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2021.08

2021.08.22 Sun

Horace Silver / Song for My Father

今回はHorace Silverの65年リリース作品「Song for My Father」を取り上げたいと思います。

Recorded:  October 26, 1964 on 1, 2, 4, 5 / October 31, 1963 on 3, 6

Studio: Van Gelder Studio, Englewood Cliffs

Label: Blue Note(BST 84185)

Producer: Alfred Lion

tp)Carmell Jones   ts)Joe Henderson   p)Horace Silver   b)Teddy Smith  ds)Roger Humphries

On “Calcutta Cutie”  tp)Blue Mitchell   ts)Junior Cook   p)Horace Silver   b)Gene Taylor   ds)Roy Brooks

On “Lonely Woman”  p)Horace Silver   b)Gene Taylor   ds)Roy Brooks

1)Song for My Father   2)The Natives Are Restless Tonight   3)Calcutta Cutie   4)Que Pasa   5)The Kicker   6)Lonely Woman


Horace Silerの代表作にしてモダンジャズのエバーグリーン、収録曲いずれも名曲であり名演奏、また構成力抜群のアルバムとしてもバランスに長け、永く鑑賞し続けるのに申し分ない作品に仕上がっています。
本作は彼の最大のヒット作となり、全米ヒットチャート95位、Top R&Bチャート8位にランクインされた、初めての栄誉でもあります。
多作家Silverの15作目に該当し、レーベルは1作目からリリースし続けているBlue Note(BN)、録音エンジニアもジャズの音を録音させれば右に出る者なし、名手にしてアーティストの如き超個性派Rudy Van Gelder、セールスはレーベルに大きく貢献し、以降もBNが存続する限り作品をリリースし続けました。本人曰く「BNはやりたいようにやらせてくれたし、3年毎の契約更新の度にギャラをアップしてくれた」破格の待遇で28年間の長きに渡り在籍出来たのは彼だけになります。

Horaceの作品にはピアノトリオ、3管編成もありますが、そのほとんどがモダンジャズ黄金のコンビであるトランペット、テナーサックスをフロントに擁したクインテット編成、BN最後期にはブラスセクション、ウッドウインド・セクション、コーラス・アンサンブル、パーカッション・アンサンブル、ストリングス・セクションを加えたいずれも大編成「Silver ‘N」シリーズの作品も録音されていますが、それらの基本となる編成もやはりトランペット、テナーのクインテットです。
彼の書くオリジナルはメロディラインとその音域、2管のハーモニーを響かせるのに丁度良いレンジ等、トランペット〜テナー、楽器の機能性を熟知したライティングに徹しています。
「Silver ‘N Brass」

クインテットの特徴として継続して同じフロント陣が続けてプレイする事が少なく、作品毎に入れ替わり、その当時の若手有望株がピックアップされて演奏する傾向にあります。
去来したトランペット奏者挙げるとKenny Dorham, Donald Byrd, Joe Gordon Art Farmer, Blue Mitchell, Carmell Jones, Woody Shaw, Charles Tolliver, Randy Brecker, Cecil Bridgewater, Tom Harrell, Bobby Shew, Clark Terry, Ryan Kisor…
同じくテナー奏者はHank Mobley, Junior Cook, Clifford Jordan, Joe Henderson, Tyrone Washington, Stanley Turrentine, Benny Maupin, George Coleman, Houston Person, Harold Vick, Michael Brecker, Bob Berg, Larry Schneider, Eddie Harris, Ralph Moore, Branford Marsalis, Red Holloway, James Moody, Jimmy Greene…
この錚々たる布陣はまるでフロント奏者の紳士録、そしてバンドは若手の登竜門として間違いなく機能していました。
繰り返し起用されても2~3作、1作でチェンジされてしまうフロント奏者がほとんどの中、例外なのがBlue MitchellとJunior Cookのフロント・チーム、彼らは59年「Finger Poppin’」を皮切りに、同年「Blowin’ the Blues Away」60年「Horace Scope」62年「The Tokyo Blues」63年「Silver’s Serenade」の5作、足掛け5年に渡り連続して参加しており、その間に彼らを擁して62年初来日も果たしています。名コンビぶりを発揮した彼らとの共演作は基本的にハードバップ・スタイルでの名盤です。
「The Tokyo Blues」

Horaceはフロントを変える事によって演奏を常に新鮮なものにするのを念頭に置いていたと思います。と言うのは彼のピアノプレイが基本的に生涯変わることなく、”味”で聴かせるスタイルを貫いていましたから。
オリジナリティに富んだナンバー、独創的なメロディライン、リズムの解釈、ユニークな構成を有し、それでいてキャッチーな楽曲を数多く世に送り出したHorace、加えてバンドを率い、自らの楽曲をレパートリーに演奏活動を精力的に続け、アルバムも継続的にリリースしました。同じ活動スタイルを貫き通したピアニスト、Herbie Hancock, Chick Coreaにも並び称されます。
この二人のピアノ演奏、インプロビゼーションにかける執念には凄まじいものがあり、素晴らしい成果を常に聴かせていました。でもHorace自身の演奏に関してはその表出は少なく、ピアノプレイに対してある種の無頓着さを否めません。
Horace Silver

