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2019.08

2019.08.24 Sat

Rough ‘n’ Tumble / Stanley Turrentine

今回はテナーサックス奏者Stanley Turrentineの1966年録音リーダー作「Rough ‘n’ Tumble」を取り上げたいと思います。

Recorded July 1, 1966 at Van Gelder Studio, Englewood Cliffs, NJ Label: Blue Note 84240 Producer: Alfred Lion

ts)Stanley Turrentine tp)Blue Mitchell as)James Spaulding bs)Pepper Adams g)Grant Green p)McCoy Tyner b)Bob Cranshaw ds)Mickey Roker arr)Duke Pearson

1)And Satisfy 2)What Could I Do Without You 3)Feeling Good 4)Shake 5)Walk On By 6)Baptismal

60年代中頃Blue Noteに残されたTurrentineの作品は佳作揃い、個人的にも愛聴盤が多いです。以前当Blogで取り上げた「The Spoiler」は本作の2ヶ月後に録音された、ほぼ同一の楽器編成、メンバー、Duke Pearsonのアレンジが施された続編的な内容、選曲の作品になります。自らもホーン・セクションの一員として参加しつつ、例のTurrrentineにしか出せない魅惑のテナーサウンドを駆使して(本人にとってはおそらく鼻歌感覚でしょうが)華麗にメロディを奏でています。

後年2007年のリリースですが67年録音の作品「A Bluish Bag」。

08年リリース同じく67年録音の作品「The Return of the Prodigal Son」(放蕩息子のご帰還〜凄いタイトルです!)。

こちらは68年録音、リリースのBurt Bacharach特集「The Look of Love」。

いずれの作品もOctet, Nonet, Tentetといった大編成でTurrentineの持ち味をよく理解したPearsonの名アレンジにより、ジャズのスタンダード・ナンバーからAntonio Carlos Jobim, Burt Bacharach, Lennon-McCartney, Aretha Franklin, Henry Mancini, Ashford-Simpson, Ray Charles, Sam Cooke等のポップス、R&Bの名曲をジャジーに、ゴージャスに演奏しています。演奏者全員がジャズプレーヤーであるため、リズムやグルーヴに多少の違和感はありますが、そこがまた味になっていると解釈しています。

これらの編成にさらにオーヴァー・ダビングですがストリングス・セクションが加わった作品が68年録音「Always Something There」です。

ストリングス・セクションが加わった事により、一層豪華なサウンドを楽しむ事が出来る作品となりました。Turrentineの演奏はワンホーン・カルテットでも十分に素晴らしさを発揮しますが、ホーン・セクション、ストリングス・セクションが加わる事により、パワーブーストされた如くテナーサックスの魅力が何倍にも増幅されるのです。でもどんなプレイヤーでも編成が増え様々な楽器が加わる事で魅力が拡大するとは限らず、人によっては演奏が単に繁雑になるだけの結果を迎える場合もあります。Turrentineは持っている器の大きさ、許容量が半端ない演者なので、大編成で自身の魅力が輝くのです。この豪華な編成によるテナーサックス・フィーチャリングの演奏、他のプレイヤーで思い出すのがMichael Brecker晩年2003年録音、リリースの作品「Wide Angles」です。この作品は04年グラミー賞ベストラージジャズアンサンブル・アルバムを受賞しました。

Quindectet(造語です)〜15人編成による作品、Michael本人とGil Goldsteinのアレンジ、楽器編成は4リズムに加えてperc, tp, tb, fr-horn, oboe, b-cl, alto-fl, violin×2, violaそしてMichaelのテナー合計15人編成、アルバムではアレンジのみ担当で楽器演奏はしていなかったGoldsteinが、日本公演ではピアノとアコーディオンを演奏、一人増えて16人編成となりました。メンバー紹介時にステージ上のミュージシャンから「ひとり増えたのならQuindectetじゃないわよね?」なんて言葉も聴こえて来ました。究極のエンターテイメント・ラージ・アンサンブル集団として日本でツアーした事が今となっては夢のようです。金管楽器、弱音系木管楽器、弦楽器によるオーケストレーションと素晴らしい楽曲、緻密にして華麗なアレンジが光るアンサンブル。Michaelのテナーサックスは一人で何人分ものプレイを聴かせますが、本作や来日公演ではMichaelを音楽的、人間的に尊敬している、彼のことを大好きな共演ミュージシャン達の素晴らしいサポートにより、半端のないパワープレイを体験するする事ができました。

余談ですがMichaelのマネージャーDarryl Pitt(彼はMichaelの専属カメラマンでしたが、Depth of Field〜被写界深度〜という名前の音楽事務所を立ち上げ、Michaelを専属タレントとして擁していました)とQuindectet来日時に会い、「Wide Angleって名前の作品なのにWide Angelって勘違いする人が多くてさ」と言いながら背中の大きな翼を両腕で表現し、「どれだけ大きな天使の翼なのかな」と笑いながら話していました。さすがMichaelと付き合いの長い方、洒落っ気たっぷりです!

