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2021.02

2021.02.23 Tue

Devotion / Bob Moses

今回はBob Mosesの1979年8月録音のリーダー作「Devotion」を取り上げたいと思います。当時の彼のレギュラー・クインテットによる演奏、80年にレコードでリリースされ、96年CD化に際しオリジナルテイクに全く遜色のない未発表テイクを3曲追加収録し、Bob Moses Quintetの全貌を新たにした素晴らしい仕上がりの作品です。

Recorded on August, 1979 at Platinum Sound, Bed-Stuy, Brooklyn, N. Y.
Engineer: David Baker
Remixed on 1994, Boston, MA
Engineers: Max Rose, Ben Wittman and Bob Moses
Producers: Bob Moses and Ben Wittman
Executive Producer: Flavio Bonandrini
Label: Soul Note
Cover Painting: Bob Moses

cor, perc)Terumasa Hino   ts)David Liebman   p)Steve Kuhn   el-b)Steve Swallow   ds)Bob Moses

1)Autumn Liebs   2)Heaven   3)Radio   4)Snake and Pigmy Pie   5)St. Elmo   6)Portsmouth Figurations   7)Christmas ’78   8)Devotion

「Devotion」レコード時リリース「Family」のジャケット、そしてそこで用いられていたイラストの元となっている写真がこちらです。


左からTerumasa Hino, David Liebman, Steve Swallow, Steve Kuhn(背が高いです!), Bob Moses。ミュージシャンの親密さ、音楽的信頼関係が手に取るように伝わって来る写真、MosesはSwallowにぞっこんですね!さぞかし充実したバンド活動を展開していたことでしょう。トランペット、テナーサックスの2管編成によるクインテットはジャズ黄金のフォーマット、メロディをユニゾンで吹いて良し、ハーモニーに至っては互いにない音色成分を補って余りある豊かなアンサンブルを聴かせます。フロントふたりの他の追従を許さない充実ぶりと、コンビネーション抜群のリズム隊とのインタープレイがこのバンドの売りと言って良いでしょう。
日本が世界に誇るトランペッターTerumasa Hino(実際にはコルネットを吹いています)の独創的でイマジネイティブなスタイル、彼のソロにはストーリー性、メッセージが必ず込められ、ジャズ・トランペッターの宝庫米国内において全く遜色なく、寧ろ誰風でもないオリジナリティを存分に聴かせています。75年から音楽活動拠点を米国に移し、八面六臂の活躍を繰り広げます。当クインテットの他、David Liebman Quintetにも参加し79年米国録音「Doin’ It Again」(ここではStardustの名演奏が光ります)、80年7月14日オランダ録音「If They Only Knew」と立て続けに名盤に加わります。


テナーサックスのDavid LiebmanはElvin JonesやMiles Davisのバンドで培われた音楽経験を活かして、オリジナリティを確立させました。ごく端的に述べるならばElvinからはタイムの重要性(Elvinの伸び縮みするリズム、ゆったりとしていながらスピード感のあるグルーヴ、史上有数のたっぷりとした1拍の長さに柔軟に適応する)、Milesからはサウンドに対するラインの構築、展開(共演中Miles自身に如何に納得できるアドリブ・ラインやストーリーを確実に提供できるか)を仕込まれたように推測しています。John Coltraneを敬愛する彼、スタートラインにはテイストとしてのColtraneが存在しましたが、その後の精進、研究・研鑽、努力の賜物でしょう、全く独自のセンスでのテナー表現法を獲得し、誰にも真似の出来ない芳醇、枯れた味わいと付帯音豊富な音色、構造的で知的なインプロビゼーション、しかし時として一切の理性を排除したかの如き炸裂プレイも聴かせ、表現者としての森羅万象をアピールしています。
彼のユニークなオリジナル・ナンバーの収録や、アルバム・プロデュース力を活かしつつ色々なカラーを配した作品群の量産ぶりには目を見張るものがあり(数多くリーダー作をリリースしています)、やはり多くのミュージシャン作品へのサイドマン参加も強力な自己表現の発露を感じます。Terumasa Hinoの作品には79年「City Connection」80年「Daydream」と互いの返礼のように参加しています。

フュージョンブーム真っ只中の80年、ジャズファンにとって70年代から夏の風物詩になっていたLive Under the Sky ’80が、7月に田園コロシアムで5日間開催されました。この時の出演者中、目玉はやはり当時ブレークし彼の音楽生活の中で何度目かのピークを迎えていたTerumasa Hinoのグループ、メンバーはLiebman(ts,ss), Anthony Jackson(el-b), John Tropea(g), Gerry Brown(ds), Leon(key) & Janice(vo) Pendarvisらに日本人のホーンセクションが加わり、Still Be Bop, Late Summer, Antigua Boyなど新作Daydreamのナンバーを中心に演奏していましたが、その時のLiebmanの凄まじいまでの絶好調ぶりと言ったら!これは超弩級テナー奏者を乗せた黒船来航!浦賀の港から田園調布に直行です(笑)!
特にテナーサックスのあまりにもエグエグな音色とプレイに「なんて汚い音だろう!」と本気で感じました(汗)。雑味成分、付帯音の尋常ではない豊富さによるダークで枯れた複雑なサウンドは、当時の僕の耳では全く理解不能の音色でした。
この時使用していたテナーサックス本体はYAMAHAから借り受けたゴールド・ラッカー、ピカピカに輝いていたこの楽器からどうしてあんな凄まじい音が出るのだろう、ラッカーのハゲまくったビンテージ楽器から出るような音だと、遠くを見つめるように感じました。マウスピースはOtto Link Metal Florida Modelを9番か9★にリフェイスしたもの、リードはLa Voz Medium HardかHardをトクサで調整して使っていました。彼はここ何年もツアーにはソプラノサックスだけを持参し、テナーはマウスピース以外現地調達しています。80年当時から既にこのシステムを用いていた様ですね。自分の楽器ではないにも関わらず、これだけの音色で鳴らし、テクニカル的に見事にコントロール出来るのは奏法を極めている以外の何物でもありません!
彼曰く「ピアニストは世界中どんな場所に行ってどんな状態のピアノを弾いても、最上の音を出さないとならないだろ?サックス奏者も同じで、どんな楽器を吹いてもベストな音を出せるように自分の奏法を洗練させておかなければならないんだ。」相当偏った持論ですが、一理あると思います。youtubeで彼の演奏を観るとその都度様々なテナーを使ってライブを行っています。要は旅先で楽器をレンタルしているのですが、素晴らしい音色でプレイしている時もあれば、明らかにこの楽器は調整不足だろうと思われるクオリティの鳴り方の場合もあります。その時にはテナーを諦め、ソプラノ1本で最後まで通す様です。
Liebmanにたっぷりとソロスペースを与えていた日野さん、彼の演奏はもちろん人柄も愛してやまない気持ちが伝わってきました。以下のエピソードにも表れています。日野さんがステージで彼を紹介する際に「テナーサックスはDavid Baker!」彼流のジョークで、ふたりの演奏を度々録音していた彼らの親しい友人でもあるレコーディング・エンジニア(本作も担当しています)に引っ掛け、わざと名前を間違えていたのですが、いきなりの展開に全く意味の分からない聴衆のシラっとした感じや(汗)、Liebmanのはにかんだようなポーズを良く覚えています(笑)。
別日には今は亡きChick Corea率いるグループやJohn McLaughlin, Larry Coryell, Christian Escoudeのギター3人による演奏、Stanley Clarkeのバンドや出演者全員によるジャムセッション、現在進行形のジャズを学生の身でたっぷりと堪能出来ました。

