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2020.06

2020.06.28 Sun

Captain Marvel / Stan Getz

今回はStan Getz1972年3月録音のリーダー作「Captain Marvel」を取り上げてみましょう。Billy Strayhorn作のバラード1曲を除き、全曲Chick Coreaのオリジナルを取り上げ、至高のメンバーと素晴らしい演奏を繰り広げています。

Recorded: March 3, 1972. A&R Studios, New York City Label: Columbia Producer: Stan Getz

ts)Stan Getz electric piano)Chick Corea b)Stanley Clarke ds)Tony Williams perc)Airto Moreira

1)La Fiesta 2)Five Hundred Miles High 3)Captain Marvel 4)Times Lie 5)Lush Life 6)Day Waves

ジャケット表面
ジャケット裏面

Getzの伝記「Stan Getz / A Life in Jazz: Donald L. Magginースタン・ゲッツ―音楽を生きる―村上春樹訳」によると、この作品録音の少し前、彼は生活が荒れて体調も優れない日々が続いていたようです。レジェンド・ジャズミュージシャンの伝記はその数だけ世の中に出回っていますが、Getzの場合も御多分に漏れず出版されており、日本ではジャズ通として名高い作家、村上春樹氏が翻訳を手掛け、微に入り細に入り的確な表現で読むことが出来ます。熱心なGetzファンの方ならこの本をご存知の事でしょう、ひょっとしたら座右の書にして彼の音楽的歩みを紐解きながら作品を鑑賞しているかも知れません。実は僕はその一人なのですが、前後作品との関連性と成り立ち、ミュージシャンやレコード会社とそのスタッフとの関わり、Getz自身の思い、家族との葛藤や愛情を辿りながら彼の作品を聴く事は、新たな発見や種明かしにも通じて、Getzの音楽を知る上での実に楽しい行為の一つです。それにしてもよくもこれだけ生々しく赤裸々に、全てを曝け出すように人生を吐露出来るのか、詳細に述べられている記述、Miles Davisの自伝の時もそうでしたが本人の驚異的な記憶力、また綿密な周囲へのリサーチ、事実関係の確認には頭が下がります。

神からの授かり物のようなあの美しいテナーサックスの音色、誰よりも表情豊かな演奏、完璧なタイム感とクリエイティヴなインプロヴィゼーション、聴く者を真善美の世界へと誘う創造性を全面に掲げたStan Getzですが、実は私生活は同一人物の行いとは想像できないほど真逆の世界なのです。ジキル博士とハイド氏、過度の飲酒行為に端を発する酒乱癖から(この頃はより症状が劣悪なドラッグ禍からは脱していましたが…)、家族に暴言を吐く、暴力を振るうGetzに対し、妻がこっそりと服用させていたアンタビュース(抗酒癖剤〜アルコール依存症で飲酒を控える必要がある人に対し、断酒を目的として処方される薬。少量の飲酒で動悸、吐き気、頭痛等の不快感を覚える)が功を奏し、71年末酒量は適度なレベルに落ち着き、69年末の危機的状況から肉体的にも芸術的にも回復を遂げていました。

本作レコーディングの少し前、GetzはNew Yorkの高名なレストランRainbow Grillとの間で好条件の出演契約を結び、72年1月3日から演奏が開始されることになっていたので、当時滞在していたLondonを引き払い自宅のあるNew York Shadow Brookに戻るべく準備をしていました。その時Londonの街角でばったりとChick Coreaに出会ったのですが、彼とは67年3月録音の名盤「Sweet Rain」で見事なコラボレーションを遂げた間柄です。Coreaはこの頃一時的に、言わば仕事にあぶれた状態だったので、Getzの姿が救世主に見えたかも知れません、彼に対し自分が作曲中の幾つかの曲について熱く語り、また一緒に演奏したいと考えている二人のNew Yorkのミュージシャンについてもその素晴らしさ説きました。Coreaの熱心さはGetzの心を動かし、新曲を完成させるようにと困窮しているCoreaに金銭的援助を施し、12月後半にその仲間を連れてShadow Brookに来るように、そこでリハーサルをしようと決めたのでした。ストレスによる飲酒行為から離れた、クリーンな状態のGetzはまさしく彼のテナーサックスのサウンドと同様の、思慮深く知的で他人を思いやる心に満ちた紳士なのです。ちょうど欧州を離れる前にGetzは5年連続でSonny Rollinsを破って<ダウンビート>誌の人気投票で首位に輝いた事を知りました。時代の波はGetzに向かっていたのです。

CoreaがGetzの自宅に連れてきたのはStanley ClarkeとAirto Moreiraの二人で、Coreaを含めるとピアノトリオが出来上がり、そこにGetzを加えたカルテットで自分の曲を演奏するという目論見があったのでしょう。Clarkeは70年にHorace Silverのバンドで演奏しているところをCoreaに見染められ、MoreiraはMiles Davis Bandでの共演仲間でした。GetzはCoreaの新曲を大変気に入りました。「 Sweet Rain」収録とは異なり、今回用意されたナンバーは曲自体の構成もより明確に、メッセージ色が強くなり、またスパニッシュのムードをたたえた斬新なコンセプトから成ります。Clarkeのベースプレイにも感心しましたが、Moreiraのパーカッショニストとしての実力は認めたものの、ドラマーとしての伴奏能力には物足りなさを覚えたので、レコーディングに際して名ドラマーTony Williamsを起用し、Moreiraはバンドのパーカッシヴな領域を広げる役に配して対応することにしました。TonyはGetzの演奏に確実に寄り添う形で、しかも驚異的なセンスとパワーを兼ね備えたドラミングを披露し、MoreiraはTonyを補強しつつよりカラーリングする役割を担当、Clarkeのベースともコンビネーションの良さを聴かせ、結果この采配は大成功となりました。このメンバーでのRainbow Grillでの演奏は大変な評判を呼び、彼ら自身もCoreaのオリジナルという新鮮な素材を文字通りグリルし、じっくりと煮詰めて行くことが出来たので、レコーディングへの良いリハーサルとなりました。

それでは演奏に触れて行きたいと思います。1曲目はCoreaの書いた名曲中の名曲La Fiesta、本作録音のちょうど1ヶ月後の2月2〜3日、レコーディング・スタジオも全く同じNYC A&Rスタジオにて彼の代表作「Return to Forever」が録音されましたが、レコードのSide Bにおいて組曲形式でLa Fiestaを再録音しています。Coreaはやはり全曲エレクトリック・ピアノを弾き、サックス奏者にJoe Farrell、パーカッションを担当していたMoreiraがドラムの椅子に座り、そのMoreiraの奥方Flora Purimがボーカルを担当、Tonyのドラムは参加せず5人編成の演奏で、70年代を代表するアルバムが録音されたのです。以降作品タイトルReturn to Foreverをバンド名とし、メンバーチェンジを繰り返しながらギタリストを加えたり様々な編成にトライしつつ、次第にエレクトリック色が濃くなり、精力的な活動で計11作をリリースして。

Fender Rhodesによるイントロに導かれベース、ドラム、パーカッションが同時に加わりますがこの時点でリズミックなテンションが炸裂しています。Moreiraにパーカッションを演奏させたGetzの目利きにまず感心させられますが、様々な打楽器を駆使して繰り出すリズムの饗宴!Tonyにリズムの要、Getzの演奏への対応をほぼ一任し、Moreiraは細かい8分の6拍子を担当、リズムの祭り(Fiesta)を華やかに演じます!裏メロと思しきラインをCoreaが弾き、被るようにGetzによる主旋律が登場します。1ヶ月後の「Return to Forever」でのJoe Farrellによる演奏はソプラノサックスによるもの、こちらも実によく耳にしたメロディ奏なので違いがはっきりと伝わって来ますが、Getz特有のくぐもったハスキーな音色は奥行きを感じさせ、名曲は如何様にしても異なった魅力を発揮すると再認識しました。幾つかのメロディセクションから成るこの曲の、場面毎のリズムセクションのダイナミクス付け、グルーヴの変化に繊細さと大胆さを感じますし、Clarkeの変幻自在なベースラインの見事さには天賦の才を見せつけられました!スパニッシュ・モードから成るソロセクション、こちらはCoreaの歴代オリジナルに用いられていたパートの発展形と言えます。「Now He Sings, Now He Sobs」収録のSteps – What Was、「Sweet Rain」収録のWindows、両曲で部分的に聴かれていたスパニッシュ・モードを大胆に、全面に押し出し、結果その代表曲となり、そして同年10月に録音された「Lght as a Feather」収録、Coreaの代表曲にして傑作ナンバーSpainへと繋がって行きます。

前半序奏部Getzはムード作りに細かいライン、テクニックを用い場を温めて行きます。とは言え曲自体の持つテンションが高いのでリズム隊のポテンシャルは一触即発状態ですが!Coreaのバッキングは付かず離れずをキープしつつ、全くバッキングを行わない場面も設けながらGetzを泳がせているのですが、いつもとは異なる斬新なアプローチを聴かせる彼の演奏にどうバイト(噛み付く)するかを虎視淡々と狙っています!3’23″頃からソロの佳境に入ったのを察知しまさしく第二楽章に突入、3’29″からのCoreaのバッキング、3’46″からテナーの低音域でのメロディ奏、一転して4’03″からオクターヴ上げてのメロディに対し、Corea果敢にして大胆にバッキングを施し、Tonyも場面作りに賛同するが如くアプローチします!次なる異なったセクションに全くスムースに突入出来るのは、Rainbow Grillでのギグを重ねた結果に他ならないでしょう。Clarke, Tonyの「えっ?ここまでやっちゃうの?」と言う次元の伴奏にはリスナーとして姿勢を正し、背筋を伸ばして正座しながら音楽に対峙しなければなりません(笑)!続くCoreaのソロの凄まじい事と言ったら!Getzのフィーヴァーぶり(死語ですね)を受け継いだのですからこれは致し方ない事ですが(笑)、フリージャズの世界に突入せんばかりの勢いは、思わず70年頃に彼の率いていたバンドCircleでの演奏を思い出しました。

Anthony Braxton, Corea, Dave Holland, Barry AltschulによるCircleのパリでのライブ盤

リズムセクションはCoreaと一丸となってグルーヴを共有し盛り上がっています。時間的制約のないRainbow Grillのライブではさらに物凄い事になっていたのでしょうが。ラストテーマでもリズム隊はメロディラインや曲の構成を更にデコレーションを施すべく、聴いていて笑いが出る程に巧みにアンサンブルして行きます!エンディングはゼンマイ仕掛けの猿の人形、両手で派手に叩くシンバルが次第にゆっくりに成るが如く、リタルダンドしてFineです。

本作録音の頃Getzは20年間在籍していたVerve Recordを離れ、より良い条件のColumbia Recordに移籍するべく交渉を行っていましたが、スムーズにはまとまらず、その結果アルバムの発売は3年近く遅れることになり、発売権も米国内市場ではColumbiaが、以外の海外市場ではVerveが発売権利を持つややこしい事態となりました。本作が録音順で「Return to Forever」よりも先にリリースされていれば、La FiestaはGetzヴァージョンの方がポピュラー、定番になっていたに違いありません。個人的には演奏内容はこちらの方に軍配が上がると信じているだけに、些か残念な話です。

2曲目のFive Hundred Miles High、エレクトリック・ピアノが弾くテーマ・メロディのルパートがイントロとなり、リズムを提示し曲が始まります。Even 8thのリズムで哀愁を感じさせるメロディ、Coreaにしては比較的シンプルなオリジナルですがよく練られた構成のナンバーです。Getzのメロディ奏は的を得ていて、ソロも実に巧みです!50年代〜60年代のスタイルとは全く異なる、変化を遂げているのを実感しました。ソロの3コーラス目から倍のグルーヴ、サンバにチェンジしますが4コーラス目3’04″から、Tonyの煽り方の凄まじい事!かつて僕が在籍していたドラマー日野元彦(トコ)さんのバンド、音楽としてはフュージョンを演奏していましたが、ここでのTonyの演奏をトコさんずいぶんと研究した節が窺われます。ソロイストに寄り添い、フォローしつつ、様子を伺い隙なく一瞬を捉えて違う次元に演奏をワープさせるが如きドラミング、二人は同じコンセプトをたたえたドラマーでした。随所に聴かれるMoreiraのパーカッションは様々な色合いを感じさせ、爽快感を覚えます。Coreaのソロでもサンバのリズムが聴かれますが、テナーソロ時とはまた異なった音が鳴り響いています。Clarkeのベースソロは超絶で饒舌はありますが、必然性と意外性を旗頭に自身の歌を聴かせています。ラストテーマに入る前のTonyのバスドラ、カッコイイですね!ラストテーマで所々に演奏中表出したサンバが出るあたりもニクイです!それにしてもTonyとClarkeの相性の良さを痛感しますが、Tonyのラスト作になった95年12月録音「Wildernesss」、彼自身の作曲になるストリングス・オーケストラの演奏もフィーチャーした意欲作ですが参加メンバーがオールスターズ、Michael Brecker, Pat Metheny, Herbie Hancock, そしてStanley Clarke!二人のコラボは長年に渡り継続していたようです。

3曲目は表題曲Captain Marvel、リズミックなテーマとサンバのリズム、ラテンのmontunoのパターンが組み合わされたユニークなナンバー、こういった曲を収録するのであれば尚更の事、パーカッションが必要になって来ますね。リズム隊のコンビネーションが心地よく聴こえますが、曲のコード進行や構成のハードルがかなり高く設定されているようで、アドリブを発展させるのはなかなか難しいようです。比較的あっさりと演奏され、コンパクトにまとめられた感があります。03年にリリースされたCDにはこの曲の別テイクが収録されていますが幾分テンポが早めに設定され、Getz, Coreaも全く違ったアプローチを聴かせています。

4曲目Times Lieはワルツで始まり、3拍を4拍子に捉えたサンバにリズム・モジュレーションする構成のナンバー。パーカッションの味付けが巧みです。Coreaの演奏が軸となり、印象的かつ難易度が高そうなシンコペーションのメロディがアクセントで入り、再度演奏後にテナーソロ開始、場を活性化させるべくリズミックなアプローチにトライしており、ここでもCoreaのバッキングの付かず離れず感が印象的です。次第に収束に向かい、冒頭のワルツに戻るという、ストーリー仕立ての演奏です。最後はゆったりとしたラテンのリズムになり、なし崩し的にFineです。

5曲目はBilly Strayhornの名曲Lush Life、Getzはバラードの名手でもありますし、時期限定で取り上げる曲のチョイスが素敵です。バースはルパートで始まり、エレピとアルコが伴奏を努めます。テーマからインテンポでTonyがブラシを携え参加しますが既に倍テンポの様相を呈しており、いきなりスティックが登場して一瞬スイングのリズムになりますが、すぐさまリタルダンド、演奏終了です。ちなみにTonyのバラード演奏でブラシを一切使わず初めからスティックを用いて行われているのが、76年録音作品「I’m Old Fashioned : Sadao Watanabe with the Great Jazz Trio」に収録されている、同じくStrayhorn作Chelsea Bridge です。外連味のないストレートな演奏に仕上がっていますが、印象的なナンバーです。

6曲目はラストを飾るDay Waves、こちらもEven 8thのリズム、テーマでダイナミクスが強調されています。Getzが吹くラインで倍テンポが決まりますが、構成がやや平坦なきらいがあり、他の曲でも倍テンポチェンジは行われているので、何が何でも倍テンにせずにじっと元のリズムでステイして、アプローチするのも良かったと思うのですが。ピアノ、ベースとソロが行われ、ラストテーマもGetzダイナミクスを思いっきり強調してFineです。

2020.06.17 Wed

Milagro / Alan Pasqua

今回はピアニストAlan Pasquaの1993年初リーダー作「Milagro」を取り上げてみましょう。Jack DeJohnette, Dave Hollandらの素晴らしいリズムセクションにMichael Breckerがゲスト参加、名曲揃いのオリジナルで盛り上がり、時にユニークな楽器構成のホーン・アンサンブルも加えて美しく荘厳な世界を作り上げています。

Recorded on October 10 and 11, 1993, at Sound on Sound, New York City.

Produced by Ralph Simon. Associate Producer: Joe Barbaria. Executive Producer: Sibyl R. Golden.

p)Alan Pasqua b)Dave Holland ds)Jack DeJohnette ts)Michael Brecker french horn)John Clark tp, flg)Willie Olenick alt-fl)Roger Rosenberg tb, btb)Jack Schatz bcl)Dave Tofani

1)Acoma 2)Rio Grande 3)A Sleeping Child 4)The Law of Diminishing Returns 5)Twilight 6)All of You 7)Milagro 8)L’Inverno 9)Heartland 10)I’ll Take You Home Again, Kathleen(For My Kathleen)

Alan Pasquaは1952年6月28日New Jersey生まれ。Indiana UniversityとNew England Conservatory of Musicで学び、レジェンド・ピアニストであるJaki Byardにも師事したそうです。彼のプレイの根底にあるものはJazzであり、Tony Williams, Peter Erskine(現在も共演は継続中、Peterとは学生時代の仲間だそうです), Allan Holdsworthたち錚々たるジャズマンとの共演は当然の流れによるものですが、Bob Dylan, Carlos Santana, Cher, Michael Buble, Joe Walsh, Pat Benatar, Rick Springfield, John Fogerty, Ray Charles, Aretha Franklin, Elton Johnら世界的大御所ポップ、ロック・ミュージシャンのバンドで全世界ツアーを重ねています。またJohn Williams, Quincy Jones, Dave Grusin, Jerry Goldsmith, Henry Manciniら名アレンジャーともコラボレーションを重ね、Disneyの映画音楽、CBS Evening Newsのテーマ音楽を手掛けるなど、Show Businessの世界でも八面六臂の活躍ぶりです。音楽的な幅の広さが為せる技以外の何物でもありませんが、彼にとってみればジャンルやフィールドは関係なく、良い演奏、表現をする事だけが全てなのだと思います。ミュージシャンとして全世界を駆け巡っている以上様々な体験をしているはずですが、その中でも近年の特筆すべき経歴として、2017年Bob Dylanのノーベル文学賞受賞に際しての講演(受賞講演が受賞にあたって唯一の条件で、授賞式2016年12月10日から6カ月以内に行わなければならない)は録音されたもので行われましたが、その際にPasquaがソロピアノ演奏を行ったそうです。Pasquaには大御所たちにアピールする音楽的な何かがあり、彼と一緒に演奏したい、メンバーに留めて置きたいと感じさせる魅力に溢れているのでしょう。41歳にしての初リーダー作録音は大御所ミュージシャンから引く手数多ゆえ、なかなか自己表現にまで手が回らなかったからでしょうか。

この作品ではJack DeJohnette, Dave Hollandとのトリオ演奏を中核として、他にフレンチホルン、トランペット&フリューゲルホルン、アルトフルート、バスクラリネットから成る、比較的弱音の管楽器を用いてのアンサンブルが4曲収録されていますが、ここでイメージさせられるのがHerbie Hancockの68年録音リーダー作「Speak Like a Child」です。この作品では同様にアルト・フルート、フリューゲルホルン、バストロンボーンの3管編成が、斬新にして深淵、柔らかさとふくよかさが半端ないアンサンブルを聴かせており、Hancockのピアノプレイをとことんバックアップし、サウンドを立体的に浮かび上がらせています。ピアノトリオ演奏を他の楽器を用いて映えさせる手立てとして、例えばトランペット、サックス、トロンボーンによるトラッドなアンサンブルではエッジが立ち過ぎてピアノの演奏を打ち消す、埋もれさせてしまうでしょうし、ストリングス・セクションではバラード等のゆっくりとした曲にはむしろうってつけですが、テンポのある演奏には切れ味がどうしても鈍くなる傾向にあります。Hancockのシャープでスピード感のある演奏には管楽器の音の立ち上がりを持ってして丁度良く、そこで楽器編成に工夫を重ね、凝らした結果が「Speak Like ~」での管楽器構成になったのだと推測しています。とあるピアニストが「 Speak Like ~」はピアノトリオを自己表現の媒体とするプレーヤーにとって、ある種理想の形態だと発言していましたが、まさしく言い得て妙だと思います。

それでは収録曲に触れて行きましょう、2曲を除き全てPasquaのオリジナルになります。1曲目Acoma、ピアノトリオでの演奏です。美しい音色で奏でられる印象派的イントロ、そこにベースやドラムが次第に加わります。テンポを設定しつつ曲が始まりますがピアノタッチの素晴らしさに惹きつけられてしまいます!演奏をアピールするためには楽器の音色(ねいろ)は最重要項目だと改めて実感しました。端正な8分音符とグルーヴ感、ベース、ドラムスとのコンビネーション、インタープレイ、三者の一体感、Dominant 7thコードでのフレージングの巧みさ、百戦錬磨のツワモノを印象付けます。ソロは次第に終息に向け着陸態勢を取り、無事にランディング、続くベーシストの出番のために場を刷新した感があります。Hollandのソロのこれまた素晴らしいこと!安定感とスポンテーニアスな歌い回し、楽器が上手いのは至極当然なのですが、テクニックとは自分の歌を歌うための単なる手段に過ぎない事を、これまた改めて感じました。DeJohnetteの巧みなサポート、カラーリング、抜群のセンスで繰り出されるフィルイン、フレーズの数々は自然体という言葉が全く相応しく、ジャズ史上誰よりも1拍が長い演奏にトリオ全員が呼応し、両者「がっぷり四つ」ならぬ三者「がっぷり六つ」状態となりました(爆)。

2曲目Rio Grande、イーヴン8thのリズム、タイトル通りの雄大なイメージ(スペイン語で大きな川の意味)を感じさせます。本作中最も演奏者数の多い曲で、ソロイストにMichael Breckerを迎え、4管からなるアンサンブルが参加しています。長い音符の多いテーマをダイナミクスを交え、朗々と吹くMichael、DeJohnetteのタム系でのアクセント付けの絶妙さ。ソロの先発はピアノ、ボトム感が半端ないスペーシーさを保ちつつ、現れるホーン・アンサンブルの美しさ、ゴージャスさ、ピアノサウンドとの見事な一体感、Pasquaの狙いはBingoです!と同時にドラムが的確にフィルを入れ、場が活性化されて行きます。テナーソロに受け継がれ、やはりスペーシーに音楽が進行しつつ、間も無く再びアンサンブルが加わりますが、このサウンドに呼応してMichaelのプレイが変化し始めます。ラインが細かくなりインサイドからアウトサイドに、音域も広がり、自身は周りで鳴っている音を柔軟に全て受け入れ、いずれにも可能な限り呼応すべく門戸を全開にしようと試みているようにも、感じられます。そしてそして、これらの事象に果敢に立ち向かうかのように、音空間を創り上げるDeJohnetteのドラムプレイ!音楽を真摯にクリエイトしていますが、余裕とさり気に遊び心を保ち、達人たちを巻き込んでの音の饗宴は華々しく挙行され、悠久の流れをたたえる大きな川は今日も水源San Juan山地に発し、Mexico湾に注いでいます。

3曲目ピアノトリオによるA Sleeping Child、タイトルからもイメージされますが可愛らしさを湛えたワルツナンバーで、透徹な美学に貫かれた佳曲です。テーマ〜ソロをPasquaは音を愛おしむように一音一音、気持ちを込めて弾いているのが伝わってきますが、自分の子供へ捧げたナンバーなのかも知れません。Chick Coreaのテイストを感じさせる瞬間も幾つか確認できます。Hollandのソロは曲のイメージに相応しいクリアネスを保ちつつ、ディープな音色を携えて歌い上げています。DeJohnetteが叩く全ての音符に意味があり、サウンドし、ソロイストに対する呼応は高度な音楽性を伴ってのインタープレイとなりました。

4曲目Michaelを迎えてカルテットで演奏されるThe Law of Diminishing Returns、これは!!タイトルもですが物凄い曲!そして壮絶な演奏です!タイトルは経済学用語で「収穫逓減」を意味するらしいですが、意味はよく分かりません(汗)。テーマの構成は複数のフラグメントが組み合わされつつ複雑に入り組み、しかし事も無げに同時進行し、完璧なバランス感がキープされつつ実にスリリングに演奏されます。要となるのはDeJohnetteのドラム、各フラグメントの接着剤となるべく巧みなフィルインの連続、間違いなくこの人の存在なくしては楽曲は成り立たなかったでしょう!ソロの先発はPasqua、曲が凄けりゃ演奏は更に物凄いとばかりに集中力と繊細さと大胆さを武器に、百戦錬磨のツワモノたちDeJohnetteとHollandをパートナーに究極の共同作業を行います!う〜ん、素晴らしいです!でも、え?終わりですか?もっと聴きたい!と言う腹八分目のところでMichaelのソロになります。彼のゲスト参加での傾向の一つとして、リーダーのソロが自分の前に行なわれた場合、リーダーの演奏を立ててそこでの盛り上がり以上にはならないように、抑制を効かせる場合があります。2曲目Rio Grandeでは若干その傾向がありましたが、こちらではどうでしょう、Pasquaの幾分抑えめのソロ終了時にメッセージで「Go ahead, Mike!」とオペレーションの指示があったようです(笑)。ピアノソロのイメージを受け継ぎ、Michael助走を始めます。リズムセクションにサポートされつつHop, Step, Jumpと飛翔を遂げますが、DeJohnetteの一触即発体制でのレスポンスが堪りません!決して定形での対処ではなく、極めて不定形での自然発生的な呼応の数々、そしてPasquaのバッキングも緻密さを前面に出しつつ、ドラムの呼応に被ることを決してせず、異なる切り口からMichaelのソロをプッシュし続けます!と言うことで共演者の大いなる支援を得て(笑)、Michaelフリーキーにイってます!!その後のソロコーラスを用いてのドラムソロ、いや〜ヤバイくらいにカッコ良いです!ここでのDeJohnette, Hollandとの共演の手応えが同メンバーにPat Metheny, McCoy Tyner, Joey Calderazzo, Don Aliasを加えたMichael1996年リリースの傑作「Tales From the Hudson」へと繋がって行きます。エンディングでのDeJohnette、まだ曲が続くと勘違いしたのでしょうか、珍しく中途半端な終わり方をしています(汗)

5曲目Twilightは再びアンサンブルが活躍、ここでは3管編成を加えた演奏になります。アルトフルートを吹くRoger Rosenbergは本来バリトンサックス奏者ですが、マルチリード・プレイヤー、スタジオ・ミュージシャンとしても活躍しています。Michael Breckerとは高校時代のご学友、Michaelの初レコーディング(!)にあたる「Ramblerney ’66」の裏ジャケットに17歳のMichaelとRosenbergそしてRichie Coleも写真に収まっています。

Roger Rosenberg, Barry Lewis, Richie Cole, Mike Brecker, Lou Markowitz, Walter Kross

ホーンの響きと楽曲のムードが見事にマッチした佳曲、Hollandのベースがフィーチャーされます。ここでのPasquaのバッキングは危ないですね(笑)!ハーモニーのセンス、フレージング、コードが入るポイントが普通ではありません。この人のバッキングはあまりソロイストに付けることをせず、自分のペースでバッキングを行いますが、不思議と邪魔をせずサウンドし、付かず離れずを徹底させていると思います。続くピアノソロも同一のテイストを継続させ、ほど良きところでアンサンブルが加わります。ピアニスト冥利に尽きる演奏となりました。

6曲目スタンダードナンバーでCole Porter作の名曲All of You、比較的早めのテンポが設定されています。コードのリハーモナイズ感、フィルイン、アドリブラインの独特さ、DeJohnette, Hollandの目も覚めるような伴奏により、この曲のまた別な名演が誕生しました。Hollandのソロも素晴らしいです!それにしてもDeJohnetteは曲想によって演奏アプローチ、叩き方をどうしてこうも見事に変えることが出来るのでしょうか?これ以上は考えられないという程の的確さにいつもシビれてしまいます!

7曲目表題曲Milagro、ベースのイントロから曲が始まり、南欧を思わせるピアノとベースのユニゾン・メロディ、サウンドに4管から成る重厚なアンサンブルが加わり、クラシックの交響曲のごとき神聖で厳かな世界が訪れます!この時点で音楽に感動、そして感動です!何と美しい楽曲でしょう!そしてDeJohnetteのカラーリングがあまりにハマり過ぎています!Pasquaはロック・ポップスの大御所たちとのギグに長年惚けていた訳では決してありませんでした(笑)!自己の表現すべき音楽をずっと模索し、表出する機会を虎視眈々と狙っていたに違いありません。ピアノソロが前面的にフィーチャーされますが、欧州的サウンドとDeJohnetteのドラミングからKeith Jarrett Trioの演奏を感じさせる瞬間がありました。Milagroとはスペイン語で奇跡、Pasquaは音楽で奇跡を起こしたのです!

8曲目再びMichaelを迎えL’Inverno、ピアノイントロ後で聴こえる高音域のテナーサックスの音色が一瞬何の楽器だろう?と考えてしまいました。美しいバラードですがこの曲も一筋縄ではいかないナンバーです。ベースソロが先発、豊かな木の音がベーシストとしての本領をいつもわきまえている事を感じさせます。続くMichaelのソロには神秘的なまでに美しい世界を構築していますが、ピアノのバッキングに身を委ね、イマジネーションをフル回転させ、Pasquaのサウンドに同化しつつ、しかし自己のテイストも表現しようとするアーティスティックさも感じました。もちろんDeJohnette, Hollandの包容力あるサポートがあってのことですが。

9曲目Heartlandは3管編成によるアンサンブルを活かしたナンバーですが、シンプルなメロディに付けられた相反するが如きハイパーなコードと、ホーンのアンサンブルのハーモニーがヤバ過ぎです!ところが最後にトニック・コードにストンと落ち着く辺りの絶妙さは、ちょっとこれ、ありえへんレベルとちゃいまっか?… なぜか関西弁になってしまうほどのインパクトです!(爆)。イントロやインタールードでフルートを吹くRosenbergのフィルインが聴かれ、アンサンブルでのバストロンボーンが重厚さをアピールします。まずピアノソロがフィーチャーされますがリアル「Speak Like a Child」状態、ホーンアンサンブルが実に心地よいのですが、ベース、ドラムのインタープレイも凄まじいまでの主張を聴かせます。Pasquaのソロはリリカルで知的、かつ気持ち良く演奏している様が伺えます。続くベースソロも攻めまくっていますが、曲の持つムードとコード進行、ピアノソロ時のトリオのコンビネーション、アンサンブルの重厚さなどがHollandのスインガー魂を刺激した結果なのでしょう。

10曲目I’ll Take You Home Again, Kathleen(For My Kathleen)は作品のエピローグとして、愛する奥方でしょうか?捧げられた演奏になります。古い米国のポピュラーソング、Elvis Presleyの歌唱で知られているようです。

2020.06.10 Wed

Triple Threat / Jimmy Heath

今回はテナーサックス奏者Jimmy Heath 1962年録音のリーダー作「Triple Threat」を取り上げて見ましょう。佳曲揃いのオリジナルと3管編成のアレンジが光った作品に仕上がっています。

Recorded: January 4 & 7, 1962 at Plaza Sound Studios, New York City Produced by Orrin Keepnews Label: Riverside / RLP 400

ts)Jimmy Heath tp)Freddie Hubbard French Horn)Julius Watkins p)Cedar Walton b)Percy Heath ds)Albert “Tootie” Heath

1)Gemini 2)Bruh Slim 3)Goodbye 4)Dew and Mud 5)Make Someone Happy 6)The More I See You 7)Prospecting

Jimmy Heathは1926年10月25日数多くのジャズマンを輩出したPhiladelphia生まれ、家族全員が音楽家という環境で育ちました。本作参加のベーシストPercyは長兄、ドラマーAlbertは弟でHeath三兄弟として名高く、同じくPhiladelphia出身のピアニストStanley Cowellを加えたカルテット編成で、The Heath Brothersとしてもパーマネントに活動し、75年作品「Marchin’ On!」を皮切りに計10作をリリースしました。兄弟、親子関係でバンドを組む、共演するミュージシャンは多く、同じ屋根の下で寝食を共にし価値観を共有したゆえに音楽的嗜好、センス、そしてタイム感、グルーヴが似る傾向があると思います。Heath兄弟も多分に漏れません。やはり同世代で大活躍したHank, Thad, ElvinのJones三兄弟の場合は、三者三様の全く違う音楽性や卓越した個性ゆえに例外的な存在かも知れませんが、ジャズシーン第一線で活躍し続けた各々の楽器のエキスパートと言う点では、同じ立ち位置にいました。

The Heath Brothers 75年作品「Martin’ On」

Jimmyはテナーサックス奏者であると同時に優れたコンポーザー、アレンジャーでもあります。彼の魅力的なオリジナルは他のジャズマンにも好んで取り上げられ、Miles Davis66年録音作品「Miles Smiles」でGinger Bread Boyを、53年録音「Miles Davis Vol.1」、Lee Morgan57年録音「Candy」、時代はグッと新しくなり93年Chick Corea Elektric Band Ⅱ「Paint the World」でC. T. A.が演奏されています。

アレンジャーとしては56年10月26日録音Chet Bakerのリーダー作「Chet Baker Big Band」(実際にはフルバンドよりも人数の少ないビッグコンボ編成)で3曲素晴らしいアレンジを提供し(Art Pepprのリードアルトが実に美しいです!)、間髪を入れず今度はコンポーザー / アレンジャーとしての手腕を存分に発揮し、5日後の同月31日Chet BakerとArt Pepperの共同名義コンボ作品「Playboys」に本人不参加にも関わらず収録7曲中5曲彼のオリジナルが取り上げられ録音、テナーサックスにPhil Ursoを加えた3管編成による重厚でオシャレなアンサンブルを書いています。因みにこちらでもC. T. A.が演奏されています。

50年代以降のテナーサックス奏者の多くは演奏の他に作曲の才能も開花させています。John Coltrane然り、Benny Golson, Sonny Rollins, Wayne Shorter, Joe Henderson…彼らの演奏スタイルとテナーの音色、ライティングは見事に一致し三位一体、濃密なこれらは切っても切り離せない関係にあります。Jimmy Heathの作曲の才も彼ら歴史に名を連ねるテナータイタン達のそれに十分並び称されますし、3管編成〜ビッグバンドのアレンジにも素晴らしいセンスを発揮しています。ソロプレイでの押しの強さに加えてそこに作曲・アレンジと同等のセンス、音色の魅力がアピール出来たのなら、よりジャズ界に君臨していた事でしょう。

Heath Brothers以外のメンバー、まずFreddie Hubbardの本作全篇に渡る絶好調ぶりは特筆すべきです!当時の彼は60年にOrnette Coleman、61年John Coltraneとの共演を果たし、62年からLee Morganの後釜としてArt Blakey & the Jazz Messengersに参加しており、サイドマンとして十二分に実力を発揮できる経験を積んでおり、ブリリアントでジャジーな音色、正確無比でグルーヴィーなタイム感、迸るアイデア満載のインプロヴィゼーションは聴く者を魅了してやみません。ジャズには珍しいFrench Horn奏者のJulius Watkinsは40年代末から70年にかけて、実に多くの作品に参加しアンサンブルはもちろん、難易度の高い楽器を巧みに駆使し味わいあるソロを聴かせました。ピアニストCedar Waltonも当時すでにJazz Messengersの一員、それまでにもKenny Dorhamのバンド、ColtraneのGiant Steps初テイクセッションやArt Farmer & Benny Golson the Jazztetに参加し、頭角を表していました。

それでは演奏に触れていきたいと思います。1曲目はJimmyのオリジナルGemini、フレンチホルンとベースによる印象的なイントロに導かれピアノトリオによる3拍子のイントロが始まります。メロディをフレンチホルンが演奏し、トランペットとテナーがコール&レスポンス状態で受け答えます。ホーンのジャジーなアンサンブルが緻密で美しいです。Hubbardの先発ソロ、オープニングに相応しい切り口と華麗でブリリアントなサウンドで掴みを良しとしました。対旋律が施されたセカンドリフ後テナーソロは、同年生まれのColtraneのテイストがどうしても頭を過るのかも知れません、フレージングの端々に影響を感じさせます。その後のWatkinsのソロは、朴訥とした中にMilesのミュート・トランペットのような味わいを感じさせます。その後のリフはまた異なったセクションから成り、斬新でスリリングなラインから改めて彼のペンの巧みさを感じます。ピアノソロに続きラストテーマへ、曲の構成や的確なアンサンブルを聴かせたオープニング・ナンバーは作品の雰囲気を決定付けました。

2曲目もJimmyのオリジナルBruh Slim、こちらもジャズフレーヴァー満載の佳曲です!Ginger Bread Boyのメロディをどこか感じさせるイントロ、リズムセクションとメロディのシンコペーションを共有しつつ、テーマでは歯切れ良く重厚なアンサンブルを聴かせ、テナーソロに入ります。シングルタンギングによるイーヴンな8分音符、テンションノートを要所に織り込みつつブロウします。良く言えば優等生的アプローチ、ですがジャズマンに要求される予定調和ではない弾けた意外性も聴きたいところではあります。続くトランペットソロは対照的にホットでチャレンジャブル、エネルギッシュな演奏を聴かせます。彼らの対比がこういったアンサンブルを挟んだ短いアドリブの応酬を中心にしたプレイには、むしろ効果的かも知れません。ピアノソロを経てラストテーマへ、3管編成のハーモニーはトップにトランペット、フレンチホルンが第2声、テナーが低音部を担当しています。

3曲目Goodbyeは作曲家Gordon Jenkinsによる、The Benny Goodman Orchestraのクロージング・テーマに用いられていたナンバーです。Goodmanは50年以上もこの曲を気に入ってコンサートの締めに演奏し続けました。哀愁を帯びたメロディから成るこの曲はJimmy自身をフィーチャーしています。イントロではフレンチホルンがリードを取り、まろやかで繊細なハーモニーが鳴っており、アレンジ采配の妙を感じます。テーマからソロ中にテナーも参加したアンサンブルが聴かれます。トランペットのソロが続きますが流石バラード表現に不可欠な音量の大小が的確で、イマジネーションに富んだプレイを聴かせています。少し間があってからピアノソロに入り、ラストテーマでテナーのカデンツァが演奏されFineです。

4曲目JimmyのナンバーDew and Mud、1コーラスのドラムソロからイントロが始まるブルースナンバーです。この曲でもJimmyのホーン・ハーモニー・ライティングと管楽器の用い方はマトを得ており、サウンドを熟知したアレンジャー然としたものを感じます。テナーが先発ソロ、本作中最もホットなテイストを感じさせる演奏です。Watkinsのソロが続き、意表を突くメロディラインを用いたセカンドリフの後、これまたトランペットが場面を刷新するが如き入り方を用いたソロ、カッコいいですね!ファンキーなテイストのピアノソロを経て、ラストテーマへ。エンディングのキメもグッドです!

5曲目スタンダードナンバーからMake Someone Happy、テナーをフィーチャーしたカルテット演奏になります。ベースのイントロからメロディのシンコペーションを活かしたキメを辿りつつ、リズミックに曲が進行します。テナーソロはここでもイーヴンな音符を全面に掲げつつ展開、ピアノにもソロが回りますがコンパクトに演奏を纏めました。

6曲目同じくリーダーをフィーチャーしたスタンダードナンバーThe More I See You、アレンジ面では曲の雰囲気や構成を緻密に捉え、繊細さを伴いつつ大胆にかつ華麗にサウンドを構築するJimmyですが、自身のテナー奏ではそうは行かないようです(汗)。前曲とのソロ演奏の差異を感じるのが困難な状態で、ワンホーンによるテナーフィーチャーはどちらか1曲で十分であったと思います。

7曲目ラストを飾るのはJimmyのナンバーからProspecting、ベースソロの後に始まる3管のカッコいいハーモニーを耳にすると正直ホットした気持ちになります(汗)。リズムセクションのキメに呼応するホーン・セクション、こちらも佳曲です。テナーソロ後のトランペットは小気味好くスインギーで、イマジネーション豊かなフレーズを、素晴らしいタイム感と共にソロ空間に散りばめています。ピアノ、ベースとソロが続きラストテーマを迎え無事Fineです!

2020.05.28 Thu

Hear & Now / Don Cherry

今回はトランペット奏者Don Cherryの77年リリース作品「Hear & Now」を取り上げてみましょう。Cherryのエスニック音楽と当時全盛だったフュージョン・ミュージックとの融合。共演者には時代の最先端ミュージシャンを揃え、摩訶不思議ですが深遠な世界を構築しています。

Recorded and mixed at Electric Lady Studios, New York City. Recorded: December, 1976 Mixed: January, 1977 Engineer: Dave Whitman Project coordinator: Raymond Silva Produced by Narada Michael Walden

tp, bells, conch shell, fl, vo)Don Cherry ts)Michael Brecker sitar)Collin Walcott tamboura)Moki Cherry g)Stan Samole, Ronald Dean Miller harp)Lois Colin key)Cliff Carter p, timpani, tom tom)Narada Michael Walden b)Marcus Miller, Neil Jason ds)Tony Williams, Lenny White, Steve Jordan congas)Sammy Figueroa per)Raphael Cruz vo)Cheryl Alexander, Patty Scialfa

インド風のエスニックなジャケットが印象的です。
菩薩坐像のように結跏趺坐の吉祥座で座り、宙に浮いています!

まずはDon Cherryのバイオグラフィーを簡単に紐解いてみましょう。36年11月Oklahoma出身、ほどなくLos Angeles, Californiaに移り、音楽一家の中で育ちました。高校の同級生にはBilly Higginsがいますが、彼とは後に歴史的作品でも共演することになります。50年代初頭にはピアニストとして(!)Art Farmerの伴奏も務めました。Clifford BrownがLAに来訪の際には、Eric Dolphyの家で(!)Brownとジャムセッションに興じたそうで、Brownは彼に一目置き面倒を見ていたようです。Cherryのトランペット・スタイルはこのBrownを筆頭にMiles Davis, Fats Navarro, Harry Edisonの影響を感じさせる、実はオーソドックスな王道を行くものであります。

Cherryが世に出るきっかけとなったのはOrnette Colemanのバンドに加入し、作品に参加したことに始まります。Ornetteバンドでの初レコーディングは「Something Else!!!!」(58年2, 3月)、Ornetteの初リーダー作でもあります。

そして60年12月、かの歴史的問題作「Free Jazz」のレコーディングに参加します。ステレオの左右に分かれたダブル・カルテットと言う編成も大変ユニークです。

発表当時には、それはそれはセンセーショナルな作品として、喧々諤々と論議を巻き起こしましたが、現代の耳ではかなり穏やかに聴こえ、喧騒や難解さを遥かに通り越してむしろ演奏を楽しむことが出来ます。演奏中ずっとインテンポ(ここが大切なポイントです!ルパートやノーテンポではこの手のサウンドの場合、途端に演奏が耳に入り辛くなります)で自由な即興を繰り広げていますが、明らかに互いを良く聴きつつの会話に徹し、要所に入るOrnetteの書いたメロディがアンサンブル引き締めています。参加ホーン・プレーヤーEric Dolphy, Freddie Hubbard, OrnetteそしてCherryの4人はいずれも自己の素晴らしいヴォイスを有し(各々音色がヤバイほどに素晴らしいです!)、各自の確固たるメッセージを発信しています。Charlie Haden, Scott LaFaroふたりのベーシストの(信じられないほどの美しい組み合わせです!)深遠な音色とビート、同時に演奏されるソロの役割分担とその多彩さ、スリリングさ。Billy Higgins, Ed Blackwellの決して音数がtoo muchにならずに繰り出すシンバル・レガートとフィルインのカラフルさ、そして豊かな伴奏感。ベースソロと同様に、ドラム二人同時ソロに於ける会話の能動、受動とその入れ替わり。これらから表現される音楽は明確な秩序に裏付けされたもので、もちろんBe Bopや Hard Bopではありませんが、もはやフリーなフォームのジャズには聴こえません。(10代の頃にジャズ喫茶で背伸びをして本作をリクエストした覚えがありますが、その時は全く理解不能でした!)。ここでの演奏の形態が以降、フリーか否かのスタイルを問わず、多くのジャズメンにどのように伝播し、展開して行ったのかを考えるのも面白いです。

「Free Jazz」録音を遡ること約半年、60年6, 7月、John Coltraneとのコ・リーダー・セッションである作品「The Avant-Garde」を録音しています。こちらもピアノレス・カルテットによる編成で、Haden, Blackwellをサイドマンに招き、選曲や内容はOrnetteの音楽性によるもので、CherryもOrnetteバンドでの如き演奏を聴かせています。要はOrnetteの代役としてのColtrane参加ですが、自己のスタイルを模索〜構築中の彼には自身の65年以降のフリーフォームのスタイルとは全く無縁で、当時の通常スタイルでのアプローチに徹しています。とは言え全体の演奏内容がその頃の諸作の音楽性とかけ離れていたからでしょう、リリースはColtraneがフリーに突入した66年まで先送りされました。

以降Cherryはフリージャズ旋風が吹き荒ぶ60年代をSonny Rollinsとの活動、またArchie Shepp, John Tchikaiから成るバンドNew York Contemporary Five、そしてAlbert Ayler, George Russell, Gato Barbieriらとの共演を通じ、決して旋風の風下には立たず、向かい風に対し果敢に乗り切りました。一つ感じるのは彼はフリーフォームの音楽を演奏してはいますが、フリーという形態を表現する上でどうしても前面に出がちなアグレッシヴさ、ハードさというパワーを駆使した演奏よりも、叙情性を掲げた演奏の方に重きを置く、言ってみれば「ロマンチック」「リリカル」な表現を信条とするフリージャズ・ミュージシャンと捉えています。この事が顕著に表れているのが78年録音作品「Codona」です。Cherryの他シタール、タブラ奏者Colin Walcott、パーカッション奏者Nana Vasconcelos、彼ら3人の頭文字を取ってバンド名、アルバム・タイトルが付けられました。Codona, Codona 2(80年), Codona 3(82年)と合計3作をリリースしましたが、いずれも美しい世界を表現しています。

時代は70年代に入り、60年代のベトナム戦争を筆頭とする混沌とした社会を反映したフリージャズの反動から、耳に心地よいサウンドが受け入れられクロスオーバー、そしてフュージョンへと移り変わって行きます。本作は卓越したドラマーとして、そして数々のヒット作をプロデュースしたNarada Michael Waldenをプロデューサーとして迎え、Cherryのユニークなオリジナルを中心に演奏しています。前述のCodonaに通ずるOne & Onlyな美の世界プラス、フュージョン、ハードロック、ファンク・サウンド。ここでの音楽が多くのオーディエンスに受け入れられるかと言えば難しいと思いますが、他の誰にもなし得ない世界を聴かせています。

それでは収録曲について触れて行きましょう。曲によってドラマー、ベーシストが交替し、プロデューサーNarada自身がパーカッションやピアノ奏者として参加している場合もあります。1曲目はCherryのオリジナルMahakali、メンバーはドラムLenny White、ベースMarcus Miller、シタールColin Walcott、ティンパニNarada、キーボードCliff Carter、ギターStan Samole、そしてテナーサックスにMichael Brecker!彼の演奏がお目当てで本作を聴いた人もいると思いますが、僕もその一人です(笑)!録音された76年12月といえば楽器本体をSelmer Mark Ⅵ 14万番台Varitoneから6万7千番台へ、マウスピースをリフェイスされたOtto Link MasterからDouble Ring 6番に変えた直後です。Hal Galperの「Reach Out!」、Michael Franks「Sleeping Gypsy」両作とも同年11月録音で、70年代を代表するMichaelのトーンを堪能できます。

冒頭、効果音的にベルと念仏のような声、笛の音、シタール、タンブーラ、インド的なサウンド・エフェクト(SE)が満載です!そこにCherryのトランペットによるメロディが加わります。少し間をおいてMichaelのテナーも参加しますが、Cherryのサウンドやカラーを踏襲しつつ、次第にMichaelのテイストが主流となり、細かく複雑なテクニックを駆使し、しかしごく自然に、エグエグの音色で歌い上げます。その後被るように再びCherryが加わり、トランペットのメロディがきっかけとなってベース、ドラムがリズムを刻み始め、その後まるでミュージカルのオーヴァーチュアのような派手なヴァンプ、そしてSamoleがリードギターを担当しヘヴィ・メタル・ロックバンドの如きテーマ・メロディ!これはインドからいきなりメタルの本拠地英国にワープしましたね(笑)!トランペットソロは柔らかい音色で豊かなニュアンス、フリーブローイングMilesのテイストも感じさせつつ短めに終え、Michaelにバトンタッチしました。リズミックにタイトにソロを開始、2拍3連符で助走をつけ、高音域フラジオB音〜D音が確実にヒット連発したあたりでCherryが絡み、ソロ同時進行、Samoleのギターも乱入し、MarcusとWhiteのコンビとも絡み合ったところでテーマが再登場、おそらく全員で雄叫びをあげているようで、全く聴こえはしませんが、Naradaのティンパニもさぞかし暴れていることでしょう(爆)!Cherry, Michael, Samoleの3人が核となり、フェードアウトに向けて更にバーニング!

2曲目はCherryとSherab-Barry Bryantの共作によるナンバーUniversal Mother、ベースNeil Jason、ドラムSteve Jordan、キーボードCliff Carter、ギターStan Samoleらが核となり、ハープ Lois Colin、そしてCherryのナレーションとミュート・トランペットが加わります。JordanとJasonの繰り出すファンク・リズムの心地良いこと!Cherryのモノローグに様々な楽器が絡み合う形で音楽が進行します。

3曲目CherryのオリジナルKarmapa Chenno、コオロギの鳴き声のSEに始まり、Cherryの話し声、手拍子、パーカッションからリズムがスタートします。1曲目同様Lenny White, Marcus Millerのリズム隊にSammy Figueroa, Raphael Cruzのコンガ、パーカッションが加わり、より厚いグルーヴを聴かせます。Cherryのトランペット・ソロは伸びやかなテイストから、ハイノートも用いてアグレッシヴさも表現しようとしています。曲中何度か出てくる印象的なメロディは、女性コーラスとシンセサイザーのアンサンブルで演奏されます。ここでもSamoleの巧みなギターがフィーチャーされますが、George Bensonを彷彿とさせるクリアーなピッキングとラインが印象的です。その後パーカッション隊のソロ、そしてスティールドラムをイメージさせる、多分シンセサイザーによるメロディ、大勢の人間によるアプラウズ、再びCherryの朗々としたトランペットが登場しFade Outです。

4曲目以降はレコードのB面に該当し、1曲ごとの演奏時間が短くなり収録曲数が増えています。CaliforniaもCherryのオリジナル、波の音のSEからスタートしますが、幼少期を過ごしたCaliforniaの浜辺のイメージでしょうか。ここでのドラマーには何とTony Williamsが登場!同年6月録音のリーダー作「Million Dollar Legs」をリリースしたばかりで、ジャケ写にも表れていますが(笑)、脂が乗り切っておりベースJasonとパーカッション隊でこれまた素晴らしいグルーヴを聴かせています。メロウなトランペットのメロディとソロ、ギターとのユニゾンのメロディ、そしてこの曲でもSamoleに思う存分弾かせているのが、夏の陽射しの様な暑さを感じさせます。エンディングにも波の音のSEが入り、去り行く夏を思わせる仕立てになっているのでしょう。

5曲目Cherry作のBuddha’s Blues、曲想からするとBuddhaは随分とファンキーな方のようです(笑)、前曲と同じメンバーでの演奏になり、トランペット演奏の間にCherry自身のフルートがフィーチャーされていますが、いささかご愛嬌の次元です(笑)。Jasonの強力なスラップ、Tonyのヘヴィーなグルーヴ、Carterのピアノのタッチの素晴らしさ、Figueroa, Cruzのパーカション隊を含むリズムセクションのバックアップにサポートされ、CherryはエレクトリックMilesのようなテイストで演奏しています。

6曲目CherryのオリジナルEagle Eye、CherryのフルートとFigueroa、Cruzの3人だけで、1分に満たない短い演奏を聴かせます。

7曲目NaradaのオリジナルSurrender Rose、さすがの美しいナンバーです。彼は85年Aretha Franklinのアルバム「Who’s Zoomin’ Who」収録のナンバーFree Way of Loveへの楽曲提供と演奏を行い、グラミー賞最優秀楽曲賞に輝きました。John McLaughlin Mahavishnu Orchestraに在籍していた事もある超ド級ドラマーにして、メロディアスなコンポーザーでもあります。Narada自身がエレクトリック、アコースティック・ピアノ、そしてタムタムも演奏しています。ドラムJordan、ベースJason、Samoleのギター、Colinのハープ、女性コーラスまで加わり、Cherryのトランペット・プレイのスイートな面を上手く引き出していて、まるでHerb Alpertのような世界を表現しています!この曲が本作の1曲目に位置していても良かったのではと思うのは、Don Cherryがフュージョンを演奏しました、と明確に宣言できる内容を持っているからです。1曲目のMahakaliの演奏であまりにも強力におどろおどろしさを築いてしまい、作品のコンセプトがぼやけてしまったと感じています。

Aretha Franklin「Who’s Zoomin’ Who」

8曲目は3つのパートから成る組曲a.Journey of Milarepa、b.Shanti、c.The Ending Movement-Liberation。Jason, Jordanのリズムコンビにパーカッション隊、Samoleのギターが加わります。まずパーカッションとエレクトリック・ピアノのイントロからトランペットの演奏、次第にドラムのバスドラが加わりベース、ギターが参加し、Samoleにソロを取らせます。パーカッションとドラムのコンビネーションが実に心地よいですね。トランペットとギターが絡み合いながら曲が進行します。次第にリタルダンドを迎え、笛の音が聴こえ始めますが、インタールード的な部分、ここからがb.Shantiに該当するのでしょう。パーカッションの音に被ってドラムがリズムを刻み始め、ベース、ギター、キーボードが加わりトランペットのメロディが始まります。ここがc.The Ending Movement-Liberationに該当すると思われます。Samoleのオリジナルで、ギターのアルペジオに被りトランペットが高音を吹きFineです。

2020.05.18 Mon

Meru / Dick Oatts & Dave Santoro Quartet

今回はサックス奏者Dick Oattsとベース奏者Dave Santroのカルテットによる1996年作品「Meru」を取り上げたいと思います。

Recorded in Boston by Peter Kontrimas, May 1996 Produced by Sergio Veschi Label: Red

ts, ss)Dick Oatts b)Dave Santoro p)Bruce Barth ds)James (Jim) Oblan

1)Pale Blue 2)Creeper 3)Heckle and Jeckle 4)South Paw 5)Meru 6)Lasting Tribute 7)Osmosis 8)Leap of Faith

Dick Oattsは53年4月米国Iowa州Des Moines出身、父親の同じくサックス奏者Jack Oattsに影響を受けサックスを始め、高校卒業後ほどなくThad Jonesに招かれThe Thad Jones/Mel Lewis Orchestraに加入することになり、New Yorkに拠点を移します。Thad/Melで始めはテナーサックス奏者として、のちにリードアルト奏者として、その後Thad/Melを母体としたVanguard Jazz Orchestraの中心人物、同じくリードアルトとして活躍しています。リーダー、コ・リーダー作を20枚以上、Thad/MelとVanguard Jazz Orchestraを含めてやはり20作以上リリース、サイドマンとしても様々な作品に参加しています。譜面が超強い上にアドリブもバッチリ、彼がバンドにいる事により他のメンバーに刺激を与え、推進力になり得る高度な音楽性と人間的包容力、存在感を兼ね備えていますから、それは引く手数多です!

アルトサックス奏者として有名なOattsですが、本作では1曲ソプラノを吹く以外は全曲テナーサックスを吹いており、テナー奏者としてのOattsに焦点が当てられています。しかしながらCDジャケットにはアルトを吹いている写真が使われ、彼自身のThad/Melでのリードアルト奏者としてのイメージと重なり、本作もアルトサックスでの演奏と誤解を与えてしまいますが、細かい事には拘らない陽気なラテン系Italy, MilanoにあるレーベルRedからのリリースなので、これは致し方ないことかも知れません(汗)。

Dave Santoroは現在Berklee音楽院で教鞭を執っており、Steve Grossman, Bob Berg, Sal Nistico, Pepper Adams, John Scofield, Mick Goodrick, Mike Stern, Randy Westonとの共演歴があるベテラン・ベーシストです。代表作としてJerry Bergonzi, Adam Nussbaumとの93年ライブレコーディング・トリオ作品「Dave Santoro Trio」があります。

本作はOattsとSantoroが4曲づつ提供し、全曲二人のオリジナルから構成されていますが、Oattsは小気味よいほどに吹きまくり、リズムセクションと素晴らしい一体感、グルーヴを示した熱演を繰り広げています。あまり知られていない作品ですので、いわゆる隠れた名盤の部類に入るでしょう。ピアニストBruce Barthは58年9月California出身、10作以上のリーダー作をリリースする他、Bergonziのバンドのレギュラーとしても活動しています。ドラマーJim OblanはCDクレジットによれば本作がデビュー演奏になるようで、思い切りの良い清々しい演奏を聴かせていますが、残念ながらその他のバイオグラフィーを紐解く事は出来ませんでした。

それでは早速収録曲に触れて行きましょう。1曲目SantoroのナンバーPale Blue、速いテンポのスイングナンバーで、曲の傾向とコード進行の複雑さからJohn ColtraneのGiant Stepsをイメージします。それにしてもOattsの音色といったら!深みを感じさせるダークなテイスト、付帯音豊かな倍音が鳴り響き、「コーっ」という木管的な音が聴こえます。低音から高音域までイーヴンな統一感あるサウンド、コク、全てがバランス良くまとまり、ひとつの美的音塊として成立していて超好みな音色(ねいろ)です!!この音はアルトを主体としたサックス奏者のものではなく、テナーをメインとした奏者が出す極太系トーンに聴こえます。もしかして普段アルトをメインに吹いているにも関わらず、このテナーサウンドを出せているのかも知れませんが、とすれば全く身体の鳴り方が違うのでしょうね。16小節1コーラスのテーマは2ビート・フィールで始まり、すぐさまスイングへ、4人が繰り出すリズム、グルーヴが実に緻密に合わさり、絡み合い、高級なつづれ織りをイメージさせ、経(たて)糸の下に図案を置き=リズムセクションの奏でるビート、色糸、金銀糸の緯(よこ)糸が織り込まれている=フロントのソロ、の如しです。Oattsは張り巡らされたコード進行の包囲網を見事なほどに的確にくぐり抜け、あたかもシンプルなコード進行のスタンダード・ナンバーでの演奏の如きに、易々とストーリーを提示しながらリズムセクションを伴いホットに、クールに歌い上げています!続くBarthのピアノソロもOattsと遜色なく、いや、もしかしたらそれ以上のストーリーとインタープレイを提示しています!タイム感が素晴らしいですね!それもOblanの柔軟さが半端ないシンバルレガートと、Santoroの粘りあるベースラインとのコンビネーションが支えているからでしょう。そのSantoroの短いベースソロ後にラストテーマを迎え、オープニングに相応しい快演となりました!

2曲目もSantoroのナンバーでCreeper、60年代のBlue Note Labelの作品でよく耳にするリズム・パターンから成る曲ですが、コードのチェンジが尋常ではありません!敢えてそこには行かないだろう、と狙ってコード付けしたかのようなトリッキーさ、でも作為的ではない自然さと斬新さも感じます。Santoroの作曲のセンスには注目すべきでしょう。難易度のハードルを上げられたメンバーですが、まずOattsの辞書には難しい、とか手を焼く、と言った単語は記載されていないようで(爆)、実にクリエイティヴなソロを展開しています。レイドバック感と相反するフレージングのスピード感、Joe Henライクなテイスト、そう言えば音色とフレーズのこぶし回しが誰かに似ていると思ったら、Jerry Bergonziですね!音の質感に共通するものを感じます。実際二人の共演作があります。共同名義で09年「Saxology」(SteepleChase)

熱いツー・テナーのバトル演奏を期待しましたが、残念ながらOattsは全曲アルトを吹いています。しかしピアノレスの編成、加えて知的で高度な演奏を信条とする二人ゆえ、Lee Konitz ~ Warne Marshのメロディライン、サウンドを感じさせるLogicalなプレイとなりました。ちなみにベースはここでもSantoroが担当します。

次のソロイストに繋げるべくドラムの潔いフィルが聴かれ、ピアノも難しいコード進行を触媒としつつ、緻密なストーリーを展開し、様々なリズムのアプローチを用いてリズムセクションとのインタープレイを誘発します。続くベースソロもテクニカルでありますが、コンポーザーとしてのイメージを十二分に伝える事に成功しています。ラストテーマでのドラムのカラーリングは初めのテーマよりもずっと多彩に表現されていますが、ソロイストたちが繰り広げた演奏の充実ぶりが成せる技に違いありません。

3曲目はOattsのオリジナルHeckle and Jeckle、いきなり変態系のテーマです(笑)。ですが場面をリフレッシュさせる問答無用の説得力を感じます。曲のフォームはアップテンポのブルース進行、テーマ後はピアノがバッキングせずにサックストリオの演奏で突っ走ります!立て板に水、巧みなタンギングによるスインギーな8分音符を用いて繰り出されるフレーズは、実にスポンテニアスです!待ってました!とばかりに、弾くのを止めていたピアノのソロが始まります。テーマの変態さをしっかりと念頭に置き、これまた超絶アドリブを展開します。ベースソロを受け継ぎ、カラフルなドラムソロが本作Oblanの「Introducing」、とは感じさせない音楽な成熟度をアピールします。ラストテーマにも更に一捻りの変態系が待ち受けていました(笑)。

4曲目もOattsのナンバーでSouth Paw、陽気さの中に潜む危なさや毒気を感じさせる佳曲です。テーマは始めピアノレスで演奏され、途中からバッキングが効果的に加わります。ベース、ピアノとソロが続きOattsまでソロが回りますが、複雑なコード進行の曲を書いた当事者として、しかり”けじめ”のある演奏を行い、落とし前をつけています。その後曲のフォームの中でのドラムソロがあり、所々にアンサンブルが入るため緊張感が持続しつつ、ラストテーマへ。

5曲目Santoroのナンバーで表題曲Meru、ユニークなドラムのイントロからテナーとデュオによるテーマ、一転してアップテンポのスイングへ、これまた哀愁に満ちたメロディとコード感、タイトルナンバーにふさわしいムードを持った曲です。Barthも快調に飛ばし、ポリリズムをふんだんに取り入れたスリリングな演奏を聴かせますが、一瞬の間がありここぞと言う所でOattsが入ってきます。リズム隊もOattsがどこまで自分たちを音楽的な高みに誘ってくれるのかを待ち望んでいるのでしょう、サックスソロに一触即発で盛り上がっています!この曲もコード進行が尋常ではない筈ですが巧みにソロを構築し、やはりほど良きところでドラムソロに突入します。強力な個性が有るわけではありませんが、イマジネーションを大胆に膨らませテクニカルで熱いソロを聴かせます。ラストテーマ、アウトロでの表現も曲想の自然な発展形です。

6曲目OattsのナンバーLasting Tribute、様々な要素を織り込んだ、しっとりと言うよりは雄弁さを感じさせるスローバラードです。メロディに対するリズムの仕掛けも効果的に設けられ、メリハリを感じさせます。テーマの後はピアノソロ、バラード時に表現すべき抑圧されたピアニシモでのアプローチの的確さが光っています。続くOattsのソロは高音域での音色の美しさを生かしつつ、リリカルに歌い上げています。明確にはラストテーマを提示せずにリタルダンド、テナーのカデンツァが聴かれ、楽器を上から振り下ろした風で一瞬オフマイクになり、アテンポでヴァンプが演奏されFineです。

7曲目8分の6拍子のリズムからなるSantoroのナンバーOsmosisは、ソプラノサックスとピアノのユニゾンによるテーマメロディが印象的な佳曲。OattsのソプラノといえばVanguard Jazz Orchestraのリード奏者での活躍ぶり、Groove Merchant他、彼なくしては演奏が成り立たない曲のサウンドが耳に残っています。ソロの先発はSantoto、テーマの8分の6拍子・リズムフィギュアを用いて流麗に歌い上げています。続くソプラノのソロ、おそらく録音に際してベル先端部分の成分を収録しておらず、キー上部の成分がメインの音色です。丸さが目立ち、個人的にはどちらかと言えば先端部の成分が配合された、よりエッジーなソプラノの音色が好みです。ソプラノの録音方法はアルトやテナーに比べると難しいと言われ、ベル先端部とキー上部の両方の成分が混ざり合うブレンド感が大切です。Oattsの流麗なソロの後Barthもイメージを引き継ぎつつ、後もう少しで壊れそうな瞬間を迎えますがラストテーマへ。

The Vanguard Jazz Orchestra / Thad Jones Legacy
99年録音、Groove Merchant収録

8曲目ラストを飾るのはOattsのナンバーでLeap of Fish。本作中最速の演奏、ドラムのイントロから始まる、長い音符を生かしたテーマとシンコペーションを伴う複雑なコード進行、これまた凝り懲りのオリジナルです!テーマ後一変してファスト・スイングへ、先発Barthのタイトでスピード感溢れるフレージングは本作の白眉の一つですが、リズムセクションはその後に続くOattsとのバーニングに備えて、余力を残しているかのように抑え目に聴こえます。案の定Oattsのソロはダイナミックな展開を見せ、必然性を伴いOblanのドラムとデュオへ!低音域のエグエグ感、まるでJewish系テナー奏者のモーダルなアプローチを聴かせ、しかもコンパクトにまとめられ実にカッコイイです!ドラムソロも柔らかさ、しなやかさを掲げつつ熱いジャズスピリットを聴かせます!ラストテーマの大きく、たっぷりとした感じが、それまでの細かなフレージングやインタープレイとの絶妙な対比となり豊かな音楽性を表現していると思います。

2020.05.12 Tue

Bluesy Burrell / Kenny Burrell with Coleman Hawkins

今回はギタリストKenny Burrell62年9月レコーディングのリーダー作「Bluesy Burrell」を取り上げたいと思います。名テナーサックス奏者Coleman Hawkinsが7曲中4曲フィーチャーされています。

Recorded: September 14, 1962 at Van Gelder Studios, Englewood Cliffs, NJ Label: Moodsville Producer: Ozzie Cadena

g)Kenny Burrell ts)Coleman Hawkins(tracks 1, 4, 5 & 7) p)Tommy Flanagan b)Major Holley ds)Eddie Locke congas)Ray Barretto

1)Tres Palabras 2)No More 3)Guilty 4)Montono Blues 5)I Thought About You 6)Out of This World 7)It’s Getting Dark

Kenny Burrellは31年7月生まれ、現在も精力的に音楽、教育活動を展開しているギター奏者です。リーダーアルバムを70作以上リリースしている多作家で、本作は彼の18作目に該当します。本Blog今年の1月に投稿したJoe Hendersonの「Canyon Lady」の際にも本作を紹介しましたが、冒頭ラテンの名曲Tres Palabras収録が共通し、演奏形態は全く異なりますがいずれも心に残る名演奏です。本作ではColeman Hawkinsをソロイストとしてフィーチャーしつつ、他の収録曲もソロギター、ギタートリオ、カルテット、コンガをフィーチャーした演奏、Major Holleyのスキャットなど、バラエティに富んだ作品でBurrellの代表作の一枚に挙げられます。

本作録音の1か月前、62年8月録音のHawkins作品「Hawkins! Alive! at the Village Gate」は彼のカルテット名演奏として誉れ高いライブ作品ですが、メンバーが本作と全く同じで、Burrellと曲によりコンガ奏者Ray Barrettoが参加した形になります。

ジャズ史において既存のバンドやメンバーにちゃっかりとヤドカリのように(笑)加わって、作品を録音した例は過去にもありますが、例えば以前Blogで紹介したDizzy Reeceの「Comin’ on!」でのArt Blakey & the Jazz Messengersのリズムセクション、Art Pepperの代表作「Meets the Rhythm Section」で当時のMiles Davis Quintetのリズムセクションの起用、Joe Hendersonと同じくMilesのリズムセクションだったWynton Kelly Trioとの共演作「Four」「Straight, No Chaser」の2作。既存のバンドのメンバー、しかも経験豊富にして高度な音楽的レベルを有するリズムセクションと、同じく優れたフロントが共演するのは往々にして功を奏し、レギュラーとは異なったテイストの演奏を展開します。違った個性同士がケミカルに作用するのでしょう。

Hawkinsは62年にこのカルテットのメンバーで他に4作、合計5作(!)の録音、リリースを行っています。1月録音「 Good Old Broadway」、3, 4月録音「The Jazz Version of No Strings」、4月録音「Coleman Hawkins Plays Make Someone Happy from Do Re Mi」、前述の8月録音「Hawkins! Alive! at the Village Gate」があり、9月録音「Today and Now」。同一メンバーで年間5作という多作を許されるのはリーダーは勿論、バンドの演奏も素晴らしいが故。ミュージシャンの人気、人望も必須ですが作品が売れ、レコード会社として採算が取れるからです。多くの作品をリリース出来たのは時代が良かったのもありますが、今では夢のような話です。

62年の録音Hawkins絡みの6作、ピアニストは全てTommy Flanaganという事になります。そしてBurrellにとってもFlanaganはファーストコール、お抱えピアニストとして数多くリーダー作に於いて彼を招き、共演しています。記念すべきファースト・アルバム56年5月録音「Introducing Kenny Burrell」からの付き合いです。

Flanaganには絶大な信頼をおいていたのでしょうし、彼もそれに応えるべく本作でも眩いばかりにキラキラと光るタッチと、スリルに富んだアドリブライン、バッキングを自由奔放に聴かせています。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目Tres PalabrasはWithout Youという英語のタイトルが付けられたナンバー、その名の通り愛の唄ですね。Cuba出身の作曲家Osvaldo Farresのナンバーで、彼は他にもQuizás, Quizás, Quizásという名曲も書いています。Flanaganの弾く印象的なラテンのパターンからイントロが始まりますが、4拍目と1拍目に弾くベースのビートの力強さ、ドラムEddie Lockeはブラシを用い、Ray Barrettoが刻むクラーベのリズムと合わさり、ラテンのムードを醸し出しています。ジャズ屋のラテンですので(笑)、本職のラテンミュージシャンと異なり(彼らの8分音符は実にイーヴンです!)、8分音符がどうしても微妙にバウンスしています。味と言えば味なのですが。テーマはBurrellが奏でますが、実に音楽的です!微妙な強弱、ダイナミクスを伴い、細部に至るまで徹底した美学、歌心を感じさせます。それにしてもグッとくる美しいメロディですね!ソロの先発はFlanagan、イヤーこれまた素晴らしいアドリブです!まず感じるのは使う音のチョイス、そのセンスの良さです。緊張感を伴ったテンションの数々、そしてアドリブのストーリーを構築するにふさわしい、スパイスとなり得るラインの数々、メリハリの効いた様々な譜割から成るフレージングのバリエーション、巧みな歌い回しに聴き惚れてしまいます!Burrellのソロが比較的ダイアトニックで、コードに対してどちらかと言えばインサイドなアプローチが多いので、自分とは異なるFlanaganのプレイにさぞかし興味〜憧れ〜畏敬の念を抱いていた事でしょう。続くHawkinsのソロはまずテナーサックスの音色に惹かれます!ジャズテナーの開祖としての貫禄、風格を感じますが、一体こんな音はどうやったら出せるのかとも、考え込んでしまいます(汗)。ここではBenny GolsonやEddie “Lockjaw” Davisを感じさせるアプローチが聴かれますが、いや、出典はその逆でしたね!失礼しました!(笑)。Hawkinsの8分音符はCharlie Parker以前のスタイルなので、かなりイーヴンです。そういった意味ではラテンに向いているノリかも知れません。独特なラインの連続によるソロですが、深いビブラートとサブトーンを活かしつつ、豪快に歌い上げています。その後のギターソロは何処を切ってもBurrell印の巧みなソロ、正確なピッキングと端正な音符、おおらかな歌い方、ジャズギターの先駆者にして規範たるべき演奏です。ラストテーマに突入し、エンディングはイントロのパターンが再利用されます。

2曲目はスタンダード・ナンバーからNo More、Billie Holidayの名唱があります。2分弱の全編ソロギターでの演奏ですが、美しさと優雅さを感じさせ、巧みなコードワークが光っています。

3曲目もスタンダード・ナンバーGuilty、こちらはギタートリオでの演奏になります。ギターはイントロを含めた早い時点から倍テンポを感じさせる弾き方ですが、リズムセクションはバラードに近いミディアム・スロー感をキープ、テーマ後ソロに入りしっかり倍テン感をアピールし、ドラムが追従します。ベースは2ビートフィールですが、倍テンのグルーヴを感じさせるアプローチで対応しています。サビの最後はBurrell早弾きを披露し、ラストのAメロはリズム隊が次第にバラードに戻リ、コードワークが凝ったカデンツァを経てFineです。

4曲目はBurrell作曲のナンバーMontono Blues、先発にHolleyの登場です。ベースのアルコとハミングのユニゾンによるソロ、彼の十八番の奏法ですが何度聴いても素晴らしいですね!良い音です!Slam Stewartがこの奏法の先輩格にあたります。何とこの二人の共演作が2作あるのですが、文字通りダブルベースです(爆)!1作目は入手困難なので2作目の方をご紹介しましょう、81年録音「Shut Yo’ Mouth!」。Stewartの方はオクターブ高くハミングし、Holleyがベースと同じ音域でのハミングなのでその対比も面白く聴こえます。

続いてHawkinsのソロはリラクゼーションに満ちた語り口、スケールの大きさを感じます。この音色は間違いなくダブルリップ奏法による、ルーズなアンブシュアでなければ得られません!その後ギターとテナーのバトル、互いのフレーズを拾い合い、「おお、そう来たか、じゃあこんなのはどうだ?」的なカンバセーションを聴かせています。最後はFade OutでFineです。

5曲目はバラードI Thought About You、ユニークな構成による演奏です。冒頭Hawkinsのソロから始まり、テーマを演奏するのはBurrellのギターの方、Hawkinsはそのまま残って随所にオブリガードを入れていますが、Hawkinsのアプローチは一切原曲のメロディを感じさせないのが逆に新鮮です。テーマ後ソロは半コーラスHawkins、付帯音の権化のような深い音色、サブトーンの巧みさには楽器調整が完璧に為されている事まで伝わってきます!調整不足で何処かキーが空いていたら安定してサブトーンは出ず、自在にコントロール出来ませんから!その後ギターも半コーラス流麗にソロを取り、ラストテーマはHawkinsによる一瞬テーマのメロディを感じさせる風のプレイ、でもやはりBurrellが被さるようにテーマを演奏し、ラストはトニックを吹いたHawkinsにやはり被さり、Ⅳ-Ⅶ-Ⅲ-Ⅵ-Ⅱ-Ⅴ-Ⅰと遠いコードから巡りルートに落ち着きました。それにしてもHawkinsはI Thought About Youのメロディを殆ど知らないのでは?とも演奏から感じましたが、録音前に「Hey, Bean(Hawkinsのニックネーム)、I Thought About You演奏するけどテーマ演奏して欲しいんだ」「Kenny, 悪いけど俺は全然知らないんだよ」「Really? じゃあ僕がテーマを弾くからオブリとソロを頼むね、コード進行は大丈夫かな?」「Yeah, 耳で感じ取るからさ」「OK, Bean!」のようなやり取りがあったと勝手に想像しています(爆)。

6曲目はスタンダード・ナンバーからOut of This World、ギター、ベース、ドラム、コンガのカルテット演奏です。小洒落たラテンのアレンジが粋な雰囲気です。ギターによるテーマ奏も肩肘張らないリラックスしたムードが曲調と良く合致しています。ブレークからソロに入り、ベースがスイングビートになりますが、ドラムとコンガはそのままラテンのリズムをキープしており、ユニークなグルーヴが展開されます。カルテットの筈でしたが、ピアノがバッキングでギターソロの途中から参加します。でも何故か途中で止めています。流麗でスインギーなギターソロが聴かれ、その後ギターとコンガの8小節バースが行われ、巧みなコンガソロが聴かれます。Barrettoはこの頃スタジオミュージシャンとして活躍し、Prestige, Blue Note, Riverside, Columbiaといった名門ジャズレーベルのハウス(お抱え)・パーカッション奏者として演奏していました。時代の先駆者はNew Yorkのラテンシーンの第一人者となり、その後は自ずと米国を代表するパーカッショニストとして、その名を轟かせる事になります。ラストテーマに突入し、エンディングのフェードアウト時に再びピアノがバッキングで加わっています。Flanaganに好きにやらせているBurrellも大物ですが、Flanaganは割と気まぐれなのでしょうか?(笑)

7曲目はBurrellのオリジナルIt’s Getting Dark、録音中に日が暮れて来たのでしょうね、きっと。フォームはブルースです。フルメンバーが揃い、ギターがブルージーなテーマを演奏します。ソロの先発をHawkinsが務め、スタイルとしてBopでもない、もちろんHard Bopのテイストは微塵もない、Swing?中間派?いえいえ、Coleman Hawkinsそのもの、の演奏を聴かせます。2番手はBurrell、Hawkinsの時とは一転してFlanaganがBurrellをバックアップすべく、リズミックなアプローチでサウンドを作ります。ギターソロの最後のフレーズを受け継ぎ、ピアノのソロが始まります。ここでもFlanaganはコードの奥に潜んでいる効果的な音使い、テンションを巧みに引き上げて用い、他とは違うテイストを聴かせています。ラストテーマは再びギターが演奏しますが、Hawkinsが離れた所からスネークインしてオブリを入れています。

2020.05.04 Mon

Stone Blue / Pat Martino

今回はギタリストPat Martino 98年録音のリーダー作「Stone Blue」を取り上げて行きましょう。全曲Martinoのオリジナルを素晴らしいメンバーと演奏した意欲作です。

Recorded: February 14 and 15, 1998 at Avatar Studios, NYC / Additional Recording on February 22 at Skylab Studio, NYC Label: Blue Note(BN 8530822) Produced by Michael Cuscuna & Pat Martino

g)Pat Martino ts)Eric Alexander key)Delmar Brown el.b)James Genus ds, per)Kenwood Dennard

1)Uptown Down 2)Stone Blue 3)With All the People 4)13 to Go 5)Boundaries 6)Never Say Goodbye 7)Mac Tough 8)Joyous Lake 9)Two Weighs Out

Pat Martinoは1944年8月Philadelphia生まれ、父親の影響で音楽に興味を持ち、12歳でギターを始め、早熟な彼はNew Yorkに移り住んでから15歳で既にプロ活動を開始しました。 Lloyd Price, Willis Jackson, Eric Kloss, Jack McDuffらと共演を重ね、67年5月22歳の若さで初リーダー作「El Hombre」を録音しました。

この時点で既にギターという楽器をとことんマスターしているのでしょう、正確無比でエッジーなピッキング、そこに由来する端正な8分音符、のちに比べれば比較的オーソドックスですが、それでもオリジナリティなラインの萌芽を十二分に感じさせるソロの方法論、アドリブにおける誰よりも長いフレージングとそのうねり具合、大きなリズムのノリ、レイドバック、スイング感、申し分のないニューカマーの登場です!多くの同世代、後輩ギタリストたちGeorge Benson, John Abercrombie, John Scofield, Mike Stern, Emily Remler, etc多大な影響を与えたカリスマ・ギタリストのひとりに位置します。また独創的なインプロビゼーションのライン、方法論について自身は「形式的なスケールを使うのではなく、いつも自分の旋律の本能に従って演奏してきた」と発言しており、形にとらわれないその天才ぶりを伺わせます。ところが76年に脳の病気を発症し、80年に脳動脈瘤手術を受け、手術自体は成功しましたが、音楽的キャリアの記憶を一切無くすと言う悲劇に見舞われました。復帰するためになんと全くのゼロからギターを演奏することを強いられたそうです。親族の支えなどがあり奇跡的に復活を遂げ、87年にライブ盤「The Return」をレコーディングしました。

発症前に12作をレコーディングしていますが、復帰にあたりさぞかしそれらを聴き返した事でしょう、全く他人の演奏に聴こえたかも知れません。自分の演奏を自らコピーして記憶の彼方にある断片と照らし合わせて、いや、もしかしたらそれすらも得られなかったかも知れません。知る由もありませんが、今までとは異なる演奏スタイルという選択肢にもトライしたかも知れません。しかし執念の一言に尽きるでしょうが、数年間のリハビリの末にかなりのレベルまで以前のPat Martinoを取り戻すことが出来たのです。

本作は復帰後に録音された作品ですが、収録されているMartinoのオリジナルはいずれもが佳曲、共演者もコンセプトに臨機応変に対応しています。もうひとりのフロント・ヴォイスであるテナーサックスEric Alexanderの参加がジャズ度を高めています。George Colemanのテイストを感じさせる、王道を行くテナーの音色はOtto Link Florida Metalマウスピースならではの発音、サウンドで、端正な8分音符からなるフレージングは安定したタイム感と合わさり、破綻を来す事が無い超安定走行です。彼とは2度ほど共演した事がありますが、ナイスでお茶目な人柄、長身でイケメンの風貌もあり、周りの取り巻きが放っておかず、本人もファンを大切にしているので、演奏後も彼らでずっと話し込んでいたのが印象的でした。James Genusはアコースティック・ベースも堪能でMichael Brecker Quartetでの超絶演奏も光りますが、本作ではFodera社製の6弦エレクトリック・ベースを縦横無尽に駆使し、素晴らしいサポートを聴かせます。GenusとはThe Brecker Brothers BandのBlue Note Tokyoライブ時に楽屋で話をした事があります。明るく気さくに受け答えをしてくれた、素朴な感じのあんちゃんでした(笑)。ドラマーKenwood Dennardとは2007年2月20日、NYC 43rdにあるTown Hallで行われたMichael Brecker Memorial、同年1月13日に逝去したMichaelのお別れの会、ここで僕が着席したミュージシャンズ・シートの隣に偶然居合わせました。ちなみに斜め向こうにはPeter Erskine夫妻が着席、その近くにはWill LeeやMike Mainieri、Pat Metheny、Herbie Hancock、Brad Mehldau、Mark Egan、Buster WilliamsやWayne Shorter、大野俊三氏の姿も…とざっと見まわしただけでも凄い数のミュージシャン、しかもジャズシーンの最先端ばかり!さすがMichael Breckerの「送る会」です!ステージ側からミュージシャン席の写真が撮られていたのならば、1958年Art Kaneがハーレムで撮影した有名なジャズミュージシャンの集合写真2007年版になるに違いありません!