ハードバップど真ん中から、次第に彼のエッセンスを凝縮した、エグいまでに捻りを効かせた作曲スタイルに変化を遂げるHorace、さらには時代を反映したコンテンポラリーな要素、例えば前作「Silver’s Serenade」で確認できる、それまでは聴かれなかったモーダル的なサウンドにコンポーザーとしての領域が広がり始めました。
ここでのMitchell, Cookはアンサンブルでは息の合ったプレイを聴かせますが、ソロのアプローチに於いては旧態依然に響きます。Horaceの楽曲とフロント陣の表現出来るアドリブの能力に溝が生じ始めたのです。
「Silver’s Serenade」


何か今までとは違う新しいサウンドがHoraceの頭の中で鳴り始めています。そして一度聴こえ始めてしまったらもう後には戻れません。本作録音の1年前、63年10月にMitchell, Cookのコンビで本作収録のCalcutta Cutieを録音しています。しかし彼らはアンサンブルのみで参加し、ソロはありません。

本作収録曲はそれまでのHoraceの作風よりもずっと斬新さを湛えています。レコーディング1年前にまだ本作収録ナンバーは形を成してはいなかったと思いますが、ある程度のイメージは本人の頭の中にあったでしょう。

Calcutta Cutie録音から3ヶ月後の64年1月にもMitchell, Cookでのテイクが存在します。想像するにHoraceは5年間行動を共にした連中と、出来れば自分の描く新しいサウンドを共有したかったのだと思います。メンバーとの仲もさぞかし良かったのでしょうし。

もしかしたら本作収録曲に近いコンセプトのナンバーを彼らで一旦は演奏してはみたかも知れません。しかし彼らのアプローチでは物足らず(特にCookのテナー演奏が)、メンバーを一新すべく以前からミュージシャン仲間で噂のあったJoe HendersonとCarmel Jones、Teddy SmithとRoger Humphriesに白羽の矢を立て、パーマネントなバンドとしてリハーサルやライブに臨み始めたのです。
とは言えCookとは良い友人関係を継続させていたのでしょう、出戻りが滅多にないHoraceのバンドですが88年3月録音「Music to Ease Your Disease」に20年ぶりに彼を招き、Clark TerryとのフロントでHoraceのオリジナルをプレイしています。もっとも演奏内容としては全曲男性ボーカルをフィーチャーしたファンキージャズ路線ですので、むしろCookのテナー奏が相応しいアルバムですが。
ちなみにここでHoraceが作詞した歌詞は(いつの頃からか、彼は作曲だけではなく作詞も手掛けるようになりました)ボーカリストAndy Beyのテノール・ボイスに良く合致し、Terryの流麗でスインギーなトランペット・プレイに加え、Ray Drummond, Billy Hartのリズム隊も大健闘しています。
ジャケットで見られる医師に扮した(!)Horace自身のアナウンスまで付加され、これは医事漫談の創始者でジャズ好きな今は亡きケーシー高峰を連想させますが(汗)、実に楽しげな作品に仕上がりました。

「 Music to Ease Your Disease」

話をもとに戻しましょう、実際にレコーディング前の演奏が残されています。「Live 1964」は4ヶ月前64年6月6日New Yorkのライブハウスで収録したBootleg盤、演奏曲はHoraceの旧作Filthy McNasty, The Tokyo Blues, Senor Blues, Skinney Minnieです。多少冗長な部分もありますが、Joe HenとJonesの新フロント陣は旧メンバーとは一線を画すアプローチを聴かせます。
「Live 1964」

同じく64年7月28日同一メンバーによるParisでのライブを収録したDVDもリリースされています。こちらの収録曲はTokyo Blues, Pretty Eyes(次作The Cape Verdean Blues収録です!)、新作よりThe Natives Are Restless Tonight、バンドの纏まりも素晴らしく、既にレコーディング・クオリティをクリアーしています。
「Paris 1964」

メンバーチェンジを挙行した新生Horace Silver Quintetはリーダーの狙い通り確実にワークし始めました。Joe Henのプレイが殊更素晴らしく、クリエイティブにしてスポンテニアス(全曲壮絶なまでのイメージの連続です!)、ライブDVD収録Pretty Eyesでの炸裂ぶりには神がかったものがあります!

そして本編「Song for My Father」ではまたガラッと違ったアプローチを見せるJoe Hen、彼の演奏に触発されたリズムセクションも実に創造力と集中力に満ちたプレイを繰り広げ、歴史的な名盤の制作に貢献しました。

それでは収録曲に触れて行くことにしましょう。
1曲目表題曲Song for My Father、その名の通り彼の父親Johnに捧げたナンバー、父本人が写った名高いジャケットはHoraceの親孝行ぶりを物語っています。
息子はJohnをNew Yorkのライブハウスでの演奏に招待し、まだ未録音であったSong for My Fatherを「親愛なる父親に捧げて書いたものです」とアナウンスして演奏したと言うことで、それはそれはお父様お喜びになった事でしょう、ですがしばらくして彼は逝去します。その後この曲のレコーディングを行い、追悼の意味合いを込めてBNにかけ合い、ジャケ写にも登場させたのでしょう。