リーダーBob Mosesのバイオグラフィーを紐解くことにしましょう。1948年1月28日New York City生まれ、64年から1年間Roland Kirkのバンドにビブラフォン奏者として参加します。アルバムとしては「I Talk with the Spirits」、おそらく彼の初レコーディングだと思われます。ジャズ界で最も個性派ミュージシャンのひとりと共演した事による影響は、10代の若者に計り知れないものがあったでしょう。以降の彼の音楽活動の方向性を間違いなく決定付けました。

66年Larry CoryellのバンドThe Free Spirits、67年から69年までGary Burton Quartet、その後もCarla Bley, Dave LiebmanのバンドOpen Sky, Pat Metheny, Michael Gibbs, Hal Galper Quintet, Gil Goldstein,  George Gruntz, Emily Remlerなどの硬派なリーダーのもと、豊かな音楽性を披露しています。彼自身のリーダー作も現在までに20枚近くリリースされ、オリジナルナンバーを中心に比較的大きな編成による演奏で、独自の音楽性を追求しています。
楽理派の彼は「Drum Wisdom」というドラムの教則本も出版しており、現在はFree Download状態で後続のミュージシャンに貢献しています。本作ジャケットのイラストと同様、こちらも本人の筆によるものです。
MosesのドラミングにはRoy Haynesのスタイルが基本にありますが、楽曲のカラーリング、共演者各々への方向性を違えたレスポンスの巧みさ、その瞬発力、オリジナリティを感じさせる自作曲の高度な音楽性、いちドラマーではなくトータルなミュージシャンとしての姿勢を作品を通して感じることが出来ます。またサイドマンとしてプレイした時の、リーダーの音楽への溶け込み方と自己主張のバランス感も絶妙です。

余談ですが本作が録音されたPlatinum Sound StudioはNew York, Brooklynの中心部Bed-Stuyに位置します。多くのジャズミュージシャンのレコーディングに愛用されました。地名はBedford-Stuyvesantの略称なのですが、黒人、ヒスパニック、アジア系が住民の9割近くを占める地域で、Spike Lee監督の89年映画「Do the Right Thing」の舞台になりました。こちらは黒人の人権運動をテーマに人種差別と対立、衝突をLee独特のユーモアのセンスを用いて表現した素晴らしい作品です。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目MosesのオリジナルAutumn Liebs、お察しの通りスタンダードナンバーAutumn Leaves〜枯葉のタイトルを捩ったもの、LiebとはLiebmanの愛称です。実際に枯葉のコード進行を用い、キーは全音下がったFマイナーでMoses独自の素晴らしいメロディラインにより、ジャジーでコンテンポラリーな名曲に仕上がりました。いわば替え歌状態、他のミュージシャンにも枯葉のチェンジを使って作曲されたナンバーがあり、思い付くものでテナー奏者Billy Harperの79年作品「Knowledge of Self」収録のナンバーInsight、コード進行を多少変えてありますが、ドラマー古澤良次郎氏の同じく79年録音アルバム「キジムナ」収録のエミ(あなたへ)。