60年代のBlue Note Labelは10名以上の素晴らしいテナーサックス奏者を自社アーティストとして抱えていました。Dexter Gordon, Joe Henderson, Wayne Shorter, Hank Mobley, Sam Rivers, Tina Brooks, Ike Quebec, Fred Jackson, Don Wilkerson, Tyron Washington, Harold Vick, Charlie Rouseたちですが、Turrentineだけが破格の扱いでこのような大編成によるポップス路線を歩むことが出来ました。大編成のレコーディングには圧倒的に経費がかかるので、ペイ出来る試算が無ければなりません。これだけの数の作品を制作出来たからにはいずれもがそれなりにヒットしたのでしょう。Blue Noteの他楽器奏者を見渡してもTurrentine級の扱いを受けたミュージシャンはそれほど存在しないと思います。それだけ彼の演奏に魅力があった訳ですが、例えば他のテナー奏者にポップスやロックのメロディを吹かせてもそれなりの表現をするに違いありませんが、ひたすらジャズ演奏に終始してしまう事でしょう。Turrentineの本質は間違いなくジャズプレイヤーですが、ジャズ以外のジャンルの表現力、そのポテンシャルを半端なく持ち合わせているため、ジャズをルーツとしながらポップス、ロックのフィールドに誰よりも容易に入り込む事が出来ています。多くのオーディエンスを獲得したのも頷け、ジャンルを超えた表現者としてテナーサックスでは初めてのクロスオーバー、フュージョン・プレーヤーと言えると思います。ちょっと間違うと「歌のない歌謡曲」ならぬイージーリスニングに成り下がってしまう危険性を孕んでいますが、「魅惑のテナーサウンド」がしっかりと歯止めを掛けています。彼のテナーサックスの音色、ニュアンス、ビブラート、ほとばしる男の色気が特に黒人のおばさま達に絶大なる人気を博し、人気絶頂時にはコンサート、ライブで楽屋からの出待ちを受けていたそうです(爆)。おそらくJames Brown並みのアイドルだったのでしょう、おばさま達に揉みくちゃにされ、記念に持って帰ろうと髪の毛を抜かれていたのを目撃したという話も聞いたことがあります(汗)。

Blue Note Label後も様々なレーベルから大編成の作品を多くリリースし、「最も稼ぐジャズテナー奏者」として君臨したと言われています。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目はピアニストRonnell BrightのナンバーAnd Satisfy、ホーン・セクションとギターのメロディとの絡み具合が如何にもジャズロックと言ったナンバーです。続くTurrentineのメロディ奏にはおばさまで無くともグッと来てしまいます(笑)。改めてホンカー、テキサス・ファンクのテイストを感じますが、端々に聴こえるジャズフレーバーに彼でしか成し得ないバランス感を見い出すことが出来ます。続くBlue Mitchell、Grant Greenふたりのソロには逆にしっかりとジャズを感じました。ラストテーマ後ワンコードでシャウト・プレイ、何故にフェードアウト?もっと聴きたかったです!

2曲目はRay CharlesのナンバーWhat Could I Do Without You、素晴らしい選曲、Turrentineの持ち味にぴったりのラブソングです。全編吹きっきりの演奏、どこまでアレンジされているか分かりませんがMcCoy Tynerのバッキングが良い味を出しています。ブルースやR&Bのバンドで演奏活動をスタートさせたTurrentineの、ソウルフルなブロウを堪能できるテイクに仕上がりました。

3曲目は英国の作曲家Anthony NewlyとLeslie Bricusseのコンビによるミュージカル・ナンバーFeeling Good、本作録音の前年に初演され曲自体も様々なミュージシャンに取り上げられました。哀愁を感じさせるメロディをTurrentineが素晴らしいニュアンス付けで吹く、小気味好いミディアムのスイング・ナンバー、ホーンセクションのリフがソロ中を通して効果的に用いられています。ブルージーなバッキングを聴かせていたMcCoyがそのままソロに突入、曲想に合致したメロディアスなソロを聴かせます。ホーンセクションのインタールードに促されてラストテーマへ。ここでもアウトロでTurrentineのシャウトが聴かれますが、こちらも残念ながらフェイドアウト、多くのオーディエンスにアピールするためには盛り上がり切ってはいけないのでしょうね、きっと。ここまでがレコードのSide Aになります。