Wayne Shorterの同じくBNからの作品「Speak No Evil」のジャケット・デザインはShorterたっての願い、不仲だった当時の奥方Teruko Ireneに愛情表現を発するべく、フォーカスを甘くした彼女の写真と、インパクトが強烈なキスマークの掲載をプロデューサーAlfred Lionに懇願して実現させました。
「Speak No Evil」


カーボベルデ共和国出身、ポルトガル系アフリカ人で米国に移民したJohnは趣味でギターを演奏し、歌を唄い、彼や叔父たちが良くホームパーティーでポルトガル民謡を披露し、Horaceは幼い頃から家で子守唄のように耳にしていました。
父親は大活躍中の息子に、自分の楽曲にポルトガル民謡を取り入れたらどうかと進言していたようですが、それはそれで照れ臭いもので、息子は後回しにしていました。

似たようなシチュエーションですが、アルゼンチン出身のGato Barbieriは米国に進出してからも、母国の代表的音楽アルゼンチンタンゴを封印していました。自分のルーツに目覚めてからは積極的に演奏するようになり、寧ろ「Last Tango in Paris」などのタンゴを取り上げたオリジナル曲がトレードマークになりました。
「Last Tango in Paris / Original Sound Track」

Song for My Fatherの誕生について、HoraceがBrazilへ64年2月、同地出身のパーカッション奏者Dom Um Romaoと一緒に訪れた際に、ポルトガル語圏であるブラジルがBossa Novaブームに沸いていた事にインスパイアされ、リズム的にはブラジルから、メロディとしては古いポルトガル、カーボベルデの民謡からの影響を受けたと紹介しています。
そしてこの曲には自身の音楽的ルーツを思い出させる匂いがあるとも語っています。

印象的なベースとピアノの左手によるパターンから曲が始まります。何と表現したら良いのか、その後のメロディラインが発するインパクトは何度聴いても減衰する事なく、Horace Silverワールドを徹底的に印象付けます。

よく引き合いに出す芋焼酎の話ですが、酒を呑み始めた頃には臭みで一切受け付けず、加齢と共に酒の味が分かる様になり、いろいろな種類の酒を経て究極芋焼酎に辿り着いたが如く(笑)、Jazz演奏も独特の匂いが大切で、若い頃に拒絶していた臭うが如き楽曲やプレイにこそ魅力を感じるのですが、それにしてもこんなオリジナルはどこを探しても存在しないでしょう!

Song for My FatherではBossa Novaのリズムが採用されていますが、HoraceがBrazilで目の当たりにし、衝撃を受けたもう一つのリズム、Sambaは65年10月録音の次作「The Cape Verdean Blues」の表題曲で用いられています。
文字通り自らのルーツを冠したこの作品は、Song for My Fatherで覚醒した自分のオリジンを更に推し進めたアルバム、続投Joe Hen、名手Woody Shawに加え、レコードのSide B 3曲では巨匠J. J. Johnsonを迎えた申し分のない3管編成による名盤、個人的には彼の最高傑作と捉えています。
ちなみにJoe Henはこのアルバムを最後にHoraceの元を去ることになりますが、2作だけの参加になり、以降共演する事はありませんでした。
「 The Cape Verdean Blues」

更に次作、1966年11月録音の「The Jody Grind」ではMexico特有のリズムであるマリアッチを取り入れた名曲Mexican Hip Danceを収録、Shawのトランペット・ソロが鮮烈ですが、ラテン音楽が有する様々なリズムに対するHoraceのあくなき探求心を痛感しました。

閑話休題、テーマを繰り返したのちソロの先発はHorace、独特の”つんのめった”リズム、音符を拍に置くかの如き8分音符のスピード感とは無縁のユニークなタイム感、一聴Horaceと判断出来る個性ではあります。
続くJoe Henは漆黒の如きダークでテイスティ、極太にして付帯音の塊のテナートーン、こちらも一聴してJoe Henと即断出来る個性を振り撒いています。
リズムに対しゆったりと、忍足で近寄るかの如くソロを開始します。音の間合いを取りながら次第にフレージングが細かくなり、聴かせどころのブレークでは3連符を用い活性化を試みています。
音域も広がりつつ更にフレーズが細分化され、Joe Hen節のオンパレードに移行します。フレージングに用いる音の選択、ソロの構築の大胆さといい意外性を内包したストーリー性、センス、これは新生Horace Silverクインテットのオープニングに全く相応しいプレイです!