「A Great Day in Harlem 1958」サックス奏者ではBenny Golson, Coleman Hawkins, Gerry Mulligan, Sonny Rollins, Lester Yougら錚々たるメンバーが!他の楽器奏者でもモダンジャズを代表するミュージシャンが計57人!

Dennardは遠くからこのお別れ会を目指して来たのでしょうか、大きな荷物を抱え、補聴器を付けていたのが印象的でした。さらにセレモニーが佳境に達した頃に、Herbie HancockとMichaelの遺族がステージに現れた仏壇に向かって(客席には背をむける形で)「NAM MYOHO RENGE KYO〜南無妙法蓮華経」と念仏を唱え始めると、彼も一心不乱に手を合わせてお経を唱え始めました!僕の周りの参列者も軒並み念仏を唱えているので、ここは一体何処?亡くなった方とお別れをするので当然と言えば当然なのですが、日本ではなくManhattanのど真ん中のはずなのに、と実に不思議な気持ちになった覚えがあります。米国では仏教もone of themなのでしょう。

それでは収録曲に触れていきましょう。1曲目Uptown Down、随所にファンクが挿入されるアップテンポのスイングナンバー、メロディもキメもメチャクチャヒップでイケてます!うん、カッコイイ!これはエレクトリックベースの必然性を感じさせますね。ファンキーなテイストを掲げていますが曲の構成、音楽の構築感が半端なく実に理系です(笑)。0’41″の Martinoが弾いたコード、エグくて堪りません!テーマでのDennardのカラーリングのセンス、バッチリです! Genusのon top感がグーです!先発Martinoのソロ、ブレーク後半シングルノートの弾き伸ばしは作為的?偶発的?でしょうか、いずれにせよ椅子に座りながら聴いていていて思わず腰が浮いてしまいます!病に倒れる前の演奏クオリティに遜色ありませんが、唯一タイム感のルーズさは否めません、しかしラインの独創性には一層磨きが掛かっています!Delmar Brownのキーボードによるバッキングがこの演奏に支配的なサウンドをもたらしています!続くAlexandarのソロ、ブレークからキメています!リズム隊の完璧な着地によりピックアップ・ソロがいっそうキリリと引き締まっています!短いながらも巧みなストーリー展開で、サイドマンとしての役割、立場を踏まえつつ、しっかりとした主張を展開しています!いつものハードバッパー然としたアプローチに加え、曲想に合致したファンキーでホンカーライクなテイストが素晴らしい!その後ラストテーマには全く自然に、小気味好く突入しています。アルバムの冒頭にふさわしいキャッチーな楽曲に仕上がりました!

2曲目表題曲Stone BlueはMartinoが愛してやまないNYCに捧げられたオリジナル、実際の雑踏でのサウンドエフェクト(SE)が演奏に被って挿入されています。たっぷりとしたグルーブを持つ3拍子のファンクナンバー、Dennardのグルーヴは水を得た魚状態、ズッシリとしてスピード感が備わっています。SEは引き続き大胆に用いられギター、テナーソロをまさにその場で聴いて反応しているかの如きリアクションも聴かれます。テーマに引き続くパーカッションの鳴り響き方、狙っていますね!先発のギターソロに対するDennardのアプローチは実に音楽的、Martinoとは現在まで3作演奏を共にしていますが、音楽的テイストに共通するものを感じます。Alexanderのソロのバックでも同様に適確なリアクションを行い、巧みに盛り上げています。テナーソロの後ろで聴こえる高笑い、フリーキーにまで盛り上がった際のサイレンの音、フレーズにハマり過ぎですね!この曲でもキーボードが影のバンマス的にサウンドを彩っています。

3曲目With All the People、ギターのメロウなメロディとシンセサイザーが美しくイントロを奏で、一転してファンクのリズムで曲が始まります。いや〜、良い曲ですね、Martinoの音楽的ルーツに根ざしている旨、ライナーに自身が書いていますが、僕自身の音楽的ルーツにも全く同様で、The CrusadersやNative Sonのテイストを感じさせます。テーマ後ワンコードでソロが展開しますが、DennardとGenusがここぞとばかりにセンシティブに、かつ大胆に盛り上げて行きます。ワンコードでのアプローチ、実は最もリズム隊の手腕が問われる演奏形態だと思います。その後サビのコード進行ではスイングになり、メリハリを利かせています。ここでもキーボードがやはり裏方に徹してサウンドを提供していますが、ややラウドな傾向にあると感じます。引き続くテナーソロでは一層深遠なインタープレイ、グルーヴの一体感を聴かせ、ラストテーマ、エンディングはイントロに戻りフェードアウトです。

4曲目13 to Goのタイトル付けはレコーディング前日のリハーサルが13日の金曜日だったからそうです(笑)。重厚なグルーヴのスイング、ミディアム・テンポですがエレクトリックベースでの演奏だからでしょうか、軽さと捉えるべきか、軽快さとするべきか、アコースティックベースでの演奏とは趣が異なります。ユニークなメロディに引き続き先発はテナーソロ、豪快で巧みな演奏を聴かせますが、ある種の枠の中で演奏しているというか、箱庭の中でのデコレーションは上手いと感じるのですが、臨機応変に、より大胆なアプローチの違いが聴きたくなってしまいます。ギターソロに受け継ぎ、その後キーボードソロが初めて聴かれますがなんと大胆で壮絶なソロでしょう!サウンド・コーディネーター的立場のBrownが実はメンバー中もっともアグレッシブじゃあないですか!受けて立つDennardの暴れっぷりからもその凄まじさが伝わってきます!Genusはキープに回っていますがニヤニヤしながら演奏している顔つきが見えて来そうです!トリッキーなバンプを経てラストテーマに向かいます。

5曲目BoundariesはMartino自身が初めて作曲するタイプの楽曲だそうで、かなり凝った構成のファンク・チューンです。Dennardのドラミングが重要なファクターとなり、曲が進行します。先発のMartinoはシングルノートを駆使し独自のサウンド・ワールドをこれでもかとアピールしており、面目躍如の巻です!続くAlexanderのソロも本作中最もバーニング、ここまで弾けたプレイをするとは知りませんでした!Dennardとの丁々発止も聴きものです!エンディングも意外性があり、難曲を完成させた達成感がタイトルに表れています。

6曲目Never Say Goodbyeはレコーディングの少し前、97年12月2日に交通事故で亡くなった友人のロック・ギタリストMichael Hedgesに捧げられたナンバー、全編ギターとシンセサイザーのデュオで厳かに演奏されます。サウンドからHedgesの人柄を垣間見る事ができ、Martinoとの人間関係の深さも感じることが出来る美しい演奏です。

7曲目Mac Toughもヘビーなファンクのグルーヴが魅力のナンバー、ゴスペルライクなピアノのイントロからスタート、4度進行のコード進行も設けられ、ワンコードに対してのバランスが取られている構成です。先発ギターソロは曲想のファンキーさを踏まえながら、4度進行の部分では巧みなMartino節を披露しています。テナーソロのサブトーンを生かしたファンキーな節回しには、Stanley Turrentineを彷彿とさせるものを感じます。キーボードも短めのソロを繰り広げ、各人1コーラスづつの顔見世興行的演奏になりました。エンディングでのスポークンワードはBrownによるものでしょうか?

8曲目Joyous Lakeは病に倒れる前、最後の作品になった作品76年9月レコーディング「Joyous Lake」収録の表題曲です。Brown, Dennardのふたりも参加しているので再演になりますがJoyous Lakeはバンド名でもあり、Martinoが病に臥す事なく演奏を継続的に行えたら、レギュラーバンドとして活躍していたのでないかと思います。本作はJoyous Lakeの延長線上にあると言う事になります。フュージョンテイストを感じますが録音当時の時代のなせる技、今回テナーサックスを加えて演奏した事で、メロディラインがくっきりと浮かび上がり、名曲ぶりが一層冴えることになりました。演奏時間13分を越す本作中最長のテイクになります。初演より幾分テンポが遅く設定されており、Genusのベースラインの躍動感、 Dennardのグルーヴ、Brownのバッキングが実に気持ち良いです!随所にシンセサイザーでのSEが施されていて曲の雰囲気作りに大いに貢献しています。先発Martinoは存分に自分の唄を披露し、ラインの独自性を発揮しています。テーマメロディが美しいので、インタールードで何回か再利用されても全くくどくありません!続くAlexanderはスペーシーな導入からソロを開始、いつもの50~60年代のテイストから踏み出そうと、チャレンジしているようにも聴こえます。Brownのぶっ飛び系のアプローチはここでも冴えを聴かせ、Hancockライクなリズミックフレーズを繰り出しています。ラストテーマを経て曲想に相応しいエンディングを迎え、壮大なストーリーは大団円にて終了です。

76年録音「Joyous Lake」

9曲目ラストのナンバーのTwo Weighs Outは1曲目Uptown Downのテーマを超コンパクトにまとめ、異なるラインも付加したエピローグ的ナンバー。作品に統一感をもたらす手法の一つと言えましょう。ロックのミュージシャンが用いることが多いですが、ひょっとしたらUptown Downのテーマが2案あり、out takeとなったバージョンを元に再構築したものかも知れません。

2020.04.27 Mon

Captain Buckles / David “Fathead” Newman

今回はテナーサックス奏者David “Fathead” Newman、1970年録音の作品「Captain Buckles」を取り上げたいと思います。Ray Charles Bandで培われた音楽性が開花しています。

Recorded: November 3-5, 1970 Atlantic Recording Studios in NYC Producer: Joel Dorn Label: Cotillion

ts, as, fl)David “Fathead” Newman tp)Blue Mitchell g)Eric Gale b)Steve Novosel ds)Bernard Purdie

1)Captain Buckles 2)Joel’s Domain 3)Something 4)Blue Caper 5)The Clincher 6)I Didn’t Know What Time It Was 7)Negus

1933年2月Texas州生まれのNewman、幼い頃から音楽に携わり、最初にピアノを手がけ後にサックスに転向しました。彼のミドルネームFatheadは「まぬけ、バカ」と言う意味ですが、名前の由来は学生時代に遡り、当時あまり譜面の読めなかったNewmanが譜面台に逆さまに楽譜を置き、スーザ行進曲を暗譜で吹いている姿に憤慨した音楽教師が名付けたニックネームを、そのまま使用しているのだそうです(笑)。そんなアダ名をプロになってからも使い続けられるのは、きっと人柄の良い方なのでしょう。自身を揶揄する名前を冠する芸人、ミュージシャン、そうは数が多くありません。日本でも吉本興業所属のお笑い芸人「アホの坂田」こと坂田利夫氏くらいでしょうか(爆)。しかし彼の演奏、音楽性、サックスの音色は実に素晴らしくかつ個性的、むしろ自信の表れに違いないでしょう。かつてのバンマスRay Charlesをして、「歌を歌うようにサックスを吹けるのは彼しかいない」とまで言わしめました。サックス奏者、音楽家にとって最大級の賛辞の言葉ですが、50年代から60年代初頭にかけて10年以上Charlesのバンドに参加した事が、彼の音楽性に大きく影響を与えています。加入当初はバリトンサックスを演奏しましたが、前任者であったDon Wilkersonが退団し、テナーに持ち替えてCharlesのバンドのメインソロイストに昇格しました。他サックスにはHank Crawfordの名前も見られます。バンドは数多くのヒット曲をリリースし、その中でも名曲Unchain My Heart、Newmanのソロがフィーチャーされていますが、こちらは61年にヒットチャートの1位を記録しました。絶頂期のCharlesを支えたバンドの屋台骨としての存在、逆に言えばNewmanの演奏なくしてはRay Charlesの活躍ぶりは有り得なかったでしょう。58年11月にはCharlesがピアニストで参加した初リーダー作「Fathead: Ray Charles Presents David ‘Fathead’ Newman」を録音しています。3管編成による緻密でゴージャスなアレンジをベースに、意外にもストレートアヘッドなジャズ演奏を展開し、Charlesのバッキング、ソロも冴える、外連味のないアンサンブルを聴かせています。収録スタンダード・チューンWillow Weep for Meのアルトサックス・プレイも期待を裏切らず、堪らなく艶やかでセクシーです!出身地からしてそうですが、彼の演奏はいわゆるテキサス・テナー、ホンカーのテイストがルーツになります。Ray Charlesの寵愛を受け、彼の楽団での豊富な経験により、他では得る事の出来ない歌心を身に着け、カテゴリーの垣根をワンステップ超えた演奏を展開しています。

Ray Charles Band後にはHerbie Mann, Aretha Franklin, B.B. King, Joe Cocker, Dr. John, Jimmy Scott, Lou Rawlsらと共演し、伴奏の名手として、また歌伴に於ける4小節〜8小節の演奏、短くとも巧みな間奏の第一人者としての地位を確立しました。後年Natalie Coleの大ヒットアルバム「Unforgettable」にも参加し、収録曲Tenderlyでオブリガート、間奏を取っています。

Newmanの共演者にはソウル、ファンク系のプレイヤーが多く、演奏も次第にソウル、R&B色が濃く成りましたが、40作近い彼の作品中には殆ど必ずジャズ・ミュージシャンの名前がクレジットされ、ジャズ寄りのコンセプトを匂わせています。この一貫したテイストがNewmanのジャズへのリスペクトを感じさせるのです。本作にも名トランペッターBlue Mitchellが参加していますが、アンサンブル、ソロに個性を発揮し、オリジナル・ナンバーも1曲提供しています。ピアノ奏者は参加しておらず、ギタートリオが伴奏を務めていますが、ギタリストEric Galeは泣く子も黙る名うてのセッションマン、彼の存在が本作の音楽性を高めています。ベーシストSteve NovoselはRoland Kirkのバンドを皮切りに、こちらも様々なバンドで演奏を繰り広げました。ドラマーBernard Purdieもセッションドラマーとして鳴らし、King CurtisやAretha Franklinのバンドでも活躍、James Brownとも共演歴があり、こちらもソウルやR&Bのフィールドでの第一人者です。ちなみにThe Beatles初期の録音を21曲、Ringo Starrの替わりに叩いていると言う都市伝説がありますが、どうもマユツバものだそうです(汗)。

それでは演奏に触れて行きたいと思います。1曲目表題曲NewmanのオリジナルCaptain Buckles、いかにも60年代ジャズロック後を感じさせる雰囲気、グルーヴのナンバーです。Purdieのズッシリとしたドラミング(スネアの位置と音色が堪りません!)とNovoselのエレクトリック・ベース(音色がまさにこの頃です!)、 Galeの絶妙なカッティングと魅力的なトーンがブレンドし、70年代幕開けのビートを聴かせます。テナー、トランペットの2管のメロディは重厚なアンサンブルを織り成し、作品冒頭の掴みはこれで間違いなくオッケーです!テーマから続くソロ(テーマメロディとソロが被っているので、いずれかがオーヴァーダビングでしょう)の先発はNewmanのテナー、いやいやそれにしても凄い音色ですね、この人!メチャクチャ好みのタイプのサウンドです!いかにも硬いリード、オープニングの広いマウスピース使用のハードなセッティングを感じさせ、そしてシャウト、シャウト、グロウル、スクリーミング、壮絶なブローイングです!これは正統派ホンカー以外何者でもありません!8分音符のフィギュア、タンギング等が同じホンカー・テナーであるWilton Felderを感じさせますし、シャウト感にはWillis Jacksonを彷彿とさせるものがあります。受けて立つリズムセクションの対応も素晴らしく、ギターのカッティングのメリハリ、ベースとドラムのコンビネーションの巧みさ、そしてドラマー冥利につきるフィルインの数々!テナーソロ後はラストテーマ、コンパクトにクールに演奏をキメ終えました!

2曲目もNewman作のボサノバ・ナンバーJoel’s Domain、プロデューサーのJoel Dornに捧げたナンバーなのでしょう。メロディの曲想が62年7月録音Quincy Jonesの作品「Big Band Bossa Nova」収録のナンバー、名曲Soul Bossa Navaによく似ています。ちなみにそこでのフルート演奏はかのRoland Kirk、後年映画「Austin Powers」シリーズ一連のテーマ曲にも使われました。

Newmanはフルートを、Mitchellはミュート・トランペットでテーマを演奏します。先発はそのままMitchellから、間を生かした彼らしい演奏、フルートがソロのバックでメロディを吹き、引き続きソロになります。実はホンカーはフルートを基本的に吹かないのですが、彼の場合はその巧みなラインと鳴り切り感から特例で良しとしましょう(爆)。その後はあとテーマへ、アウトロでは一瞬フロントふたりのバトルが聴かれますが、すぐさまフェイドアウト、こちらもコンパクトな仕上がりになりました。

3曲目はThe Beatles、というよりもGeorge HarrisonのナンバーからSomething、Newmanはアルトに持ち替えて演奏しています。いや、はっきり言ってこれはヤバイですね、何という音色でしょう!!極太で艶やか、コクがあって付帯音が豊富、そしてニュアンスがとてつもなくセクシーです!深々としたビブラートはくどい表現になりがちですが、彼の場合は全くイヤミがなく、むしろもっともっと深くと、お願いしたいくらいです(笑)!テナー吹きのアルトは往々にして豪快、テナーの音色がそのまま高くなったアルトとテナーの中間の如き鳴りを聴かせます。Grover Washington, Jr.やKirk Whalum, Ernie Wattsしかり、でもNewmanはまた格別な色気を放っています!これぞRay Charles Magicなのでしょう、きっと。Newmanのアルトの独壇場で他の奏者のソロはありません。あっても単なる蛇足にしかならないでしょうが。曲の持つ雰囲気、メロディとNewmanの持ち味がブレンドし一体化した、美しい演奏だと思います。

4曲目はMitchellのオリジナルBlue Caper、カリプソのリズムのイントロが心地良く、サビが4度進行でスイングになる、いかにもMitchellらしい明るいハードバップ・テイストのナンバーです。リズム・グルーヴがジャズ屋の演奏するカリプソ&スイングではないので、新鮮さと同時に若干の違和感を感じます。先発ソロはMitchell、豊かな音色とジャジーな雰囲気は本作のスパイスと成り得ています。続くNewmanはフルートに持ち替え、やはり「鳴り捲り」のソロをこれでもか、と聴かせます。1コーラス目ベースが弾くのを止め、サビだけ演奏するのも効果的ですが、逆にその後のドラムソロに入っても弾き続けているのは、演奏上の約束事を反故にしたのでしょうか?、しばらく弾き続けた後の停止時に「アレッ?みんなどうしたのかな?」という声が聴こえてきそうです(笑)。短いPurdieのソロは皮モノ中心で行われ、ラストテーマに向かうために雰囲気を変える、有効な手段に成り得ました。エンディング最後にバスドラでワンフレーズ、ラテンのパターンをバスドラで叩いているのが面白いです。

5曲目NewmanのナンバーThe Clincherはマイナー調の佳曲、スイングのリズムでキメやホーンのアンサンブルが効果的に用いられ、テーマ時のドラムのカラーリングが的確です。ソロの先発はMitchell、抑揚のあるソロの構築はリアルジャズマンを感じさせます。続くNewmanのソロはサブトーンを効かせた低音域からスタート、重厚さが流石です!シングルタンギングを多用した8分音符がかなりイーブンです。フラジオ音を用いたシャウトのニュアンスや、ラインのアプローチにはここでもWilton Felderの類似性を感じますが共通のルーツがあるのか、互いに影響を与えているのかは、今後調べて行きたいと思います。ソロイストふたりに対するリズムセクション、特にドラムのシンコペーションを活かしたアプローチが巧みで、何度かシャッフルになりかけた瞬間がスリリングです。ラストテーマでフロントの同時進行ソロがしばらく聴かれますが、こちらもあいにくのフェイドアウトの巻でした。

6曲目はスタンダード・ナンバーからの選曲でI Didn’t Know What Time It Was、作品にスタンダードをほぼ必ず取り上げるのもやはりジャズ演奏への拘りからでしょう。再びアルトサックスに持ち替えて演奏していますが、これはSomethingの演奏より更にヤバイです!アウフタクトからいきなりテーマが始まり、その素晴らしい音色、ニュアンスを駆使して美の世界へと誘います。音域、曲調と音の張り具合の三つ巴状態、自分からは素晴らしいとしか言葉が出ません!テーマ後のアドリブ・ラインの巧みさ、流暢さは、普段からジャズ・プレイヤーとしての自覚をしっかりと持ち、インプロヴァイザーとしての精進を欠かさない真摯な姿勢を受け取ることが出来ました。こちらも一曲丸々Newmanの独壇場、更にカデンツァに於けるフレージングで、彼のジャズ・スピリットを再認識させられましたが、彼はソウル、R&B範疇のプレイヤーではなく、しっかりとジャズに腰を据えている表現者なのです。

7曲目ラストを飾るのはNewmanのオリジナルNegus、ベースの印象的なラインから曲が始まり、ファンキーなテイストのテーマが演奏されます。Purdieのドラミングが決め手となったグルーヴはダンサブルでもあります。ソロの先発はGaleのアコースティック・ギターから、本人いたって真面目なのでしょうがどこか津軽三味線を感じさせる音色です(爆)。短くリフが演奏された後にメロディを受け継いでNewmanのソロ開始、ハイテンションにいっそう拍車がかかった演奏は行くところまでとことん盛り上がって貰いたいという、リスナーの願望を叶えたクオリティにまでに到達してくれました!再びWillis Jacksonのスクリーミング・テイストも感じました。エンディングは残念ながらフェイドアウト、もっと聴きたかったです!

2020.04.19 Sun

Lullaby for a Monster / Dexter Gordon

今回はDexter Gordon1976年録音のリーダー作「Lullaby for a Monster」を取り上げたいと思います。Dexterには珍しいテナートリオ編成でのレコーディング、いつものようにマイペースではありますが、コード楽器不在が良い方向に作用した素晴らしい演奏を繰り広げています。

Recorded June 15, 1976 Copenhagen Denmark Recording Engineer: Freddy Hansson Producer: Nils Winther Label: SteepleChase

ts)Dexter Gordon b)Niels-Henning Ørsted Pedersen ds)Alex Riel

1)Nursery Blues 2)Lullaby for a Monster 3)On Green Dolphin Street 4)Good Bait 5)Born to Be Blue 6)Tanya

62年から76年まで足掛け14年間欧州在住で音楽活動を行ったDexter、本作はおそらく現地での最後の録音作品に該当すると思います。帰国後の彼は米国に留まらず世界中でブレークし華々しい活躍を遂げることになりますが、時代もジャズ・ヒーローを求めていたのでしょう、フュージョン・ブームのある種のリバウンドだったのかも知れません。豪快さと癒し、ジャズのリラクゼーションを堪能させるプレイ。彼は3回来日を果たしており、2度目の演奏を聴きましたが、その生演奏に触れる事が出来たのは貴重な体験でした。

彼の欧州でのレコーディング、共演のピアニストはTete MontoliuとKenny Drew二人の名手がほとんど、サウンドが素晴らしいピアニストとの共演がごく当たり前であったので、ここでのコード楽器不在はかなり新鮮であったに違いないでしょう。本作は初めからテナートリオとして録音されたのか、レコーディング当日にピアニストが来なかったために急遽3人で演奏したのか、定かではありませんが(メンバーのオリジナル等の選曲、構成を鑑みると、テナートリオ編成を最初から意識しているようにも見えます)、いずれにせよコード楽器奏者がいない分プラスに作用し、スペースが増えた分、リズムセクション〜ベーシストNiels- Henning Ørsted Pedersen、ドラマーAlex Riel、欧州を代表する二人〜が活躍し(Rielがこんなにも叩く人だとは思いませんでした!)、それにつられた、煽られた形でDexterがいつもよりも縦横無尽、存分に吹きまくっているのです。彼の作品で丸々テナートリオでのプレイは本作だけになると思いますが、他にコードレストリオでの作品をリリースしているテナー奏者と、その作品をざっとご紹介しておきましょう。いずれもテナートリオである必然性を感じさせる、素晴らしい作品です。テナー奏者はトリオ演奏時に本領を発揮出来るプレーヤーなのです。既に当Blogで紹介済みの作品もありますが、いずれ他も取り上げたいと思っています。

Sonny Rollins「Way Out West 」
Sonny Rollins, Ray Brown, Shelly Manne
John Coltrane「Lush Life」
John Coltrane, Earl May, Art Taylor
Joe Henderson「Barcelona」
Joe Henderson, Wayne Darling, Ed Soph
Joe Farrell「Puttin’ It Together (Elvin Jones)」
Joe Farrell, Jimmy Garrison, Elvin Jones
Steve Grossman「Live in Buenos Aires (Stone Alliance)」
Steve Grossman, Gene Perla, Don Alias
Jan Garbarek「StAR」
Jan Garbarek, Miroslav Vitous, Peter Erskine
Dave Liebman「Open Sky」
Dave Liebman, Frank Tusa, Bob Moses
John Klemmer「Nexus」
John Klemmer, Bob Magnusson, Carl Burnett
Branford Marsalis「The Dark Keys」
Branford Marsalis, Reginald Veal, Jeff “Tain” Watts
Joe Lovano「Remembrance (John Patitucci)」
Joe Lovano, John Patitucci, Brian Blade
Jerry Bergonzi「Open Architecture」
Jerry Bergonzi, JF Jenny-Clark, Daniel Humair
Ari Ambrose「United」
Ari Ambrose, Jay Anderson, Jeff Williams
Ralph Moore「Weaver of Dreams (Ben Riley)」
Ralph Moore, Buster Williams, Ben Riley
小田切一巳「神風特攻隊」
小田切一巳、山崎弘一、亀山賢一

余談ですが20歳の時、私が初めて購入したテナーサックスは中古の仏セルマー・マークⅥでした。その楽器の以前の所有者が小田切一巳さんだと、購入した石森楽器でオヤジさんが教えてくれ、小田切さんにご挨拶すべく演奏を聴きに行きました。シャイな方であまりお話はできませんでしたが、プレイは先鋭的、でも朴訥とした方で、暖かい人柄に触れられたように覚えています。

それでは本作の演奏に触れて行きましょう。1曲目DexterのオリジナルNursery Blues、冒頭「きらきら星」のメロディを引用したベースとテナーのユニゾンによるイントロが聴かれます。タイトルを直訳すると「子供部屋ブルース」でしょうか?、雰囲気はそのものですが曲のフォームは12小節のブルースではありません。ちなみに「伊勢佐木町ブルース」や「夜霧のブルース」もブルースフォームではありませんでしたね(笑)。16小節を1コーラスとしたコード進行で、Sonny Rollinsのオリジナル曲Doxyのコード進行が用いられています。さらに曲のオリジンを遡れば1918年、米国のピアニストで作曲家のBob Carletonが作曲した「Ja-Da」のコード進行が基になっているのです。テーマではPedersenが大活躍し、本作トリオ演奏の前途は明るいと宣言しているかのようです(笑)。テナーソロはまさしくlaid backの極み、ビートの最も際(きわ)に音符を載せており、背水の陣状態です(笑)。そして8分音符がかなりイーブンなのが興味深く、実はかのMiles Davisの8分音符もめちゃめちゃイーブンなのです。コーラスを重ね、演奏は次第に熱を帯び、Dexterいつになく16分音符フレーズのオンパレード!意外と16分音符はon topに位置する時があります。8分音符の超タイトさに比べ16分音符はさほどでもないのは、8分音符での演奏の方に重きを置いているからでしょう。普段聴かれないテクニカルなフレージングが随所に炸裂、もちろんオハコの引用フレーズの挿入も巧みになされています。RielがDexterの熱気に呼応しフィルインを連発しますが、カッコイイですね!RielはBen WebsterやJackie McLean, Art Farmer, Eddie “Lockjaw” Davis, Kenny Drewといった米国を代表するジャズプレーヤーと演奏活動を共にしましたが、自身はロックバンドも率いているためか、例えばPhilly Joe JonesやRoy Haynes, それこそElvin Jonesたちと比べるとグルーヴがイーブン、スクエアでDave WecklやSteve Gadd, Vinnie Colaiutaたちと基本的に同傾向なノリです。Pedersenも縦横無尽に様々なアプローチを駆使し、演奏に寄り添いつつ、煽りつつ、名手ぶりを聴かせますが、圧巻はやはり自身のソロ、早弾きを含めた確実な楽器のコントロールには全くブレを感じさせません。ラストテーマには再びきらきら星が用いられ、Fineです。

2曲目はタイトル曲、PedersenのオリジナルLullaby for a Monster、こちらにも可愛らしいタイトルが付けられていますが、曲は8分の6拍子を基本としたリズムで、構成やコード進行にも捻りが効いた佳曲です。Pedersenの79年7月録音リーダー作「Dancing on the Table」収録のオリジナルも佳曲揃い、しかもts)Dave Liebman, g)John Scofield, ds)Billy Hartたち共演者の演奏も充実した名盤です。

躍動的なベースパターンを経てテーマが始まります。ドラムとの的確なコンビネーションを得てとてもタイトで小気味好いグルーヴが聴かれます。Dexterのソロは巧みにコード進行をトレースしつつも、2’52″からの彼には珍しいトリル、2’58″からのグロートーン、これは既にホンカーの領域に足を踏み入れていますね!!受けて立つRielのフィルイン、スリリングなやり取りが行われ、ベースのタイムのたっぷり感と合わさった三位一体!3’26″からの音域を上げての再びのトリル、盛り上がっています!ひとしきりソロの起承転結、「転」を成し得たので「結」に入り、上手くストーリーをまとめました。その後は短い中にも「Pedersen印」のフレーズをしっかり織り込んだハイテク・ベースソロがあり、ラストテーマへ。

3曲目はお馴染みスタンダード・ナンバーからOn Green Dolphin Street。いやいや、この演奏も素晴らしいですね!8ビートとスイングを交えたテーマ奏自体が既にゴキゲンにスイングしています!ブレークからピックアップ・ソロが始まりますが、ここぞ見せ所!とばかりに、よりlaid backしてたっぷり感を出し、続くソロ本編の巧みな事と行ったら!聴き惚れてしまう次元のクオリティです!テナーソロ1, 2コーラス目はテーマと同様に8ビート、スイングと並走し、3コーラス目から丸々スイングに、さらにPedersenが本領を発揮しon topのグルーブも絶好調!Rielも叩きまくりの猛攻撃に出ています!テナーソロ最後にはターンバックが入りベースソロへ、ここでのPedersenは水を得た魚状態、もはや禁断のハードロックの領域(爆)に入ってしまったかのようなフレーズの嵐、嵐、嵐!ラストテーマ後はパターンが続きFade OutでFine、テナートリオでのGreen Dolphinの名演が誕生しました。

4曲目はCD化に際してのボーナストラックでTadd DameronのナンバーからGood Bait、John Coltrane58年2月録音「Soultrane」の名演奏が光りますが、本作でのDexterも大熱演、Coltraneとは異なるオーソドックスなアプローチですが、素晴らしいソロを聴かせます。両者の顕著な違いとして、Dexterテーマのサビをオクターブ下で演奏しているので、より低音域の効いた極太感が出ており、コード進行のトレース感と歌い回しが良くブレンドしているのが印象的です。何よりリズム隊の寄り添い、フォロー感がDexterをしっかりサポートしています。ここでもRielの暴れっぷりに気合が感じられ、テナートリオならではの絡み合い場面を作り上げています。テナーとの4バースを含め、彼のレスポンスやフレーズは特に個性的と言う訳ではなく、ひたすらドラムのルーディメンツに忠実な演奏っぷりを聴かせていて、彼の生真面目さを物語っています。

5曲目はバラードでBorn to Be Blue。賑やかな演奏が続いたので、上の音域での朗々としたメロディが沁みて来ます。Pedersenのベースが3連系のラインを多用することで、コード楽器のバッキングが存在しない空間を音楽的に埋めています。イントロは曲冒頭のコード進行をリピート、テーマに入りDexterならではのニュアンスが芳醇な色気を放ちますが、ソロに於てもビブラートの様々な付け方、語尾の処理での微妙な掛かり具合が堪りません!ベースソロ後はDexter低音域を用いて吹き始め、次第に音域が上がり、冒頭のテーマ同様に上の音域でテーマを聴かせます。

6曲目ラストを飾りしはDonald ByrdのナンバーからTanya。Dexterの64年6月、Blue Note Labelからのリーダー作品ですがParisでの録音「 One Flight Up」に収録されています。

欧州のテイストを感じさせる、雰囲気のある美しいジャケットです。

オリジナルは作曲者ByrdとDexterの2管編成でのメロディ奏、加えてピアノのバッキングによるパターンが演奏されている上に、ここではキーを全音上げたGマイナー(in B♭)に移調しているのでかなり趣が異なります。ピアノのパターンをベースが担当しているのもあり、もはや別な楽曲に聴こえます。オリジナルでのDexterはかなりスペーシーに演奏していますが、ここではブロウしリズム隊と熱く盛り上がっています!本作中Dexterは最もlaid back感を出して吹いており(この位のテンポが得意なのもあると思います)、巨象がアフリカのサバンナを歩くが如しのタイム、演奏です。オリジナル演奏でのベース奏者も同じPedersenであったからでしょうか、かなり気持ちの入った長いソロを取っています。この人の16分音符は実に正確で端正ですね、再認識しました。

2020.04.12 Sun

Skate Board Park / Joe Farrell

今回は1979年録音テナーサックス奏者Joe Farrellのリーダー作「Skate Board Park」を取り上げたいと思います。

Recorded at Spectrum Studios, Venice, California, January 29, 1979 Engineer: Arne Frager Mixing: Paul Goodman(RCA) Producer: Don Schlitten Label: Xanadu

ts)Joe Farrell p)Chick Corea b)Bob Magnusson ds)Lawrence Marable

1)Skate Board Park 2)Cliche Romance 3)High Wire – The Aerialist 4)Speak Low 5)You Go to My Head 6)Bara-Bara

学生時代にとても良く聴いた一枚です。70年代を代表するサックス奏者の一人Joe Farrellは37年Chicago生まれ、60年Maynard Ferguson Big Band, 66年Thad Jones/ Mel Lewis Orchestraでの演奏を皮切りにシーンに登場し、60年代後半から頭角を表し始めました。65年4月録音Jaki Byardのアルバム「Jaki Byard Live!」で初期の好演が聴かれます。基本的なフレージング、アプローチには既に後のスタイルが現れていますがテナーの音色が異なります。これはこれで良いトーンではありますが、いささか小振り感があり、彼の最大の特徴である身の詰まった極太、豪快さがアピールされていません。

ところが約1年半後の66年11月録音、Chick Coreaの初リーダー作「Tones for Joan’s Bones」では十分にFarrellの音色が確立されています。短期間に急成長を遂げたのでしょうが、トーンに対するイメージはもちろん、使用するべき的確なマウスピースやリード、楽器とのコンビネーションが見つかったに違いありません。自分のボイスを出せるセッティングを得られるかどうか、サックス奏者には死活問題です。優れたテナー奏者が必ず魅力的な素晴らしい音色を携えているのは、音色に対する徹底的なこだわりの産物です。

更に1年後の翌67年10月NYC The Village Vanguardで行われたセッションの模様を録音した「Jazz for a Sunday Afternoon Volume 4」、同様にCoreaやElvin Jones, Richard Davisら超弩級リズムセクションとの演奏で、Farrellのオリジナル曲13 Avenue “B”(コンテンポラリーなテイストの佳曲です)やStella by Starlightが取り上げられていますが、確実に以降に通ずるトーンを身に付け、豪快にブロウしています。彼のセッティングですが、マウスピースはBerg Larsen Hard Rubber、オープニングは95/1ないしは100/1、リードはRico4.5 or 5番、楽器本体はSelmer Mark Ⅵ 15万番台Gold Plated、後には同じくSelmer Mark Ⅶも使用していました。確かにリードがメチャメチャ硬そうな音をしていて、カップ・アイスクリームがこのリードで食べられそうです(爆)。当時60年代後期はFree Jazzの嵐がさんざん吹き荒び、一段落した頃に該当します。オーディエンスもハードなものよりもオーソドックスな表現のジャズ、例えばジャムセッション形式のような肩肘張らない演奏を欲していました。食傷気味だったのですね、この「Jazz for a Sunday Afternoon」シリーズはリスナーに大いに受け入れられたようです。

その後Farrellは魅惑のテナートーンと独自のスタイルを引っさげて、ジャズシーンに繰り出しました。翌68年4月にElvin Joneのリーダー作でJohn Coltrane没後に編成したピアノレス・トリオ編成による「Puttin’ It Together」(ベーシストはJimmy Garrison)、同年9月同編成による「The Ultimate」の録音に参加、ここでの演奏でポストColtraneの筆頭として、そのステイタスを確立しました。

70年1月に名門CTI Labelで自身の名義での初めての作品「Joe Farrell Quatet」を録音、以降CTIから計7作をリリースしました。

彼の快進撃は止まりません。盟友Chick Coreaの大ヒット作72年2月「Return to Forever」と同年10月録音「Light As a Feather」に於けるプレイはジャズ史に残る名演奏、「Return to ~」ではソプラノサックス、「Light As ~」ではフルートによる演奏ですが、彼のマルチ奏者ぶりが発揮されています。ちなみにアルトサックス、オーボエ、イングリッシュホルンも演奏業務内容に挙がっており(笑)、スタジオ・ミュージシャンとしても活躍していました。

76年CTIでのラスト7作目「Benson & Farrell」リリースの後、Warner Bros.から時代をまさに反映したフュージョン〜ディスコの作品77年「La Cathedral Y El Toro」78年「Night Dancing」を2作リリースしましたが、これが両方ともメチャ良いのです!演奏はもちろん、参加メンバー、曲目やアレンジ、アルバムの構成と何拍子も揃った聴き応え満点の作品、「Night Dancing」に至っては当時のディスコ港区芝浦にあった「ジュリアナ東京」で、扇子を持ってお立ち台に登り、扇ぎながら一心不乱に踊る女性たちとオーバーラップするジャケット・デザインに大受けしました!(若い方たちには何のコッチャですが)、反して生粋のジャズファンからは「ホイホイ・フュージョン」なんて呼ばれ方もされましたが(汗)。「Night Dancing」収録のバラードで英国ロックバンドBee Geesの大ヒットナンバーHow Deep Is Your Love、邦題を「愛はきらめきの中に」は当時「愛きら」と我々省略して呼び(笑)、今では絶滅危惧種〜もしくは絶滅してしまったダンスパーティの仕事で本当によく演奏したものです。Coltrane派テナーサックスの旗頭であったJoe Farrellが「Farrellのテナーの音色と演奏スタイルはディスコ・ミュージックに実に良く合う」ので、世の中このままジャズが衰退しフュージョンやディスコ・ミュージックが台頭していくのだろうか、と遠くを見つめながらぼんやりと考えたものです(爆)。

「La Cathedral Y El Toro」
「Night Dancing」
「Night Dancing」裏ジャケット
めちゃくちゃセンスあるデザインです!

一方Farrell参加のCorea78年作品「The Mad Hatter」、緻密にしてゴージャス、壮大なアレンジが施されたカテゴリーとしてはフュージョンの名作ですが、収録のアップテンポのスイングナンバーHumpty Dumpty、以降Coreaの重要なレパートリーの1曲に加わったオリジナル、作品中ひときわ異彩を放つ名曲での名演奏がCoreaのジャズ回帰を匂わせました。Coreaも時代も次第にアコースティックが恋しくなったのかも知れません。

そして間髪を入れずに同年同じメンバーで録音された「Friends」、久しぶりにCoreaがアコースティック・ジャズを演奏したフルアルバム作品になりますが、ds)Steve Gadd ~ b)Eddie Gomezによるデジタル・アコースティックとも評される性格無比なスイング・ビート、こちらにCoreaが加わることで鉄壁のタイトなリズムセクションが完成、でもFarrellのソロそっちのけでリズム隊が盛り上がっています(笑)!全曲に渡る緊張感みなぎるインタープレイがこちらも歴史的名盤を生み出しました。

おそらく78年末にレコーディングの話が持ち上がりました。Xanadu Labelオーナー兼プロデューサーDon SchlittenがFarrellにオファーし、「Joe、フュージョンやディスコはそろそろ下火だから、アコースティックのアルバムを作ろうじゃないか、と言うか、そもそもオレはジャズのアルバムしか制作しないけどね。」みたいな話があり、「じゃあChick(Corea)を呼んでさあ、あいつには今まで随分と世話になっているから、お返しに是非とも一緒にレコーディングしたいんだ。」と更なるやり取りがあったのかも知れません。

と言うことで、本作の演奏について触れて行きましょう。1曲目表題曲でFarrellのオリジナルSkate Board Park、タイトルは本人も含めた子供たちが公園でスケボーを楽しむ様をイメージしたのでしょうか、レコードで発売された時のジャケットに良く表れています。もっともテナーを吹きながらのスケボーは、至難の技でしかも大変危険なので、良い子は真似をするのをやめましょう(爆)。

「Skate Board Park」オリジナルジャケット

本CDは2015年に、数々の埋もれた作品を掘り起こしたアルバム発掘王Zev Feldmanの手によって久しぶりに世に出ました。デジタル・リマスターが施され、大変素晴らしいクリアネス、バランスでレコード時よりも格段に良い音質でのリリースになりました。

いきなりテナー、ピアノ、ベースによる超絶複雑なラインのユニゾンから曲が始まります。斬新にしてメチャ・カッコイイです!途中からベースはバッキングに回りテーマはテナーとピアノのユニゾン、コードは鳴っていません。シンコペーション、間を生かしたメロディの譜割り、3連譜、トリッキーな曲想です。Farrellはこの作曲に相当気合が入り、難易度高く設定しましたが、ユニゾンするCoreaにはきっとお手の物なのでしょう、何ら支障なく余裕で演奏しています。テナーソロに入りやっとピアノがコードを弾き始めます。一聴すぐFarrellとわかる魅力的なテナーの音色、タイムがかなりon topですがリズム隊確実にフォローしています。強烈なシングル・タンギングを多用、テーマのモチーフを随所に用いたフレージングはインパクトが半端ないです!CoreaのバッキングもFarrellとの長い付き合いを感じさせる、付かず離れず感が心地良く、ソロ終盤戦ではチャチャを入れるが如きバッキングからピアノのソロへ、一転してタイトなリズムによるCoreaならではの、端正なプレイ。加えてかなり打楽器的にパーカッシブにアプローチしています。常々思うのですがCoreaほどのタイム感を極めたジャズマンが、はっきり言ってタイムがかなりルーズなFarrellを何故ファースト・コールに位置させているのか、謎ではありますが、演奏はもちろん二人の人間的な相性が物を言っているのでしょう。ピアノソロ後テーマの一部を用いてドラムと4バースが4回行われます。3回目のバース時にFarrellがリフの符割りを間違えて早く出てしまいます。Coreaは全く動じず平然とプレイを敢行、Farrellは動揺したのか更にリフ後半部分を出そびれ、ピアノのリフだけが演奏されます。それまでほんの些細な間違いは幾つかありましたが、緻密なユニゾンの多用がコンセプトの曲なので、この部分は相当目立ちます。ですが修正したりテイクを取り直していないのです(おっと、この頃にはまだお助けマシンのpro toolsは存在しませんでした!)。更に興味深いのは、ラストテーマ時にも出てくる、バースで用いたリフの部分を、多分Coreaがわざと間違えたように演奏している点です。Farrellの先ほどのミステイクを間違いにさせないようにする、機転の効いた対応なのでしょう、「実はこういうアレンジなのですよ」とばかりにフォローしたのです。Coreaの聡明さがひときわ輝き、このリカバーの存在がミステイクを正当化させている、「ジャズ演奏に間違いは存在せず、大切なのは如何に間違いを放置しないか」と言う事なのでしょう。当のCorea自体は常に完璧ですが。

2曲目FarrellのオリジナルCliche Romance、タイトルも曲想もグレイスフルなムードのボサノバ・ナンバー、良い曲です。テナーとエレクトリック・ピアノのユニゾンのメロディも心地良く、テナーソロは快調に飛ばしてストーリーを展開しています。随所に「ちょっと走る、音符が詰まる」タイム感が聴かれ、Farrellの持ち味といえばそうなのですが、この部分を修正し、極めていればより高みに登れたように感じています。昔どこかの音楽雑誌に彼のインタビューが掲載されていましたが、何かの質問に対し、付随して「テナーサックス奏者は一生に一度だけもの凄く練習をすれば良いんだよ」のような事を、お酒を片手に回答していたように記憶しています。彼の音楽観を自ら一言で語っていると思いますが、この大らかな感じが良い意味で演奏に現れているのではないでしょうか。続くピアノのソロは、スタイルがCoreaの盟友Stanley Clarkのアプローチと似ている、Bob Magnussonのベースラインと、良く絡まったインプロビゼーションを聴かせます。ベースソロを経てラストテーマへ。

3曲目はCoreaのナンバーからHigh Wire – The Aerialist、Chaka Khanのボーカルをフィーチャーしたアルバムで、以前にこのBlogでも取り上げた事のある82年作品「Echoes of an Era」にも収録されていますが、本作が初演に当たります。

いやいや、実に美しいナンバーです。耳に入ってくるメロディは自然体で巧みではありますが、実は難解なコード進行とリズムのシカケ、インプロビゼーションを行うにはこのタイトル通りに「高所に張り巡らしたワイヤー上の曲芸師」状態を強いられます(汗)。Lawrence Marableは全編にわたってブラシでドラミング、ナイスなサポートに徹しています。彼は29年5月生まれ、50年代から米国西海岸を中心に活躍している、Charlie Parker, Dexter Gordon, Zoot Simsらとの演奏経験もある大ベテランです。Magnussonのベースも軽快に、流麗にバックを務めます。ピアノ〜ベース〜テナーとソロが淀みなく続き、メンバーの高い音楽性を然りげ無く誇示してくれました。

4曲目はスタンダードナンバー、Kurt Weillの名曲Speak Low、外連味のない直球入魂の演奏です!イントロ無しで始まるテーマの、ブレーク他のリズムセクションの凝ったシンコペーションのシカケが実にヒップなアレンジです(ベース奏者が時たまシカケ後タイムが「えっ?」と揺れていますが…)。Farrelのテーマ奏も音色、音域、ニュアンスがジャジーな三位一体に聴こえます。テナーのピックアップからソロ本編へ、コンテンポラリーさがスパイスになった彼独自のウタを感じさせ、カッコ良くてグッときてしまいます!ここでもピアノ・バッキングの素晴らしさが光っていますが、仮に共演者が前述のGomez, Gaddだとしたら「Friends」でのように、バッキングにおけるリズムセクションのインタープレイで盛り上がってしまい、主人公は一体誰?状態になってしまうでしょう。続くピアノソロは演奏上のありとあらゆる事象に余裕と幅がある演奏を展開しており、共演者の発する音が全てクリアーに聴こえているように感じます。FarrellとCoreaのリズムに対する音符の位置の違いが、このくらいの早いテンポになると歴然と分かります。on topとlaid back、続く二人の8小節交換にそれが顕著に表れますが、対応するリズムセクションのサポートの巧みさに感心してしまいます。エンディングはいわゆる逆循のコード進行が延々と続き、Farrellが巧みにブロウしますが、Coreaとのやり取りが興味深く、曲中のソロ時よりも親密な会話を聴くことができます。エンディングに向けて次第に収束感を出し、予め決めておいた?フレーズを繰り出して無事Fineです。

5曲目はスタンダード・チューンのバラードYou Go to My Head、良い選曲です。Coreaの幻想的なイントロからテーマ奏へ、さりげないニュアンスとサブトーンを駆使したメロディが、曲の持つムードを的確に引き出しています。ピアノのバッキングの絶妙さは凄いですね!Coreaには演奏しながら本当に様々なサウンドが聴こえて来るのでしょう、眩いばかりの宝石を散りばめたかのようなコード感、フィルインの連続です。テーマ後は半コーラスピアノソロ、こちらでも申し分なしにサウンドの魔術師ぶりを発揮しています。きっとCoreaにインスパイアされたのでしょう、サビの部分でFarrell饒舌に上のオクターブを中心にソロを取り、その流れでメロディもオクターブ上げて吹いています。エンディングにはバンプが付け足され、その後カデンツァ時にトニックの半音上の音を一瞬吹いていますが、故意なのかたまたまなのか、「おっといけねぇ!」とばかりにすぐさまルート音に吹き換えています。

6曲目ラストを飾るのはFarrellのオリジナルBara-Bara、軽快なテンポでリズミックなキメもポイントになったこちらも佳曲、Freddie Hubbardと何回か共演したところ、たちまち彼のお気に入りナンバーになったそうです。ソロの先発Coreaはエレクトリック・ピアノで演奏します。右手のラインも素晴らしいのですが、左手から繰り出されるコードと、対旋律をイメージさせるラインのエグさが、まるでジキル博士とハイド氏の如く相反するサウンドを提供しています。続くテナーソロは本作中最もスインギーな演奏、良く伸びる音色でタイムもさほどラッシュせず、フレージングの繋がり、アイデア、音使いの斬新さ、シングルタンギングのタイトさ、イメージが終始持続しています。5’22″辺りでFarrellの吹いたフレーズに反応するCoreaのレスポンスが、もう1コーラス演奏しようかどうか迷っていたFarrellに、ソロを終えるようきっかけを与えたようにも聴こえました。ラストテーマは素直にキメの部分でFineです。

Joe Farrellは86年1月にCaliforniaの病院にて、骨髄異形成症候群で48歳の若さで亡くなりました。Michael Breckerも同じ病気を患い、白血病で2007年1月にやはり57歳の若さで亡くなっています。

2020.04.05 Sun

In Out and Around / Mike Nock

今回はピアニストMike Nockのカルテット編成による1978年録音リーダー作、「In Out and Around」を取り上げてみましょう。

Recorded at Sound Ideas Studio, New York City – July, 7, 1978 Produced by Mike Nock Executive Producer: Theresa Del Pozzo All Compositions by Mike Nock Label: Timeless Records

p)Mike Nock ts)Michael Brecker b)George Mraz ds)Al Foster

1)Break Time 2)Dark Light 3)Shadows of Forgotten Love 4)The Gift 5)Hadrians Wall 6)In Out and Around

理想的なサイドマンを擁し、全曲意欲的なオリジナルを巧みなインタープレイで演奏した素晴らしい作品です。アルバム録音78年当時はフュージョン・ブーム全盛期、このようなストレートアヘッドなアコースティック・ジャズをプレイした作品の方がむしろ珍しかったように記憶しています。George Mraz, Al Fosterら精鋭によるリズムセクションも注目に値しますが、フュージョン・サックスの担い手であるMichael Breckerの参加に耳目が奪われます。当時のシーンを賑わせていた諸作、例えばThe Brecker Brothers関係ではHeavy Metal Be-Bop, Blue Montreux Ⅰ,Ⅱ, The New York All Stars Live, Ben Sidran / Live at Montreux, Steve Khan / The Blue Man, ほかNeil Larsen / Jungle Fever, Richard Tee / Strokin’, Tom Browne / Browne Sugar, Al Foster / Mixed Roots…78年はフュージョン・アルバム大豊作、Michael参加作品も豊漁で、彼のサックス無しにはフュージョンは成り立たなかったと言っても過言ではありません。原体験した者にとっては感慨深げですが、最初に本作を聴いた時には正直余りピンと来ませんでした。全体的な演奏はひたすら端正でタイトなリズムが支配し、フロントMichaelはハイパー振りを披露してはいますが、聴く者に圧倒的なインパクトを与えるいつものぶっちぎり感は無く、何かに引っ張られ、羽交い締めにされているかの如くの抑制、ストイックさを感じ、彼の表現の最大の特徴である起承転結的ストーリー展開と結果として生じる爆発、そこに起因する爽快感が希薄な演奏と捉えていました(随所に小爆発はありますが)。明らかにいつものアプローチとは異なり、リズムセクション、特にピアノとのコンビネーション、インタープレイを徹底させています。仄暗さを伴ったユニークな曲想、美しいメロディと複雑なコード進行、FosterのPaiste Cymbal使用による乾いた音色のレガートと、Mrazの深い音色を湛えたon topでスインギーなベースとのコンビネーション、彼らの決して出しゃばらず、しかし出すところは毅然と的確にサポートしバックアップする。今は自分の耳がやっと演奏に追いついたのか〜めでたく第二次性徴を迎えたのでしょう、きっと(笑)!〜、本作が発する高次な音楽性を何とか受け入れる事が出来るようになったと思います。プレイヤー4人各々の音を各人どう受け止め、誰がどの様に絡んでいくのか、展開し変化するプロセスを楽しんで行く。個性的なオリジナルに対する柔軟なアプローチに懐の深さを覚え、同時に自分に照らし合わせ、音楽の聴き方も変わって行くのだと実感しています。

Mike Nockは40年7月、New Zealand Christchurch生まれ、 11歳でピアノを学び始め18歳の時にAustraliaで演奏活動を始めました。その後Berklee音楽院に入学、米国でも音楽活動を開始し63年から65年までYusef Lateefのバンドに参加しました。自己のフュージョン・バンドやスタジオ・ミュージシャンとしても活躍し、85年まで米国で過ごした後Australiaに戻りました。このレコーディング時には在米と言う事になります。今までに30作近いリーダー作をリリース、教育者としても精力的に現在進行形で活動しています。

CDは89年にこの黒色ジャケットでリリースされましたが(必要最小限のクレジットでは色気がありません)、78年レコードでリリース時のジャケットがこちらです。デザイン、イラスト、色合い、Nockの似顔絵、ロゴのレイアウト、メンバーの演奏写真等断然アーティスティックで、音楽の内容にもしっかりオーバーラップしています。

Nockの音楽性として20年以上過ごした米国のテイストよりも、生まれ育ったNew Zealand〜Australia=イギリス連邦〜欧州的、クラッシックを素養としたECM的なサウンドが聴こえてきます。実際ECM Labelから1枚アルバムをリリースしています。81年録音「Ondas」、ベーシストに名手Eddie Gomez、ドラマーに欧州を代表するJon Christensen。本作収録のShadows of Forgotten Loveを、Forgotten Loveと若干タイトルを変更して再演しています。プロデューサーManfred Eicherのサジェスチョンもあるのでしょう、見事にレーベルのカラーに相応しい演奏を展開しています。ピアノトリオということもあり、Nockのより耽美的でリリカルな演奏を楽しむ事が出来る作品です。

Mike Nock / Ondas

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目アップテンポのスイング・ナンバーBreak Time。テナー、ピアノ、ベース3者の強力なユニゾンのテーマからスタートします。まず特筆すべきは完璧な精度でのテーマ・アンサンブル、本作レコーディング自体1日で全曲を収録していますが、これだけの難易度の楽曲をこなすためには最低でも2日間は別日にリハーサルを設けていると考えられます。でも意外とこの百戦練磨のメンバーなので、当日スタジオに集まって譜面を配布され、その場で「せえのっ!」と容易く演奏したのかも知れません(汗)。本当にそうだとしたらとても嫌な事ですが(爆)。先発ソロイストはMichael、周りの音を良く聴きながらその場、瞬間で最も相応しい音の取捨選択を行い、自分自身が述べたい部分とNockの(尋常ではない)バッキングの主張との兼ね合いを瞬時に模索しつつ、素晴らしいグルーヴ、タイム間、申し分ないテナーの音色でソロを吹いています。この頃のMichaelのセッティング、既に何度か紹介していますが今一度、マウスピースはOtto Link Double Ring 6番、これはEddie Danielsから譲り受けた銘品、リードはLa Voz Medium Hard、リガチャーはSelmer Metal用、楽器本体はSelmer MarkⅥ Serial No.67853。

MrazとFosterの職人芸を通り越した芸術的なサポートがあってこそのアドリブ構築とインタープレイですが。また感じるのは、ここでの演奏のアプローチは当時のMichaelとしては異色と言えますが、当然ポテンシャルとして備わっていました。でもこの時点では本人にとって不十分極まりないと感じていたと推測しています。自分が出来ていない部分、欠けていると感じた点を自己の課題として真正面から真摯な態度で取り組んで行くのを信条としていたMicahel、自己鍛錬を怠らず、以降様々なアーティストとのレコーディングを経験して膨らませ、開花させて行ったと思います。表現の幅が経年と共にどんどん広がって行きましたから。

テーマ演奏後しばらくピアノはバッキングせずにテナートリオでの演奏、Nockスネークインして来ます。テナーのフレーズに応えたり、対旋律を提示したり、敢えて放置(多分)したりと、独創的で実に興味深いアプローチでのバッキングの連続です!1’58″あたりからの両者の絡み具合、2’10″あたりでのテナーのフリーフォーム的アプローチに対するバッキング、2’51″頃からのMichaelの盛り上がりに対する緊張感、3’40からテナーのフレーズを受け継ぎ、メロディの提示(暗示)によりテーマをインタールードとして演奏し、テナーソロが終了します。続くピアノソロではベース、ドラムが演奏を止め独奏状態になりますが、ここのサウンドはNock自身のオリジナリティに溢れたもの、しかしLennie Tristanoのテイストをどこか感じさせます。かなり唸り声が入っていますが、よく聴くとフレージングとおおよそユニゾンなので、インプロビゼーションに気持ちが入っているが故なのでしょう。ドラムがスネアロールからスネークイン、ベースも良きところで参加しますがここからの3者のグルーヴの素晴らしい事!ピアノのフレージングの独創性も佳境に入っています!ラストテーマにもごく自然に入りますが、その手前からのMrazの弾くラインの凄みは一体何でしょう?因みにアップテンポで様々なインタープレイが繰り出された、しかも途中にブレークが入る演奏なのにも関わらず、テンポが殆ど変わっていないのにも驚かされます。演奏が自然発生的であるがためでしょうが、と言う事はこれはやはり初見で演奏しているのでしょうか?(笑)

2曲目は美しいピアノタッチが印象的なイントロから始まるDark Light、ベースのラインもポイント高いです。Michaelのメロディ演奏がセクシーですが、テーマ終わりの難易度高い運指を駆使したメロディ・ラインでの、フラジオ音の確実さが流石です!ピアノソロからラインを受け継いでごく自然にテナーソロに移行しますが、こちらもMichaelの音楽性の為せる技でしょう。ベースソロが饒舌にして重厚、華麗なテクニックを聴かせます。一貫してシンバルを中心にし、皮モノのアクセント付けによるカラーリングが巧みなFosterも大健闘です。プレーヤー4人の音楽的バランスが良く調和した演奏です。

3曲目Shadows of Forgotten Love、かなり重いタイトルです(汗)、ピアノトリオ作「Ondas」ではForgottenが削除されたタイトル名になり、多少ヘヴィーさが緩和されました(爆)。前曲よりも幾分早いテンポですが比較的同傾向と言えるテイストで、むしろこちらの方がDark(Light)さは勝るように聴こえます。ピアノのイントロからベースも同一のパターンを継続し、テナーとピアノのユニゾンのテーマになります。始めはスネアのロールで、サビではタムを中心に、その後再びスネアのロールでカラーリングするFosterのドラミングが曲想と合致し、とても音楽的です。ラストテーマではそのカラーリングがバージョンアップし、更なる深みを表現しています。テナーソロはありませんが、メロディ奏だけで十分に存在感をアピールしています。ピアノをフィーチャーした形になりますが、実はピアノソロのバックで自在に、緻密に、大胆に、かつパーカッシヴに叩くFosterのドラミングを聴かせるためのナンバーであると感じています。曲の持つ内(うち)に秘めたエネルギーがNock自身の音楽性から離れて一人歩きし、ゆえに再演を行おうという願望を生じさせたのかも知れません。

4曲目はThe Gift、冒頭Michaelのメロウさの中にも切なさを湛えたメロディがたまらなく素敵です!息遣いまで聴こえる入魂のプレイは録音時29歳、様々な音楽を経験しメロディ表現の真髄に到達しつつあり、以降更に表現の深さを極めて行きました。Nockの伴奏も実にツボを得ています。Michael参加ピアニストHal Galper76年11月録音の作品「Reach Out!」収録、GalperとのDuoによるI’ll Never Stop Lovinng Youの歌い回し方も同様に素晴らしいです。

先発のNockのソロを、Mraz, Fosterの伴奏が的確に、確実にサポートしています。ピアノのトリルを受け継ぎベースソロ、そしてテナーと続きます。Michaelのアプローチはこの頃に良く聴かれたテイスト(例えばJoe Henライク)を発揮しています。そのままラストテーマに入り、エンディングでテナーのサブトーンが隠し味的に聴かれます。

5曲目Hadrians Wall、英国北部にある2世紀に作られたローマ帝国最北端に位置した城壁の事で、ユネスコの世界遺産にも登録され、EnglandとScotlandの境界線にも影響を与えているそうです。ケルト人の侵入を防ぐべく築城された英国版万里の長城ですね。Nockは61年にEnglandをツアーしたことがあり、その時に目の当たりにして感銘を受けたのかも知れません。耽美的なメロディとリズミックさが合わさったドラマチックなナンバー、コード進行も大変魅力的な曲です。メロディのテイストがまさにMichaelにぴったり、華麗にブロウしています。先発ピアノソロは作曲者ならではの、曲の持つムードとコード進行を上手くリンクさせて自身の唄を巧みに歌っています。続くMichaelは案の定水を得た魚状態、本作で最も”Michael Breckerらしい”歌い方の演奏を聴くことが出来ます。その後のMrazのソロもMichaelにインスパイアされたのでしょうか、実に魅力的なアドリブを築城、いや構築しています(笑)

6曲目ラストを飾るのはタイトルナンバーIn Out and Around、アップテンポでテーマのメロディとリズムセクションとが巧みにCall and Responseを行う曲想、スリリングな演奏は本作のハイライトと言えますが、目玉の演奏をラストにする手法、実は僕自身お気に入りなのです。敢えて冒頭に置かず全曲を聴き通し、オーラスに最も聴き応えのある曲が鎮座している方が、作品を鑑賞する醍醐味と感じます。評判のラーメン店で最後に残しておいた特製チャーシューを食べる感じでしょうか?(ちょっと違いますね、汗)。テーマ終わりに聴かれるピアノのフレーズに被ったテナーのフィルインが何気にカッコイイです!先発Nockのソロ、テクニカルにUpper Structure Triadを多用しつつ、スインギーにアドリブしている様は圧巻です!Mraz, Fosterのサポートも申し分無し!このリズムセクションと是非一度お手合わせしたいものです!続くMichaelはNockのテイストを確実に受け継ぎソロをスタート、自己の主張とリーダーの音楽性、曲自体が持つテイスト、共演ミュージシャンの発するサウンドを瞬時に合わせ、かき混ぜ、音のメルティングポット状態としてアドリブを展開しています。コード進行が複雑で難解な部分が手枷足枷となり、ここをクリアーすることでグルーヴ感が生ずるはずなのですが、Michaelなかなか手こずっているようにも感じます。続くMrazのベースソロ、いやいや、このテンポでしかもフロント2人の物凄い演奏の後、気持ちの切り替えがさぞかし大変だったと思いますが、さすが手練れの者、全く動じず素晴らしい演奏を聴かせます!改めて超弩級のベーシストと認識しました!その後テナーとピアノが互いをダンボの耳状態で聴きながらのソロ同時進行、いやーこちらも凄いです!ラストテーマを無事迎えFine!