4曲目はSam CookeのヒットナンバーShake、こちらもTurrentineのR&B魂が発揮される演奏です。比較的低い音域でテーマを奏で、すぐさま上の音域でソロが始まります。おそらくCookeのオリジナル演奏のキーに合わせたのではないでしょうか、ホーンセクションのバックリフを受けながら気持ち良さそうにブロウしているのが伝わってくる演奏です。Greenのグルーヴィーなソロに続きラストテーマ、その後再びテナーソロになりますがフェードアウトは定番なのですね。

5曲目はBacharachの名曲Walk on by、McCoyが奏でるリフが可愛らしいです。Bacharach作曲のノーブルなメロディを本当に美しく吹けるジャズプレイヤーはTurrentineしかいないでしょう。おっと、Stan GetzのBacharach特集66,67年録音「What the World Needs Now」の存在を忘れていました。こちらもテナーサックスが演奏するBacharachメロディの名演集、本作と双璧をなす作品です。

6曲目アルバムの最後を飾るのはJohn Hinesの作品Baptismal、この曲のみ異色な選曲ですが作品のスパイスになっています。Baptismalとはキリスト教の宗教用語で意味は洗礼式です。厳かな雰囲気の中に独特なカラーが光る名曲です。Turrentineの音色も一層輝く名演奏だと思います。私事で恐縮ですが、2019年9月27日六本木Satin Dollにて僕が率いるテナーサックス4管編成(峰厚介、山口真文、佐藤達哉、浜崎航)、佐藤達哉テナーサミットにてこの曲を取り上げようと考えています。この曲の演奏を気に入った方はぜひ聴きにいらしてください。

2019.08.13 Tue

The Panther! / Dexter Gordon

今回はテナーサックス奏者Dexter Gordonの1970年録音作品「The Panther!」を取り上げたいと思います。

1970年7月7日 New York Cityにて録音 Producer: Don Schlitten Label: Prestige (PR 7829)

ts)Dexter Gordon p)Tommy Flanagan b)Larry Ridley ds)Alan Dawson

1)The Panther 2)Body and Soul 3)Valse Robin 4)Mrs. Miniver 5)The Christmas Song 6)The Blues Walk

Dexter Gordonのリラクゼーション、色気、益荒男振りが発揮された作品です。23年2月27日生まれのDexter録音時47歳、音楽家、ジャズプレイヤーとして円熟味を帯び、その個性を十二分に発揮しています。Dexterは40年代から活動を開始し、ジャズジャイアンツと軒並み共演を重ねその音楽性を研鑽し、自己のスタイルを確立させて行きました。自身はLester YoungやBen Websterからの影響が顕著ですが、独自のスタイルを築き上げ、若い頃のJohn ColtraneやSonny Rollinsに逆に影響を与えています。45〜47年録音の初リーダー作に該当する「Dexter Rides Again」では音色とフレージングに関して自己のスタイルの萌芽を感じさせる演奏を聴かせています。後年よりもワイルドに、ホンカー的な要素も内包しています。

しかしこの作品で歴然と違うのがタイム感です。後年のDexterの最大の特徴であるレイドバックとリズムのタイトさが感じられず、ここではごく普通のテナー奏者のタイム感で演奏しています。率直に言ってタイム感が違うとDexterには聴こえませんね。リズムに対する極端な「超あとノリ」という、誰も表現しなかった、しかしコロンブスの卵的な点に着目し、若しくは着目せずともごく自然に、プレイヤーの個性を発揮すべしというジャズマンに課された命題をクリアーした演奏スタイルは50年代以降に確立されるのですが、Dexterはドラッグで50年代のかなりの期間を棒に降っています。同時期に米国のかなりの数のジャズミュージシャンがドラッグに染まりましたが、Dexterほどの第一線ジャズマンが塀の中に長期間幽閉された例はなく(Art Pepprが60年代後半を麻薬療養施設で過ごしましたが)、かなりのジャンキーだったのかも知れません。Hank Jonesが90歳を過ぎても第一線でピアノを弾き続け、Benny Golsonがやはり90歳にして度々の来日を重ね、嬉しくなるくらいにその健在ぶりを示し、Roy Haynesに至っては現在94歳、未だにドラムを叩いているのは驚異的な生命力、精神力ですが、この3人はドラッグとは無縁だったと聞いています(Golsonは酒もタバコも嗜まなかったそうです)。ドラッグがもたらす効能としてのジャズの創造性はあるのか無いのか僕には分かりませんが、代償の方は確実にあるようで、多くのジャズマンがその人生を短命に終え、志半ばで幕を閉じています。Dexterは67歳でその生涯を終えましたが、まだまだこれからだったのか、十分に音楽を開花させたのかは人によって判断が違うと思います。