僕も参加させて貰っている日野皓正氏の94年作品「Spark」、こちらでも「Song for My Father」を取り上げています。リズムの解釈をユニークなものにすべく、スタジオ内で試行錯誤を繰り返したのを覚えています。日野さん自身もHoraceのクインテットに参加していた経験があり、その時の貴重な話も伺いました。
「Spark」

2曲目The Natives Are Restless Tonight、テンポの早い変形マイナーブルースです。Horaceが子供の頃、隣に住んでいた一家がパーティ好きで、明け方までよく騒いでいた情景を曲にしたそうです。
そう言えば聴いていても「さあ、今宵はパーティで一晩中盛り上がろうぜ!」のような、ウキウキする高揚感が感じられるユニークなナンバー、ピアノの興味深いキメ、テーマ後のファーストソロに食い込んだリフの用い方、発想がありきたりではなくHorace流の捻りが効いています。

この曲も前出「Spark」でプレイした覚えがあります。今は亡き名ピアニスト、アレンジャー鈴木”コルゲン”宏昌氏が採譜した譜面で演奏し、彼もピアノで参加、日野元彦氏のドラミングが冴え渡っていて、録音も行ったように記憶していますがCDには収録されませんでした。

先発はCarmell Jones、ブリリアントでスピード感あふれるトランペット・ソロを展開します。フレージング的にも自分らしいウタを唄おうという強い意志を感じるアプローチ、彼はジャズの逸材を多く輩出したKansas City出身、スタジオミュージシャンとしても60年代活躍しました。
Carmell Jones

続くJoe Henのソロは出だしからトリッキーに先制攻撃、彼のリズミックなアプローチを聴いているとあまりのシャープさにリズムを取り始め、椅子から腰が浮いてしまいます!その後細かくフレーズを繰り返し、フラジオ音域、フリークトーンにまで至り、ソロ第一のヤマ場を設けました。Roger Humphriesもナイス・サポートです!
次のヤマ場に至るためにJoe Henはアウトするフレーズ、そしてリズミック・シンコペーションを多用しハーモニー、リズム的に緊張感を持たせながら小刻みに、しかし大胆にストーリーを構築し、高いテンションを維持しながらあたかも名山が連なる連峰、山脈の如き音のシリーズを披露しています。聴き惚れてしまうほどの素晴らしい構成力を持ったソロ、本作ハイライトの一つです!

続けてピアノソロへ、テーマのメロディを交えながらソロを開始、テナーソロにインスパイアされたのかアグレッシブなソロを展開、左手のパーカッシブな用い方に表れています。
ベースソロに受け継がれますが予想よりも短く終わったのでしょう、一瞬の空白があり、そのままドラムソロに突入します。堅実ながら小気味良いスティックさばきでエキサイティングなフレージングを繰り出し、職人然たるクールなブレークを経てラストテーマのイントロに入ります。

テーマ後にはアウトロが設けられており、ゆったりしたテンポでのテーマに基づいたメロディはホームパーティ終了後の余韻を、ないしは騒いで散らかしまくった自宅を翌日の昼間、二日酔いで後片付けしている様を表現しているが如しです(笑)。
Joe Henderson

3曲目Calcutta Cutie、こちらはポルトガルやブラジルでもないインドのCalcuttaですね。彼の地に楽旅で赴いた際、気になるCutie(かわい子ちゃん)がいたのでしょう(笑)
前述の通りこの曲はフロント陣、そしてリズム隊も一新します。

誰かがパーカッションを鳴らしているSong for My Father風なイントロを経て、メロディが登場します。エキゾチック、ミステリアスでいて安堵感と不安感が共存する、何とも言えぬ色気を発する佳曲、Horaceの書く曲に新たな作風を見出しました。

ソロはHoraceから、曲の裏メロディとも解釈できる興味深いラインを演奏し、サビに入ります。サビ後もこのラインを弾き続けても良かったのでは、と感じました。セカンド・リフ的な効果が成立したと思います。その後はGene Taylorのドラムソロへ、皮ものを中心とした演奏にはMax Roachの影響を見出しました。

長めのイントロ〜バンプを経てラストテーマへ、ホーンのソロが入らずピアノとドラムのソロだけに絞ったことでむしろ曲のメロディ、サウンド、ムードがくっきりと現れました。
この曲も「Spark」に収録されています。手前味噌で恐縮ですが、アルバム録音の翌年New Yorkを訪れた際、ホテルの部屋でJazz専門のFM局WBGOを聴いていると、新譜紹介で「Spark」を取り上げているではありませんか!このCalcutta Cutieが選曲されオンエアされているのを聴き、Jazzの本場のラジオ局で自分が参加している演奏が流れているのには感無量でした。
Horace Silver

4曲目Que Pasa、英語でWhat’s Up?の意味のスペイン語です。と言うことで本作に登場する国名は多岐に渡ります。

こちらもSong for My Father風のイントロをベースに、それまでに無かった新たなピアノのパターンを加えた構成になっています。フロントのハーモニーを伴ったメロディがエキゾチックさを醸し出し、メロディをCallとすれば対するイントロで用いられたピアノ・パターンがResponseに該当し、ジャズ表現の重要な要素であるCall & Responseを表現しています。
繰り返されるバンプ部分ではドラムソロも挿入され限られた曲のパーツを上手く使い回していると思います。Humphriesのカラーリングもメリハリの効いた様々な表情を見せており、これはライブを繰り返し行った結果に違いありません。

ソロの先発はHorace、いつもの彼らしく転びがちなタイム感による、でも普段より朴訥としたテイストを聴かせます。

続くJoe Henソロの冒頭唐突に現れるアプローチ、動物の鳴き声のようなサウンドに引き込まれてしまいますが、一体どんなイメージの具現化なのでしょう?またその後のシングル・タンギング連続のフレージングに思わずレコードの針が飛んでしまったのでは?と連想しましたが、これはCDでした(笑)。