2020.03.27 Fri

Please Mr. Jackson / Willis Jackson

今回はテナーサックス奏者Willis Jacksonの1959年録音初リーダー作「Please Mr. Jackson」を取り上げたいと思います。

ts)Willis Jackson org)Jack McDuff g)Bill Jennings b)Tommy Potter ds)Alvin Johnson

1)Cool Grits 2)Come Back to Sorrento 3)Dink’s Mood 4)Please Mr. Jackson 5)633 Knock 6)Memories of You

Recorded: May 25, 1959 Studio: Van Gelder Studio, Hackensack, New Jersey Label: Prestige PR7162 Producer: Esmond Edwards

Willis “Gator Tail” Jackson、並み居るホンカースタイルのテナー奏者の中で実はこの人が真打かもしれません。日本ではあまりその存在を知られていませんが、米国では絶大な人気を誇り、リーダーアルバムを40枚以上リリースしています。32年4月Florida州Miami生まれ、15歳の時にピアノを始めましたがHerschel Evans, Lester Young, Ben Webster, Charlie Parker, Coleman Hawkins, Illinois Jacquet達サックス奏者に多大な影響を受け、すぐにテナーに転向しました。ほどなくCootie Williamsのバンドに参加、そこで録音したJacksonのオリジナルGator Tail Part 1, 2が49年にヒットを遂げました。彼のミドルネームはこの曲から付けられたのは言うまでもありません。

40年代から50年代にかけてJacksonのサイドマンでの演奏を集めたコンピレーション・アルバム、こちらにGator Tail Part 1, 2が収録されています。

56年米国TV番組The Ed Sullivan Showに自己のバンドで出演し、ヒットチューンGator Tail Part 1を超高速で、凄まじいテンションを伴って演奏した映像が残されています。僅か2分強の演奏時間ですが、この演奏でJacksonはホンカー・サックス奏者としての真価を見事に発揮し、その評価を決定付けたと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=7-is9GsxCT0 クリックしてご覧下さい。

ここでの演奏に於けるJacksonのパフォーマンスの数々(身体を揺らす、くねらせる、楽器を振り回す、ブリッジする、Lester Youngの如く楽器を横向きに構える、ステップしながら〜座りながら〜膝まずきながら吹く、同じ音をひたすら執拗にグロウルしながら吹き続ける、急に口からマウスピースを離したと思えばいきなり咥え直し、ほおにマウスピースが刺さらないかと危惧してしまうほどの早技、リードに歯を当ててフリークトーンを鳴らす、感極まって叫ぶ(何度も!)、クライマックスでは楽器を客席に向かって投げ飛ばす素振りをし、そのまま走り去る等、とにかくギンギンになり切っています!)、信じられない程のエネルギー、集中力、テナーが壊れそうなくらいに鳴っている超極太の音色を携えた演奏から、ホンカーとは一体何者か?どのような演奏スタイルで、パフォーマーとしてどんな技を見せてくれるのか?その定義の全てを体感させてくれて、余りあるものがあります。司会者Ed SullivanもJacksonを始めとするバンドのメンバーの(Jacksonと一緒に最後はジャンプしながら吹いていました!)、あまりの弾けぶりに驚いたような、呆れたような顔を見せています。ここでのプレイと比べれば、本作の演奏は随分と大人しく聴こえますが、27歳にしての初リーダー作、一度原点に帰っての演奏に徹底したようにも聴こえます。参加メンバーは当時のJacksonグループのレギュラー・メンバーですが、ベーシストTommy Potterはこのレコーディングのために加わったそうで、普段はテナーJackson、ギターBill Jennings、オルガンJack McDuff、ドラムAlvin Johnsonのカルテットで演奏活動を行っていたようです。ホンカーは豪快で男性的、さらに極太感が必須のテナー・プレーヤーです。筆頭に挙げられるのがEddie “Lockjaw” Davis, Big Jay McNeely, Illinois Jacquet達ですが、Jacksonの表現は彼等よりもよりワイルドで大胆、しかし繊細さや色気も十二分に併せ持ち、言うなればホンカー道を極めているマエストロです。本作の演奏にも随所に聴かれる遊び心がそれらを裏付け、余裕すら感じさせます。

本作録音日の59年5月25日にレコーディングされたナンバーは本作を含め、4枚のアルバムに分散してPrestige Labelからリリースされました。これらをまとめてBonus Track 2曲(Tommy Potterが抜けたQuartet編成で、シングル・レコードとしてリリースされたテイク)を追加し、合計16曲を1枚のCDに(!)収録した超お徳用アルバムが、SpainのFresh Sound Records(FSR)からリリースされています。「A One-day Session 05/25/’59」、これでレコーディング当日の全貌が明らかになりました。FSRはこの手の作品のリリースがお手の物で、色々なアーティストのAll-in-Oneアルバムが発売されています。

それでは演奏に触れて行きましょう。1曲目はJackson, McDuff, Jennings 3人の共作Cool Grits、曲自体はブルースでキーはF、メロディらしいメロディも無いのでとりあえずキーだけ決めてブルースを演奏したように思います。ベースのウオーキングから始まりドラムが加わり、オルガンがソロを取り始めますがこの時点である種のムードが出来上がります。ギターがカッティング開始、テナーがそれに合わせごく小さい音でバックリフを入れます。続いてギターソロが始まりますが、オルガンとフルアコ・ギターの音色のブレンド感で、こちらもすっかり雰囲気が整います。今度はオルガンのバッキングにテナーが合わせ、引き続きテナーソロが始まります。音量を抑えたサブトーンの権化、付帯音の塊のような音色は超好みです!Jacksonの楽器セッティングですが、マウスピースはOtto Link Metal Florida 10番、リードはおそらくRicoの3半あたりでしょうか。テナー本体は名器Conn 10M、ジャケ写にも見られるネック部分の羽根付き餃子のようなヒレが特徴です。ブロウ自体も抑圧されたクールさの中に熱いホンカー魂をチラチラと感じさせます。前出のEd Sullivan Showでのパフォーマンスとは真逆ですが、いきなり玄関から土足で乱入とはせず、まずは丁寧なご挨拶から。ソロの後半で一瞬オフマイクになるのはMcDuffにバトルを始めようぜ、と合図を出すためでしょう、レコーディングでのこの手のやり取りには生々しさを感じます。

2曲目Come Back to Sorrentoはとても意外な選曲になります。そしてこの演奏の存在が本作の価値をグッと高めました。SorrentoはItalyのNapoliにある都市で風光明媚なリゾート地として有名です。この曲もカンツオーネの名曲としてLuciano Pavarottiを始めElvis Presley, Connie Francisが、ジャズボーカルではFrank Sinatra, Dean Martinたちに歌唱され、ビッグバンドではStan Kenton、あと我らが原信夫とシャープス&フラッツが取り上げていますが、コンボ演奏で取り上げられたのは本作くらいではないでしょうか。美しいナンバーですがシンプルなメロディの曲なので大きな編成でアレンジをしっかりと施し、曲全体をバックアップしなければなかなか形にするのが難しいと思います。中学校の唱歌でも取り上げられていましたが、その次元であれば何ら問題はないでしょう、ジャズの小編成では何か特別な策を講じなければレコーディングして残すのは困難です。ここでは何と言ってもJacksonのテナーの歌い回しが本当に素晴らしく、リズムセクションのまるでLas Vegasのショウ仕立ての如きゴージャスな(幾分大げさな)バッキングを受けて、オンマイクで超ピアニシモでの音量を中心に、深い音色で様々な振幅、波形のビブラート、ベンド、グリッサンド、1’38″で聴かれるキスのような「効果音」(笑)などを駆使し、甘く切ないニュアンスと絶妙にブレンドさせ、Sorrentoのメロディをドラマチックに歌い上げているのです。彼の楽器コントロールのテクニックは申し分ありません。そしてそして、2’23″からテナーのきっかけでテンポが設定され、ここから始まるテナーのフレーズと、リズムセクション兼コーラスチーム(?)とのやり取り、Jacksonの吹いたフレーズを耳コピーして即座に反復するCall & Responseの見事で楽しげな感じと言ったら!音程が気になる部分もありますがそこはご愛嬌、実にスポンテニアスです!その後3’11″からはRock ‘n’ Rollの時間です!1コーラスをまさしくホンカー・テイストでグロウルしながらブロウし、リタルダンド、カデンツァを経て曲のトニック音であるテナーのG音をフラジオで伸ばしますが、リズムセクション全員から「もっと高く!」と促され(笑)、その上のA音、そしていかにも頑張った風に〜お決まりなのでしょうが(笑)〜更に上のD音まで出し、リズム隊のお許しが出て(笑)、1曲丸々吹きっぱなしコーナーは目出度くFineです。実はStan Kenton Orchestra 46年の演奏で、当時楽団専属の名テナー奏者Vido Musso(Napoli近くのSicily島出身)をフィーチャーしたバージョンが(アレンジはPete Rugolo、この人もSicily島出身)、こちらがある程度ベースになっていますが、本テイクの説得力の方に確実に軍配が上がります。

Come Back to Sorrento収録のStan Kenton Orchestra作品「Artistry in Rhythm」

3曲目はMcDuff, Jackson 2人の共作Dink’s Mood、ミディアム・スロー、いや、早めのバラードとしてのテイストが心地よい、McDuffのオルガンをフィーチャーしたナンバー、バックビートに隠し味に聴こえるギターのカッティングも魅力的です。Jacksonはメロディを演奏するだけですが、実にムーディで豊かな表現に徹しています。

4曲目は1曲目と同様に3人の共作で表題曲Please Mr. Jackson。オルガンのイントロから始まりテナーのグロウル、クレッシェンドするフィルインが入りつつ曲が進行しますがこちらもブルース、その場で簡単な打ち合わせをしただけで演奏を開始した風が感じられます。テナー、ギター、オルガンとソロが続きますがJacksonはここでもオブリガードを入れつつ、伴奏にも良い味を出しています。

5曲目はJenningsとピアノ、オルガン奏者でJenningsのかつてのボスであったBill Doggettとの共作633 Knock、メロウなメロディが小気味良く、シンコペーションがスイング感を提供してくれるA-A-B-A形式32小節のナンバーです。テーマ後ギターソロになりますが、Jackson再びオブリを入れつつ、次の自分のソロに繋げています。All of Meのメロディ引用が聴かれますが、引用(早い話ダジャレですね)もホンカーの技の一つなのです。オルガンソロに続きファンキーな雰囲気が一層醸し出されます。ラストテーマのサビ後でのメロディのニュアンス付けや、エンディングのキメが他には無くオシャレなので、この部分はかつてのボスの音楽的采配があったように感じます。

6曲目ラストはスタンダード・ナンバー Memories of You、こちらは案の定テナーの低音域でのメロディ奏をメインにしたサブトーン大会です!少しばかりオルガンのバッキング音量が大きくて支配的、せっかくの魅惑のテナー・サウンドには出しゃばり気味ですが、むしろこのくらいの猥雑な感じがホンカーらしいのかも知れません。テーマ後にメロディアスなギターソロ、サビからテナーが復帰しますがオクターブ上の音域でむやみやたらに(爆)ブロウ、カデンツァではこれぞ正統的ホンカー然と、サブトーンや発展型キス奏法(笑)を駆使し、場面をこれでもかと盛り上げています。

2020.03.17 Tue

Comin’ On / Dizzy Reece

今回はトランペッターDizzy Reeceの1960年録音リーダー作「Comin’ On」を取り上げたいと思います。モダンジャズ黄金期に録音されたにも関わらず40年近くオクラ入り、99年にアルバム2枚分をカップリングした形でリリースされました。

tp, conga)Dizzy Reece ts)Stanley Turrentine ts, fl)Musa Kaleem (track 6-9) p)Bobby Timmons (track1-5), Duke Jordan (track 6-9) b)Jymmie Merritt (track 1-5), Sam Jones (track 6-9) ds)Art Blakey (track 1-5), Al Harewood (track 6-9)

1)Ye Olde Blues 2)The Case of the Frightened Lover 3)Tenderly 4)Achmet 5)The Story of Love 6)Sands 7)Comin’ On 8)Goose Dance 9)The Things We Did Last Summer

Recorded at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey on April 3 (track 1-5) and July 17 (track 6-9), 1960 Producer: Alfred Lion Label: Blue Note

充実した内容の作品です。録音当時にリリースされたのならばジャズの定番の1枚になっていたかも知れません、世に出る時期が大切な事を感じます。本作は1960年4月3日と7月17日に行われた二つのセッションから成っています。リズムセクションは全く異なりますが、共通するミュージシャンとしてはリーダーDizzy Reeceの他にもう一人、テナーサックス奏者Stanley Turrentineです。4月3日の方のメンバーは彼ら二人のフロントにピアノBobby Timmons、ベースJymmie Merritt、そしてドラムArt Blakey、当時のArt Blakey and the Jazz Messngers(JM)のリズムセクションがそっくりそのまま参加しています。本作レコーディング1ヶ月前の3月6日にはJMの作品「The Big Beat」が録音されていますが、JMの音楽監督がBenny GolsonからWayne Shorterにちょうど交代した時の作品です。

Golsonも優れたテナー奏者かつ稀代のメロディメーカー、彼の作曲したナンバー、名曲の数々はジャズのスタンダードとして現在でも愛奏されています。彼が音楽監督時の58年10月30日録音、JMの代表作にして傑作「Moanin’」が翌59年1月にリリースされています。

新音楽監督Shorterの持つ音楽的ポテンシャルに、Blakeyはさぞかし期待に胸を膨らませた事でしょう。自己のリーダーバンドJMが彼の音楽的サジェスチョンによりどんな風に成長していくのか、変化していくのかにもワクワクしたと思います。Blakeyにとって音楽家としての何度目かのピークを迎えつつある時期といって良いでしょう。本作でのドラミングの弾けぶりからもその事が手に取るように伝わりますが、物凄いテンションです!「Lee(Morgan)とWayne(Shorter)も素晴らしいけど、今日はまた違う二人のフロントとお手合わせ、楽しみだ!」とか何とかBlakey考えながらNew Jerseyのスタジオに向かった事でしょう。他メンバーの演奏については後ほど改めて触れるとして、リーダーReeceについてご紹介しましょう。31年1月中米Jamaica, Kingston生まれで現在89歳、現役ミュージシャンとして今も演奏しています。16歳からプロ活動を開始、48年に渡欧し主にParisを拠点に活動しました。Don Byas, Kenny Clark, Frank Foster, Thad Jonesらと共演し、渡欧中のMiles DavisやSonny Rollinsにその才能を称賛され59年に渡米、NYCに進出します。在欧時に既にリーダー作を発表していますがそれとはまた別に、この当時にしては珍しくVan GelderスタジオではないLondonのDeccaスタジオで58年8月に録音された「Blues in Trinity」BST 84006が、Blue Note Label(BN)から59年にリリースされています。自分で企画して録音した音源を持ち込んだのでしょうか、米仏混合ミュージシャンたちと演奏しています。

本格的なBNへの作品は59年11月録音の「Star Bright」になります。もちろんVan Gelderスタジオでのレコーディング、Alfred Lionプロデュースです。メンバーはHank Mobley, Wynton Kelly, Paul Chambers, Art Taylorら当時のMiles Davis Quintetがらみの人選による作品です。

思うにLionたちBN首脳陣はReeceの作品をどのような展開で制作して行けば良いかを算段し、やはりモダンジャズ黄金の組み合わせ、トランペット、テナーサックスがフロントのクインテット編成とし、テナーには前年59年Max Roachのバンドに参加し頭角を現してきた俊英Stanley Turrentineを起用し、リズムセクションには今が旬のBlakeyを筆頭にしたJMトリオで行こうと。ちなみにReece, Turrentine2管のフロント作品にはDuke Jordanの代表作60年8月録音「Flight to Jordan」もあります。

またTurrentineのリーダーBN第1作目として同時期60年6月に「Look Out!」が録音されています。

当時の若手の充実した作品が目白押しの60年前後のBN、関係者は満を持して本作「Comin’ On」のレコーディングに臨んだと思います。Reeceのブリリアントでビッグトーンのトランペットはラテンの血の成せる技でしょう、ニュアンスやフレージングには米国人とは違いを感じる時があります。さらに欧州で10年近く渡欧組の米国ミュージシャンと切磋琢磨し、ジャズを身に付けたバックグラウンドもあり、ジャズマンとしての素養や魅力、存在感も抜群です。本作収録1曲目から5曲目がJMトリオとの演奏になります。

演奏について触れて行きましょう。1曲目ReeceのオリジナルYe Olde Blues、アップテンポのブルースフォームのナンバーです。冒頭いきなりテナーソロが始まり、しかもテーマ演奏がなく延々と続くリーダー以外の奏者のソロに意表を突かれますが、Turrentineの魅惑の音色、26歳にして既に自身のトーン、ニュアンスを確立しており、フレーズ語尾のビブラートが堪りません。ソロのアプローチも十分にオリジナリティを感じさせます。その後ろで大暴れするBlakeyのドラミング、シャープなシンバルレガートはもちろん、連発されるナイアガラロール、フィルイン、演奏する事が嬉しくて、楽しくて仕方がない、まるで思春期の少年を思わせる溌剌ぶりです!Timmonsのバッキングも見事にBlakeyと連んでいます!1コーラスのテーマを経てReeceのソロがスタート、楽器が鳴りまくり状態、全ての音域がムラなく響いています!フレージングはClifford Brown直系のスタイルですが、間を生かしつつ巧みなラインを聴かせます。ここでもコーラスやソロイストの交代時に繰り出されるBlakeyのアプローチのスリリングな事!Timmonsのスインギーなソロにスイッチしてからは様子を伺いつつ、シンプルにサポートするメリハリが素敵です!その後テナーだけでドラムと2コーラスの4バース、同様にトランペットだけで4バースが2コーラス行われますが、冒頭部分での意表をついたテナーソロの展開を踏襲し、演奏に一貫性を持たせています。

2曲目もReeceの曲でThe Case of the Frightened Lover、印象的なイントロからテーマが始まりますが、ユニークなメロディラインを有したナンバーです。コード進行にも一捻り加えられた、ソロイストにはハードルが一段階上げられたオリジナル。ここでも印象的なのがMerrittのベースです。on topでタイト、Blakeyのトップシンバルとのコンビネーションは申し分ありません!女房役という言葉がぴったりのサポートです。ソロ先発のReece、半音進行のコード・チェンジに対しスキーやバイクのスラロームの如くアボイド・ノートを避け、効果的な音を選んで巧みに蛇行したアドリブラインを作っています。この事は次のTurrentineのソロにも同様、いやそれ以上に言えますが、BlakeyのドラミングのレスポンスがReeceの時よりも活発なのはTurrentineの演奏にインスパイアされている証拠でしょう。ここでもTimmonsのソロは明快でスインギーです。ピアノソロ後にトランペットとテナーが半コーラスづつソロを取りラストテーマへ。

3曲目はTenderly、Reeceは美しいメロディをピアノ伴奏だけで朗々とルパートで吹いていますが、バラードで表現すべき哀愁やしっとり感があまり感じられません。ラテン系のミュージシャンにはマイナーやブルーノートという概念が希薄だ、という話を聞いたことがありますし、その事を他のミュージシャンの演奏で感じた事があります。ルパート後も直ぐにミディアム・スイングでのソロになり、インプロビゼーションを聴かせるための素材扱いの如しです。続くTurrentineのソロには何とも言えない色気やサブトーンでの味わい、歌い回し、ファンキーさが表現されており、ミディアム・スイングでもバラードの延長線としてのプレイ、必然性を感じ取ることが出来ます。ピアノソロ後ドラムのフィルイン・フレーズを模してトランペットが再登場、ラストテーマはシャッフルのリズムにての演奏、リタルダンド、カデンツァでFineです。

4曲目はReeceのナンバーAchmet、冒頭ではBlakeyの繰り出すラテンのリズムにReeceのコンガ(!)が絡みますが、大変な躍動感です!さすがJamaica, Kingston出身!打楽器のお手並みも持ち合わせています。1’49″まで饗宴は続き、Reeceはトランペット奏者に戻るべくコンガ演奏を終え、その後はBlakeyのソロになります。曲自体はかなりアップテンポのスイング、リズミックな曲です。ソロ先発はTurrentine、テンポが速いにも関わらず低音部分を必ずサブトーンでふくよかに鳴らしています。リズムセクションの安定感も聴きものです。Reece, Timmonsと軽快にソロが続き、再びBlakeyのソロを迎えますが、ここでの皮モノを中心に拘ったドラミングは実に見事、抜群のテクニックを見せつけ、ラストテーマに突入しFineです。

5曲目The Story of LoveはA Love’s Storyとも呼ばれる、パナマ人作曲家Carlos Eleta Almaranが書いたナンバー。56年の同名Mexico映画の挿入曲として使われたことで広く知れ渡り、古今東西多くの歌手に取り上げられているラテンの名曲。日本でもかつて毎夜毎夜ナイトクラブやキャバレーで必ず演奏されたレパートリーの1曲です。ドラムのイントロに始まり、興味深いアンサンブルを伴ってトランペットのメロディが奏でられます。ここでのReeceの音色は曲の雰囲気にとても合致していて華やいでいます。サビはスイングになり、Turrentineの登場、この手のメロディ奏は実にお手の物、その後のテーマ部分も引き続きテナーが担当し、ムードを高めています。ソロはスイングになりReeceが先発を務めます。ソロのアプローチが実に巧みで歌っているのですが、ちょっと真面目過ぎるかな、と。この手のムーディな曲では遊び心が特に大切だと感じるのですが、続くTurrentineの演奏は彼が本来持つリラクゼーションが遊び心を誘発し、聴き応えのある演奏に仕立てていると理解しています。

ここまでがReece, Turrentine, JMトリオでの演奏になりますが、既にアルバム1枚分のボリュームがあります。当時リリースされなかった理由を考えても演奏の素晴らしさ、選曲やアレンジの充実ぶりから思い当たる点はないのですが、強いて挙げるならばBNはJMを売り出そうとしていたので、リズムセクションが全く同じではキャラが被ってしまうのを避けたかったのではないかと。その後Reeceは62年3月録音の作品「Asia Minor」をPrestige傍系New Jazzに録音、「Comin’ On」がリリースされないと判明したのでしょう、本作収録The Story of Loveをほぼ同じアレンジで、もう1曲Achmetの方は異なったアレンジを施し(タイトルも単なる誤植かも知れませんがAckmetになっています)Joe Farrell, Cecil Payne, Hank Jones, Ron Carter, Charlie Persipらと演奏しています。

後半のメンバーをご紹介しましょう。ピアノDuke Jordan、ベースSam Jones、ドラムAl HarewoodのリズムセクションにReece, Turrentine、更にもう一人テナー奏者Musa Kaleemが加わり、tp, ts, tsの変則3管編成となりアンサンブルに厚みが加わります。Kaleemですが21年1月West Virginia州出身、本名はOrlando Wright、Mary Lou Williams, Fletcher Hendersonらと共演、40年代にはBlakeyのコンボにも在団したそうです。同じ楽器が二人いればどうしても比較対象となりますが、Turrentineに聴き劣りすることのない音色、プレイを展開しています。

6曲目ReeceのオリジナルSands、トランペットの主旋律とテナー2管のアンサンブルとのコール&レスポンスが効果的なナンバーです。ドラマーが替わった事で随分と印象が変わっています。動のBlakeyに対し静、と言うより堅実のHarewood、JordanのバッキングやJonesのラインもくっきりと聴こえます。派手さとテクニック、華はダントツBlakeyの方に軍配が上がりますが、バンドアンサンブルを引き立てるのはHarewoodの方が適任です。ソロの先発はTurrentine、4月の演奏時よりもタイムが安定してレイドバック感が心地よく聴こえますが、こちらの録音当日の調子が良かったのか、3か月の間に進歩を遂げたのか、いずれにせよグレードアップした内容です。続くReeceのソロも同じくタイムがより安定して聴こえます。ひょっとしてHarewood他サポート上手なリズムセクションを得て、単純に落ち着いて演奏が出来ただけなのかも知れませんね。Blakey率いるリズムセクションとの共演では彼らと対峙する形になってしまいますから。そしてKaleemの登場です。深い音色、豊かなニュアンス、グルーヴ感、これは只者ではありません!フレージングが誰かによく似ていると感じましたが、これはBenny Golsonじゃありませんか!!ひょっとしてGolsonが変名を使って参加したのでは?とまで考えてしまいましたが違います。そしてKaleemの方が10歳近く年上なので、ひょっとしたらGolsonの方が演奏の影響を受けているのかも知れません。ピアノとReeceの短いソロを経てラストテーマへ。

7曲目Reeceのオリジナルで表題曲Comin’ On、ベースの短くともツボを得たスインギーなソロ、さすがSam Jonesです。引き続きイントロが始まりますが曲自体はブルース、メロディのスペースをたっぷりと取ったファンキーなテイストが、更にリラックスした雰囲気を醸し出します。テーマの最中からKaleemのソロが始まります。Golsonライクな音色は彼と同じ楽器セッティングを思わせますが、やはりOtto Linkメタル・マウスピース、オープニング10番、リードLa Voz Hardあたりのヘヴィー仕様のユーザーなのでしょうか?2’22″でソロがTurrentineにチェンジしますが音色とソロのアプローチの違いがはっきりしていて興味深いです。Turrentineのブルージーさが印象的でホンカー・テイストも感じます。続くJordan、Reeceのソロも好調ぶりを聴かせています。

8曲目Goose DanceはテーマでKaleemのフルートを効果的にフィーチャーしたナンバー、なかなかの佳曲です。Reeceの演奏も、4月の録音時よりもリラックスしているようです。Kaleemのテナーの音色には抜けきらない、こもった成分が聴こえますが、これがハードなセッティングを感じさせる要因でもあります。Turrentineの好調ぶりはここでも発揮され、ファンとしては嬉しい限りです。ラストテーマでは再びKaleemのフルートが聴かれます。

9曲目ラストを締めるのはReeceワンホーンによるバラードThe Things We Did Last Summer、Sammy Cahn, Jule Styneの作詞作曲コンビによるナンバーで61年4月同じくトランペッターTed Cursonのアルバム「Plenty of Horn」での、Eric Dolphyと演奏しているヴァージョンも印象的です。

4月収録のTenderlyよりも深い表現を聴くことが出来ますが、2曲のバラードを聴き比べての上での印象、この曲単体ではいささか物足りなさを感じそうです。Blakeyトリオに演奏を掻き回された(笑)テイクには緊張感がみなぎっていますが、それもまたジャズの醍醐味、本作はテンションとリリースの二種類のセッションが収録された他にあまり例を見ない、ユニークな内容の作品に違いありません。

2020.03.09 Mon

La Vita e Bella / Bob Mintzer, Dado Moroni, Riccardo Fioravanti, Joe La Barbera

今回はテナーサックスBob Mintzer、ピアノDado Moroni、ベースRiccardo Fioravanti、ドラムJoe La Barberaらのカルテットによる2005年イタリアでのライブ作品「La Vita e Bella」を取り上げてみましょう。

Live Recording at the Art Blakey Jazz Club, Community Giovanile, Busto Arsizio, Italy on 4 and 5 December 2005. Produced by Achille Castelli Exective Producer: Mario Cacci Label: Abeat Records, Italy

ts)Bob Mintzer p)Dado Moroni b)Riccardo Fioravanti ds)Joe La Barbera

1)The Gathering 2)La Vita e Bella(Life Is Beautiful) 3)Re Re 4)Kind of Bill 5)Bradley’s 2 Am? 6)After 7)Ninna Anna 8)Invitation

イタリア、アメリカのミュージシャン二人づつの伊米混合の編成、参加メンバー全員が自曲を持ち寄り、レギュラーバンドの如きグレードの高い演奏をライブ録音で繰り広げています。何よりレコーディングの音質、クオリティに徹底的にこだわった素晴らしい録音状態です。各々の楽器の音像、音質、定位、バランス、そして最も感じるのはライブ会場のアンビエント(環境という意味ですが音楽用語として会場の箱鳴りの事をいう場合があります)の豊かさですが、臨場感がハンパないです。ライナーノーツには各楽器への使用マイクロフォンやミキサー、コンプレッサー、イコライザー、録音卓、モニターetcの使用録音機材が実に詳細に記載されていますが、プロデューサーやレコーディング・スタッフのこだわりなのでしょう。これだけのクオリティの音質を収録出来た自負もあるのでしょうが、専門外なのでどれだけ凄い事なのか、自分には残念ながら馬の耳に念仏状態です。同じくMintzerが参加した作品09年録音「Standards 2 Movie Music」は映画音楽の名曲にジャズアレンジを施した作品、小唄感が心地良く、こちらはライブハウスではなく小ホールのステージを利用し、ライブレコーディングを行っています(オーディエンスは不在ですが)。共演メンバーはドラムPeter Erskine、ピアノAlan Pasqua、ベースDarek Olesの人選も適材適所です。録音状態も良く似た傾向の豊かなアンビエントで臨場感を伴った、そして外連味のないハイクオリティな演奏内容です。「La Vita e Bella」が数多くの異なったタイプのマイクロフォンを用いて楽器の音を細分化して収録し、録音後にPro Tools(デジタル録音、編集に欠かせないソフト)を用いて音の取捨選択(例えて言うならば音像を2次元として捉え、必要ない部分を消しゴムで消したり、強調したい箇所は立体的にうず高く盛り上げたり、反対に平らにする、PCを用いてレイアウトする編集作業です)をミキシングで徹底的に行うことでアンビエントを作り出しているのに対し、「Standards 2」は言わば真逆の状態、ダイレクト・2トラック・ステレオによる録音でマイクロフォンを左右に1本づつをメインに、補助的にセンターに1本、合計3本のマイクロフォンだけで収録しますが、録音開始前にマイクロフォンの位置をシビアにセッティングすることが絶対条件です。わずか1cmマイクロフォンの位置がずれただけでバランスと音像が激変してしまいますから。4人のミュージシャンの立ち位置、楽器の音の被り具合、その音量、ダイナミクスを見極めてちょうど良い位置にマイクロフォンをセッティングするのです。録音後ミキシングは行われない、と言うか、微調整すること自体が不可能、つまり始める前に全ての音を作り上げておく訳ですね。全く異なった録音方法にも関わらず同傾向の良い音で録音されるのが可能なのには驚かされます。もちろん最終的にはレコーディング・エンジニアの感性が物を言う事になりますが。

本作録音はMilanoの北に位置する基礎自治体(市町村や東京23区に該当します)Busto ArsizioにあるArt Blakey Jazz Clubで行われました。店の名前が良いですね、Italyは昔から米国のJazzに畏敬の念を持ち、Jazzを愛し、現在も素晴らしいミュージシャンを輩出しています。まずは参加伊国ミュージシャンを簡単にご紹介しましょう。ピアノ奏者Dado Moroniは62年Genoa出身、独学で学び17歳にして初リーダー作をリリースしました。渡米をきっかけに多くの米国プレーヤーと共演し、87年にはThelonious Monk Competionで優勝の栄誉に輝きました。Italyを代表するピアニストのひとりです。ベース奏者Riccardo Fioravantiは57年Milano出身、同様に多くの米国ミュージシャンと共演を果たし、05年に初リーダー作「Bill Evans Project」を自己のトリオ(Bass, Guitar, Vibraphone)で発表し、音楽性の高さからその名を不動のものにしました。

参加米国ミュージシャン、ドラマーJoe La Barberaは48年New York州生まれ、最晩年のBill Evans Trioのメンバーとして活躍した事で有名です。父親にドラムの手ほどきを受け、その後Berklee音楽院で学びました。テナー奏者Patとトランペット奏者Johnは実兄にあたります。Bob Mintzerは当Blogでも度々登場したテナーサックスの第一人者、彼の参加が本作の価値を否応なしに高めています。

La Barbera参加Bill Evans79年録音作品「We Will Meet Again」

それでは曲毎に見て行きましょう。1曲目MintzerのナンバーThe Gathering、ブルースですがサビが付けられたいかにもMintzerらしいナンバーです。冒頭に会場の演奏前のざわめきが20秒ほど収録されていますが、ライブレコーディングという事を宣言しているかの如し、ムードが高まります。奥行きをしっかりと感じさせつつ各楽器の音像はクリアーで、バランス感も抜群の録音はリラックスしたムードの演奏と相俟ってとても心地良いです。先発ソロはMintzer本人、実に好みのテナーの音色、タイム感やフレージングのテイストもある種僕自身の理想です。続いてFioravantiのベースソロ、こちらもアコースティックな木の音がする音色で、正確なピッチ、スインギーなラインに好感が持てます。Moroniのピアノはコンテンポラリーな中にもオーソドックスなテイストがバランス良く入った、例えるならばサシの入った高級和牛の霜降り肉状態、深い味わいを堪能させてくれます。その後ラストテーマを迎え、オープニングに相応しい演奏となりました。

2曲目はタイトルナンバーLa Vita e Bella、英語表記ではLife Is Beautiful、Academy賞ほか世界中の各賞を総なめにした97年の同名イタリア映画の主題曲です。ボサノヴァのリズムが美しく可憐なメロディと合わさった名曲、こんな良い曲がコンサートで演奏されたなら、終了後に演奏内容を噛み締めつつ、曲のメロディを口ずさみながら帰途についてしまいそうです(笑)。MintzerとMoroniの演奏も曲想に合致したチャーミングさを聴かせています。

3曲目もMintzerのナンバーRe Re、曲のコード進行はスタンダードナンバーThere Will Never Be Another Youが基になっています。冒頭テーマはピアノが参加しないテナー、ベース、ドラムの3人で演奏され、先発テナーソロからピアノのバッキングが聴かれます。テーマでコードが鳴っていると原曲のチェンジが明確になってしまうのを控えるためでしょうか。ここで感じるのはLa Barberaのドラミング、スインギーでレガートも素晴らしいのですが、プレイの全体的な表現が他のメンバーに比べてやや強過ぎるように聴こえます。もしかしたら録音の関係か、それともこのような表現法が彼のスタイルなのか、背の高いプレーヤーなので手足のストロークがあり、知らず知らずのうちに楽器が鳴ってしまうのもあります。何れかは分かりませんが、思うにもう少しコンパクトな表現が主体のドラマーで、オーソドックスな彼のスタイルよりもコンテンポラリーであれば、一層一体感が得られたように感じています。Mintzerの素晴らしいソロにインスパイアされたMoroniもスインガーぶりを発揮、続くベースとドラムの8〜4小節トレードもスリリングです!ラストテーマでもピアノのバッキングは行われず、オーラスでコードが聴こえるのみです。拍手が鳴り止まない最中、イタリア語訛りで「 Bob Mintzer !」と連呼するのはMoroniでしょうか?Bill Evansの名盤「At the Montreux Jazz Festival」、こちらはフランス語ですが、司会者の名調子による「あの」メンバー紹介を思い出してしまいました。

4曲目はLa BarberaのKind of Bill、美しいバラードナンバー、ドラマーは往々にして印象的なバラードを書くようです。ピアノのイントロに始まり、テナーとピアノのデュオで丸々テーマが奏でられます。ベース、ドラムが加わりスイングでピアノソロが始まります。テナーソロも同様に行われ、ラストテーマは再びテナー、ピアノのデュオでしっとりとFineです。

5曲目はMoroni作Bradley’s, 2AM?はドラムのイントロから始まる、ジャジーなテイストを湛えた佳曲、午前2時のNYC Bradley’sとは思えない明るさです(笑)。Moroni自身がソロの先発で華やかなソロを取り、Mintzer, Fioravantiと続きます。ラストテーマ後ヴァンプが延々と繰り返され、Mintzerがもうひと暴れして盛り上げています。

6曲目は同じくMoroni作の哀愁のボサノバナンバーAfter、こちらも良い曲ですね。ソロの先発はMintzer、コード進行に対して巧みなラインを繰り出しつつ、彼自身の唄をフラジオも交えかなり熱く聴かせます。続くMoroniはMcCoy Tynerのアプローチを覗かせつつ、こちらもパッションを感じさせるプレイを展開しています。La Barberaのバッキングが比較的一本調子なのが気になります。向こう正面からの正攻法の他に、搦手から攻める、演奏を俯瞰、鳥瞰したりと、異なった方面からの攻略が行われて然るべきだと思うのですが、皆さんはどうお感じになりますか。

7曲目はFioravantiのナンバーNinna Annaは穏やかなワルツのナンバー、ジャズの伝統に根ざしたコード進行、メロディラインにはホッとさせられます。1コーラスづつのソロ先発はFioravanti、続いてMoroniは美しいタッチで色彩豊かなラインを聴かせ、Mintzerの朗々とした唄いっぷりで演奏が引き締まります。

8曲目最後を飾るのはスタンダード・ナンバーInvitation、アップテンポの設定がフィナーレに相応しい、パッションの高さが示された演奏です。カウントを取るのがMintzer、選曲は彼のチョイスによるものでしょうか?81年12月録音Jaco Pastriusの名盤「The Birthday Concert」でのMichel Breckerとの壮絶なテナー・バトルが思い出されます。

何よりここでのLa Barberaのドラミングがtoo muchに聴こえません。早いテンポとInvitation自体が持つモーダル、コーダルが合わさった曲想が彼のドラミングと合致し、バランスが取れているのでしょうか。論理的にストーリーを構築するが如きMintzerのプレイへのLa Barberaの寄り添い感、同じくMoraniのグルーヴとスピード感をベースFioravantiと共にプッシュする一体感、そして超個性的では無いにしろ、エナジーの放出感が凄まじい迫力のドラムソロ、本作中最も白熱した演奏となりました。

2020.02.28 Fri

Nature Boy The Standards Album / Aaron Neville

今回はボーカリストAaron Nevilleの2003年録音リリース作品「Nature Boy The Standards Album」を取り上げたいと思います。「こんな歌い方アリですか?」と問いかけたくなるほどに意外性のある、しかも素晴らしい歌唱表現が、スタンダードナンバーに新たな個性をもたらしました。

Recorded at Avatar Studios, NYC, January 5-7, 2003 Engineer: Dave O’Donnell Produced, Arranged, and Conducted by Rob Mounsey Executive Producer: Ron Goldstein Verve Label

vo)Aaron Neville vo)Linda Ronstadt(track: 3) ds)Grady Tate b)Ron Carter g)Anthony Wilson g)Ry Cooder(track: 12) p)Rob Mounsey ts)Michael Brecker(track: 5, 9) ts)Charles Neville(track: 11) tp, f.hr)Roy Hargrove(track:2, 3, 10) tb)Ray Anderson(track: 4) acc)Gil Goldstein(track: 6) congas, perc)Bashiri Johnson(track: 1, 4, 7, 10)

1)Summertime 2)Blame It on My Youth 3)The Very Thought of You 4)The Shadow of Your Smile 5)Cry Me a River 6)Nature Boy 7)Who Will Buy? 8)Come Rain or Come Shine 9)Our Love Is Here to Stay 10)In the Still of the Night 11)Since I Fell for You 12)Danny Boy

Aaron NevilleはNeville四兄弟の三男として41年にNew Orleansで生まれました。Art, Charles, Cyrilらとの名グループNeville Brothersのメンバーとしても活躍していましたが、兄弟の中では最も早くからソロ活動を開始しています。Aaronの美しくスイートな歌声と、ファルセットを交えた声の震わせ方、コブシの回し方から、ヨーデル奏法を思わせる唱法は実に魅力的で個性的です。一体どのようにしてこの歌い方を習得したのか、ルーツやスタイル確立までの変遷には興味のあるところですが、本作は彼のボーカルの魅力を引き出すべく、文句なしのメンバー、ゲスト達と共に都会的なセンスのアレンジを施したジャズのスタンダードナンバーを取り上げて存分に歌わせる、製作者サイドからそのような意気込みが伝わる作品に仕上がりました。普段Aaronがまず歌うことのないスタンダードナンバーの数々(幼少期には口ずさんでいたでしょうが)、どの程度まで彼が選曲に関わったのかも気になりますが、常日頃愛唱しているかの如きボーカルの絶好調ぶりを聴かせ、結果手垢のついたスタンダードに今までにない新たな説得力、魅力が加わったと感じています。リズムセクションはプロデューサーでもあるピアニストRob Mounseyを中心にベーシストRon Carter、ドラマーにはジャズシンガーとしても活躍していたGrady Tateら歌伴にも名人芸を聴かせる巨匠たちを配し、ギタリストには歌姫Diana Krallのサポートでも有名なAnthony Wilsonを加え彼らカルテットが一貫して全曲伴奏を務め、曲毎にゲストアーティストを招き適材適所な間奏を聴かせ、さらにストリングス、ホーンによるオーケストレーションも豪華に色合いを添えています。Mounseyのアレンジ、采配共に洗練されていて巧みだと思います。

当Blogにて以前取り上げたことのある88年リリースHal Willnerプロデュース作品「Stay Awake Various Interpretations of Music from Vintage Disney Films」、珠玉のDisneyチューンに優れたアレンジ、プロデュース力を加え新たな命が吹き込まれました。収録曲のMickey Mouse MarchはAaronとDr. Johnのピアノとのデュオ演奏なのですが、個人的にはここでの歌唱に雷に打たれるが如くシビレて以来の、Aaronの大ファンです!誰もが知るシンプルなメロディ、言い換えれば単なる童謡があそこまで愛を伝えられるメッセージソングに変身するとは驚きでした。そう言えば伴奏のDr. JohnもNew Orleans出身の超個性派ボーカリストです。King Oliverに始まりKid Ory, Jelly Roll Morton, Sidney Bechet, Louis Armstrong、枚挙に遑がありませんが加えてEllis, Branford, WyntonのMarsalis親子、Nicholas Payton, そしてNeville Brothers。こんなに個性的なシンガー、アーティストを数多く輩出でき、しかもジャズ発祥の地でもあるご当地、その底知れぬポテンシャルを再認識してしまいます。

それでは収録曲に触れて行く事にしましょう。1曲目George Gershwinの名曲Summertime、ギターのカッティングとパーカッションの繰り出すリズムから一瞬レゲエのグルーヴを感じましたが、ビートの基本はスイングです。ホーンセクションのアンサンブルやベースのグリッサンドが重厚さを醸し出し、イントロでの演奏はボーカル登場までの期待感を十分に高めてくれます。Aaronの声には爽やかさも感じさせますが哀愁感、枯れた成分、独特なアクも内包し様々な音色を使い分け複雑な色合いを見せます。そこにヨーデル・ライクな(この表現が的を得ているのか今一つ確信がありませんが)コブシ回し(しかもピッチ感が素晴らしいのです!)、ダイナミクスを伴ったファルセットが加わることにより、誰も体感したことのないメロディの浮遊感が訪れます。所々に施された多重録音による唄のハーモニーも、インチューンでごく自然に耳に入って来ます。Summertimeは本来子守唄のはずですが間違いなくこの歌唱で眠りに誘われる子供はいないでしょうね(笑)

2曲目Blame It on My Youth、実に美しいメロディライン、コード感を持つバラードです。歌詞の内容を丁寧に、噛み締めるが如く、加えてAaronのニュアンスに富んだ歌い方と、リズムセクションの合わさり方、歌詞の合間を縫って絶妙に重なるオーケストラの調べが心地よく響きますが、Roy Hargroveのトランペットソロ、サポートするTateのブラシワークが更なる高みへと導きます。曲中トランペットのオブリガートは聴かれませんが、エンディングで一節、唄の高音域を用いたクライマックスで演奏しています。音の跳躍でのAaronのボーカルテクニックも申し分ありません。

3曲目The Very Thought of You、イントロではギター、シンセサイザーを中心としたサウンドにストリングスが芳醇なサウンドを与えています。歌本編に入ってもアレンジが継続して光ります。Aaronは囁くような語り口から始まり、ここでも抜群のボーカルを聴かせますが、ゲストにLinda Ronstadtの歌が加わります。Lindaとは89年彼女のアルバム「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」で共演し、彼女たちのデュエット2曲が90, 91年と連続してグラミー賞を受賞しました。91年にはLindaのプロデュースによりAaronの作品「Warm Your Heart」がリリースされました。LindaのAaronのボーカルへの入れ込みようが感じられますが、その返礼として本作に招き入れたのでしょう。Lindaは米国を代表するロック、ポップス・シンガーですがスタンダードナンバーを取り上げた作品も何枚かリリースしています。彼女の歌唱自体は、よく声の出ているパワフルさを聴かせますが、残念ながらジャズ的要素を殆ど認める事が出来ません。声質にジャズ表現に不可欠な陰りを感じず、米国西海岸の健康的明るさが目立ち、むき卵の如きつるっとした質感です。歌唱自体も何故か必ずシャウト系に移行し、抑制された感情表現を行うための引き出しが見当たりません。Aaronと比較すると彼の繊細さ、表現の幅の広さ、深さ、スイートネス、一歩退いた音楽への客観的スタンス、全てに格が違うのを感じてしまいます。AaronはLindaにとって真逆のタイプのシンガーだけに憧れがあったのでしょう。この曲でもHargroveがフリューゲルホルンでソロを取り、魅惑的なトーンを披露しています。同様にエンディングのアンサンブルで共演しています。

Aaron Neville参加Linda Ronstadt作品「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」
Linda Ronstadtプロデュース作品「Warm Your Heart」

4曲目The Shadow of Your Smileはボサノヴァを代表するナンバー、イントロではベース重音でのパターンが印象的で、ストリングス、フルートの隠し味が効果的です。Aaronの歌唱も朗々感が堪りません!七色の声質(それ以上にもっとヴァリエーションがあるかも知れません!)を駆使しつつビブラートの微細な振幅数を変えることで、ニュアンス付けを行っています。この曲ではトロンボーン奏者Ray Andersonを迎え、ちょっと危ないヤサグレ感を湛えたテイストでの間奏、アンサンブルを聴かせています。Andersonの音色の複雑さにはAaronの声質に通じるものを感じます。

5曲目Cry Me a River、古今東西様々な歌手、ジャンルで歌われている名曲です。下手をするとどっぷりとマイナーの暗さが表出し、演歌調になってしまいがちな曲想ですが、Aaronの歌いっぷりとアレンジ、サポートミュージシャン達の好演、そしてMichael Breckerの伴奏により全てが良い方向に具現化しました。イントロでは一聴すぐ分かるMichaelの音色とニュアンスによる、開会宣言とも取れるひと節のメロディがあります。右手を高らかに上げながら「私はAaronの伴奏に対し、全身全霊を傾け、全ての音が音楽的にサウンドするように、正々堂々と演奏する事をここに誓います」と選手宣誓をするかの如きメッセージを感じ取る事が出来ましたが(何のこっちゃ?)、案の定Michaelのソロの入魂振り!ボーカル、アレンジ、共演者のサウンド全てを踏まえ、且つ自身が未だ成し得ていないアプローチを模索しながら繊細に、大胆にブロウしています。イントロと同じメロディが再利用されているアウトロでは、AaronのスキャットにMichael反応しています。

6曲目表題曲Nature BoyにはGil Goldsteinのアコーディオンを加え、Wilsonはアコースティック・ギターに持ち替え、アレンジでは対旋律を張り巡らし曲の持つムードに叙情性を付加し、深遠さを出すことに成功しています。2’42″の短い演奏ですが実に印象的であります。

7曲目Who Will Buy?はミュージカルOliverの挿入曲。オルガンやホーンセクションを配したアンサンブルに古き良き米国を感じさせるのは、やはりミュージカルナンバー故でしょう。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施され、ゴージャスなサウンドを聴かせます。Wilsonのギターソロがフィーチャーされ、クリアーなトーン、フレージングを携えた正統派のスタイルには好感が持てますが、むしろ若年寄然、録音時34歳とは思えない落ち着き振りと風格です。それもそのはず彼の父親は40年代から活躍している名バンドリーダーGerald Wilson、若きEric Dolphyも彼のバンドに参加していました。親譲りのミュージシャンシップが成せる技なのでしょう。後うたではファルセットも用いたAaronのスキャットが聴かれますが超絶です!表現力の深さを一層感じるのですが、実は彼には喘息の持病があります。これだけの歌唱を行えるので当然デリケートな喉の持ち主なのでしょう。05年に発生したハリケーン・カトリーナによってNew Orleansの彼の自宅が全壊し、Nashvilleへと避難しました。カトリーナ後New Orleansの汚染された空気が持病の喘息に悪影響を与えるとの医師の判断から、Aaronはしばらく故郷に戻らなかったそうです。

8曲目Come Rain or Come Shine、イントロはギターソロから始まりますが、ここでのギターのアプローチにも興味をそそられます。純然とカルテットだけによる伴奏でAaron訥々と歌います。おっと、ストリングスも従えていましたね、重厚な弦楽器アンサンブルのお陰で映画音楽の挿入曲の如きムーディな雰囲気の演奏ですが、ふとAaronの歌は果たしてジャズなのだろうかと考えると、実は微妙です。一つ言えるのは人を説得せしめる表現力を持った音楽家はジャンルに関係なく良い表現を行えるという事で、音楽にはジャンルは無くあるのは良い、悪いだけだという言葉の通り、Aaronはスタンダードナンバーに対し良い歌い方をしているに過ぎず、ジャズというカテゴリーよりも何よりも、ひたすらAaron Nevilleミュージックを演奏しているのかも知れません。

9曲目Gershwin作の名曲Our Love Is Here to Stay、ジャズボーカルの定番中の定番をビッグバンドジャズ・テイストでアレンジ、ストリングスとホーンセクションがコーニーさを屈託無く表現しています。ドラムのステディなブラシワーク、縦横無尽なベース・ライン、Freddie Greenの如きタイトでリズミックなギター・カッティング、そしてMichaelのテナーによる華麗な間奏、レイドバック感が絶妙です。音楽の枠組みはどこを切っても全くのジャズボーカルの伴奏ですが、中身は超個性的なAaronの歌声、歌唱。違和感が何処にも感じられないのは歌の素晴らしさ故か、耳がすっかり慣れてしまったのか。いずれにせよこの曲の名演奏の誕生です。

10曲目In the Still of the NightはCole Porter作曲のナンバー。アレンジのテイストとしてdoo-wopを感じさせ、7曲目同様に50年代の米国の雰囲気を表現しているかのようです。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施されていますが、歌に厚みを持たせると言うよりも、doo-wopに欠かせないコーラス・アンサンブルを聴かせるのが目的なのでしょう。爽やかさの中にも哀愁を感じさせる、美しく華やかで、細部に至るまで丁寧で気持のこもった歌唱に感動すら覚えます。Hargroveのミュート・トランペットによる間奏、後うたでのAaronとのトレードも冴えています。Tateは淡々とボサノヴァのリズムを繰り出していますがCarterは様々なアプローチを展開、なかなかここまでアクティヴなベースを聴かせることはありません。

11曲目Since I Fell for Youはジャンプ、ブルースナンバーを得意としたBuddy Johnsonのナンバー、Aaronは良くコブシの回った巧みなボーカルを聴かせます。ここではAaronのすぐ上の兄Charles(四兄弟の次男)がテナーサックスで参加し渋いソロを聴かせます。実は兄弟が集まりNeville Brothersとして活動を開始したのは遅咲きで77年から、それまでの兄弟各々の活動が結実してその後優れた作品を多くリリースしました。

Neville Brothers代表作「Yellow Moon」89年リリース

12曲目最後を飾るDanny Boyはお馴染みIreland民謡、Ry Cooderがギターの伴奏で参加します。誰もが知るシンプルなメロディを巧みに歌い上げていますが、これはAaronの最も得意とするところ、前述のMickey Mouse Marchでもそうでしたが、かのLuciano Pavarottiと共演を果たした92年ライブ盤「 Pavarotti & Friends」に収録のAve Maria、こちらも実に素晴らしく、心揺さぶられる説得力に満ちています。

2020.02.16 Sun

Latin Genesis / Dave Liebman

今回はテナー奏者Dave Liebmanの2002年作品「Latin Genesis」を取り上げてみましょう。

Recorded at Power Station New England by Alec Head Produced by Dave Liebman Co-produced by Dan Moretti Executive Producer: Neil Weiss Whaling City Sound Label 2001年録音

ts,ss)Dave Liebman ts,ss)Don Braden ts,ss,fl,alt-fl,bcl)Dan Moretti b)Oscar Stagnaro ds)Mark Walker perc)Pernell Saturnino pero)Jorge Najaro talking drum)Rick Andrade

1)Vail Jumpers 2)Have You Met Miss Jones 3)PP Phoenix 4)For All the Other Times 5)Three Card Molly 6)Tiara 7)Cecilia Is Love 8)Brite Piece 9)Trippin’ 10)Calling Miss Khadija

Dave Liebmanを中心に、Don Braden, Dan Morettiらを加えたテナー奏者計3名にベースOscar Stagnaro、ドラムMark Walker、ラテンパーカッションにPernell Saturnino、Jorge Najaroの2人、2曲目のみにTalking DrumでRick Andradeが加わる、異色のコード楽器不在ラテン・セッションです。Liebmanにとってはコードレスでのレコーディングは度々ありましたが、そもそも本作のタイトルにも由来するElvin Jones71年録音「Genesis」、こちらはElvinのドラムを軸に同じくコードレスでDave Liebman, Joe Farrell, Frank Fosterと言うド級テナー3管にベースGene Perlaで演奏したBlue Note Labelの作品ですが、こちらの収録ナンバーを中心に、パーカッション参加以外同じ編成でメンバーのオリジナルやスタンダード・チューン、ジャズマンの作品を付加し全曲コテコテ、本格派ラテンのリズムにアレンジされた演奏をたっぷりと聴けるラテン版「Genesis」ということで、本作タイトル「Latin Genesis」と相成りました。

それでは曲毎に見て行きましょう。1曲目BradenのナンバーVail Jumpers、オープニングに相応しい軽快でいて重厚な佳曲、ラテンのリズムが心地良く、Bradenがリードを吹くテナー3管のアンサンブルでは素晴らしいハーモニーが聴かれます。アレンジも良いですね。Braden自身は00年作品「Contemporary Standards Ensemble」で演奏しこちらが初演、スイングビートでテンポも少し遅く演奏されているため本作の演奏の方によりスピード感を覚えますが、初演はトランペット、アルト、テナーの3管編成でのジャジーな雰囲気満載のフォーメーション、佳曲はリズムの形態を問わず演奏可能、と言う事でしょう。

Don Braden Presents the Contemporary Standards Ensemble

ソロの先発は意外にもベース、技巧派を聴かせますが、アンサンブル時よりもタイムがややラッシュする傾向にあります。Bradenのソロに繋がりますがコンポーザーならではの曲の構成をしっかり把握しつつ、巧みにツボを押さえてシャウトにまで至りソロの起承転結をまとめた、聴き応えのある演奏です。些か専門的な話で恐縮ですが、Bradenは90年代中頃からマウスピースをLawtonのメタルに替えています。それ以前はOtto Linkのやはりメタルを使用していました。個人的にはその頃の音色の方によりジャジーなテイストを感じるのですが、本人が気に入って使っているのならば致し方ありません。でも歌い回しや雰囲気が自分好みなテナー奏者だけに、少し残念な感じを覚えます。Lawtonマウスピースは明るくスピード感のあるサウンドですが、例えば93年録音のリーダー作「After Dark」で聴かれるOtto Linkのダークで付帯音の豊富な音色の方が、Bradenの持ち味に合っていると思うのは、きっと僕だけではないでしょう。本作の演奏でもあの音色でソロを聴けたらと、ふと思ってしまいます。テナーソロの後は短いドラムソロを挟みラストテーマへ、4分間というコンパクトな演奏で作品冒頭の掴みは良しとしました。

2曲目はスタンダードナンバーでお馴染みHave You Met Miss Jones、パーカッションが効果的に用いられ、本格的なラテンのグルーヴが表出します。テーマもかなりアレンジが施されていますが、ソロに於いてA-A-B-A構成のこの曲、Aの部分はドミナントペダルを用いたワンコードで行われ、Bでは逆にColtrane Changeも用いられ複雑化されているようです。ここではフロント3人の演奏がフィーチャーされますが三者三様のタイム感を聴く事が出来、興味深いです。先発Bradenはやや前にリズムのポイントが設定され比較的タイト、Morettiは更に前にポイントがありますが、時としてタイトさを欠く傾向にあります。Liebmanはリズムのポイント、タイトさともに実にソリッド、理想的なタイム感の演奏に徹しており、リズムに関してのマエストロ振りを発揮しています。本作ではテナー衆3人一貫した各々のリズム表現が聴かれるので、音色やフレージングの違いと同様にプレーヤーを判断する材料になります。ちなみに3人ともドイツのKeilwerth社製サックスを使用、エンドース(モニター)仲間でもあります。Morettiのソロ後短くパーカッションソロ、そしてラストテーマ奏の後はLiebmanがソプラノを携えサックスバトルが行われます。激しい盛り上がりでピークを迎えた頃にアンサンブル、良く出来たアレンジでリズムセクションも的確に呼応し大団円を迎えます。

3曲目Gene PerlaのPP Phoenix、この曲から3曲連続で「Genesis」収録曲の再演になります。原曲ではLiebmanがフルートでメロディ〜ソロを取り、テナー2管がアンサンブルを担当し、一貫してバラードでしっとりと演奏されていますが、こちらではボレロのリズムでLiebmanがソプラノを用いムーディに(あくまで彼流に、ですが)テーマ奏とソロプレイ、テナー2管のアンサンブルにも原曲にはない抑揚が付けられていてかなりメリハリの効いた構成での演奏、言わば「魅惑のラテンナンバー」状態です。曲想とソプラノがとても合致しており、Liebmanはこの曲を再演するときにはソプラノでプレイをしたいと考えていたように思います。

4曲目もPerlaのナンバーでFor All the Other Times、オリジナルはミディアム・スローのヘヴィーなスイング(Elvinの繰り出すリズムですから当然なのですが)で演奏されていますが、ここでは8分の6拍子のリズムでテンポも早く、小気味良いグルーヴを伴って演奏されます。ここでもフロント3人のバトルが聴かれます。先発はLiebman、テナーを用いたソロになりますがダークでエグエグ、そしてぶっちぎりの迫力!他の2人も大健闘していますがむしろLiebmanの引き立て役となってしまいました。

5曲目はElvinの書いた名曲Three Card Molly、本作のトピックス演奏になります。Elvin自身ことあるごとに取り上げ、「Genesis」の他の演奏として74年9月Swedenで録音された「Mr. Thunder」、こちらのフロントはSteve Grossman、82年録音「Earth Jones」でのフロントは2管、やはりソプラノでLiebmanと我らがTerumasa Hinoがコルネットで参加しています。99年9月NYC The Blue Noteでライブ録音された「The Truth」、Michael Breckerを含む4管編成での演奏にも収録されていますが、こちらには残念ながらMichaelのソロはありません。

ソロの先発はBradenのテナー、燃え上がるソロのフレーズを1音たりとも聞き逃さぬような体制でリズムセクションは臨んでいます。バックリフが入り、その後スイングにリズムが変わりLiebmanのソロになりますが、本作のハイライトシーンと言えましょう!ベースが演奏を止めドラムとソプラノのデュエットになる演奏のメリハリも素晴らしいのですが、何よりLiebmanの音色、タイム感、音符の長さと粒立ち、スピード感、ソロの構成力、オリジナリティ、どれを取ってもダントツの素晴らしさ、いやはや、エグくてカッコイイです!ドラムソロを挟んでラストテーマ、エンディングは収拾がつかない位に盛り上がりここで終わりかと見せかけて、ドラムのフィルとともに少し遅いテンポで8小節テーマがリフレインされますが、名演奏の誕生です!

6曲目MorettiのTiara、自身のフルートをフィーチャーした哀愁のナンバー。この人の音楽性、ひょっとしたらここでの演奏形態の方に軍配が上がりそうな勢いです。他のフロント2人もすっかり裏方に徹してMorettiの演奏を引き立てています。

7曲目再び「Genesis」からCecilia Is Love、Frank Fosterのナンバーです。原曲ではJoe Farrellのソプラノがメロディとソロを担当していますが、ここでのイントロはLiebmanのソプラノが熟れ切った果実の如き味のある音色と、独特のニュアンスで演奏しています。おもむろにブラジリアン・サンバのリズムがスタート、Elvinはボサノバのリズムで演奏しているので世界は一変します。ホーンのアンサンブルを伴ったLiebmanのソプラノがフィルを交えながらテーマ奏、引き続いてソロに入ります。ここでもソプラノのマエストロとしての真価を発揮しています。続くMorettiのテナーソロはどこか「必ず盛り上げねばならぬ」と、義務感の方が先行してしまうアプローチを感じます。Co-producerとしてもクレジットされている彼はおそらく本作の発案者の1人だと思いますが、責任感がそうさせてしまったのでしょうか。音楽を含んだ芸術的表現はスポンテニアスさが何より大切、恣意的行為が介入すると音楽を真剣に受け止めようとするリスナーには、かなりしんどい事になります。

8曲目LiebmanのBrite Pieceは彼が在籍していた当時のElvin Bandの重要なレパートリーで、作品「Merry Go Round」「Live at the Lighthouse」にも収録されています。日頃あまり明るい(Brite)雰囲気の曲を書かないLiebmanが、珍しく書いたと言う事でこのタイトルが付けられましたが、用いられるモードの中で最も明るいはずのLydianスケールが多用されているにも関わらず、むしろ仄暗さも含んだユニークなテイストです。先発ソプラノはBraden、なかなかのチャーミングな音色で軽やかに、スムースにソロを展開します。しかしバックリフの後に現れるLiebmanのソプラノの存在感は物凄いですね!Bradenの業績を吹き飛ばしてしまうが如きです。オリジナルでも演奏されていたバックリフも聴かれ、抜群のタイム感とスイング感でソロを推進させ、おもむろにラストテーマへとGo!イントロでも使われたベルトーンがアウトロでも演奏されます。

9曲目MorettiのTrippin’、イントロでは自身のフルート、アンサンブルでは隠し味的にバスクラを用いています。リズムとしては8分の6のラテンの他にReggaeも感じさせるパートもあります。ミステリアスな雰囲気の中にジャジーな色合いも見せる佳曲、管楽器のアンサンブルもよく練られていて、彼のコンポーザー、アレンジャーとしての資質も伝わります。ここではBradenのソプラノ、Liebmanのテナーソロが短く聴かれます。

10曲目ラストを飾るのはLee MorganのナンバーCalling Miss Khadija、原曲はArt Blakey and the Jazz Messengersの64年録音のアルバム「Indestructible」でMorgan, Wayne Shorter, Curtis Fullerの3管編成で演奏されています。テーマ部分のみがラテンで演奏されましたが、本作では全編筋金入りのラテンジャズにアレンジされ、Morettiのテナー、Bradenのソプラノでのソロがフィーチャーされます。両者ともにアルバム中最も落ち着いた好演を展開しており、パーカッションソロ後にラストテーマになります。演奏自体は決して悪くはないのですが、トータルに考えて特にこの曲を選び収録する必然性を残念ながら感じません。メンバーのオリジナルないしは「Genesis」中唯一取り上げていないナンバー、Slumberをラテンで演奏しても良かったのではと思います。

2020.02.08 Sat

M / John Abercrombie Quartet

今回はギタリストJohn Abercrombieの80年リーダー作「M」を取り上げてみましょう。彼の率いた最初のカルテットの第3作目になります。

Recorded November 1980 Tonstudio Bauer, Ludwigsburg Engineer: Martin Wieland Produced by Manfred Eicher An ECM Production

g)John Abercrombie p)Richie Beirach b)George Mraz ds)Peter Donald

1)Boat Song 2)M 3)What Are the Rules 4)Flashback 5)To Be 6)Veils 7)Pebbles

John Abercrombieは44年12月ニューヨーク州生まれ、少し生い立ちに触れてみましょう。多くの米国の子供がそうであるように彼もRock & Rollを聴いて育ちました。アイドルだったChuck Berry, Elvis Presley, Fats Domino, Bill Haley and the Cometsの音楽性が、その後の彼の演奏に何らかの形で反映されているかも知れない、あまりにも彼の演奏する音楽と違い過ぎるだけに、その事を想像するのもちょっと楽しいです。10歳からギターレッスンを受け、早熟な彼は最初のジャズギタリストとしてのアイドルだったBarney Kesselの演奏について、当時習っていた先生に彼は何を弾いているのか教えて欲しいと質問したそうです。栴檀は双葉より芳し、こちらの話もKesselがAbercrombieの演奏スタイルにどう影響を与えたのか、プレイを注意深く聴くきっかけにもなります。高校卒業後はBerklee College of Musicに入学、そこでSonny Rollinsの作品「The Bridge」のJim Hall、Wes Montgomeryには作品「The Wes Montgomery Trio」「Boss Guitar」で感銘を受け、George BensonやPat Martinoの演奏からもインスピレーションを授かりました。この辺りの流れはコンテンポラリー系ジャズギタリストを志す者としては、至極自然な成り行きでしょう。Berkleeを卒業後NYCに進出、セッションマンとして知られる存在になり、Brecker Brothersが在籍していたバンドDreamsや同じくBilly Cobhamのグループに参加、そして74年に記念すべき初リーダー作「Timeless」をJan Hammer, Jack DeJohnetteらとトリオでECMにレコーディングしました。以降もECM〜プロデューサーManfred Eicherとの関係は続き、双頭アルバムを含め30作近くをレコーディングしました。

その後Abercrombieは自身の初めてのリーダー・カルテットであるJohn Abercrombie Quartetを立ち上げ、活動を開始します。名門ECMレーベルに同じメンバーで78年「Arcade」、79年「Abercrombie Quartet」、80年本作「M」と毎年1作づつレコーディングし計3作をリリースしました。永らく3枚はCD化されていませんでしたが、2015年に全作収録の3枚組Box Set「The First Quartet」でリリースされました。

第1作目Arcade
第2作目Abercrombie Quartet
The First Quartet いかにもECMらしい簡潔にしてセンス溢れるジャケットです

ピアノRichie Beirach、ベースGeorge Mraz、ドラムPeter Donald、リーダーAbercrombie含めた4人は同世代でしかも全員Berklee同期出身、高度な演奏テクニック、巧みなインタープレイ、ロジカルな音楽性は同窓生のなせる技でもあります。おそらくBerklee在学中に既にバンドとしての形態が芽生えていた事でしょう。気心の知れたメンバーでバンドを組みたくなるのは当然ですし、ましてや初めてのリーダーカルテットならば事は尚更です。同一メンバーで演奏を継続させアルバムをリリースし続けるのは、オーディエンスにとってバンドの進化を目の当たりにする事が出来る至上の喜びでもあります。1作目「Arcade」ではバンド結成の初々しさと今後の展開に対する期待感、2作目「 Abercrombie Quartet」はギグの数もこなし、ミュージシャン同士互いを在学中よりもプロフェッショナルとしてずっと良く知る事になり、バンドサウンドが円熟味を増します。3作目「M」では更なる円熟と同時に、共同作業を継続的に行ってきた芸術家たちならではの緻密なインタープレイ、「行き着くところまで行った」プレイはバンドの崩壊をも予感させるレベル、実際に本作を最後にこの4人が会する事はありませんでした。

左からMraz, Abercrombie, Beirach, Donald、皆さん良い顔しています。

それでは演奏に触れて行きたいと思います。収録7曲中Abercrombie、Beirachが3曲づつ、Mrazが1曲とオリジナルを持ち寄っています。耳に心地良く、口ずさめるメロディラインやメロウなコード感、キャッチーなリズムのキメ、スタンダード・ナンバーやハードバップ的なテイストからは全く程遠い位置に存在する楽曲ばかりですが、メンバー4人には実はポップな楽曲なのかも知れません。楽しげに演奏している様が音からひしひしと伝わって来ますから。ポップの定義も人や状況により変わって来るのでしょう。1曲目AbercrombieのBoat Song、エフェクトを施したギターによるユニークなイントロ、良さげなムードを設定しています。オーバーダビングによるアコースティックギターやピアノが加わり、ピアノが中心になったパターンからテンポが設定されベース、ドラムが加わります。グルーヴとしてはいわゆるECM Bossa、Even 8thのリズムにより全く自然にギターソロへ、パターンをモチーフにしつつ浮遊感溢れるサウンドを聴かせます。ピアノソロでもパターンのモチーフ使用テイストが継続されますが、Beirachの方のリズム感がよりタイトなのと、ピアノタッチの明晰さから、より明確なメッセージが発せられています。この二人の対照的なアプローチが、このカルテットの一つの個性であると思います。その後テーマを経てアウトロは冒頭のエフェクトが再演されます。

2曲目MはこちらもAbercrombieの作曲、シンコペーションが印象的なイントロからギターのメロディが始まります。ピアノのフィルインも絶妙、さすが表題曲に相応しいカッコいいナンバーです。ギターの音色も素晴らしい!テーマ後リーダー入魂のソロにバンド一丸となって盛り上がります。ドラムはスイング・ビートを刻みますが、ソロを取るが如きラインからwalkingまで一貫して不定形なMrazのアプローチがこの演奏の要になっています。Beirachは打鍵した音ひとつひとつの響きを確認するかのような、スペースを生かした助走からスタート、その合間を縫うMrazのベースが光ります。それにしてもBeirachの演奏の見事なこと!複雑なアドリブラインは高度なテンションを用い、更に左手の意外性溢れる低音やコードとが衝突したクラスターは全く独自のサウンドに変化、これらに素晴らしいタイム感とタッチの美しさが合わさりますが、何処かほのぼのとした彼流のメロディアスな歌い回しが全体を包み込み、インプロビゼーションを構築する理詰めの手法ながら、決してメカニカルな表現に陥らず、ヒューマンな、個人的にはロマンチックさがいつも漂うBeirachワールドに敬服してしまいます。続くベースソロにも力強さの中にクラシックを学んだテクニックに裏付けされた見事なピチカートから、ストイックさと美学とスマートさを感じますが、サポートするドラミングの巧みさにも二人の親密なパートナーシップを見い出す事が出来ます。その後ギターとピアノが同時進行でソロを取り、ラストテーマに向かい、エンディングではイントロのパターンが繰り返されますが、この辺りでバンドの真骨頂を垣間見ることが出来ます。ここでのコレクティブ・インプロビゼーションはレギュラーバンドでしか成し得ない世界ではないでしょうか。

3曲目はBeirachのWhat Are the Rules、彼はこのQuartet3部作いずれにも3曲づつオリジナルを提供しています。冒頭全員でルパートでの、不安感を煽るかの如き、フリージャズの様を呈する演奏、研ぎ澄まされた空間に自由な発想で音が投げ掛けられますが、全てに意思が反映されているためにサウンドしています。Beirachの怪しげなモチーフが発端となりテンポが設定され、ベース、ドラムが合わさります。一体どこまで決められている演奏なのか、全くの即興なのか、最低限の取り決めだけが成されている程度なのかも知れません。ギターからも異なるモチーフの提案があり、メンバー追従し始めます。ピークを迎えたところでピアノに主導権が移行され、新たな展開に入ります。ドラムの対話形式で進行しつつ、ギターとベースが加わり、再びルパートへ、ピアノのアウフタクトがきっかけとなりメチャクチャ高度で難解、でもヒップなアンサンブルが聴かれます!えっ?これでこの曲オシマイですか?そうなんです、テーマ〜ソロ〜テーマのルーティーンに飽きてしまった4人が考え出した演奏形態なんです!

4曲目FlashbackもBeirachのナンバー、イントロはピアノとギターのDuoで怪しげな空間を設定、ピアノのグリッサンドからベースパターンに入り、ドラムが加わります。ギターが中心となった短いテーマ後、ピアノソロが始まります。ここでもRichieは打鍵した音の響き具合の確認を怠りません!スペーシーな語り口は共演者に伴奏の機会を供給するのです。Mrazのベースパターンの発展、展開のさせ方も素晴らしく、インスパイアされたピアノソロは細かいモチーフを巧みに変化させて物語を叙述、次第に物凄いことになっていきます!メンバーとの信じられないレベルでのインタープレイには開いた口が塞がりません!Beirachの演奏には喋り過ぎがなく、どんなに盛り上がっていても必ず共演者が入れる隙間を用意しているのは、常に音楽的に招き入れる事を念頭に置いているからだと思います。続いてのギターソロ、ベースがしばし残りますが程なくドラムとDuoの世界に突入です!浮遊感満載の変態ハイパーフレーズの連続、多くのフォロワーを生むに相応しいギタリスト益荒男ぶりです!Donaldのドラムも懸命に煽ります!素晴らしいコンビネーション、一体感、Abercrombieが比較的リズムのonでタイムを取るのに対し、Donaldはポリリズム的にアプローチしているため、変化に富んで聴こえます。待ちかねていたかのようにピアノとベースが加わり更なる高みに邁進!脇目も振らずにピークを迎え丁度良いところでテーマが登場、Fineです!いや〜凄い演奏でした!本テイクはレコーディングを意識したコンパクトなサイズでの演奏にまとめられていますが、ライブでは時間制限がないのでさぞかし盛り上がったことだと思います。聴いてみたかった!!

5曲目AbercrombieのTo Be、Abercrombieはアコースティック・ギターに持ち替えてのプレイ、美しいバラードです。ドラムはブラシを用いずスティックでリズム・キープ、カラーリングを行っています。ギター、ピアノ、ベースと短くソロが行われますが、全体を通してベースの伴奏のアプローチがこの演奏のポイントになっています。アコギでのプレイはエレクトリックよりも音のエッジが立つため、より明確なメッセージが表出します。ピアノの伴奏での、テンポのある曲とは異なった耽美的なアプローチ、同じくソロの鬼気迫るまでに集中力を感じる音楽への入り込み方、美しい音色のピチカートによるベースソロのイメージ豊かな世界、スティックによる伴奏はこれらのソロをバックアップするための必然であったようです。

6曲目はBeirach作のVeils、Beirachの独創的なソロピアノから始まります。この人は何と美しくピアノを鳴らすのでしょう!つくづく聴き惚れてしまいます。レコーディング・スタジオ内ではBeirachのキュー出しに注意が注がれた事でしょう、いきなりインテンポでギターとピアノのユニゾンによる曲のテーマが始まります。ヘビーなグルーブのワルツ・ナンバー、3拍4連を多用した旋律とダイナミクスはやはり一筋縄では行かない構成に仕上がっています。曲中ソロを取るのはAbercrombieのみ、曲想に合致しつつ、共演者の鼓舞も交えながら美しくも危ない世界を独断場で展開します。もっともBeirachはイントロでしっかりと世界を構築済みでしたが。

7曲目はMrazのナンバーPebbles、3部作初登場の彼のナンバーです。8分の12拍子のリズムパターンを淡々とピアノが刻み、その上でギターが浮遊します。どこからどこまでがテーマでメロディなのかは分かりません。ドラムも加わりリズムを刻みますが、ベースは大きくビートを提示する役目、ユニークな曲です。ピアノソロ時にはパターンが希薄になる分、ベースとの絡み具合が面白いです。この曲想はMrazが生まれたCzech Republicの風土に起因するのでしょうか、いずれにせよ作品のクロージングに相応しく、to be continued感が出せていると思います。

2020.02.01 Sat

Symmetry / Peter O’Mara

今回はAustralia出身のギタリストPeter O’Maraの1994年作品「Symmetry」を取り上げたいと思います。全曲メロディアスで良く練られた構成からなるオリジナル、作曲者の意図を確実に踏まえ巧みにサポートするリズムセクション、そしてフロントに名手Bob Mintzerを迎え存分に演奏させた充実の作品です。

All Compositions by Peter O’Mara Recorded and Mixed 24-26 May 1994 at “Systems-Two” Recording Studios, Brooklyn, NYC by Joe & Mike Marciano GLM Label, Germany

g)Peter O’Mara ts, ss)Bob Mintzer b)Marc Johnson ds)Falk Willis

1)Fifth Dimension 2)The Gift 3)Catalyst 4)Seven-Up 5)Chances 6)Symmetry 7)Steppin’ Out 8)Expressions 9)Blues Dues

1957年12月Australia, Sydney生まれのPeter O’Maraは地元の音楽学校やJamey Aebersold, Dave Liebman, Randy Brecker, John Scofield, Hal Galperら米国ミュージシャンのクリニックで多く学びました。80年にAustraliaのJazz作曲部門コンテストで一位に輝き同年初リーダー作「Peter O’Mara」をリリースし、海外留学の資格も得て81年NYCで様々なミュージシャンに師事しました。同年暮れからGermany, Munichに移住し90年には欧州のWeather Reportと呼ばれたサックス奏者Klaus Doldinger率いるバンドPassportに参加(個人的にはWRには聴こえず、いわゆる”フュージョン”グループです)、欧州、 南アフリカ、Brazilでのツアーを経験しました。現在までに共同名義を含め10作以上のリーダー作を発表、音楽教育でも精力的に活動しており教則本を4冊出版(日本でも翻訳されています)、YouTubeでギター講座を展開しています。

初リーダー作Peter O’Mara
O’Mara参加Klaus Doldinger & Passportの作品Down to Earth

早速演奏曲について触れて行きましょう。1曲目Marc Johnsonの力強いベースパターンから始まるFifth Dimension、米国に同名の5人編成R&Bコーラス・グループがありますが、こちらは文字通り5拍子のナンバーです。A-A-B-A構成のこの曲、テーマをBob Mintzerがテナーで演奏しますが、初めのAでユニゾンで演奏するO’Maraのギターが次のAからハーモニーに転じサウンドを厚くしています。サビのBセクションの展開もイケてます!オープニングに相応しいインパクトのあるキャッチーなテイストを持つ、大好きなナンバーです。それにしてもMintzerの音色の素晴らしさと言ったら!太くてダークでコクがあり、ハスキーな成分が含まれるバランス感は絶妙です!何度か彼のライブを聴きましたが、この人の生音はさほど大きくはなく、特に派手な楽器の鳴りという認識はありませんでした。いわゆるマイク乗りの良い音、倍音成分が豊かで録音しても音痩せする事がなく、音の旨味成分がしっかりとレコーディング媒体に残される傾向にあります。効率の良い鳴らし方のテナー奏者のひとりと言えるでしょう。随所に的確でソリッドなフィルインを入れるMunich出身のドラマーFalk Willisは録音時24歳になったばかり!タイム感、グルーヴ、センス、そしてJohnsonのベースのコンビネーションともに申し分ないと思いますが、ドラムの音色がややラウドな傾向にあるので、もう少しコンパクトにまとまっていればバンドサウンドにより溶け込めたように思います。セットチューニングや録音の関係とも考えられますが、ジャケ写を見るとかなり身長のある人なので腕が長く、スティックを振り下ろすストロークがあるのでしょう、特にスネアや皮ものが鳴ってしまうのかも知れません。テーマ後のテナーソロ、5拍子をものともせずタイトなリズムで巧みに、緻密に、スペースを保ちながらストーリーを展開して行きます。曲の持つ雰囲気や構成に全く合致していて、曲の裏メロディでは、と見誤る程のクオリティを感じさせる、更には予め書かれたかのような次元のアドリブですが、同時にスポンテニアスでもあります。High F#音やフラジオB音の音の割れ具合にはグッと来てしまいます!サックスの高音域を割れた音色で確実にヒットさせるにはむしろアンブシュアがルーズでなければ出来ず、こちらでも理想的な奏法のプレイヤーと言えます。ギターのバッキングも付かず離れず、Mintzerに好きに演奏させるべく浮遊感を感じさせるアプローチに徹しているようです。その後のギターソロはこれまた素晴らしい音色でのプレイです!タイムとしてはかなり前ノリで、ジャズよりもロックのテイストが強いグルーヴ、ソロのアプローチのように感じますがコーラス、ディストーション、ハーモニクスを交えたソロはテナーと良い対比をもたらしているように聴こえます。Johnsonのベースがしっかりとリズムの芯となりバンドの要を担当しており、アクティブな他のメンバー3人の後見人のような役割を果たしています。ラストテーマはサビには行かずにA-Aでカットアウト、Fineです。

2曲目は一転してスイングのリズム、柔らかいムードの佳曲The Gift、美しくナチュラルな雰囲気を湛えています。メロディラインの間に入るMintzerのフィルインも出過ぎず丁度良い語り口です。先発ソロは先ほどの演奏で出番がなかったJohnsonのベースから。正確なピッチ、美しい音色、よく歌うピチカートのラインからはテクニシャン、そして都会的なセンスを感じます。ソロのバックでのWillisのブラシワークも巧み、さり気なくスティックに持ち替えてMintzerのテナーソロへ。穏やかさを基本にしながらも、いきなり鋭利な刃物のような切れ味鋭い、テンションを多く含んだフレージングを、端正なグルーヴで繰り出す様はさすがユダヤ系プレーヤー、知的で大胆です!4’00″からのフレーズはMichael Breckerも70年代使用したJoe Hendersonのもの、おふたりJoe Henも研究したのですね。続くO’Maraのソロは先ほどとは打って変わりタイトな8分音符を主体としたアプローチ、ジャズギタリストとしての真骨頂を披露してくれており、音使いの選び方もとっても好みです!