55年9月18日録音「Daddy Plays the Horn」と同年11月11, 12日録音の「Dexter Blows Hot and Cool」の2作でDexterのスタイルは確立されたと言って良いでしょう。彼ほどビートに対して後ろにリズムのポイントを感じて吹くテナー奏者は存在しません。きっちりと正確に、ビハインドを意識して8分音符を繰り出す〜レイドバックが巧みな奏法がDexterのスタイルの特徴です。

Dexterはこの2作の後も塀の中にお隠れになり(汗)、60年に「The Resurgence of Dexter Gordon」を録音、ここから本格始動が始まりますが、Resurgence=中興とはよく言ったものです!前人未到の(笑)レイドバック、音色、フレージング、ニュアンス、引用フレーズを多用したユーモア感溢れる、Long Tall Dexterの面目躍如です!

Dexterの使用楽器ですが、この頃はBen Websterから譲り受けたSelmer Mark Ⅵ、マウスピースはOtto Link Metal Floridaの8番、リードはRico 3番です。65年飛行機の乗り継ぎの際に、それまで使用していた愛器Conn 10Mを紛失(盗難?)しました(Dexter Blows Hot and Coolジャケ写の楽器です)。マウスピースも長年Hollywood Dukoffの5番を使用していましたが、サックスケースの中に入れていたのでしょう、そちらも紛失、とても残念なことをしました。おそらく紛失は欧州での出来事(60年代の欧州は米国ジャズマンの好市場でしたから)、楽器がなく手ぶらになってしまったDexterはしかし演奏を挙行すべく、当地に64年から移住したWebsterを頼りLondonないしはAmsterdamに彼を訪ね「Ben、サブの楽器を譲ってくれないか?」とでも口説き、その後の愛器となるMark Ⅵを入手したのではないかと想像しています。なかなかミュージシャンが使用楽器をどのように入手したかを知るのは困難な事なので、それに想いを馳せるのも楽しいです。それにしても古今東西楽器の紛失、盗難の話は後を絶たず、多くのミュージシャンがそれ以降の音楽性が変わってしまうほどの影響受けることになります。Steve Grossman, David Sanborn, Bob Berg, Joe Henderson(彼の場合は奇跡的に楽器が戻りましたが)、彼らの楽器紛失は自身の演奏や活動にかなり作用しました。たいていの場合は悪い方への影響ですが、Dexterの場合はかなり良い楽器をWebsterから購入することが出来たのでしょう、ひょっとしたらマウスピースも譲り受けたのかも知れません。テナーの音色は明らかに変わりましたが、新しく手にしたMark Ⅵ、Otto Link Florida8番の持ち味を最大限に引き出して自身の個性に転化した様に思います。背の高い(198cm!)テナーサックス奏者ならではの重心の低い、野太いダークな音色は実にOne and Only、レイドバックとたっぷりとした音符の長さが合わさり、Sophisticated Giantの異名も取りました。

その後61年に名門Blue Note Labelと契約し「Doin’ Allright」を皮切りに合計9作をリリース、幾つかのレーベルからも作品を発表し69年からはPrestige Labelより12枚をリリース、本作はその中の1作になります。

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目はDexterのオリジナルにして表題曲The Pantherです。ジャズロック風のリズムでのブルース、細かいシンコペーションが多用されたベースパターンからイントロが始まります。ピアノ、ドラムが加わり、その後御大Dexterの登場です。しかしこの素晴らしい音色をなんと形容したら良いのか、言葉に詰まってしまいますが、頑張って述べたいと思います。ジャズテナーサックス音の定義があるとすれば全くその王道を行く、豪快一直線、「ザワ〜」「ジュワ〜」「シュウシュウ」的な付帯音の豊かさ、「コーッ」という木管楽器的な雑味、コク味、暗さ明るさの絶妙なコントラスト、極太のゼリー状の音塊が「ムニュ〜」とばかりにサックスのベルから出ているかの如くの発音、発声。例えばMiles DavisやStan Getzのように七色の音色を使い分ける華麗な奏法という訳ではなく、音の色合いとしては白黒なのですが、実に濃密にして漆黒の黒色、モノトーンを唯一の武器に演奏していますが誰も太刀打ちする事は出来ません。