巧みにして多彩な、そして何よりも意外性を最重要項目に置いているかのような、そしてレコーディングという限られたサイズの中で最大限の効果を生むようにも、いずれにせよJoe Henの表現は曲の持つ雰囲気に決して埋没する事なく自己主張を遂げ、むしろ楽曲に対して問題提起を行なっているかのようにも感じ、結果絶妙なバランスで演奏曲への溶け込みを成し得ているのです。
リズム隊は巧みにダイナミクスを設定しながら、構成としてはシンプルなこの曲に存分にメリハリを付けています。Horaceのドラマー、ベーシストに対する人選も狙い通りです!
極上のテイクに仕上がったこの演奏に対し、エンディングは終わりそうでなかなか終わらず、トリオは名残惜しさすら感じているのでしょうか?
Roger Humphries

 

5曲目はJoe Henの作曲によるアップテンポの、こちらも変形ブルースThe Kicker。本作直後の12月にJoe Hen参加のBobby Hutchersonリーダー作「The Kicker」や、自身も67年録音リーダー作で同じく「The Kicker」で再演しています。
「The Kicker」

HoraceはJoe Henのプレイはもちろん、楽曲にも一目置いていました。次作「The Cape Verdean Blues」でも再び彼のオリジナルであるMo’ Joe’を取り上げています。
ペンタトニック・スケールを基本用いたメロディラインですが、Joe Henらしい捻りが効いたナンバー、こちらもThe Natives Are Restless Tonightと同様でテーマ後に、シンコペーション・フレーズがはみ出してソロ1コーラス目に食い込んで演奏される構成、しかも同じく2コーラス目にもです!これはビッグバンドのアンサンブル、Tutti的なアイデアから来ている様に捉えられます。
ブレークやリズム隊の仕掛けも実に有効にワークしています。

Humphriesの巧みなカラーリングに導かれるようにJoe Henがソロの口火を切ります。何と言うスピード感、リズム感、スイング感でしょう!4拍子のナンバーですが、3拍子揃ったとはこのソロの事を言うのでしょう(汗)。その後もトランペット、ピアノ、ドラムにも2コーラスのブレークが効果的に用いられたソロの応酬、ソリッドなアンサンブルを存分に聴かせています。
Joe Henderson

 

6曲目アルバムのラストを飾るのはLonely Woman、Ornette Colemanにも同じタイトルの名曲がありますが、そちらは肖像画に描かれていた寂しそうな表情の、ノーブルな女性をイメージして書かれたナンバーです。
こちらの方はHoraceの父親が亡くなり、残され未亡人となった母親に捧げたオリジナルです。ピアノトリオ編成で演奏されているのは母親に対する敬愛の念から頷けますが、総じてこの作品はHoraceの家族や育った環境がテーマになった、いわゆる私小説的なアルバムと言えましょう。

 

 

 

 

2021.08.08 Sun

At the Village Gate 1976 / Dexter Gordon Quintet featuring Woody Shaw

今回はDexter Gordonの1976年ライブ作品「At the Village Gate 1976」を取り上げたいと思います。

Live at the Village Gate, New York, October 25, 1976

Label: Domino Records

ts)Dexter Gordon   tp)Woody Shaw   p)Ronnie Mathews   b)Stafford James   ds)Louis Hayes

on Bonus Track “Bags’s Groove”    ts)Dexter Gordon   tp)Woody Shaw   vib)Milt Jackson   p)Kirk Lightsey   b)David Eubanks   ds)Eddie Gladden   “Playboy Jazz Festival”, Hollywood Bowl, Los Angeles, June 20, 1982

1)Fried Bananas   2)Gordon introduces the band   3)Strollin’   4)You’ve Changed   5)Bags’ Groove

Dexterはジャズシーンが停滞していた米国を60年代初頭に離れ欧州に移住し、ParisやCopenhagenに居を構え悠々自適に演奏活動を送っていました。
同じ渡欧組であるKenny Clark, Bud Powell, Kenny Drew, Horace Parlan, Albert Heath, Bobby Hutchersonら、また本場のジャズプレイヤーからの薫陶を受けた優れた欧州ミュージシャンTete Montoliu, Niels-Henning Pedersen, Pierre Michelot, Alex Rielらとも演奏を重ね、足掛け15年の長きに渡り欧州で音楽活動を展開していましたが、しかしこの辺りが潮時と感じたのかもしれません、故郷の音楽シーンも随分と様変わりしたのもあり、76年10月頃に本国に戻りました。
とは言え65, 69, 70, 72年といずれもごく短期間ですが米国に戻り、Blue NoteやPrestigeにレコーディングを行っており、Dexterはこれらの一時帰国で合計10枚以上のアルバムを残しています。
渡欧はしたものの、one & onlyな魅力満載のDexterの演奏は米国ファンに求められており、ニーズによりアルバムをリリースし続けたと言う事です。このバックグラウンドが存在したからこそ帰国してからも華々しくカムバック出来たのでしょう。
欧州でもSteepleChase Labelを中心にライブ、スタジオ録音を30作品以上をリリースしており、多作家ぶりを印象付けています。
想像するに本人の売り込みは全く無く(そもそも熱心に自己アピールするタイプのプレイではなく、ごく自然体での演奏ですから)、レコード会社の方から作品制作の依頼が舞い込んで来るのでしょう、彼ほどの個性と風格、気品、音楽性、人気、存在感、しかし何よりこれは時代の成せる技に違いありません。
一時帰国盤では65年5月録音「Gettin’ Around」69年4月録音「The Tower of Power!」70年8月録音「The Jumpin’ Blues」を挙げたいと思います。