なんとゴージャスなサウンドによるメロディ奏でしょうか!2管による抑揚の素晴らしいコンビネーション(テナーのサブトーンがたまりません!)、Kuhnのバッキングが密濃に絡み合い、Mosesのカラーリングの絶妙さはコンポーザー、リーダーならでは、音の選択にさすがのセンスを感じるSwallowのベース、全てが予めアレンジされたかの様な合わさり具合、難易度の高いパズル制作を完璧に行ったかの如きプレイですが、予定調和ではない間違いなく自然発生的に音が集約された演奏、瑞々しく全ての音がフレッシュでプリプリしているのです!
ソロの先発はLiebman、幾重にも異なる色合いのトーンが組み合わさったかのような深い音色からは、伝統的なテナー奏者のテイストも聴き取ることができますが、他には無いコクや雑味成分が加わり一聴Liebmanと判断できる個性を発揮しています。さすが知的作業に長けたユダヤ系プレーヤー、トーンを徹底的にクリエイトしています。ソロのアプローチ、いやー実に素晴らしい!申し分のないストーリーの構築感、音形選択の巧みさ、テンションの用い方のスリリングなこと!加えてタイム感のゴージャスさ!このプレイを受けて立つリズム隊、テーマ時に提示したアプローチを基本に、放置する部分はひたすらクールに伴奏し、テナーソロが1コーラス目第1楽章的な展開「序奏」、2コーラス目第2楽章の如き疾走感あるストーリー「飛翔」を語り、一度落ち着いて3コーラス目第3楽章に入り、まとめ上げるべくMoses, Swallowの猛攻があってソロを終えるに相応しく、何事もなかったようにゆったりと着地〜「大団円」となります。Liebmanの音楽史上有数のクオリティを持つ演奏だと思います。
続く日野さんのソロ、Mosesがグルーブに変化を持たせるべく4拍目にリムショットを入れ始めます。スペーシーに、大胆に抑揚を付けながらソロを展開し、グロートーン、突如として高音域でのトリル、リズム隊とのカンバセーションを試みるべく様々にアプローチし、確実性を持ってレスポンスするMoses、そしてKuhnのバッキングが切れ味鋭く入り込みます。こちらも見事なストーリーテラーぶりを発揮しました。
Kuhnのソロはフロントふたりとは異なったテイストを持たせるべくでしょうか、ラグタイム〜スイング的コーニーな雰囲気で開始されます。端正で明確なピアノタッチは背の高い、腕が長く、掌の大きなピアニストならではのもの、強力です!そして表現したい事項が猛烈に溢れ出ています!ドラムは1コーラス目ブラシに持ち替えましたが、その後の展開を予期し2コーラス目から再びスティックへ。やはり持ち替えて正解でした(笑)、Kuhn3連譜を多用し超絶を聴かせつつ、更に3コーラス目からは左右の手で全く異なるアプローチを展開、それに伴いMoses, Swallowのふたりは”やわくちゃ”状態になりそうでしたが(汗)しっかりと踏み留まり、キメのフレーズを伴ってラストテーマに突入です。
Bob Moses

2曲目はDuke Ellingtonの知られざる名曲Heaven、なんと美しく、気品、雰囲気のある曲でしょう!Heavenの言葉自体に色々な意味がありますが、Ellingtonはどの意味のイメージを表現したのでしょうか。それにしてもMosesの選曲センス、そして演奏の形態に敬服してしまいます!
16小節単位の構成、1コーラス目は2管はユニゾンで、2コーラス目はLiebmanがオブリガードに回り、3コーラス目からコルネットソロへ、その後ろでもテナーのオブリが続きます。Kuhn, Swallowのバッキングもキレキレです!その後は単独でのコルネットソロに続き、コーラス終わりのフレーズに再びテナーが参加、グッと引き締まりますね!
ピアノソロはレイドバック感、そして「大きく歌う」イメージが実に提示されています。倍テンポのスイングに変わりリズミックに、ゴージャスに、何よりメロディックにアドリブが展開され、ソロ中に再びホーンのオブリやメロディが効果的に入り、ムードを更に高めます。
ラストテーマに入ってピアノはバッキングに回りますが全くエネルギーを失わず、エキサイティングに継続します。1コーラス演奏されドラマチックにリタルダンドしてFineです。この演奏こそBob Moses Quintetの本領発揮と感じています。
Steve Kuhn

3曲目SwallowのナンバーRadio、こちらも素晴らしいナンバーです!レコード発売時にこの曲が未収録であったのが信じられません!早めのスイング・ナンバー、ポピュラーな32小節構成ですが、同じモチーフを繰り返す部分は存在せず、A-B-C-Dフォーム、しかもメロディラインが8小節単位を跨ぎ、複雑に成り立っています。自然に耳に入ってくるので一聴難解な作りとは感じさせません。
ベース、コルネット、ピアノ、テナーと全員コンパクトに淀みなくソロが続きますが、やはり難しい楽曲なのでしょう、手枷足枷感を感じさせる部分も若干あり、なかなか自在にならないもどかしさも演奏から聴き取ることが出来ます。しかしLiebmanはひとり異彩を放ち、スインギーにして正確な16分音符による超絶テクニカルフレーズの洪水、この人のまた違った側面を垣間見ることが出来ました。テナーソロ中のコルネットのバックリフが必然を感じさせる場面で登場、これはエキサイティングです!伴奏はリズム隊だけの特権ではないぞ、と言いながら吹いているように思えました。
Kuhnの常に場を活性化させるバッキング、Swallowの自然体でいてソロイストを鼓舞するラインの連続、そしてリーダーMosesの抜群のセンスによる伴奏なしにはこの演奏は絶対に成り立ちません!Lebmanのソロ後、実にナチュラルにラストテーマを迎えます。
Steve Swallow

4曲目Snake and Pigmy PieはMosesのオリジナル、この演奏も追加テイクになります。4分の5拍子と8分の7拍子が連続する複雑なリズムは延々と続くユニークなベースライン、印象的なピアノのコンピング、2管のスペーシーにして抑揚に満ちたメロディラインに裏付けされ、曲名通りの怪しげな世界を構築して行きます。Mosesの作曲センスは実に多面的です!長いテーマ後、ドラムだけを相手に2管が互いを良く聴き、一方が主体、従属を繰り返しながらソロを取ります。ライブではさぞかし物凄い展開を聴かせた事でしょう!このリズムの上でドラムソロも行われます。皮ものにエフェクターを施しているので変わった響きを聴くことが出来ます。途中パーカッションが鳴っていますがおそらくフロントふたりで楽しげに演奏しているのでしょう。ラストテーマはさらに色々な事象が繰り広げられていますが、意外にあっさりとFineを迎えました。

5曲目St. ElmoもMosesのナンバーにして追加テイク、美しいバラードです。ミュートを施したコルネット、テナーの実に息のあったユニゾンによるメロディは、リタルダンド、アテンポを繰り返しソロ中には長いフェルマータも用いられ展開して行きます。日野さんはミュートによるバラード奏が昔から大変素晴らしいですが、ここでも本領を発揮しています。フェルマータ後今度はピアノソロ、ウネウネしつつリズムにしっかりと纏わりつくタイム感でラインを提示し、再びフェルマータ、コレクティブ・インプロビゼーション後にラストテーマへ、レギュラーバンドならではの演奏方法によるバラード、作者Mosesのやり方も、コンセプトもあったでしょうが、メンバーで様々にアイデアを出し合った結果の演奏のように感じました。
Terumasa Hino