Dexterソロ中2’36″あたりで引用フレーズBurt Bacharach作曲のI Say a Little Prayerの一節を吹いていますが、「あれ?この曲は何だったか…」なかなか曲名が出てきません!思い出したら「そうか、Bacharachのあの曲だ!」。当時Bacharachが流行っていましたが引用の名手でもあるDexter、ポップス方面から意外なところを突いてきます。続くTommy Flanaganのソロは自身の個性を発揮しつつも決して出過ぎず、名脇役の席を常に暖めています。ベースのLarry Ridleyも全編に渡り心地よいグルーヴと的確なアプローチを聴かせ、 Alan Dawsonのドラミングも安定感抜群です。

2曲目はスタンダードナンバーBody and Soul、本作中最も収録時間の長い演奏で、John Coltraneの同曲のヴァージョン(60年録音Coltrane’s Sound収録)構成が基になっています。Coltraneはオクターブ上でテーマを吹いていますが、Dexterはオクターブ下の音域で演奏、この美しいバラードは上下のオクターブ共に演奏可能、両者は全く違った表情を見せ、テナー奏者の定番の所以でもあります。そこでも用いられているイントロ(2小節間の計8拍を3拍、3拍、2拍と取っているので一瞬変拍子に聴こえます)に始まり、Dexterの朗々としたテーマ奏、1’32″からのコード進行〜いわゆるColtrane Changeもしっかりと流用されています。Dexterの吹く8分音符はここでもレイドバックを極め、朗々感を更に後押ししています。あまりバウンスせずにイーヴン気味に演奏されている8分音符とのコントラストも特徴です。ここで注目すべきはDawsonのドラミング、スネアによる3連符やシンバルによるカラーリングが、Coltraneのヴァージョンよりもかなりゆっくりとしたテンポ設定を、レイジーなムードに陥いらせる事なく緊張感をキープさせる起爆剤になっていると思います。DawsonはPennsylvania出身のドラマー、かのTony Williamsの先生でもあり、57年からBerklee音楽院で教鞭を執りました。かつて一度だけ共演したことがありますが、演奏後に明瞭な英語で僕の演奏についてを色々と分析してくれたのが印象的でした。さすが多くの名ドラマーを輩出した教育者です!

3曲目はDexter作のValse Robin、自分の娘に捧げたナンバーで、ゆったりとしたワルツナンバー、道理でDexterの吹き方にも柔らかさ、スイートさが一層加味されているように聴こえる筈です。テーマのサビのメロディに出て来るE音より下のサブトーンのふくよかさが堪りません!イントロ無しでストレートにメロディが演奏され、Dexterのソロ、Flanaganと続き再びテナーソロがあってラストテーマ、小唄感覚の小品です。ここまでがレコードのSide Aになります。

4曲目DexterのオリジナルMrs. Miniver 、こちらもいきなりテーマメロディから曲が始まるDexterらしい小粋な雰囲気を持つスイングナンバーです。テナー、ピアノ、ベースとソロが続き、ドラムとの8バースも行われ、文字通りDexter Gordon Quartetの全てを堪能出来ます。エンディングにもしっかりと工夫が施され、この曲がレコードの冒頭に位置してもおかしくない、完成度の高い演奏です。

5曲目はクリスマスソングで有名なその名もThe Christmas Song、ボーカリストMel Torme作の美しいバラードです。米国にはクリスマスソングが何百何千曲と存在するそうですが、その筆頭に挙げられる有名曲です。Tormeによればこの曲は、焼け付くような暑い夏の盛りに書かれたのだそうです。偶然ここでの演奏も真夏の7月に録音されましたが、クリスマスソングを季節外れの時期に演奏してもそうは気分が出なかったと想像できますが、アルバムのリリースが12月だったのでしょう、先を見越していました。曲のキーはD♭、ジャジーでダークなキーですが作曲者Tormeもこのキーで歌っていました。Dexterの吹きっぷりには一層気持ちが入っているようです。テーマ奏1コーラスの後テナーソロがAA半コーラス、ピアノがサビBで8小節ソロを取り、ラストAで再びテナーがメロディを奏でてイントロの音形に戻りFineです。やはり美しい楽曲は季節に関係なく人の心に響きますね。一番最後のメジャー7th〜9thの音、3rd〜5thの音を奏で、再びメジャー7th音、最後に9thで落ち着き、ビブラートを掛けながらエアーだけでフェードアウトする奏法はある種定番ですが、Dexterの音色、タイム感ではまた格別です!