76年12月、本作と同一メンバーでNYC, Village Vanguardでのライブ演奏を収めたアルバム「Homecoming」が文字通りの帰国第一声でしたが、本作は遡ること1ヶ月半、帰国直後の10月真にフレッシュなDexterを捉えた演奏で2011年に発掘、リリースされました。正規の録音ではないので音質やバランスは決して良くありませんが、何しろバンド全員の一丸となった勢いが素晴らしく、個人的には本作の方に軍配を挙げたいと思います。

70年7月Swiss Montreux Jazz Festivalにて、Junior Manceとの演奏を収録した「Dexter Gordon with Junior Mance at Montreux」はワンホーン・カルテットによる絶好調のDexterを捉えた作品、ライブのオープニング・ナンバーが同じFried Bananasなので似たような印象を受けますが、本作ではトランペット界の鬼才Woody Shawを迎えたモダンジャズ黄金のコンビネーションによる2管編成、両者のユニゾン演奏だけでも相乗効果で何倍にもメロディが分厚く聴こえます。
Dexterのどちらかと言えば穏やかで朗々としたサウンドに強力なスパイスを加える効果を生んでいます。しかもShawのアグレッシヴでスポンテニアスなプレイは決してtoo muchではなく、むしろDexterのプレイと素晴らしいコンビネーションを生み出し、対極を行く演奏を信条としていますが、互いに無い部分を補い合うかの如く絶妙なバランス感を伴い、オーディエンスを興奮の坩堝に誘い込みます。
DexterはFreddie HubbardやDonald Byrd、Benny Baileyら他のトランペット奏者とも共演を果たしていますが、Shawほどのプレイの相性の良さは感じられません。ふたりの人間関係が大変良好だった故のように思います。


DexterとShawのそもそもの出会いはSwiss出身のピアニスト/アレンジャーGeorge Gruntzの72年録音アルバム「The Alpine Power Plant」です。Phil Woods, Rolf Ericson, Benny Bailey, Sahib Shihabらを擁しBaden, Switzerlandで録音されたビッグバンド・プロジェクト、ここでの共演で互いに惹かれ合うものを感じたふたりは「ぜひとも一緒にバンドをやろう!」と約束を交わしたのだと想像しています。


Shawが共演したサックスプレーヤー、テナー奏者ではJoe Henderson, Benny Maupin, Azar Lawrence, Billy Harper, Carter Jefferson、アルト奏者ではEric Dolphy, Jackie McLean, Gary Bartz, Rene McLean, Anthony Braxton, Kenny Garrettたちモーダルや前衛スタイルのプレーヤーで、Dexterのようなハードバップ・スタイルのサックス奏者との演奏は珍しい例です。しかし本作に於ける、特にFried Bananasでの両者の一体感はジャズ史に残る素晴らしいコンビネーションだと思います。
スタイル的には全く異なる語法、方法論ですが、迎合することなく徹底的に自分を出した演奏を展開しても違和感がないのは、ひとえにお互いのプレイを尊重した結果に違いありません。

ドラマーLouis HayesとDexterは何度もセッションを重ね気心の知れた間柄、ベーシストStafford JamesとピアニストRonnie Mathewsは恐らく初共演になるので、Hayesの推薦があったのかも知れません。何しろ米国のジャズシーン、ミュージシャンの人脈にはDexter疎くなっていましたから。
Dexter Gordon

それでは演奏内容について触れて行きましょう。1曲目Fried Bananas、スタンダードナンバーIt Could Happen to Youのコード進行を元に書かれたDexterのオリジナル、早い話替え歌ですね(笑)、メロディアスかつリズミックな名曲、自身は機会あるごとに取り上げて演奏していますが、前述の69年4月レコーディング「The Towe of Power」と同時録音「More Power!」が初演になります。