6曲目Swallow作のPortsmouth Figurationsは本作最速のナンバー、いや〜これはまたまたムチャクチャカッコ良いナンバー、演奏です!ベースとドラムのコンビネーションは全く信じられない相性の良さです!写真にあるSwallowの肩にもたれ掛かるMosesの気持ちが痛いほどに分かる抜群の音楽、リズム的相性の素晴らしさから、さぞかしMosesは何度も「My Soul Bother, Steve !」と叫んでいた事でしょう!
タイムの構図としてはMosesのシンバル・レガートが少し前に位置するon top、Swallowが少しだけ後ろに位置します。コルネットが先発ソロ、こちらも超アップテンポにも関わらず素晴らしいタイム感とグルーブ、そしてバーニング!少し間を置きLiebmanのソロがスタートします。3曲目Radioで聴かれた16分音符の延長線上、正確でスインギーな8分音符による圧倒的な音空間、怒涛のソロです !コルネットの合いの手も効果的に入りドラムソロへ続きます。フレージングのテイストとしてはオーソドックスですが、彼ならではのタイムの取り方、リズムフィギュアを聴かせ次第に独自の個性を発揮して行きます。「ヨッ!」と言う合図とともにラストテーマに入り難曲を完璧なまでに仕上げました!
David Liebman

7曲目Christmas ’78はMosesのナンバー、メロディアスで美しいコード進行を有し、哀愁を帯びた曲想を持つ名曲です。Bob Moses Quintetのファンであれば、ライブでこの曲の演奏を聴かずに帰りたくないでしょうね、きっと(笑)。ソロの先発は日野さん、なんとイマジネイティブな語り口でしょう!リズム隊もこれだけスペーシーに、ダイナミクスでメリハリを持たせたソロであれば、伴奏が楽しくて仕方ないでしょう!音と音の間に何もしない、敢えて合いの手を入れないで放置する楽しさ、喜びを日野さんはリズムセクションに提供していると思います。続くKuhnのメロディ、唄を大切にしたソロは異なったテイストを放ち、当然のようにリズム隊は違ったアプローチを聴かせます。Liebmanはこれまた本作中いずれとも異なる歌い回しを提示し、彼の中で鳴っているユニークな旋律の一端を初披露したかの如しです。言ってみればユダヤ的なラインでしょうか、例えばクレズマー、明るさも感じさせますが決して晴れない曇り空を抱えていると表現すべきか、育った環境、音楽的経験、自身の内面を全てストレートに表現しているのですが何処か屈曲したものを僕は感じます。でも決して悪い意味でははく、一筋縄では行かない彼の音楽表現の個性の表出と捉えています。この曲もテナーソロから見事にラストテーマに繋がり、Fineです。

8曲目ラストを飾るのは表題曲Devotion、コルネットが一頻り内省的な表現によるアカペラを聴かせます。ラインの基本としてはマイナーのクリシェを感じさせ、付帯音の豊富さが音色に深みを加えています。その後ベースが同様にクリシェのライン演奏を開始、ドラムが加わりますが実にゆったりと、時間をかけてメロディまで到達します。2管によるユニゾンは実に深さとダークさ、そして誰かに対する哀悼の意を感じさせます。バラードから次第にリズムが明確になり、Mosesがリードしダイナミクスを表現しています。Mosesもユダヤ系アメリカ人、この曲は曲想から彼らが背負っている歴史的事象に対するレクイエムではないかと感じました。

2021.02.11 Thu

Home / Steve Swallow

今回はSteve Swallowの79年録音リーダー作「Home」を取り上げてみましょう。全曲Swallowのオリジナルに作家であり詩人であるRobert Creeleyの詩をSheila Jordanが歌唱、朗読し、David Liebman, Steve Kuhn, Bob Moses, Lyle Maysら当時の先鋭的な共演者が素晴らしい演奏を繰り広げ、通常の歌伴とは手法が異なる、ユニークな作品に仕上がっています。

Recorded: September 1979 at Columbia Recording Studios, New York City
Recording Engineer: David Baker
Cover Photo: Joel Meyerowitz
Design: Barbara Wojirsch
Producer: Manfred Eicher
Label: ECM (ECM1159)

electric bass)Steve Swallow   voice)Sheila Jordan   p)Steve Kuhn   ts,ss)David Liebman   synth)Lyle Mays   ds)Bob Moses

1)Some Echoes   2)She Was Young…*   3)Nowhere One…*   4)Colors   5)Home   6)In the Fall   7)You Didn’t Think…*   8)Ice Cream   9)Echo   10)Midnight
*(From “The Finger”)

実にセンス溢れる素晴らしいアルバム・ジャケットです。ECMレーベルは常々欧州的なテイストを基本とし、作品内容のイメージと合致する印象派的ジャケットを提供し続けています。物凄いこだわりです。米国を代表するジャズレーベルBlue Noteも同様にアートを感じさせるアルバム・ジャケットを50~60年代制作していました。いずれもAlfred Lion, Francis Wolf, Reid Milesたち制作スタッフの情熱が痛いほどに伝わります。他の主要ジャズレーベルであるRiverside, Contemporary, Verve, Impulse, Prestige, CTIにもある程度に同様の事が言えますが、ECMレーベル・プロデューサーManfred Eicherの意地にはまた格別のものを感じさせます。ECM新作がリリースされる度に次は一体どの様なジャケットを見せてくれるのだろうかと、現在でもわくわくしている自分がいます。
ただ本作においては独特のダークさ、エグさを基本とした内省的サウンド、明るいか暗いかといえば暗さの方に軍配が上がる、実はジャケットから感じさせる清潔感、クールさ、ある種の幸福感とは真逆の内容に仕上がっているように感じるのです。例えばクラシックを基本とした爽やかな、心地良いサウンドにジャズのテイストを散りばめたオシャレな環境音楽的なサウンド。ジャケットから判断すれば、こちらが作品の売り文句であっても全く違和感は無いでしょう。どこまで作為的に内容と包装の対極感を打ち出しているのかは分かりませんが、本作ほど際立ったギャップを感じさせるアルバムはそうはないと思います。Steven Kingのホラー映画の導入部とその後の展開にも通じると言っても良いでしょう。もっともHomeとは個単位の集合体、様々な価値観を持った家族構成員の日々の生活、営みには色々な側面があります。ジャケ写のパースペクティブはその現れの様な気もします。