3曲目Catalystはアップテンポのスイング、ここでのWillisのシンバルを主体としたドラミングは皮ものの鳴りが少なくなるので、ラウドな傾向は影を潜めます。イヤー、カッコいい曲ですね!メロディの組み合わせ方の妙と言いますか、何処かで聴いた事のあるフラグメントの配置の仕方、再構築に作曲者のセンスを感じます。テーマ部分はテナー、ギター、ベースがユニゾンでメロディ奏、先発ギターソロからベースがバッキングを担当します。John Aebercrombieを彷彿とさせるギターソロは、ギターキッズならば頷かざるを得ないクオリティの内容です!ドラムのアイデア豊富なバッキング、ベースの変幻自在なサポートがトリオのインタープレイの次元を高めています。79年録音Abercrombieの作品「Abercrombie Quartet」でのバンドの一体感をイメージしました。

テーマの一部分をインタールードに用いて次のソロイストやテーマに移行していますが、Catalystとは「きっかけ」の意味、このインタールドの事を指すのかもしれません。続くテナーソロでは1人増えた4人でのインタープレイの応酬がスリリング、Mintzerとことん盛り上がらず含みを持たせた大人の対応を見せてCatalyst後ベースソロへ、ドラムだけがサポートし両者組んず解れつの演奏後、短くCatalystを経てバンプ的ドラムソロ、ラストテーマも無事終了です。

4曲目Seven-Upはその名の通り7拍子のファンク・ナンバー、米国でお馴染みの清涼飲料水と同名、O’Maraさん1曲目といいタイトル付けがちょっと安直な気もしますが、ひょっとしたら単に僕と同じダジャレ好きなだけなのかも知れません(笑)、ギターのカッティングから始まる実にゴキゲンなナンバー、こちらは変拍子を感じさせないナチュラルなメロディラインとグルーヴが印象的です。テーマは2回演奏され1回目ギターはそのままカッティングのみでのバッキング、繰り返し回はコードとメロディを巧みに組み合わせてのオーバーダビングを含めたバッキング、芸が細かいです!先発Mintzerはここでも4拍子+3拍子からなる7拍子を、リズムセクションの大健闘と共に難なくグイグイと盛り上げています!ソロは決してtoo muchにならず、バランス感を常に念頭に置いた演奏に徹しています。ギターソロも音色を変えつつ変幻自在なアプローチ、途中から再びオーバーダビングでギターのカッティングが聴こえ始めますが、レコーディングでは良く行われる手法のひとつです。カッティングが加わる事でグルーヴ感を強調させるのが目的なのでしょう。ソロが終わってもそのままカッティングがうっすらと残りラストテーマへ、レコーディング・テクノロジーによる最小限の演奏上の音加工が功を奏したテイクになったと思います。

5曲目Chancesはアコースティックギターを用いたイントロに始まるバラード、アコギの響きが堪りません!メロディを奏でるMintzerはバラードの名手でもある事を再認識させてくれました。深いビブラート、強弱付けによる抑揚、もっと聴きたいところで先発はギターソロ、テナーは暫しお預けです。しかしギターソロの最中に倍テンポになってしまいました(涙)。そのままでのバラード演奏を楽しみにしていたので肩透かしを喰らいましたが、曲の本題は後半部分なのかも知れません。でもエンディング部分で再びサブトーンでのメロディを堪能することが出来ました。

6曲目タイトル曲Symmetryはヘヴィーなリズムのワルツ・ナンバー、ドラムのテイストもどこかElvin Jonesを感じさせますが、このようなグルーヴのジャズワルツではありがちな事なのでしょう。でもElvinとの最大の違いはレイドバック感です。ここではWillis君のドラミングにスネア&皮ものが再登場し、ちょっと鳴り過ぎの感が…しかしテーマのメロディ奏に脱力系の色気を感じるので、帳尻が合っているのかも知れません。先発テナーソロは曲の持つムードをキープしながらをワンコード・オープンの上で次第に熱くフラジオ音も使ってブロウ、おそらくキューを提示してテーマのコード進行に移行します。ギターソロも同様にワンコードでのオープンソロ、クリアーなトーンでジャズギタリスト然とソロを展開、Willis君も果敢にフレージングに対応しています。テーマのコード進行に移ってからはメロディも伴われ、ラストテーマへ。ここでもMintzerの吹き方にテナーマンとしての色気を認める事が出来ました。

7曲目Steppin’ Outはドラムのソロから始まる速いテンポのスイング・ナンバー、シンバルを主体としてビートを刻むドラミングからTony Williamsのテイストが聴こえます。シンプルさの中にもO’Mara流のスパイスが効いた、こちらも外連味のない佳曲、先発のギターもリズムセクションとの一体感が見事なソロを聴かせています。on topで巧みにビートを繰り出すJohnsonのベースがこの演奏の要、Willisのビート感も実に素晴らしい!テナーソロ後にギター、テナーとドラムの8バースが繰り広げられますが、年齢を鑑みた音楽的表現の未熟さを微塵も感じる事はありません!この貫禄と風格は何処から来るのでしょう?O’Mara自身のライナーノートによればWillisとは”Old” Friendsという事で、以前取り上げた「Fuchsia Swing Song」のSam RiversとTony Williamsの関係と同じです。ちなみにJohnson, Mintzerとはレコーディングのリハーサル前には会った事がなく、電話でやり取りをするだけだったそうです。(現在ではメールという事になりますが)彼らはそんな付き合い方から演奏に至るまでを称しTelephone Bandと呼ぶのだそうです。

8曲目Expressionsは巧みなベースソロをフィーチャーした叙情的なイントロから始まるEven 8thのナンバー。Mintzerのソプラノサックスがこの上なく美しいです!テナー同様に倍音成分が実に豊富で複雑な鳴りをしていますが、バランス感が絶妙、この曲の持つムードにまさしくピッタリです!ソプラノばかりに耳が行ってしまいがちですが、曲のメロディ、構成も実に素晴らしい出来です!Mintzerが参加するグループYellowjacketsの98年作品「Club Nocturne」の1曲目、以降のYellowjacketsの重要なライブレパートリーでもある名曲Spirit of the West、ここでのソプラノの音色、演奏も実に堪りません!そういえば同じくユダヤ系Coltrane派テナー奏者、70年代からのMintzerの盟友であるDave Liebman, Steve Grossman, Michael Breckerたちもソプラノの名手でした。ギターソロはさすがコンポーザーとしてのイメージをふんだんに散りばめた、深淵な世界を作り上げています。ラストテーマではソプラノの鳴りが更に極まったように聴こえ、一時この曲ばかりヘヴィロテで聴いた覚えがあるのを思い出しました。

9曲目最後を飾るBlues Duesはリラックスした雰囲気のナンバーですが、O’Mara流の捻りが効いた作風に仕上がっています。先発ギター、様々なテイストを織り交ぜながらテクニカルに、カラフルに歌い上げています。ドラム、ベースのふたりもチャレンジしつつO’Maraの演奏に対処しています。テナーソロもギターの雰囲気を受け継ぎつつよりファンキーに、ブルージーにホットにソロを展開しています。ベースも淀みないラインを実に余裕で演奏していますが、実はとんでもない高度な内容のソロです!

本作のようにAustralia出身のギタリストがGermanyに移り住み演奏活動を展開、移住先で知り合った若いドラマーを連れて渡米、ジャズシーン最先端のテナー奏者、ベーシストとNYで共演し全曲自身のオリジナルを録音、これ以上の出来はないほどのクオリティ作品を作り上げる。世界は狭いと捉えるべきか、ジャズという音楽の柔軟性が成せる技か、その両方なのかも知れません。いずれにせよ本作を紹介出来たことを嬉しく思っています。

2020.01.24 Fri

Treasure Chest / Joe Gilman Trio & Joe Henderson

今回は米国人ピアニストJoe Gilmanの1992年リーダー作「Treasure Chest」を取り上げてみましょう。Joe Hendersonが4曲ゲスト参加しています。

Recording Date: 12 November and 12 December 1991 Recorded at Bay Records / Oakland Recording Engineer: Bob Schumaker Produced by Bud Spangler Executive Producer: Wim Wigt Label: Timeless Records, Holland

p)Joe Gilman b)Bob Hurst ds)Jeff “Tain” Watts ts)Joe Henderson(on 3, 5, 7, 10) tp)Tom Peron(on 7)

1)Treasure Chest 2)The Enchantress 3)It’s All Right With Me 4)New Aftershave 5)A Second Wish 6)Chains 7)Non Compos Mentis 8)Nefertiti 9)Juris Prudence 10)It’s All Right With Me

1962年California生まれのJoe Gilmanは7歳からピアノを始め当初はラグタイムに興味を示しました。10代の頃にDave Brubeckのプレイに魅力を見い出し、その後Oscar Peterson, Herbie Hancock, Chick Corea, McCoy Tyner, ピアニスト以外ではJohn Coltrane, Miles Davisと言ったジャズ・リジェンドのレコードを愛聴しました。クラッシック音楽を学んだ過程ではIgor Stravinsky, Sergei Prokofievのコンセプトに影響を受けたそうです。92年からCaliforniaにあるAmerican River CollegeとSacramento State Universityで教鞭を執り、University of the Pacific’s Conservatory of Musicでは00年に創設されたThe Dave Brubeck Instituteの授業も行う楽理派でもあります。 米国には第一線にはあまり登場しなくとも、教育者として活動し続け、オリジナリティはともかく、いざとなったら凄い演奏を繰り広げる事が出来る、ポテンシャルが半端ないミュージシャンがとてつもない数潜在しているように感じます。

本作は当時のBranford Marsalis QuartetのリズムセクションだったベーシストBob Hurst、ドラマーJeff “Tain” Wattsを迎えたトリオ編成を中心に、更にJoe Hendersonを加えたカルテットでも4曲を演奏しています。本作録音の頃のBranford Quartetの作品としては90年作品「Crazy People Music」、91年リリース「The Beautyful Ones Are Not Yet Born」がありますが、これらでもHurst, Wattsの二人は抜群のコンビネーションを聴かせています。Wattsに関して、96年頃からMichael Brecker Quartetにも加入する事になりますが、その事がきっかけで大きく成長しました。参加当初は周囲から違和感も囁かれましたが、それまで経験した事のないタイプであるMichaelの音楽性を吸取紙のように吸収し、あっという間にMichaelが自分の音楽を表現するに欠かせないドラマーに変身を遂げました。当然ですがそこで培われる更なる緻密で大胆なテクニック、グルーヴ、柔軟で幅の広い音楽性はここではまだ発揮されておらず(加入5年前です)、片鱗を見せる程度です。基本的なビート感は一貫していますが、どちらかといえばオーソドックスなアプローチに徹しています(とは言え、物凄いドラミングですが)。

それでは演奏について触れていきましょう。1曲目GilmanのオリジナルでアップテンポのナンバーTreasure Chest、表題曲に相応しい華やかでスインギーな演奏です。クリアーでタイトなピアノタッチ、on topなリズムのノリはスピード感を伴い、どこかOscar Petersonをイメージさせますが、フレージングやサウンドはコンテンポラリー系が中心なので異なります。彼なりの歌い方を感じさせるスタイルも十分に聴かれるソロは、リズム隊にサポートされグイグイと展開、Hurstのやはりon topなベースがRay Brownを彷彿とさせ、二人のビートに対してWattsがステイしているのでトリオのバランスが保たれていますが、これはまさしくBrownとEd Thigpenが在籍したThe Oscar Peterson Trioのフォーマットでしょう。ピアノソロ1’10″辺りで一瞬ヒヤリとさせられましたが全くOKです!2’01″辺りからの歌い回しにどこかBrubeckを感じました。超絶ベースソロの後にドラムとの8バースも聴かれますが、Wattsのフレージングには他にない独自なセンスを感じます。3’25″からのピアノソロ・フレーズの凄いこと!再びイントロ、そしてラストテーマを迎えシンコペーション・フレーズでカットアウト、Fineです。4分強の短い演奏にトリオの魅力が凝縮されたテイクに仕上がりました。

2曲目Gilman作のワルツThe Enchantress、Coreaの作風に似たテイスト、サウンドを感じさせますが美しいメロディとセンシティブなピアノタッチが美の世界へと誘います。Hurstの絶妙なバッキング、Wattsの繊細で大胆なElvin Jonesライクなブラシワークに支えられてドラマチックに演奏が展開していきます。ピアノソロのテイストを受け継いだベースソロも深い音色で見事なピチカートを聴かせています。ラストテーマもきっちりと律儀に演奏され、教育者ゆえなのでしょうがGilmanの真面目な人柄を垣間見た気がします。

3曲目は本作のトピックスCole Porter作曲のお馴染みIt’s All Right With Me、Joe Henが加わります。ユニークなシンコペーションを生かし、緊張感を伴ったリズミックなパターンから成るイントロから始まりますが、エレクトリック・ピアノが使われています。明らかにFender RhodesやYAMAHAのCP80とは異なる音色、こちらはRoland社製のものだそうです。個人的にはやや深みに欠ける音色に聴こえますが、演奏する本人が気に入って使っていればそれで良いのです。低音域でのメロディ奏は一聴してすぐ彼と分かる、オリジナリティ溢れる魅惑のテナートーン、この時点で一体どんな世界を構築してくれるのかワクワク感満載です!だってJoe HenのIt’s All Right With Meですから!!そして期待を裏切らずピックアップ・ソロのフレーズから炸裂、ブッ飛んでます!1コーラス目はテーマのパターンが持続しその上でのインプロヴィゼーション、エグくてリズミック、スピード感ハンパ無いブロウ、間の取り方も絶妙、と言うか間こそがフレージングの要とばかりに決してtoo muchにならず、要点を確実に述べながらJoe Henフレーズを駆使しストーリーを展開します。2コーラス目からスイングに、リズムセクションはJoe Henの演奏に圧倒されひたすらキープに回っているが如し、でもWattsが果敢に呼応しています!ですが、ですが、後年の演奏スタイルならばきっととんでもない異次元の世界に誘ってくた事でしょう!続くGilmanのソロもイッてます!4’23″からのようなフレージング、大好きです。ピアノソロ後再びイントロのパターンに戻りラストテーマ、その後はパターンが延々とリピートされ、Joe Henはフレッシュなフレーズを連発しています。そしてフェードアウトかと思わせ、ベースとドラム二人で示し合わせたようにリズム・モジュレーションを用いテンポを変えて再びテーマ演奏へ、丸々1コーラスメロディを演奏しているじゃありませんか!面白過ぎです!エンディングはさすがにフェードアウトでFineです。

4曲目はGilmanのオリジナルNew Aftershave、小気味良いスイングナンバーです。オーソドックスなスタイルを中心にThelonious Monkのテイスト等を交え巧みにソロを取っていますが、ちょっと優等生過ぎるきらいもあります。やはり職業柄、それともお人柄からでしょうか?ジャズはワルや、やさぐれ感に由来する毒が必要不可欠だと思うのですが、タイトル通りでひげそり後の爽快感のイメージならば良しとしましょうか(笑)ベースソロ、ドラムとの4バースを経てラストテーマへ。

5曲目A Second Wish、美しいピアノイントロから始まるこちらもJoe Henが参加したナンバー、ルパートでテナーによるテーマ奏の後、ベースパターンでテンポが定まり、特にテーマの提示はなくピアノソロへ。ドラマチックなコード進行の上で叙情的にフレーズを繰り出すGilman、続いてJoe Henのソロが始まり豊かなイメージを内包しながらのアプローチ、Hurstの絡み具合が秀逸です。テナーソロ後にフェルマータしピアノのルパート奏、テナーのきっかけでアテンポ、ラストテーマはコードのサウンドとテナーの音色が良く合致したアンサンブルを聴くことが出来ます。

6曲目ChainsはGilman作のモーダルなブルース、ユニークなテーマとリズミックなシカケが映える佳曲、トリオ編成でこちらも早いテンポが設定されています。どこかCoreaのMatrixでの演奏をイメージしてしまうのは僕だけではないでしょう。とはいえGilman流暢に、ストーリーを語るが如く巧みにソロを取り、Wattsのドラミングとも絶妙なコラボレーションを聴かせ、その勢いで壮絶なドラムとの1コーラス・バースに突入します。コーラスを重ねる毎にドラムソロの密度が濃くなって行くのが分かります。

7曲目Gilman作Non Compos MentisはMiles Davisの「Miles in the Sky」と、70年代Joe HenがMilestone Labelに残した一連の作品からのイメージを湛えたジャズロック的なナンバーです。アンサンブル要員でリーダーの旧友、トランペッターTom Peronが参加しています。Joe Henここでも絶好調のアドリブを聴かせています。Gilmanのソロ、リズムセクションも同様に素晴らしいアプローチを聴かせ、バンドの一体感が見事です。レコーディングは残されていませんがJoe HenはMilesのバンドに一時期参加していたそうで、そのオマージュの意味合いもあったのでしょう。

8曲目Wayne Shorterの書いた名曲にして超難曲の代名詞としても名高いNefertiti、こちらもMilesゆかりのナンバーです。ここではエレクトリック・ピアノによるソロで演奏されていますが、コーラスやディレイといったエフェクトが施された独特の雰囲気でのプレイは、曲の持つムードに不思議に合致しています。

9曲目Juris PrudenceもGilman作のナンバー、8ビートのリズムで演奏されるメロディはDizzy GillespieのナンバーMantecaを彷彿とさせますが、単なるシャレなのか、本気なのか、トリオの三位一体でのリズムの饗宴は真剣そのものですが。ベースパターンもトリッキーでリズミック、シンセサイザーの音色でのアンサンブルは曲に色付けを施し、アルバム全体に変化をもたらしています。

10曲目It’s All Right With Meは3曲目の同曲別テイクになります。テンポはこちらの方がやや遅く、演奏の構成はほぼ同じ、ひとつ大きな違いはJoe Henがメロディを上の音域で演奏している点で、オープンな雰囲気になります。先発のテナーソロはまた違ったアプローチを示していて素晴らしいのですが、一度真っさらな紙の上に大胆に毛筆で大きく文字を書いてしまった後のようで、ソロに対するフレッシュさが目減りしてしまった風を感じます。3曲目の方がファースト・テイクで、演奏が上手く言ったのでOne More Takeとなり、こちらがセカンド・テイクにあたるのではないでしょうか。エンディングのテナーソロもこちらの方があっさり目に聴こえますが、実は単にフェードアウトを早めただけかも知れません。ピアノソロに関しては両テイク共に彼らしさが出ていると思います。続けて同じ曲を演奏しようとする際、前のテイクがスポンテニアスで音楽の深部に到達していればいるほど、繰り返しのテイクには奏者にプレッシャーが加わり、作為的になるものです。本テイクのクオリティはこの曲の名演奏のひとつに数えられるべき内容ですから。総じて最初のテイクの方に軍配が上がると思いますが、こちらも例外ではありません。なので別テイクを巻末に収録する意味合いを今一つ感じる事が出来ないのですが、このテイクとの比較によりオリジナル演奏の凄みを再認識出来るという、特典付き別テイク収録という事になるのでしょうか(爆)

2020.01.17 Fri

My Romance / Kevin Mahogany

今回はボーカリストKevin Mahoganyの1998年アルバム「My Romance」を取り上げてみましょう。素晴らしい共演者、アレンジャーを得て極上のバラード作品に仕上がりました。録音の良さからも彼の代表作の一枚と言えると思います。

Recorded: May 11-13, 1998 at Sear Sound, NYC Produced by Matt Pierson Assistant Producer, Kevin Mahogany Recorded by Ken Freeman Mixed by James Ferber Strings Arrangement on “Wild Honey” by Michael Colina

vo)Kevin Mahogany p, arr)Bob James b)Charles Fambrough ds)Billy Kilson ts)Kirk Whalum ts)Michael Brecker

1)Teach Me Tonight 2)Everything I Have Is Yours 3)My Romance 4)I Know You Know 5)Don’t Let Me Be Lonely Tonight 6)Stairway to the Stars 7)May I Come in? 8)Wild Honey 9)I Apologize 10)How Did She Look? 11)Lush Life

魅力的な低音域の声質、ジャジーなイントネーションとセンス、正確なピッチ、発音と発声を有しBilly Eckstine, Joe Williams, Johnny Hartmanら正統派男性ボーカリストの流れを汲むKevin Mahoganyは58年Kansas City生まれ、幼い頃からピアノやクラリネット、バリトンサックスを手掛け高校生の時に既に音楽を教えていたそうです。Lambert, Hendricks and RossやAl Jarreau、Eddie Jefferson達に音楽的な影響を受け、本作では殆ど披露されていませんがスキャットも大変に堪能なボーカリストです。96年Robert Altman監督の映画Kansas Cityのサウンドトラック盤ではHal Willnerがプロデュースを担当、例えばCraig HandyがColeman Hawkins、Geri AllenがMary Lou Williams、James CarterはBen Webster役を務めていますが、Mahoganyも伝説的ブルースシンガーBig Joe Turner役で参加しています。

Mahoganyの93年初リーダー作「Double Rainbow」(Enja)はKenny Barron, Ray Drummond, Lewis Nash, Ralph Mooreら名手を迎え、先輩格のシンガーJon Hendricksがライナーノーツを寄稿した記念すべきデビュー作、オハコのスキャットも十分に披露し、共演者とのインタープレイも巧みなアルバムです。スインギーなジャズテイストやグルーヴは本作と遜色ありませんが、音程やタイム感はこちらの方に軍配があがるのは、初リーダー作からMahoganyが進化している証でもあります。

それでは演奏に触れていきましょう。1曲目Teach Me Tonight、Bob Jamesのメロウなピアノイントロに続き、素晴らしい音色のテナーでフィルインを聴かせるのがKirk Whalum、この人は当Blog初登場になります。大好きなテナー奏者なのですがたまたま取り上げるチャンスがありませんでした。彼の演奏はスムースジャズという範疇にカテゴライズされるようですが、ジャズ的要素をかなり持つプレーヤーです。むしろどっぷりとジャズに足が浸かっていないスタンスでの違った歌伴表現、テイストの異なるオシャレなオブリガードを聴かせていると感じます。彼の使用楽器ですがJulius Keilwerth SX90R Black Nickel、マウスピースはVandoren V16 T8、リードは同じくVandoren V16 4番。サックスの音色はその人の身体から生じるもので、使用楽器とマウスピースは二次的なものですが、個性を発揮させるためのオリジナルなセッティングと言えるでしょう。サブトーンを活かしたオブリ、芳醇な音色でタイトなリズムを聴かせるソロはどこか極上な赤ワインの味わいに似ています。伴奏のピアノトリオはリラックスした中にも適度に負荷がかかった美学を持ちつつ一切無駄のない、全ての音がサウンドしている音空間を構築しています。2’50″からピアノがホールトーンで下降するフィルインを弾いています。唐突といえば唐突なのですがJamesの独特なユーモアのセンスと感じるのは僕だけでしょうか。

2曲目はEverything I Have Is YoursはMahoganyの尊敬するBilly Eckstineの歌唱で有名なナンバー、冒頭トリオによるイントロ、唄に入ってもドラマーBilly Kilsonはスティックではなく手のひらを用いてセットの革物を叩いており、パーカッション的な柔らかさを表現しています。Mahoganyはよく伸びる美しい声で朗々と歌い、強弱を生かして切々と愛を唱えています。ピアノソロに入りドラムはブラシに持ち替え巧みな16ビートを演奏、ベーシストCharles Fambroughも的確なサポートを聴かせています。間奏のピアノも歌伴とインストのソロ端境ギリギリに位置するテイストで演奏しています。後唄では再びKilson、ハンド・ドラマーに徹しています。

3曲目はタイトルチューンのMy Romance、幾多のボーカリストに取り上げられた定番中の定番曲ですが共演者の巧みな伴奏もあり、忘れられない好演奏に仕上がっています。冒頭テナーとボーカルのデュエットでメロディが演奏されていますが、二人のトーンの豊潤さが相乗効果を生み、コードやリズム楽器が無くとも十分に音楽が成り立っています。一曲丸々デュオ演奏でも良かったのではとも感じていますが、割って入るように弾き始めたJamesのピアノがMahoganyのボーカルをナイスサポート、また違った側面を聴かせます。テナーのオブリガートを交えながらその後テナーソロ、いや〜実に良い音ですね!堪らないです!ニュアンス、イントネーションもちょうど良いところを保ちつつメロディフェイク的なアドリブを聴かせてくれます。その後あと歌へ、そしてアウトロはキーを変えておしゃれにスマートにFine、素晴らしいですね!ベース、ドラムが加わらないトリオ演奏で終始しました。

4曲目はシンガーソングライターLyle LovettのナンバーI Know You Know、Lovettは俳優としても活躍し、前述の映画Kansas Cityの監督Altman作品の常連でもあります。ここではテナー奏者が交代しますが、その人はお馴染みMichael Brecker、間違いなく歌伴テナーの第一人者として、ありとあらゆるボーカリストの伴奏をこれ以上相応しい演奏はあり得ないという次元で務めていますが、ここでもブルージーに、アンサンブルのメロディもニュアンス巧みに、そしてさりげなくMichael節を聴かせています。Mahoganyのボーカルも、ブルース表現を決してtoo muchに出さずにアーバン・ブルース的?コンセプトで歌い上げています。Whalumがこの曲の伴奏を務めたらMichaelよりももっとブルージーだったかも知れませんね。

5曲目Don’t Let Me Be Lonely TonightはJames Taylor作の名曲、多くのアーティストによってカヴァーされています。73年オリジナルの演奏ではMichaelが参加しており、その間奏は初期の彼の名演奏の一つになっています。Michael自身も01年の作品「Nearness of You: The Ballad Book」で取り上げ、逆にTaylorをゲストとして招き素晴らしい演奏を繰り広げ、グラミー賞に輝いています。

印象的なピアノのイントロから始まりMahoganyのボーカルが聴かれますが、Taylorに比べてずっとキーが低く、低音域での歌唱によりずいぶんと雰囲気が変わっています。是非ともWhalumに歌伴、そして間奏をお願いしたかったですが、残念ながら聴くことは出来ません。CDのクレジットでは参加していることになっているのですが…

6曲目Stairway to the Starsは古いスタンダード・ナンバー。こちらも多くのミュージシャンに取り上げられている名曲です。ドラムのブラシから始まるイントロはここでもJamesの巧みなアレンジが光りますが、そのまま本編でも美しいメロディライン、Mahoganyのメロウなボーカルと歌い回し、トリオの全く雰囲気に合致した、見事としか言いようの無い伴奏とが合わさり、芸術性と職人芸の融合、この曲の新たな名演奏が生まれています。

7曲目May I Come in?はNancy Wilson, Rosemary ClooneyやBlossom Dearieたち女性ボーカリストに取り上げられているナンバー。Dearieの64年同名作での可愛らしい(カマトト?)歌唱と比較すると、Mahoganyの低音域・益荒男ぶりが実によく映えます。

ここでもMichaelが伴奏を務めます。イントロでの切なさを感じさせる吹き方は流石です!スロ−な8ビートのリズムの上でMahoganyたっぷりと、朗々と歌い上げています。続いてMichaelのソロ、ボーカルのバックのレコーディングでは予め譜面や音源、アレンジのコンセプトなどを、可能な限り入手してスタジオに臨むと言っていました。ここでのプレイもそう言った準備を入念に行った演奏と解釈できる、実にサウンドしている演奏だと思います。エンディングでにてMahogany、ここでは敢えて封印していたスキャットでMichaelとバトルを行っています。「Kevin, この作品はバラード集でしっとりとした作品コンセプトだからさ、スキャットはやっても程々にね」とプロデューサーのMatt Piersonにクギを打たれていたのでしょうね、顔見世興行的にほんのご挨拶で終えて、フェードアウトです。

8曲目Wild Honeyは英国が誇るロックシンガーVan Morrisonのナンバー、再びWhalumを迎え、ストリングスセクションも配した演奏になっています。ストリングスアレンジは名手Michael Colina、ゴージャスなサウンドを提供して正に適材適所。Mahoganyはこういったテイストの曲でも曲想を巧みに踏まえて歌い上げます。Whalumもオブリガート、間奏ともに素晴らしい演奏を聴かせています。彼自身も12年リーダー作でボーカリストKevin WhalumにJohnny Hartman役を、本人はJohn Coltrane役を担当し「John Coltrane and Johnny Hartman」を再現した作品「Romance Language」をリリース、ここでは歌伴に徹しています。

9曲目I ApologiseはこちらもMahoganyの尊敬するBilly Eckstineの歌で有名なナンバーです。Eckstineのヴァージョンはかなりアクの強い、やさぐれ感満載(笑)の歌唱ですが、ここでは洗練された表現を聴くことができます。Jamesの品の良い、知的なアレンジがさらにボーカルの表現を高めている事に成功していると思います。

10曲目How Did She Look?は生涯に3000曲以上を書いたとされる米国の作詞作曲家Gladys Shelleyのナンバー、Mahoganyは古き良き時代のナンバーを発掘する事にも長けているようです。ピアノのバッキングが甲斐甲斐しいまでに痒い所に手が届く状態、ヴァースから丁寧に歌い上げているMahoganyを包み込み、彼の音楽を心から応援しているかの如くです。

11曲目Lush Lifeは言わずと知れたBilly Strayhornの名曲、ピアノとデュオで演奏されています。Mahoganyの歌も素晴らしいですが、Jamesのこの曲を熟知したバッキングが光っています。

2020.01.03 Fri

Canyon Lady / Joe Henderson

今回はJoe Henderson1973年録音のリーダー作「Canyon Lady」を取り上げてみましょう。全編ラテンミュージックを演奏した聴き応えのある作品です。

Recorded: October 1-3, 1973 Studio: Fantasy Studio, Berkley Producer: Orrin Keepnews Label: Milestone

ts)Joe Henderson ac-p)Mark Levine b)John Heard ds)Eric Gravatt timbales)Carmelo Garcia congas)Victor Pantoja tb)Julian Priester(1, 3, 4) tp, fgh)Luis Gasca(2, 3, 4) el-p)George Duke(1,2,3) tp)Oscar Brashear(1, 3, 4) tp)John Hunt(1) fl, ts)Hadley Caliman(1, 3) fl)Ray Pizzi(1) fl)Vincent Denham(1) tb)Nicholas Tenbroek(1) congas)Francisco Aguabella(4) arr, cond)Luis Gasca

1)Tres Palabras 2)Las Palmas 3)Canyon Lady 4)All Things Considered

本作はJoe Henderson30作近くあるリーダー作中異色の一枚で、ティンバレス、コンガ奏者やホーンセクションを擁したラテンならではのグルーヴ、サウンドを大編成によるアレンジでゴージャスに演奏しています。Joe Henはもともとタイム感抜群のプレイヤーですが、ラテンでも同様に素晴らしいリズムを聴かせ、One & OnlyのJoe Henトーン、プレイのスタイルと相俟った新たな境地を展開しています。「彼のグルーヴはラテンにも合致するのだ」と再認識しました。しかもいつになくハードにブロウし、吠えまくりフリーキーなアドリブを聴かせていますが、自分に照らし合わせてもラテンのリズムはテナー吹きを熱くさせるサムシングを持ち合わせていると感じます。2曲オリジナルを提供しているピアニストMark Levineがリズムセクションの要となり、Weather ReportやMcCoy Tynerのバンドでその名を馳せたEric Gravattの素晴らしいドラミングと、ラテンに不可欠なティンバレス、コンガとが合わさり三位一体の緻密なグルーヴを提示、ベーシストJohn Heardとの相性も申し分ないので見事に「本格的な」ラテンアルバムに仕上がりました。50年代ハードバップ・エラからジャズ屋のラテンには雰囲気があり、良いグルーヴの演奏もありましたが、ラテンに精通するのプレイヤーのタイトで鉄壁なリズムには全く敵いません。本作はJoe Henライブラリーの中でもっと知られても良い一枚だと思うのですが、アルバムタイトルから選ばれたのでしょう、妙齢な女性のジャケ写を全面に出したレイアウトと作品自体の関連性がどうにも感じられないので、Joe Henファンは言うに及ばず多くのジャズファンからもスルーされがちな一枚です。名は体を表す、作品タイトルとジャケットの関係性は大切なのです。

それでは演奏に触れて行きましょう。1曲目Tres Palabrasはラテンの名曲の一つでキューバ出身の作曲家Osvaldo Farresによるナンバーです。英語ではWithout Youというタイトルで演奏される事がありますが、他のジャズプレイヤーが取り上げたヴァージョンとして62年録音のKenny BurrellとColeman Hawkinsの共演盤「Bluesy Burrell」、Wes Montgomery66年録音「California Dreaming」、哀愁を帯びた魅力的なメロディラインはNat King Coleをはじめとして多くのシンガーにも取り上げられています。

アンサンブルをバックに朗々とルパートでメロディを吹き始めるJoe Hen、お馴染みの超個性的な音色ではありますが美しいメロディ奏ではジャンルを問わず常にその真価を発揮します。Antonio Carlos Jobimのボサノバ・ナンバーを取り上げた晩年の傑作「Double Rainbow」や75年作品「Black Miracle」に収録Stevie Wonder作の名曲My Cherie Amor(!)などのメロディアスな曲での印象的なプレイは、聴き手の心を捉えて離しません。71年には、かの伝説的ブラスロック・バンドBlood, Sweat & TearsにオリジナルメンバーFred Lipsiusの後任として数ヶ月間在籍しましたが(レコーディングが残されているなら是非とも聴いてみたいものです!)、この事は彼がジャズだけにとどまらない音楽性を有する証でもあります。

ボレロで演奏されていたテーマが終わる頃には壮大なアンサンブルが被り始め、合間を縫うようにGeorge DukeのFendrer Rhodesによるフィルインが聴かれます。チャチャのリズムでテナーソロ開始、ティンバレスやコンガのパーカッション群が効果的にリズムを刻んでいる上で、間を活かしながらジワジワと盛り上がりフラジオA音でのトリルまで用いて遂に炸裂、それに到るまでのJoe Henフレーズの積み重ね方の巧みさ!なんと雄弁なストーリー展開でしょうか!ホーンのアンサンブルが加わる事によりアドリブの終息感を匂わせ、その後DukeのRhodesによる華麗なソロ、続くOscar Brashearのブリリアントなトランペットソロ、その後はカットアウトされるが如く、再びボレロでラストテーマが演奏されます。それまでの賑やかさが祭の後の静けさのようにしっとりと奏でられ、リタルダンド、フェルマータの後は再びホーンの豊かな響きが曲を彩り、最後はオクターブ上でのテーマ奏、ホーンアンサンブルは大フォルテシモで迎え、テナーのカデンツァにて大団円を迎えます。

2曲目はJoe HenのナンバーLas Palmas、パーカッションを効果的に用いたリズムのパターンが彼らしいユニークなコンポジションです。Joe HenとトランペットのLuis Gascaの2管編成ですがテーマらしきメロディラインは特に演奏されず、ワンコードの上でトランペット〜テナーのソロが行われ、カラフルなDukeのRhodesでのバッキングが効果的です。その後は3者3様同時進行でソロが行われ、次第にリタルダンドし、Fineです。以上がレコードのSide Aになります。

3曲目はMark Levine作の表題曲Canyon Lady、ラテンのリズムとソリッドなホーンセクションによるシャープなサウンドが効果的に用いられた佳曲です。ホーンアンサンブル時に音の厚みを支えるべく、リズムセクションのグルーヴが変わるのが実に効果的です。ソロに入りベーシックなパターンに多少ルーズさが加わり、Joe Henのアプローチに柔軟に対応し始めます。浮遊感溢れるテナーソロはここでも間を活かしつつ、次第にフリークトーン、オーヴァートーンを交えてとんでも無い次元にワープして行きます。終盤戦の丁度良いところでホーンのアンサンブルが入るのは決してオーバーダビングではなく、コンダクターGascaの采配によるものでしょう。それにしてもJoe Henのタイム感の素晴らしいこと!個性が全面的に表出してオリジナリティをこれでもかと聴かせますが、彼は若い頃から学問として音楽、ジャズを徹底的に学んでいます。ジャズは学ぶものではなく経験する事が何より大切ではあると思いますが、Joe Henはアカデミックに学習した事柄をオリジナリティを掲げつつ、ロジカルに表現する事に長けているプレイヤーの筆頭格だと思います。続くDukeのRhodesソロもテナーソロの延長線上にあるべき事が音楽の統一感を生むと、しっかり意識しているかのようで、ドラマティックにストーリーを繰り出しています。ホーンセクションがここでも良きところで加わりラストテーマに繋げています。メロディを吹いてかつセクションと一緒にしっかりアンサンブルを奏でる、そして何より誰にも描けない深遠なイメージを抱きつつ、とんでもないソロを取るリーダーのJoe Hen、物凄い演奏者だと再認識しました。ラストテーマで一度落ち着いてからもJoe Henは再び吠えまくり、ホーンのアンサンブルが全く的確にバックアップしつつFade Out状態です。

4曲目もLevineのオリジナルAll Things Considered、この曲も実に素晴らしいテイストを表現しています。イントロのテナー、トランペットによるアンサンブルのバウンスしたメロディラインが、この後はスイングナンバーになると匂わせて、真正ラテンである証、ピアノのモントゥーノに受け継いでいます。なんと躍動感に満ちたラテンのグルーヴ、思わず腰が浮いてリズムを取りたくなってしまいます!さらにテナーソロのイマジネイティヴな事と言ったら!もちろんタイム感も完璧でこれはリズムセクションの一員同然、Joe Henはもはやリズム楽器奏者にカテゴライズされて然るべきでしょう!ホーンセクションのシャープさ、Levineのバッキング、ベーシストHeardのアプローチも申し分ありません!アンサンブルに続くティンバレスとコンガによるリズムの饗宴、いや狂宴でしょうか(笑)?凄まじいまでのリズムの応酬、タイムのセンターに向けてパーカッション全員が恐るべき集中力でフォーカスしているのです!2クラーベでテーマに戻ると思いきや何だか微妙な事態に?直後に左チャンネルから一瞬悲鳴らしき声も聞かれました?でも無事にラストテーマに突入、ラテンの名演奏がまた誕生しました。

以上が作品収録曲の全てですが、Joe HenのMilestone Label在籍時のレコーディングをコンプリートに収めた「The Milestone Years」には本レコーディングの未発表テイクである自身のナンバー、In the Beginning, There Was Africa…が追加されています。パーカッション隊3人とテナーだけのフリーインプロヴィゼーション、こちらも凄まじいテンションでの演奏ですが、ほかの収録曲とバランスを欠くためにオクラ入りしたのか、単にレコードの収録時間の関係か、でもこの作品を気に入った方には是非とも聴いてもらいたい演奏です。

2019.12.24 Tue

United / Ari Ambrose

今回はテナーサックス奏者Ari Ambroseの2000年録音リーダー作「United」を取り上げてみましょう。トリオ編成で存分に吹きまくっています。

Recorded: December 2000 Recording Engineer: Katsuhiko Naito Produced by Nils Winther Label: Steeplechase

ts)Ari Ambrose b)Jay Anderson ds)Jeff Williams

1)Blue Daniel 2)My Ideal 3)Four and One 4)Once I Loved 5)Mr. Day 6)How Can You Believe 7)Star-crossed Lovers 8)United

日本ではAri Ambroseの名前は殆ど知られていないと思います。まずは簡単なプロフィールから。1974年Washington, DCで生まれ音楽一家で育ちました。その後The Manhattan School of MusicでDick Oatsに師事しそのままNYCで活動を開始、The Village Vanguard Orchestraに参加しRyan Kisor, Brad Mehldau, Wynton Marsalis, Peter Erskineらと共演の機会を持ちます。96年には多くの優れたテナーサックス奏者が共演者として去来し、まさしくテナーサックスをこよなく愛するDonald Fagen, Walter Beckerの二人がリーダーのレジェンド・ロックバンドSteely Danで世界ツアーを行いました。米国在住の米国人ですが欧州Denmarkの名門レーベルSteeplechaseから98年初リーダー作「Introducing Ari Ambrose」をリリース、現在までにコンスタントに13枚(双頭リーダー作を含む)を発表するSteeplechase子飼いのミュージシャンです。今回は彼の5作目に当たるテナートリオでの作品「United」、録音当時26歳にして既に個性的な音色をたたえ、風格ある演奏を繰り広げており、選曲の良さや練られた曲の構成からも作品としてアピールしています。50〜60年代に多く現れた黒人若手テナーサックス奏者の如き野太くコクのあるトーン、テナー奏者たるべき毅然とした立ち振る舞い、真摯なジャズシーンへの向かい方、先達に対する敬意を払った演奏やテイストから、こちらを皆さんに是非ともご紹介したいと思います。

Ambrose24歳の初リーダー作、なかなかの面構えです。

そして共演者です。ベーシストJay Andersonは堅実でスインギーなベースワークから多くのミュージシャンと共演を果たしました。Woody Herman, Carmen McRae, Michael Brecker, Toots Thielemans, Joe Sample, Toshiko Akiyoshi, Frank Zappa, Tom Waits, Dr. Johnなど新旧ジャズミュージシャンに始まりジャンルの垣根を超えた活躍を遂げ、The Manhattan School of Musicで教鞭も執っており、Ambroseとは本作以降も度々共演を保つ間柄になるので、師弟関係にあるのかも知れません。ドラマーJeff Williamsは70年代からLee Konitz, Stan Getz, Dave Liebman, Richie Beirachら本人も含めたユダヤ系ジャズメンとの共演の機会が多く、自身のバンドでも継続的に演奏した知的でタイトな演奏スタイルを信条とするプレーヤーです。

それでは演奏に触れて行きましょう。1曲目トロンボーン奏者Frank Rosolinoのオリジナルでワルツ・ナンバーBlue Daniel、どことなくひょうきんさを感じさせるメロディですがいきなり個性的なテナーの音色が聴かれます。彼の様な音色のプレーヤーは、使用楽器やマウスピースに関係なく自身の音が鳴ってしまうのでしょうが、一応セッティングをご紹介します。マウスピースはOtto Link Early Babbitハードラバー、リガチャーはHarrison(Francois Louisも使用)、楽器本体は60年代中頃のAmerican(多分)Selmer、ラッカーがほとんどはげたアンラッカー状態です。コードレスのシチュエーションでの演奏、Sonny Rollins, John Coltrane, Ben Webster, Wayne Shorter, Joe Hendersonたちジャズジャイアンツの影響を感じさせますが、自分のスタイルに十分昇華させています。Blue Danielは可愛らしさも感じさせるシンプルなコード進行の曲、それ故に緻密な即興演奏を繰り広げるには素材としてむしろ難曲で、ワンパターンに陥りがちなアドリブをAmbrose多彩にかつ自在に吹き上げています。16分音符の繋がりがとてもスムーズなのはタンギングが絶妙で滑舌の良さに起因すると思われますが、真っ黒な音の塊がブリブリと音を立てながらテナーのベルから放出されているかの様、同じくテナー奏者Billy Harperのそれに近いものを感じますが、他にはあまり無い個性として発揮されています。かと言ってむやみに超絶技巧を感じさせるわけではなく、自身の歌を歌うための自然なテクニックの一環として備わっていて、バランスの取れたプレイヤーと言えるのではないでしょうか。共演のJay Anderson、 Jeff Williams共に的確なサポートを務め、Ambroseのソロをバックアップしつつ3者の融合が見事です。テナーソロ後のベースソロも歌心に満ち、テクニカルかつ安定感を提示して、オープニングに相応しい快演を聴かせています。

2曲目はバラードMy Ideal、これは26歳の若者が演奏する内容ではありませんね、百戦錬磨、修羅場をくぐり抜た人生経験豊富な、熟練したテナー奏者の如きテイストのバラード奏です。こちらもRollinsやWebster、Hawkinsのスタイルを感じさせますがそれらを洗練させたものに、自身のジャズテナー美学をふんだんに加味し、饒舌ではありますが歌心を満載させた演奏に仕上がっています。音量のダイナミクス、ニュアンス、アーティキュレーション、ビブラートの処理、グロートーン等の音色の使い分け、フレージングのコードに対する浮遊感、いずれの表現も手だれの者と言えましょう。ベースが弾くビートのポイントが実に的を得ていて、ドラムのブラシワークもカラーリングが巧みです。テナーソロ後、一瞬の間を置いての始まりが粋なベースソロ後にラストテーマ、この曲の名演奏が誕生しました。

3曲目はThelonious MonkのFour and One、一応Four in Oneが正式なタイトルのようです。Monkワールドそのもののオリジナル、Ambroseの個性にも合致していると思います。テーマとソロ1コーラス目は2ビートを交えた序奏として始まり、2コーラス目から本題スイングに突入です。リズム隊は吹きまくるテナーを自由に泳がせるべく、比較的シンプルなアプローチでリズムをキープしていますが、例えば3’13″辺りでのやり取りはこの三者ならではの世界を聴かせます。ベースソロ後のドラムとの8バース、4バースでは両者のやり取り、会話が次第にヒートアップしています。Williamsは端正でオーソドックスなプレイヤー、思慮深さからでしょうか、ドラミングに火が付くのがスロー・スターター傾向にあるように感じます。ライブではスペースがあるので良いのでしょうが、レコーディングでは本領を発揮する前にラストテーマを迎える時がありそうです。個人的にはもう少し変態系のドラマーでかつ一触即発系、例えばPaul MotianやJoey Baronたち、一筋縄ではいかないツワモノとの共演であれば、バースをより深いレベルの演奏にまで掘り下げることが出来たかも知れないと、勝手に想像しています。

4曲目Antonio Carlos Jobim作ボサノバの名曲Once I Loved、テーマ奏はムーディなバラードの如き語り口ですが、ソロは一転してゴリゴリ(ブリブリの方が彼の場合正しいかもしれません〜笑)とAmbroseワールドを構築していて、タイトなリズムでの16分音符の洪水により密度の濃い個性を発揮し、また随所に聴かれる小唄のような節回しには歌心を感じます。テナーソロの最後のフレーズを受け継いでベースソロが始まり、巧みなソロを聴かせます。その後再びテナーソロが始まりますが前半と比較してずっとテンションの高い、バージョンアップしたソロを聴かせ、共演者をインスパイアし、「俺について来い!」とばかりリズミックに巻き込み、よりハイレベルなインタープレイを聴かせています。本作中収録時間最長のナンバーになるのも然もありなん、です。

5曲目はJohn Coltrane作のMr. Day、自身は60年録音「Coltrane Plays the Blues」にて演奏しています。印象的なリズムパターンから始まるアップテンポの変型ブルース・ナンバー、これは一丸となってバーニングです!!テーマ後4コーラスほどリズムパターンをキープしてからスイングへ、Ambroseのソロはテーマのフラグメントを交えつつも変態アプローチ全開状態、その後ドラムと1コーラス12小節のバースが延々と続きますが、ここでのドラミングは早い時点で着火〜燃焼感が素晴らしいです!スポンテニアスにトレーディングを繰り返し、迎えたピーク点5’58″辺りでの凄まじさと言ったら!その後ラストテーマ、イントロと同じくリズムセクションだけになりFineです。

6曲目はHow Can You Believe、Stevie Wonder作曲のナンバーで68年リリース彼のリーダーアルバム「Eivets Rednow」(バンド用語です!)に収録され、オリジナルはメロディをWonderのハーモニカで演奏しています。ジャズではまず取り上げられることのない意外性のある選曲だと思いますが、4曲目Once I Lovedのボサノバと同系統8ビートのリズムでテンポも似通っている、曲順も近いために、テナートリオ編成ではどうしても似通って聴こえてしまいます。演奏自体は確かに4曲目よりも盛り上がってはいますが、より変化が欲しかったとは贅沢なおねだりですね。曲自体のメロディが綺麗なのでコード楽器が鳴っていれば話は別だったとも思います。

7曲目Star-crossed LoversはDuke EllingtonとBilly Strayhornの共作、夢見心地状態の美しいバラード、AmbroseはWebsterライクにムードを設定しています。2曲目同様の豊かなバラード表現は年齢不相応の若年寄り演奏、想像するに彼の父親なり家族なり、近しい存在にムーディなスタイルのテナーサックス好きがいて、子供の頃から度々耳にして影響を受けていたのでしょう、でなければこんな演奏はあり得ません。テーマ後にベースソロ、Ambroseはオブリガードを入れています。その後のテナーソロは同じテナートリオ編成Rollinsの「Way Out West」収録ナンバーSolitude(こちらはEllington単独の作曲ですね)を、曲想が似ているのもありますがイメージしてしまいます。

8曲目ラストはWayne Shorterのナンバーにして表題曲United、オリジナルテイクは61年録音70年リリースArt Blakey and Jazz Messengers「Roots & Herbs」に収録されています。朴訥なメロディのワルツ・ナンバー、オリジナルでは3管編成の分厚いハーモニーが聴かれるので、こちらは随分とシンプルに響きます。本テイクは6/8のグルーブで演奏されベースが先発ソロ、テナーが続きテナーソロでは3者の絡み合いが巧みに表現されています。

2019.12.18 Wed

All the Gin Is Gone / Jimmy Forrest

今回はテナーサックス奏者Jimmy Forrest1959年録音65年リリースのリーダー作「All the Gin Is Gone」を取り上げてみましょう。

Recorded: December 10 & 12, 1959 Released: 1965 Studio: Hall Studios, Chicago Label: Delmark

ts)Jimmy Forrest g)Grant Green p)Harold Mabern b)Gene Ramey ds)Elvin Jones

1)All the Gin Is Gone 2)Laura 3)You Go to My Head 4)Myra 5)Caravan 6)What’s New? 7)Sunkenfoal

自作の名曲Night Trainを51年にレコーディング、52年3月にBillboard R&B chartで1位を記録した事でその名を馳せたForrestです。他にも数曲チャートを賑わせるヒットを出しました。Night Trainはその後Louis Prima, Oscar Peterson, James Brown, Count Basieら大物ミュージシャンによってもカヴァーされています。Forrestは20年St. Louisで生まれ、40年代はJay McShann, Andy Kirk, 50年代初頭にDuke Ellington, 70年代に入りCount Basieの楽団に在籍し、自己のバンドや Harry “Sweets” Edison, Al Greyのスモール・コンボでも活躍しました。ジャズフィールドでの活動がメインでしたが、演奏家としてはストレート・アヘッドと言うよりも、いわゆるホンカーとしてのテイストが育まれたと思います。他の作品もホンカーが全面に出たものが中心で、60年録音オルガン奏者Larry Youngを迎えた「Forrest Fire」、61年若きJoe Zawinullが参加した「 Out of the Forrest」等のリーダー作があります。遡り52年Miles Davisとの共演を果たした「Miles Davis / Jimmy Forrest Live at Barrell」ではホンカー寄りのビ・バップスタイルでMilesと丁々発止のやり取りを展開しており、Milesとはスタイル的に興味深い対比を示しています。

60年9月録音Forrestの他Oliver Nelson, King Curtis(!)のテナー3管による作品「Soul Battle」、こちらではNelsonの知的で端正なアレンジに加え名手Roy Haynesが3者の良き仲介役となり、テナー衆は互いをリスペクトしつつ、バランスの取れた小気味良い、しかし白熱したバトルを堪能する事が出来ます。

彼自身の活動期間としては40年代全般からその後51〜2年(Night Trainの当たり年)、60年代初頭、70年代中頃から80年に没するまでと断続的で小刻みになりますが、家庭の問題、健康面、様々な事情があったからでしょうか。ひょっとしたら大ヒットを出して経済的に豊かになり、ハングリーさを欠いたためにシーンからリジェクトされた可能性もあるかも知れません。豪快で華々しいブロウには多くの聴衆にアピールする魅力があったので、継続的な音楽活動が行われていればホンカー・テナーを代表する一人に君臨していたと思います。

本作はElvin Jones, Grant Green, Harold Mabernら当時の若手、今となっては各楽器のレジェンドを擁し、Forrestのスインガー振りを発揮させることに成功しています。ディスコグラフィーを紐解くとNight Train以来のリーダー・レコーディングと言う事になり、実質の初リーダー作に該当します。ForrestはNight Trainに乗って(笑)ホンカーとしてシーンに登場した感があり、本作はストレート・アヘッドな作品に仕上がったために市場での需要を考慮して発表を差し控え、ほとぼりが冷めた65年にリリースされたのでは、と考えています。ForrestとSt. Louis同郷のGreenにとっては初レコーディングに該当します。LPレコードでリリースされたオリジナルのジャケットにはジャズっぽいテイストのイラストで二人が描かれており、当時の新進気鋭のギタリストとしてフィーチャーされていたのでしょう。

それでは演奏に触れて行きましょう。1曲目表題曲All the Gin Is Gone、Forrest作のアップテンポ・ナンバーです。ピアノとドラムのイントロからForrestによるシンコペーションのメロディがリズミックで印象的なテーマ奏、いきなり素晴らしい音色の登場です!ホンカーの必須条件として豪快なテナーのトーンを有する事が挙げられると思いますが、まさしく太くて味わいのある魅惑的な音色です!使用楽器はSelmer Super Balanced Action、マウスピースはOtto Link Metal、恐らくDouble Ring Modelと思われます。そしてスインギーなレガートでビートを刻むのはElvin Jones、本作録音59年12月はJohn Coltraneのバンドに参加したての頃になります。彼から音楽についてを学び始めたばかりでElvinの強力な個性は未だ発揮されてはいませんが、グルーヴ、フィルインにはその明確な萌芽を聴き取ることができます。Forrestのソロですがこれはどこから聴いても正統派ジャズマンのアプローチで、ホンカーの匂いは払拭されています。強いて述べるならばソロの短さ、もう少し長いストーリーを提示して欲しかった事と、タイム感がon topでリズムがラッシュしている点ですが、スピード感に満ちた演奏とも言えなくもありません。このノリから察するに、彼は普段このテンポの4ビートを演奏する機会をそうは持たなかったでしょう。続くGreenのソロは後年のスタイルをしっかり感じさせる、シングル・ノートでのスインガー振りを提示しています。Mabernのピアノソロもグルーヴィーです。ForrestとElvinの4バースに続きますが、一層拍車がかかったリズムのラッシュにElvinは確実に対応しキープしているのに対し、ベースのRameyはかなり様子を伺いつつ演奏しているように見受けられます。もっともElvinとのドラムバースにベーシストは誰もが苦慮していますが。

2曲目はスタンダード・ナンバーLaura、Charlie Parkerの名演が有名なバラードですがここではミディアム・スイングで演奏されています。イントロに続くサブトーンを効かせたメロディ奏、グッと来ますね、素晴らしい!優雅な雰囲気の曲での益荒雄振り、大きく長いストーリーを唄うかの如き表現です。後半に行くに従いtoo muchな表現もありますが、そこはホンカーゆえと解釈しましょう。コードに対するアプローチは実に巧みで、普段からインプロヴィゼーションの研究を怠らないプレーヤーなのでしょう、前述のMilesとの共演盤の演奏でも同様の認識を持っています。続くGreenのソロはまるでもう一人管楽器奏者がいるが如きホーンライクなアドリブを聴かせます。コードを一切弾かないギタリストですから当然なのですが、明らかに管楽器のそれを意識しています。彼らをサポートするElvinのドラミングは3連符を多用した実にアクティヴなものです。ピアノソロで瞬時にブラシに持ち替えますが、ブラシ・ワークがまた的確で既に名人芸の域にあり、そのままラストテーマを迎えます。

3曲目はオリジナルLPに未収録のテイクYou Go to My Head、こちらはバラードで演奏されますがForrestのサブトーン全開です!Low C音の凄みと言ったら!この人は楽器を大変巧みに操り、表現の幅もそれは豊かですが、テナーを吹いているとひたすら熱くなり、そのまま一本調子になる傾向があります。だからホンカーなのだろう?違うか?と言われそうですが(笑)、出すところと抑えるところのメリハリが確実にあるのがジャズプレーヤーなのだと、実はここで再認識させられました。その後のピアノソロでMabern美しいタッチを聴かせます。ラストテーマではForrest、より深いビブラートを聴かせてくれます。

4曲目Forrestのオリジナルでブルース・ナンバーのMyra、裏拍のアクセントを多用しグロー・トーンでテーマを演奏すれば、これはもはやジャンプ・ナンバーです!Forrestも隠し持っていたホンカー魂を全面に掲げブロウ、続くGreenのソロは淡々とフレーズを爪弾き、我が道を行くが如きです。Mabernのソロは曲調に合致したテイストを表現すべく奮闘しています。その後ForrestとElvinの4バースが再び、こちらはテンポの関係か1曲目よりもスムーズにやり取りが行われています。ここで聴かれるドラムのフレーズは後年よりもずっとオーソドックスで、かなりアプローチが異なったものになります。Elvinもわずか数年で演奏が大きく変貌を遂げ成長した事を実感しました。

5曲目はForrest自身も在籍していたDuke Ellington楽団の重要なレパートリーCaravan、Elvinのマレットによるタム回しからイントロが始まります。C7でギターが中音域の何やらコンディミ系のシンコペーション・パターンを演奏、怪しげな雰囲気を醸し出しています。テーマ部分での微妙にメンバーのグルーヴが合わない感じが、むしろ曲想に通じる猥雑さを表現しています。アドリブに入りスイングに一変しますがElvinはブラシを用いてずっとキープしています。テナー、ギター、ピアノとソロは続きますが早いテンポにも関わらずのブラシワーク、実に巧みで音楽的なサポートです!更にそのままドラムソロに突入、ソロの最後には再びマレットに持ち替えラストテーマになりますが結局一切スティックは使いませんでした。ここでのForrestのソロはジャズスピリットに満ちたアプローチで、ホンカーの専門家ではこうは行かないだろうと感じました。

6曲目はスタンダード・ナンバーWhat’s New、この曲は当時のジャズシーンで流行っていた様に認識しています。バラードですがあえてForrestは上の音域を用いてしかも張りに張ったフルトーン、ビブラートも満載状態で演奏しています!こんなに猛々しく演奏する曲想と解釈して良いのでしょうか?良いのでしょう、だってホンカーですから(笑)。1コーラス半だけのテイクですがフリジアンのような、アラビア音階も感じさせるラインからテーマが始まります。サビではフラジオ音のGまで使ってシャウトしています。他のバラードが低音域を駆使した演奏なので、むしろバランスが取れている様にも感じました。

7曲目ラストを飾るのはForrestのオリジナルブルースSunkenfoal、テーマでのギターとのアンサンブル、Elvinのフィルイン共にカッコ良いです。先発Forrestのソロは巧みなラインを繰り出しますがグロートーンも交え、ホンカーの語り口でジャズの演奏を行っています。ギター、短くピアノ、珍しくベースとソロが続きますが、グイグイ演奏を引っ張っているのがやはりElvin、そのままフロント3人でドラムとバースを行います。前曲でForrestフラジオG音を使ったその流れか、同音の多用が目立ち、またリーダーのon topによるプレイで収録曲の何曲かは初めのテンポに比べてラストでは早くなっていますが、本テイクではむしろ遅くなる傾向にありました。

最後に同じDelmarkレーベルから72年「Black Forrest」が、本作の別テイクと5曲の未発表曲を収録した作品としてもリリースされています。

2019.12.11 Wed

Trident / McCoy Tyner

今回はMcCoy Tynerの1975年録音リーダー作「Trident」を取り上げて見ましょう。

Recorded: February 18-19, 1975 Fantasy Studios, Berkley Producer: Orrin Keepnews Label: Milestone MSP9063

p, harpsichord(on1, 4), celeste(on2, 4)McCoy Tyner b)Ron Carter ds)Elvin Jones

1)Celestial Chant 2)Once I Loved 3)Elvin (Sir) Jones 4)Land of the Lonely 5)Impressions 6)Ruby, My Dear

多作家のMcCoy60年代はBlue Noteから、そして70年代に入りMilestone Labelから続々とリーダー作をリリースしました。レーベル契約初年度の72年には何と3作も発表しています。その後も年間2作のペースでのレコーディング〜リリースをキープしていました。本作は75年録音ですが前74年は「Sama Layuca」と「Atlantis」をレコーディング、そして翌76年には「Fly with the Wind」をリリース、傑作アルバムを続出していました。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこの事を言うのでしょう。

この3作はいずれも比較的大きな編成で演奏されています。「Sama Layuca」はNonet、「Atlantis」はQuintet、「Fly with the Wind」に至っては10人以上の編成のストリングス・セクションや木管楽器が参加した、総勢18名から成るラージ・アンサンブルによるものです。原点に帰ってと言う事でしょう、間に挟まる本作はピアノトリオによる演奏なので自ずとMcCoyのピアノ・プレイにスポットライトが当てられる形になりますが、Elvin Jones, Ron Carterの演奏もたっぷりとフィーチャーされ、文字通りのTrident(三叉)演奏となっています。

本作録音頃のElvinも72年傑作「Elvin Jones Live at the Lighthouse」を皮切りに75年「On the Mountain」「New Agenda」と言った意欲作をリリース、自身のドラミングもJohn Coltraneとの共演で培われたスタイルを邁進させ、音楽の神羅万象を表現するかの如き深淵なグルーヴ、スイング感、他にはあり得ない独自の魅力的なドラムの音色を含め、これらが神がかった次元にまで到達し、更なるディテールの充実化によりダイナミックでありながら繊細さを併せ持つ、雷鳴が轟くようなフォルテシモから耳元で小鳥が囁くかのようなピアニシモまで、実はジャズ史上誰も成し得なかった音楽表現で最も重要な音量コントロールの完璧さを身に付け、真に音楽的なドラマーとして君臨、脂の乗っていた時期に該当します。

Ron Carterは60年代Miles Davis Quintetで研鑽を重ね、次第に数多くのセッションに参加するようになります。70年代中頃からCTI Labelと契約し自己のリーダー作をリリースするようになりました。都会的でオシャレなサウンドを提供する事を信条とするCTIのプロデューサーCreed Taylorは、彼のプレイのメロディアスな部分を表出させるべく73年「All Blues」75年「Spanish Blue」を制作、彼の魅力を発揮させる事に成功しました。

それでは演奏について触れて行きましょう。1曲目McCoyのオリジナルCelestial Chant、こちらは「天界の曲」とでも訳したら良いのでしょうか、ハープシコードでイントロが演奏されますが、この楽器の持つ音色からか、いきなり厳かで崇高な雰囲気が漂います。McCoyがハープシコードを弾いた録音は恐らくこちらが初めてになり、因みに後年シンセサイザーを演奏した作品もありますが、70年台以降多くのピアニストが弾いたFender Rhodesを演奏した例は僕の知る限りありません。テーマが始まるやいなやElvinがバスドラムを駆使したマレットでの3連符のリズムを繰り出しますが、何という重厚で素晴らしいリズムでしょうか!どこか中国の音楽を感じさせるシンプルなメロディ、McCoyが左手での対旋律を弾かずに、サウンドが薄くなった途端にElvinが楽曲のカラーリングをすべく4拍目を中心にした弱拍に、タムで強烈なアクセントを叩き始めますが、アドリブ中にこのアクセントが再度出る事は無く、このやり取りにも音楽的に深いものを感じます。その後McCoyが演奏を止めベースがメロディを引き続き演奏し、再登場の際にはメロディ奏をピアノで行いますが流石の強力なピアノタッチ、メチャメチャごっついです!ベースは延々とメロディ=ベースパターンを奏で、McCoyはペンタトニック系の4度の超速弾きフレーズを繰り出しつつソロが展開します。時折テーマのメロディを演奏する時にElvinはバスドラムでシンコペーションをユニゾンしています。決して出しゃばらずに、しかし出すところは出すスタンスで的確にサポート、全体を俯瞰しながら音楽を作っていくアーティスティックな姿勢をElvinの演奏から再認識しました。Ronのベースソロにも普段の彼以上のクリエイティブさを感じつつラストテーマへ、ベースソロ後のメロディ奏に再びElvinが4拍目にアクセントを挿入、ラストテーマにもハープシコードが用いられ、次第に収束に向かいます。シンプルなメロディ、ワンコードのテーマとアドリブ構造から成る楽曲の最小限のパーツを手を替え品を替え、巧みに再構築し、最大限に効果を生み出している、Tridentならではの演奏だと思います。ハープシコードの音色が暗めに響いているのは、ピアノよりも若干チューニングが低い事に由来しているのでしょう。

2曲目はAntonio Carlos Jobimが書いた名曲Once I Loved、ボサノバのリズムでしっとりと演奏される機会の多い、美しいメロディを有したナンバーですが、ここではとんでも無い事になっています!冒頭ベースとドラムのリズム・パターンの上でMcCoyはチェレスタを弾いていますが、こちらも初使用だと思われます。この楽器のお披露目的なソロの後、少し間を置きベースのフィルイン、そしてピアノによるテーマが始まります。それにしてもElvinが繰り出すボサノバのリズムの躍動感の素晴らしさ!身がぎゅっと詰まった音符がプリプリと粒立ち、はち切れんばかりのビートを繰り出しています。そして続くMcCoyのソロ!ピアノのSheets of Soundとも表現できるでしょう、拍に対して特に譜割りを意識せず音符を徹底的に詰め込む、50年代Coltrane的なアプローチと言えるかも知れません。コード進行は原曲そのままですがモーダルな解釈を行い4thインターバルの和音、ラインを駆使してまるで異なった曲に仕立てていますが、あまりの変貌、猛烈ぶりに作曲者Jobimが怒り出しそうと、要らぬ心配をしてしまいます(笑)。当然物凄いテクニックが必要になりますが難なく演奏しており、それよりもハープシコードやチェレスタはピアノよりも弱音楽器、楽器自体の構造もずっと華奢なはずです。McCoyの打楽器奏者的強力なタッチで鍵盤や楽器本体が壊れてしまうのではないかと、こちらも要らぬ心配をしてしまいます(爆)。全体的にピアノソロのアグレッシブさに比べてドラム、ベースのアプローチはピアノソロを引き立てるべく比較的シンプルですが、例えば2’12″辺りからのバンプではElvinのマーベラスで難易度の超高いフィルインが聴かれ、これにRonがぴったりと着けています。後にも出てくるバンプでは更に野獣化しています!ピアノソロ最終コーラスに至っては左右の手で全く異なるラインの応酬!物凄いテンションです!ラストテーマ後にチェレスタが再登場しますが、まだ鍵盤は壊れてはいなかったようで(笑)、クロージングに相応しく、総じて歴史的名演の誕生です(祝)

3曲目McCoyのオリジナルElvin (Sir) Jones 、Coltrane Quartetからの盟友Elvinその人に捧げられたナンバー、Sirの称号を付与したくなるのも当然な演奏家です!Elvin得意のラテン系のリズムから始まり、アドリブに入り直ぐにスイング・ビートに変わります。ピアノのソロではありますが、ツワモノたちの三つ巴による音の洪水、Heavy Sounds、McCoy絶好調です!煽るElvin、Ronのサポートがあってこそですが、まるで重装備の装甲車が軽やかなステップを踏んでいるかの如く、あり得ない状態です!ピアノソロがピークを迎えそのままドラムソロに突入、ベースは急には停まれないとばかりに未だ弾いています!そしてElvinのソロ、どこを切っても金太郎飴状態、彼のいつものフレーズそのものですが、どうしてこんなにフレッシュに、クリエイティブに耳に響き、感銘を受けるのでしょう!その後ラストテーマを迎え、装甲車に更なる音の重装備を施し大団円です!ここまでがレコードのSide Aになります。

4曲目Land of the Lonely、ここではイントロでチェレスタとハープシコードを同時演奏し、異なったテイストを加味しています。ドラムとベースによるワルツのイントロが始まりますが、Elvinのドラミングはここでも説得力に満ちており、リズムを刻んでいるだけでワクワクしてしまいます!その後ピアノを用いたテーマが始まりますが、McCoyはピアニスト、即興演奏家としてはもちろん、作曲の才能にもずば抜けたものを持っており、この曲も哀愁のメロディに優しさと癒しを見出すことができる佳曲です。三位一体の演奏ですが、Coltraneもよくワルツを演奏していて、サウンド、グルーブからここにColtraneのサックスが聴こえてきてもおかしくない、三位一体プラス・ワンとイメージしてしまいました。アウトロにもチェレスタとハープシコードを用いて締めくくっています。

5曲目はColtraneのImpressions、前曲でColtrane Quartetを感じさせてからの流れがとても自然です。いや〜当たり前ですが物凄い演奏です!彼らにとって演奏し慣れたレパートリー(McCoyとElvinは Coltrane Quartetで、RonはMiles Quintetにてコード進行が同じSo Whatで)、余裕と風格が漂い、こちらは3人による横綱相撲の様相を呈しています。特にドラムとベースのコンビネーションが申し分ありません!ピアノソロ後はドラムソロになるのかと思いきや、ベースをフィーチャー、Ronは良く伸びる音色でリズム・モジュレーションを多用したソロを聴かせています。エンディングは比較的あっさり目(彼らにとっては、ですが)に終えています。

6曲目Thelonious Monk作の名曲Ruby, My Dear、これまで演奏してきた曲の延長線上にあるので、しっとりとした、いわゆるバラードとは一線を画します。McCoyの力強いタッチでElvinのブラシワーク、バスドラムも時折ハードに叩いていますが必然さが先立ち、ラウドさは全く感じさせません、と言うかElvinのブラシはスティック以上にダイナミクスの振れ幅が大きいと感じます。ここでも、いつもよりも饒舌なベースのソロを挟みラストテーマを迎えます。ジャズ史上に残るピアノトリオの傑作、このエピローグに相応しいテイクに仕上がりました。

2019.12.01 Sun

Pop Pop / Rickie Lee Jones

今回はシンガーソングライターRickie Lee Jonesの1991年リリース作品「Pop Pop」を取り上げてみましょう。

Recorded: Toping Skyline Studio 1989 Produced by Rickie Lee Jones and David Was Label: Geffin

vo, ac-g)Rickie Lee Jones ac-g)Robben Ford ac-b)Charlie Haden, John Leftwich bongo, shakers)Walfredo Reyes, Jr. cl, ts)Bob Sheppard ts)Joe Henderson bandoneon)Dino Saluzzi vib)Charlie Shoemake violin)Steven Kindler ac-g)Michael O’Neil hurdy-gurdy)Michael Greiner backing vocals)April Gay, Arnold McCuller, David Was, Donny Gerrard, Terry Bradford

1)My One and Only Love 2)Spring Can Really Hang You Up the Most 3)Hi-Lili, Hi-Lo 4)Up from the Skies 5)The Second Time Around 6)Dat Dere 7)I’ll Be Seeing You 8)Bye Bye Blackbird 9)The Ballad of the Sad Young Men 10)I Won’t Grow Up 11)Love Junkyard 12)Comin’ Back to Me

Rickie Leeは70年代後半から活躍する米国のロック、ポップスシンガーです。独自のセンス、音楽観を持った芸風には僕自身ずっと好感を持っています。この作品はスタンダード・ナンバーを中心に取り上げたジャジーなテイストを感じさせる、Rickie Leeにとって初めてアルバムになります。彼女に限らず昔からジャズ以外のフィールドのシンガーがジャズ・アルバム制作を行う事は少なくありませんが、多くの場合枠組みだけはジャズボーカルとしての範疇にあるけれど、中身が異なった風で何かが違う、歌唱力はあるけれど訴えかけるものやセンスに違和感や物足りなさを覚え、鯔のつまりジャズボーカルのハードルの高さを再認識させられる結果となりました。きっとロック、ポップス・シンガーはジャズへの憧れがあるものなのでしょう。この作品は参加してるジャズ・ミュージシャンの素晴らしさや選曲にバックアップされて、ロックシンガーとしては異例とも言えるジャズアルバムに仕上がっていると感じますが、Rickie Leeのコケティッシュでレイジーな歌唱スタイル、鼻が詰まったようなこもった成分が聴かれる声質(こんな声で歌うボーカリストは他には存在しません)、そしてほのかに感じさせる彼女の持つジャズシンガーの素養が合わさった結果、不思議なバランス感を持ったジャズ作品として成り立っています。89年リリースDr. Johnの作品「In a Sentimental Mood」収録のMakin’ Whoopee!にRickie Leeがゲスト参加し、Dr. Johnのアクの強い、やさぐれた歌声と彼女のカマトトチック(笑)なボーカルが絡み合い、互いにインスパイアし、そこにRalph Burnsのゴージャスなビッグバンド・アレンジがスパイスとして加味された素晴らしいテイクに仕上がっていますが、同年のグラミー賞最優秀ジャズ・ボーカル・パフォーマンス賞に輝きました。ここでの成功が本作制作へと繋がっているように思います。

遡ってRickie Lee83年の作品「Girl at Her Volcano」(邦題マイ・ファニー・ヴァレンタイン)でもLush Life, My Funny Valentine(いずれもライブ・レコーディング音源)と言ったスタンダードを取り上げていますが、本作で聴かれる歌唱スタイルの萌芽を十分に感じ取ることが出来ます。

本作参加メンバーで重要な役割を担っているのがRobben Ford、殆どの収録曲で全てアコースティック・ギターを演奏し、本来はフュージョンやスタジオ系のギタリストなのですが、スタンダード・ナンバーのバッキング、ソロでジャジーなテイストを存分に発揮しています。そして全曲ではありませんがCharlie Hadenのアコースティックベースのサポートが作品の品位を高め、Joe Hendersonのテナーサックスがジャジーな色合いをより濃厚なものにしています。ドラムレスという編成もアコースティック楽器の音色を際立たせる上で良い采配であったと思います。本作プロデューサーのDavid WasによればMiles Davisの起用も検討されたそうですが、ギャラの高額さから断念され(残念!でも一体幾ら吹っ掛けられたのでしょうか?)、Freddie Hubbardにも参加をオファーしたそうですが実現は叶いませんでした。

それでは本作収録曲について触れて行きましょう。ジャケットデザインも彼女らしい可愛らしさとコーニーな雰囲気がよく出ています。1曲目数多くのジャズミュージシャン、シンガーによる名演奏が目白押し、定番中の定番ジャズバラードMy One and Only Love、Rickie Leeはそんな数多の名演奏を全く関知しないかのようなマイペースさで歌い上げています。名演を気に掛けていたら自分の歌唱は一切出来なくなりますし。Fordのアルペジオによるイントロ、曲中のバッキング、ソロで彼への評価を全く新たにしてしまうほどに美しいサウンドを聴かせます。Hadenの地を這うようなボトム感満載のベース、Dino Saluzziのバンドネオンでのカラーリングの巧みさ、異なるフィールドのミュージシャンが集い、静かな異種格闘技とも言えるインタープレイを楽しみましょう。