6曲目ラストを飾るのはLou Donaldson作曲The Blues Walk、54年8月録音「Clifford Brown & Max Roach」での演奏がブリリアントです。

これまでがミディアムテンポやバラード演奏だったので、実際にはさほど早くはないテンポ設定の筈ですが、ここではかなりのアップテンポに感じます。とは言えDexterのレイドバックが逆の意味で冴え渡り、リズムセクションも対応に苦心しているように聴こえます(汗)。Dawsonのシンバルレガートはかなりon topに位置しているので、Dexterの8分音符に引っ張られて遅くならないよう、苦慮しつつ的確にタイムをキープしています。ベーシストも同様の対応に迫られているように感じます。途中Flanaganが珍しくピアノのバッキングの手を休め、John Coltrane QuartetのMcCoy Tynerのような状態をキープしています。もしかしたらDexterのあまりのレイドバック振りにバッキングを放棄したのかも知れません(汗)。テナーソロの最後にはJay McShann〜Charlie ParkerのThe Jumpin’ Bluesのリフが引用されますが、Dexter実は翌月8月27日に同じくPrestige Labelにこの曲を表題曲とした「The Jumpin’ Blues」をレコーディングします。このアルバムのラスト曲で次の作品のプレヴューを行なっていた訳ですね。のんびり屋さんかと思っていましたが、ちゃんと将来設計もこなせる人です。

2019.08.04 Sun

Eastern Rebellion 2 / Cedar Walton

今回はピアニストCedar Walton1977年録音の作品「Eastern Rebellion 2」を取り上げてみましょう。

77年1月26, 27日録音 Studio: C.I. Recording Studio, New York City, NY Label: Timeless Engineer: Elvin Campbell Producer: Cedar Walton

p)Cedar Walton ts)Bob Berg b)Sam Jones ds)Billy Higgins

1)Fantasy in D 2)The Maestro 3)Ojos de Rojo 4)Sunday Suite

Cedar Waltonはピアノソロ、トリオからカルテット、クインテット、ビッグバンドまで様々な編成で作品をリリースしていますが、個人的にはテナーサックス・ワンホーンによるカルテットが最もWaltonの個性を発揮出来るフォーマットと考えています。本作の約1年前、75年12月に録音された前作「Eastern Rebellion」も本作同様全曲Cedar Waltonのオリジナル、アレンジを演奏している佳作、名手Sam JonesとBilly Higginsを擁したカルテット編成、ただテナーサックスが本作参加のBob BergではなくGeorge Colemanになり、彼の参加はこの作品のみに留まります。Waltonは本作にてBob Bergというニューヴォイスを得て、以降自己の音楽を推進させることが出来たように思います。Waltonの書く楽曲のメロディライン、その音域、コード感、全体的なサウンドがテナーサックス、特にBergの個性的な(エグい!)音色や吹き方に合致していると感じるのです。他のテナー奏者の音色、アプローチでは物足りなさを覚え、また別な管楽器が加われば確かにアンサンブルのサウンドは厚く、ジャズ的なゴージャスさが増すと思いますが、ワンヴォイスでの凝縮されたソリッドさがむしろWaltonの音楽性に合っていると感じています。

本作録音と同じ77年の10月、同一メンバーでDenmarkのCopenhagenにあるライブハウスJazzhus MontmartreにCedar Walton Quartetとして出演、この時の演奏を収録したSteepleChase Labelからリリースの3部作「First Set」「Second Set」「Third Set」はこのカルテットの魅力を余す事なく捉えたと言って過言ではない、本当に素晴らしい内容のライブ・アルバムです。「Eastern Rebellion 2」録音から8ヶ月余、この間にかなりの本数のギグをこなしてCopenhagenに赴き、演奏を結実させたと推測することが出来、バンドが発展〜成熟していく様をこれらの作品を通して垣間見ることが出来ますが、これは我々ジャズファンとして大きな喜びです。

First Set裏ジャケットの写真です。このBob Bergのワルぶりと言ったら!

