差しされるのです!
Grossmanの特徴音の一つ、フラジオA音を「ギョエイイ〜」と出している時にもアンブシュアはゆるゆるです!本人に「マウスピースに歯は載せていないの?」と質問しましたが「ちゃんと乗せている」と答えが返ってきました。ダブルリップではなさそうです。
収録曲の演奏に触れて行きましょう。1曲目から6曲目がいわゆるレコードのA面、7曲目から9曲目がB面に該当します。全体的に組曲風なコンセプト・アルバム仕立てになっています。
1、4曲目のCapricorneは同じ曲でテンポも演奏時間もほとんど同じ、Daniel Humairのシャープなドラミングが各々のテイクに異なった彩りを添えています。2、4曲目のOhla Gracielaは若干テンポが異なり、別テイク的な関係にある演奏で、更に3曲目Plaza Franciaもほぼ同一曲、Patrice CaratiniのベースソロがフィーチャーされGrossmanはソプラノでソロを取ります。5曲目March Nineteenも傾向としては同じ曲ですが、Grossmanのオリジナル曲の独創的なメロディライン、ベースパターン、コード感が同一傾向曲が並ぶくどさよりもむしろ統一感を感じさせ、レコードのA面はGrossmanのオリジナル・サウンドを表現しています。
B面は一転してハードな演奏サイドです。7曲目A Chamadaはフランス語で「叫び」を意味します。エドヴァルド・ムンクの「叫び」、こちらは北欧ノルウェーですね。本作品の要の演奏で9分16秒にも及ぶGrossmanの叫びが延々と聴かれます。リズムセクションのテンションも尋常ではありません。テナーの演奏に完璧なまでに追随しています。ソロイストとリズムセクションのインタープレイの、ある種理想な形の名演と捉えています。何度聴いても背筋がゾクゾクするフレージングの連続、ソロの構成、4人一丸となったまさに絶叫!唯一残念なのは8’47″でテープが編集されている点です。恐らくGrossmanはまだ延々とソロを取り続けていたのでしょう。レコード収録時間の関係でカットされたに違いありません。いずれコンプリートな演奏を聴きたいものです。え?墓場荒らし?滅相もないことを言わないで下さい。僕は純粋にテナーサックスの名演を聞きたいだけです。
8曲目Pra Voceで叫びから癒しに場面転換を果たしています。この曲のサウンドもまさにGrossmanワールドそのものです。
アルバムの締めくくりはもう一つの白眉の演奏Giminis Moon。いつものGrossmanの作風とは異なるオリジナル、リディアン系のサウンドです。Grossmanの演奏は言わずもがな、この演奏でDaniel Humairの素晴らしさを再認識しました。ピアニストMichel Graillierも大変センスのあるプレイをしています。
以降80年代に入りGrossmanは全く第一線から遠ざかり、New Yorkでタクシーの運転手で生活したり(でもアブナイ彼の運転でタクシーには乗りたくありませんね)隠遁生活を送っていましたが、ドラマー吉田正広氏が再び彼をジャズシーンに引っ張り出しました。いずれその話もこのBlogで取り上げたいと考えています。
最後に、20年前にBorn At The Same Timeが東芝EMIから国内発売された時のCDライナーノーツ、僕が書いていました。自分自身すっかり忘れていましたがこのライナーを読んでしまうと20年前に書いた内容に捉われてしまうかもしれないと懸念し、敢えて読みませんでした。Blogが書き上がったのでこの後読んでみます。
<Musicians>John Coltrane(ts,ss) McCoy Tyner(p) Steve Davis(b)Pete La Roca(ds)
<Song List>1)Liberia 2)Every Time We Say Goodbye 3)The Night Has A Thousand Eyes / CD One 4)Summertime 5)I Can’t Get Started 6)Body And Soul 7)But Not For Me / CD Two
1960年6月27日New YorkのGreenwich VillageにあったThe Jazz Galleryでのライブ録音2枚組です。正式な録音ではないので音質は決して良くありませんが、演奏内容は本当に素晴らしいです。絶好調のColtraneとリズムセクションとの組んず解れつの演奏、ここには幾つか特筆すべき点があります。まずピアニストMcCoy Tynerが正式にJohn Coltrane Quartetに加入した直後の演奏という点です。ColtraneはMiles Davis Quintet脱退後自分のカルテットをスタートすべく、多くのピアニストを起用しました。Wynton Kelly、Cedar Walton、Tommy Flanagan、意外なところでCecil Taylorとも1枚作品が残されています。ギタリストWes Montgomeryも一時参加したという話を聞いたことがありますが、Coltraneの長いソロの最中バッキングを止められ、ステージでぼーっとしているのが嫌だったのでしょう、すぐ辞めてしまったようです。Steve Kuhnも同じThe Jazz Galleryで1960年1月2月3月とその間約8週間Coltraneと共演を果たし、音楽的恩恵をColtraneから被ったと述べています。Coltraneへの慈しみの想いで録音されたSteve Kuhnの作品がこちらです。