2曲目もバラード・ナンバーSpring Can Really Hang You Up the Most、個人的に大好きなナンバーで、本作購入のきっかけとなりました。Rickie Leeがこの曲をどう歌うのか、興味津々で作品に臨みましたが想像以上に一つ一つのセンテンスを丁寧に、情感たっぷりに、強弱を強調しつつ様々にイントネーションを効かせ、気持ちのこもった深い歌唱を聴かせています。1コーラス丸々歌いっきり、FordとHadenの素晴らしいサポートがあってこそですが素晴らしいテイクに仕上がりました。

3曲目はOn Green Dolphin StreetやInvitationの作曲者として名高いBronislaw Kaper52年作のナンバーHi-Lili, Hi-Lo、1曲目と同じメンバーによる演奏です。アコースティックギターのイントロから始まり、録音自体も実に臨場感溢れています。バンドネオンのDino Saluzziのサウンドが心地良いです。彼はアルゼンチン出身でAstor Piazzollaの影響を受けたプレイヤーですが、独自のスタイルを築きジャズマンとの交流も深く、かのECMレーベルから13枚もリーダー作をリリースしています。同じアルゼンチン出身のGato Barbieriの73年作品「Chapter One: Latin America」に参加し脚光を浴びました。

4曲目はロックミュージシャンのオリジナルからJimi Hendrix 67年のUp from the Skies、ベーシストがJohn Leftwichに替わり、Fordの他にMichael O’Neillのアコースティックギターも加わり、スインギーなグルーヴを聴かせます。Gil Evansの74年作品「The Gil Evans Orchestra Plays the Music of Jimi Hendrix」でも取り上げられています。

5曲目はSammy Cahn, Jimmy Van Heusen黄金の作詞作曲コンビによるSecond Time Around、60年の映画「High Time」の挿入曲です。Ford, LeftwichにSteve Kindlerのバイオリンが加わった、意外と多くのジャズメンに取り上げられている隠れた名曲です。アコースティックギター・ソロのバッキングで聴かれるバイオリンの美しいカウンター・ライン、ソロ、KindlerはOregon州出身、The Mahavishunu Orchestra, Jan Hammer, Jeff Beck, Kitaro達との共演歴を持つバイオリンの名手です。彼らをバックに彼女はキュートに、感情移入が素晴らしい歌唱を聴かせています。

6曲目はBobby Timmons作の名曲Dat Dere、歌詞はシンガー・ソングライターのOscar Brown, Jr.によるものです。作曲者自身の60年初リーダー作「This Here Is Bobby Timmons」に収録、加えて当時参加していたArt Blakey and the Jazz Messengersの「The Big Beat」でも同年録音されています。

ここではFord, Leftwichに加えJoe Hendersonのテナーサックス、Walfredo Reyesのスネアドラムとボンゴ、プロデューサーWasのバックグラウンド・ボーカルが参加します。本作ハイライトの1曲、Rickie Leeの持ち味や声質と楽曲、メンバーとの巧みなコラボレーション、プロデュース力で名演が生まれました。冒頭部から曲中、エンディングまで赤ん坊の楽しげな声がオーバーダビングされていますが(これがまた実に効果的に使われています)、それもその筈タイトルのdatはthat、dereはthere、どちらも舌足らずな子供たちが使う赤ちゃん言葉、この曲の歌詞はママを質問攻めにして困らせている女の子が主人公なのです。そんな彼女も大人になり恋をして結婚し、子供が出来て母親になります。因果は巡り今度は自分の娘から質問攻めに合う立場になり、ゾウが好きな子の子供もゾウさんが好き、という内容です。ボーカリーズの初演Oscar Brown, Jr.の際の歌詞はdaddyと呼びかける男の子のヴァージョンでした。この曲の初演が収録されている「This Here Is Bobby Timmons」の1曲目、This Here → That There(Dat Dere)と対を成している訳ですね。余談ですが、かつて僕が参加していたドラマー日野元彦(トコ)さんのバンドSailing Stoneで、トコさんのオリジナルIt’s Thereという曲を事ある毎に演奏しましたが、本人曰く「この曲はTimmonsのThis Hereに肖って名前を付けたんだよ」との事でした。「The Big Beat」収録のヴァージョンではLee Morganがトランペットを演奏し、素晴らしい演奏を聴かせていましたがあいにくの故人、プロデューサーはJazz Messengers繋がりでFreddie Hubbardにこの曲を演奏させたかったためにオファーしたのかも知れません。何より本作の制作企画が持ち上がった時点で、真っ先にこの曲を取り上げようと目論んだような気がしてならないのですが、それほどにRickie Leeの魅力と個性、楽曲が見事に合致しています。

7曲目はSammy FainとIrving KahalコンビによるI’ll Be Seeing You、Ford, Leftwichのアルコ・ベース、Bob Sheppardのクラリネットというメンバーで室内楽的にコンパクトに纏められた演奏が聴かれます。

8曲目お馴染みのスタンダード・ナンバーBye Bye Blackbird、Miles Davisオハコの曲に彼自身が参加したらさぞかしの評判とクオリティの演奏になったかも知れませんが、ここではJoe Henが参加、むしろ適材適所な人選、演奏だと思います。ベースにLeftwich, Reyesはブラシに徹して伴奏、Fordは参加せずコードレスの演奏です。Joe Henが全編に渡り素晴らしいオブリガートを聴かせ、そのラインからコード進行も十分に感じられ、そしてブッ飛んだ間奏(歌番でこんなのアリですか?彼を起用するならアリですね!)を聴かせています。Rickie Leeこのテイクでは歌詞の内容を噛みしめつつ、歌うというよりも話しかける、更には叫んでいる風を感じます。

9曲目はThe Ballad of the Sad Young Men、2曲目Spring Can Really 〜と同じ作曲Tommy Wolfと作詞Fran Landesmanのコンビによるナンバーです。Ford, Haden, Saluzziが伴奏を務め、Rickie Leeが切々と若さ故の哀愁を歌います。Keith Jarrettも89年録音リーダー作品「Tribute」で演奏していますが、ここではAnita O’Dayにトリビュート、Gary Peacockのソロをフィーチャーし、Jack DeJohnetteと共に耽美的にリリカルに (むしろ凡庸な表現しか思いつかない程に素晴らしいのです!)演奏しています。

10曲目はまさしくRickie Leeにピッタリのナンバー、I Won’t Grow Up、お馴染みPeter Panからのセレクションです。歌詞の内容と彼女の持ち味が完璧にフィットしています。Ford, Hadenの他に男性ボーカルが2人バックグランド・コーラスで参加しており、Rickie Lee自身によるコーラス・アンサンブルのアレンジが施されていて、低音のボーカル・ハーモニーと彼女の声が対比となり、doo-wopのテイストも感じさせます。Fordのソロに被って口笛が聴こえますがRickie Leeによるものでしょう、歌唱同様にどこか危なげな音の発生、音程感から彼女らしさを感じますから。

11曲目Love Junkyardは本作中最も大きな編成での演奏、Ford, Leftwichの他Reyesのボンゴ、シェイカー、ビブラフォンにCharley Shoemake、O’Neillのアコースティックギター、Bob Sheppardのテナーサックス、Wasのボトル、ジャンク、そしてバックグランド・ボーカルというメンバーで、ボンゴとテナーのデュエットから始まります。演奏内容はこれまでの彼女の音楽活動で練り上げられたオリジナルなサウンドの延長線上が聴かれます。Sheppardのテナーにはオーバーダビングが施され、ハーモニーが鳴っていますが、Rickie Leeのアレンジによるものです。

12曲目Comin’ Back to Meは米国ロックバンドJefferson Airplaneの創設メンバーであるMarty Balin作のナンバーで、彼らの第2作目になる「Surrealistic Pillow」に収録されています。Leftwichのベース、Michael Greinerのhurdy gurdy(機械仕掛けのバイオリン)とglass harmonica(複式擦奏容器式体鳴楽器〜これは?)、Rickie Lee自身のアコースティック・ギターという編成で、フォーク・ミュージックのコンセプトで演奏されます。囁くような歌唱は本作中異彩を放っていますが、こちらも従来のRickie Leeのスタイルの延長線上にあります。後半で聴かれるシャウトでの気持ちの入り方に、彼女のロックシンガーとしての真骨頂を感じることが出来ました。

2019.11.14 Thu

Rip, Rig, and Panic / Roland Kirk

今回はRoland Kirkの代表作「Rip, Rig, and Panic」を取り上げてみましょう。

Recorded: January 13, 1965 Studio: Van Gelder Studio Englewood Cliffs, New Jersey Label: Limelight

ts, strich, manzello, fl, siren, oboe, castanets)Roland Kirk p)Jaki Byard b)Richard Davis ds)Elvin Jones

1)No Tonic Pres 2)Once in a While 3)From Bechet, Byas, and Fats 4)Mystical Dream 5)Rip, Rig, and Panic 6)Black Diamond 7)Slippery, Hippery, Flippery

Roland Kirkの作品は個性的かつ名作揃いですが、本作はサイドメンの素晴らしさからも取り分け重要な1枚と考えています。当blogで以前取り上げた「Out of the Afternoon」は、Roy Haynesの音楽的なドラミングがKirkの演奏をしっかりとサポートしていました。
Haynes自身のリーダー作ですが強力な個性を発揮するKirkとの共演ではどちらが主人公の作品なのかが曖昧になってしまいましたが。本作ではリーダーのKirkがまんま自己主張をすれば良いに違い無いのですが、存在感のあるKirk色だけ単色の表出になる可能性があります。そういった意味ではピアノJaki Byard、ベースRichard Davis、ドラムスElvin Jones3人は各々Kirkに対抗しうる十分な個性、音楽性を持ち、更にこのメンバーが揃った事により文殊の知恵的効果を発揮し、異なった色合いを添え、かつ触媒となりKirkの演奏を一層色濃く引き出させるのです。Kirkを軸とし、共演メンバーとの演奏がどのように展開しているのかを、曲毎に分析して行きましょう。

1曲目KirkのオリジナルNo Tonic Pres、速いテンポのブルースナンバー、曲のテーマが実に複雑で難解な超絶系のラインです!自分でも覚えがあるのですが、張り切って曲を書いたにも関わらず、度が過ぎて自分のテクニックで再現可能な領域を超えたテーマに仕上がってしまい、手を焼き冷や汗をかく場合があるのです(爆)。Kirkもここではテクニックを駆使していますが、ギリギリの状態でテーマのメロディを演奏しているように聴こえるので(音符やリズムにいつもの余裕がありません!)、親近感を感じます(笑)。ピアノが4度のハーモニーでメロディをサポートしており、サウンドに厚みが生じています。何処となくMcCoy Tynerのオリジナルで67年録音「The Real McCoy」収録のPassion Danceを髣髴とさせますが、こちらも4thインターヴァルのライン、ハーモニーの使用、ほぼ同じテンポ設定、録音エンジニアが同じRudy Van Gelder、そして何よりドラマーが共にElvinなので、リズムグルーヴから類似性を感じさせるのかも知れません。

タイトルNo Tonic PresのPresとはLester Youngの事、この作品は他にも偉大なる先達に曲が捧げられていますが、まずはその手始めです。多くのサックス奏者がYoungからの影響を明言していますが、それが演奏に具体的に表れている場合もあり、音楽的姿勢や精神面での影響として内在し、特に演奏では目立たないミュージシャンもいます。また黒人テナーサックス奏者である以上Presを始めとして他にColeman Hawkins, Ben Webster, そしてSonny Rollins, John Coltraneの影響を回避する事は不可能でしょう。優れた感性を持ち探究心、向上意欲の塊り、そして他者とは異なるオリジナリティの創造に対して、貪欲さを持ち続けるためには温故知新が欠かせません。

Lester Young

イントロはElvinとDavis二人による、彼らにしか彼らにしか成し得ないグルーヴの世界、テーマに入る時のElvinのフィルインを聴いただけでワクワクしてしまいます!2コーラスのテーマ奏メロディ最後の音、テナーの最低音B♭をそのまま吹き続けKirkのソロが始まります。ソロ中コンディミ系のラインが多用されますがYoung風のライン、ニュアンスも随所に聴かれます。1’08″から早速マルチフォニックスによるテナー1本だけでの多重音奏法、直後に同じフレーズを単音でリピート、比較する事で重音のインパクトが際立ちますが、ピアノも同様の音形でバッキングしています。1’19″でのElvinのフィルインにインスパイアされKirkが6連符?フレージングで応えますが、ラインが変わりサーキュラーブレスで何と1’41″まで20秒以上一息で吹き続けています!テナーソロの猛烈さからリズムセクションも次第に変貌、野獣と化し、2’00″頃からピアノのバッキング、ドラムのフィルイン共に物凄いことになっています!引き続きピアノソロでもハイテンションが持続しますが2’20″の辺りでKirkがカスタネットによるものでしょうか、何やらカシャカシャと効果音的に音を出していますが、サックスを吹き終え、サイドマンのソロの後ろでも自己主張をするのは流石というか、自分のリーダーセッションゆえに許される行為です。ByardのソロはDuke Ellingtonのテイストからスタート、3コーラス目でベースとドラムが演奏をストップ、2コーラス間全くのピアノソロになりますがByard真骨頂を発揮、ブギウギ、ストライド奏法でのアドリブ!この展開には驚かされました。予めある程度決められていたのか、突発的に行われたのか、いずれにせよ作為を感じさせない自然発生的なアクションに音楽が活性化されました。再びベース、ドラムが加わる直前にKirkの景気付け?ホイッスルが鳴り響きます。その後1コーラス、クッション的にピアノソロが行われ再びKirkのテナーソロですが、1コーラス間もう1本ホーン(恐らくmanzello)の単音が同時に聴こえます。2コーラス目に入るやいなや単音を吹き続け難なく口から放し、テナーに専念します。放した瞬間に音が途切れないのはどうしてでしょう?どのようなテクニックを用いているのか、同じサックス奏者として大いに気になるところです。ピアノのバッキングもEllington風で、ラグタイムやブギウギはなるほど、Ellingtonのスタイルと共通するものを感じると再認識しました。その後1コーラスKirkとElvinのDuoになり、ベースが加わり更に1コーラスを演奏、その後ラストテーマを迎えエンディングは半分のテンポになり、Kirkが雄叫びを上げてFineです。
2曲目はスタンダード・ナンバーからOnce in a While、KirkがClifford Brownの演奏を聴いて感銘を受けて以来のお気に入り。冒頭テナーとmanzelloによる演奏から始まりますが両手を駆使し、2本で異なった音を演奏しアンサンブルを聴かせています。音が微妙に震えているのはビブラートと言うよりも二つのマウスピースを咥えていて、アンブシュアが今一つの不安定さに起因するのでしょうが、この様な形態で演奏しようという発想が自由で素晴らしいです。Cliffordの吹くトランペットよりも1オクターブ下の音域でのメロディ演奏、Webster風のニュアンスも含んでいるのでムーディさを醸し出しています。テーマ、アドリブの両方、ところどころで聴かれる2管のハーモニーはやはり驚異的、アンサンブルが挿入される場所やハーモニーの響きも実に音楽的で的確です。合計2コーラスの演奏、ソロはAAの部分ですが最低音からフラジオ音域までレンジ広くブロウ、サビのBでは倍テンポによる2管のアンサンブル、テナーとmanzelloが対旋律のように動いています。ラストAではElvinお得意のシャッフルのリズムになりフェルマータ、大胆にして繊細なロールで締め、KirkはcadenzaでテナーキーでC, C#, Cルート音であるF、そして9thのGまで超高音域フラジオを吹きFineです。
3曲目本作一つの目玉にしてKirkのオリジナルFrom Bechet, Byas and Fatsはソプラノサックスとクラリネット奏者Sidney Bechet、テナー奏者Don Byas、ピアニストFats Wallerの3人に捧げられた軽快でスインギーなナンバーです。メロディのフィギュアやシンコペーションからスタンダードナンバーのLoverを感じさせます。冒頭で吹かれている楽器はmanzelloにも聞こえますが、恐らくはoboeだと思います。高音域が強調された響き、何より直管の鳴り方がしています。manzelloは曲管部を有しているので鳴り方が異なりますから。メロディを吹き伸ばしている最中にオルゴールの様な?金属的な音でのメロディが聴こえますが、これもKirkならではのサウンド・エフェクトなのでしょうか?テーマのメロディ奏でのバッキングではByardがWallerスタイルに徹しており、ベースのバッキングもよく合致しています。Elvinのドラミングもテーマに沿ったカラーリングが実に見事です!ソロはテナーで、これまたByasスタイルを音色まで見事に再現し、プラス超絶Kirkスタイルによる循環呼吸、連続ダブルタンギング、それらに応えるリズムセクションのグルーヴ、レスポンスにより物凄いインプロヴィゼーションを構築しています!ピアノのソロに替わった直後にカスタネットの音が聴こえますが、表現の発露が収まらない故の行為でしょうか。Byardのソロもイマジネーションに富んだ独自の世界を提示しています。その後のベースソロはDavisらしい重厚さを感じさせるピチカートを聴かせます。ラストテーマではElvinが一瞬5’29″辺りでテーマのシカケに入りそびれた風を感じますが、その後出遅れた感を若干引き摺り?シカケのフィルイン、カラーリングは初めのテーマの方が巧みであった様に感じます。

Sidney Bechet
Don Byas
Fats Waller

4曲目もKirkのオリジナルMystical Dream、曲の冒頭はテナーとmanzelloを2本咥えて演奏していますが、Elvinとのドラムセット”皮もの”を叩いたやり取りが面白いです。Aマイナーのブルース、テーマ直後にホイッスルも聴かれます。ピアノがヴァンプ的に1コーラスソロを取りますが、その後フルートソロが聴かれます。流石に2本サックスを同時に吹いた後、直ぐにはフルートに持ち替えが出来なかったためでしょう。Kirkはサックスを3本同時に演奏する夢を見て彼のスタイルを具現化しました。また後年夢で啓示があったためRahsaanの名を名乗ったのだそうです。幼い時に医療ミスにより視力を失ってしまった彼は、夢で見たことをさぞかし大切にしていたのだと思います。
5曲目は表題曲Rip, Rig and Panic、ここで聴かれる世界を一体どう表現したら良いのでしょうか。子供の頃に親に連れて行って貰った見世物小屋、そこで見た猥雑な世界を思い出しました。ここまで自己の全てを曝け出せるKirkの表現行為に心から敬服してしまいます。80年にトランペット奏者Don Cherryの娘であるNeneh Cherryらによって結成された英国のロックバンドRip Rig + Panicのバンド名はこの曲名から付けられました。ジャズ以外のミュージシャンにもKirkの音楽性は広く受け入れられている様です。冒頭テナーサックスのマルチフォニックス音、ベースのアルコ、ピアノのアルペジオから成る静寂の中に潜む不穏な影、重音双方が佳境に入った時に突如としてグラスが割れる音、一瞬の無音の世界、ジャズアルバムでは考えられない構成です!カスタネットを用いたカウント?その後間髪を入れずテナーによるテーマ、このメロディも超絶系、でも低音部のサブトーンが堪りません。テナーソロに於けるベースライン、ピアノのコンピング、Kirkのソロ、煽りまくるElvinのドラミング、ここではWayne Shorterの「JuJu」、3’16″からの2本同時奏法によるハーモニー、ピアノソロではDavisのベース演奏からピアニストAndrew Hillの「Black Fire」をイメージしました。ドラムソロの最中5’21″頃からサイレンの音が聴こえますが何故サイレンなのでしょう?あまりにElvinのソロが過激ゆえの緊急避難警報でしょうか(笑)?5’43″からマルチフォニックス音を演奏しElvinがソロを終えた直後、再びカスタネットによるカウント?でラストテーマが演奏されますが、その後のエンディングはメロディを繰り返しディクレッシェンドし突然、落雷の如きけたたましさがシンバルの強打音、何かドラム以外を叩く音、正体不明のこれでもかとばかりの騒音、KirkによりRip, Rig and Panicとタイトルが3回連呼されます。ロックの作品にはこの様なメッセージ性、コンセプトを感じるアルバムが多々あります。ロックを含めたジャズ以外のジャンルのミュージシャンにも信奉者が多いのは、Kirkのジャズに留まらない音楽性ゆえであると思います。

6曲目はピアニストMilton Sealeyのオリジナル・ワルツBlack Diamond、manzelloによくフィトするであろうし、雰囲気を変えるのに丁度良いとKirkが考えて取り上げたそうです。manzelloはソプラノサックスに巨大なベルを取り付けたKirk考案のオリジナル楽曲です。ベルの向きがソプラノの様に真っ直ぐな方向ではなく、アルト、テナーの様に前方向を向いているのが特徴です。異様に大きな形をしているので、どんなケースに収容されていたのかにも興味があるところです。Kirkにしては珍しく楽器1本でこの曲を演奏しており、インプロヴァイザーとしての本領を披露しています。ワルツのリズムはElvinが得意とするところ、スネアやバスドラムを叩くタイムの位置が絶妙です!テーマ〜manzelloソロ〜ピアノソロ〜ラストテーマとストレートに演奏しており、構成や内容が複雑だった前曲との良い対比になっています
7曲目ラストのナンバーはKirkのオリジナルSlippery, Hippery, Flippery、表題曲と同傾向のコンセプトを持った演奏です。ここではstritchをメインに演奏していますが、曲の初めには電気的な信号を用いたノイズ的な効果音(ごく初期のシンセサイザーを思わせます)、サイレンを鳴らし、その間隙間を縫ってElvinが皮モノを中心にフィルインを入れています。曲のテーマはここでも超絶系、ハードルを自ら上げたためにメロディをちゃんと吹けているのか微妙なところです(汗)。テーマ中、ソロに入ったところでも電気的効果音が聴かれます。アグレッシヴなKirkのソロにメンバー一丸となって燃え上がっています!Elvinのたっぷりとしていて、スピード感溢れるビートが実に気持ちが良いです!Byardソロの終盤にKirkが吹き始め、終了を促しフェルマータ、おもむろにラストテーマを吹き始めリズムセクションが参加し大団円を迎えます。

2019.11.13 Wed

The Inflated Tear / Roland Kirk

今回もRoland Kirkの作品を取り上げて見ましょう。1967年録音「The Inflated Tear」

Recorded: November 27, 30 1967 Recorded: Webster Hall, NYC Producer: Joel Dorn Label: Atlantic Record

ts, manzello, strich, cl, fl, whistle, cor anglais, flexatone)Roland Kirk p)Ron Burton b)Steve Novosel ds)Jimmy Hopps tb)Dick Griffin(on 8)

1)The Black and Crazy Blues 2)A Laugh for Rory 3)Many Blessings 4)Fingers in the Wind 5)The Inflated Tear 6)Creole Love Call 7)A Handful of Five 8)Fly by Night 9)Lovellevelliloqui

Roland Kirkの素晴らしさ、魅力、音楽性の高さを今更ながらに再認識しているところです。当Blogでは同じアーティストを連続して取り上げる事はなかったのですが、今回は引き続き触れて行きましょう。その立ち姿、容姿、振る舞いから日本でも「グロテスク・ジャズ」という、Kirkの本質を全く捉えない愚かでくだらない分類をされていたことがあります。誰もやったことのない、思いついても行わない表現方法を、重大なハンディキャップを抱えながらも聴衆を感動させる次元にまで高め、演奏を重ねる毎に更にレベルアップさせ、洗練させ、他の追従を全く許さない独自の世界にまで築き上げました。実はKirkの楽器を操る能力値の半端なさに、同じサックス奏者として演奏を聴く毎に打ち拉がれる思いすら抱いています。2本、3本のサックスを咥えて同時に演奏する、しかも驚異的なレベルの循環呼吸も用いて。いとも容易く2本同時奏法から1本吹奏にスライドさせる。加えて鼻でフルートを吹く、時に声を混ぜながら。ホイッスル、オルゴールを鳴らす、打楽器を首からぶら下げてインパクトのあるパフォーマンスを繰り出す。曲芸、サーカス的な目立つ部分が独り歩きしてしまい、多くの評論家、聴衆はその次元にてKirkの音楽を理解するのを止め、それらの先に存在する深淵な創造美を見ようとせず、単なるキワモノとしか認識しませんでした。Kirkはジャズの伝統を重んじ、先達の演奏に敬意を払いつつ徹底的に研究分析を行い、自己の演奏スタイルに巧みに取り込み続けました。特にバラードに対する美意識には格別の魅力を感じます。優れたミュージシャンの本質はバラード演奏にあります。Kirkは視覚的要素とは裏腹に優雅さ、気品、愛、スイートさ、暖かさを根底に持っていて、バラード奏ではそれらが顕著に現れます。いかなる特殊奏法を繰り出す時にもバランス感を伴い、独り善がりに陥らず、演奏が異端であればあるほどジャズの伝統、美学に裏付けされた音楽性を感じさせてくれるのです。

それでは「The Inflated Tear」に触れて行きましょう。「Rip, Rig and Panic」同様、こちらもKirkの代表作に挙げられる名作です。演奏曲目はDuke Ellington作の1曲以外全てKirkのオリジナルになります。1曲目The Black and Crazy Blues、manzelloによる哀愁を漂わせたメロディからブルースに移行して行く、New Orleansのセカンドラインの雰囲気を湛えた楽曲です。リズムセクションはこの当時のKirkのバンドのレギュラー・メンバー、Ron Burtonのピアノソロに被ってKirkが多分mannzelloとstritchの2管でハーモニーを付けています。その後はラストテーマへ、再びstritchによるテーマ奏は全く葬送の行進曲の様を呈しています。

2曲目A Laugh for Rory、冒頭に子供の声が聴こえますがKirkの息子Roryによるものです。彼のフルートをフィーチャーしたナンバーですが、この人は何を吹かせても抜群の上手さ!また声を発しながらフルートを吹く奏法の権威でもあります。

3曲目Many Blessingsはテナーの独奏から始まりますが、実に素晴らしい音色、どこかSonny Rollinsをイメージさせます。ひょうきんさを感じるテーマののち、いきなり循環呼吸による延々と続くフレージングに圧倒されます!難易度の高いColtrane Changeも用いられているコード進行をものともせず、1’20″から2’38″までの間ずっと吹き続け、フレージングしています!続くピアノソロはあまりの出来事の後で耳に入らず、印象に残らないのが本音です(汗)その後あとテーマを迎え、エンディングではダブルタンギング、マルチフォニックスによる重音奏法で締めくくり、Kirkテナー独演会は終了です。

4曲目Fingers in the Wind はフルートの明るいテーマ奏から始まりますが、コード進行が似ているのもあり、Antonio Carlos Jobim作Dindiをイメージさせます。Kirkはフルートも実に良く鳴っていてコントロールも素晴らしいですね。この曲ではフルートに専念しており、彼の華やかさと爽やかさの部分を表現したテイクに仕上がっています。次曲ではこれが一転します。

5曲目は表題曲The Inflated Tear、 邦題「溢れ出る涙」、Kirkは2歳の時に病院での点眼薬投与による医療ミスで失明し、その後遺症で涙が止まらないのだそうです。曲名はそこから来ているのでしょう。テナー、manzello、stritch3本のサックスを同時に咥え頰を思いっきり膨らませ、両手で巧みに扱い、2本でハーモニーや対戦律を奏で残りの1本でロングトーンを吹き3本でのアンサンブルを1人で行います。本作ジャケット写真で見られるKirkのトレードマーク、サックス史上彼しか成し得ていない特殊奏法、これは自身が夢で見た啓示の具現化であります。あくまでも推測ですが3本同時演奏の際に、Kirkは各々のサックスは違った楽器でなければならない、と考えていたと思います。アンサンブル時に豊かなハーモニーを得るには音域の異なった楽器の方が好都合ですから。彼のメインの楽器はテナーなので後の2本は自ずとアルト、ソプラノということになります。パフォーマンスとして彼は立奏を前提にしていました。それには3本を全て首からぶら下げておく必要があり、最も小型のソプラノは容易にそれが可能ですが直管構造のために音が下向きに出てしまいます。King社製のソプラノサックスsaxelloは先端のベルが幾分上向き、これを改造して上方向に巨大なベルを装着した楽器manzelloを考案、これで音が前に出るようになりました。アルトですがテナーと同じ曲管構造を有したサックスなので、テナーとアルト2本を同時に首からぶら下げておく事は楽器の大きさと安定感から困難、そこでKirkが考えたのが直管のアルトです。こうすればテナーとの並列も問題ないのですが、直管ゆえにソプラノ同様に音が下向きに出るので、こちらにもやや上向きにベルを取り付けました。これがstritchです。後年ドイツの楽器メーカーKeilwerthや米国のLA Saxが直管アルトを開発して発売しました。Keilwerth社製をKenny Garrettが吹いているのを見たことがあります。一時テナーの直管タイプも同じくKeilwerthから発売され、Joe Lovanoが吹いていました。その長さからアルペンホルンの如き様相を呈していたのが印象的です。いずれもポピュラーになり得なかったのは視覚的には強力なインパクトこそあれ、通常のアルト、テナーと比較してサウンドが激変する訳ではなく、その長さゆえにケースに入れた運搬にも支障を来たしたからでしょう。因みにこれら後発の直管アルト、テナーのベルはKirk仕様を意識したのかどうか、若干のカーブを描いています。

さてKirk「ひとり3管編成」の楽器レイアウトは出来上がりました。サックスは3本の音が合奏で混じり合う事で管の倍音成分が絡み合います。これを3人ではなくひとりで行う場合、ひとつの口で咥えたマウスピース3つの倍音が口腔内で更に複雑に絡み合う現象が生じるそうで、彼の独特のアンサンブル・サウンドはここに秘訣があるのかも知れません。頬を思い切り膨らませて吹いているのは単純に3つのマウスピースを咥える容積を稼ぐためか、倍音を確実に鳴らすためか、またその両方なのか、循環呼吸のために頬にエアーをためると言う見解もありますが、本人に尋ねてみたかったものです。

演奏を聴いてみましょう。Kirk自身による、首からぶら下げたパーカッション群を鳴らし、足踏みをし、ベーシストと共にある種の雰囲気を作った後、おもむろに3管編成のメロディが始まります。実はこれまで僕自身この演奏を軽く聴き流していて、この事をいま後悔しています。「魂の叫び」という言葉を安直に使うべきではないと思いますが、この演奏はKirk自身のそのものであります。何と深い音楽なのでしょう。私論ではありますが芸術表現をオーディエンスはあるがまま、ストレートに捉えるべきであり、表現者も舞台裏やバックグラウンド見せたり感じさせたりするのは控えるべきであり、ましてやお涙頂戴はご法度です。先入観を持たずにニュートラルな状態で演者も聴衆も芸術行為に向かうべきなのですが、湖面を優雅に泳ぐ白鳥の水面下での暗躍ぶりを知ればその優雅さが一層引き立つように、Kirkの場合はそのバックグラウンドに触れる事で演奏の本質、表現に対する執拗なまでの飽くなき探求心、どれだけの労力を費やした結果これらの奏法を自在に操れる次元にまで至ることが出来たのか、彼の場合は垣間みても良いのでは、と思います。3管奏の後はstritch1本によるメロディが奏でられますが、どこかアルトの名手Johnny Hodgesを感じさせます。妖艶なまでに美しく、同時に物悲しさを誘い、これは3管のアンサンブルとの絶妙な対比となっており、強烈なイメージを持っています。Roland Kirk本人にしか発想、そして表現できない「魂の叫び」に他なりません。そして最後の部分では自身による、文字通りの叫びも収録されています。

67年10月19日Pragueにて本作レコーディング直前のライブ映像がyoutubeにアップされています。映像でこの演奏を鑑賞すると一層インパクトがありますので、ぜひご覧ください。https://www.youtube.com/watch?v=ZIqLJmlQQNM (アドレスをクリックしてください)

向かって左からmanzello, stritch, テナー, ベル内にフルートを入れ、楽器を構えるRoland Kirk

6曲目がEllington作曲のCreole Love Call 、テナーとおそらくのクラリネット2管によるハーモニーが聴かれます。ソロはstritchを中心にブルージーに、フリーキーに、時折ハーモニーを交えつつ、Ellingtonの音楽性を踏まえた演奏に徹しています。

7曲目アップテンポで5拍子、その名もA Handful of Five、manzelloでメロディを演奏する可愛らしさを感じさせるナンバーです。2分40秒の短い楽曲ですがKirkのチャーミングな側面を表していると思います。

8曲目Fly by Night はベースのピチカートのイントロから始まる、再びテナーをフィーチャーしたナンバーですが、トロンボーン奏者Dick Griffinも加えた演奏で、テナーとトロンボーン2管のアンサンブルが聴かれます。ホーンセクションはピアノソロのバックリフでも聴かれますが、流石のKirkもトロンボーンは門外漢だったようです。でもブラス楽器ではトランペットは吹くそうですが。モーダルな雰囲気を持った佳曲、全てをひとりで行えるKirkなので他の管楽器とのアンサンブルが聴かれるのは珍しいことですが、この2管のアンサンブルもとても良いサウンドです。

9曲目Lovellevelliloqui は難易度やや高い系のテーマ、難曲揃いの「Rip Rig and Panic」に収録されてもおかしく無いようなナンバーです。manzelloをフィーチャーしたマイナー・チューン、モーダルな要素も含む曲です。ドラムとのバースもあり、総じて本作は楽曲や演奏の構成に於てバラエティに富み、複雑で多岐にわたる要素を内包するRoland Kirkというミュージシャンの音楽を、初めて経験する際の入門にもなり得るアカデミックな作品だと思います。

2019.10.20 Sun

Mingus at Carnegie Hall / Charles Mingus

今回はベーシストCharles Mingusの74年リーダー作「Mingus at Carnegie Hall」を取り上げてみましょう。ジャムセッションを収録したライブレコーディング、レコードのAB両面1曲づつ各々20分以上長尺の演奏になりますが、起伏に富んだストーリーが聴き手を全く飽きさせません。

Recorded: January 19, 1974 at Carnegie Hall, New York City Label: Atlantic Producer: Ilan Mimaroglu, Joel Dorn Executive Producer: Nesuhi Ertegun

b)Charles Mingus tp)Jon Faddis as)Charles McPherson ts, as)John Handy ts)George Adams ts, stritch)Rahsaan Roland Kirk bs)Hamiet Bluiett p)Don Pullen ds)Dannie Richmond

1)C Jam Blues 2)Perdido

本作のライブレコーディングを収録した元々のコンサート「Charles Mingus and Old Friends in Concert」はNew York City MidtownにあるCarnegie Hallで74年1月19日土曜日の夜に行われました。40年以上前とは言え、入場最低料金$4.50とは随分安かったです。コンサートの最初のセットはCharles Mingusのニューグループによるもので、tp)Jon Faddis, ts)George Adams, bs)Hamiet Bluiett, p)Don Pullen, ds)Dannie RichmondそしてMingusのベース、6人編成のメンバーで行われました。レコードジャケットにはFaddisの名前もGuest Artistとして記載されていますが、これは誤記になります。演奏曲目はMingusのPeggy’s Blue Skylight, Celia, Fables of Faubus、加えてDon PullenのBig Aliceの計4曲。こちらのセットの演奏も録音されているでしょうから「The Complete Mingus at Carnegie Hall」の様な形でリリースされる日が来るかも知れません。後半のセットはゲストとしてJohn Handy, Rahsaan Roland Kirk, Charles McPherson3人のサックス奏者が加わった形で演奏されました。Mingusのライブでは必ず取り上げる彼のオリジナルや彼特有のバンドアンサンブルが無く(ソロの後ろで管楽器によるバックリフのアンサンブルが聴かれますが、その時々メンバーの即興によるものでしょう)、管楽器全員に延々とソロを回すジャムセッション形式で演奏が行われています。単にリハーサルや打ち合わせをする時間がなかったためなのかも知れませんが、結果歴史に残る素晴らしいパフォーマンスを繰り広げました。演奏曲目はMingusが心底から尊敬するDuke Ellingtonのナンバーから、セッションで日常的にもよく取り上げられるC Jam Blues, Perdidoの2曲。セッションの選曲にさえも自身の音楽性を反映させており、Mingusの音楽表現へのこだわりを感じさせます。MingusとEllingtonの共演作が残されています。62年9月録音「Money Jungle」、ドラマーにMax Roachを迎えたピアノトリオ、Mingusはいつも以上にハイテンションにプレイし、3人で素晴らしい演奏を繰り広げています。

帽子を被ったオシャレなEllington,サスペンダーのMingus,迷彩服姿(?)のRoachが異彩を放っています。

Old Friendsと言うくらいで、本作はMingusと過去に於いて共演を果たしているミュージシャンたちとの演奏になります。ニューグループの方は若手が中心でNew Friendsということになりますが、メンバーとの関わりについて触れてみましょう。ドラマーDannie RichmondはMingusの片腕、女房役として57年録音の名作「The Clown」からMingusの78年ラストレコーディングまで30年以上、殆どの作品で共演を果たしています。素晴らしいセンスのドラミング、ビート感、Mingusの音楽的要求に確実に答えられる柔軟性、何より強面、自我の表出の激しいMingusと永年私生活でも支障なく付き合える包容力と忍耐力(笑)を持ち合わせています。

ピアニストDon Pullenは前作73年「Mingus Moves」からの共演になり、個人的にMingusの特に優れた作品と認識している74年「Changes One」「Changes Two」にも参加、演奏のキーパーソンとなっています。R&Bからビバップ、フリーフォームまで幅広いスタイルを網羅した演奏は本作で共演しているテナー奏者George Adamsと絶妙のコンビネーションを発揮、両者共同名義による作品も多くリリースされています。

そのGeorge AdamsもPullenと同じく「Mingus Moves」からの共演になります。同様に「Changes One」「Changes Two」にも参加、やはりAdamsの快演無しには名作「Changes」2作は成り立ちませんでした。Mingus Bandで互いに切磋琢磨した間柄から、79年George Adams〜Don Pullen Quartetの結成は必然のなせる技なのでしょう。

トランペッターJon Faddisとは72年Lincoln Centerで行われたMingusビッグバンドの作品「Charles Mingus and Friends in Concert」で初共演、その後同年7, 8月に小編成のバンドで欧州ツアーをしました。持ち前のハイノートを駆使したプレイは多くのビッグバンドやスタジオワークで重用される一方、アドリブ奏者としても非凡な演奏を聴かせます。

バリトン奏者Hamiet BluiettはFaddisと共に72年の欧州ツアーに同行したのが付き合いの始まり、その後は付かず離れずのスタンスで彼と75年まで共演していました。Mingusの元を離れた後76年には、満を持して自己の初リーダー作「Endangered Species」をリリースすることになります。

ゲストサックス奏者一人目Charles McPhersonは文字通りのOld Friend、62年頃からの共演歴になります。Bootlegの「The Complete 1961-1962 Birdland Broadcasts」でその最初期の演奏を聴くことが出来ます。Mingusのアルバムには10数作参加している古参のひとりです。

ゲストの二人目John Handyは本ライブでテナーとアルトの両方を曲によって吹き分けています。マルチリード奏者として知られていますがMcPhersonよりも更に古く59年「Jazz Portraits: Mingus in Wonderland」からのOld Friend、主に60年代初頭に演奏を重ね、本作では久しぶりの共演になります。

そして三人目のOld Friendは本作の裏番長、いや真の主役と言っても良いかも知れないRahsaan Roland Kirk、本作ではテナーサックスをメインに誰よりも長く、誰よりも派手に巧みにソロを取り、自分の世界をとことん、これでもかと表現しています。Mingusとは前記のBootleg盤の61年テイクと、同じく61年「 Oh Yeah」で共演していますが、それ以来13年振りの共演はMingusから絶大な信頼を得ていたのでしょう、手が付けられない状態になるまでソロプレイを放置されています(笑)!

メンバーが全て出揃いました、それでは演奏について触れて行きましょう。1曲目C Jam Blues、ピアノトリオでまず1コーラステーマが演奏され、続いて管楽器総動員6管によるユニゾンでテーマが1コーラス演奏されます。MingusとRichmondが繰り出すビートは実にスインギー、ベースの音色が極太です!ソロの先発はJohn Handyのテナー、Handyはアルト奏者というイメージがありましたが、この音色を聴く限りアルト奏者のテナーの音ではなく、テナー奏者のものです。スタイル的にもCharlie ParkerではなくSonny Rollinsやホンカーのテイスト、John Coltraneのスパイスも感じさせます。合計15コーラスを演奏し、1コーラスクッション的に次の演奏者探しに費やされます。Bluiettのバリトンが次なるソロイスト、最低音域からフリークトーンを用いた高音域までレンジを広く網羅したソロを聴かせます。フリーフォームを中心にしたアヴァンギャルドな内容の語り口、さすがDavid Murray, Oliver Lake, Julius Hemphillらを擁したWorld Saxophone Quartet(メンバーの変遷はありましたが)のメンバーです。 9コーラスを演奏した後今度はGeorge Adamsのテナーにスイッチします。いきなりアウトしたフレージングから始まりますが、この人の音色には何とも言えない独特の色気、艶があるので思わず聴き入ってしまい、彼の世界に引きずり込まれます。フリーキーなフレージングの連続に、リズムセクションも7’03″辺りからMingusのオリジナルに良く用いられる8分の6拍子(6/8)のリズムに変わって行きます。1コーラスの後ドラムはもう少し6/8リズムを続けたかったフシが伺えましたが、Mingusがきっぱりとスイングに戻しました。PullenのバッキングもAdamsに同調して、おそらく肘打ちや拳骨を駆使したクラスター・サウンドを聴かせますが、彼の手が絆創膏だらけだった写真を見た事があり(爆)、流血するほどの格闘技ファイター的なピアノ奏法です!AdamsもHandyと同じく15コーラスを演奏、盛り上がり切った現場は根こそぎAdamsに持って行かれ、ペンペン草さえも生えていないような荒涼とした大地です(笑)!そこにRahsaan Roland Kirkがスネークインして来ました。これだけの世界を作られた後にソロを行うのは誰でも辛いと思うのですが、Kirkは一向に意に介していない模様、落ち着き払い堂々とした登場ですが、2コーラス目で先ほどのAdamsのソロのフリーキーな部分を、見事なまでにそっくりマネしているではありませんか!耳の良いプレイヤーならではのフェイクですが、さぞかしAdams本人は勿論、メンバーも驚いたことでしょう!さて、ソロの掴みはOK、続いてRollinsのAlfie’s Themeを引用します。Kirkのフレージングは様々なテナープレーヤーの要素を研究したフシが伺えますが、かなり高度な音使いをさり気なく用いており、更に加えて10’55″から聴かれる特殊な運指とその奏法によるマルチフォニックス(重音)をサーキュラーブレス(循環呼吸)で長時間吹き続ける、11’43″からトリルを用いつつ延々とお得意のサーキュラーブレス、ダブルタンギングを多用したフレーズ、12’35″からはColtraneのA Love Supremeのテーマ引用、12’46″からはベンドとグロートーンを同時に用いたIllinois Jacquet風ホンカー・テイストのブロウ、13’15″からは一転して音色も変えながらのビバップ・テナー、例えるならばDexter Gordon風のテイストでのソロ、13’36″から再びサーキュラーブレスでギネスブックものの信じられない長さでアヴァンギャルドなフレージングのオンパレード、オルタネートフィンガリング、フリークトーン、マイクロフォンから(わざと?)遠ざかり、近づくエフェクト、ありとあらゆるサックスの特殊奏法のオンパレードにより、何と24コーラスを吹き遂げました!!その後1コーラスが次のソロイストに引き継ぐためのクッション的にリズムセクションので演奏され、Faddisのソロになります。冒頭のフレージング、そうですよね、こんなフレーズでも吹かないと演奏を始められないですよね(笑)。Dizzy Gillespieのテイストを感じさせるミュート・トランペットによる8コーラスのソロが聴かれます。ソロイストの最後はMcPhersonのアルト、実に正統派Parkerスタイルを端正に、クールに12コーラス聴かせます。1コーラスのクッションを置いてラストテーマに戻りますが、あれだけ盛り上がってしまった演奏はそう容易くエンディングを迎えることは出来ません!場外乱闘的が始まりました!Kirkがサーキュラーブレスで吹き続けるF#の音(#11th)がドローンのようにずっと鳴り響きますが、ここでは本編では吹かなかったstritchも用いて、2本同時に演奏しているように聴こえます。各人様々なフリートークを重ねています!4分以上続き満場のアプラウズを受けてとうとうFineです。


2曲目がPerdido、C Jam Bluesの白熱した演奏で全参加者全員すっかりと吹っ切れたようです!テンポは先ほどよりも早く設定されており、ソロの一人目は再びHandy、今度はアルトを携えての登場になりますが、早めにソロを終えて落ち着いてしまおうという目論見か、それとも周りのミュージシャンがHandyに敬意を払って先発を勧めたのか、何れにせよいきなり別人のようにアグレッシヴなアプローチを聴かせます!フラジオ音も多用しつつのソロはやはりParkerの語法を感じることは出来ず、どちらかと言えばモーダルな、テナー奏者としてのスタイルを感じます。当然リズムセクションの演奏も一層熱気を帯び始め、Richmondのドラミングが特にイっています。4コーラスを演奏しBluiettのソロになりますが、彼の演奏も委細構わずの姿勢をより感じさせ、ハードに、ファンキーに、やはり4コーラスを演奏しています。そしてKirkの登場です。C Jam Bluesでの熱気を他所にクールにまず1コーラスを演奏し、2コーラス目途中からいきなりターボ全開、サーキュラーブレスで倍テンポ吹き捲り、オーディエンスはKirkの演奏が再び自分たちを音の異次元空間へいざなってくれるのだろうと、期待に満ちた熱いエールを送ります!それにしてもサーキュラーブレスとは管楽器奏者が複数参加するライブ・パフォーマンスでは確実に全てを制する飛び道具、いや破壊兵器になりますね!Pullenのバッキングも途轍もない次元まで登り詰めているので、彼の両手が心配です!聴衆のリクエストに完全に合致した超ハイパーなソロ、笑っちゃう位の物凄さを計9コーラス演奏しています。続いてMcPhersonの登場、原曲のメロディを挿入しつつ端正さはしっかりとキープしてホットなソロを4コーラス聴かせています。Adamsのソロにその後引き継がれますが、彼もタガが外れたかのように初めからフリー・アプローチ祭りの様相を呈しています!素晴らしい音色、楽器コントロール巧みさ、演奏盛り上げに対してのバリエーションの豊富さは実に見事。ですが同じテナー奏者同士の比較はやむを得ません、やはりKirkの方が役者が何枚も上のように感じてしまいます。5コーラスを演奏した後Faddisがオープンでトランペットソロ、ここでは一層Gillespieのカラーを聴かせるソロに徹して5コーラスを吹いています。その後Pullenのソロがバーニング!1曲目演奏時間24分強、ここでも既に18分以上が経過、ホーンズのソロに圧倒されつつ長い間出番を虎視眈々と狙っていたのでしょう!ストロングなピアノタッチ、手の方よりも鍵盤やピアノの弦の方の損傷を心配するのは取り越し苦労ですね(笑)Perdidoの2ndテーマが演奏されますが、冒頭のテーマ演奏時サビでアルトでソロを取っていたHandy、後テーマのサビではテナーでソロを吹いています。エンディングではこちらもテナーとstritch用いたKirkのドローンが演奏され、参加者全員演奏の残火をいとおしんでいるかのようにブロウしていますが、前曲よりもあっさり目に曲を終えています。

2019.10.13 Sun

Out of the Afternoon / Roy Haynes

今回はドラマーRoy Haynesの1962年録音リーダー作「Out of the Afternoon」を取り上げてみましょう。

Recorded: May 16(on 1, 6, 7) & 23(on 2, 3, 4, 5), 1962 Studio: Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey Label: Impulse! Producer: Bob Thiele

ts, manzello, stritch, flute, nose flute)Roland Kirk p)Tommy Flanagan b)Henry Grimes ds)Roy Haynes

1)Moon Ray 2)Fly Me to the Moon 3)Raoul 4)Snap Crackle 5)If I Should Lose You 6)Long Wharf 7)Some Other Spring

Flanaganだけ楽器を持たずに手持ちぶたさでいるのが可愛いジャケット写真です。

1925年3月13日Boston生まれのRoy Haynesは現在94歳、ご存命で今でも時たまドラムを演奏すると言う話を耳にすると嬉しくなってしまいます。モダンジャズを代表するドラマーにして優れたバンドリーダー、何より柔軟な音楽性ゆえ数多くのミュージシャンから彼のドラミングが必要とされ、レコーディングを重ねジャズ史に燦然と輝く名盤に名を連ねて来ました。枚挙に暇がありませんが彼を雇い共演したミュージシャンはLester Young, Charlie Parker, Miles Davis, Bud Powell, Wardell Gray, Sarah Vaughan, Eric Dolphy, John Coltrane, Stan Getz, Sonny Rollins, McCoy Tyner, Chick Corea….Haynesの参加した作品のかなりの数を耳にしましたがその全てに彼の存在感があり、楽曲アンサンブルの巧みさやソロイストを鼓舞し、演奏を活性化させるアーティスティックな姿勢に毎回感銘を受けます。僕がHaynesと双璧を成すと思っているドラマーがElvin Jonesですが、HaynesがJohn Coltrane QuartetにおいてElvinの代役を務め、名演奏を残したことはよく知られており、二人の演奏スタイルは全く異なるにも関わらず共通していることがあります。それはドラムを叩かず(実際にはもちろん叩いていますが)、演奏せず(していますが)、音楽を奏でている点です。彼らのドラミングのフレーズが型にハマらず不定形で、演奏者によって、その場その場の状況で多様に変化して行きソロイスト、共演者に寄り添い、ビートを刻む、リズムを繰り出す、それもシンコペーション、ポリリズムを駆使してその場で最も相応しく且つ一層のアクティビティをもたらす効果的な対応、その瞬間の取捨選択の見事さ、そして極めて尋常ではない大胆さを伴いつつ。これらは二人のどちらかに当てはまると言う事ではなく、両人にユニゾンのように備わっているのです。

Haynesのリーダー作は54年に欧州で録音された10inchの企画もの「Busman’s Holiday」「Roy Haynes Modern Group」2作が最初期のものに該当します。欧州に熱狂的なHaynesファンがいて、渡欧を見計らってレコーディングを持ち掛けたのかもしれません。

58年録音「We Three」がHaynesのリーダー作として本格的なものになります。ピアニストにPhineas Newborn, ベーシストPaul Chambersら豪華メンバーを擁したピアノトリオ作、モダンジャズを代表する素晴らしい作品の1枚だと思います。

次作として60年録音同じくピアノトリオによる「Just Us」はピアノにRichard Wyands、ベースにEddie De Haasをフィーチャーしたこちらも選曲、演奏共に優れたアルバムです。We Threeの次がJust Usと言うのも洒落たネーミングですが、レコードジャケット両作のメンバー集合写真からもトリオとしてのまとまり、我々にしか出来ないグループ・サウンドを創造するんだ、と言う意欲を感じさせます。

そして62年録音の本作に繋がります。これまでのピアノトリオ形態にフロント1人を迎えたカルテットになりますが、このサックス奏者が半端ではありません。マルチリード奏者にして複数本の楽器を同時に奏でる盲目のプレーヤーRoland Kirk、存在感、プレイとも申し分ない人選。Haynes、そしてプロデューサーBob Thieleよくぞ彼を招き入れました! HaynesがNYCのジャズ・クラブFive Spotにて対バンとして出演していたKirkとセッションを行い、演奏に感銘を受けThieleに本作の企画を持ちかけて実現しました。Kirkは自己がリーダーでの活動が中心で、サイドマンとして演奏するのは珍しく、他にはCharles Mingus, Quincy Jones, Jaki Byardが彼をサイドマンとして雇っている位です。サイドマンとしての演奏が少ないのは強力なパーソナリティの持ち主ゆえかもしれませんが、逆にMingus, Quincy, ByardそしてHaynesほどの優れた音楽性を持った個性派であれば、Kirkに自由に演奏させたとしても十分に自己の音楽に内包させることが出来るという事でしょう。Kirkは本作録音前月にHaynesを既に招き入れ名作「Domino」をレコーディング、以降68年「Left & Right」76年「Other Folks’ Music」の計3作で共演しています。

もう一つこれは大変興味深い演奏ですが、71年放送のEd Sullivan ShowにKirkのグループとしてHaynesの他、Charles Mingus, Archie Sheepらと共に出演、番組冒頭ではサックスを3本同時に吹き自身の名曲The Inflated Tearの一節を独奏、その後に参加メンバー全員でMingusのHaitian Fight Songを演奏しているのです! https://www.youtube.com/watch?v=fzGj_-5FGT8 (アドレスをクリックしてyoutubeの映像をご覧ください!)

Roland Kirkの演奏や音楽性については別の機会にまたじっくりと取り上げたいと思うのですが、本作収録曲の演奏を触れて行くに当たり、どうしてもKirkを中心に語らざるを得ないのが実情です。

1曲目哀愁を湛えたスタンダード・ナンバーMoon Ray、Haynesのマレットによるロールからピアノ、ベースのアルコが加わり一瞬二本同時演奏の後、テナーサックスによるメロディが始まります。多重録音が成されていないことを前提に、サビはmanzello(巨大な上向きベル付きソプラノサックス、Kirkが考案した楽器です)で演奏しています。ソロはテナーサックスが中心ですがもう1本サックスの音が同時にずっと聴こえ、時折ハーモニーを吹いたりダブル・タンギングを用いてアクセントを付けたり、耳には心地よく入って来ますが録音中、実はとんでもないことが行われていました!続くTommy Flanaganのピアノソロは職人芸的なスムースさを伴って、美しく響きます。Henry Grimesのベースはon topの素晴らしいタイム感でHaynesのソロとよく絡み合っています。ラストテーマは再びテナーとmanzelloを持ち替え、エンディングは2本をダブリングしています。Kirkの演奏はすべてがさりげなく行われていますが、白鳥が湖面を優雅に泳ぐが如く、水面下では壮絶な出来事が進行しています。

2曲目はMoonつながりでFly Me to the Moon、3拍子で演奏されています。イントロでHaynesは皮物を鳴らしたソロの後ピアノ、ベースが加わりテナーでメロディが始まります。始めサブトーンを用いた低音域で、その後は上の音域にスイッチしテーマの最後4小節には一瞬の間にもう1本サックスをダブリングしてハーモニーを聴かせています。テーマ終了時1本を口から離し、音が途切れることなくソロがテナー1本で開始されますが、多重録音でもない限りちょっと考えられない奏法です。1’03″からダブルタンギングによる16分音符の超絶フレージング、続け様に今度はテナーサックス1本でマルチフォニックス奏法による多重音奏法、2’04″から08″間は再び2本同時演奏によるハーモニー(実に芸が細かいです!)。Kirkがアドリブで吹いているラインは比較的オーソドックスなものですが、何しろ様々なテクニックを駆使した曲芸的な、ある種大変トリッキーなものです。60年代初頭に忽然と現れた謎の怪人サックス奏者、盲目にして独自の風貌、さぞかしプレーヤー、オーディエンスともに衝撃的だった事と思います。米国は本当に多くの天才を輩出する国だと改めて実感しました。その後FlanaganのソロになりますがKirkの演奏時はそちらにばかり耳が行ってしまい、バックの演奏に注意を払えなくなりますが、ピアノソロで実にHaynesが巧みなドラミングを聞かせていることに気付かされます。ベースソロに続きKirkはmanzelloに持ち替えてドラムと8バース〜4バースを行います。テナーソロと異なるのはシングル・タンギングを用いたキレの良い8分音符が中心になる点です。HaynesはKirkのフレーズに反応しつつ新たなアイデアも提供しています。その後バースに於いてもダブリングを行い、2本でユニゾン〜ハーモニーも聴かせます!ラストテーマは再び低音域に戻り、後半上の音域へ、エンディング逆順進行でも2本によるハーモニーを演奏してFineです。

3曲目はHaynesのオリジナルでアップテンポのスイング・ナンバーRaoul、Haynesの短いドラムソロからテーマに入ります。Kirkは再びmanzelloでメロディ奏、ソロを取ります。1’25″から2ndメロディと思しきラインを2本同時に吹いてアンサンブルを聴かせピアノソロに続きますが、ホイッスルやフィンガー・スナッピングも聴こえます。ベースのアルコソロに続き、テナーとドラムの短いDuo、その後ドラムソロに突入します。ラストテーマに入るところは微妙ですがギリギリセーフでしょう!レコーディング・スタジオ内でメンバー同士のアイコンタクトが取れないために、致し方のない事です。

4曲目はHaynesが50年代に付けられたニックネームSnap Crackleをタイトルにした自身のナンバー。冒頭Roy! Haynes! の掛け声はFlanaganによるものです。当初はKirkにRoyの名前を叫ばせるという案もあったという事で、そちらの方がインパクトが強かったように思うのですが残念!でも実はKirkに任せたら何をやらかし始めるか、叫び始めるかわからないという危惧ゆえ、ピアノ演奏同様に堅実なFlanaganにThieleが行わせたというのが実情かも知れません(笑)。シンコペーションを多用した変則的なリズムのメロディはいかにもHaynesらしいテイストです!1人ホーンセクションをテーマで聴くことが出来ます。マイナーブルースのコード進行によるソロの先発はピアノ、続いてKirkがフルートでソロを取りますが、自分の声とフルートをダブらせています。必ず何かしら演奏で聴かせてくれますね、この人!その後はベースを伴ってのドラムソロ、ラストテーマは繰り返されフェードアウトとなります。

5曲目はスタンダード・ナンバーIf I Should Lose You、短いドラムソロの後、ここではKirkがstritch(直立型アルトサックス、こちらもKirk考案の楽器です)を用いてテーマ、ソロを取ります。やはり普通の曲管アルトサックスとは異なった独特の音色です。1コーラス目は比較的オーソドックスでしたが1’31″からターボが掛かり始めダブルタンギング超絶奏法が!続くFlanaganのはKirkのイケイケには惑わされず自分のペースをキープします。その後KirkとHaynes、Flanaganも交えたバースが聴かれますがHaynesかなりストロングなフレージングを聴かせ、2小節毎のアタマにピアノとベースのコードが入る1コーラスのドラムソロも行われています。ラストテーマは割とあっさりエンディングを迎えています。

6曲目HaynesのオリジナルにしてアップテンポのLong Wharf、Haynesのシンバルレガートから曲が始まります。ここでもKirkはstritchを使用して演奏しています。ここでのKirkは比較的ストレートにソロを行い、Flanaganにソロを渡しています。Grimesのアルコソロ、ピアノ〜ベースのサポート付きでHaynesのドラムソロか聴かれ、そのままラストテーマへとなだれ込みます。

7曲目ラストに控えしはバラードSome Other Spring、ドラムのブラシソロによるイントロからKirkはmanzelloを用いて朗々と吹いています。サビをピアノが演奏しKirkが再登場しメロディプレイ、ピアノがサビで短いソロを演奏し、今一度KirkがAメロを吹いてFine、1コーラス半の短いエピローグ的演奏です。この後KirkはFlanaganとレコーディングで顔合わせをすることはありませんでしたが、本作でも2人の相性としてはずっと平行線を辿っているように感じました。

2019.10.05 Sat

Bottoms Up / Illinois Jacquet

今回はテナーサックス奏者Illinois Jacquet、1968年のリーダー作「Bottoms Up」を取り上げたいと思います。

Recorded: March 26, 1968 NYC Label: Prestige Producer: Don Schlitten

ts)Illinois Jacquet p)Barry Harris b)Ben Tucker ds)Alan Dawson

1)Bottoms Up 2)Port of Rico 3)You Left Me All Alone 4)Sassy 5)Jivin’ with Jack the Bellboy 6)I Don’t Stand a Ghost of a Chance with You 7)Our Delight

Jacquetの吹くホンカー・テナーの魅力を凝縮させた一枚に仕上がっています。

ホンカーの元祖とも言えるテナーサックス奏者Illinois Jacquetは1922年10月Louisiana生まれ、兄がトランペッター、弟がドラマー、そして父親がバンドリーダーという音楽一家の環境で育ち、幼い頃には既に父のバンドでサックスを演奏していたそうです。40年にNat King Coleトリオに客演した際、その資質を見抜いたColeがJacquetをLionel Hamptonのバンドに紹介し、それまでアルトサックスを吹いていたJacquetはテナー奏者としてHamptonのビッグバンドに加入することになりました。好機はすぐさま訪れ、42年にHamptonのビッグバンドがBenny GoodmanとHampton共作のナンバーFlying Homeを録音、すでにGoodman楽団の演奏で知られていましたが、19歳のJacquetにソロを取らせ結果大ヒットを記録しました。音源として残されているホンカーテナー・ソロとしては最初期のものに該当します。幸先の良いスタートですが、良い意味でも悪い意味でもFlying Homeの演奏がJacquetの代名詞となりました。Hamptonビッグバンドのlive showでは演奏の終盤に必ずこの曲を演奏し、Jacquetの演奏をフィーチャーしたそうで、数え切れないほどの回数を演奏〜グロウ、ホンキング〜した事と思いますが、もしかしたらホンカーのお家芸であるステージに寝そべってテナーをブロウする技も披露していたかも知れません。

因みにJacquetに影響を受けた幾多のフォロワー・テナー奏者たち、例えばArnett CobbやDexter GordonがFlying Homeを演奏する際はJacquetのソロをコピーして吹いていたそうです。同様に以降Flying Homeを演奏するテナー奏者はJacquetのソロを全く同じように覚えて吹く事が慣わしになり、Flying Homeではテーマを吹くのと同様にJacquetのソロも演奏する合わせ技が必須でした。ここまで楽曲に一体化したソロも存在しなかったでしょう、それだけ素晴らしい「シンプルにして唄心溢れるソロ」をJacquetが録音したとも言えます。

クリックしてお聴きください。音色、タイム感、フレージングとその構成力、デビュー間もない若干19歳のテナー奏者の演奏とは信じられない、ハイクオリティのソロです!

名曲Sing Sing SingにおけるHarry Jamesのトランペット・ソロ、Benny Goodmanのクラリネット・ソロ両方にも同様な事が言えます。いずれも素晴らしい内容ですがこちらは難易度がとても高く、原信夫シャープス&フラッツで演奏の際、完全コピーでの演奏再現をトランペット奏者、そしてアルトサックス奏者が持ち替えで演奏するクラリネットに課せられました。完全コピーではないにしろ、Sing Sing SingではHarry James, Benny Goodmanのテイストを部分的に拝借した内容でトランペット、クラリネットソロを取るのが今でも定番になっています。

とは言えJacquetは連夜の「満場を唸らせ、喝采を博する」ためのFlying Home演奏に辟易し、さらに推測するにHamptonはJacquetに毎回必ずレコーディング初演と同じ内容のソロを吹くようにと要求したと思います。楽曲と一体化した有名なソロですから、オーディエンスもこちらをお目当ての一つにして足を運んで来た事でしょう。Jacquetも若かったので違うことをやりたかったに違いありません。翌43年にHamptonのバンドを辞める事になりますが、今度は引き続きCab Callowayのオーケストラに参加します。ちなみにその当時のJaquetの映像をジャズボーカリストにして女優であるLena Horne主演の映画「Stormy Weather」で見る事が出来るのは嬉しい限りです。44年にCaliforniaに戻ったJacquetは兄であるトランペット奏者RussellやニューカマーのベーシストCharles Mingusらと小編成のバンドを起こし演奏活動を行い、Lester Youngと共にAcademy賞にノミネートされた短編映画「 Jammin’ the Blues」にも出演、またNorman Granz主催のJATP第1回コンサートにも出演するなど、シーンへの露出度が次第に高くなりました。46年にはNew Yorkに活動場所を移し、Count Basie OrchestraにLester Youngの後釜として参加しますが、Lesterの後任とはさぞかし重積だった事と思います。その後は自己の小編成バンドで欧州を中心に活動、81年からIllinois Jacquet Orchestraを組織し晩年まで活動しました。Jacquetは40年代から激動の米国ジャズシーンにしっかりと根を生やし、様々なバンドに在籍して生涯勢力的に活動を展開しました。

Jacquetはその長い音楽生活の中で多くの録音を残していますが、ライブ盤やレコード会社の企画モノ、コンピレーション・アルバム等のラフな制作の作品が中心です。本作は例外的にJacquetの持つ魅力を1枚に凝縮させようという、本人や制作サイドの強い意志を感じさせる仕上がりになっています。もう1作56年録音のリーダー・アルバム「Swing’s the Thing」 にも作品としてのコンセプトを感じる事が出来ます。

参加ミュージシャンに触れて行きましょう。ピアニストBarry Harrisは1929年生まれ、現在でもNew Yorkを中心に音楽活動を行い、同時に後進の指導を積極的に行っています。リーダーとしては言うに及ばず、サイドマンとしての信頼度も高いプレーヤーです。

ベーシストBen Tuckerは30年生まれ、安定したベースプレイとビート感から数多くのレコーディングに参加し、Herbie Mannの演奏で有名になったComin’ Home Babyを作曲、61年にDave Bailey Quintetでレコーディングし大ヒットを記録しました。

ドラマーAlan Dawsonは29年Pennsylvania生まれ、BostonのBerklee音楽院で57年から教鞭を執り、Tony Williams, Terri Lyne Carrington, Vinnie Colaiuta, Steve Smith, Kenwood Dennard, Billy Kilsonといったジャズシーンを代表するドラマーを育成しました。自身のドラミングもタイトなグルーヴ、テクニカルなプレイを聴かせています。

収録曲にも触れましょう。1曲目Jacquet作のオリジナル、表題曲Bottoms Up、まさしくホンカーがホンキングするためのナンバーです!Jacquet自身による指と足を使ったカウント(気持ちが入っています!)後、ピアノトリオによるイントロが始まりJacquetはいきなりルート音のB♭を上の音域でグロウしてクレッシェンドしながら吹き伸ばしています。まずリスナーを驚かして注目を集めようとするのはホンカーの常套手段で、我々は業界用語で「カシオド」と言っています(笑)。シンコペーションを多用したテーマは思わずリズムを取りたくなってしまいます!ソロが始まりエンジン全開、グロウ、シャウトの連続技です!ソロ2コーラス目にはストップタイムを活用したホンカーやロックンロール定番フレーズの登場!サビではテナーの最低音にして曲のキーであるLow B♭音を炸裂させています!否応無しにノセられてしまいますが、このまま好きな所に連れていって、と身を委ねたくなるのも演者の作戦、すっかり術中にハマってしまいます!3コーラス目は更にイケイケ状態、ベンド、シェイク、フラジオとホンカー技のオンパレード、そしてその後4コーラス目は再びストップタイム、定番フレーズ・パート2まで登場し、これは間違いなくロケンロールです!ホンキングこれでもかを臆面も無く発揮しつつ、1曲吹きっぱなしの大フィーチャーナンバー、Jacquetの面目躍如です!曲中on topのベースワークが光るTucker、良い人選であったと思います。

2曲目はPort of RicoはJacquet作のブルース・ナンバー、曲が始まった暫くはリラックスした雰囲気が漂いますが、これもホンカーならではの習性、すぐにシャウトを交えた熱い演奏に変化してしまいます。この演奏もテナー1人吹きっぱなしの独壇場です。

3曲目哀愁を帯びた美しいバラードYou Left Me All Alone、こちらもJacquetのオリジナルになります。素晴らしいテナーサウンド、マウスピースはOtto Link Metal 7★、リードはRico3番、楽器本体は多分Selmer Super Balanced Actionを使っています。サブトーンでしっとり聴かせるバラード奏法と言うよりも、張った音色、シャウト系の吹き方を中心に、時たまサブトーンをクッションとして用いるブロウで聴衆を説得しており、益荒男振りが一層光る演奏です。こちらもJacquetの大フィーチャー、3曲目にして未だ他のメンバーのソロを聴くことは出来ていません。

4曲目Sassyはオルガン奏者Milt Bucknerのオリジナルになります。印象的なマイナー調のメロディ、リズムセクションのシカケが効果的です。ここでのJacquetのソロはホンカーを基本にしていますが、端々に正統派ジャズプレイヤー然としたインプロビゼーションのアプローチを聴かせています。ここでの吹き方をよりワイルドにしたのがEddie “Lockjaw” Davisです。4曲目にして初めてHarrisのピアノソロを聴くことが出来ました。洗練されたBud Powellとも言うべき演奏です。

5曲目Jivin’ with Jack the Bellboy、Jacquetのオリジナルです。4小節のドラムソロ、ピアノトリオによる1コーラスの演奏の後テーマ奏、テナーソロと続きます。ここでもJacquetの暴れっぷりは、全米ホンカー協会が存在したら表彰されそうな勢いです!その後ドラムスとメンバー全員とのトレードがあり、ラストテーマを迎えます。ここでも最低音B♭のルート音提示による、低くて太いホンカーであるべき条件を再確認させています。

6曲目はVictor Young作スタンダードナンバー、I Don’t Stand a Ghost of a Chance with You、Ghost of a Chanceとタイトルを省略する場合が多いです。美しいバラードでテナーがテーマを演奏、ここでは3曲目You Left Me All Aloneのアプローチと異なった、サブトーン中心によるムーディな奏法を堪能できます。テーマ後ピアノソロになり1コーラス丸々を演奏しますが、テナーがラストテーマをサビから演奏するのかどうかの気配を、Harrisが探りながら演奏していたので一瞬サビ前でソロが完結しそうになりますが、そこは手練れの者、難なくサビに突入しています。ピアノソロ後ラストテーマはやはりサビから、ここではホンカーが再び降臨したかのような吹き方に変わっています。ラストはサブトーンを用いて再びLow B♭音を吹いて演奏をバッチリ締めています。

7曲目最後を飾るのはOur Delight、ピアニストTadd Dameron作の名曲、Jacquetはかなり饒舌に2コーラスをブロウしていますが、細かいコードチェンジを巧みにアプローチしています。Harrisも同時代を生きたピアニストの曲はお手の物で、流暢なソロを聴かせています。ひとつ気になるのはFlying Homeの初演でJacquetが、あれほど素晴らしい完璧なレイドバックのリズムを聴かせていたにも関わらず、この曲を含め本作収録全曲タイムが早くラッシュしている点です。何が彼をそうさせたのか、彼自身このスタイルが気に入っているのか、ホンカーとしての成熟度の素晴らしさには諸手を挙げて賛辞を送りたいと思いますが、タイムの処理に関しては個人的に物足りなさを感じてしまいます。

最後に余談ですが、今は無くなってしまった目黒のとあるジャズ・ライブハウス、そこで良く演奏をしていました。マスターが趣味でテナーサックスを演奏するので僕のことを贔屓にしてくれたのもあり頻繁に顔を出し、セッションしたりマスターとジャズの話で盛り上がったりしていました。マスターの趣味はHard-BopやBe-Bop、スイング時代のジャズでした。そもそもギターや電気楽器があまり好きではなく、ライブでギタリストがエフェクターをアンプに繋いだだけで機嫌が悪くなるようなアコースティック一辺倒の、いわゆる「頑固な」ジャズ喫茶のオヤジでした。ある日Bob Mintzerが参加する僕が大好きなYellow Jacketsのライブを聴きにいった直後に店に立ち寄り、遊びに来ていたミュージシャンに「Yellow Jacketsのライブを観に行ったんだ」と話をしているとマスターが横から話に割り込み、「おっ、来日してたんだ、どうだった?」と意外なリアクションを見せます。「素晴らしかったですよ」と答えてはみたものの、マスターがYellow Jacketsに興味があるなんて不思議だなと脳裏を過ぎりました。「テナーの音はどうだった?」と質問するので話が合致しているのだと思いつつも違和感を感じながら「素晴らしい音色でした。彼の音が大好きなんですよ」と答えました。「そうだよな、太い音だよ。テナーはああじゃないと」マスターがBob Mintzerを認めているなんて好みが変わったんだ、良いものは良いからさ、とか言いそうだなと考えていると「渋い音だから若い人には受けるかな、もうかなりの歳の筈だし」と言い出すので、???マークが何十個も点り始めました(汗)。そこでハタと気がついたのが「マスターひょっとしてIllinois Jacquetの事を言ってるんじゃないの?」「えっ?違うの?」「 Yellow Jacketsっていうフュージョンを演奏するバンドのライブに行った話をしているんだけど」「・・・・」良く似た名前で共通する事項が多く含まれていたため、平行線でありながら妙に話が噛み合ったような気がした、落語のオチのような話でした、チャンチャン。

2019.09.26 Thu

Tones, Shapes and Colors / Joe Lovano

今回はテナーサックス奏者Joe Lovanoの1985年リーダー作「Tones, Shapes and Colors」を取り上げたいと思います。

85年11月21日Jazz Center of New York Cityにてライブ録音  Label: Soul Note Engineer: Kazunori Sugiyama Producer: Giovanni Bonandrini

ts, gongs)Joe Lovano p)Kennny Werner b)Dennis Irwin ds)Mel Lewis

1)Chess Mates 2)Compensation 3)La Louisiane 4)Tones, Shapes and Colors 5)Ballad for Trane 6)In the Jazz Community 7)Nocturne

現代ジャズシーンを代表するテナーサックス奏者の一人、Joe Lovanoの初リーダー作になります。レコーディング時32歳、比較的遅咲きのデビュー作ですがその分確固たる個性を発揮しています。参加メンバーはピアニストに盟友Kenny Werner、ベーシストは堅実なプレイで数多くのミュージシャンに愛されていたDennis Irwin、ドラマーにかつてのボスであるMel Lewisを迎え、外連味のないストレートアヘッド・ジャズ、王道を行く素晴らしい演奏を聴かせています。リリースはイタリアの名門レーベルSoul Noteから。いつの頃からか米本国よりも欧州や日本のレーベルの方が米国のジャズに理解を示し、若手発掘や才能あるアンダーレイテッドなミュージシャンの紹介に尽力しています。

Ohio州Cleveland出身のLovanoは父親であるテナーサックス奏者Tony “Big T” Lovanoに子供の頃からサックスの奏法はもちろん、スタンダードナンバーの演奏のノウハウ、ギグに於けるミュージシャンにとって必要なマナー、心構え、それこそ仕事の見つけ方まで徹底した手ほどき、いわゆる英才教育を受けました。6歳からアルトサックス、11歳で持ち替えたテナーサックスをその後メインの楽器としていて、彼の愛器Selmer Super Balanced Action Silver Platedは父親から譲り受けた楽器だそうです。その後BostonのBerklee音楽院で学び、卒業後はオルガン奏者Jack McDuff, Lonnie Smithらのバンドを足掛かりにWoody Herman, Mel Lewisのビッグバンドで活躍し、その名を知られるようになりました。Lonnie Smith75年録音の作品「Afro-Desia」にてすでに確固たる個性を聴かせています。

この作品で聴かれるLovanoのフレージングやアイデア、タイム感は十分今日の彼のスタイルに通じますが、テナーの音色、特に彼独自の極太感が異なります。現在の彼のセッティングはマウスピースのオープニングが10★、リードが4番と超弩級ワールドクラスですが、「Afro-Desia」75年当時はおそらくもっとオープニングの狭いマウスピースを使用していたと思われます。音色やサウンドが後年よりもコンパクト、小振りな印象、極端な話Lavanoスタイルに影響を受けた別のテナー奏者による演奏のように聴こえてしまうからです。付帯音、雑味感、エッジの密度からリードの厚さは変わらないと推測することも可能です。巨大なオープニングのマウスピースを吹きこなす事で得られる音色の太さは、結果演奏に強力な存在感をアピールします。「ぶっとさ」がテナーサックスの魅力の一つであるのは言うまでもありませんが、しかし吹きこなすためには尋常ではないエアーと圧力、洗練された奏法、何より体力が必要になります。まさにLovanoのガタイの良い、恵まれた体格こそが彼の音色を生み出す原動力なのでしょう。いつの頃から巨大オープニングでワールドクラスの音色になったのかはおいおい検証したいと思いますが、個人的にはこのような比較によりオープニングによるサウンドの明らかな違いを発見することが出来るのは、大変興味深い事です。

その後LovanoはPaul MotianのトリオでBill Frisellと独自の演奏を繰り広げます。Frisell, Lovano共に浮遊感溢れるラインの構築に対する美学に、ある種の同一性を感じさせます。82年リリースのMotian Bandの作品「Psalm」はBilly Drewes, Ed Schullerらをゲストに迎え全曲Motianのオリジナルをプレイした意欲作です。

同じくギタリストJohn Scofieldとのコラボレーションも見逃す訳には行きません。89年録音Scofieldの作品「Time on My Hands」、同じく90年「Meant to Be」、いずれもギター、サックス「変態型」フレージングの大御所達による「危ない」ストレートアヘッド作品群です(笑)。両作ともカルテット編成ですが、前者がCharlie Haden〜Jack DeJohnette、後者がMarc Johnson〜Bill Stewartとタイプの違うリズムセクションを使い分けた形ですので、印象も随分と変わり、一層John Sco〜Lovanoラインを楽しむことが出来ます。

父親Tonyとのテナーバトルをフィーチャーした86年「Hometown Sessions」も興味深い作品で、親子の音楽的嗜好(志向)の同一性を垣間見ることが出来ます。Tonyもかなりタフなマウスピースのセッティングを感じさせる、息子と音色のテイストが良く似た豪快なテナートーンの持ち主です。

Lovanoの演奏はもちろん自己のリーダーバンドでその個性をしっかりと発揮しますが、サイドマンにおいては絶妙なバランス感を伴いながらリーダーの個性、音楽性を確実に踏まえつつ自己主張を遂げています。New Yorkのジャズシーンを始めとして多くのミュージシャンに彼の演奏が重宝されていますが、彼ほど自身の個性と他者との融和、そのブレンド感が見事なテナーサックス奏者は存在しません。かつてのMichael Breckerが演奏スタイルは全く異なりますが、よく似た立ち位置にいました。2014年作品Tony BennettとLady Gagaの共演作「Cheek to Cheek」収録1曲目Anything Goes、Lovanoのソロが上記のコンセプトを踏まえ、更にトーンとフレージングのエグさを通常よりも増量した(笑)、短いながらも素晴らしい内容です!歌伴の間奏でここまでやって良いのでしょうか?でも結果オーライ、Bennett, Gagaたちの唄を確実に引き立てています!