Eastern Rebellion(ER)4まで同一ジャケットでの連作となり、Curtis Fullerが参加してQuintet編成でER3を、キューバ出身のトランぺッターAlfredo “Chocolate” Armenterosがさらに加わりSextet編成でER4をリリースしましたが、その後85年BergがMiles Davis Band加入のために抜け、Ralph Moooreを迎えてのカルテット編成に戻り以降3作を発表しています。Sam Jones亡き後はER4からDavid Williamsがベーシストの座に座りました。Eastern Rebellionというバンド名義の他にCedar Walton Quartet(Quintet)の名前でも作品を多くリリースしていて、両者の区分はよく分かりません。ちなみにWaltonは多作家で48作ものアルバムをleader, co-leaderの形でリリースしています。

Waltonのテナーサックス・ワンホーンでの演奏はJohn Coltraneの59年Giant Steps Alternate Takes(Giant Steps録音としては初演)のレコーディングに端を発しているように思います。この時25歳の若きWaltonは伴奏のみでの参加、難曲のソロを取らせて貰えなかった訳ですが、以降リーダー作では事あるごとにテナーサックスをフロントに迎え、思う存分ブロウさせています。Coltraneとの共演で培われた(刷り込まれた?)、ソロを構築する論理的タイプのテナーサックス奏者の伴奏、その魅力に取り憑かれたピアニストの、一貫したミュージックライフと僕は捉えていますが如何でしょうか。

もう一作、Waltonがサイドマンで参加したテナーサックス・ワンホーンの作品を挙げておきましょう。Steve Grossmanの85年録音リーダー作「Love Is the Thing」(Red)、Waltonの他David Williams, Billy Higginsというメンバー(Cedar Walton Trioですね)で、ウラEastern Rebellionとも言うべき名作です。Grossman本人も会心の出来と自負していました。

それでは収録曲を見ていきましょう。1曲目Waltonのオリジナルになる名曲Fantasy in D、Jazz Messengers(JM)ではUgetsuというタイトルで63年NYC Birdlandのライブ盤がリリースされ、JMの最盛期を収録した名盤にこの曲が収められました。タイトルは雨月物語から名付けられましたが、レコーディングの数ヶ月前に日本ツアーを終えたJM、バンドを大変暖かく迎え入れてくれた日本の聴衆へ敬意を表してWaltonがタイトルにしました。東洋的な要素と西洋音楽の融合、East Meets Westの具体的な表れです。Fantasy in Dのタイトルの方はこの楽曲のキーがDメジャーに由来する、Dの幻想ですね。イントロの16小節は曲のドミナント・コードであるA7のペダル・トーンを生かしたセクション、Higginsの軽快なシンバルワークがバンドを牽引しますが、この音色はZildjian系ではなくPaiste系のシンバルならではのものと考えられます。スピード感とタイムのゆったりさ、柔らかさが同居する実に音楽的な素晴らしいレガートです!Waltonのピアノ・フィルもこれからこの曲に起こるであろう豊かな音楽の事象をプレヴューするかの如き、イメージに富んだものです。続くテーマ部分では対比するかのようにストップタイムを多用した、コード進行の複雑さを感じさせずに美しくスリリングなメロディが演奏されます。テーマ後のヴァンプ部分からごく自然にBergのソロが始まります。イヤー、何てカッコ良いのでしょう!この時Berg若干25歳!表現の発露とイマジネーション、音楽的な毒、ユダヤ的な知性と情念が絶妙にブレンドされたテイストです!この曲のコード進行に対するラインの組み立て方を研究し尽くし、しかし策には溺れず、即興の際の自然発生的な醍醐味を全面に掲げて熱くブロウしています。Waltonのバッキングは絶妙に付かず離れずのスタンスをキープしつつ、Bergの演奏をサポート、また時には煽っています。Higginsは決して出しゃばらずに且つ的確なフィルイン、スネアのアクセントを入れ、奏者への寄り添い感が半端ありません!同様にSam Jonesのベース、Higginsのプレイとの一体感は申し分なく、一心同体とはこの様な演奏を指すのだろうと納得させられます。Bergのフレージング中、盛り上がりの際に用いられる高音域から急降下爆撃状態、若しくは最低音域から「ボッ」、「バギョッ」とスタートする上昇ラインで用いられるLow B音、この曲のキーに全く相応しいのです!この頃のBergの楽器セッティングですが、本体はSelmer Super Balanced Action、マウスピースはOtto Link Florida Metal、恐らく6番くらいのオープニング、リードもLa Voz Med.あたりと思われます。続くWaltonのソロも素晴らしい!と思わず右手を握りしめて親指を垂直に立て、そのスインガー振りを讃えたくなります。シンコペーションを多用した、ジャズ的な音使いとメロディアスなラインとのバランスがこれまた堪りません!かの村上春樹氏をして「シダー・ウォルトン~強靭な文体を持ったマイナー・ポエト」と言わしめるピアニスト。常にフレッシュな感性に満ちた演奏を聴かせます。3’39″でクリスマスソングのSleigh Rideのメロディを引用するあたり、なかなかのお茶目さんです!4’38″で同じメロディが浮かび、もう一度はマズイと打ち消した節も感じられますが(汗)。その後ラストテーマへ、エンディングは再びイントロと同様にA7のヴァンプがオープンになり、テーマの1, 2小節目のコード進行を用いてFineに辿り着きます。終わるのが惜しいくらいの内容を持った名演奏です。