Steve Kuhn Trio w/ Joe Lovano “Mostly Coltrane” (ECM)
このCDも名盤、そして愛聴盤です。Mostly Coltraneと名付けられただけに、収録13曲中11曲がColtraneのオリジナルやレパートリー、2曲がSteve Kuhnのオリジナルです。この作品もいずれこのブログで紹介したいと考えています。
本題に戻りましょう。Steve Kuhnとの共演3ヶ月後、以降65年まで行動を共にする音楽的パートナーMcCoy Tynerが遂に入団しました。ここでは既にMcCoyの個性が存分に発揮された演奏を聞くことが出来ます。リリカルで明快なタッチ、Coltraneの音楽に欠かすことの出来ない”Sus4″ のサウンドが随所で聴かれます。何よりColtraneの長いソロの間、バッキングを弾かずじっと我慢出来る忍耐強さを持ったピアニストの登場なのです(笑) パズルのピースが一つ揃いました。この後暫くして最重要ピースであるドラマーElvin Jonesの加入、そして程なくしてベーシストJimmy Garrisonが加わり、黄金のカルテットが出来上がる訳です。
ドラマーPete La Roca。Coltraneとの正式な録音は残されていないと記憶していますが、ここではハードバップから一歩飛び出た素晴らしいドラミングを聴かせています。60年録音Coltraneの作品”Coltrane Plays The Blues”にMr.Symsという曲が収録されています。
この作品にはBlues To Elvinという、盟友Elvinに捧げたナンバーが入っています。Pete La Rocaの本名はPete Sims、もしかしたらMr.SymsとはPete Simsの事かも知れません。Pete La Rocaの名演が以下の2枚で聴く事が出来ます。
Jackie McLean “New Soil” (Blue Note)
JR Montrose “The Message” (Jaro)
この2枚も大好きな作品です。じっくりと取り上げて行きたいですね。
演奏曲にも触れてみましょう。1曲目Liberia、Dizzy GillespieのA Night In Tunisiaにどこか似ているこの曲、アフリカのTunisiaではなく近くのLiberiaで辺りで済ませたようです(笑)。しかしこの曲の演奏時間が凄いです、30分強!!長い!時は60年ですよ!63年以降の欧州ツアーでImpressionsを40分、Live In JapanでMy Favorite Thingsを1時間演奏したColtrane、さすがにそこまでは行かずとも、ここでは20分近くテーマ〜ソロを吹き続けていますが、全く中弛みすることなくテンションとパワーを湛えた演奏を展開しています。その後ピアノ〜ドラム・ソロと繋がります。
60年当時で1曲の演奏時間が30分という例をColtrane以外(でも一体外の誰がそんなに長く演奏するでしょうか?)でも僕は聞いたことがありません。でもオーディエンスは大喜び、お客様もしっかりColtraneの演奏について行ったようです。
もう1曲特筆すべきは5曲目のI Can’t Get Started、Coltrane自身がこの曲を演奏し、世に出ているのは恐らくこのテイクだけでしょう。ソプラノサックスで演奏されていますが、驚くべきはコルトレーン・チェンジが施された構成で演奏されている点です。Coltraneは60年当時、短3度と4度進行からなるコルトレーン・チェンジを数多くの曲に用いていました。代表作がGiant Stepsでスタンダード・ナンバー、例えばこのライブ録音に収録されているThe Night Has A Thousand Eyes、Body And Soul、But Not For Me、他にもSatellite (How High The Moonのコード進行がベース。月に引っ掛けた衛星のシャレですね)、Fifth House (Hot Houseのコード進行、構成がベース)、Count Down (Tune Upのコード進行、構成がベース。チューニングとカウントを引っ掛けてます) 、26-2 (Confirmationのコード進行がベース)。推測するに当時Coltraneは片っ端からスタンダード・ナンバーをコルトレーン・チェンジ化をしていました。その中で上手く行った曲をレコーディングし、世に出していたのでしょう。実際26-2はColtraneの死後に未発表テイクとしてリリースされました。演奏や曲の構成にもやや無理があるように聞こえます。このI Can’t Get Startedも内容としては今ひとつの感を拭えません。Coltraneファンとしては彼の未発表演奏の発掘をまだまだ心待ちにしています。前述のWes Montgomeryの共演を筆頭にお宝はきっとある筈です。聴いてみたいものです。
jazz/music
演目のうち1曲はテナーサックスをフィーチャーした美しいメロディのバラード。リリカルでゴージャスなストリングス、ウッドウインズ、ブラスを配したオーケストラをバックにメロディを吹いていると、名盤Claus Ogerman / Michael BreckerのCityscapesでの名演を思い浮かべてしまいます。