本作録音のメンバー、彼らとSwallowの周辺の作品について触れてみましょう。まずボーカリストSheila Jordanとは彼女の62年初リーダー作「Portrait of Sheila」からの付き合い、音楽的なパートナーとして相性の良さを感じます。サイドマンとしてもいくつかの作品で共演しています。


Steve Kuhnとは生涯の共演仲間、盟友としてKuhnのリーダー作ほか実に多くのアルバムで共演しています。最初期66年作品「Three Waves」はPete La Rocaとのトリオ盤、若者たちによる初々しい演奏です。

David Liebman, Steve Kuhn, Bob Mosesとはほとんど同時期79年8月Brooklyn, N.Y.C.録音Mosesのリーダー作「Family」があります。コルネットにTerumasa Hinoを迎えたクインテット編成、実に素晴らしい演奏です!各々のメンバーが対等に語り合い、互いの音楽性を尊重しつつ大いに刺激を受け合い、丁々発止のやり取りを聴かせています。Moses, Swallow自作曲のクオリティの高さほか、Ellingtonのバラードのチョイスも良いですね。ドラマーがリーダーということでまとめ役、ご意見番としてサウンドを的確にプロデュースしており、結果バンドとしての音楽が確立された申し分ないアコースティック・ジャズの名盤です。タイトルやジャケット・デザインからもメンバー同士の結束、繋がりの強さを感じます。日野さんからこのバンドでの思い出話を聞いた事がありますが、ひとつご紹介すると車1台にメンバー5人乗車し米国内をツアーしていたらしく、車内に常に充満する煙(おそらくタバコだと思いますが…)が何しろ物凄く、辟易したという事でした。

この作品の未発表テイクを収録した事により、内容的にさらにヴァージョンアップしたのが96年リリース「Devotion」です。CDという録音媒体の、レコードよりも長い収録時間の恩恵を感じました(笑)。このバンドの全貌を垣間見る事のできる、ドキュメント性を湛えた作品にまで昇華しています。未発表演奏のいずれもが本テイクと全く遜色のないクオリティで、サウンドやリズム、テンポ、色合いが悉く異なる楽曲が配され、作品としてのバランス感が飛躍的に向上しました。さぞかしレコード・リリース時には、選曲に際しての取捨選択に苦労したことと想像できますし、追加テイクが残り物、オマケという概念を見事に打ち破ってくれた1枚です。
ちなみにここでのLiebmanの演奏は絶好調に次ぐ絶好調(テナーだけに専念しています)、信じられない次元での入魂ぶりを発揮しています。

Robert Creeleyとは本作が初コラボレーションになる模様ですが、2001年8月録音作「So There / Steve Swallow with Robert Creeley」で再コラボ、Steve Kuhnとストリングス・カルテットに今回はCreeley自身のトークや詩の朗読を交えた、崇高な美の世界を構築しています。

LiebmanはかつてECMから2枚リーダー作をリリースしており、73年録音「Look Out Farm」74年録音「Drum Ode」、ECMではそれ以来のレコーディングになります。2作とも70年代のジャズシーン+ECMサウンド+Liebmanの独自の音楽性がブレンドした作品で、学生の時に愛聴しました。その後もECMからリーダー作をリリースし続けて然るべきでしたが、Eicher, Liebmanともかなり個性が強い者同士、確執があったために疎遠になったという話を聞いたことがあります。本作の仄暗さはLiebmanのプレイが発するムードがかなりの要因であると思うのですが、スタジオ内でふたりの静かな相克があったようにも感じられ、これがバイアスとなり結果Liebmanの演奏にいつもとは異なる、(言ってみればより辛辣な)エグさが加わったと推測しているのですが。もしくは80年頃からソプラノサックス1本に自分のボイスを絞る事になり、テナーサックスを休止する直前、体力的にテナーを自在に吹くことが辛かった故なのかも知れません。

それでは内容について触れて行きましょう。1曲目Some EchoesはKuhnのピアノプレイによるオスティナートとLyle Maysのシンセサイザー、Swallowのベースの上でLiebmanがソプラノでソロを取ります。大海原を泳ぐイルカの如く水中深く潜ったり、海上に現れては跳ね回ったり、様々な動きを見せ、ひと段落したところでSheilaが登場します。スタンダードナンバーを歌唱するときとは当然ですが異なった表現を聴かせ、感情移入と抑揚が深いビブラートと相俟って強いメッセージを打ち出しています。それにしてもシンセサイザーが余りにも支配的、もう少し音量、音像が小さくても良かった気がします。

2曲目She Was Young…の歌詞はCreeleyの詩集「The Finger」からのセレクションです。ワルツナンバー、いきなりベースによる美しい音色でメロディが提示されますが、実に個性的です。ピアノのバッキング、ドラムのサポート、そしてシンセサイザーがSE風に演奏されますが、ここでは隠し味的な音量で寧ろ耳には心地良いです。その後Sheilaが短いセンテンスによる詩を朗読するが如く歌い、ピアノのソロに続きます。いや、Kuhnのタイムの取り方は実に好みです!彼の初期のプレイではタイムがラッシュする傾向にあり、演奏自体もいささかヒステリックなところが目立ちましたが、演奏経験を積み次第に成熟〜円熟の境地を迎えました。ピアノのタッチも素晴らしいですね!何年か前にマイブームで彼の演奏を徹底的に追ったことがありますが、スタイル確立後は一貫した透徹な美学が冴える、本物のプレイを聴かせています。
Mosesのプレイもジャズドラマーとして表現すべきポイント、個性を確実に発揮しています。グルーヴ、フレージング、タイム、ドラミングの音色にはRoy Haynesからの影響を顕著に感じますが、自身の個性的表現を十分に行っているので、語法としてのHaynesライクと受容することができます。