2曲目はThe Maestro、一転してゆったりとしたテンポでピアノが美しいメロディを奏でます。ドラムもブラシでリズムをキープしていましたがスティックに持ち替え、スインギーなレガートを聴かせ始めます。テナーが加わりラテンのリズムになり、がらっと雰囲気が変わります。その後はBergの独壇場を聴くことが出来ます。この頃のBergは以降に比べ音符の長さが幾分短く、8部音符はまだしも16分音符はかなり詰まった様に聴こえますが、リズムセクションがその全てを包容しているので音楽的に何ら問題はありません。コンパクトですがしっかりとストーリーを持ち合わせた巧みな演奏です。

3曲目のOjos de Rojo、スペイン語表記ですが英語ではEyes of Red、アップテンポのラテンのリズム、イントロのシンコペーションのメロディに続きヴァンプの印象的なパターン、メロディがこれまたグッと来るドラマチックな構成の名曲です。Higginsがシンバルのカップ部分を叩いたり、0’41″辺りでさりげなくクラーベのリズムを叩いたりと、カラーリングが巧みで、無駄な表現が皆無と言って良いでしょう。全ての音に意味がありそうです。Jonesのベースもラテンのグルーヴが強力で、Fantasy in DではHigginsがリズムの司令塔の役目を果たしていましたが、この曲に於いては最も支配的な演奏を聴かせます。ソロの先発はWalton、ベース、ドラムの好サポートに支えられ素晴らしいソロを聴かせます。ヴァンプを挟みBergがこれまた内に秘めた炎を熱く燃やします。多くのユダヤ系テナー奏者はマイナー調を演奏する際に独特のパッションを表現しますが、Bergも例外ではありません。ヴァンプ後ラストテーマ、イントロのメロディを再演しFマイナー・ワンコードになりますが、テナーのフィルインがサムシング・ニューをもたらそうと健闘しています。ここまでがレコードのSide Aになります。

4曲目はレコードのSide Bを占め約18分にも及ぶSunday Suite、リズムセクションによるラテンの軽快なリズムに始まり、陽気なテナーのメロディがあたかも日曜日の清々しい朝を感じさせます。印象的なシンコペーションのメロディが続きこれらが繰り返された後、短3度上がったメロディ、その後フェルマータし、ピアノの美しい独奏がかなりの長さ演奏され、一転してミディアムスロー・テンポでテナーによるダークで物悲しいメロディ、その雰囲気を受け継いだ統一感のあるソロが聴かれます。せっかくの日曜日なので外出しようとしたのが土砂降りの雨にでも見舞われたのでしょうか?(笑)引き続きパート4とでも言えるアップテンポのスイング・ナンバーがメチャメチャカッコいいピアノのイントロから開始です!まさにこのバンド向け、ぴったりのメロディ、サウンドのモーダルなナンバーです!それにしても日曜日に一体何が起きたのでしょうか?(爆)、問題提起感が凄いですね。アドリブはC Dorianワンコード、いわゆる一発で行われ、ソロの先発はWalton、巧みなフィンガリング、フレージングにピアノの上手さを感じますが、練習を披露しているかの様なソロの部分にはちょっとばかり残念さを覚えます。続くBergのソロはまさに水を得た魚、このテンポで巧みにストーリーを語るのは本当の実力者です!ピアノのバッキングがBergを煽るべくイってます!個人的にはドラムにも、もっと茶茶を入れて貰いたかったところですが。テナーソロに崩壊の兆しが見えたところでHigginsのフリードラムソロに突入、様々なアプローチを巧みに駆使して名人芸を聴かせます。ラテンのリズムを繰り出して冒頭の「日曜日の清々しい朝」セクションが演奏され、Sunday SuiteはFineです。