本作のレコーディング・エンジニアであるKazunori Sugiyama〜杉山和紀氏は米国を中心に活動しBlue NoteやColumbia, 日本のDIWレーベル等に900枚以上の録音作品を手掛けている、海外で活躍する日本人エンジニアを代表する一人です。ここでもアンビエントの奥行きを感じさせる、各楽器の音像がクリアーに収録されつつバランスの取れた、素晴らしいライブレコーディングを実現させています。

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目Kenny Werner作曲のChess Mates、比較的テンポの速いユニークな構成と雰囲気を持った、いかにもWerner作の佳曲です。95年リリース、ボーカリスト鈴木重子さんの初リーダー作「Premiere」のプロデューサー、アレンジャーがWernerでした。リリース時彼女の歌伴を出身地の浜松で行い、Wernerのアレンジした譜面で収録のスタンダード・ナンバーを演奏しましたが(残念ながらWerner自身は不在でした)、難解な中にもユニークでユーモア溢れるセンスを感じ、「かなり普通ではない」Wernerの音楽性を垣間見る事が出来ました。

Lovanoのタイトなタイムと、スインギーなリズムセクションのグルーヴが実に合致して冒頭からスリリングな演奏を聴かせています。楽器のコントロール、Lovano実に申し分ありません!Mel Lewisのステディなドラミングが演奏をグッと引き締めています!インタールード後の、ちょっと危ない雰囲気のWernerのプレイもとても好みです。

2曲目もWernerのオリジナルCompensation、日本語では「償い」になりますが、誰ですか?テレサテンの曲で知っているよ?なんて言っている人は(笑〜僕です)。John Coltraneのオリジナル曲Naimaと、短3度と4度進行から成るColtrane ChangeとがWernerのテイストにより高次元で合体した名曲です!叙情的なイントロからテーマに入りソロの先発はWernerから、作曲者ならではの曲の構造を把握した緻密な演奏が聴かれます。続いてIrwinのベースソロ、Vanguard Jazz Orchestraのベース奏者を長年担当した名手でもあります。続いてのLovanoのソロも実に巧みに難しいコード進行をトレースして盛り上がっています。そのままラストテーマに入り、美しくもジャズの情念を迸らせる名演奏はFineになります。

3曲目La Louisiane はLovanoのオリジナル、触ると火傷をしそうなくらいに熱いジャズスピリットを満載した幾何学的メロディの曲です。テーマからそのままLovanoのソロになり、リズムセクションと一体化してとことん、フリーフォームに突入してまで盛り上がっていますが、テナーがインタールード的にテーマを演奏し、さあピアノソロに行こう、とする矢先に何故かフェードアウトです。

4曲目はLovanoのオリジナルにして表題曲Tones, Shapes and Colors、ユニークな構成のナンバーです。クレジットにはLovanoがGongsを演奏していることになっていますが、テナーと同時にGongsが鳴っているのでおそらくLewisが叩いているのでしょう。パーカッションも聴こえています。基本的にテナーの独奏、部分的にGongsやパーカッションが加わる形で演奏されています。Tones〜Lovanoにしか出せない素晴らしい音色、Shapes〜一定のリズムがずっと流れている形態、Colors〜グロートーンも交えた様々なテナーの色彩感、タイトルはこれらの事を意味しているのでしょうか?

5曲目WernerのオリジナルBallad for Trane、前出CompensationのようにColtraneの音楽パーツを用いて作曲されたナンバーと異なり、あくまでWernerのColtraneに対する敬愛の念からイメージして書かれた曲のように聴こえます。美しいメロディライン、尊敬するジャズ史上最高のテナー奏者へのレクイエム、饒舌にしてこの上なくリリカルなWernerのピアノソロ、LovanoのサウンドからはColtraneのオリジナルWelcomeでの演奏を感じました。総じて崇高さを湛えた極上のバラードプレイです。

6曲目はLovano作In the Jazz Community、アップテンポのスイングナンバーです。ここでもLovanoは実に流暢なアドリブソロを展開しており、この時点で確実に個性を確立しています。続くWernerも全く同様に自分のスタイルをしっかりと聴かせています。

7曲目ラストを飾るのはやはりLovanoのオリジナルNocturne、前出のバラードとはまたテイストが異なりテナー、ピアノともにソロのアプローチに違いが現れています。

2019.09.13 Fri

Hamp and Getz / Lionel Hampton – Stan Getz

今回はヴィブラフォン奏者Lionel Hamptonとテナー奏者Stan Getzの1955年共演作「Hamp and Getz」を取り上げてみましょう。

Recorded: August 1, 1955 Radio Recorders, Hollywood, California Label: Norgran Records Producer: Norman Granz

vib)Lionel Hampton ts)Stan Getz p)Lou Levy b)Leroy Vinnegar ds)Shelly Manne

1)Cherokee 2)Ballad Medley: Tenderly / Autumn in New York / East of the Sun(West of the Moon) / I Can’t Get Started 3)Louise 4)Jumpin’ at the Woodside 5)Gladys

今までにも当BlogでStan Getzを何度か取り上げたことがあります。Getz自身の演奏は常に絶好調で、共演者の人選、彼らの演奏クオリティにより左右された出来不出来が無い訳ではありませんが、今回共演のヴィブラフォン奏者Lionel Hamptonの猛烈なスイング感、グルーヴがGetzとどのようなコンビネーション、化学反応を示すのかに興味が惹かれるところです。この作品のプロデューサーNorman GranzはJATP(Jazz at the Philharmonic)を 1940~50年代に率いて米国、欧州各地をジャズメンのオールスターで巡業し、最盛期には全世界を風靡しました。彼には興行的な才覚があり、ミュージシャン同士の組み合わせ、時には意外性、奇抜な人選を考えて作品を多数制作、自身のレーベルClef, Norgran, Down Home, Verve, Pabloからリリースしました。本作もその一枚に該当しますがGranzの狙いは今回大いに当たったと思います。

Hamptonは1920年代後半Californiaでドラマーとして活動していましたが、30年頃からヴィブラフォン奏者に転向しました。Gary BurtonやMike Mainieriのような片手に2本づつ、計4本のマレットを使いコード感もサウンドさせるコンテンポラリー系のヴィブラフォン奏者では勿論ありません。Red Norvo, Milt Jackson, Dave Pike, Bobby Hutchersonらのような片手に1本づつ、計2本のマレットで演奏するオーソドックスなスタイルの奏者です。正確なマレットさばきとグルーヴ感、驚異的なタイム感で噂となり、36年にLos Angelesを自身のオーケストラで訪れたBenny Goodmanが彼の演奏を聴き、その素晴らしさに自分のトリオへの参加を誘い、ほどなくピアニストTeddy Wilson, ドラマーGene Krupaから成る、人種の垣根を超えた初めてのジャズ・グループ、Benny Goodman Quatetが誕生しました。超絶技巧と高い音楽性から人気を博したバンドです。

その後40年にGoodmanのバンドから円満退社で独立し、Lionel Hampton Big Bandを結成しました。当時の若手精鋭たちをメンバーに迎え、コンスタントに活動を行い、53年に挙行した欧州への楽旅の際にはClifford Brown, Gigi Gryce, Monk Montgomery, George Wallington, Art Farmer, Quincy Jones, Annie Rossといったジャズ史に燦然と輝く素晴らしいメンバーを擁していました。同時にスモールコンボでも演奏活動は継続され、Oscar Peterson, Buddy DeFranco, Art Tatumたちとも共演、名作として名高いBenny Goodmanの伝記的映画「ベニーグッドマン物語」にも演奏者(もちろん本人役)として出演しています。

言ってみれば当時の米国ジャズ界のスーパーアイドル、ドンとして君臨していたHamptonはこの時47歳、お相手のStan Getzは若干28歳、Jack Teagarden, Nat King Cole, Stan Kenton, Jimmy Dorsey, Benny Goodmanのビッグバンドを経験し、その後Woody HermanのThe Second HerdでZoot Sims, Serge Chaloff, Herbie StewardたちとThe Four Brothersを結成し白熱の演奏を聴かせました。因みに彼らの敬愛するLester Youngのヴィブラート・スタイルでアンサンブルを統一したようです。本作の前年にはトランペットの巨匠Dizzy Gillespieとの共演作「Diz and Getz」、Getz自身のリーダー作としては52年「Stan Getz Plays」をリリース、キャリア的にはまだまだニューカマーの域を出ていない若手テナー奏者Getzでしたが、自己のスタイルを確立した演奏を聴かせています。ベテラン・ミュージシャンとの異色の組み合わせ、胸を借りた演奏はプロデューサーGranzのセンスある采配によるものです。

「Stan Getz Plays」

それでは演奏に触れて行きましょう。1曲目はお馴染みCherokee、アップテンポの定番の1曲です。リズムセクションには米国西海岸を代表するミュージシャン、ピアニストにLou Levy、ベーシストはLeroy Vinnegar、ドラマーにShelly Manneを迎えています。おそらく当時Hamptonが西海岸に在住、GetzがNew Yorkから単身赴任してのレコーディングになり、ご当地のリズムセクションを雇った形になったと思います。ドラムの8小節イントロから曲が始まりますがテーマはなく、いきなりのテナーソロ、ヴィブラフォンがウラ・メロディのような形でバッキングしています。Getzはいつもの彼の一聴で分かる個性的テナーの音色、スピード感ドライヴ感満載のスインギーなソロですが、60年代以降のGetzとはやや趣を異にしており、タイムがかなりon topに位置しているのです(バックを務めるベースの音符の位置はon topであるべきなのですが)。60年代以降晩年まで、完璧とも言えるタイム感を聴かせてテナータイタンとしての存在感を誇示していました。この事は続くHamptonのソロで明確に判明します。早いテンポであるにも関わらず音符の粒立ちの良い安定したマレット・テクニック、そして何よりタイムです!リズムのスイート・スポット目がけて、全くちょうど良いところに音符がはめ込まれています。リズムに対して「のる」のではなく拍の枠に「はめる」が如き演奏、絶対音感ならぬ絶対リズム感を感じさるプレイです!ミディアム・テンポではレイドバックを余儀なくされる、と言うかリズムの後ろにのることは比較的容易に行う事ができます。一方アップテンポや逆にバラードでは音符のリズムに対する位置を的確に維持する事が難しく、そして重要です。前述の作品「Stan Getz Plays」収録のバラードBody and Soul、Getz初期の名演奏として名高いテイクでイマジネーション溢れるフレージング、美しい音色、ニュアンスやアーティキュレーションが十二分に発揮されていますが、タイムがかなりのon topに加え8分音符音符の揺れもあり、後年の演奏とは隔たりを感じさせます。本作録音55年はGetzのタイム感にとっては過渡期であったのではないかと思います。57年10月録音「Stan Getz and the Oscar Peterson Trio」翌11月録音「The Steamer」では全く揺るぎのない、後年に通じるタイム感をしっかりと披露しているのです。ひょっとしたら本作でのHamptonとの共演で刺激を受け、タイムに対する概念を伝授されたのかも知れません。

Hamptonに続くLevyのピアノソロ、フレージングは心地よいものを感じさせますが、Getzよりも更にon topのタイム感で演奏しています。その後GetzとHamptonの8小節交換が行われますが、丁々発止とはまさにこの事でしょう、手に汗握るトレードが聴かれます!Shelly Manneのアクセント付けもバッチリ、感極まったHamptonの声も演奏の一部に聴こえてしまいます!ラストテーマも結局提示されずFineですが、それにしてもHamptonのタイムの安定感を嫌という程思い知らされた演奏です(笑)

2曲目はバラード・メドレーTenderly / Autumn in New York / East of the Sun(West of the Moon) / I Can’t Get Started、GetzがTenderlyとAutumn in New Yorkを2曲続けて、HamptonがEast of the SunとI Can’t Get Startedをやはり2曲続けて演奏しています。1コーラスづつ曲の切れ目なしに4曲連続しての演奏、なかなか珍しいフォーマットでのメドレーです。テナーサックスの多彩な表現〜Getzのバラード・プレイの深さに改めて感銘を受けました。Hamptonもヴィブラフォンでのバラード表現を可能な限り表出しているように聴こえます。ここまでがレコードのSide Aになります。

3曲目は古いスタンダード・ナンバーLouise、Hamptonがテーマを演奏してそのままソロへ、なんとも味わい深さを感じさせるプレイです。自然体でメロディを奏でその延長での鼻歌感覚のアドリブが堪りません。ピアノソロ、テナーソロと続きますがこの手のナンバーでのGetzの小粋さも申し分ありません!ラストテーマを匂わせるプレイをGetzが行いますが、Hamptonが再登場、ラストテーマを演奏しGetzはサビを吹いています。

4曲目はCount BasieのナンバーからJumpin’ at the Woodside、1曲目Cherokeeに続く速さでの演奏です。テーマにおけるピアノ、ヴィブラフォンのバッキングがBasieビッグバンドのサウンドを醸し出しており、Manneのシンバルの使い分けも巧みです。ソロの先発はHampton、スピード感とグルーヴ感から高速走行中のアメ車を思わせます。4コーラス目にテナーによるバックリフが入り、そのまま続けてテナーソロに突入します。ここでのGetzのソロ、曲想の解釈が素晴らしいと思います。曲のイメージの中に深く入り込み、曲の構造を基に大胆に再構築しているかの如きアプローチ、タイムの捉え方さえも実にスムーズです。どこかホンカーを思わせるテイストも感じます。ピアノソロ後1コーラスHamptonのソロ、後ろでGetzがバックリフを何故か吹いています。その後HamptonとGetzの8〜4小節交換、ソロの同時進行にも発展しますが物凄いやり取りです!テナー奏者はとことん盛り上がるとホンカーに変貌するのは仕方のない事なのでしょうか(笑)、その後頃合い良きところでいきなり音量を下げてラストテーマへ、その急降下振りに驚かされますが、ヴィブラフォンのバッキングが実に相応しい!

5曲目ラストを飾るのはHamptonのオリジナルで彼の奥方の名前を冠したナンバーGladys、変形のブルースナンバーです。ヴィブラフォンとテナーのユニゾンでテーマが演奏された後、ヴィブラフォンのソロからスタートしますが、さすがコンポーザー然とした流麗なソロを聴かせます。8分音符が少しハネているように聴こえるのは奥方のイメージを反映させたのでしょうか?続くGetzはムーディに、歌うが如く朗々と、付帯音を豊富に含ませたハスキーなトーンでソロを取っています。短いLevyのソロもスインギーです。その後HamptonとGetzの1コーラス・トレードが和やかに、気持ち良さそうに、互いのアドリブの内容を反映させつつ、スリリングに展開され、ラストテーマを迎えて大団円です。

2019.09.01 Sun

All My Tomorrows / Grover Washington, Jr.

今回はサックス奏者Grover Washington, Jr.の1994年録音のリーダー作「All My Tomorrows」を取り上げてみましょう。

Recorded: February 22-24, 1994 Studio: Van Gelder Studios, Englewood Cliff, NJ. Engineer: Rudy Van Gelder Produced by Todd Barkan and Grover Washington, Jr. Label: Columbia

ts, ss, as)Grover Washington, Jr. tp, flh)Eddie Henderson tb)Robin Eubanks p)Hank Jones b)George Mraz ds)Billy Hart ds)Lewis Nash vo)Freddy Cole vo)Jeanie Bryson

1)E Preciso Perdoar(One Must Forgive) 2)When I Fall in Love 3)I’m Glad There Is You 4)Happenstance 5)All My Tomorrows 6)Nature Boy 7)Please Send Me Someone to Love 8)Overjoyed 9)Flamingo 10)For Heaven’s Sake 11)Estate(In Summer)

愛器3本が写った背後に白装束で本人が佇むジャケット写真が印象的です。70〜80年代数々のヒット作(ジャンル的にはソウル、R&B、フュージョン、総じてスムースジャズとカテゴライズされます)をリリースしたGrover Washington, Jr.、本作は初の全編アコースティック・ジャズアルバムになります。バックを務める素晴らしいジャズ・ミュージシャンたち、曲毎に違ったアレンジャーを迎え様々なカラーを出しつつ、ボーカリストもフィーチャーし、しっかりとしたお膳立てが成されたプロデュースによりGroverにはひたすらメロウに吹かせています。

Groverは1943年New York州Baffalo生まれ、音楽一家で育ち8歳の時に父親であるGrover Sr.からサックスを与えられ、音楽にのめり込むようになりました。徴兵でArmyに入隊した際にドラマーであるBilly Cobhamに出会い、兵役を終えた後にCobhamがGroverをNew Yorkのミュージシャン達に紹介して音楽シーンに参入するようになりました。いくつかのレコーディングを経験した後、アルトサックス奏者Hank CrawfordがCreed TaylorのKUDU Labelのレコーディングに参加できず、Groverに白羽の矢が立ちその代役を務め、71年に初リーダー作である「Inner City Blues」を発表しました。幸先の良いラッキーなスタートです。

時代はクロスオーバー、フュージョンが台頭し始めた頃、Groverの音色はジャズファンはもちろん、R&Bやソウルミュージックのオーディエンスのハートを射止め初リーダー作にしてヒットを飛ばしました。その後74年「Mister Magic」、75年「Feels So Good」の出来栄えでその人気を不動のものにしました。

スタジオ録音だけではなく、ライブ演奏でもその本領を発揮した77年録音の作品「Live at the Bijou」、素晴らしいクオリティの演奏です。ジャズミュージシャンの本質は生演奏にあることを見せつけてくれました。

そして80年Groverの代表作にして最大のヒット作、82年グラミー賞Best Jazz Fusion Performanceを受賞した大名盤「Winelight」を発表しました。

メンバーの人選完璧、Groverの音色、フレージング、音楽性の秀逸ぶり、演奏申し分なし、選曲のセンスは言うに及ばず、アレンジ抜群、企画力の淀みなさ、聴かせどころやハイライトシーン設定の巧みさ、そして何より時代が要求する音楽と内容とが見事に合致したのでしょう、80年代を代表する作品の一枚となり、結果多くのフォロワーを生み出しました。スムースジャズの父という呼ばれ方もされていますが確かに、Kirk Whalum, Najee, Boney James, Brandon Fields, Everette Harp, Gerald Albright, Kenny G, Nelson Rangel, Eric Marienthal, Walter Beasley, Richard Elliot, Dave Koz, Warren Hill, Mindi Abair… 彼以降に現れたスムースジャズのサックス奏者は殆どGroverの影響を受けていると言っても過言ではありません。具体的にはメロディの吹き方、こぶしの回し方、ビブラート、ブルーノートを用いたニュアンス付け等、スムースジャズに於けるサックスのスタイルを確立させました。Charlie Parkerが以降のサックス奏者に与えた多大な影響、John Coltrane以降のテナー奏者がことごとくColtraneの影響を受けた事に匹敵するほどのセンセーショナルなものと言えるかも知れません。更にParker, Coltraneの影響を受けたサックス奏者が開祖の演奏を越えることが困難なのと同じく、スムースジャズのサックス奏者たちはGroverの前では存在が霞んでしまいます。楽器の音色の素晴らしさ、一音に対する入魂の度合い、表現力の深さ、歌い回しの巧みさ、間(ま)の取り方、いずれもがパイオニアとしてのプライドに満ちた風格により、他者との間に大きな溝が存在します。一聴すればGroverとすぐに分かる明確な個性の発露、他のスムースジャズ・サックス奏者は楽器のテクニックの素晴らしさは感じますが、ひょっとしたら僕自身の勉強不足に起因するのかも知れません、誤解を恐れずに述べれば自分自身を表現しようとせずに、スムースジャズ・サックス・スタイルを吹いているので楽器の上手さの方が目立ち、結局皆同じに聴こえてしまうのです。個人的にはフォロワーの中でもKirk WhalumがGroverの後継者たるべく断然その存在感をアピールしています。Whalumの2010年発表のリーダー作「Everything Is Everything (The Music Of Donny Hathaway)」はDonny Hathawayの音楽をKirk流に解釈した素晴らしい内容、そして濃密なテナーの音色で僕の愛聴盤でもあります。因みにKirkはGroverと同様にソプラノ、アルト、テナーを吹き分け、同じく楽器はGroverが愛用していたJulius KeilwerthのBlack Nickelモデルを使用しています。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目はStan GetzとJoao Gilbertoの76年作品「 The Best of Two Worlds」に収録のナンバー、E Preciso Perdoar(One Must Forgive) 。Getzはもちろんテナーで演奏していますがGroverはあえてキャラが被らないように選択したのか、ソプラノで演奏しています。この曲のアレンジはGrover自身と本テイク参加ギタリストRomero Lubambo、アコースティック・ギターを美しく奏でています。Groverのソプラノによるテーマ奏はひたすらしっとりと穏やかに演奏されますがチューニング、ピッチがずいぶん高く設定されています。特に伸ばした音が次第にキュッと高くなる傾向にあり、この人はいつも高めに音を取る人というイメージがあり、ここではギターとユニゾンでのメロディ奏、ギターの正確なピッチに対してチューニングの高さを感じてしまいますが、サビでのEddie Hendersonのトランペットとのユニゾンではチューニングの違和感を感じないのは互いのピッチ感が揃っているのか、トランペットが合わせているのか。管楽器のチューニングとは相対的なものなのだと再認識しました。ごく自然にソロに移り変わりますが。用いる音のチョイスが絶妙でⅡm7ーⅤ7やDiminishコードのアプローチがさりげなくジャズ的、Groverの演奏はメロウなだけでなく、ジャズ的な表現がスパイスになっています。メロディを担当したプレイヤー達であるHenderson、Lubamboのソロもフィーチャーされていますが、バックを務めるHank Jonesのピアノ、George Mrazのベース、Billy Hartのドラム、Steve Berriosのパーカッションも実に的確です。

2曲目はVictor Youngの名曲When I Fall in Love、Groverのテナーの他、Hendersonのフリューゲル・ホーン、Robin Eubanksのトロンボーンによる3管のハーモニーが大変美しいです。ここでのアレンジはLarry Willis、ピアニストとしても良く知られています。ホーンのアカペラからGroverのテーマ奏、マウスピースのオープニングが広い音色です。確か10番にリードも4番あたりのタフなセッティングでした。随所にアンサンブルが入り、テナーのメロディとの対比を聴かせつつテナーソロへ、倍テンポのスイングになりますがリズムには漂うように大きく乗って吹いています。せっかくのジャズチューンなので徹底してジャズ的アプローチで聴かせてくれるのか、と期待しましたが、ここでもスパイス的な範囲でのジャズが表現されていました。

3曲目はFreddy Coleのボーカルをフィーチャーしたナンバー、I’m Glad There Is You。Hankのピアノイントロに続きソプラノがスイートにメロディを演奏します。ColeはかのNat King Coleの実弟、声質や歌い方は実に良く似ていますが兄のような有無を言わさぬ強力な個性、アクの強さがなく、優しい歌唱を聴かせており、Groverの音楽性に合致していると感じました。ここでのアレンジはGroverとプロデューサーのTodd Barkan、ドラムスはLewis Nashに交替します。Hankのバッキングが一段と冴えて全体のサウンドを引き締めています。

4曲目はGroverのオリジナルHappenstance、Hendersonとの2管で豊かなアンサンブルを聴かせています。Hendersonが流麗にソロを展開し、最後のフレーズを受け継ぎつつHankのソロにスイッチします。続くGroverのソロは力強さも併せ持ったアプローチで演奏を締めています。

5曲目は表題曲All My Tomorrows、Jimmy Van Heusenのナンバーです。再び管楽器のハーモニーが聴かれますがソロイストであるGroverのソプラノ以外6管編成によるアンサンブル、こちらは名トロンボーン奏者にしてアレンジャー、Slide Hamptonの編曲になります。流石のゴージャスなサウンドが聴かれ、一層Groverのソプラノ・プレイが光ります。Hankのピアノソロがフィーチャーされ再びソプラノとアンサンブルによる後テーマ、脱力の境地といった演奏に終始しています。

6曲目はEden AhbezのナンバーNature Boy、Nat King Coleの歌唱やJohn Coltraneの演奏でも有名です。こちらもWillisのアレンジがスパイスを利かせており、メリハリのある構成を楽しめます。ピアノのイントロに続きルバートでのテーマ奏、その後ミディアム・スイングでソプラノのソロですが、レイドバック感とコードに対するスリリングな音使いが素晴らしいです。ドラムはNashに変わりますが、確かにこの手の曲想には彼のドラミング・テイストが似合っています。Hankのソロもツボを押さえた展開を聴かせ、ピアノソロ後にバンプが設けられ、再びルパートでラストテーマが演奏されます。

7曲目は5曲目同様にHamptonの6管アレンジが冴えるPlease Send Someone to Love、Groverのテナーがフィーチャーされます。マンハッタンのジャズクラブにて、メンバー全員がシックな正装でのヒップな演奏をイメージさせる豪華なサウンドです。コンパクトな中にジャズのエッセンスとゴージャスさが上手くブレンドされた、Groverのテナーの本質がよく表れている演奏です。

8曲目は再びColeのボーカルをフィーチャーしたStevie Wonderの名曲Overjoyed、Stevieの85年作品「In Square Circle」に収録されています。ColeとGrover両者のアレンジ、ピアノとソプラノが妖艶な雰囲気で美しくイントロを奏でます。オリジナルのStevieの声質が高めなので、ここではColeの歌声が随分と低く感じます。テーマの後ろでGroverの他、Hendersonのフリューゲルもオブリガードを吹いていますが互いに干渉や邪魔せず、ボーカルの引き立てに役に徹底しています。難しい音程のインターバルをCole果敢に歌ってはいますが、Stevieの完璧なピッチと比較してはいけませんね。ソプラノが歌のメロディを踏まえつつソロを取り、あと歌になります。元の曲の構成が十分に素晴らしいので、アレンジとは言ってもそれらのパーツを再構築した次元に留まっています。

9曲目こちらもムーディな名曲Flamingo、Willisのアレンジは早めワルツのリズムをチョイスしました。Groverはアルト、Hendersonがトランペットでメロディをシェアし、ソロを吹いています。ピアノソロ後にラストテーマへ。ラストの2管のアンサンブルが演奏に終止感を与えています。

10曲目Jeanie BrysonとColeふたりのボーカリストをフィーチャーしたバラードFor Heaven’s Sake、こちらはLincoln Center Jazz Orchestraの指揮者を務めたRobert Sadinのアレンジになります。ソプラノとピアノのDuoでイントロが始まり、ColeとBrysonが8小節づつ交互に歌い、サビでは4小節づつ、その後はColeが8小節を歌い、Groverの目一杯スイートなソロが半コーラス演奏され、フレーズの語尾をキャッチして後半をHankが演奏、あと歌はサビからBrysonが担当し、オーラスにはふたりユニゾンで歌っています。男女の声はおよそ4度異なりますが、ふたりの中庸を行くキーを選択したのでしょう。全編にMrazの堅実にして包み込むような、包容力に満ちたベースラインが健闘しています。

11曲目ラストを飾るのはEatate(In Summer)、GroverとWillisのアレンジになりますがボサノバのリズムで原曲に忠実に、特にキメやリハーモナイズは施されず、Groverのソプラノでのテーマ後ピアノ、ベースまでソロが聴かれます。ラストのバンプ部でフェードアウトになります。スタンダード・ナンバーを自身の作品で取り上げる機会が少なかったGrover、本作ではひたすらリラックスした雰囲気で演奏を繰り広げていますが、この後に「Winelight」他のパンチの効いた彼の作品を聴きたくなる衝動に駆られます。

2019.08.24 Sat

Rough ‘n’ Tumble / Stanley Turrentine

今回はテナーサックス奏者Stanley Turrentineの1966年録音リーダー作「Rough ‘n’ Tumble」を取り上げたいと思います。

Recorded July 1, 1966 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ Label: Blue Note 84240 Producer: Alfred Lion

ts)Stanley Turrentine tp)Blue Mitchell as)James Spaulding bs)Pepper Adams g)Grant Green p)McCoy Tyner b)Bob Cranshaw ds)Mickey Roker arr)Duke Pearson

1)And Satisfy 2)What Could I Do Without You 3)Feeling Good 4)Shake 5)Walk On By 6)Baptismal

60年代中頃Blue Noteに残されたTurrentineの作品は佳作揃い、個人的にも愛聴盤が多いです。以前当Blogで取り上げた「The Spoiler」は本作の2ヶ月後に録音された、ほぼ同一の楽器編成、メンバー、Duke Pearsonのアレンジが施された続編的な内容、選曲の作品になります。自らもホーン・セクションの一員として参加しつつ、例のTurrrentineにしか出せない魅惑のテナーサウンドを駆使して(本人にとってはおそらく鼻歌感覚でしょうが)華麗にメロディを奏でています。

後年2007年のリリースですが67年録音の作品「A Bluish Bag」。

08年リリース同じく67年録音の作品「The Return of the Prodigal Son」(放蕩息子のご帰還〜凄いタイトルです!)。

こちらは68年録音、リリースのBurt Bacharach特集「The Look of Love」。

いずれの作品もOctet, Nonet, Tentetといった大編成でTurrentineの持ち味をよく理解したPearsonの名アレンジにより、ジャズのスタンダード・ナンバーからAntonio Carlos Jobim, Burt Bacharach, Lennon-McCartney, Aretha Franklin, Henry Mancini, Ashford-Simpson, Ray Charles, Sam Cooke等のポップス、R&Bの名曲をジャジーに、ゴージャスに演奏しています。演奏者全員がジャズプレーヤーであるため、リズムやグルーヴに多少の違和感はありますが、そこがまた味になっていると解釈しています。

これらの編成にさらにオーヴァー・ダビングですがストリングス・セクションが加わった作品が68年録音「Always Something There」です。

ストリングス・セクションが加わった事により、一層豪華なサウンドを楽しむ事が出来る作品となりました。Turrentineの演奏はワンホーン・カルテットでも十分に素晴らしさを発揮しますが、ホーン・セクション、ストリングス・セクションが加わる事により、パワーブーストされた如くテナーサックスの魅力が何倍にも増幅されるのです。でもどんなプレイヤーでも編成が増え様々な楽器が加わる事で魅力が拡大するとは限らず、人によっては演奏が単に繁雑になるだけの結果を迎える場合もあります。Turrentineは持っている器の大きさ、許容量が半端ない演者なので、大編成で自身の魅力が輝くのです。この豪華な編成によるテナーサックス・フィーチャリングの演奏、他のプレイヤーで思い出すのがMichael Brecker晩年2003年録音、リリースの作品「Wide Angles」です。この作品は04年グラミー賞ベストラージジャズアンサンブル・アルバムを受賞しました。

Quindectet(造語です)〜15人編成による作品、Michael本人とGil Goldsteinのアレンジ、楽器編成は4リズムに加えてperc, tp, tb, fr-horn, oboe, b-cl, alto-fl, violin×2, violaそしてMichaelのテナー合計15人編成、アルバムではアレンジのみ担当で楽器演奏はしていなかったGoldsteinが、日本公演ではピアノとアコーディオンを演奏、一人増えて16人編成となりました。メンバー紹介時にステージ上のミュージシャンから「ひとり増えたのならQuindectetじゃないわよね?」なんて言葉も聴こえて来ました。究極のエンターテイメント・ラージ・アンサンブル集団として日本でツアーした事が今となっては夢のようです。金管楽器、弱音系木管楽器、弦楽器によるオーケストレーションと素晴らしい楽曲、緻密にして華麗なアレンジが光るアンサンブル。Michaelのテナーサックスは一人で何人分ものプレイを聴かせますが、本作や来日公演ではMichaelを音楽的、人間的に尊敬している、彼のことを大好きな共演ミュージシャン達の素晴らしいサポートにより、半端のないパワープレイを体験するする事ができました。

余談ですがMichaelのマネージャーDarryl Pitt(彼はMichaelの専属カメラマンでしたが、Depth of Field〜被写界深度〜という名前の音楽事務所を立ち上げ、Michaelを専属タレントとして擁していました)とQuindectet来日時に会い、「Wide Angleって名前の作品なのにWide Angelって勘違いする人が多くてさ」と言いながら背中の大きな翼を両腕で表現し、「どれだけ大きな天使の翼なのかな」と笑いながら話していました。さすがMichaelと付き合いの長い方、洒落っ気たっぷりです!

60年代のBlue Note Labelは10名以上の素晴らしいテナーサックス奏者を自社アーティストとして抱えていました。Dexter Gordon, Joe Henderson, Wayne Shorter, Hank Mobley, Sam Rivers, Tina Brooks, Ike Quebec, Fred Jackson, Don Wilkerson, Tyron Washington, Harold Vick, Charlie Rouseたちですが、Turrentineだけが破格の扱いでこのような大編成によるポップス路線を歩むことが出来ました。大編成のレコーディングには圧倒的に経費がかかるので、ペイ出来る試算が無ければなりません。これだけの数の作品を制作出来たからにはいずれもがそれなりにヒットしたのでしょう。Blue Noteの他楽器奏者を見渡してもTurrentine級の扱いを受けたミュージシャンはそれほど存在しないと思います。それだけ彼の演奏に魅力があった訳ですが、例えば他のテナー奏者にポップスやロックのメロディを吹かせてもそれなりの表現をするに違いありませんが、ひたすらジャズ演奏に終始してしまう事でしょう。Turrentineの本質は間違いなくジャズプレイヤーですが、ジャズ以外のジャンルの表現力、そのポテンシャルを半端なく持ち合わせているため、ジャズをルーツとしながらポップス、ロックのフィールドに誰よりも容易に入り込む事が出来ています。多くのオーディエンスを獲得したのも頷け、ジャンルを超えた表現者としてテナーサックスでは初めてのクロスオーバー、フュージョン・プレーヤーと言えると思います。ちょっと間違うと「歌のない歌謡曲」ならぬイージーリスニングに成り下がってしまう危険性を孕んでいますが、「魅惑のテナーサウンド」がしっかりと歯止めを掛けています。彼のテナーサックスの音色、ニュアンス、ビブラート、ほとばしる男の色気が特に黒人のおばさま達に絶大なる人気を博し、人気絶頂時にはコンサート、ライブで楽屋からの出待ちを受けていたそうです(爆)。おそらくJames Brown並みのアイドルだったのでしょう、おばさま達に揉みくちゃにされ、記念に持って帰ろうと髪の毛を抜かれていたのを目撃したという話も聞いたことがあります(汗)。

Blue Note Label後も様々なレーベルから大編成の作品を多くリリースし、「最も稼ぐジャズテナー奏者」として君臨したと言われています。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目はピアニストRonnell BrightのナンバーAnd Satisfy、ホーン・セクションとギターのメロディとの絡み具合が如何にもジャズロックと言ったナンバーです。続くTurrentineのメロディ奏にはおばさまで無くともグッと来てしまいます(笑)。改めてホンカー、テキサス・ファンクのテイストを感じますが、端々に聴こえるジャズフレーバーに彼でしか成し得ないバランス感を見い出すことが出来ます。続くBlue Mitchell、Grant Greenふたりのソロには逆にしっかりとジャズを感じました。ラストテーマ後ワンコードでシャウト・プレイ、何故にフェードアウト?もっと聴きたかったです!

2曲目はRay CharlesのナンバーWhat Could I Do Without You、素晴らしい選曲、Turrentineの持ち味にぴったりのラブソングです。全編吹きっきりの演奏、どこまでアレンジされているか分かりませんがMcCoy Tynerのバッキングが良い味を出しています。ブルースやR&Bのバンドで演奏活動をスタートさせたTurrentineの、ソウルフルなブロウを堪能できるテイクに仕上がりました。

3曲目は英国の作曲家Anthony NewlyとLeslie Bricusseのコンビによるミュージカル・ナンバーFeeling Good、本作録音の前年に初演され曲自体も様々なミュージシャンに取り上げられました。哀愁を感じさせるメロディをTurrentineが素晴らしいニュアンス付けで吹く、小気味好いミディアムのスイング・ナンバー、ホーンセクションのリフがソロ中を通して効果的に用いられています。ブルージーなバッキングを聴かせていたMcCoyがそのままソロに突入、曲想に合致したメロディアスなソロを聴かせます。ホーンセクションのインタールードに促されてラストテーマへ。ここでもアウトロでTurrentineのシャウトが聴かれますが、こちらも残念ながらフェイドアウト、多くのオーディエンスにアピールするためには盛り上がり切ってはいけないのでしょうね、きっと。ここまでがレコードのSide Aになります。

4曲目はSam CookeのヒットナンバーShake、こちらもTurrentineのR&B魂が発揮される演奏です。比較的低い音域でテーマを奏で、すぐさま上の音域でソロが始まります。おそらくCookeのオリジナル演奏のキーに合わせたのではないでしょうか、ホーンセクションのバックリフを受けながら気持ち良さそうにブロウしているのが伝わってくる演奏です。Greenのグルーヴィーなソロに続きラストテーマ、その後再びテナーソロになりますがフェードアウトは定番なのですね。

5曲目はBacharachの名曲Walk on by、McCoyが奏でるリフが可愛らしいです。Bacharach作曲のノーブルなメロディを本当に美しく吹けるジャズプレイヤーはTurrentineしかいないでしょう。おっと、Stan GetzのBacharach特集66,67年録音「What the World Needs Now」の存在を忘れていました。こちらもテナーサックスが演奏するBacharachメロディの名演集、本作と双璧をなす作品です。

6曲目アルバムの最後を飾るのはJohn Hinesの作品Baptismal、この曲のみ異色な選曲ですが作品のスパイスになっています。Baptismalとはキリスト教の宗教用語で意味は洗礼式です。厳かな雰囲気の中に独特なカラーが光る名曲です。Turrentineの音色も一層輝く名演奏だと思います。私事で恐縮ですが、2019年9月27日六本木Satin Dollにて僕が率いるテナーサックス4管編成(峰厚介、山口真文、佐藤達哉、浜崎航)、佐藤達哉テナーサミットにてこの曲を取り上げようと考えています。この曲の演奏を気に入った方はぜひ聴きにいらしてください。

2019.08.13 Tue

The Panther! / Dexter Gordon

今回はテナーサックス奏者Dexter Gordonの1970年録音作品「The Panther!」を取り上げたいと思います。

1970年7月7日 New York Cityにて録音 Producer: Don Schlitten Label: Prestige (PR 7829)

ts)Dexter Gordon p)Tommy Flanagan b)Larry Ridley ds)Alan Dawson

1)The Panther 2)Body and Soul 3)Valse Robin 4)Mrs. Miniver 5)The Christmas Song 6)The Blues Walk

Dexter Gordonのリラクゼーション、色気、益荒男振りが発揮された作品です。23年2月27日生まれのDexter録音時47歳、音楽家、ジャズプレイヤーとして円熟味を帯び、その個性を十二分に発揮しています。Dexterは40年代から活動を開始し、ジャズジャイアンツと軒並み共演を重ねその音楽性を研鑽し、自己のスタイルを確立させて行きました。自身はLester YoungやBen Websterからの影響が顕著ですが、独自のスタイルを築き上げ、若い頃のJohn ColtraneやSonny Rollinsに逆に影響を与えています。45〜47年録音の初リーダー作に該当する「Dexter Rides Again」では音色とフレージングに関して自己のスタイルの萌芽を感じさせる演奏を聴かせています。後年よりもワイルドに、ホンカー的な要素も内包しています。

しかしこの作品で歴然と違うのがタイム感です。後年のDexterの最大の特徴であるレイドバックとリズムのタイトさが感じられず、ここではごく普通のテナー奏者のタイム感で演奏しています。率直に言ってタイム感が違うとDexterには聴こえませんね。リズムに対する極端な「超あとノリ」という、誰も表現しなかった、しかしコロンブスの卵的な点に着目し、若しくは着目せずともごく自然に、プレイヤーの個性を発揮すべしというジャズマンに課された命題をクリアーした演奏スタイルは50年代以降に確立されるのですが、Dexterはドラッグで50年代のかなりの期間を棒に降っています。同時期に米国のかなりの数のジャズミュージシャンがドラッグに染まりましたが、Dexterほどの第一線ジャズマンが塀の中に長期間幽閉された例はなく(Art Pepprが60年代後半を麻薬療養施設で過ごしましたが)、かなりのジャンキーだったのかも知れません。Hank Jonesが90歳を過ぎても第一線でピアノを弾き続け、Benny Golsonがやはり90歳にして度々の来日を重ね、嬉しくなるくらいにその健在ぶりを示し、Roy Haynesに至っては現在94歳、未だにドラムを叩いているのは驚異的な生命力、精神力ですが、この3人はドラッグとは無縁だったと聞いています(Golsonは酒もタバコも嗜まなかったそうです)。ドラッグがもたらす効能としてのジャズの創造性はあるのか無いのか僕には分かりませんが、代償の方は確実にあるようで、多くのジャズマンがその人生を短命に終え、志半ばで幕を閉じています。Dexterは67歳でその生涯を終えましたが、まだまだこれからだったのか、十分に音楽を開花させたのかは人によって判断が違うと思います。

55年9月18日録音「Daddy Plays the Horn」と同年11月11, 12日録音の「Dexter Blows Hot and Cool」の2作でDexterのスタイルは確立されたと言って良いでしょう。彼ほどビートに対して後ろにリズムのポイントを感じて吹くテナー奏者は存在しません。きっちりと正確に、ビハインドを意識して8分音符を繰り出す〜レイドバックが巧みな奏法がDexterのスタイルの特徴です。

Dexterはこの2作の後も塀の中にお隠れになり(汗)、60年に「The Resurgence of Dexter Gordon」を録音、ここから本格始動が始まりますが、Resurgence=中興とはよく言ったものです!前人未到の(笑)レイドバック、音色、フレージング、ニュアンス、引用フレーズを多用したユーモア感溢れる、Long Tall Dexterの面目躍如です!

Dexterの使用楽器ですが、この頃はBen Websterから譲り受けたSelmer Mark Ⅵ、マウスピースはOtto Link Metal Floridaの8番、リードはRico 3番です。65年飛行機の乗り継ぎの際に、それまで使用していた愛器Conn 10Mを紛失(盗難?)しました(Dexter Blows Hot and Coolジャケ写の楽器です)。マウスピースも長年Hollywood Dukoffの5番を使用していましたが、サックスケースの中に入れていたのでしょう、そちらも紛失、とても残念なことをしました。おそらく紛失は欧州での出来事(60年代の欧州は米国ジャズマンの好市場でしたから)、楽器がなく手ぶらになってしまったDexterはしかし演奏を挙行すべく、当地に64年から移住したWebsterを頼りLondonないしはAmsterdamに彼を訪ね「Ben、サブの楽器を譲ってくれないか?」とでも口説き、その後の愛器となるMark Ⅵを入手したのではないかと想像しています。なかなかミュージシャンが使用楽器をどのように入手したかを知るのは困難な事なので、それに想いを馳せるのも楽しいです。それにしても古今東西楽器の紛失、盗難の話は後を絶たず、多くのミュージシャンがそれ以降の音楽性が変わってしまうほどの影響受けることになります。Steve Grossman, David Sanborn, Bob Berg, Joe Henderson(彼の場合は奇跡的に楽器が戻りましたが)、彼らの楽器紛失は自身の演奏や活動にかなり作用しました。たいていの場合は悪い方への影響ですが、Dexterの場合はかなり良い楽器をWebsterから購入することが出来たのでしょう、ひょっとしたらマウスピースも譲り受けたのかも知れません。テナーの音色は明らかに変わりましたが、新しく手にしたMark Ⅵ、Otto Link Florida8番の持ち味を最大限に引き出して自身の個性に転化した様に思います。背の高い(198cm!)テナーサックス奏者ならではの重心の低い、野太いダークな音色は実にOne and Only、レイドバックとたっぷりとした音符の長さが合わさり、Sophisticated Giantの異名も取りました。

その後61年に名門Blue Note Labelと契約し「Doin’ Allright」を皮切りに合計9作をリリース、幾つかのレーベルからも作品を発表し69年からはPrestige Labelより12枚をリリース、本作はその中の1作になります。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目はDexterのオリジナルにして表題曲The Pantherです。ジャズロック風のリズムでのブルース、細かいシンコペーションが多用されたベースパターンからイントロが始まります。ピアノ、ドラムが加わり、その後御大Dexterの登場です。しかしこの素晴らしい音色をなんと形容したら良いのか、言葉に詰まってしまいますが、頑張って述べたいと思います。ジャズテナーサックス音の定義があるとすれば全くその王道を行く、豪快一直線、「ザワ〜」「ジュワ〜」「シュウシュウ」的な付帯音の豊かさ、「コーッ」という木管楽器的な雑味、コク味、暗さ明るさの絶妙なコントラスト、極太のゼリー状の音塊が「ムニュ〜」とばかりにサックスのベルから出ているかの如くの発音、発声。例えばMiles DavisやStan Getzのように七色の音色を使い分ける華麗な奏法という訳ではなく、音の色合いとしては白黒なのですが、実に濃密にして漆黒の黒色、モノトーンを唯一の武器に演奏していますが誰も太刀打ちする事は出来ません。

Dexterソロ中2’36″あたりで引用フレーズBurt Bacharach作曲のI Say a Little Prayerの一節を吹いていますが、「あれ?この曲は何だったか…」なかなか曲名が出てきません!思い出したら「そうか、Bacharachのあの曲だ!」。当時Bacharachが流行っていましたが引用の名手でもあるDexter、ポップス方面から意外なところを突いてきます。続くTommy Flanaganのソロは自身の個性を発揮しつつも決して出過ぎず、名脇役の席を常に暖めています。ベースのLarry Ridleyも全編に渡り心地よいグルーヴと的確なアプローチを聴かせ、 Alan Dawsonのドラミングも安定感抜群です。

2曲目はスタンダードナンバーBody and Soul、本作中最も収録時間の長い演奏で、John Coltraneの同曲のヴァージョン(60年録音Coltrane’s Sound収録)構成が基になっています。Coltraneはオクターブ上でテーマを吹いていますが、Dexterはオクターブ下の音域で演奏、この美しいバラードは上下のオクターブ共に演奏可能、両者は全く違った表情を見せ、テナー奏者の定番の所以でもあります。そこでも用いられているイントロ(2小節間の計8拍を3拍、3拍、2拍と取っているので一瞬変拍子に聴こえます)に始まり、Dexterの朗々としたテーマ奏、1’32″からのコード進行〜いわゆるColtrane Changeもしっかりと流用されています。Dexterの吹く8分音符はここでもレイドバックを極め、朗々感を更に後押ししています。あまりバウンスせずにイーヴン気味に演奏されている8分音符とのコントラストも特徴です。ここで注目すべきはDawsonのドラミング、スネアによる3連符やシンバルによるカラーリングが、Coltraneのヴァージョンよりもかなりゆっくりとしたテンポ設定を、レイジーなムードに陥いらせる事なく緊張感をキープさせる起爆剤になっていると思います。DawsonはPennsylvania出身のドラマー、かのTony Williamsの先生でもあり、57年からBerklee音楽院で教鞭を執りました。かつて一度だけ共演したことがありますが、演奏後に明瞭な英語で僕の演奏についてを色々と分析してくれたのが印象的でした。さすが多くの名ドラマーを輩出した教育者です!

3曲目はDexter作のValse Robin、自分の娘に捧げたナンバーで、ゆったりとしたワルツナンバー、道理でDexterの吹き方にも柔らかさ、スイートさが一層加味されているように聴こえる筈です。テーマのサビのメロディに出て来るE音より下のサブトーンのふくよかさが堪りません!イントロ無しでストレートにメロディが演奏され、Dexterのソロ、Flanaganと続き再びテナーソロがあってラストテーマ、小唄感覚の小品です。ここまでがレコードのSide Aになります。

4曲目DexterのオリジナルMrs. Miniver 、こちらもいきなりテーマメロディから曲が始まるDexterらしい小粋な雰囲気を持つスイングナンバーです。テナー、ピアノ、ベースとソロが続き、ドラムとの8バースも行われ、文字通りDexter Gordon Quartetの全てを堪能出来ます。エンディングにもしっかりと工夫が施され、この曲がレコードの冒頭に位置してもおかしくない、完成度の高い演奏です。

5曲目はクリスマスソングで有名なその名もThe Christmas Song、ボーカリストMel Torme作の美しいバラードです。米国にはクリスマスソングが何百何千曲と存在するそうですが、その筆頭に挙げられる有名曲です。Tormeによればこの曲は、焼け付くような暑い夏の盛りに書かれたのだそうです。偶然ここでの演奏も真夏の7月に録音されましたが、クリスマスソングを季節外れの時期に演奏してもそうは気分が出なかったと想像できますが、アルバムのリリースが12月だったのでしょう、先を見越していました。曲のキーはD♭、ジャジーでダークなキーですが作曲者Tormeもこのキーで歌っていました。Dexterの吹きっぷりには一層気持ちが入っているようです。テーマ奏1コーラスの後テナーソロがAA半コーラス、ピアノがサビBで8小節ソロを取り、ラストAで再びテナーがメロディを奏でてイントロの音形に戻りFineです。やはり美しい楽曲は季節に関係なく人の心に響きますね。一番最後のメジャー7th〜9thの音、3rd〜5thの音を奏で、再びメジャー7th音、最後に9thで落ち着き、ビブラートを掛けながらエアーだけでフェードアウトする奏法はある種定番ですが、Dexterの音色、タイム感ではまた格別です!

6曲目ラストを飾るのはLou Donaldson作曲The Blues Walk、54年8月録音「Clifford Brown & Max Roach」での演奏がブリリアントです。

これまでがミディアムテンポやバラード演奏だったので、実際にはさほど早くはないテンポ設定の筈ですが、ここではかなりのアップテンポに感じます。とは言えDexterのレイドバックが逆の意味で冴え渡り、リズムセクションも対応に苦心しているように聴こえます(汗)。Dawsonのシンバルレガートはかなりon topに位置しているので、Dexterの8分音符に引っ張られて遅くならないよう、苦慮しつつ的確にタイムをキープしています。ベーシストも同様の対応に迫られているように感じます。途中Flanaganが珍しくピアノのバッキングの手を休め、John Coltrane QuartetのMcCoy Tynerのような状態をキープしています。もしかしたらDexterのあまりのレイドバック振りにバッキングを放棄したのかも知れません(汗)。テナーソロの最後にはJay McShann〜Charlie ParkerのThe Jumpin’ Bluesのリフが引用されますが、Dexter実は翌月8月27日に同じくPrestige Labelにこの曲を表題曲とした「The Jumpin’ Blues」をレコーディングします。このアルバムのラスト曲で次の作品のプレヴューを行なっていた訳ですね。のんびり屋さんかと思っていましたが、ちゃんと将来設計もこなせる人です。

2019.08.04 Sun

Eastern Rebellion 2 / Cedar Walton

今回はピアニストCedar Walton1977年録音の作品「Eastern Rebellion 2」を取り上げてみましょう。

77年1月26, 27日録音 Studio: C.I. Recording Studio, New York City, NY Label: Timeless Engineer: Elvin Campbell Producer: Cedar Walton

p)Cedar Walton ts)Bob Berg b)Sam Jones ds)Billy Higgins

1)Fantasy in D 2)The Maestro 3)Ojos de Rojo 4)Sunday Suite

Cedar Waltonはピアノソロ、トリオからカルテット、クインテット、ビッグバンドまで様々な編成で作品をリリースしていますが、個人的にはテナーサックス・ワンホーンによるカルテットが最もWaltonの個性を発揮出来るフォーマットと考えています。本作の約1年前、75年12月に録音された前作「Eastern Rebellion」も本作同様全曲Cedar Waltonのオリジナル、アレンジを演奏している佳作、名手Sam JonesとBilly Higginsを擁したカルテット編成、ただテナーサックスが本作参加のBob BergではなくGeorge Colemanになり、彼の参加はこの作品のみに留まります。Waltonは本作にてBob Bergというニューヴォイスを得て、以降自己の音楽を推進させることが出来たように思います。Waltonの書く楽曲のメロディライン、その音域、コード感、全体的なサウンドがテナーサックス、特にBergの個性的な(エグい!)音色や吹き方に合致していると感じるのです。他のテナー奏者の音色、アプローチでは物足りなさを覚え、また別な管楽器が加われば確かにアンサンブルのサウンドは厚く、ジャズ的なゴージャスさが増すと思いますが、ワンヴォイスでの凝縮されたソリッドさがむしろWaltonの音楽性に合っていると感じています。

本作録音と同じ77年の10月、同一メンバーでDenmarkのCopenhagenにあるライブハウスJazzhus MontmartreにCedar Walton Quartetとして出演、この時の演奏を収録したSteepleChase Labelからリリースの3部作「First Set」「Second Set」「Third Set」はこのカルテットの魅力を余す事なく捉えたと言って過言ではない、本当に素晴らしい内容のライブ・アルバムです。「Eastern Rebellion 2」録音から8ヶ月余、この間にかなりの本数のギグをこなしてCopenhagenに赴き、演奏を結実させたと推測することが出来、バンドが発展〜成熟していく様をこれらの作品を通して垣間見ることが出来ますが、これは我々ジャズファンとして大きな喜びです。

First Set裏ジャケットの写真です。このBob Bergのワルぶりと言ったら!

Eastern Rebellion(ER)4まで同一ジャケットでの連作となり、Curtis Fullerが参加してQuintet編成でER3を、キューバ出身のトランぺッターAlfredo “Chocolate” Armenterosがさらに加わりSextet編成でER4をリリースしましたが、その後85年BergがMiles Davis Band加入のために抜け、Ralph Moooreを迎えてのカルテット編成に戻り以降3作を発表しています。Sam Jones亡き後はER4からDavid Williamsがベーシストの座に座りました。Eastern Rebellionというバンド名義の他にCedar Walton Quartet(Quintet)の名前でも作品を多くリリースしていて、両者の区分はよく分かりません。ちなみにWaltonは多作家で48作ものアルバムをleader, co-leaderの形でリリースしています。

Waltonのテナーサックス・ワンホーンでの演奏はJohn Coltraneの59年Giant Steps Alternate Takes(Giant Steps録音としては初演)のレコーディングに端を発しているように思います。この時25歳の若きWaltonは伴奏のみでの参加、難曲のソロを取らせて貰えなかった訳ですが、以降リーダー作では事あるごとにテナーサックスをフロントに迎え、思う存分ブロウさせています。Coltraneとの共演で培われた(刷り込まれた?)、ソロを構築する論理的タイプのテナーサックス奏者の伴奏、その魅力に取り憑かれたピアニストの、一貫したミュージックライフと僕は捉えていますが如何でしょうか。

もう一作、Waltonがサイドマンで参加したテナーサックス・ワンホーンの作品を挙げておきましょう。Steve Grossmanの85年録音リーダー作「Love Is the Thing」(Red)、Waltonの他David Williams, Billy Higginsというメンバー(Cedar Walton Trioですね)で、ウラEastern Rebellionとも言うべき名作です。Grossman本人も会心の出来と自負していました。

それでは収録曲を見ていきましょう。1曲目Waltonのオリジナルになる名曲Fantasy in D、Jazz Messengers(JM)ではUgetsuというタイトルで63年NYC Birdlandのライブ盤がリリースされ、JMの最盛期を収録した名盤にこの曲が収められました。タイトルは雨月物語から名付けられましたが、レコーディングの数ヶ月前に日本ツアーを終えたJM、バンドを大変暖かく迎え入れてくれた日本の聴衆へ敬意を表してWaltonがタイトルにしました。東洋的な要素と西洋音楽の融合、East Meets Westの具体的な表れです。Fantasy in Dのタイトルの方はこの楽曲のキーがDメジャーに由来する、Dの幻想ですね。イントロの16小節は曲のドミナント・コードであるA7のペダル・トーンを生かしたセクション、Higginsの軽快なシンバルワークがバンドを牽引しますが、この音色はZildjian系ではなくPaiste系のシンバルならではのものと考えられます。スピード感とタイムのゆったりさ、柔らかさが同居する実に音楽的な素晴らしいレガートです!Waltonのピアノ・フィルもこれからこの曲に起こるであろう豊かな音楽の事象をプレヴューするかの如き、イメージに富んだものです。続くテーマ部分では対比するかのようにストップタイムを多用した、コード進行の複雑さを感じさせずに美しくスリリングなメロディが演奏されます。テーマ後のヴァンプ部分からごく自然にBergのソロが始まります。イヤー、何てカッコ良いのでしょう!この時Berg若干25歳!表現の発露とイマジネーション、音楽的な毒、ユダヤ的な知性と情念が絶妙にブレンドされたテイストです!この曲のコード進行に対するラインの組み立て方を研究し尽くし、しかし策には溺れず、即興の際の自然発生的な醍醐味を全面に掲げて熱くブロウしています。Waltonのバッキングは絶妙に付かず離れずのスタンスをキープしつつ、Bergの演奏をサポート、また時には煽っています。Higginsは決して出しゃばらずに且つ的確なフィルイン、スネアのアクセントを入れ、奏者への寄り添い感が半端ありません!同様にSam Jonesのベース、Higginsのプレイとの一体感は申し分なく、一心同体とはこの様な演奏を指すのだろうと納得させられます。Bergのフレージング中、盛り上がりの際に用いられる高音域から急降下爆撃状態、若しくは最低音域から「ボッ」、「バギョッ」とスタートする上昇ラインで用いられるLow B音、この曲のキーに全く相応しいのです!この頃のBergの楽器セッティングですが、本体はSelmer Super Balanced Action、マウスピースはOtto Link Florida Metal、恐らく6番くらいのオープニング、リードもLa Voz Med.あたりと思われます。続くWaltonのソロも素晴らしい!と思わず右手を握りしめて親指を垂直に立て、そのスインガー振りを讃えたくなります。シンコペーションを多用した、ジャズ的な音使いとメロディアスなラインとのバランスがこれまた堪りません!かの村上春樹氏をして「シダー・ウォルトン~強靭な文体を持ったマイナー・ポエト」と言わしめるピアニスト。常にフレッシュな感性に満ちた演奏を聴かせます。3’39″でクリスマスソングのSleigh Rideのメロディを引用するあたり、なかなかのお茶目さんです!4’38″で同じメロディが浮かび、もう一度はマズイと打ち消した節も感じられますが(汗)。その後ラストテーマへ、エンディングは再びイントロと同様にA7のヴァンプがオープンになり、テーマの1, 2小節目のコード進行を用いてFineに辿り着きます。終わるのが惜しいくらいの内容を持った名演奏です。

2曲目はThe Maestro、一転してゆったりとしたテンポでピアノが美しいメロディを奏でます。ドラムもブラシでリズムをキープしていましたがスティックに持ち替え、スインギーなレガートを聴かせ始めます。テナーが加わりラテンのリズムになり、がらっと雰囲気が変わります。その後はBergの独壇場を聴くことが出来ます。この頃のBergは以降に比べ音符の長さが幾分短く、8部音符はまだしも16分音符はかなり詰まった様に聴こえますが、リズムセクションがその全てを包容しているので音楽的に何ら問題はありません。コンパクトですがしっかりとストーリーを持ち合わせた巧みな演奏です。

3曲目のOjos de Rojo、スペイン語表記ですが英語ではEyes of Red、アップテンポのラテンのリズム、イントロのシンコペーションのメロディに続きヴァンプの印象的なパターン、メロディがこれまたグッと来るドラマチックな構成の名曲です。Higginsがシンバルのカップ部分を叩いたり、0’41″辺りでさりげなくクラーベのリズムを叩いたりと、カラーリングが巧みで、無駄な表現が皆無と言って良いでしょう。全ての音に意味がありそうです。Jonesのベースもラテンのグルーヴが強力で、Fantasy in DではHigginsがリズムの司令塔の役目を果たしていましたが、この曲に於いては最も支配的な演奏を聴かせます。ソロの先発はWalton、ベース、ドラムの好サポートに支えられ素晴らしいソロを聴かせます。ヴァンプを挟みBergがこれまた内に秘めた炎を熱く燃やします。多くのユダヤ系テナー奏者はマイナー調を演奏する際に独特のパッションを表現しますが、Bergも例外ではありません。ヴァンプ後ラストテーマ、イントロのメロディを再演しFマイナー・ワンコードになりますが、テナーのフィルインがサムシング・ニューをもたらそうと健闘しています。ここまでがレコードのSide Aになります。

4曲目はレコードのSide Bを占め約18分にも及ぶSunday Suite、リズムセクションによるラテンの軽快なリズムに始まり、陽気なテナーのメロディがあたかも日曜日の清々しい朝を感じさせます。印象的なシンコペーションのメロディが続きこれらが繰り返された後、短3度上がったメロディ、その後フェルマータし、ピアノの美しい独奏がかなりの長さ演奏され、一転してミディアムスロー・テンポでテナーによるダークで物悲しいメロディ、その雰囲気を受け継いだ統一感のあるソロが聴かれます。せっかくの日曜日なので外出しようとしたのが土砂降りの雨にでも見舞われたのでしょうか?(笑)引き続きパート4とでも言えるアップテンポのスイング・ナンバーがメチャメチャカッコいいピアノのイントロから開始です!まさにこのバンド向け、ぴったりのメロディ、サウンドのモーダルなナンバーです!それにしても日曜日に一体何が起きたのでしょうか?(爆)、問題提起感が凄いですね。アドリブはC Dorianワンコード、いわゆる一発で行われ、ソロの先発はWalton、巧みなフィンガリング、フレージングにピアノの上手さを感じますが、練習を披露しているかの様なソロの部分にはちょっとばかり残念さを覚えます。続くBergのソロはまさに水を得た魚、このテンポで巧みにストーリーを語るのは本当の実力者です!ピアノのバッキングがBergを煽るべくイってます!個人的にはドラムにも、もっと茶茶を入れて貰いたかったところですが。テナーソロに崩壊の兆しが見えたところでHigginsのフリードラムソロに突入、様々なアプローチを巧みに駆使して名人芸を聴かせます。ラテンのリズムを繰り出して冒頭の「日曜日の清々しい朝」セクションが演奏され、Sunday SuiteはFineです。

2019.07.25 Thu

A Jazz Message / Art Blakey Quartet

今回はArt Blakey Quartetによる1963年録音作品「A Jazz Message」を取り上げたいと思います。自己のリーダーバンドArt Blakey and the Jazz Messengersから離れ、普段とは異なるメンバー、編成、コンセプトの作品にトライしました。タイトルに拘りを感じさせるところにJazz Messengersがあってこその、というメッセージが込められていると思います。

1963年7月16日Van Gelder Studioにて録音 Recording Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Bob Thiele Label: Impulse! A-45

ds)Art Blakey ts, as)Sonny Stitt p)McCoy Tyner b)Art Davis

1)Cafe 2)Just Knock on My Door 3)Summertime 4)Blues Back 5)Sunday 6)The Song Is You

スカイブルーが妙に目立つ謎のレイアウトです(汗)

以前当Blogで取り上げたBlakeyの傑作「Free for All」の1作前にあたり、何度か訪れた彼の音楽的ピーク到達の直前、メインの活動であるJazz Messengersでの重責から解放された如きのリラックス感が味わえる作品に仕上がっています。共演メンバーの意外性に起因するのかも知れませんが、テナー、アルトサックス奏者のSonny StittはParker派の重鎮、Blakeyとはサイドメン同士での共演もありましたが自身のリーダー作では50年録音の2作「Kaleidoscope」「Stitt’s Bits」で共演しており、Blakeyのリーダーとしては本作が初になります。Jazz Messengers50年代〜60年代の変遷 = Be-Bop, Hard Bopのスタイルを経てのModal Sound真っ只中のBlakeyには、Stittのスタイルは久しぶりでむしろ新鮮なコラボレーションになりました。

本作プロデューサーのBob ThieleがBlakeyに話しかけています。「Hey Art, YouのバンドJazz Messengersは最近盛り上がっているそうじゃないか。フロントの3管Freddie(Hubbard), Wayne(Shorter), Curtis(Fuller)を始め、Cedar(Walton), Reggie(Workman)たちメンバーも素晴らしいし。でも今回俺がプロデュースする作品はそこから離れた感じが欲しいんだ。ワンホーン・カルテットで、いつも演っているサックス奏者やピアニストではない人が良いなぁ、誰か心当たりある?」のようなオファーがあったかどうか分かりませんが(笑)、「いつもは演らないサックス・プレーヤーね…、随分前にSonnyがレコーディングに呼んでくれて良い感じだったけど奴はどうかな?あれ以来お返しもしていないし。えっ?どっちのSonnyって、Stitt、Sonny Stittの方ね、Rollinsも良いけど最近どうやら人のセッションに呼ばれても顔出さないらしいよ(著者注: 実際60年代に入りRollinsはリーダー・セッションでしか演奏しなくなりました)。奴はBenny(Golson)やWayneとは全然違う味を出せる筈だよ。ピアニストはさ、Johnのところの若手、そうそうColtraneのバンドのMcCoy、メチャメチャ評判良いよ。彼はどうかな?一度演って見たかったしさ。」「McCoyならうちの専属アーティストだよ!素晴らしいレコードをもう何枚も作っている我が社Impulse!イチオシのピアニスト、こちらこそ彼を使ってくれたら嬉しいなあ!」

というやり取りの後(もちろん僕のイメージの世界ですが〜汗)、ベーシストには堅実な伴奏に定評のあるArt Davisに声がかかり、Quartetのメンバーが決まりました。本作レコーディングの直前、7月5日にMcCoyは名盤「Live at Newport」を、Stittは自身の代表作である「Now!」を6月7日に録音しています。これらが全てImpulse! Labelからのリリースであることを考えると、Bob Thieleのお抱えミュージシャン同士を掛け合わせた企画制作アルバムとも考えることが出来ます。

ジャズ・レコードはその作品自体を楽しむのが基本ですが、前後の作品や遡ったり関連した作品、共演者のリーダー作、はたまた共演者の他者への参加作品等を鑑賞する事により、元の作品、時には別の作品の内容、コンセプトがくっきりと浮かび上がり、新たな発見に出会える場合があります。本作での、ある種の音楽的クールダウンが「Free for All」への更なる飛翔に繋がったのかも知れないと感じました。

それでは収録曲を見て行きましょう。1曲目はBlakeyとStittの共作になるCafe、Tumbaoのベース・パターン後にラテンのドラミングが始まります。「ジャズ屋のラテン」とはよく言ったもので、多くのジャズドラマーは本職のラテンミュージシャンに比べて幾分ルーズな、味わいのあるグルーヴが聴かれますが、Blakeyのはかなりタイトなビートです。ピアノがテーマを演奏しますが、こ、これは…どう聴いてもColtraneのMr. PCじゃありませんか!メロディ多少の違いはあり、著作権には引っ掛からないかも知れませんが聴いていて些か気恥ずかしさを感じてしまいます。本人達にしてみればリズムや曲のキー(Mr. PCはCm、こちらはGm)を変えているし、多少メロディが似ていたって、このぐらいの事は良くあるだろう?程度の事かも知れません(汗)。ソロに入るといきなりスイングに変わり、リフのメロディを受け継ぎつつ先発はStittのテナー。McCoyのバッキングに煽られたのか流暢さはそのままに、いつもよりテンションの高いソロを聴かせます。StittのアドリブラインとBlakeyのシンバルレガートはよく合致しているように聴こえます。後年70年代に入り、Stittと何枚か共演作を残しているのは互いに同じテイストで惹かれるものがあったからでしょう。75年録音の「In Walked Sonny」はJazz MessengersにStittが客演した作品です。

続くMcCoyのソロは端正なピアノタッチ、スインギーなタイム感でシンコペーションを多用したフレッシュな感性を、唸り声混じりで聴かせます。ベースまでソロが回り、StittとBlakeyの4バース後再びピアノによるMr.PC、ではなく(汗)、Cafeのテーマがラテンのリズムで演奏されます。エンディングのバンプではラテンでもうひと盛り上がり、素晴らしいグルーヴなので曲中でもこのリズムでソロが聴きたかったです。

2曲目はやはりBlakeyとStittの共作によるJust Knock on My Door、シャッフルのリズムによるこちらもブルースです。Stittはアルトに持ち替え本領発揮、いつものStitt節を小気味好く聴かせます。続くMcCoyはColtraneのアルバム「Crescent」収録Bessie’s Bluesを彷彿とさせる、Fourth Intervalを駆使したソロ、McCoyとStitt両者の演奏表現は接点を持てず音楽的に交わる事なく、平行線を辿っているかのようです。ベースソロ最中に予め決めておいたシンコペーションによる2ndリフが入り、ラストテーマへ。

3曲目George Gershwinの名曲Summertimeを♩=180程度の軽快なスイングで演奏しています。Art DavisのOn Topなベースがバンドをリードしており、Blakeyもベーシストにスイングを一任しているが如く、ひたすらシンバル・レガートに従事して殆ど何もしていません。Stittは再びテナーに持ち替え、イントロ無しでテーマを朗々と吹き、そのまま短いソロを取りMcCoyに続きますが、Coltrane Quartetのテイストそのままに、短い中にもストーリーを感じさせる素晴らしいソロを展開しています。ベースソロの後ラストテーマへ、短いエンディングを経てFineです。

4曲目McCoyのオリジナルBlues Backは彼の62年11月録音の名盤「Reaching Fourth」にも収録されています。本作の演奏の方がテンポが早く、サウンドも明るめに聴こえます。ピアノがテーマを演奏しそのままソロに突入します。粒立ちの良いタッチから繰り出されるフレーズが、Blakeyのシャッフルががったリズムと良く合致しています。続くStittはアルトで饒舌かつブルージーにソロを取り、パーカーフレーズで上手くまとめています。再びピアノがソロを取りそのままラストテーマへ、エンディングはフェイドアウト、思いのほかラストがまとまらなかったのかも知れません。

5曲目はスタンダード・ナンバーSunday、Stittがテナーで小粋にメロディを演奏します。コード進行がStitt好みなのでしょう、巧みなフレージングを気持ち良さそうに繰り出しています。続くMcCoyも曲の雰囲気、イメージを的確に踏まえ、様々なアプローチを駆使して華やかに歌い上げています。ベースソロも骨太の音色で存在感をアピールしているかのようです。

6曲目ラストを飾るのはJerome Kernの名曲The Song Is You、無伴奏でStittのアルトから始まり、艶やかなテーマ奏から小粋さをたたえたソロまで、徹底したスインガー振りを発揮しています。McCoyのソロも唄を感じさせる部分とロジカルな構築部分、両者のバランス感が半端ありません!ラストテーマはサビから演奏され、大団円を迎えます。

2019.07.14 Sun

Leaving This Planet / Charles Earland

今回はオルガン奏者Charles Earlandの1973年録音リーダー作「Leaving This Planet」を取り上げたいと思います。レコードは2枚組でリリースされましたが、CDでは収録時間79分(長い!)の1枚にまとめられています。

73年12月11, 12, 13日@Fantasy Studios, Berkley, California Fantasy Label Producer: Charles Earland Supervision: Orrin Keepnews

org, el-p, synth, ss)Charles Earland tp, flg)Freddie Hubbard tp)Eddie Henderson ts)Joe Henderson ss, ts, fl)Dave Hubbard synth)Patrick Gleeson g)Eddie Arkin, Greg Crockett, Mark Elf ds)Harvey Mason, Brian Brake perc)Larry Killian vo)Rudy Copeland

1)Leaving This Planet 2)Red Clay 3)Warp Factor 8 4)Brown Eyes 5)Asteroid 6)Mason’s Galaxy 7)No Me Esqueca 8)Tyner 9)Van Jay 10)Never Ending Melody

70年代はクロスオーバー、フュージョンのムーブメントが開花し、本作が録音された73年にはHerbie Hancockエレクトリック時代の代表作にして名盤「Head Hunters」が録音、リリースされ大ヒットを遂げました。この流れに便乗という形になりますが、同年12月Charles Earlandもクロスオーバー〜ファンク路線の本作を録音しました。しかもドラマーはHead Huntersと同じHarvey Masonを起用、意識した人選か、たまたまなのか分かりませんが本作でも全編素晴らしいグルーヴ、インタープレイを聴かせています。加えて特筆すべきがフロント奏者達、トランペットにFreddie Hubbard、テナーサックスにJoe Hendersonと、泣く子も黙るオールスターズに思う存分ソロを取らせています。また彼らをサポートすべくトランペットにEddie Henderson、ソプラノ、テナー、フルートにDave Hubbardも起用されており、単なる偶然でしょうが二人ずつのHubbard, Hendersonがラインナップされた形です。