3曲目Nowhere One…も歌詞はThe Fingerから、冒頭ファルセットの如き高音域からボーカルがスタート、緊張感を伴い歌唱しますが音域が下降するにつれて音楽的な安堵感が訪れます。その後Liebmanのテナーソロ、ミディアム・スイングのリズムに大きく乗り、朗々と吹いており、音色の枯れた味わいと付帯音の豊かさからテナー奏者としてトップクラスのクオリティです。ですがここでのメッセージとしては「こうあらねばならぬ」という思いが強く聴こえ、聴き手に強いるものを感じさせます。前述の「確執」が作用しているかも知れません。続くピアノソロのレイドバック感と1拍がメチャクチャ長いプレイ、ウタを感じさせるストーリー性とは良い対比となっています。リズムセクションの好演、特にMosesのサポートの素晴らしさが光ります。

4曲目ColorsはいきなりLiebmanのソプラノソロが炸裂します。独自のスタイル、誰にも真似の出来ない個性的な音色、発情期の猫の唸り声の如きニュアンス(笑)、フレージングもトーナリティの領域を超えたところでの自在なアプローチ、バッキングのリズム隊もさすがレギュラー活動の成せる技、巧みにして緻密、Liebmanの手の内を読みつつ、音楽を何処にどう持って行けば良いのかを熟知した流れに徹していて、彼自身も逆にインプロビゼーションの展開を容易く読ませない音楽的裏切りを忍ばせています。Sheilaの短い詩の朗読後はKuhnのソロ、こちらもMosesのレスポンスが実にスリリング、Kuhnのプレイと付かず離れずを繰り返し大胆に盛り上がり、コード・クラスターを用いた粘着気質的な展開にまで及びますが、Swallowの地を這うような安定したサポートがあってこそです。

5曲目表題曲HomeはSheilaとKuhnふたりによるルパートから始まります。実に美しい歌唱、そして必要最小限にして全てが有効な音使いによる的確な伴奏、その後はスロー・スイングでLiebmanのテナーソロへ。それにしてもこの吹き方のニュアンスとイメージは一体何でしょう?まるで漆黒の暗闇の中で思いっきり大声で不平不満を述べ、そのパワーで音空間をねじ曲げているかのようなアプローチです(爆)!テナーの音程感にも独特のものを感じます。精神状態が良く無い時に聴くことは決してオススメしません(汗)。一体どんな”Home”なのでしょう?ひょっとしたら事故物件の類いかも知れません(涙)

6曲目In the Fall、今度はピアノとベースによるパターンの上でのMosesのドラムソロから開始します。皮ものを中心としたドラミングはそのフレージングからHaynesの他、Tony Williamsのテイストも感じさせます。収束したところにLiebmanのテナーによるメロディ奏、ソロにそのまま突入しまるで咆哮状態、2000年の歴史〜ユダヤ人の情念を一人で全て背負ったかのようなエグさを感じさせます。Sheilaの歌が入り、暗がりにやっと一筋の光明が差し込んだかの様です。シンセサイザーとテナーのユニゾンのメロディも演奏され、次第にボーカルとも合わさりFineへと向かいます。演奏で聴く者をここまでの気持ちにさせることの出来るパワーに、良くも悪くも圧倒されます。

7曲目は再びThe FingerからYou Didn’t Think…、ボーカルからスタートし、テナーが裏メロディのようなオブリガードを入れつつ、ソロに移行します。ここでの表現にも凄まじいものがあり、一体どんな精神状態でアプローチしているのか、常人には理解し難い次元です。テナー・マエストロとして高度なテクニック、サウンド・メイキング、余人の追従を許さない深い表現を行っていますが、曲想とも離れ気味のテイストを受け入れるのはいささかハードです(彼の中ではインサイドなのでしょうが…)。それともテナーサックスを封印してソプラノに賭けるとの決意のもと、とことん自己表現をやっておこうと言う事 だったのかも知れませんね。ユダヤ系Coltraneスタイル・テナー奏者の両巨頭、Michael Brecker, Steve Grossmanのふたりとは何度も会って色々な話をしましたが、もうひとりの巨頭Liebmanとは未だ会ったことはありません。会う機会があれば尋ねたいことは山ほどありますが、この作品のアプローチについては是非質問してみたいと思っています。

8曲目Ice CreamはMaysのシンセサイザーを携えてSwallowのメロディ奏からスタートします。7thコードの4度進行が印象的ですが、実はSwallowのコンポジションには多く用いられています。軽快なスイングのリズムのもと、Sheilaのボーカルも冴えています。Kuhnがソロを取りますが、ピアノ・トリオのコンビネーションが素晴らしいです!エレクトリック・ベースによる早めのスイングではボトム感が希薄になりがちですが、ここではその分をMosesのバスドラムがしっかりと補い、バランスを取っています。この曲の演奏が本作中最もスイング感に満ちています。

9曲目Echoは再びLiebmanの登場です。ひとしきりOne & Only、彼の世界をリズム隊を巻き込んで提示し、Sheilaのボーカルに繋げます。その後のピアノソロもウネウネ、ウニウニとKuhn節を披露、つくづく濃い芸風の人たちです(汗)。それにしてもプレイヤー互いに気心が知れていると言うのは素晴らしいですね!彼らが演奏を楽しんでいるのがストレートに伝わってきます。

10曲目ラストを飾るのはMidnight、SE風にMaysのシンセサイザー、Kuhnの弾くピアノの高音部が深夜の静寂を予感させます。不安感がよぎるコード・ワークの後Sheilaの朗読が開始されますが、メロディに施された複雑なコードが、夜のしじまから押し寄せる不安感をイメージさせます。短くエピローグ的に演奏されFineとなります。