冒頭司会者のアナウンスが入りDexterの紹介が始まります。『Copenhagenから来た若者(この時49歳ですが)、one and only, Dexter Gordon!』その直後に聴かれるShawによるファンファーレ、さりげにこの音色の素晴らしいこと!リズムセクションも音を出して歓迎の意を表しています。
オフマイクで『Fried Bananas』とメンバーに演目を伝え、その後何故か仏語(CopenhagenはDenmark語が公用語ですが)での挨拶の後、マイクに向かい演奏曲目のアナウンスが始まります。2回続けて曲名を紹介していますが、Dexterはステージでタイトルやメンバーの名前を連呼する傾向があります。
通常よりも速いテンポでスタート、Shawがテーマをちゃんと吹けていないのはバンド発足が間も無いからでしょうか(汗)。Dexterはテーマのメロディ奏から既に抜群のレイドバックを提示しており、この事に動揺したShawがテーマを間違えたのかも知れません。テーマの後半はShawもDexterのレイドバックに合わせ始めました。
ピックアップソロからDexterのアドリブが始まります。前述の通りIt Could Happen to Youのコード進行をベースにした曲ですが、いきなり半コーラス、16小節間ほとんどそのままに原曲のテーマを吹いています。引用フレーズの達人Dexterの面目躍如、というよりダジャレオヤジ現る!と言った方が相応しいかも知れません(汗)。
それにしても何という素晴らしい音色でしょう!誰よりも恵まれた豊かな体軀(身長198cm!)、分厚い唇によりマウスピースを容易く咥える事の出来るルーズなアンブシュアー、この事から生じる豊かな倍音を含んだ音色、脱力とレイドバック、長い8分音符ゆえのタップリ感、ユーモアのセンス、味わい深いニュアンス、そして決して枯渇する事のない砂漠のオアシスに湧き出る泉の如きフレージングとアイデア、ここでの演奏はこれら全てが文句の付けようのないバランスで表出されています。
リズムセクションのサポートも素晴らしく、on topのビートを繰り出すトリオに対しビハインドに位置するDexterとのバランスが絶妙、そして全編に於いてLouis Hayesのカラーリング、特にバスドラムのレスポンスが良い味を出し、Dexterとのスリリングなコンビネーションを聴かせています。

滞欧中のライブ盤の中には、地元のピアノトリオを相手に孤軍奮闘しているDexterの演奏を耳にする事があります。彼の演奏に対し何を行ったら良いのか、どんなレスポンスすれば適切なのかがほとんど分からない、マイナス・ワン状態、馬の耳に念仏の如きリズムセクションに対して、怯まず可能な限りのスイング・スピリットを注入するDexterがいます。
でもこんなことが続けば、素晴らしいリズム隊が大勢待つ母国に帰りたくもなるのも当然でしょうね。

Louis Hayes


テナーソロ後しばしスペースを置きShawの登場です。こちらもまた一聴彼と判断出来る素晴らしいトーン、ハスキーさと抜け切らないこもった成分、反するブライトネス、スピード感、これらがあり得ない次元でのバランス感を伴い発出されている、物凄い個性の塊です!
4分半にも及ぶロングソロではShaw独自のインプロヴィゼーションの方法論、ハーモニー感をとことん聴くことが出来ます。
ハーモニーに対してインサイドなアプローチではいわゆるリック的なフレーズも演奏されていますが、アウトする音使い、Shaw節フレージングでは全く独自な彼の世界に突入しており、Ornette Colemanのインプロヴィゼーションにも通じる、真の天才のみがなし得るオリジナリティを確認することが出来ます。
加えて、えも言われぬニュアンス、ビブラートから発せられる男の色気(堪りません!)、絶妙なタイム感、16分音符フレージングに於ける超絶ぶりとその確実なコントロール。これらの放出を誰も止める事のできないレベルで聴くことが出来るのです。
彼の吹くフレーズは毎回トランペットの機能の限界に挑むかのような難易度を極め、時としてミストーンが目立つ場合があります。フレーズの方が難しすぎてトランペットの機能が追いつかないとも言えるでしょう。
でもここでの演奏は全くパーフェクトと言って言い過ぎではなく、Dexterと共演できる事の喜びがShawにリラクゼーションを与え、肉体的、精神的コンディションが楽器の発音やコントロールに影響を与えがちなトランペット奏を、万全なものに仕立てたと判断しています。
Woody Shaw


引き続きRonnie Mathewsのピアノソロが始まります。Art Blakey and the Jazz Messengers他多くのバンドに参加し、職人タイプのピアニストとして活躍していました。ここでも堅実な素晴らしいプレイを聴かせています。彼の第2作目75年アルバム「Trip to the Orient」はドラムLouis Hayes、ベースに我らがYoshio “Chin” Suzukiを迎えた日本制作盤、自身の音楽性を存分に発揮しています。


Stafford Jamesのベースソロ後、フロント陣とドラムとの8バースが聴かれますが、巧みなHayesのドラミングにインスパイアされたのか、ふたりとも大健闘、本編とはまた異なる素晴らしいプレイを繰り広げますが、惜しむらくはDexterが一度用いた引用フレーズIt Could Happen to Youのメロディを再奏した点です。引用フレーズを同曲で複数回用いるのは法律で禁じられていますから(嘘)。
Fried BanansのエンディングにはDexter入魂のアレンジが施され、この曲の価値をグッと高めました。
Stafford James


続いてDexter本人によるメンバー紹介があり、3曲目Horace Silver作の名曲Strollin’に繋がります。こちらは彼の74年欧州録音の作品「The Apartment」に既収録されています。