Head HuntersはBillboardジャズチャート1位に輝き、総合チャートのBillboard200でもHancockの作品として初めて上位を記録し、商業的にも大きな成功を収めました。キャッチーなメロディ、ダンサブルなリズムとグルーヴがオーディエンスに大いに受けた形ですが、Hancockの緻密なアレンジ、プロデュース力、共演ミュージシャンへの音楽的要望〜具体化が音楽をぐっと引き締め、不要な音型〜贅肉を削ぎ落とし、必要なサウンドだけを抽出、凝縮した形での作品作りが結果功を奏したのでしょう。いずれ本Blogで取り上げたい作品の一枚ではあります。一方こちらのLeaving This Planet、言ってみれば真逆の方向性、緻密とは縁のないと言っては失礼に当たりますが、Hancockとは違う種類の音楽的なこだわりからか、参加ミュージシャンに自由に演奏させており、Motown系の黒人音楽の様相、良い意味でのルーズなセッション風の演奏を呈しています。オルガン、ギターやパーカッションのバッキングの音数がtoo muchと感じる瞬間も多々ありますが、Masonのグルーヴィーでタイトなドラミングが、やんちゃで暴れん坊な参加ミュージシャン達のまとめ役となり、加えてアルバム全てに於けるFreddieの「本気」を感じさせるクリエイティヴなトランペット・ソロ、Joe Henの「神がかった」鬼気迫るテナー・ソロが本作の品位を数倍にも格上げしており、他にはないバランス感覚を持った作品です。

Earlandは41年5月24日Philadelphia生まれ、高校時代にサックスを学び、同じくオルガン奏者Jimmy McGriffのバンドで17歳の時にテナーサックス奏者として演奏しています。その後Pat Martinoのバンドに参加してからオルガンを演奏し始め、Lou Donaldsonのバンドにも参加しました。70年から率いた彼自身のバンドにはGrover Washington, Jr.が在団し、成功を収めたと言うことで、オルガンとサックス奏者に縁がある音楽活動に徹しています。ちなみに本作でもソプラノのソロを1曲演奏しています(ご愛嬌の域ですが)。多作家でリーダー作は40枚を数え、作品毎に多くのテナー奏者を迎えて録音しています。Jimmy Heath, Billy Harper, David “Fathead” Newman, George Coleman, Dave Schnitter, Frank Wess, Michael Brecker, Eric Alexander, Carlos Garnett, Najee… 確かにオルガンとテナーの音色はよく合致します。Jack McDuffとWillis Jackson、Shirley ScottとEddie “Lockjaw” DavisやStanley Turrentine、Jimmy SmithとTurrentine、Larry YoungとSam RiversやJoe Henderson、Larry GoldingsとMichael Brecker、また以前Blogで取り上げた「Very Saxy」のテナー4人衆、”Lockjaw” Davis, Buddy Tate, Coleman Hawkins, Arnett Cobbの伴奏もオルガン奏者Shirley Scottで素晴らしいコンビネーションを聴かせていました。Earlandは名手Joe Henと本作が初共演、彼の大フィーチャーはたっての願いであったかも知れません。

それでは演奏曲に触れて行きましょう。収録曲はJoe Hen, Freddieのオリジナル以外は全てEarland作曲になります。1曲目は表題曲Leaving This Planet、宇宙飛行を思わせる幾つかのサウンドエフェクトに始まり、Masonのドラムがリズムを刻み始め、次第にサウンドが作られシンセサイザー、そしてRudy Copelandのボーカルが加わります。Stevie Wonderの声質を感じさせる歌唱はMotown Soundを起想させる、冒頭に相応しいキャッチーなナンバーです。ところでEarlandはベース奏者を雇わず自身の足でペダルを刻み、ベース音を繰り出しますがそのタイトさは特筆モノです。この作品中全曲でその素晴らしさを堪能する事が出来ます。先発ソロはオルガン、リズミックで饒舌な演奏はMasonとの相性もバッチリです!ギターのバッキングの音数とその存在感が大き過ぎるのが気になりますが、この猥雑な感じがEarlandのサウンド志向なのでしょう、きっと。続いてJoe Henの登場、猥雑さはそのままにテナーがその世界を構築し始めます。One & Onlyな音色を引っ提げてリズミックなシングル・ノートからウネウネ、エグエグなラインに移行、次第にコード感、リズムに対してフローティングなアプローチを展開し、猥雑さを蹴散らすかの如き見事なストーリーを語ります。程良きところでボーカルが入り、エンディングに向け惑星からの離陸を図ろうとしていますが、シンセサイザーによるサウンド・エフェクトから察するに無事に成層圏を脱出したように思います(笑)。

2曲目はFreddieの名曲Red Clay、70年録音リリースの同名アルバムに収録されています。Joe Henはこの作品にも参加しています。

ギタリストGreg Crokettが曲の冒頭から参加、フルートも交えたテーマや各ソロ中、ラストテーマまで一貫して曲想やソロフレーズに関係なく(?)徹底して音数の多いワウ系のバッキングを聴かせ、更に至る所にEarland自身のバッキングも破壊的に繰り出され、けしかけるようにMasonのドラムフィルも炸裂、猥雑さは一層極まっています!しかし耳が慣れてしまうとこれはこれで演奏を楽しむことが出来るのが不思議です!Joe Hen、Freddieとも絶好調で、例えばトランペット・ソロでのドラム、オルガンを煽りつつ煽られつつの盛り上がりではギターのバッキングを見事に吹き飛ばしていて、爽快感すら感じさせます(本末転倒?)。続くオルガン・ソロも同様にリズミックにドラムを巻き込みバーニング!、更にラストテーマ後にもうひと山聳えており、パーカッションやMasonのドラミングが祭り太鼓のように囃し立て、最後はフェイドアウトしつつもFreddieのソロに耳が行ってしまいます。

3曲目はWarp Factor 8、オルガンのイントロから始まり、この曲ではドラマーがBrian Brakeに交替しますが、この人もMason同様にかなりの手練れ者とお見受けしました(笑)。ここでもギターのバッキングが炸裂モード、ギタリストはEddie Arkin、カッティングによるバッキングがメインなようです。テーマメロディはオルガンが担当、ホーンセクションがソリッドなバックリフを聴かせます。録音のバランスとしてホーンの方が大きいので、どちらが主旋律か戸惑ってしまいます。ソロの先発はFreddie、ここまでタイトなリズムで歯切れの良いタンギング、アグレッシヴなフレージングを演奏出来るトランぺッターは彼しかいません。しっかりと世界を作り上げ、2ndリフに見送られて次の謎のソロはソプラノ、こちらはDaveの方のHubbardになります。その後Earlandの短いオルガンソロを経てJoe Henのソロ、今までに行われたソロの経過を踏まえたかのような俯瞰したバランスを保ちつつ、コンパクトにリズミックに、でも存在感はしっかりと提示して演奏しています。その後ラストテーマへ。

4曲目Brown Eyes、他の曲に比べて叙情的な雰囲気が漂うナンバー、シンセサイザーがストリングス音を奏で(時代を感じさせる音色です)、コンガが中心となってリズムをキープしつつ、ホーンのアンサンブルメロディに続きシンセサイザーによる管楽器系の音色でメロディが演奏され、再び管楽器と絡みつつメロディ奏になります。ソロの先発はここでもFreddie、切り込み隊長を引き受ける事が多いですが、決して切り込みの際の捨て駒にならず、確実に自分の音楽性を貫き通しています。スペーシーに始まりMasonとのコール・アンド・レスポンス、リズムセクションをシンコペーションのフレーズで良い感じで煽りながら、潔くソロを終えて上手く次のソロイストに繋げています。続く長めのオルガン・ソロ、何しろリズムのタイトさ、安定感が半端ありません!途中シンセサイザーが隠し味的に演奏されていますが、どういう効果を求めてのサウンド・エフェクトなのかは謎ですが。その後のトランペットソロはEddieの方のHenderson、この人の演奏も大変クオリティが高くここでも健闘していますが、Freddieと比較してしまうと音色、タイム、音符の長さとたっぷり感、フレーズの歯切れ、アイデア、ストーリーの語り方、構成力、全体的にプレイの小振り感を否めません。尊敬する先輩(とは言え僅か3歳違いですが)の物凄い演奏の後では平常心は保てず、萎縮せざるを得なかったのでしょうが。その後のJoe Henのソロ、流石です!深く音楽内に潜り込み、曲の根底に根ざしてソロの際にどんなパーツを用いるか、組み立て方をすべきかが全てお見通しのよう、バックも彼の語るストーリーに誘われるがままについて行けば良いのです。一丸となっての盛り上がりの後、弦楽器のようなシンセサイザーの音色がインタールードとなり、ラストテーマへ。初めのテーマには無い異なったセクションを用い、フェードアウトしつつドラムがフィルを入れています。

5曲目Asteroid(小惑星)は軽快なシャッフルのナンバー。Mark Elfのギターメロディをフィーチャーしたテーマ奏はバックのホーンセクションが効果的にです。ソロの先発はオルガン、そしてJoe Henのソロへ、つくづくこの人のソロアプローチへの不定形さに感心してしまいます!常にスポンテニアス、先の読めない展開は真のジャズメンそのものです!受け継いでのFreddieのテクニカルで華麗なソロ、更にDave Hubbardのメロウなソプラノ・ソロと続いて再びギターメロディによるラストテーマへ。ギターソロはありませんでした。

6曲目Mason’s Galaxy、今更ながらこの作品は宇宙に関連する組曲形式になっているようです。1曲目惑星からの退去、2曲目赤い粘土(火星?)、3曲目ワープ、5曲目小惑星の次は本曲での銀河ですから。シンセサイザーによるSEの後、Masonのドラムパターンの上で様々な楽器によるメロディ奏が効果的に用いられています。Freddie先発、イメージを膨らませつつ色々な音色を用いて助走し、シンセサイザーの音色と合わさります。続いてオルガンソロ、容赦無くフレーズを繰り出していますが、プログレッシヴ・ロックのオルガン奏者Keith Emersonをイメージしてしまいました。

7曲目Joe HenのオリジナルNo Me Esqueca(Don’t Forget Me)は63年初リーダー作「Page One」にRecorda Meというタイトルで初演されています。同曲を早いテンポで演奏するときにNo Me Esquecaの名称を使うそうですが、ここではさほど早いテンポ設定ではありません。73年のリーダー作「In Pursuit of Blackness」に改めて同名で、初演が2管でしたがアルト、テナー、トロンボーン3管編成のアンサンブル、2ndリフとドラムソロが加筆、演奏され、ヴァージョンアップでの収録になっています。こちらもJoe Henの代表曲に挙げられる名曲です。

ソロの先発はFreddie、この曲はお手の物といった雰囲気で流暢に演奏しています。Dave Hubbardのフルート、オルガンソロと続きJoe Henのソロ、豊かなイメージを持ちつつ手短にソロを終えています。個人的にはもっとたっぷりと演奏を聴きたかったですが。ラストテーマ、エンディングはMasonのドラムによるカラーリングが印象的です。

8曲目はアップテンポのスイング・ナンバーTyner、やはりMcCoy Tynerに捧げられたナンバーでしょうか。ホーンセクションによるテーマが分厚いサウンドを聴かせます。早いテンポにも関わらずEarlandのペダル・ベースはタイトです。MasonのシンバルレガートはAlbert Heathを思わせるグルーヴ、ジャズ屋本来のものとは異なります。ソロの先発はオルガン、続いてのEarlandがソプラノを演奏、Freddieのソロを挟んで再びEarlandの多重録音によるソプラノソロ、こちらのコンセプトは良く分かりません(汗)、被さるようにJoe Henのソロが始まります。こちらは早いテンポでもタイムの安定感がハンパありません!続くトランペットはEddie Henderson、4曲目のソロ時よりもかなり本領を発揮していると感じます。ラストテーマ後に全員がコレクティヴ・インプロヴィゼーションで終了です。

9曲目Van Jay、前曲よりもテンポの落ち着いたスイング・ナンバー、ドラマーが再びBrakeに変わります。パーカッション奏者のコンガ演奏がCTIの4ビート・ジャズを思い起こさせます。Joe Henの先発ソロは曲想にピッタリのゴージャスなノリを聴かせ、実にスリリングです!Freddieがやや間を空けてからの登場、超絶にしてグルーヴィー、早い、高い、凄いの三拍揃ったカッコ良過ぎなソロです!この後オルガンソロに続きますが、二人にトコトン盛り上がられて、もう場はペンペン草も生えていないでしょうに(笑)、まだ盛り上がります!ホーンのメロディが入り、フェードアウトでFineです。

10曲目最後を飾るのはボサノバのリズムのハッピーなナンバーNever Ending Melody、この曲でもBrakeがドラムを叩きます。先発のJoe Henは既に殆どの収録曲でイマジネーション溢れるソロを連発していますが、疲れを知らない子供のようにここでもクリエイティブさを全く失っていません!この事は続くFreddieの演奏にも言えます!オルガンのバッキングに煽られながら完全燃焼です。オルガンのソロ後ラストテーマを迎え、大団円です!

2019.07.04 Thu

Getz at the Gate / The Stan Getz Quartet Live at the Village Gate Nov. 26 1961

今回は先日リリースされた未発表音源、Stan Getz Quartetの1961年11月New York, Village Gateでのライブ「Getz at the Gate」を取り上げたいと思います。1961年11月26日NYC Village Gateにて録音

ts)Stan Getz p)Steve Kuhn b)John Neves ds)Roy Haynes

Disc 1 1)Announcement by Chip Monck 2)It’s Alright with Me 3)Wildwood 4)When the Sun Comes Out 5)Impressions 6)Airegin 7)Like Someone in Love 8)Woody’n You 9)Blues

Disc 2 1)Where Do You Go? 2)Yesterday’s Gardenias 3)Stella by Starlight 4)It’s You or No One 5)Spring Can Really Hang You Up the Most 6)52nd Street Theme 7)Jumpin’ with Symphony Sid

数多くの未発表音源リリースを手掛けたプロデューサーZev Feldman、よくぞ本作を発掘しました!彼が手掛けた代表作としてBill Evans「Some Other Time」Stan Getz 「Moments in the Time」Joao Gilberto / Stan Getz「Getz / Gilberto ’76」があります。録音テープの存在確認だけでも大変な労力を必要とする事でしょう。おそらく収納ケースには簡単なインデックスしか記載されていないテープをオープンリールデッキに載せて再生し、その内容を耳を頼りに誰がどんな演奏を行なっているのかを判断する。経験値が物を言う作業ですが、すぐに目的の作品が見つかるとは限らず徒労に終わる事もあるのは容易に推測できます。お目当てのテープを見つけたとしてもその後には参加アーティストや、演奏者が故人の場合その家族に発生する諸々の権利の確認〜承認承諾、レーベルの版権等事務的な手続きが山積みしていて、膨大なそれらをクリアーしてやっと陽の目を見ることが出来るのです。米国は個人の権利の国ですから。いずれにせよGetzの代表作に挙げてもおかしくない、彼の真髄を捉えた素晴らしいクオリティーの作品です。ジャズミュージシャンは基本的にライブ演奏でその本領を発揮しますが、それが見事に具現化されています。

本作録音の8日前、同じくNYCのライブハウスBirdlandでのライブを録音した作品「Stan Getz Quartet at Birdland 1961」、当Blogでも以前取り上げたことがありますが、AMラジオのエアチェック音源をCD化したものなので、演奏内容がとても素晴らしいのですが音質のクオリティが玉に瑕なのです。

参加メンバーを含めこちらの演奏の延長線上に本作が位置し、霞の中から突然に御神体が出現した如くの驚くべきクリアーさを伴った素晴らしい音質(エアチェック盤の音質に耳が慣れていましたから)、レパートリーはかなり重複しますがむしろ二つの演奏の比較を楽しむことが出来ます。こちらは正式な録音と思われますが、60年近く前のレコーディングとなれば膨大な量の録音に紛れその詳細は定かではありません。ましてや違うレコード会社の倉庫に保管され、眠っていたとなれば事は尚更です。十分な曲毎の演奏時間、61年の演奏とは信じられない緻密で現代的な演奏内容、十二分な演奏曲数、一晩の演奏を全て収録したと考えられるアルバム。GetzとSteve Kuhn、Roy Haynesの共演、エアチェック盤ではベーシストがJimmy GarrisonでしたがここではJohn Nevesに変わりますが、ドラマー、ベーシスト共にKuhnの推薦による参加だそうです。本作の内容は僕にとって意外な謎解き、また新たな問題提起、認識を新たにする事柄を有しており、子供の頃に毎月購読していた少年雑誌の増刊号(付録の数が急増しました!)の如き様相を呈しています(笑)。

それでは早速演奏曲に触れて行きましょう。Disc 1のトラック1は司会者によるアナウンスメントになりますがChip Monck、どこかで見たことがある名前と思いきや、こちらも以前当Blogで取り上げたLes McCannの作品、同じくVillage Gateでのライブ作品「Les McCann Ltd. in New York」の冒頭曲の曲名じゃあありませんか!あんな名曲に名前がクレジットされる人物、Chip Monckとは一体何者でしょう?彼は39年Maschusetts生まれのライトニング・エンジニア〜ステージの照明技師ですね、彼はVillage Gateで59年から働き始め、店の地下にあるアパートで生活し、照明の他に店で司会業もこなしていたようです。想像するに人懐っこい性格で出演ミュージシャンたちと親交が深く、信頼関係を築いていたのでしょう。Les McCannとは特に懇意にしていたに違いありません。彼はVillage Gateで働き続ける傍ら、Newport Folk FestivalとNewport Jazz Festivalにも関わり、同じくNYC HarlemのApollo Theaterでも照明技師を勤めていました。彼のように音楽好きで、裏方の仕事を積極的にこなしつつミュージシャンと好んで関わる人物が古今東西ジャズ界には欠かせません。

トラック2、MonckのMCに促されるように演奏の1曲目It’s Alright with Meが始まります。MCや拍手が遠くから聞こえて来るのでかなり奥行きのあるライブハウスのようです。

MCに被りながらGetzのカウントがスタート、リズムセクションによる8小節のイントロ後テーマ開始です。テナーの音像、音色、定位ともちょうど良い所に位置し、申し分ありません!これから始まるカルテットの演奏をリスナーにぐっと引きつけるためのアドバンテージです。2ビートフィール、サビはスイング、2ビートから2小節ピックアップを経てソロ開始です。早速Kuhnはバッキングを停止、これもColtraneとの共演から学んだ一つでしょう。2コーラス目からバッキング開始、その間もGetzは快調に飛ばしています。HaynesとNevesのコンビネーションも抜群、Garrisonとのコンビも良かったですがそれを上回るビートを感じます。ドラムの音像がテナーのタイム感と絶妙のコントラストを描き、リズムの洪水となり押し寄せて来ます。続くピアノのソロ、タッチの細部まで収録されフレージングのアイデアと相俟ってリリシズムを聴かせます。その後テナーとドラムのバース開始、いや〜素晴らしいトレードです!互いのフレーズに寄り添いつつもどっぷりとは嵌らず、付かず離れず、音楽を熟知したマエストロのみが成し得る次元のやり取りが聴かれます。その後ラストテーマは後半から演奏され、エンディングはその場のアイデアによるものでしょう、スリリングなキメが演奏されFineです。

2曲目Wildwoodはバードランドのライヴでも演奏されていたジジ・グライスのナンバー。古き良きアメリカの長閑さを感じさせるムーディなテーマ後、Getzはアイデアを満載させながら縦横無尽に吹きまくっています。様々なニュアンス、音色の自在な使い分け、ダイナミクスの振れ幅は実にスリリングです。続くKuhnのピアノはBill Evansのテイストを感じさせながら、背の高いピアニストに見られる力強い打鍵を聴かせます。その後ベースソロ、ドラムとのバースを経てラストテーマへ。

3曲目も同様にバードランド盤で聴かれるHarold ArlenのバラードWhen the Sun Comes Out、低音域でのサブトーンとビブラート表現の多彩さ、ppからffまでの音量のダイナミクス、時に高音域でのシャウトを交え、非凡な唄心が聴き手を深遠な美の世界へと誘います。ピアノソロはなくテナーの独壇場で終始します。テナーフィーチャーの後はリズムセクションをフィーチャーしたナンバーに続きます。

4曲目はなんとJohn Coltrane作曲、しかもGetzは演奏せずにピアノトリオをフィーチャーしたImpressionsです!彼自身がこの曲での演奏をリタイアしたのか、お気に入りのピアニストKuhnをフィーチャーするためだったのか分かりませんが、GetzのMCで「リズム隊をフィーチャーしてMiles Davisの作品So Whatをお送りします」と紹介している点に興味が惹かれます。GetzともなればSo Whatという曲をまず知っているでしょう。考えられるのは①直前までリズムセクションはSo Whatを演奏する予定でその旨をバンマスであるGetzに伝えていたが、ベーシストがメロディ演奏に自信がなく直前になって弾けないと言い出したので、ピアノがメロディを演奏する同じコード進行のImpressionsに変えた。②GetzはImpressionsの原曲がSo Whatと知っており、Coltraneがそのコード進行を拝借して曲を書いた事をあまり良くは思わず、シニカルなGetzは敢えてMiles DavisのSo Whatと紹介した。③61年当時はSo WhatとImpressionsの区別は特に無く、ImpressionsもSo Whatと言った。

他にも単なるGetzの勘違いとも言えなくはありませんが、聡明な彼に限ってステージ上でそんなケアレスミスをするとは考えられません。So WhatやImpressionsを本当に知らなかったのか…真相に関して機会があればご存命の参加ミュージシャンにぜひ尋ねて見たいものですが、60年も昔の話ですから…

肝心の演奏ですがユニークなアプローチのImpressionsです。テーマ奏から斬新、Bill Evansを彷彿とさせる瞬間が多々ありますが、KuhnならではのMode解釈も光り、Ⅱm7-Ⅴ7のようにコーダルにも捉えつつ、Dorian ModeではなくMixo-Lydianを意識してもフレージングしています。I’m Old Fashonedのメロディを引用したりと12分近くの長さの演奏ですが、全く冗長さを感じさせません。ベースソロ後再びピアノソロ、ドラムと8バース、ラストテーマ、全編に渡ってHaynesのドラミングが素晴らしいサポートを聴かせています。

5曲目はACの冒頭を飾ったSonny Rollinsの名曲Airegin、アップテンポにも関わらず実にたっぷりとして安定したタイム感、しかも難しいコード進行をスキー競技のスラロームのように、いとも容易く潜り抜けて行きます!なんと密度の濃い、そして全てに余裕を感じさせるスインガー振りです!あまりの物凄さからでしょう、Getzのソロが終わった瞬間に客席から?笑い声すら聴こえてきます。続くピアノソロも大健闘、その後のドラムとのバース、こちらもネタ切れという言葉、そんな概念は微塵も存在しません!どんどん良くなる法華の太鼓(笑)、凄いバンドの物凄い瞬間を捉えた演奏です!

6曲目はスタンダードナンバーLike Someone in Love、この曲のキーはA♭、Cで演奏されますがここでは少数派?のE♭。幾分早めのテンポ設定でリズムセクションが熱演しますが、特にドラムのテナープレイへの寄り添い方が絶妙です!Kuhnの演奏もよりEvansのアプローチを感じます。ベースソロ後再びドラムと8バース、無尽蔵とも思えるHaynesのフレージング、アプローチに一層感心してしまいます!

7曲目もAC収録、この頃のGetzの十八番のナンバー、Dizzy GillespieのWoody’n You、Getzのいつものテンポ設定よりもかなり早い演奏、バンドの演奏はさらに白熱し、ありきたりな表現で恐縮ですが、留まるところを知りません!Getzにはとうとうスイングの神が降臨したようです!Kuhnも負けじとばかりにベースに煽られ?煽りながら?スイングしています。短いベースソロ(リズムの解釈が素晴らしい!)、ドラムの8バースを経てラストテーマへ、興味深いターンバックが付加されてFineです。

8曲目はBluesとタイトルされた即興のブルース・ナンバー、流石にリラックスしたテイスト・チューンが選曲されましたが、バンドのスイング道探求は一向に止むところを知りません!Getzはブルース進行とは名ばかりに(爆)好き勝手に唄い捲っています!Haynesのグルーヴが火のついたGetzに油を注いでいるのです!Kuhn、Nevesもブルースらしからぬソロを展開、ドラムとの4バースを経てテーマらしいテーマもなく終了、ここまでがDisc 1になります。

Disc 2の1曲目、ACにも収録のAlec Wilder作曲のバラードWhere Do You Go?、耽美的な様相を呈したストレートなメロディ奏、短いながらもとても印象的な演奏です。

2曲目Yesterday’s GardeniasもACで演奏されているミディアムテンポのナンバー、Getzは知られざる佳曲を発掘する名人でもあります。小粋に鼻歌感覚での演奏は他の演奏と一線を画す癒し系の印象です。続くピアノ、ベースソロもGetzのテイストを反映させているが如し、言ってみれば箸休め的な演奏です。

3曲目スタンダードナンバーStella by Starlight、普通はキーB♭メジャーで演奏されますがここではGメジャーです。52年録音Getzの代表作の1枚である「Stan Getz Plays」にも収録されています。テーマ奏でのGetzの「コーッ」という音色が堪りません!コンパクトな演奏の中にも大きな唄を感じさせるプレイです。

4曲目Jule Styneの名曲It’s You or No One、Getzが取り上げるのは珍しく、僕の知る限り初演と思われます。Dexter GordonやJackie McLeanの演奏で有名ですが、ここではキーがE♭メジャー、Haynesのドラミングが的確にサポートしつつ演奏が行われますが、珍しくGetzが曲に乗り切れていない印象を受けました。自分の好みのテイストでは無かったのか、恐らく以降演奏されなかったと思います。

5曲目美しいメロディのバラードSpring Can Really Hang You Up the Most、再びGetzの演奏だけで終始する演奏、何と気持ち良く耳に入り、心に響く唄い方でしょう!Haynesはバラードでも個性的なアプローチを展開しますが、ここでもブラシワークがトリッキーでいて決して演奏の邪魔をしない音楽的なプレイを聴かせています。ピアニストAlbert DaileyとGetzの83年録音Duo作品「Poetry」にも収録されていますが、こちらも大変美しい演奏です。

6曲目はThelonious Monk作曲の52nd Street Theme、49年8月録音「The Amazing Bud Powell Vol.1」に収録されていますが、こちらもドラマーがRoy Haynesです。Rhythm Change形式のコード進行、お得意のアップテンポで演奏されています。4度進行のフレージング、一つのフレーズの譜割りをずらしたりとアプローチが多彩です。何しろタイム感が素晴らしいので何をやってもカッコイイのですが。Kuhnも曲のテイストの中で、サウンドするようにと的確にアドリブをしています。そしてこの曲の目玉はHaynesのフリードラムソロです。この人の型にはまらない不定形なソロのアプローチは実に魅力的です!ここでも様々なモチーフを基に(Salt Peanutsのメロディさえ聴こえて来ます!)、ダイナミクスのショウケースとも言える自由奔放なロングソロを展開しています。後テーマのサビもドラムソロで締め括っており、エンディングでHaynes自身が「Thank You!」と挨拶しています。

7曲目最後を飾るのはACでもラストに演奏されていたLester YoungのJumpin’ With Symphony Sidですが、ルンバのリズムのドラム・イントロに続いてテナー1人でまずThe Breeze and Iを演奏します。ウケ狙いで?わざと?メロディを間違えて吹いていますが、その直後How High the Moonを吹きますが観客から?ブルースをリクエストされ、Symphony Sidを演奏し始めます。フリーキーな音を楽しげに吹いていたりと、いつになく上機嫌さを感じさせるGetz 、きっと当夜の演奏にかなり納得していたのでしょう、リラックスした雰囲気でロングソロを取っています。同様にピアノ、ベースもソロをたっぷりと演奏しますが、ベースソロが終わりそうでなかなか終わりません!というよりも後テーマ担当のリーダーが不在?Getzはどこかに出掛けてしまったのでしょうか?間を保たすべく?再びピアノソロが始まります(汗)。このソロも何やら長いですね、Kuhnオールド・スタイルでソロを続けますが、Getzはステージに戻って来なかったのでしょう、婦女子を伴って何処かに呑みに行ってしまったのかも知れません(苦笑)、Kuhnがエンディングを担当して強制終了です!

2019.06.21 Fri

Fuchsia Swing Song / Sam Rivers

今回はテナーサックス奏者Sam Riversの64年録音初リーダー作「Fuchsia Swing Song」を取り上げたいと思います。

1964年12月11日録音 @Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ Recording Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Blue Note Label / BST 84184

ts)Sam Rivers p)Jaki Byard b)Ron Carter ds)Tony Williams

1)Fuchsia Swing Song 2)Downstairs Blues Upstairs 3)Cyclic Episode 4)Luminous Monolith 5)Beatrice 6)Ellipsis

フリーフォームとインサイドの端境をここでは絶妙なバランス感で渡り歩き独自のアプローチと音色を誇るSam Rivers、13歳から地元BostonでRiversと共演しその音楽性を熟知、寄り添うように煽るように、時につかず離れずのスタンスを図りながら驚異的なレスポンス、タイム感、テクニック、音楽性を遺憾無く発揮する神童Tony Williams、Miles Davis QuintetでTonyと培ったコンビネーションをここでも縦横無尽に発揮しバンドを支えるRon Carter、新旧取り混ぜた幅広いスタイルを網羅、消化しつつも誰でもない確立した個性をバッキング、ソロに存分に聴かせるレジェンドJaki Byard、彼らのプレイによりジャズの伝統を踏まえつつも斬新なテイストが眩いばかりに光るRiversのオリジナル全6曲に、生命が吹き込まれました。60年代を代表するテナーサックス・ワンホーン・カルテットの1枚に挙げられるべき名作だと思います。

1923年生まれのRiversは本作録音時41歳、初リーダー作にしては遅咲きになりますが、その分成熟した演奏スタイルを聴くことが出来るとも言えます。Oklahomaで音楽一家に生まれ育ったRiversは47年にBostonに移住、Boston Conservatoryで音楽の専門教育を受けました。59年から同地在住のTony Williamsと共演を始め、彼の推薦もあって64年Miles Davis Quintetに短期間加入し、同年7月にライブ作「Miles in Tokyo」で演奏を残します。

アグレッシヴで素晴らしい演奏を繰り広げていますが、当時のMilesにRiversはフリー色が強すぎたのでしょう。日本のオーディエンスにも「謎のテナー怪人現る!」状態だったかも知れません(笑)。数年先の67~8年頃ならばMiles Quintetもフリー色が色濃くなっていたので、Riversの演奏はむしろバンドに歓迎されたかも知れません。有名な話ですが、TonyはRiversのような先鋭的なサックス奏者がフェイバリットであり、彼の前任者であったGeorge Colemanのオーソドックスな演奏があまり好みではなく、Coleman退団時MilesにRiversを紹介した形になります。Tonyの64年初リーダー作「Life Time」、65年「Spring」2作に尊敬するRiversを招いていて、特に「Spring」ではMiles Quintetの新旧テナー奏者顔合わせでWayne Shorterとの2テナーの演奏を聴く事が出来ます。

RiversはBlue Note Labelから本作を含め計4作をリリースしています。スタンダード集である1作以外は本作同様先鋭的なRiversのオリジナルを演奏しており、一貫したコンセプトを感じます。その1作66年録音の「A New Conception」は相当ユニークなテイストの作品です。When I Fall in Love, That’s All, What a Diff’rence a Day Made等の歌モノを取り上げていますが百歩譲って斬新、超個性的、新たな解釈とも取れなくはありませんが、どうでしょう、残念ながら僕にはスタンダード・ナンバーを素材に挙げる必然性を感じることが難しかったです。この人は自身のオリジナル曲を演奏することが似合うタイプのミュージシャンと再認識しました。

Blue Note Label以降RiversはImpulseからアルバムをリリース、その後も比較的コンスタントに作品を発表し続けました。70年代に入り、妻のBea(Beatriceの略称)と共にNew YorkのNoHoにジャズロフトであるStudio Rivbeaを運営開始、ジャズ批評家には “The most famous of the lofts”と評され、連日ジャズ演奏のほか多くのアーティスト達による様々なパフォーマンスが繰り広げられました。70年代におけるNYロフトのムーヴメントは、ジャズや芸術全般の発展に多くの貢献を果たしたようです。Rivers自身もここで精力的に音楽活動を展開したことと思います。

ジャズロフトではありませんが、少し遅れて82年にNY, ChelseaにBarry Harrisが設立したJazz Cultural Theatreも、連夜のジャムセッションや定期的にジャズ理論と実技の講座を開き(間も無く卒寿を迎えるHarrisは現在もこういった講座を米国に留まらず全世界で開いています)、ジャズを学ぼうとする者に門戸を開き、87年まで運営していました。伝説的なアルト奏者Clarence Sharpe(C. Sharpe)がホームレスであったためここに住み着き、毎夜ジャムセッションに参加していたのはいかにも当時のNYらしい話です。僕も86年に当所を訪れ、セッションに参加しSharpeと共演しましたが、彼の使用楽器Connから繰り出される素晴らしい音色に魅了され、まさしくCharlie Parker直系のスインギーなフレージングに触れる事ができました。共演後に「New style!, new style!!」と僕の演奏を評してくれたのが印象的、明るい屈託のない方でした(彼の演奏スタイルにしてみれば間違いなく僕の方が新しいですが)。現在のNYでこのような文化に触れることは大変困難になったように思います。

話がいささか外れてしまいました。演奏曲に触れていきましょう。1曲目は表題曲Fuchsia Swing Song、Tonyのトップシンバルがリズムの要になり、実に小気味好いグルーヴを聴かせます。スティック先端のチップがK Zildjianシンバル上で軽快に跳ね回っているのが見えて来そうな程です。シャープでいて柔らかさが半端なく、スピード感に満ちていてゆったりとしたバネの如きタイム感、そこでのRiversとTonyのカンバセーションが微に入り細に入り、スリリングにして絶妙、インタープレイとはこうあるべきだと周知させるべく声高に宣言しているかのようです。冒頭8小節間テナーとベースのDuo演奏、すぐさまドラムが参加しますがその時のTonyのシンバルの音色の使い分け、さすが見事です!Riversのフレージング、その滑舌の素晴らしさに由来する8分音符のスイング感とTonyのシンバル・レガートは全く完璧にリンクしています!あたかも長年生活を共にした親子のミュージシャンが成し得るレベルの合致度です!インサイドのフレージングとフリー系のアプローチが交錯する中での手に汗握る瞬間や、1’55″から2’00″のRiversのHigh Fキーでのトリッキーなオルタネート音とTonyのバスドラとのやり取り、2’07″辺りのテナーとピアノの絡み具合、直後のTonyのフィルインなど聴きどころ満載です!Carterのベースワークの巧みさがあってこそのTonyのドラミング、Byardの演奏は俯瞰しているが如き、ある種「狙っている」テイストを感じるバッキングです。テナーソロ後ヴァンプのような形でドラムの短いソロがあり、その後ベースが再びwalkingし始めますが珍しく一瞬「おっと!」とラインが重くなりますが、すかさず体制を取り直して演奏続行、スネークインしながらピアノソロが始まります。ラストテーマの前に短くテナーソロがありラストテーマへ。オープニングに相応しい素晴らしい内容の演奏です。

2曲目Downstairs Blues Upstairs、ユニークなテーマのブルースナンバー、キーはF。ウネウネとしたラインはRivers独自のものですが Lester Youngから少なからず影響を受けているように感じます。Byardのソロも独自のテイストを表現していますが、Duke Ellingtonからの影響を特にバッキング時に聴き取ることが出来ます。ここでのTonyは徹底してサポートに回っています。

3曲目はCyclic Episode、曲構成、テーマやコード進行も個性的な佳曲です。テナーソロ始まってすぐにドラムが消え、その後間も無く復帰しての仕切り直しに取り組んでいます。リズムセクションはRiversのソロをデコレーションしようと様々な手法を用いています。Carterの独創的なソロ後ピアノがソロを取りますがこちらも色々なスタイルを内包したものです。以上がレコードのSide Aになります。

4曲目Luminous Monolithは再びアップテンポのスイング・ナンバー、アドリブではストップタイムを多用しフリーフォームに足を踏み入れる直前のせめぎ合いを聴かせ、先発テナーソロは相当な段階にまで音楽を掘り下げています。ピアノソロも何でもアリの状態、ラグタイムやストライドピアノのスタイルまで披露しています。Byardはかなり器用なミュージシャンで、ピアノの他にテナーサックス、ヴィブラフォン、ドラム、ギターまで演奏します。色々な楽器を演奏出来るということで、自身のピアノ演奏にも多くのスタイルとカラーを盛り込むことが出来るのでしょう。彼のリーダー作として67年録音「Sunshine of My Soul」(Prestige)をプッシュしたいと思います。時代を反映したレコードジャケットがいかにもSoul Musicを演奏していそうですが(笑)、内容は紛れもないジャズ、ベーシストにOrnette Coleman TrioのDavid Izenzon、ドラムにはJohn Coltrane QuartetのElvin Jonesとくれば演奏が悪かろうはずがありません!収録曲はSt. Louis Blues以外全曲Byardのオリジナル、Elvinの叩くティンパニ、Byardの弾くギター(こちらはご愛嬌の域です)が異色です。

5曲目は妻の名前を冠したオリジナルBeatrice、Joe Hendersonが84年録音の自身作品「The State Of The Tenor • Live At The Village Vanguard • Volume 1」で取り上げた事によりジャズミュージシャンの間でヒットとなり、特に日本のジャズシーンで頻繁に取り上げられました。美しいメロディ、どこかメランコリックで穏やかな雰囲気の曲想、難しからず易し過ぎないトライのし甲斐があるコード進行が日本中のジャズミュージシャンを虜にしたのでしょう。Stan Getzも89年の作品「Bossa & Ballads – The Lost Sessions」で取り上げています。

リリカルなピアノのイントロからテーマ奏、Tonyはブラシで演奏、テナーソロに入ってからはスティックに持ち替えています。曲の持つイメージを踏まえ、最大限に自己表現をすべくイメージを膨らまそうとする創作行為を感じるソロです。続いてピアノソロになると再びTonyがブラシに持ち替えて伴奏し、ベースソロと続きラストテーマを迎えます。

6曲目ラストのEllipsisはRhythm Changeのコード進行に基づいたナンバー。リズムセクション初めは本来のコード進行をキープしつつも先発Riversの破壊工作的ソロにインスパイアされ、次第に変形の道を辿ります。ドラムとベースの交通法規順守の姿勢がフリーフォーム・レーンへの乗り入れを阻止していますが、ピアノソロでは意図的な崩壊か、なし崩し的な空中分解か、ソロ中にフェルマータし、そのままドラムソロになりました。ラストテーマには全員見事にTonyの難解な呼び込みフレーズを聴いて理解し、入ることが出来ました。

2019.06.12 Wed

Free for All / Art Blakey and The Jazz Messengers

今回はArt Blakey and The Jazz Messengersの64年録音「Free for All」を取り上げてみましょう。

1964年2月10日録音 @Van Gelder Studio, Englewood Cliffs Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Blue Note Label / BST 84170

ds)Art Blakey tp)Freddie Hubbard ts)Wayne Shorter tb)Curtis Fuller p)Cedar Walton b)Reggie Workman

1)Free for All 2)Hammer Head 3)The Core 4)Pensativa

Blakeyの圧倒的なドラミングがまとめ役となり、バンドメンバー一丸となってライブレコーディングの如き、いやそれを上回るほどのテンションで演奏が盛り上がっています。Art Blakey and The Jazz Messengers(JM)のひとつの頂点と言って過言ではありません。オールスターズのメンバーですが、音楽監督も務め、メンバー異動があっても不動であったWayne Shorterの参加が注目されます。Benny Golsonの後釜でShorterが加入したのがスタジオ録音では60年3月録音の「The Big Beat」から(59年末には既に在団していました)、前任者Golsonの音楽監督も的確でしたが、Shorterが引き継いだ事によりJMのサウンドがぐっと引き締まり、以降の音楽的方向性も定まりました。

Lee Morgan, Shorterのフロントラインでライブ盤も含め、7作が彼らを擁したクインテットでのJMです。61年6月録音の「!!!!!Impulse!!!!!Art Blakey!!!!! Jazz Messengers!!!!!!」(何というタイトルでしょう!)からトロンボーンにCurtis Fullerが加わり、黄金のラインナップ、3管編成のJMが形作られました。

61年10月録音「Mosaic」では3年余り在団したMorganが離れ、新しいトランペット奏者にFreddie Hubbardが加入します。

ピアニストCedar Waltonが加わったのが62年3月録音のライブ盤「Three Blind Mice」、62年10月録音のやはりライブ盤「Caravan」からベーシストにReggie Workmanが参加し、このメンバーでのJMが稼働し始め、合計6作をリリースしました。個人的にこの頃の作品のクオリティが特に高いと感じています。

ですが蜜月状態も長きに渡り続くことはありませんでした。ShorterはJMに足掛け4年在団しましたが、「Miles in Berlin」64年9月Miles Davisクインテットに引き抜かれたため、バンドは時計の大切な歯車が欠けた状態に陥りました。同時に個性の強いミュージシャンの集合体であったJM(このバンドに限ったことではありませんが…)は、Shorterが音楽監督である以前にバンドのムードメーカーであり、リーダー、メンバーの仲介役として欠かせない存在であった事でしょう。その彼の不在は極論バンドの衰退〜崩壊を意味します。同時期にWaltonとWorkmanの退団もありました。多くのテナー(アルト)奏者がその後JMに去来しましたがShorterの代役は誰にも務まりませんし、務まりようがありません。One and Onlyな個性を強力に放ちつつも常に自然体、その存在自体が特異なものでありながらもサイドマンとしてリーダーの音楽性を確実に踏まえつつ、自己の音楽性も反映させるバランス感。これらは彼の音楽面、人間関係全てに当てはまる事なのでしょう。このようなテナー奏者、ミュージシャンは他にその存在を知りません。JMはShorterロス後、作品毎にメンバーチェンジを繰り返しながら音楽シーンが混沌とした60年代、70年代をバンド自体メンバーが定まらず、ずっと混沌としていた事に乗じて(笑)乗り切り、80年代以降Wynton Marsalis, Branford Marsalis, Terence Blanchard, Donald Harrison, Bobby Watsonたちサックス奏者の参加で再生したのです。

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目はShorterのオリジナルにしてタイトル曲Free for All、Randy Breckerがこの曲のタイトルをもじってFree Fallという曲を書いています。曲想は全く異なりますがストレートアヘッドなアップテンポの佳曲、Randy, MichaelのBrecker兄弟実は大のJMファン、父親の影響で聴いていたジャズのレコードの1枚が本作なのでしょう。かつてMichaelと話をしていて話題がジャズレコードになりました。「タツヤがモダンジャズ史上最も重要と思うアルバムは何だろう?」僕には予てからの想いがあったので、すかさず「MilesのKind of Blueだね」と答えると、「Don Grolnickが同じ意見だったよ。それは興味深いね、確かにKind of Blueも重要な作品だと思うよ」Michaelらしい人の話を尊重しつつ、控え目に自分の意見をさらっと述べる物言いです。そして僕も「Michaelにとっての最重要アルバムは何?」と尋ねると、彼もすかさず「Art BlakeyのFree for Allだね」との返答がありました。その時にはあまりピンと来なかったので理由を特に尋ねることはしませんでした。アルバムの存在を知っており聴いた事はありましたが、Michaelが最重要と挙げるほどの意義を正直感じなかったのです。しかし今回Michaelのプレイや彼のテイストに想いを馳せながら繰り返し聴き直し、本作の有り得ないエネルギー、テンションの高さ、他のジャズアルバムにはない独特のパッションを感じ取る事が出来ました。僕が未聴だけなのかも知れませんが、スタジオ録音でこれだけの盛り上がりを聴かせ、かつ繊細さと緻密さを併せ持つ作品は他にないでしょう。ミュージシャンの結束の強さに加え、各々が個性を100%発揮しつつもあくまでリーダーの掌の中で、主役Blakeyの表現願望を実現するための名脇役が勢揃いです!この辺りをMichaelがプッシュする理由のひとつと推測しました。

Free for All、テーマメロディに十分休符、スペースがあり、Blakeyがフィルインを自在に入れられるようにとの、作曲の時点でShorterの音楽的配慮を感じます。それにしても凄まじいまでのBlakeyのナイアガラロール!明らかに50年代よりもヴァージョンアップしたドラミングです!ドラマーが曲のテーマを演奏する場合、まずリズムキープ、そしてより大切なのが曲に対するカラーリング〜色付けです。メロディやキメをしっかりと映えさせるための、ドラミングによるオブリガート、この作品でのBlakeyの色付けはテクニカル的にも音楽的にも彼にしか成し得ないアートの表出です。ソロの先発は作曲者自身、彼でしか響かす事のできない独特のテナーサウンド、フレージング、良きところでバックリフが入りますが、ソロはまだまだ続きます!もっと後にバックリフが挿入されても良かったかも知れません。感極まったメンバーの掛け声も何度か聴かれますが、これも演奏の一部と解釈できます。続いてのトロンボーン・ソロ、Blakeyを始めとするバックのピアノトリオのテンションはキープされそのままトランペット・ソロに入ります。それにしてもHubbardの吹く8部音符の端正さ、リズムのスイートスポットをドンピシャに押さえたタイム感、スインガー振りにはいつもながら敬服してしまいます!トロンボーンの時には演奏されなかったバックリフがちょうど良いところで入ります。Hubbardのソロにはリズム隊を刺激する要素があるのでしょう、Blakey大暴れの巻です!その後ピアノのソロになると思いきや、ごく自然にドラム・ソロになります。Blakeyが一瞬「あれっ?オレのソロ?」と言った風情でソロを叩き始めるのに何だか可愛らしさを感じます。もしくはテープ編集がなされてピアノソロをカットしている節が伺えなくもありません。14年日本発売のSHM-CDにはこの曲の2ndテイクが収録されていますが、演奏の途中でBlakeyのドラムセットが壊れてしまい、プロデューサーのLionが途中で演奏を止めさせたそうです。そりゃあこんなに激しく叩きまくっていれば楽器も悲鳴をあげて壊れもしますぜ(爆)

2曲目もShorterのオリジナルHammer Head、トンカチのような頭の形をしたシュモクザメの事ですが、デクノボウ、のろまの意味もあるそうです。こちらもバンマスに心ゆくまでカラーリングを施して貰うべく、メロディにリズミックな部分と対比的に休符を配した曲想に仕上がっており、シャッフルのリズムが更にBlakeyのドラマー魂を刺激して素晴らしいビートを繰り出しています。この曲もShorterがソロの切り込み隊長を努めます。Waltonのバッキングも的確でいて刺激的、バンド全体もMoanin’を彷彿とさせる伝統的JMスタイルの演奏です。続くHubbard実に良く楽器が鳴っています!Fullerも曲想に沿うべく健闘しています。1曲目でソロが無かった分、Waltonの左手のコードワークを含めてプレイがフレッシュです。以上がレコードのSide A、Shorter色で占められていました。

3曲目からのSide BはHubbardコーナーになります。彼のオリジナルThe CoreはCongress of Racial Equality=民族平等会議、公共施設における人種差物の廃止を主な活動目的にしている団体、こちらに捧げられたナンバーです。Workmanの短いベースのイントロはかつて在籍していたJohn Coltrane Quartetの演奏を彷彿とさせるもの、リズムセクションのみ〜ホーンを伴ったその後のイントロ〜テーマ奏、4度のインターバルのメロディもさりげに挿入され、実にカッコ良いです!こちらもShorterが再びソロの先発、イヤ〜ここでのソロもイってます!フリーキーな領域まで達し、シングルタンギングを生かしたバックリフとの絡み具合もGoodです!続くHubbardのソロから急に曲目がLove for Saleに変わってしまいました(爆)!この引用フレーズ後のソロの展開も実に熱く、ジャズスピリット満載のフレージングです!リズムセクションも大変な盛り上がりをキープしています。トロンボーンソロではまた違ったバックリフが聴かれ、細やかな対応を示しています。ラストテーマを迎え、エンディングにはヒューマン・フェイドアウトが施されています。

4曲目はピアニスト、コンポーザーClare FischerのオリジナルPensativa、こちらをHubbardがアレンジしました。Fischerオリジナルの演奏はBud Shankがメロディをクールに演奏しているブラジリアンなボサノバ・ナンバー(Fischer自身は米国人ですが)、こちらはホットなジャズ・テイスト満載のヴァージョンに仕上がっています。Hubbard本人特に気に入っていたようで自己のアルバム65年録音「The Night of the Cookers」でLee Morganを迎え、2トランペットで再演しています。

Hubbardのブリリアントから燻んだ音色、音量の強弱ppからffまでを使い分けての多彩なメロディ奏、男の色気を十二分に感じてしまいます。実は曲の構成、キー、コード進行いずれも難易度が超高いのですが、豊かなイメージを伴って、いとも容易くソロを取っており、スペースの取り方も素晴らしいですね!間(ま)を歌っているが如きです。このソロを受け継ぐShorterもいつになくメロウに、彼なりの独特な美学に基づいたメロディアスなアドリブを聴かせています。HubbardのセンスをしてShorterに別な語り口をさせたのでしょう、きっと。後ろで感極まり騒いでいるのはBlakeyですね、多分。彼はShorterの演奏、人柄が大好きですから!続くWaltonの端正なソロも素晴らしいのですが、Hubbard, Shorterふたりの真のジャズジニアスに比較すると些か物足りなさを感じます。その後ラストテーマへ、コーダではホーンセクションによるアンサンブルにピアノのオブリガートが絡みます。

2019.06.02 Sun

Sonny’s Crib / Sonny Clark

今回はピアニストSonny Clarkの57年リーダー作「Sonny’s Crib」を取り上げてみたいと思います。

録音1957年9月1日 Van Gelder Studio, Hackensack Recording Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Blue Note Label / BLP 1576

p)Sonny Clark tp)Donald Byrd ts)John Coltrane tb)Curtis Fuller b)Paul Chambers ds)Art Taylor

1)With a Song in My Heart 2)Speak Low 3)Come Rain or Come Shine 4)Sonny’s Crib 5)News for Lulu

John Coltraneを迎えた3管編成によるアンサンブル、ClarkはBlue Note Labelから9枚のリーダー作をリリースしていますが本作は第2作目に当たり、ピアノトリオやクインテット編成での作品が多い中、全編セクステットは本作のみになります。このレコーディングのちょうど2週間後9月15日に録音され、同じくBlue NoteからリリースされたColtraneの初期傑作「Blue Train」(レコード番号もBLP1576, 1577と連番です!)と編成が全く同じ、参加メンバーもCurtis FullerとPaul Chambersが重複しており、他のDonald Byrd, Art Taylorたちこの頃売り出し中の若手を迎えてのレコーディングです。当時tp, ts, tbの3管はあまり例がなく、3管編成のご本家Art Blakey and The Jazz Messengersでさえも57年当時はtpとasないしはtsのクインテットで、3管編成にヴァージョン・アップするのは61年からになります。tpとtsのアンサンブルだけでもジャズ・サウンドの醍醐味を聴かせられるのに、更にtsとほぼ同じか低い音域であるtbのふくよかさがブレンドする事により、よりジャジーでタフなアンサンブルに変化するのです。

僕は学生時代に鑑賞の順番としてまず「Blue Train」(BT)、その後暫くしてから「Sonny’s Crib」(SC)を聴きました。編成が同じでメンバーが重複しているのでいずれかが礎となり、もう1作が続編のように漠然と感じていたのですが、今回当Blogを書くにあたり録音年月日を確認し、なるほどSCの方が先に録音されており、ColtraneはSCでの経験を生かして2週間の間に作品の構想を練り(直し)、自己のリーダー作BTに臨んだのではないのかと確信しました。それこそ楽器編成、人選自体もSC録音前は違うものだったのかも知れません。当初はワンホーン・カルテット?もう1人管楽器を加えたクインテット?tp, ts, tbの3管サウンドの素晴らしさをぜひ自分のアルバムでも表現したいと考えて実現させたのでしょう。

いくら現代ほどミュージシャンのスケジュールがタイトではないと言っても、急に当時の売れっ子たちを集めるのは至難の業です。絶対の信頼を置いているベーシストMr. PC(Paul Chambers)のスケジュールは最優先に、次にドラマーに対しての要望の多いColtaraneとしてはタイトで堅実、スインギーなPhilly Joe Jonesを押さえ、Lee Morganもぜひ共演してみたい若手筆頭、Fullerもスケジュール大丈夫でした。ピアニストがなかなか決まらず、所縁のRed Garland, Wynton KellyがNG、Mal WaldronやElmo Hope, Tadd Dameronではサウンドが違う、ましてやThelonious MonkではMonk自身のリーダー作に乗っ取られてしまう可能性大(笑)、加えてPrestige諸作とは違うプレイヤーを手配したいと考え、リーダー作では初共演のKenny Drewに打診しめでたくスケジュールOK、こんな感じでBTのメンバーが決定したと勝手に想像するのも楽しいものです(あながち外れてはいないかも知れません〜笑)。

Clarkは本作や代表作「Cool Struttin’」のように管楽器を擁した作品、ピアノトリオで自身がメロディを奏でるフォーマット、いずれでもその真価を発揮できるミュージシャンです。サイドマンとしても多くの作品で的確なサポーターぶりを聴かせていてLee Morgan / Candy, Dexter Gordon / Go, Jackie McLean / Jackie’s Bag, Sonny Rollins / The Sound of Sonny….いずれも50年代ハードバップのエバーグリーンです。個人的にはリーダー・ピアノトリオ作で60年作品George Duvivier(b), Max Roach(ds)による「Sonny Clark Trio」Time Labelがお気に入りです。

それでは演奏曲について触れて行きましょう。1曲目はRichard Rodgersの名曲With a Song in My Heart、急速調での演奏でメロディを演奏するのはByrdのトランペット、ColtraneとFullerは交代でオブリガードを入れています。録音当日Clarkは自身のオリジナルSonny’s CribとNews for Luluの2曲を用意しました。アルバムの収録曲数としてはあと少なくとも3曲は必要なので、フロント奏者を1曲づつフィーチャーして何か演奏しよう、そうすれば3曲揃うじゃないか、のような類いのラフな打ち合わせでセッションが始まったように感じます。「でも作品として残るからさ、曲のエンディングだけはしっかり決めておこうか」ともClark提案したので、収録したスタンダード・ナンバー3曲全て決め事としてのエンディングが、セッション風なソロ回しが続く演奏の割りにはちゃんと施されています。これは大事なことですね。「じゃあDonaldをフィーチャーしてぶっ速い曲を演奏しようか。With a Song in My Heart、テンポが速いからバックリフは演奏しない方がむしろ良いかな。だからJohnとCurtisは2人分担してオブリを吹いてもらえる?ソロの順番も決めておこうか、エンディングのキメはさっき練習したし大丈夫だね。Hey, Donald, イントロ無しでいきなり頭からテーマ行こうか、じゃあ始めるよ、Rudyテープ回った?」きっとこんなやり取りがVan Gelder Studio内で行われた事でしょう(笑)。先発Byrdの演奏をBTのLee Morganの演奏と比較するべきではないかも知れませんが、ふたりの個性以上に楽器の音色、操作性、フレージングのアイデア、唄心、タイム感に違いを感じてしまいます。続くColtraneの堂々たる貫禄の演奏、急成長を遂げつつあるプレーヤーの情熱の発露を感じさせます。その後のFullerの安定した演奏は既にBTでのクオリティを発揮しています。Clarkのソロの後ラストテーマになりますが、実はこの演奏の要はChambersのベースプレイでしょう。On top感、グルーヴ感、タイトネス、音の選び方、スインギーで様々な出来事を的確に包容するベースライン、思わず聴き惚れてしまいます!TaylorのドラミングにはColtraneの「Giant Steps」で採用される条件である正確無比さを、ここでも存分に表現しています。エンディングはフロントとピアノの2小節づつのトレードが行われ、最後にピアノがグリッサンドで上昇しラストのコードを弾き、間髪を入れずテナーがメジャー7thのD音を吹き、少ししてからトロンボーンが9thのF音を吹いていますが、ここはピアノ〜テナー〜トロンボーンでベルトーンを演りたかったようにも聴こえなくはないですが、となるとトロンボーンが出遅れた事になります。ベルトーンでラストの和音を演奏する事で、がっちりした終始感を得ようとした目論見があったかも知れません。

2曲目今度はColtraneのテナーをフィーチャーしたSpeak Low、素晴らしい音色と歌いっぷり、本来のSpeak Lowであるべきゆっくりとしたテンポ設定、ラテンとスイングのリズムが交錯しトランペットとトロンボーンのバックリフ、アンサンブルが実に心地よい名演奏です!ここでちょっと気になるのがテナーのチューニングです。もともと高めに音程を取る事の多いColtraneですが、ここでは尋常ではなく高くチューニングをしていてバックリフとも音程感が離れているように感じます。色々と試行錯誤を繰り返していたColtraneなので、高いチューニングも何か思うところがあってのチャレンジかも知れません。テーマ後巧みなピックアップ・フレーズに導かれてソロが始まります。1957年度Coltraneフレーズのオンパレードですね(笑)!実はここでハプニングが起こりました。A-A-B-A構成のSpeak Low、1’45″でColtraneはAをリピートせず勘違いしてストレートでB(サビ)の冒頭コードでのフレーズを吹いたのです!1’47″あたりでClarkも「What happened?」とばかりにバッキングの手をすぐさま止め、一瞬シラっとした空気が流れますが、何事もなかったかのようにColtraneソロを続け1コーラスまさに”歌い切って”います。 ちなみに前回のBlog、Les McCann Ltd. in New Yorkで取り上げたStanley Turrentineのミステイク時のように、リピート時同じフレーズをColtraneは使い回してはいません。またCD化に際してこのSpeak Lowの別テイクが付加されていますが、本作収録がテイク1でしょう、もう1テイク録っておこうか的に別テイクを演奏しましたが小さなミスより大きなノリ、別テイクも素晴らしいですが1テイク目の方が音楽的でした。続いてFullerがコーラス前半A-A、Byrdが後半B-A、ソロを取りますが2人とも快調に飛ばしています。Clarkが1コーラス丸々ソロを取り、再びラテンとスイングのリズムでラストテーマになだれ込みます。最後になりますがChambersのラテン時のベースライン、裏メロディー奏的なセンスの良いアプローチを全編に聴かせており、さすが縁の下の力持ち、50年代最も多忙なベーシストの所以を感じます。それにしても一曲丸ごとColtraneフィーチャーリングのスタンダード演奏、よくぞClark残してくれました!

3曲目はCome Rain or Come Shine、始めのテーマはFullerのトロンボーンをフィーチャーしています。ミディアムスイングでも演奏されますがここではしっとりとしたバラード奏、トロンボーンの音色と曲想が良く合致しています。ソロはClarkのピアノのみ、転調の多いコード進行を流麗にフレージングしています。Coltraneがメロディ・フェイクとアドリブの中間的?テイストで半コーラスを演奏、後半をByrdがしっかりメロディを演奏し、レコーディングのために付加されたエンディング4度進行を経て、Fineです。以上がレコードのA面になります。

4曲目はClarkのオリジナルで表題曲Sonny’s Crib。しかしこれは… 今まで全く意識していなかったのですが… こうやってしっかり聴いてみると… 今さらながら… 何でしょうね?… Blue Trainそのまんまじゃあないですか!!!メロディとリズムセクションとのコール・アンド・レスポンス、そのリズムの3, 4拍目のフィギュア、メロディは違えどコンセプトは全くBlue Trainです。キーがこちらがB♭、BTがE♭の違いはありますがフォームのブルースも同じ、ただこちらにはサビ(ブリッジ)が付加されています。このブルースにサビを設けるという点についても「Blue Train」収録Locomotion、こちらもB♭のブルースですがサビがあり同じです!Sonny’s Cribを演奏したColtrane、ふたつのアイデアを2週間後の自己のレコーディングに流用しました!

例えばSonny’s CribがレコードのA面1曲目という目玉商品の位置に配されていたとしたら、間違いなくBlue Train流用と即断したでしょうが、レコードのB面1曲目に位置し、A面でフロント陣フィーチャーのスタンダード・ナンバー3曲の演奏に耳が慣らされた状態では意識が遠のいていてSC, BT2曲の類似性を判断できません。

とりあえず演奏に触れましょう。先発はColtrane、ソロの絶好調ぶりはBTに匹敵するものを感じます。BTでのソロが佳境に入った時に挿入されるバックリフが、ここではないのが少し寂しいですが。トロンボーン、トランペットとソロが続き、ドラムが倍テンポを演奏するところもBTソックリです。その後ピアノソロを経てベースソロ、Chambersが殆ど倍テンポでソロを取るのは珍しいですね、セッションがさぞかし楽しかったのでしょう、しかしラストテーマを聴いてもつくづくこの曲はBlue Trainです。Coltraneは一体どんな考えでSonny’s Cribを基にBTを作曲、演奏したのでしょう?

5曲目もClarkのオリジナルNews for Lulu、こちらもラテンとスイングが交錯するマイナー調の佳曲、「Cool Struttin’」収録のBlue Minorに通ずるテイストです。ピアノの左手とユニゾンのベースライン、0’35″辺りの3管のジャジーで豊かなハーモニーが印象的です。テーマの後のピアノソロに続きトランペットソロ、どこを切っても金太郎飴のようにハードバップ華やかし頃のサウンドが聴かれます。続くColtraneのソロはひとり異彩を放ち圧倒的な個性を聴かせます。トロンボーンは相変わらずの堅実ぶりで安定した演奏、Fullerの実直な人柄がうかがえます。その後のベースソロは管楽器のようなフレージング満載のスインギーなもの、3管編成との共演でホーンライクなテイストが染み込んでしまったのかも知れませんね。その後ラストテーマを迎えエンディングはジャンルとしてのハードバップに不可欠な、儀式的、様式美的なクリシェを通過してFineです。

2019.05.24 Fri

Les McCann Ltd. in New York

今回はピアニストLes McCannの61年ライブ盤「Les McCann Ltd. in New York」を取り上げてみましょう。Recorded at the Village Gate in NYC on December 28, 1961 Label: Pacific Jazz / PJ45 Producer: Richard Bock

p)Les McCann ts)Stanley Turrentine tp)Blue Mitchell ts)Frank Haynes b)Herbie Lewis ds)Ron Jefferson

1)Chip Monck 2)Fayth, You’re… 3)Cha-Cha Twist 4)A Little 3/4 for God & Co. 5)Maxie’s Change 6)Someone Stole My Chitlins

CDにはボーナストラックとして3曲が追加されており1曲は収録当夜の未発表テイク、2曲は別日別メンバーによる演奏です。コンサートの全貌という意味合いから別演奏は割愛し、当夜の演奏全6曲を紹介したいと思います。

現在83歳のLes McCann、若い頃に海軍タレント・コンテストの歌唱部門で優勝し、その所以で米国を代表するバラエティ番組であったThe Ed Sullivan Showにボーカリストとして出演したという異色の経歴の持ち主です。本作と同年に(前作に位置します)「Les McCann Sings」という、ビッグバンドを従え自身の渋いボーカルとピアノ〜弾き語りですね〜をフィーチャーした作品を録音しています。

世に名を残す男性ボーカリストたちに比べれば、多少ご愛嬌的な要素も感じる歌唱力ですが、持ち味の方はかなり良いところを行っていると思います。McCannのユニークなピアノスタイル、オリジナル曲の作風はこのボーカルに裏付けされているのでは、とも感じました。

McCannは59年録音初リーダー作「It’s About Time」(World Pacific)以降ピアノトリオやフロント楽器を交えた作品、ビッグバンド、Joe Passとのコラボレーション、The Jazz Crusadersとの共演作、Leader, Co-leader含めて現在までに55枚もの作品をリリースしています。その多くにリラックスしたエンターテインメント性を感じさせ、ビバップやハードバップを基本としていますが、とりわけゴスペルやR&Bのテイストを交えた音楽性が米国で絶大な人気を誇る所以でしょう。「 The in Crowd」が代表作のピアニストRamsey Lewisや以前Blogで取り上げた事のあるGene Harrisにも通じる音楽性です。Richard Teeを含めても良いかもしれません。60年代は自分のトリオを核として全米に限らず世界を股にかけた活動を展開し、69年にはMontreux Jazz Festivalでのテナー奏者Eddie Harris、トランペット奏者Benny Bailey2人のフロントをフィーチャーしたライブ録音「Swiss Movement」が大ヒット、収録曲Compared to Whatはシングルカットされミリオンセラーを記録し、その名声を不動のものにしました。Roberta Flack、Eugene McDaniel(Compared to WhatやFeel Like Makin’ Loveの作曲者)らを発掘した功績も大きく、ジャズのフィールドだけでは収まりきれない活動を展開し続けています。

本作は61年NYC Village Gateでのライブ演奏を収録した作品で、自身のピアノトリオ〜Les McCann Ltd.〜にフロント3人を迎えた編成です。それもテナーサックス奏者2人、トランペット奏者1人というユニークなもので、テナー奏者の1人がStanley Turrentineというのが最大の魅力です。McCannのリーダー作でTurrentineとの共演は本作のみ、多分に漏れずここでもOne & Onlyの素晴らしい音色、プレイを存分に聴かせています。McCannの演奏、音楽にはテナー奏者のフロントが合致するようです。Eddie Harris, Turrentineの他Teddy Edwards, Ben Webster, Harold Land, Wilton Felder, Yusef Lateef, Plas Johnson, Jerome Richardson… 参加したテナーマンを見渡すと、ホンカーテナー系統のスタイルが人選の際には必須条件のようです(笑)。

ちなみにTurrentineは本作参加の返礼としてか、本作ライブ5日後の62年1月2日に自身のリーダー作「That’s Where It’s at」(Blue Note)にMcCannを招いてレコーディングしています。McCannのオリジナルを4曲演奏していますが、こちらも素晴らしい作品です。

それでは収録曲に触れて行く事にしましょう。1曲目はChip Monck、本作収録曲は全てMcCannのペンによるものです。アップテンポのスイングナンバー、曲自体を構成する各パートいずれもが大変凝っておりさらにその組み合わせ、独自の曲想です。音量の極大から極小、ダイナミクスを存分に生かしつつ淀みなくアンサンブルする演奏から、ミュージカルのハイライト・シーン、ないしはアニメのテーマ曲、挿入歌をイメージさせます。ストップタイム、バックビート、ジャンプナンバーのようなグルーヴ、3管編成のジャジーな響き、総じてハッピーな雰囲気が前面に出ていつつもどこか哀愁を感じさせるバランス感は見事です。先発は一聴Turrentineと分かるコクのある豊かな響きを湛えたテナーソロです。構成の煩雑さに起因したのか単なるケアレスミスなのか、1’55″の辺りでTurrentineがリピートせず一瞬次(サビ)のパートのコード進行でフレージングし、「Ouch!」となりますが気を取り直して元の進行に戻ります。その後本来のサビに入る際、先程と全く同じフレージングで対処しているのでフレーズを用意していたのでしょう、きっと。Horace SilverのSister Sadieのような管楽器のバックリフが入り、2小節間のブレークになりますがカッコいい構成ですね!淀みなくソロが続き再びソロ中に管楽器のバックリフが挿入され計2コーラスのテナーソロ終了(1コーラスが92小節!とても長いのです!)、ピアノソロに続きます。ここでもソロ中の同じホーンアンサンブルでソロに景気付けがなされますが、こちらは1コーラスでラストテーマになだれ込みます。エンディングにもMcCannの美学が込められたアンサンブルパートが付加されてFineです。演奏内容も良いのですが、曲の構成がオーディエンスにアピールする要素てんこ盛り、曲だけでもワクワク状態、ゴージャスな装丁のお弁当ですが華美になり過ぎずとも人目を引き、思わず手に取り盛り付けカラフルで小鉢満載、味付けも大満足のご馳走、楽曲自体が聴かせてしまうタイプです。でもやはり曲の構成と難易度、シンコペーションを多用したシカケ、ダイナミクス、テンポ設定、ライブレコーディング、諸条件を乗り越えてギリギリの状態での完奏でした!