2021.02.01 Mon

Portrait of Sheila / Sheila Jordan

今回はボーカリストSheila Jordanの62年録音、初リーダー作「Portrait of Sheila」を取り上げましょう。彼女は現在92歳(!)、音楽活動は特に行ってはいない模様ですが、ビバップ勃興の頃よりCharlieParkerを始めとするジャズジャイアンツと親交を持った、貴重なジャズシーンの生き証人です。そのParkerをして彼女は100万ドルの耳を持つシンガーと紹介されたそうですが、大変に名誉な事です。本作はインストルメンタル・ジャズ名門Blue Note Recordsからのリリース、Label中数少ない女性ボーカリスト作品の1枚です。編成もギタートリオにボーカルと言うシンプルさ、後年エレクトリック・ベースの第一人者となるSteve Swallowがここではアップライト・ベースで参加しています。

Recorded: September 19 and October 12, 1962 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, New Jersey
Label: Blue Note  Produced by Alfred Lion

vo)Sheila Jordan   g)Barry Galbraith     b)Steve Swallow   ds)Denzil Best

1)Falling in Love with Love   2)If You Could See Me Now   3)Am I Blue   4)Dat Dere   5)When the World Was Young   6)Let’s Face the Music and Dance   7)Laugh, Clown, Laugh
8)Who Can I Turn to Now   9)Baltimore Oriole   10)I’m a Fool to Want You   11)Hum Drum Blues   12)Willow Weep for Me


Sheila Jordanは1928年11月18日Michigan州Detroit生まれ、15歳の頃から地元のナイトクラブで歌手、ピアニストとして活動していました。彼女はCharlie Parkerのオリジナルに歌詞を付けて歌うコーラスグループのメンバーでしたが、Parkerが当地を訪れた際にメンバー一同で訪ね、彼にその場で歌って欲しいと頼まれた経験をしています。51年にNew Yorkに移り、Lennie TristanoやCharles Mingusにハーモニーと音楽理論を学び、かねてからParkerの音楽に心酔し師と仰いでいた彼女は、熱心にプレイを研究したそうです。さぞかし頻繁にライブに足を運んだ事でしょう、彼が亡くなる55年まで友人としての関係が続き、兄のように慕っていたとも言われています。52年にはParkerバンドのピアニスト、Duke Jordanと結婚、娘Tracyが生まれます。ですが幸せな日々はそうは長く続かず、Dukeの薬物使用量が増えた事により62年破局を迎えました。晩年のParkerの薬物使用もかなりの頻度だったに違いないのですが、兄と亭主では自ずと処遇も変わると言うものです(笑)

とあるインタビューでNew Yorkに移り住んだのは何故ですかという質問に対し、彼女は「私がBirdを追いかけたからよ=Chasin’ the Bird」と答えました。ParkerのオリジナルChasin’ the Birdは貴女のために書かれたのではないかと言われていますが、と尋ねられると「私は知らないの。どうしてそんな噂話が一人歩きしたのかしら」とも答えていますが、それは十分に考えられる話です。
彼女はNew York移住後、昼は秘書やタイピストとして働き、夜はGreenwich VillageのジャズクラブThe Page Three Club等でピアニストHerbie Nichols、以降も長きに渡り共演関係を保つSteve Kuhn達と演奏活動を行いました。夜クラブで歌う事が出来ない場合は昼間教会で歌う事を代用としながら、娘を育てるために20年間ほぼOLに専念し、演奏だけに専念できるようになったのは50歳を過ぎてから、80年代以降の話です。実際それ以前から断続的ではありますが音楽活動を続けていて、本作初リーダー以降第2作目「Confirmation」は13年後の75年リリース、そのときTracyも22歳、おそらく社会人として世に出たのでSheilaにも余裕が生じたのでしょう。

初期の彼女の演奏で特筆すべきものの一つとして、独自の音楽理論を展開するピアニスト、アレンジャーGeorge Russellのアルバムへの参加が挙げられます。62年8月録音「The Outer View」収録のYou Are My Sunshine、3管編成を生かしたアレンジの曲中、全くのアカペラで囁くように始まり、バンドが加わり次第にシャウトするが如く朗々と独白する様には、既に豊かな音楽性を感じさせます。ここでもSteve Swallowのコントラバスの活躍が印象的です。

参加メンバーにも簡単に触れてみましょう。ギタリストBarry Galbraithは19年12月生まれ、Stan KentonやClaude Thorhillビッグバンドでのツアーほか、Miles Davis, Michel Legrand, Gil Evans, Coleman Hawkins, Stan Getzらとも演奏、録音し、スタジオミュージシャンとして膨大な数のレコーディングを残しています。New York市立大学、New England音楽院でも教鞭を執った楽理派でもあります。手堅く端正なプレイとコードワーク、出しゃばらず控え目でいて、ツボを押さえた伴奏はリーダーの音楽性を確実にプッシュする事から、引く手数多だったのでしょう。

ベーシストSteve Swallowは40年10月生まれ、幼少期にピアノやトランペットを学び、14歳でベースを始めます。New Yorkに移り住みArt Farmerのバンドに参加、この頃から作曲を積極的に始めます。以降数多くのオリジナリティ溢れる名曲をジャズシーンに送り込み、その名を不動のものにします。60年代からJimmy Giuffre, George Russell, Stan Getz, Gary Burton, Paul Bley, Steve Kuhn, Michael Mantler達と演奏し、70年代から盟友Roy Haynesに励まされつつ5弦エレクトリック・ベースに持ち替え、Carla Bley, John Scofield, Paul Motian, Joe Lovano達と八面六臂の活躍を遂げます。