The Apartmentでの演奏も好演ですが、コード進行の難しいStrollin’を実はセオリー通り無難にこなしている感を否めません。本作でのプレイはチェンジを超越し、ウタを歌うが如くナチュラルに、まるで帰国出来た充実感を噛み締めるかのように味わい深く演奏しています。
ミディアムテンポでのDexterのリズム感はテナーサックス奏者全員の憧れ、実に素晴らしいタイム感をキープしつつ、前半ではオクターヴ下の音域を中心に演奏しており、音色の極太感からバリトンサックスと見紛うばかりのトーンです。ソロが盛り上がるにつれ次第に音域が上がりますが、相変わらず8分音符を主体としたソロを展開、数カ所で引用フレーズも披露し、聴衆が彼のスイング魂に聴き惚れているのが伝わり、リズム隊も相応しいバッキングで徹底的に対応しています。
ソロ終わりの盛大なアプローズ後、やはり暫くの間があってShawのソロがスタートします。始めは16分音符を用いたラインが多かったのですが、次第にDexterの影響を受けたのか8分音符主体の朗々としたアプローチへと変化します。
ピアノソロに移行する手前にテープ編集の跡を確認しました。まだまだトランペットソロが続いていたようですが、前曲のプレイに比べると冗長さを感じさせるので、ソロをカットされたと想像しています。
続くMathewsのソロは倍テンポをプレイ中提示し、しっかりと二人が追従しています。その後徐に元のテンポを出し再びミディアム・スイングに戻りますが、幾分予定調和と聴こえてしまいます。ベースソロまでしっかりと回り、ラストテーマを迎えます。
Ronnie Mathews

4曲目はバラードでYou’ve Changed、61年5月Blue Note Labelで録音したアルバム「Doin’ Allright」ではFreddie Hubbardを迎え、トランペットがバックグラウンドを吹き、テナーが訥々とメロディを奏でるスタイルで同様に演奏しています。Dexterのバラード名手ぶりを堪能できるテイクです。


アナウンスの前にDexter自身がBud PowellのUn Poco Locoのイントロ・メロディを吹き、ピアノとドラムが追従しています。その後もう一度同じメロディを拍を少しずらして吹き始めます。わざとなのか、間違っただけなのか、これが妙に新鮮に聴こえました。彼らにとってPowellの曲はバイブルのようなナンバーなのでしょうね、このまま同曲を演奏してくれても良かったのに、とも思いましたがおもむろにYou’ve Changed、とDexterがタイトルを述べ、何とこの曲の歌詞を口ずさみ始めたではありませんか!低音の渋い声で!ここでその歌詞をご紹介しましょう。
『You’ve changed   That sparkle in your eyes has gone   Your smile is just a careless yawn   You’re breaking in my heart   You’ve changed   You’ve changed』

Dexterはバラード演奏時にメロディはもちろん、歌詞も覚えてその意味を自分なりに解釈して演奏しています。『それはLester Youngから学んだ事なんだ」と言う本人の弁もあるように、彼が主演の86年映画「Round Midnight』、音楽担当のHerbie Hancockがアカデミー作曲賞を受賞、Dexter本人もアカデミー主演男優賞にノミネートされた作品です。街角でバラードを朗々とアカペラで吹いていると突然吹くのを止め『いかん、歌詞を忘れちまったぜ』というシーンには説得力があります。


歌詞朗読はオーディエンスに大受けし、会場のムードが更に和んだところで演奏開始です。いや〜それにしても何という凄い音色でしょう!Dexterのバラード奏は天下一品、朴訥さとニュアンス、感情移入が堪りません!プレイはライブという事もありオープンなテイストを聴かせますが、「Doin’ Allright」時よりも渡欧生活で蓄積されたのでしょう、深みを感じさせます。
続くトランペットソロはしっかりと倍テンポで行われます。こちらも唄心をとことん感じさせるプレイ、明らかにDexterのスピリットに啓発された入魂ぶりを聴かせています。
ピアノソロを経てラストテーマへ、エンディングでのCadenzaのこれまた素晴らしいこと!Dexterの芸歴の中でもベストに挙げられるプレイです!サブトーン、実音の巧みな音色の使い分け、ジャジーなフレージングのオンパレード、最低音からフラジオを含めた高音域までバランス良く演奏し、センテンスの間に投げかけられる、感極まった熱狂的ファンの歓声が次第に大きくなり、ストーリー性をもった演奏はドラマチックに、ダイナミックに、申し分なく挙行されました。


ラストはBonus TrackのBags’ Groove、本編の約6年後に当たる82年6月、Los AngelesにあるHollywood Bowlにて行われたPlayboy Jazz Festivalでの演奏です。
Milt Jacksonをゲストに迎え彼の代表曲を選び、Shaw以外は全員メンバーが入れ替わったジャムセッション形式での演奏になります。
作品としての一貫性を持たせるべく、是非ともVillage Gateでのテイクで統一して欲しかったところです。何処かに存在するとは思うのですが。
ジャズ・フェスティバルでの広い会場の演奏はそれなりの盛り上がりは期待できますが、ライブハウス・ギグとは異なり、緻密さにかける傾向は否めず、どうしても演奏は大味なものになりがちです。こちらはどうでしょうか。
それまでよりも録音の音質はクリアーですが、案の定やや「お仕事」、「見せ物興行」的に演奏が進行していて、残念ながらsomething happensは起こっていません。