2曲目はバラードFayth, You’re… 実に美しいナンバーです。イントロでMcCannがピアノの弦を弾いて効果音を奏でていますが、61年のジャズシーンではかなり異色のプレイです。曲のメロディを吹くのは一聴Turrentine… ではなくもう一人のテナー奏者Frank Haynesです。こちらも素晴らしいトーンの持ち主、前曲同様ダイナミクスが施され、バラードの美学が冴え渡ります。Haynes音の太さ、艶、色気はTurrentineに負けずとも劣らないのですが、深みや雑味、付帯音、音像の奥行き、サブトーンの巧みさが異なり、個人的にはTurrentineの方に軍配を挙げてしまいます。HaynesはMcCannが何度か共演したGerald Wilson Big Bandに所属していたテナーマン、本作ジャケットには名前がHainesと誤記されてのクレジットでちょっと残念です。1’43″からTurrentineに交代し彼のソロが始まります。ステージ後方に位置していたのか、ややスネークインしての登場、濃密な音色とサブトーンで伸ばす音が消え入る時にかかる細かいビブラートがたまりません!その後ピアノのソロを経てHaynesの奏でるラストテーマ、ここでのメロディ奏も堂々たるものでHaynesソロはなくとも存在感を十分アピールしました。

3曲目はジャズロック仕立てのブルースナンバーCha-Cha Twist、ピアノのイントロから始まり、Blue Mitchellのトランペット・ソロが先発、リズムの雰囲気と曲のサウンドがいかにも60年代初頭を感じさせます。ドラムと一緒に1拍目頭、2拍目裏、4拍目表裏でずっと鳴っているカウベル、誰か手の空いているフロント奏者が叩いているのかと思いきや、続くTurrentineのソロの後ろで2管でのバックリフが演奏されるので、手が空いているフロント奏者がいないにもかかわらずカウベルが鳴っています。これはドラマーが叩いていましたね。田舎たいルーズな感じが本職の仕事のようには聴こえませんでしたので(汗)

4曲目は軽快なワルツナンバーA Little 3/4 for God & Co.こちらもなかなかの佳曲です。ソロの先発はHaynes、どうしてもTurrentineと比較してしまいますが、残念な事にここでは物足りなさを否めません。ゆっくりした演奏時には隠れていたものがテンポが早くなった事により、馬脚を現してしまったかのようです。その後Mitchellのソロに続きTurrentineのソロはイケイケです!Turrentineに関しても音色、ニュアンス、ビブラートは天下一品、申し分ないのですが、タイムがもう少しだけタイトでレイドバック感が出ていれば僕には100%完璧です!ピアノソロを経てラストテーマへ。エンディングはTurrentineがフィルインを入れつつ、後の二人がハーモニーを奏でます。

5曲目Maxie’s Change、ちょっとシャッフルがかったミディアムテンポのナンバー、どことなくArt Blakey and the Jazz MessengersでのBenny Golsonのナンバーをイメージしてしまいます。Turrentineここでも素晴らしい音色でホンカー的流麗なソロを聴かせ、Mitchell, Haynesとソロが続きます。ここでの音色を聴くとHaynesの使用マウスピースはTurrentineのOtto Link Metalとは異なり、ハードラバーではないかと想像しています。

6曲目Someone Stole My Chitlins、イントロはOn Green Dolphin Streetを彷彿とさせますが、本作中最もMcCannの左手がフィーチャーされたナンバーに仕上がっています。Richard Teeの左手も特徴的でしたね。トランペットのテーマ奏の後ろでテナー2管がトリルやハーモニーを演奏するのがカッコイイです。演奏中TurrentineがMcCann?に何かを促されて?ソロを途中で止めています。Mitchellのソロは相変わらずの堅実さを聴かせ、続くMcCannの左手は本領発揮!Haynesのソロ後にも左手旋風は止みません!ラストテーマは特に演奏されずピアノが強制終了させているかのようです。

2019.05.13 Mon

Sonny Rollins Vol. 2

今回はSonny Rollinsの57年録音の代表作にしてモダンジャズのエバーグリーン、「Sonny Rollins Vol. 2」を取り上げてみましょう。

1957年4月14日録音@Van Gelder Studio, Hackensack Recording Engineer: Rudy Van Gelder Producer: Alfred Lion Label: Blue Note / BLP1558

ts)Sonny Rollins tb)J. J. Johnson p)Horace Silver p)Thelonious Monk b)Paul Chambers ds)Art Blakey

1)Why Don’t I 2)Wail March 3)Misterioso 4)Reflections 5)You Stepped Out of a Dream 6)Poor Butterfly

Francis Wolf撮影の写真、そしてHarold Feinsteinによる素晴らしいデザインのジャケットが、既に作品の素晴らしさを物語っています。ロック・ミュージシャンのJoe Jacksonがまんまジャケットを模倣して作品をリリースしています。84年「Body and Soul」

文字や被写体の色が青から赤に、タバコを持つ手の形以外は全くと言って良いほどの「パクリ」ですが、確信犯による見事なまでのRollinsへの表敬振りです(ちなみに内容は本作とは全く異なるロック・ミュージックです…)。写真のテナーサックスもRollinsと同じAmerican Selmer MarkⅥの初期モデル、同じような風合いの楽器を用いており、微細にこだわっています。唯一残念なのはこの頃のRollinsが使っていたMarkⅥはごく初期のモデル、55~56年製造の楽器でおそらくシリアルナンバー56,000~67,000番台、フロントFキーが他のキーよりもひと回り小さいのが特徴です。録音時期から推測して当時新品で購入した楽器ではないでしょうか。「Body and Soul」ではその後のモデルを用いているのでフロントFキーが他のキーと同じ大きさのものです。細部にこだわるのであればディテールを徹底させ、同じキー・レイアウトの楽器を用意して貰いたかったと思うのはマニアック過ぎでしょうか(笑)。

ちなみにジャケットの方のレイアウトですが、CD化に際してSONNY ROLLINSのロゴを始めとする文字が中央に集められ、それに伴い「R」の文字がちょうどフロントFキーに被ってしまい、マスキングされてしまいました。個人的にはオリジナルと同じくタイトルやメンバーの表示が幾分下の方がRollinsの顔が引き立ち、バランスが取れていると思うのですが、如何でしょうか。以下がCDでのジャケットです。

さてジャケット話はこのくらいにして、57年はRollinsに限らずモダンジャズの当たり年、数々の名盤がリリースされました。時はHard Bop全盛期、米国の文化成熟度も一つのピークを迎えており、放っておいても、特に何かを企画しなくても、レギュラーグループではなくとも、リーダーを決めて、良いサイドマンを集めて録音しさえすれば、自動的に素晴らしい作品が出来上がった時代です(物凄い事です!)。Rollins自身も57年にはなんと合計6枚のリーダー作をレコーディングしており最多録音年、本作はメンバーの人選もありますが、抜きん出てHard Bop色が強い作品に仕上がっています。J. J. Johnsonとの2管は同じ音域の木管楽器と金管楽器とが合わさり、お互いの響きを補いつつ増強させる強力なアンサンブルを聴かせ、ハーモニーでもユニゾンでも実に豊かで豪快なサウンドを提供しています。Art BlakeyとPaul Chambersのコンビネーションは安定感、スピード感申し分なく、Blakeyの繰り出すリズムをon topのChambersが徹底的にサポートして更なるグルーヴ感を出しており、Blakeyが必ず踏んでいる2, 4拍ないしは裏拍のハイハットがHard Bopを色濃く感じさせます。ピアニスト2人Horace SilverとThelonious Monkはリーダーとしての活動が中心ですが、本作での客演で的確に伴奏者としての演奏を披露、特にMisteriosoでの2人の共演は稀有なナンバーです。

それでは曲毎に触れて行きましょう。1曲目RollinsのオリジナルWhy Don’t I、Miles DavisのオリジナルFourをひっくり返したようなメロディが印象的です。曲自体の構成はA-A-B-Aで、よくある歌モノのフォームですがサビのBが普通は8小節ですが半分の4小節しかありません。同じくRollinsの代表作「Saxophone Colossus」に収録のStrode Rodeも同じフォームでやはりサビが4小節です。この頃彼は短いサビのサイズに嵌っていたのでしょうね、きっと。なかなか手強い構成の曲に仕上がっていますが、作曲者自身このフォームに起因し演奏中やらかしてしまいました(爆)。後ほど触れるとして、ソロの先発はRollins、モダンジャズ・テナーサックスの正に王道を行く音色(1’34″でのSubtone、堪りません!)とタイム感、フレージングの推進力、例えば0’50″からの16分音符フレージングのスピード感とタイトさと相反するレイドバック感、これはメチャヤバです!!ソロの2コーラス目はテーマと同じシカケをリズムセクションが演奏し、バッキングに弾みをつけています。随所で聴かれるBlakeyのいわゆるナイアガラロール、実に効果的です!続くJ. J.のソロ、巧みなスライドワークによるバルブトロンボーン・ライクで流麗なフレージング、ジャズトロンボーンを志す全てのミュージシャンの規範となるべきバイブル的な演奏です!ソロの2コーラス目冒頭でJ. J.自身がテーマの仕掛けを提示していますがリズムセクションまさしく笛吹けども踊らず、ただBlakeyが4小節目の4拍目に謎のアクセントを入れていますが、これがJ. J.へのレスポンスでしょうか?その後は淡々とソロを展開し、Silverのソロとなります。ちょっとリズムがつんのめった特徴的なタイム感での演奏です。RollinsとSilverはMiles Davisの54年「Bags Groove」以来の共演です。

ピアノソロ後のフロント二人とドラムスの4バースがこの曲でのトピックスです。構成としてAは8小節なのでRollins〜Blakey, J. J.〜BlakeyでAAが終了、サビが4小節なのでRollinsの4小節ソロ後ドラムスのソロは次のAの前半4小節で行われ、後半4小節J. J.のソロで1コーラス終了になります。2コーラス目は1コーラス目とひっくり返る形でドラムス・ソロ4小節〜フロントのソロ4小節となるはずが、ドラムスのソロに被ってRollinsソロを始めました!これは単なる出間違えなのか、それとも4バースの2コーラス目も1コーラス目と同じ構成で行いたいというRollinsの目論見だったのか、いずれにせよバンドの流れとしてはひっくり返る形での4バースが主流と即断したRollins、同一フレーズの音形で次の4バースを続けます。そしてもう一度、J. J.のソロの後サビでドラムス・ソロになる筈が、今度は明らかに自分の出番ではないと知りつつサビのコード感を提示するラインをRollins吹き始めました!この機転の効いたプレイこそSaxophone Colossus!その後のJ. J.は「何が起きたんだ?俺はこのまま続けて吹いても良いのか?」とばかりの間を空けて探りながらソロを開始しています。Blakeyの委細かまわず、やるべき演奏を完徹した姿勢にも助けられたと思います。この演奏はハプニングを利用し、更にリカバーすべくアイデアを提供したRollinsのスポンテニアスな音楽性の産物です!この出来事がなければごく普通のHard Bop演奏で終わってしまうテイクが、誰にも印象に残る名演奏に変化したのです。

以前日野皓正さんのバンドで演奏中、何かスタンダードを演奏することになりました。その時の曲もAABA構成で、僕がサビのBを演奏することになったと記憶しています。演奏が始まり最初のAのメロディを演奏する日野さん、明らかなテーマの間違いを犯しました!「えっ?」と思った束の間、次のAで今度はわざと同じようにメロディを違えて演奏するではありませんか!サビ後のAでも全く同様にメロディを変えての演奏、お陰でその間違ったメロディが正しく聴こえてくるのが実に不思議でした。そんな日野さんを目の当たりにし、背筋がゾゾっとした覚えがあります。転んでもタダでは起きない、間違いやハプニングをむしろ利用して音楽を活性化させるしたたかさに、本物のミュージシャンを感じました。

2曲目もRollinsのオリジナルWail March、BlakeyがドラマーでMarchとくればThe Jazz MessengersのレパートリーBlue Marchを連想しますが、こちらは翌58年10月の録音なので1年半以上も先の話になります。Blakeyお家芸のマーチング・ドラムは本テイクのイントロで既に花開いていました。アップテンポの曲自体は8小節のシンプルな構成、ソロはスイングで演奏されるので倍の16小節がループされます。ソロの先発J. J.の絶好調振りはBlakeyのスインギーなドラミング、Mr. on top BassのChambersに依るところも大です。EllingtonのRockin’ in Rhythmの引用フレーズも交えつつ演奏され、再びインタールード的にメロディが演奏されRollinsのソロになります。アップテンポにも関わらず実にタイムが的確でスインギー、前年録音「Saxophone Colossus」の頃よりもリズムのスイート・スポットにより確実に音符をヒットさせています。かつてDavid Sanbornが司会するTV番組Night MusicにRollinsがゲスト出演、Sanbornは彼のことをRhythmic Innovatorと紹介していましたが、正しくその通りです!ピアノ、テーマとドラムスとのトレード、ドラムスソロに続き再びMarchのテーマでFineです。

3曲目はThelonious Monk作のブルースMisterioso、RollinsはかつてMonkのバンドに在籍し、54年「Thelonious Monk / Sonny Rollins」56年「Brilliant Corners」と名盤を録音しています。

ここでのトピックスはMonkとSilverのふたりが参加している点です。連弾や2台ピアノが用意されている訳ではないのでピアノを引き分けていますが、どのように分担しているのかが気になるところです。始めのテーマをMonkが演奏し、続くRollinsのソロでバッキングを行い、その後短いながらも自身のユニークなソロがあり、終了後3’47″から5秒間でSilverにピアノの席を譲っているようです。ですので続くJ. J.のソロはSilverがバッキングを行い、そのままSilverのソロ、ベースソロ、一瞬ドラムスソロに突入しそうなところをRollinsリーダー然と入り込みドラムスとの4バースにしていますが、ここでもSilverがピアノを弾いているように聞こえ、ナイアガラロールに誘われてのラストテーマの直前にMonkが再登場、テーマ演奏そしてオーラスで9thの音であるC音をチョーんと弾いています。ピアニスト二人ともバッキングでリズミックな要素を含んでいるので、かなり判断が難しいです。

内容的にもイーブン気味のテーマの後ろでBlakeyが何やら3連符をずっと演奏し続けたり、MonkのOne & Onlyでリズミックなバッキングが随所に光っていたり、Rollinsソロ冒頭でテナーでの雄叫びが聴こえたり、バースで草競馬のメロディを引用したりと、じっくり聴きこむと様々なことが行われています。

以上がレコードのSide A、4曲目はMonkが残留してRollinsのワンホーン・カルテットによるMonkのReflections、かつてのバンマスに敬意を表して取り上げたナンバー、Monk Worldを存分に表現したテイクに仕上がっています。Rollinsはお得意の低音域サブトーンとリアルトーンを使い分けしっとり、バリバリとメロディ奏、1’44″でRollinsが吹いたフィルインをMonkが暫く後の49″で呼応する辺りニンマリとしてしまいます。ソロの先発はMonk、Blakeyが好サポートを聴かせますが、ふたりは47年Monkの初リーダー作「Genius of Modern Music」からの付き合いになります。

5曲目はスタンダード・ナンバーYou Stepped Out of a Dream、再びクインテットでの演奏になります。Rollinsがメロディを吹き、J. J.がオブリガードや対旋律、ハーモニーを演奏しています。快調に飛ばすRollins、2コーラス目に入ろうとする1’08″くらいからBlakeyに煽られてとんでも無い状態に!3コーラス目に入った辺りでもシングルノート攻め、いや〜素晴らしい、Rollins申し分無い計3コーラスのスインガー振り。ひょっとしたらこの曲がアルバムの1曲目に置かれても十分な出来栄えですが、Why Don’t Iの災い転じて福となすテイクの方にジャズの魅力が詰まっていますね!J. J.のソロもYou Are the Man!と声を掛けたくなるくらい素晴らしい演奏です!ピアノソロ後のフロントふたりのトレードからラストテーマへ。やはりWhy Don’t Iのハプニングがなければこのテイクをオープニングに採用していたかも知れません。プロデューサーのAlfred Lionさぞかし迷ったことでしょう。音楽を、ジャズを良く分かっているプロデューサーならではの決断、ミスやハプニングを良しとしない頭の硬い人では出来ない大英断だったと思います。

6曲目ラストはPucciniのオペラMadame ButterflyからPoor Butterfly、テーマ後J. J., Silver, Chambersとソロが続きラストテーマ、Rollinsはテーマ演奏のみという大人の仕事っぷりで本作を締めくくっています。

2019.04.30 Tue

Alex Riel / Unriel!

今回はDenmark出身のドラマーAlex Rielの作品「Unriel!」を取り上げたいと思います。コンテンポラリー系共演者との白熱した演奏、そして当代きってのスタイリストであるJerry Bergonzi, Michael Brecker2人のテナー奏者のバトルも存分に楽しめる作品です。

Recorded March 23 & 24, 1997 at Sound On Sound, in New York City. 
Mastered at Medley Studio, Copenhagen.  Label: Stunt Records

ds)Alex Riel ts)Jerry Bergonzi ts)Michael Brecker g)Mike Stern b)Eddie Gomez p)Niels Lan Doky

1)Gecko Plex 2)He’s Dead Too 3)On Again Off Again 4)Amethyst 5)Bruze 6)Moment’s Notice 7)Channeling 8)Invisible Light 9)Unriel

Alex Rielは1940年9月13日Denmark Copenhagen生まれ、60年代中頃から地元にあるジャズクラブJazzhus Montmartreでハウスドラマーを務め、同じくDenmark出身の欧州が誇る素晴らしいベーシストNiels-Henning Ørsted Pedersen、スペイン出身の盲目の天才ピアニストTete Montoliuを中心に米国からの渡欧組ミュージシャンであるKenny Drew, Ben Webster, Dexter Gordon, Kenny Dorham, Johnny Griffin, Don Byas, Donald Byrd, Brew Moore, Yusef Lateef, Jackie McLean, Archie Shepp, Sahib Shihab等と日夜セッションを重ね、ジャズ・フェスティバル出演、レコーディングと多忙な日々を過ごしていました。欧州各国のジャズシーンは今でこそ優れた個性的なミュージシャンが目白押しですが、60年代中頃は言わばジャズ後進国(そもそも米国以外の全世界各国はジャズ後進国でありましたが)米国出身のミュージシャンの市場、多くの米国ミュージシャンが仕事を求めて渡欧し人材が流入しました。Rielは欧州に居ながら米国のジャズ・テイストをダイレクトに吸収できた世代の一人です。

97年RielはやはりDenmark出身のピアニストNiels Lan Dokyと2人で訪米し、New Yorkのスタジオで本作をレコーディングしました。参加メンバーの中でまず挙げるべきはベーシストEddie Gomezです。彼のプレイがこの作品の要となり、演奏を活性化させインタープレイを深淵なものにしています。11年間もの長きに渡り在籍していたBill Evans Trioでの演奏のイメージが強いですが、実はEvans以降大胆な音楽的成長を遂げており、その成果としてある時は縁の下の力持ち、またある時はその場に全く違った要素を導入すべく、体色を変化させ瞬時に舌を伸ばし、獲物を捕食するカメレオンのように変幻自在に音楽に対応しています。Gomezはソロイスト、伴奏者に対し的確に寄り添い素晴らしいon topのビート、グルーヴを提供しますが、同時に音楽を俯瞰してその瞬間瞬間で最も効果的なスパイス、サプライズは何かを選択し提供する事に関してのエキスパートでもあります。

Alex RielとEddie Gomezの本作でのツーショット。Eddieの笑顔が本作の成功を物語っています。

Jerry Bergonziは47年生まれ、Boston出身のテナー奏者。作品を多数発表し、ジャズの教則本も数多く執筆しています。また莫大なマウスピース、楽器本体のコレクターとしても知られていて、音色へのあくなき探究から常に素晴らしいテナーサウンドを聴かせており、本作での圧倒的なプレイは感動的です。更に多くのオリジナルを作曲しここでも5曲提供していますが、いずれもユニークな個性を発揮しサウンドが輝いています。サックスプレイは勿論、ジャズに関連する媒体を作り上げ量産する、ツールをマニアックに収集する、表現向上のために委細構わず拘る、などから演奏者であると同時にモダンジャズを愛する、根っからのオタク系ジャズファンであると感じています(笑)。Michael Breckerが参加する2曲でテナーバトルを聴かせますが、ジャズフレーバー満載でマイペースな演奏のBergonziに対し、投げられたボールを確実にキャッチしすぐさま変化球に転じさせる技が巧みなMichael、トレーディングを重ねるうちに信じられない境地にまで発展するバトルは相性抜群、他には類を見ないテナーチームです!

Mike Sternは53年生まれ、こちらもBoston出身です。Berklee音楽大学で学び、Blood, Sweat & TearsやBilly Cobham Bandを経て81年カムバックしたMiles Davisに大抜擢され、以降自己のBandを始めとして数々のバンドで活動しています。ロックテイストを踏まえつつ、Be-Bopの要素を盛り込んだ独自のウネウネ・ラインは他の追従を許さない魅力を聴かせます。個人的にはMilesカムバック時のライブを収録した作品「We Want Miles」での全てのプレイに、神がかったイマジネーション感じます。

Niels Lan Dokyは63年Copenhagen出身、ベトナム人の父親とオランダ人の母親の間に生まれ、6歳下の弟Chris Minh Dokyはジャズ・ベーシスト、兄弟でDoky Brothersとして活動していた時期もありました。NielsもBerklee音楽大学で学びましたが米国よりも欧州が肌に合うらしく卒業後帰欧、Franceに在住して音楽活動を行なっています。因みにChrisもジャズを学ぼうと渡米、Berkleeに学びに行こうとした矢先に立ち寄ったNew YorkでBilly Hartに「ジャズを学ぶならここ以外無いだろ?」と引き止められ、NYが肌にあったのもあり、Berkleeには行かずそのまま当地でジャズ活動を展開しました。

本作の出来が大変良かったからでしょう、2年後続編がリリースされました。99年NYC録音「Rielatin’」、1曲Bergonzi〜Breckerのバトルが再演されています。RielのかつてのボスであったBen WerbsterのオリジナルのブルースDid You Call Her Today、古き良き時代を感じさせるミディアムテンポのブルース。前作で取り上げたナンバーの曲想がハードだっただけに2人の大先輩による癒し系の曲を取り上げ、バトルの素材としましたが、演奏内容は全く前作に匹敵するものになりました(爆)

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目BergonziのオリジナルGecko Plex、Gomezの奏でる怪しげで不安感を煽るベースパターンと、Rielのブラシワークから曲は始まります。コード楽器は参加せずテナー奏者2人から成るカルテット編成、曲想、メロディからもハードボイルドな男の世界を予感させます。Rielのドラミング自体は比較的オーソドックスながらも大健闘していますが、何しろ自由奔放なGomezのベースワークが曲中の森羅万象全ての支配権を握っているが如き状態、そこに吠えまくる2匹の野獣テナーたちが斬り込んで来ます。こういうタイプのテナーバトルは聴いたことがありません!何と表現したらよいのか、Lennie Tristano?George Russellスタイルの発展形?Ornette ColemanのHarmolodics?話が些か横道に逸れました。Bergonziがソロの先発を務めますが知的にしてアバンギャルド、アグレッシブにしてタイト、抑制の効いたしかし予定調和ではないフリージャズの領域にまで飛翔しています!テナートリオの表現としては文句の付けようがありません。今度はBergonziのソロに被るようにMichaelのソロが始まります。フレージングの緻密さ、歌い上げに至る構成力、さらに拍車が掛かっています!佳境に達したソロの丁度良いところにBergonziが再登場、ベースが消えてドラムが効果音的に響く中、動物の発情期を連想させるパルスの如き両者のアプローチ、mating callでしょうか?収束に向かった頃に不安感のベースパターンが再登場、ラストテーマへと向かいます。決してこのような演奏形態を狙ってスタートさせてはいないと思います。偶然の産物であるが故に、ジャズのスポンテニアスさを感じさせる名演奏に仕上がったと思います。

2曲目もBergonziのオリジナルHe’s Dead Too、人を喰ったタイトルですがギターとテナーのユニゾン・メロディが心地よいボサノバ・ナンバー、ピアニストは参加せずカルテット編成です。ソロの先発はSternのギター、Gomezの唸り声がところどころ聴こえるのが生々しいです。1’51″辺りでギターの倍テンポのラインに一瞬ベースが反応しサンバのリズムになりかけますが、ぐっと堪えました。しかし衝動は抑え切れず2’15″からドラム、ベースともサンバになり、ギターソロを終えるところまで続きます。続くテナーソロからは振り出しに戻りボサノバで行われ、再び3’58″からドラム、ベースが率先してサンバに持って行きます。「盛り上がったらサンバにしようか」くらいの軽い打ち合わせがあったのかも知れません。その後ベースソロで再びボサノバに戻り、Gomezの超絶技巧ソロ、68年Bill Evansの「At the Montreux Jazz Festival」での名演奏をイメージしてしまいます。この時のベースの録音方法はおそらくマイクロフォンが主体であったので、弦が指板を叩く音が「バチバチ」と物凄く、インパクトが強烈でしたが、本作ではピックアップからの入力の方がメインなので、柔らかく伸びる感じの音色に仕上がっています。

3曲目は本作もう一つのテナーバトル曲On Again Off Again、曲自体はBergonzi作のマイナーブルース。実に正統派、テナー奏者によるバトルはこうあるべきと言うやり取りを聴くことができるテイクです。音符のフラグメント状態からThelonious MonkのEvidenceをイメージさせるテーマに続く先発ソロはMichael、人を説得せしめるための専門用語を用いた滑舌の良いスピーチ(Michael流ジャズ演奏のことです)はしっかりとした手順を踏まえ、一つ一つの言葉の持つ意味を噛み締めながら、確実に次の言葉に繋げて行くことが大切なのだと高らかに宣言しているかの如きプレイです!後ほど行われるバトルのためにかなりの余力を残してクールにソロを終えていますが、続くBergonziはイってます!ソロの後半でJackie McLeanのLittle Melonaeのメロディを引用しているのはご愛嬌、ピアノソロに続きいよいよタッグマッチの時間です!Michaelから4小節づつのトレーディング、研ぎ澄まされた空間に鋭利なテナーサウンドが投入されます。互いのフレーズ、コンセプトを受けつつ、Michaelがサウンドの幅を広げていますが、Bergonziの対応も実に的確、手に汗握るバトルです!演奏にはその人の人間性、人柄が表れますがMichaelは人の話をよく聞き、話の内容をよく覚えています。彼の生前の事ですが、前回の来日からさほど間を空けずの再来日時のMichaelとのやり取り、「前回話をした時にTatsuyaが探していた⚪︎⚪︎⚪︎は見つかったかい?」「Mikeよく憶えているね、ちょうど見つけたところだよ」「それは良かった、僕も探して見つけたところなんだ。じゃあ大丈夫だね」「Thank you Mike!」と言うやり取りをした覚えがありますが、バトル相手のフレーズをしっかりと聴き拾い、把握し、音楽的に膨らませて相手に受け渡す技の巧みさにまさしく彼の話っぷり、人への接し方を感じました。

肝心のバトルですが、次第にヒートアップ、16分音符フレーズのトレーディングから5’50″のトリルの応酬、6’15からの最低音への急降下爆撃合戦、6’27″からのMichael半音上げ作戦、6’32″Bergonziも半音上げに応じミッション継続、6’36″Michael更に半音上げで徹底抗戦、しかしまだやるのかMichael、更に半音上げ!ピアノのバッキングも応えています!Bergonziそれには答えず新たなアプローチで応戦、Michaelも「そう来たかJerry、ではこれでどうだ!」一瞬Jerry躊躇を見せましたがフラジオ大作戦でその場を切り抜けました!しかしフラジオはMichaelお手の物、幾ら何でもフラジオでMichaelに戦いを挑んではいけません!得意技で寝技に持ち込こまれそうな勢いです!Jerryは最低音炸裂+Sonny Rollinsのアルフィーのテーマ部分的引用フレーズで勝負に出ました!Michael対抗策として4小節間丸々アルフィーのテーマ完奏、何と付き合いの良い人でしょうか(笑)!Bergonziも1小節アルフィー引用+シンコペーションで変化球を投げましたがそろそろ時間切れ、史上稀に見る大試合もこれにて一件落着、Tom & JerryならぬMike & Jerryテナーバトル史に残る演奏になりました!

4曲目はGomezのオリジナルAmethyst、美しいバラードです。Bergonziの優しさ、メロウなテイストを堪能出来るテイクに仕上がっています。

5曲目はSternのオリジナルブルースBruze、彼の83年初リーダー作「Neesh」でDavid Sanbornをフィーチャーした形で収録されていますが、ここでは作曲者本人のギターが前面に出るギターカルテットで演奏されています。難しそうなリフ、Stern自身も難儀しているように聴こえます。

6曲目John Coltraneのお馴染みのナンバーMoment’s Notice。ギターがメロディを演奏し、Bergonziが吹いているのはColtraneがオリジナルで吹いているハーモニーのパートが中心になっています。ギターの音像が引っ込んでいるので、ハーモニーの方がメロディに聴こえます。難解なコード進行をバンド一丸となってスキー競技のスラロームのように華麗に滑り抜けているが如く演奏し、盛り上がっています。

7曲目BergonziのChanneling、スタンダード・ナンバーのAlone Togetherのコード進行が用いられています。こちらもピアノが参加せずSternのギターがバッキングを務めます。Bergonziの流暢なソロ後、Gomezのソロでは自身の声が殆どユニゾンで聴こえています。

8曲目Invisible Lightは60年代のWayne Shorterのバラードを思わせるBergonziのナンバー。Gomezのソロをフィーチャーしたナンバーに仕上がっています。

9曲目Dokyのオリジナルその名もUInriel、作曲者自身のピアノは参加せずコードレスのテナートリオで演奏されています。曲のエンディングに多分Rielでしょう、声が入っています。

2019.04.18 Thu

Tom Lellis / Double Entendre

今回はボーカリストTom Lellisの作品「Double Entendre」を取り上げてみましょう。素晴らしいリズムセクションを得てスリリングな演奏を繰り広げています。Recorded in New York City, June 15-16, 1989

Produced by Tom Lellis Executive Producer: Mugen Music Label: Beamtide/ Someday, Japan

vo, p)Tom Lellis b)Eddie Gomez ds)Jack DeJohnette p)Allen Farnham(on 2, 4 DX7 5, 10 )

1)Tell Me a Bedtime Story 2)Invitation 3)L.A. Nights 4)Show Me 5)Never Had a Love(Like This Before) 6)What Was 7)E. R. A. 8)Eerie Autumn 9)I Have Dreamed 10)Aitchison, Topeka & the Santa Fe

ボーカルTom Lellis、ベーシストにEddie Gomez、ドラマーにJack DeJohnette、ピアノはLellisとAllen Farnhamが曲によって弾き分けています。Lellisのボーカルをフィーチャーしたアルバムですが、リズムセクションの巧みなサポートも聴きどころで、3者高密度のインタープレイを繰り広げています。特にDeJohnnetteがこういったボーカル・セッションに参加するのは極めて珍しく、期待に違わぬ素晴らしい演奏を聴かせています。更にはHerbie Hancockの Tell Me a Bedtime Story、Chick CoreaのWhat Was、スタンダード・ナンバーですがボーカルで演奏されるのはあまり機会のないInvitation等、意欲的な選曲も魅力です。男性ボーカルは大きく2つに分けられますが、Frank SinatraやTony Bennettに代表されるストレートにスタンダード・ナンバーを歌唱するタイプ、そして本作Lellisのようにインストルメント奏者の如く歌い上げるスタイル。同じ男性ボーカリストのMark Murphyも後者のタイプ、そしてメンバーの人選や選曲にも同傾向の音楽的嗜好を感じます。彼の75年代表作「Mark Murphy Sings」にそれが顕著に表れているのでご紹介しましょう。ホーンセクションにRandy, Michael Brecker, David Sanborn、キーボードにDon Grolnick、ベースHarvie Swartz等を迎え、On the Red Clay(Freddie Hubbard), Naima(John Coltrane), Maiden Voyage(Herbie Hancock), Cantaloupe Island(同)といったジャズメンのオリジナルを取り上げ、熱唱しています。

リーダーTom Lellisは1946年4月8日Cleveland生まれ、10代からボーカリストとして地元を中心に活動を開始し、Las Vegasや米国中西部をツアーし73年New Yorkに進出、この頃にGomez, DeJohnetteと出会い、81年初リーダー作「And in This Corner」を本作と同じメンバーを中心に録音しました。本作タイトルの「Double Entendre」(二重の〜特に一方はきわどい)は前作とメンバーが同じ、ボーカルやキーボードの多重録音を行った、作詞作曲家、ボーカリスト、プロデューサーを兼ねていることから名付けられました。

ここでLellisが行っているジャズメン作の楽曲に歌詞を付けて歌う、またここでは行なわれていませんが、発展形としてのアドリブに歌詞をあてはめて歌う奏法、スタイルのことをvocaleseと呼びます。前述のMark Murphyを始めとしてこの演奏の先駆け的な存在のBabs Gonzales、Eddie Jefferson、Bob Dorough、Bobby McFerrin、Kurt Elling、ボーカルグループLambert, Hendricks, & Ross、New York VoicesそしてThe Manhattan Transferらの名前を挙げる事が出来ます。

「And in This Corner」
この作品でもKeith JarrettのLucky SouthernやWayne ShorterのE.S.P.、CoreaのTimes Lie等、ジャズメンのオリジナルに歌詞が付けられvocaleseされています。

ピアニストAllen Farnhamは親日家として知られている61年Boston生まれの作編曲、教育者でもあります。僕も何度か演奏を共にしましたがピアノプレイもさることながら、スタンダード・ナンバーの都会的で知的なアレンジに感心した覚えがあります。Concord Jazz Festivalのオーガナイザーも長く務めています。

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目Tell Me a Bedtime Story、 Hancock69年の作品「Fat Albert Rotunda」に収録されている名曲です。HancockのFender Rhodes、Johnny Colesのトランペット、Joe Hendersonのアルト・フルート(!)、Garnet Brownのトロンボーンがメロディを分かち合い、更に重厚なアンサンブルを聴かせています。メロディのシンコペーションがユニークな難曲、駆け出しの頃に演奏して手こずった覚えがあります。


ここではオリジナルに聴かれるイントロは用いられず、自由な雰囲気でルパート状態、Lellisの歌のピックアップからインテンポになり曲が始まります。オリジナルの漂うような雰囲気を一新したストロングな曲想、Lellisの声質、歌い方に見事に合致しています!アドリブソロはなくテーマを2コーラス演奏してコーダを延々と繰り返しFineとなりますが、曲に対するカラーリングが全編実に素晴らしいDeJohnetteのドラミング!シンコペーションの際のフィルイン、タイム感、シンバル、ドラムセットの音色、全てに申し分ないプレイです!Gomezのベースワークもウネウネとグルーブし、随所に遊び心、チャレンジ精神が満載されています。

2曲目はInvitation、ドラムとベースが繰り出す緻密にしてリラックスしたグルーブ感が心地よい8分の6拍子のリズム、ピアノの左手がモーダルなサウンドを提示しLellisのボーカルが始まります。しかしこれはどう聴いてもインストルメントによる演奏、たまたまボーカルがメロディを担当していますが、器楽によるテクニカルな演奏のレベル、ボーカルの持つスイートさ、ムーディな要素を排除したハードボイルドな歌唱、バックを務めるミュージシャンも100%承知の上でのサポートに徹しています。Lellisにはこのリズムセクションが発するエネルギーが相応しいのです。Gomezのon topなビート、DeJohnetteのタイトさ、理想のグルーヴ感です!

ピアノソロはFarnham、端正なピアノタッチ、コードワーク、タイム感、McCoy Tynerのテイストが根底にありますが素晴らしい演奏を聴かせています。その後ベースとドラムの8バースになりますが、何という濃密なやり取りでしょうか!テクニカルにしてスポンテイニアス、Gomezの個性的なソロはどこを切ってもGomez印の金太郎飴状態、DeJohnetteのスネアのフレージングは天から降りて来るインスピレーションを憑依する受け手としての恐山のイタコ状態、ため息が出るほどに素晴らしいです!

3曲目LellisのオリジナルL.A. Nights、多重録音による本人のバックコーラスが効果的な文字通り西海岸のフュージョン・タッチのナンバーです。DeJohnetteのシンプルで的確なサポート、またGomezの音の立ち上がりの早いベースプレイはエレクトリック・ベースと何ら遜色ありません。スムースジャズの第一人者David Benoitの音楽はL.A.スタイル・フュージョンと呼ばれていますが、まさしくこのサウンドです。

4曲目はShow Me、こちらも多重録音によりボーカルをオーバーダビングしていますが、デュエットのようなスタイルです。ピアノソロは再びFarnham、明晰なタッチが軽快なワルツに合致しています。ピアノソロに被るようにデュエットが再登場、そしてこちらを煽るようにDeJohnetteのドラミングが炸裂しています!

5曲目LellisのオリジナルNever Had a Love(Like This Before)は、Farnhamが演奏するシンセサイザーの多重録音を駆使したナンバー。YAMAHAのDX7が使われていますが懐かしい音色、響きです。80~90年代流行りましたからね。でも今となってはコーニーさを感じてしまいます。叙情的、ドラマチックなナンバーです。

6曲目は本作の白眉の演奏CoreaのWhat Was、こちらはボーカルの多重録音を駆使しています。DeJohnetteのフリーソロから始まりますが、冒頭のボーカルのハーモニーが男性の声の低音域を強調しているので、読経のように感じてしまいます(爆)。それにしてもこのアレンジのアイデアはvocalese史上特記されても良いクオリティ、そして仕上がりだと思います。Gomezの素晴らしいソロがフィーチャーされますが、Coreaのオリジナル演奏ではMiroslav Vitousの歴史的名演奏が光ります。余談ですが先月(19年3月)25年ぶりの来日を果たしたVitous、ベーシストは勿論の事、他の楽器のミュージシャンが大勢彼の演奏を聴きに行ったそうです。「Now He Sings, Now He Sobs」での演奏の存在感故だと思います。ベースソロ後ボーカルがフィーチャーされ、ラストテーマでは再び読経が聴こえます(笑)。

7曲目LellisのオリジナルE. R. A.、ミディアム・スイングの佳曲です。ピアノはLellis本人が弾いており、ソロこそありませんが的確なアンサンブルを聴かせています。DeJohnette、Gomezと一緒に演奏すれば自ずと方向性が定まるのでしょう。歌とピアノの複雑なメロディのユニゾンは同時録音か微妙なところですが、ボーカル絶好調、声が良く出るに連れてバッキングの音使いも激しさを増しています。

8曲目LellisのオリジナルEerie Autumn、ライナーにもありますがBartok, Stravinskyからのハーモニーの影響が認められ、かなり内省的なサウンドが聴かれます。

9曲目はRichard Rodgers/Oscar HammersteinのI Have Dreamed、いかにもミュージカルに用いられる雰囲気のナンバー、後半声を張ってアリアのようにも歌唱しています。Lellis自身のピアノソロも聴かれます。

10曲目アルバム最後を飾るのはAtchison, Topeka & The Santa Fe、ハッピーなテイストのシャッフル・ナンバー。こちらでもFarnhamの演奏するDX7が聴かれ、効果的に用いられています。そういえばDeJohnetteのシャッフル・ビートはあまり聴いたことがありませんが、彼はどんなリズムを演奏しようが常に音楽的でクリエイティブ、更にプラスワンが聴こえます。

2019.04.13 Sat

Hi-Fly / Karin Krog, Archie Shepp

今回はボーカリストKarin Krogとテナー奏者Archie Sheppによる作品「Hi-Fly」を取り上げたいと思います。1976年6月23日Oslo, Norwayにて録音 Producer: Frode Holm, Karin Krog Compendium Records

vo)Karin Krog ts)Archie Shepp tb)Charles Greenlee p)Jon Balke b)Arild Andersen b)Cameron Brown(on Steam only) ds)Beaver Harris

1)Sing Me Softly of the Blues 2)Steam 3)Daydream 4)Solitude 5)Hi Fly 6)Soul Eyes

Karin KrogのチャーミングなボーカルにArchie Sheppのまるで人の声、喋っているかの如きユニークなテナーサックスのオブリガートが全編絶妙に絡み、素晴らしい音色で思う存分間奏を取る、他に類を見ない作品です。ボーカリストのアルバムにテナーサックス奏者が歌伴で参加したと言う次元に留まらない内容の演奏ですが、Krogの唄だけ、Sheppのテナーのみでは得ることの出来ない、互いの演奏、音楽性の相乗効果が生み出した素晴らしい産物です。

Krogは37年Norway Oslo出身、音楽一家に生まれた彼女は60年代初めから地元やStockholmで演奏活動を開始、64年にFrance Antibe Jazz Festivalに出演し脚光を浴びます。67年にはトランペッターDon Ellisに認められて渡米し彼のオーケストラとの共演を経験しました。69年には米Down Beat誌の評論家投票で新人女性ヴォーカリストの首位に輝いています。翌70年8月には大阪万博にEurope Jazz All Starsの一員としても来日しました。Norway、北欧を代表するボーカリストの一人です。

本作を遡ること6年前、70年に同じく渡欧組テナー奏者Dexter Gordonを迎えて「Some Other Spring」を録音しています。”blues and ballads”とサブタイトルの付けられた本作、テナーサックス奏者が変わった事でこうも作品の印象が違うのかと感心させられる1枚です。こちらはDexterと伴奏のKenny Drewのプレイに影響を受けたのか、サウンド自体がそうさせるのか、Krogの歌も本作に比べてかなりオーソドックスに聴こえます。

欧州で自国の言葉ではない英語でジャズを歌う女性歌手として、オランダ出身のAnn Burton、スウェーデン出身のMonica Zetterlund、同じくLisa Ekdahlらの名前を挙げることができますが、Ella Fitzgerald, Carmen McRae, Sarah Vaughanらのようなスタイルではなく、やはりPeggy Lee, Anita O’Day, Sheila Jordanらの白人ボーカリストの流れを汲んでいます。欧州を南下してItalyやSpain辺りのラテンの血が流れる情熱的な国には、CarmenやSarah直系、更にはNina Simoneの様なストロング・スタイルの女性ボーカリストも存在しているかも知れません。

Krogと同年生まれ、Florida出身のSheppはPhiladelphiaで育ち、もともと俳優志望で演劇を大学で専攻、傍サックスを手にして音楽活動を始めました。卒業後New Yorkに移ってからはLatin Band(この時期の録音が残されていたらぜひ聴いてみたいものです。 Sheppのラテン、さぞかしユニークでしょう!)を短期間経験しその後Cecil Taylorのユニット, Don CherryやJohn TchicaiらとのNew York Contemporary Fiveでの演奏を経てJohn Coltraneとの共演を経験しました。作品としては「A Love Supreme」「Ascension」、そしてColtraneの後押しがあって64年初リーダー作「Four for Trane」をリリースし、65年「New Thing at Newport」では同Jazz Festivalにて共演は果たさずともColtraneとステージを分かち合いました。まさしくColtraneの申し子としてフリージャズ旋風が吹く60年代中期〜後期を駆け抜けましたが、その風が収まる69年に多くのフリージャズ系ミュージシャンがParisに移住した際にSheppも同行、欧州での活動を開始しました。その後のKrogとの出会いも極自然な流れであった事でしょう。

Sheppを後ろから慈愛に満ちた眼差しで見つめるColtraneが印象的なジャケットです。
Archie Shepp サックスのベルにマイクロフォンを突っ込んで吹く独自の奏法です

Sheppの楽器セッティングですが本体はSelmer MarkⅥ、マウスピースはOtto Link Metal 7★、リードはRico Royal 2半です。30数年前にArchie Shepp Quartetの演奏を新宿Pit Innで聴いた事があります。その際サックスのベルにマイクロフォンを時としてかなりの度合いまで突っ込み、サックス管体内で音場が飽和状態になった際に得られるフェイザーが掛かったかのような響きを利用して独自の音色を作っており、そのサウンド・エフェクト、マイクロフォン・テクニックに衝撃を受けた覚えがあります。PA担当のエンジニアにはマイクロフォンからの入力オーバーでスピーカーが飛ばないか、その結果自分のクビが飛ばないかと不安感を与えますが(汗)。アンブシュアもダブルリップなのでマウスピースに負荷が掛からずリードの振動が確実になりますが、彼の場合音程に関して疑問符が伴うことがあり、しかしSheppの演奏スタイルではまず楽器のピッチが問われることは無く、音程感も彼の音楽性に内包されるので全く問題はありません(爆)。付帯音の鳴り方が大変豊か、結果ジャズの王道を行くテナーの音色を聞かせ、加えてフレージングの語法、アプローチ、アイデア、間の取り方いずれもが大変ユニークなので、ジャズ表現者として抜群の個性を発揮しています。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目Sing Me Softly of the Blues、Carla Bley作曲のナンバーにKrogが歌詞をつけた形になります。65年Art Farmerの同名アルバムで初演されています。けだるい雰囲気のイントロから歌が入りますが、いきなりSheppのオブリガート(オブリ)の洗礼を受けます。いわゆる歌伴の演奏とは全く違ったコンセプトで、基本は歌詞のセンテンスの合間にオブリが入りますが、合いの手で別なボーカリストの掛け声、シャウトを聴いている様な、はたまた単に効果音的に音列を投入しているかの如く、いずれにせよ物凄いテナーの音色です!オブリからそのままSheppのソロ、その後Krogも謎のハミングを聴かせていますがSheppとのコンビネーション抜群です!前述の「Some Other Spring」での演奏とは全く異なる、非オーソドックスな音楽表現の世界に突入しているのは、ひとえにSheppが起爆剤として機能しているからです!リズムセクションはただひたすら淡々と伴奏を務めますが、その事が一層ボーカルとテナーの演奏を浮き彫りにさせています。

2曲目はSheppのオリジナルSteam、本作録音の前月に西ドイツNurembergで行われたジャズフェスティバルでのライブを収録した同名作品「Steam」にも収録されています。冒頭エフェクトを施したボーカルがこの演奏のいく末を暗示しているかの様に、怪しげで妖艶な雰囲気を醸し出しています。ベースはArild Andersenの他にSheppの当時のレギュラー・ベーシストCameron Brown、ドラマーBeaver Harrisも参加していて作品「Steam」のメンバーが集っています。ピアニストJon Balkeのイントロが沖縄民謡風に聴こえるのは僕だけでしょうか?Sheppの盟友、トロンボーン奏者Charles Greenleeも参加しオブリをテナーと分かち合っています。ラストテーマで何やら「シューシュー」とKrogの歌に混じって聴こえるのはGreenleeが発している声なのでしょう。Steamですから湯気の音がするのは当然です(笑)

3曲目はDuke Ellington作の名曲Daydream、テナーのイントロから始まる美しくも危ないこの演奏、後年Sheppは日本のDenon Labelから同名タイトルのEllington特集の作品をリリースしています(77年録音、リリース)

攻撃的でありながらも優しさと色気を併せ持つShepp独自のアプローチがここでも十二分に発揮され、Greenleeのオブリ共々ボーカルのサポートを的確に務めており、Krog自身も彼らの伴奏を心から楽しみつつ、気持ち良く歌唱している様に聴こえます。ひょっとするとSheppのアプローチはColtraneのSheets of Soudを彼なりにイメージしながら演奏しているのかも知れません。所々に50年代Prestige Label諸作で聴かれるColtraneのフレーズが漏れ聞こえます。エンディングでのSheppのシャウトはKrogの美しい声との対比、美女と野獣状態です。

4曲目もEllingtonのナンバーSolitude、タイトル通り?二人だけでの演奏になります。管楽器一本でボーカルの伴奏を行うのは僕自身も何度かチャレンジした覚えがありますが至難の技です。ここでは正確な音程で朗々歌うKrogを、危険な香りのするアバンギャルドな益荒男振り〜益荒オブリ(笑)で見事にサポートしています。この曲のウラ定番の演奏の誕生です。

5曲目はこの作品のタイトル曲にしてRandy Westonの名曲Hi Fly、収録曲中最もリズミックでタイトな演奏です。先発ソロのGreenleeのトロンボーン、Curtis Fullerのテイストを感じさせつつもSheppに通じる危なさがソロイストの共通性を聴かせます。ソロ終了後一瞬ピアノソロか?と感じさせましたがSheppが演奏の意思表明を行いソロ開始、ドラマーBeaver Harrisとのコンビネーションの良さも聴かせます。無調なフレージングの中にも的確にコード感を聴かせる音使いにハッとさせられる瞬間や、フリーキーなサウンドがスパイス的な役割を果たしているのにドッキリしたりと、演奏を漫然と聴かせない構成になっています。どうやらエンディングをはっきりとは決めていなかった風を感じますが、ハプニングを利用して無事終了。終わりさえすればこっちのものです。

6曲目はMal Waldronの名曲Soul Eyes、バラードではなく全編ルンバ調のリズムで演奏されています。僕は個人的にここでのKrogの歌い方にとても共感を覚えます。Sheppのソロも快調に飛ばしており高音域でのファズがかかった音色がムードを高めます。北欧に居ながら本場米国のジャズスピリットを表現することに成功したKrog、フリージャズ旋風が吹き荒れた60年代New Yorkのジャズシーンで音楽性を培い、そしてその嵐を乗り切った猛者ミュージシャンたちを見事に伴奏者として使える辺り、その音楽性の柔軟さ、懐の深さを感じます。

2019.04.04 Thu

Charles Lloyd / Forest Flower

今回は独自のサックス・スタイル、音楽観を誇るCharles Lloydの初期の代表作「Forest Flower」を取り上げたいと思います。

1966年9月18日録音@Monterey Jazz Festival Producer: George Avakian Atlantic Label

ts,fl)Charles Lloyd p)Keith Jarrett b)Cecil McBee ds)Jack DeJohnette 1)Forest Flower: Sunrise 2)Forest Flower: Sunset 3)Sorcery 4)Song of Her 5)East of the Sun


現在も変わらず精力的に音楽活動を続けるCharles Lloydの出世作になります。モダンジャズ黄金期50年代の成熟期〜倦怠期を迎える60年代、特に60年代後半はフラッグシップであったJohn Coltraneまでもがフリージャズへ突入、傍らジャズロックやエレクトリックが次第に台頭し、更に時代は泥沼化したベトナム戦争に起因するフラワームーブメントを迎え音楽シーンは混沌を極めつつありました。66年録音の本作でも時代が反映された演奏が随所に聴かれますが、何より参加メンバーの素晴らしさに目耳が奪われます。Keith JarrettはArt Blakey Jazz Messengersに短期間在籍した直後にLloyd Quartetに参加、録音当時21歳という若さで驚異的な演奏を聴かせています。ピアノのテクニックや音楽性、タイム感、そしてすでに自己の演奏スタイルをかなりのレベルまで習得しており、その早熟ぶりに驚かされます。本作を含め計8枚のLloyd Band参加アルバムをAtlantic Labelに残しており、いずれの作品でも神童ぶりを発揮しています。Cecil McBeeは42年生まれ、Dinah Washington, Jackie McLean, Wayne Shorter等との共演後Lloyd Bandに参加、17歳からコントラバスを始めたとは信じられない楽器の習熟度、on topのプレイはドラムとの絶妙なコンビネーションを聴かせ、更にバンドに自身のオリジナルを提供してもいますが、このカルテットでの4作目「Charles Lloyd In Europe」を最後に退団し、後任にはRon McClureが参加しました。

Jack DeJohnetteはMcBeeと同年生まれ、やはりJackie McLeanやLee Morganとの共演を経てLloyd Quartetに参加しましたが、若干24歳、信じがたい事ですがこの時点で”DeJohnette”スタイルを完全に発揮しています!シンバルレガート、フィルイン、タイム感、グルーヴ感、スポンテニアスな音楽性、共演者とのコラボレーションの巧みさ、アイデア豊富なドラムソロ、以降一貫したスタイルの発露を感じます。Elvin JonesとTony Williams両者のドラミングのいいとこ取り、加えての強烈なオリジナリティ、申し分ないセンスの持ち主です!1拍の長さを当Blogで良く話題にしていますが、DeJohnetteの1拍の長さはこの時点でも相当な長さ、そして演奏を経る、経験を積むに従って更にたっぷりとしたものになりました。おそらくドラマーの誰よりも長く、そしてあらゆる既存の規格が当てはまらない桁外れのプレイヤーでしょう!JarrettとはGary Peacockを迎えたStandards Trioで、このあと半世紀以上も行動を共にする事になります。それにしてもMcBeeやPeacockとは、美しい名前のベーシストたちです。

これら若手の精鋭たちからなるリズムセクションを従えたリーダーLloydはこの時28歳、楽器の音色が主体音よりも付帯音の方が中心とまで感じるホゲホゲ・トーン、当時の使用楽器はConn New Wonder gold plate、マウスピースがOtto Link Super Tone Master Florida 10番、リードはRicoの多分4番、この人も大リーガークラスのセッティングです!マウスピースは以降取り替えることがありましたが、楽器はずっとConnを使用しているようです。Conn userにはこだわりがありますから。Lloyd独自の演奏アプローチですが、例えばWayne Shorter, Benny Golson(いずれもマウスピースのオープニングが同様のセッティング奏者)たちとは随分と趣を異にしています。同様のテイストも感じるのですが、音楽的ルーツという次元での差異を感じます。想像するに彼はアフリカ系黒人、チェロキーインディアン、モンゴル系、アイルランド系と多岐にわたる血統なので、ひょっとしたら様々な異文化の融合が成せる個性からのスタイルなのかも知れません。

リズムセクション3人のタイムがひたすらタイトなのに対してLloydはビートに大きく乗るようなグルーヴ、この対比がバンドのカラーになっています。以降も一貫した音楽観を聴かせているLloyd、共演者の人選に常に嗅覚が働くようです。64年5月録音のLloyd初リーダー作「Discovery !」ではピアニストにDon Friedman、ドラマーにRoy Haynesを迎えてポスト・ハードバップの演奏を聴かせます。Forest Flowerの初演も収録されています。


今は亡きMichel Petruccianiを起用したのもその嗅覚のなせる技です。LloydとPetruccianiの演奏の差異、両者のブレンド感がバンドの魅力でした。

Petruccianiを子供のように抱きかかえる姿が印象的なジャケット写真です

それでは演奏に触れて行きましょう。1曲目Forest Flower: Sunrise、Lloyd作の美しい独創的なナンバー。曲自体の構成がボサノバ、スイング、ブレークタイム、とリズムが変わり、後半に行くに従いコード進行が短3度づつ上がり高揚感を聴かせ、最後にテナーのフラジオ音域のF#とGのトリルで締めるというドラマチック仕立てです。Lloydの音色、レイドバック感、ブレーク時のフレージング、リズムセクションのバッキング、カラーリング、全てが有機的に絡み合い、テーマ演奏だけで完璧な美の世界を構築しています!ソロの先発Jarrett、出だしからいきなり恐るべき集中力と自己表現に対する情熱、執着心、強力な意志を感じさせる演奏です!こちらも後年の演奏の発露を明確に認めることが出来ます。ピアノタッチの素晴らしさはもちろん、楽器の習得度合いが尋常ではありません!スピード感溢れ、コード進行に対して実に的確かつスリリングなアプローチの連続はまさに歴史的な演奏に違いないのです!

ピアノのフリーフォームに入らんばかりの勢い、加えてDeJohnetteの猛烈なプッシュがソロの終盤に相応しい場面から続くLloydのソロ、Jarrettの演奏に触発され普段よりもテクニカルな方向の演奏に向かっている気がします。タンギングや16分音符の長さに僕としては気になる部分があり、茫洋とした雰囲気の中で漂う感じのソロが彼の本質と認識しています。4’53″でバサッという感じでLloydのソロが急に終わりドラムソロになります。リズムセクションと共に盛り上がり切っているところなのですが、どこか不自然な感じを覚えます。もう少しソロが続いた部分が恐らく蛇足になったのでテープ編集が施され、Lloydのソロを短くし繋いだと推測しています。Jarrettのソロがリーダーよりもずっと長いことから、テナーソロも同じくらいのボリュームがあったのではないでしょうか。その後のドラムソロはシンバル、ドラムセットの音色が20代にして完全に確立されたDeJohnette色を聴かせつつ、One & Onlyな世界を構築しています。次第にフェイドアウトして2曲目Forest Flower: Sunsetになります。ここで聴かれるサウンド、コード感やピアノのバッキングはJarrettリーダーのワンホーン・カルテットの多くの諸作で、例えば「My Song」に反映されています。

Lloydのフレーズに呼応してDeJohnetteが炸裂したり、ピアノソロがカオス状態に変化したり、Jarrettがピアノの弦を弾いたり叩いたりと起伏はありますが、およそ一貫してレイジーなムード漂う演奏です。曲中3’11″辺りから飛行機のエンジン音が聞えますが、この会場のそばに飛行場があったからだそうです。屋外でのジャズコンサートならではのサウンド・エフェクトですね。

3曲目はJarrettのオリジナルSorcery、Lloydはフルートに持ち替えます。ピアノの左手ラインが印象的なナンバー、リズムはずっとキープされますがフルートとピアノで同時に即興演奏を行なっているあたり、まさしく60年代後半のサウンドです。

4曲目はMcBeeのオリジナルSong of Her、ベースパターンが崇高なムードを高めています。同じくMcBee作曲のWilpan’s(Wipan’s Walkとする場合も有り)、Lloydの作品「The Flowering」に収録されているナンバーですがこちらもベースラインが大変ユニークな名曲、僕自身もこの曲を演奏した経験があり、かつてMcBeeと山下洋輔ビッグバンドで共演した時にWilpan’sについて尋ねてみました。「僕の友人でWilpanという奴がいて、そいつの歩き方をイメージして書いた曲なんだよ」との事、かなり変わった歩き方の人物です(笑)。トランペット奏者Charles Tolliverの70年5月録音「Charles Tolliver Music Inc / Live at Slugs’ Volume Ⅱ」にも収録されています。

5曲目アルバム最後を飾るのはスタンダードナンバーEast of the Sun、意表を突いたアップテンポで演奏されており、このリズムセクションの真骨頂を聴くことが出来ます。テナーの独奏からテーマ奏へ、Lloydのフリーフォーム演奏に自在に呼応するリズム陣、メチャメチャカッコいいです!レギュラーバンドならではの醍醐味、その後テンポがなくなりアカペラ状態の展開、そしてa tempoになってからのピアノソロのスピード、疾走感、その後やはりフリーフォームになりアカペラギリギリ時のドラムとベースの対応、ベースまでソロがまわりラストテーマを迎えますが、この時にもフリーフォームの残り火が再燃状態です!

2019.03.27 Wed

Live In Montreux / Chick Corea

今回はChick Coreaがリーダーとなったオールスター・カルテットでの1981年7月15日、Montreux Jazz Festivalのライブを収録した作品「Live In Montreux」を取り上げてみましょう。

p)Chik Corea ts)Joe Henderson b)Gary Peacock ds)Roy Haynes

1)Introduction 2)Hairy Canary 3)Folk Song 4)Psalm 5)Quintet #2 6)Up, Up and… 7)Trinkle, Tinkle 8)So In Love 9)Drum Interlude 10)Slippery When Wet / Intro of Band

Coreaの着ているTシャツのロゴが可愛いです。
さすがはMad Hatter!アルプスの雪山を背景にしたRoy Haynesのタンクトップ姿もGood !

録音から13年後の94年にCoreaが主宰するレーベルStretch RecordsからCollector Seriesとしてリリースされました。ディストリビュートがGRP Labelになります。

メンバー良し、バンドの演奏テンション申し分なし、インタープレイ切れっ切れ、演奏曲目理想的、録音状態秀逸、オーディエンスのアプラウズ熱狂的と、名演奏の条件が全て揃い、それが実現したライブ作品です。Montreux Jazz Fes.では昔からコンサートを収録した名作が数多く残されています。スイスの高級リゾート地での真夏の演奏は、演奏者も聴衆も自ずとボルテージが上がるのでしょう。

70年代のCoreaは72年代表作「Return to Forever」を皮切りに数々の名作をリリースしました。「The Leprechaun」「My Spanish Heart」「The Mad Hatter」「Secret Agent」「Tap Step」、同時進行的にGary BurtonとのDuo諸作、自身のソロピアノ連作、フュージョンやロック寄りにサウンドが移行した、バンドとしてのReturn to Foreverでの作品群等、八面六臂の活躍ぶりを示しました。事の始まりとして68年ジャズピアニストとしての真骨頂を聴かせた「Now He Sings, Now He Sobs」(Roy Haynesがドラム)、以降実はアコースティック・ジャズの演奏はあまり聴かれませんでした。

時代がフュージョン全盛期だったのもありますが、78年「Mad Hatter」収録曲でJoe Farrell, Eddie Gomez, Steve Gaddというメンバーによる、その後も度々取り上げる事になる重要なレパートリーにして4ビートの名曲、Humpty Dumptyの演奏でアコースティック・ジャズへの回帰を一瞬匂わせ、同年同メンバーでフルアルバム「Friends」を録音、81年2月FarrellがMichael Brecker に替わり「Three Quartets」を録音し、ジャズプレーヤーとしての本領を発揮しました。当時我々の間でもFarrellの替わりにMichaelが入って演奏したらさぞかし凄いだろうと噂し、まさかの実現に驚いた覚えがあります。

以上の流れを踏まえた上での本ライブ盤になりますが、前作Three Quartetsがメンバー4人全員音楽的に同じベクトル方向を向いていて、例えばタイムの正確さ、シャープさ、リズム・グルーヴ、サウンドの方向性、バンドの一体感等、極論ですが言うなればデジタル的アコースティック・ジャズの様相を呈しているのに対し、本作はいわば正反対、参加プレイヤーのアナログぶりは感動的ですらあります!Joe Henderson、そしてRoy Haynesですから!

そういえばこの2人の共演をピアニストAndrew Hillの63年Blue Note第1作目リーダー作、「Black Fire」で聴くことができます。浮遊感に満ち、超個性的かつジャズの伝統に則ったHillの楽曲を2人実に的確にサポートしています。

Joe Hen79年作品「Relaxin’ at Camalliro」80年「Mirror, Mirror」自己のリーダー2作にCoreaを迎えて好演奏を聴かせています。本作ライブの実現はこれらの作品が引き金になっているのかも知れません。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目CoreaのオリジナルHairy Canary、「Three Quartets」CD化に際して未発表追加テイクで収録されているナンバーです。Coreaのリリカルで端正なタッチのイントロから演奏が始まります。曲のフォームとしては12小節のブルース、キーはCメジャーです。1コーラス目でJoe HenいきなりオーギュメントのG#音をロングトーン、エグく飛ばしてます!超ハイテンションでのJoe Henフレーズの洪水状態!Coreaのバッキングも実に活き活きと、テナーの演奏を受けつつ振りつつ、時に付かず離れず仕掛けています!フロントのソロに対してどんなバッキングを行えば演奏が引き立つかを熟知したサポートに徹していて、更にシンコペーションを多用したバッキングのリズムの位置が完璧なので、バンドのビートが活性化されています。4ビートは裏拍が命ですから。2’36″でのバッキングフレーズ、3’41″で演奏したフレーズを3’55″で再度HaynesとPeacockリズム隊全員ユニゾンで仕掛ける辺り、3人顔を見合わせてニヤリとした事でしょう!しかし実はこれ0’59″に端を発しているのです!Haynesのスピード感あるシンバルレガート、バスドラムの絶妙なアクセント、スネアやタムの全く的確なフィルイン、なんというグルーヴ感でしょう!全てが自然発生的、ドラムを叩かず音楽を奏でている真のジャズドラマーです。Peacockの堅実なWalking Bassがバンドの屋台骨になり、他のメンバーに思う存分演奏の自由さを与えています。ベースソロ後ピアノとドラムの1コーラス・バースが何コーラスかトレードされますが、PeacockはHaynesの複雑なドラムソロから、コーラス頭へのリズム提示を躊躇している風を感じますが、Coreaが絶妙なアウフタクトを演奏し確実に呼び込んでおり、他のプレーヤーを誘導できるCoreaのタイム感につくづく素晴らしさを感じてしまいます!ラストテーマ前の同じくシャウトコーラス(2ndリフ)のフレーズが難解なため、今度はHaynesの演奏にリズム提示への躊躇を感じます!

2曲目も「Three Quartets」に追加テイクで収録されているCoreaのオリジナルFolk Song、カッコいい曲ですね!前曲よりもストレートに演奏されています。とは言え先発Coreaの曲想に合致したリズミックなソロ、Joe Henのテナーの王道を行きつつも至る所にトリッキーなJoe Henフレーズを散りばめたスインギーなソロ、それにしても6’33″位から始まるリズミックで変態的なフレーズ、一体この人のフレージングセンスはどうなっているのでしょう?背筋がゾクッとするインパクトです!

3曲目CoreaのオリジナルPsalm、イントロでピアノの弦を弾いてパーカッシヴなサウンドを聴かせつつ、最低音の連打、様々な音色の表現、音量のダイナミクス、壮大なイメージを描いています。本当にこの人はピアノが上手いですね、マエストロ!曲自体はミディアムテンポのマイナーチューン、テーマ後Joe Henの先発ソロが始まります。比較的早い段階でCoreaがバッキングをやめ、Joe Henを放置状態。ピアノのバッキングはコード感、リズムの提示、そして時としてインプロビゼーションの起爆剤になり得ますが、演奏しないのもそれはそれで音楽表現のひとつです。「Go ahead, Joe !」とばかりのCoreaの意図を汲みアグレッシヴに盛り上げています!イントロ部分で饒舌に語った関係かCoreaの本編でのソロは殆ど無く、テナーのフィーチャー曲になりました。

4曲目もCoreaのナンバーQuintet #2、ピアノとテナーのメロディがユニゾンやハーモニー、対旋律に変化していく様が実にCorea的な美しいワルツです。ライブでこれだけのアンサンブルと美の世界を構築するのは並大抵な集中力では実現出来ません!このバンドの底力を感じる演奏です。Peacockのベースソロがリリカルで美しいです。

5曲目はPeacockのナンバーUp, Up and…、Corea自身のライナーノーツによるとこの曲は「Lyricism, Impressionism, Peacockism」とあります。アップテンポのスイングになってからのCoreaとJoe Henのソロは、表現すべき音楽がしっかりと見えている者だけが成しうる次元の演奏です!

6曲目はThelonious Monkの傑作ナンバーTrinkle, Tinkle、本作中白眉の演奏です。ちなみに本ライブの直後11月にHaynes, Miroslav Vitousとレコーディングした「Trio Music」の作品後半がMonk特集、ユニークなMonkナンバーを7曲も演奏していますが、このTrinkle, Tinkleは収録されていません。

いかにもMonkishなピアノのイントロからテーマが始まります。メロディのこのウネウネ感はJoe Henの演奏、フレージングや彼のオリジナルInnner Urgeにも共通したものを感じます。イヤ〜、ここでのJoe Henのソロの物凄さと言ったら!!水を得た魚のようとはこの事、どんなにか長くでも聴いていられる位に没頭してしまいます!ソロを煽る3人のバッキングもスゴイです!テナーソロ終了後に一節吹いたフレーズにも反応してしまうCoreaのソロに替わりますが、Joe Henのソロに華を持たせたのか、意外と短めに切り上げていますがPeacockのソロのバックでCoreaパーカッション的に色々な音を発しています。その後のピアノトリオ3者の絡み具合ってこれは一体何?後は無事にラストテーマを奏で大団円です。

7曲目はもう一つのハイライトCole PorterのナンバーSo In Love、実は冒頭のピアノ・イントロが1分近く編集され短くなって途中からの収録になります。恐らく収録時間の関係でのカット、コンプリートになるテイクが収録されたCDがこちら「Chick Corea Meets Joe Henderson / Trinkle – Tinkle」、曲名も同じ作曲者ですがI’ve Got You Under My Skinとミスクレジットされていて、いかにもBootleg盤らしいです。ですが演奏本編の方は特に編集の跡はなく、Joe Henの史上に残る大名演を聴くことができます!ソロが終わる時の8小節間Haynesが実に長い大きなドラマチックなスネアのフィルインを入れ、次のコーラス頭にアクセントが入り的確にテナーソロを終えさせている辺り、Haynesの音楽性の懐の深さをまざまざと感じてしまいます。「Joeのソロはこのコーラスで終わるようだから、一丁景気よくぶっ飛ばしてやるぜ!デーハなフィルインみんな気に入ってくれるかな〜?」みたいな下町の横丁のオヤジ的考えでしょうか?(謎)

8曲目は前曲So In LoveからHaynesのドラムソロに突入したDrum Interlude、9曲目Slippery When Wetのテーマのリズムを提示してからSlippery ~ 本編に入りますが、ここでもテープ編集が施され短い演奏になっています。編集前の演奏はかなりフリーキーな領域にまで到達していますが、やはり収録時間の関係でしょう、そしてやや冗長感も否めなかったのか、テーマ部分だけが上手い具合にドラムソロ後に加えられた形になっています。ジャズの名演奏にはテープ編集が効果的に用いられている場合がある好例です。Coreaのメンバー紹介のアナウンスがやや遠くから聴こえるのが、大会場でのコンサートを表しています。

2019.03.18 Mon

Eddie “Lockjaw” Big Band / Trane Whistle

今回はテナー奏者Eddie “Lockjaw” Davisのビッグバンド編成による作品「Trane Whistle」を取り上げてみましょう。Recorded in Englewood Cliffs, NJ; September 20, 1960. Recording by Rudy Van Gelder Prestige Label

ts)Eddie ” Lockjaw” Davis tb)Melba Liston, Jimmy Cleveland tp)Clark Terry, Richard Williams, Bob Bryant ts, fl)Jerome Richardson, George Barrow as)Oliver Nelson, Eric Dolphy bs)Bob Ashton p)Richard Wyands b)Wendell Marshall ds)Roy Haynes Arrangement by Oliver Nelson(1, 2, 4 & 5), Ernie Wilkins(on 3 & 6)

1)Trane Whistle 2)Whole Nelson 3)You Are Too Beautiful 4)The Stolen Moment 5)Walk Away 6)Jaws

本Blog少し前で取り上げたホンカー4テナーによる「Very Saxy」にも参加していたEddie “Lockjaw” Davisを、ビッグバンドをバックに存分に吹かせた作品に仕上がっているのが本作「Trane Whistle / Eddie “Lockjaw” Big Band」です。Lockjawは途中別レーベルでもレコーディングしていますが、58年から62年の間に双頭リーダー作を含め合計17作(!)をPrestige Labelからリリースしており、如何に当時人気絶頂のテナー奏者であったかを知る事が出来ます。通常サックス奏者がビッグバンドを従えてフィーチャリングされる場合、ホーンセクションにも参加し、アンサンブルもこなしつつソロを取ることになりますが、本作では別にアンサンブル要員がしっかりと配され、ソロイストに徹しています。そのようなシチュエーションだからでしょうか、多分Lockjaw専用マイクロフォン使用にてレコーディングされたテナーの音が一層くっきりと、音の輪郭、音像、音色のエグさを聴かせています。

ビッグバンド編成ではありますがブラスセクションの人数が若干少なく、本来4人のトランペット・セクションが3人、同じくトロンボーン・セクションは2人です。サックス・セクションが通常の5人編成なのでブラスのリストラには何か狙いがあったのでしょうか、それとも当日単にメンバーが来なかったとか、手配の行き違いでメンバーが足りずともレコーディングを行ったのかも知れません。たとえメンバーを間引いた編成であったにしろ、アレンジャーOliver Nelsonの強いこだわりでサックス・セクションは通常の編成〜アルト×2、テナー×2、バリトン×1で通したのではと思います。総じてブラス・セクションの人員が少ないので多少サウンドの厚みに欠けるのでは、と感じる部分もありますが、Lockjawの演奏がそれを補って余りある迫力を提供しています。

このアルバムはLockjawの演奏にスポットライトを当てた以外に、いくつかの特記すべき事柄があります。まず一つは名アルト奏者Eric Dolphyのアンサンブルへの参加です。リードアルトをアレンジャーOliver Nelson自身が担当しているので、3rdアルトという事になりますが、あの超個性的なサックス奏者の参加にして本作中全くソロがありません(汗)。彼が本当にレコーディングに参加していたのかを裏付ける意味合いか、本作ライナーノーツにEric Dolphy(whose unique bass clarinet sounds can be heard briefly on the closing of The Stolen Moment)とあります。The Stolen Momentラストテーマ後のエンディング部分7’24″以降で低音楽器の音が断続的に聴こえ、これはバスクラリネットのようでもありますがバリトンサックスの可能性も捨てきれない次元の聴こえ方で、どちらかかは判断しかねます。僕はライナー執筆者Joe Goldberg氏の勘違いで、Dolphyは録音当日アルトだけでの参加であったように思いますが、いずれにせよDolphyはソロ時120%自分の個性を発揮、一方こちらで聴かれるようにアンサンブルではあたかもスタジオミュージシャン然と自身の個性を集団に埋没させ、アンサンブルの歯車の一つとして職人芸を発揮する、バランスの取れたプレイヤーという事になります。

Eric Dolphy

Herbie Hancockの自伝「Possibilities」にDolphyについての記述があります。そちらを紐解いてみましょう。

Dolphyは64年Charles Mingus Bandの楽旅に参加中、西ベルリンで持病の糖尿病の発作に見舞われました。通説ではその際に心臓発作を起こし客死した事になっています。死因は心臓発作には違いないのですが、ライブの最中に糖尿病の発作を起こして病院に担ぎ込まれた際、担当医師がドラッグを使用していたと思い込み解毒治療を施し(アメリカの黒人ミュージシャンが演奏中に倒れるなんてドラッグが原因に違いないと高を括ったのでしょう)、適切な処置〜インシュリンの注射をしなかったために容態が悪化、心臓発作に見舞われ36歳の若さで亡くなりました。医療ミスの最たるもので、彼はドラッグなどやっていなかったのです!医師が患者の症状をしっかりと認識し、インシュリン一本注射してさえいればDolphyは存命し、音楽活動を展開し続け、この優れた稀有な才能がジャズ史を変えたかも知れないのです。本当に残念でなりません。

続いて挙げるのは、このThe Stolen MomentがOliver Nelsonの代表作にしてモダンジャズ史上に輝く名盤の一枚、「The Blues and the Abstract Truth」収録曲Stolen Momentsの初演に該当する事です。

遡る事5ヶ月前に本テイクが録音されましたが、独特のムードとハーモニー感、アンサンブルの斬新さを既に聴く事が出来ます。Nelson自身の他、Dolphy, Roy Haynes, George Barrowが引き続き参加しており(Barrowはバリトンサックスに持ち替え) 、当時の音楽仲間だったのでしょう、彼らの他にFreddie Hubbard, Bill Evans, Paul Chambersら豪華メンバーを迎え素晴らしい演奏を繰り広げています。Dolphyこちらの作品では水を得た魚状態で大活躍、先鋭的なソロをたっぷり聴かせています。

本作での演奏はトランペット奏者とLockjawのソロをフィーチャーしており、こちらの演奏はビッグバンド編成なので迫力あるサウンドを聴かせていますが、曲のコンセプトや人選から鑑みると「The Blues and the Abstract Truth」の演奏の方に軍配が上がるように思います。Nelsonここで新曲を実験的に披露し、手応えがあったので自作にも採用したという事でしょう。

もう一つはドラマーRoy Haynesの参加です。Charlie Parker, Bud Powellの昔から60年代以降はStan Getz QuartetやChick Corea Trio等、時代を超えた柔軟な音楽性でシャープなドラミングを聴かせています。本作のようなビッグバンドのフォーマットでも実に的確なサポート演奏でアンサンブルをまとめ上げ、ソロイストを鼓舞しつつ盛り上げるドラミングには、ビッグバンド専門のドラマーでは表現仕切れないジャジーなセンスを感じさせます。

Roy Haynes

ところで皆さんはベーシストBill Crowの著書「Jazz Anecdotes」という本をご存知ですか。

Crowは50年代からNYでStan GetzやGerry Mulliganのバンドのレギュラー・ベーシストとして活躍しました。当時の現役ジャズプレーヤーならではの情報収集力を生かし、様々なジャズメンの逸話を集めて面白おかしく語っています。いずれの話もジャズファンが読めば誰もが頷いてしまう内容から成るエッセイで、日本ではジャズに造詣の深い村上春樹氏が翻訳を手掛けました。そこに収められているLockjawについての話が大変に興味深いので紹介したいと思います。(原文のまま掲載)

Eddie “Lockjaw” Davisがジャズ・プレイヤーになりたいと思ったのは、実用的な目的があってのことだった。<べつに音楽がやりたくて楽器を買ったわけじゃなかった。音楽が好きで、ミュージシャンになりたくて、それで楽器を手にしたというパターンとはちと違うんだ。俺は楽器というものがもたらす効用のほうに興味があった。ミュージシャンを見ていると、奴らはいつも酔っぱらって、ヤクを吸って、女にもてて、朝は遅くまで寝ていた。かっこいいと思ったね。それから俺は、同じミュージシャンでも誰がいちばん目立つのかなあと思って、注意して観察した。いちばん注目を集めるのは、テナー・サックス奏者か、ドラマーか、そのあたりだった。でもドラムは見ていると、組み立てや持ち運びが大変そうだった。だから俺はテナー・サックスで行こうと思ったんだ。これ本当の話だよ>♬

(笑)あまりに本音丸出しの表現です。裏表のない実直な人なのでしょう、きっと。でももしかしたらBill Crowの脚色もあるかも知れません。さらにLockajwは自分でサックスの教則本を手にし、独学でテナーサックスをマスターしたという話を聞いたことがあります。ミドルネームのLockjawは独特なマウスピースの咥え方に由来するそうで、彼独自の音色、他に類を見ないソロのアプローチ、そもそもの楽器への携わり方にユニークさを感じます。これらを踏まえて彼の演奏を聴きこむと、また違った音が聴こえてきそうに思います。

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目Oliver NelsonのナンバーTrane Whistle、Nelsonの60年5月録音の作品「Taking Care of Business」に収録された曲のビッグバンド・ヴァージョンになります。

ミディアムテンポのブルース、テーマ後Lockjawのソロの冒頭部、気合がかなり入ったのか、テナーの音量入力オーバーで一瞬歪みが生じ、いきなり録音レベルが下げられました。物凄い音色です!めちゃくちゃルーズなアンブシュアなのでしょう、倍音、付帯音が乗りまくりです!マウスピースやリード、楽器も良いもの(当時は当たり前だったのでしょうが)を使っていそうです。その後もホーン・セクションのバックリフが入ると本人エキサイトするのでしょうね、ソロの内容がフリーキーなまでに炸裂、ヒートアップしています!続くNelsonのアルト、Lockjawと比べると音色がツルッとしていてクラシック・サックス風に聴こえてしまいますが、比較対象の問題で、これはこれで素晴らしいジャジーな音色です。この部分がDolphyのソロであったら…と願ってしまうのは無理強いというもの。Nelsonのソロ内容はとても端正でロジカル、教育者、アレンジャー然としたものを感じます。その後のTutti部分ではHaynesのドラムフィルがアンサンブルへの呼び込み感を聴かせています。ラストテーマで聴かれるLockjawのオブリは、音量控えめなサブトーン感がエンディングに向けて効果的です。ところでタイトルのTraneはJohn Coltraneの事で、ライナーによれば彼のディレクションがあったようですが、残念ながら具体的なところまでは分かりません。

2曲目NelsonのオリジナルWhole Nelson、Miles DavisのオリジナルHalf Nelsonのタイトルに肖ったナンバーでしょう。ジャズメンはこういった言葉遊びの類が大好きですから。ソロの先発はRichard Williamsのトランペット、バックリフとのトレードが面白いです。このレコーディング直後に録音された彼のリーダー作「New Horn in Town」は以前よく聴いた覚えがある、隠れた名盤です。

Lockjawのソロに続きますが、この日の彼の絶好調ぶりは誰にも止められません!バックリフにも呼応しつつ独自のフレージングにグロートーンを交え、ホンカーの本領発揮です!続くトランペットソロ、今度はClark Terryの出番です。美しい音色でテクニシャンぶりを聴かせています。

3曲目はRodgers – Hartの名曲You Are Too Beautiful、この曲のアレンジはNelsonからテナー奏者Ernie Wilkinsにバトンタッチ。さあLockjaw on Stageの始まりです!美しいメロディをホーン・セクションをバックにOne and Onlyな節回し、低音域から高音域までサブトーンを自在に駆使して益荒男ぶりをこれでもかと聴かせます。エンディングではテナー最低音のB♭音を見事にサブトーンで響かせていますが、多くを吹いてからのこのロングトーン、実は相当高度なテクニックです!ピアニストとしてはLockjawのソロに的確なバッキングを付けるのは難しいのでしょう、Richard Wyands淡々とコードを繰り出す演奏に徹しています。アレンジの関係か、人員欠如によるものなのか、ブラス・セクションの音の厚みがやや薄く聴こえます。

4曲目The Stolen Moment、前述のようにNelson自身の作品でも取り上げる事になるナンバー、この人は自分の作曲を積極的に他のアルバムでも取り上げる傾向があるようです。ソロ先発はBob Bryant、続くLockjawは珍しくスタンダード・ナンバーSummertimeのメロディを引用、ウネウネ、ウダウダ感が半端ありません!ここでもバックリフの音圧を浴びてハッスルしたLockjaw、ホンカー風に熱くブロウして盛り上がり、Haynesのドラムも呼応してフレッシュなフィルイン・フレーズを繰り出しています。

5曲目NelsonのオリジナルWalk Away、再びミディアムのブルースです。イントロのBryantのピアノソロが良い雰囲気を出しています。深くかかったビブラートが古き良き時代を匂わせるテーマ奏、Dolphyもさぞかしビブラートをかけてアンサンブルを行なっている事でしょう。ここでのLockjawのソロは特に堂々とした豪快さを聴かせ、他のテイクよりも落ち着きを感じさせます。ホーンのアンサンブルとLockjawとのcall & response、面白いやり取りに仕上がっています。

6曲目アルバムラストを飾るのはLockjawアップテンポのオリジナルその名もJaws!こちらもErnie Wilkinsのアレンジになります。トランペットのバトルはTerry, Williams, Bryantの順番に行われています。それにしてもトロンボーンにはMelba Liston, Jimmy Clevelandと行ったソロに長けたプレイヤーが参加しているのに、こちらにもソロは回らず仕舞いです。Haynesのフレーズを受けテナーのソロが始まります。アップテンポでのLockjawはそのドライブ感にターボが掛かり正に独壇場です!更にバックリフによりスーパーチャージャー状態!この曲でもTuttiでLockjaw大暴れ、ラストの締め括りに打って付けの演奏に仕上がりました。