ドラマーDenzil Bestは17年4月New York生まれ、Ben Webster, Coleman Hawkins, Illinois Jacquet, Lennie Tristano, Erroll Garner, Phineas Newborn, Miles Davisたちジャズジャイアントと共演しました。また彼にも作曲の才能があり、Move, WeeやThelonious Monkの名盤「Brilliant Corners」収録Bemsha Swing, Herbie NicholsとMary Lou Williamsが取り上げた45 Degree Angle、いずれもビバップ〜ハードバップの名曲です。同じドラマーであるElvin JonesやJake Hannaが彼の演奏に称賛の意を表していますが、特にブラシワークが素晴らしく、本作でも全編ブラシを用いて巧みに伴奏しています。



それでは収録曲に触れて行くことにしましょう。1曲目Falling in Love with Love、ベースのwalkingから軽快なテンポでイントロがスタートします。ハスキーな成分が程よく混じる声質のSheila、ドラムを伴って歌い始め、1コーラスギターレスで、2コーラス目キーが半音上がってギターの伴奏も加わり、続いてメロディ・フェイクを用いてもう1 コーラス歌います。彼女は決してテクニシャンではありませんが、歌詞の内容を噛み締めるように、情感を込めつつ明るい透明感ある声質でリズミックに歌唱するプレイには溌剌さを感じます。Parkerの音楽に啓発されての歌唱ですが、超絶技巧にして常に創造性を全面に押し出す彼のプレイとは異なる、外連味なく、自分のテリトリーを大切にしての演奏と感じ取ることが出来ました。

2曲目If You Could See Me NowはピアニストTadd Dameronのペンによる名曲、元は同じボーカリストSarah Vaughanのために書かれたナンバーで、歌詞はCarl Sigmanによります。イントロ無しでボーカルのアカペラから始まり、半音進行のアレンジが施され意外性を感じさせます。バラードなので声量を控えているのでしょう、そのためハスキーさが際立ち、テンポのある前曲よりも気持ちの入り込みを感じ、説得力が増しています。Swallowの巧みなベースワーク、Bestの堅実なブラシ、Galbraithのさりげなさを伴った確実なバッキングで1コーラス丸々を歌い切ります。

3曲目Am I BlueはBillie HolidayRay Charlesの歌唱も存在する映画音楽に使われたナンバーです。ギターとデュエットでしっとりとバースが歌われ、その後本編へ。ベースとデュエットやルパート部も設けられた、メリハリが利いた構成での演奏、深いビブラートも印象的です。

4曲目Dat DereはBobby Timmons作曲、Oscar Brown Jr.作詞によるナンバー、Swallowと全編デュエットで演奏されます。以前当Blogで取り上げたRickie Lee Jonesの作品「Pop Pop」でも取り上げられていますが、そちらも個性的で素晴らしい歌唱、いずれにせよシンガーにとってはチャレンジャブルなナンバーのようです。

この当時ボーカリストがベースとデュオで1曲丸々を歌うという形態はなかったと思います。しかも早口言葉のような歌詞と旋律を持つ難曲をチョイスしてとなると、従来のシンガーとは一線を画する、インストルメンタル奏者の領域に足を踏み入れています。これはParkerからの影響の具現化の一つと言えるでしょう。テーマを歌った後はスキャットを歌唱、その後はごく自然にラストテーマに移行します。当初に比べるとテンポが随分と速くなっていますが、初めからアッチェルランドを想定していたようにも思います。

5曲目When the World Was Young、Galbraithはアコースティック・ギターに持ち替えイントロを奏でボーカルとバースを演奏します。曲の正式なタイトルはAh, the Apple Tree When the World Was Young、59年にEdith Piafが歌ったことで世に広まりました。本作録音62年頃ボーカリストの間で流行っていたのか、Eartha Kitt, Julie London, Frank Sinatra, Marlene Dietrich, Nat King Cole, Morgana Kingたち第一線の歌手達も録音しています。トリオの伴奏、特にGalbraithの爪弾きが良い味を出していて、彼女も思い入れたっぷりに気持ち良さそうに歌唱しています。

6曲目Let’s Face the Music and Danceは本作中最速のテンポ設定、Swallowが「勘弁してよ、こんなに速く弾けないよ!」とブツブツ言いながら演奏開始したのではないでしょうか? (笑)、彼が演奏放棄する直前(爆)、1コーラスで潔く終わり、テンポは若干遅くなりましたが印象に残るテイクに仕上がりました。

7曲目Laugh, Clown, Laughは28年米国の無声映画で使われたナンバー、ギターとボーカルでバースをスペースたっぷりに演奏し、テーマが始まります。彼女の声質に合った曲想を軽快に歌っています。59年にAbbey Lincolnが自身の作品「Abbey Is Blue」で取り上げ、こちらも素晴らしい歌唱を聴かせています

8曲目Who Can I Turn to Now、こちらもバースを朗々とギターふたりで演奏していますが、その後もデュオで最後までプレイしています。ここでのGalbraithのコードワークが実に巧みに行われています。さぞかし気持ち良く歌う事が出来たのではないでしょうか。

9曲目Baltimore OrioleはかのHoagy Carmichael42年作曲のナンバー、ここではギターの伴奏を無くしベースとドラムを相手にブルージーに歌っていて、SwallowのベースワークがSheilaを的確にサポート、そして曲想を支配しています。

10曲目I’m a Fool to Want You、マイナー調のどちらかと言えば「お先真っ暗」的な雰囲気のナンバーですが(笑)、彼女の持ち前の明るさからか、どっぷりと沈み込む事なくジャジーに聴かせています。この曲の新しい解釈と言っても良いでしょう。

11曲目Hum Drum Bluesは前述Dat Dereの作詞でお馴染のOscar Brown Jr.のペンになる曲、こちらもギターレスでSwallowのベースがコード感、サウンドを提供し当時に於ける新感覚のプレイを披露しています。

12曲目、アルバムの最後を飾るWillow Weep for Me、Swallowのベースと二人でテーマが始まります。程なくギターとドラムも参加、通常は3連のリズムで演奏されるのですがバラードで、曲の持つ雰囲気に流されずドライなテイストのプレイを聴かせます。