今回はボーカリストAaron Nevilleの2003年録音リリース作品「Nature Boy The Standards Album」を取り上げたいと思います。「こんな歌い方アリですか?」と問いかけたくなるほどに意外性のある、しかも素晴らしい歌唱表現が、スタンダードナンバーに新たな個性をもたらしました。
Recorded at Avatar Studios, NYC, January 5-7, 2003 Engineer: Dave O’Donnell Produced, Arranged, and Conducted by Rob Mounsey Executive Producer: Ron Goldstein Verve Label
1)Summertime 2)Blame It on My Youth 3)The Very Thought of You 4)The Shadow of Your Smile 5)Cry Me a River 6)Nature Boy 7)Who Will Buy? 8)Come Rain or Come Shine 9)Our Love Is Here to Stay 10)In the Still of the Night 11)Since I Fell for You 12)Danny Boy
当Blogにて以前取り上げたことのある88年リリースHal Willnerプロデュース作品「Stay Awake Various Interpretations of Music from Vintage Disney Films」、珠玉のDisneyチューンに優れたアレンジ、プロデュース力を加え新たな命が吹き込まれました。収録曲のMickey Mouse MarchはAaronとDr. Johnのピアノとのデュオ演奏なのですが、個人的にはここでの歌唱に雷に打たれるが如くシビレて以来の、Aaronの大ファンです!誰もが知るシンプルなメロディ、言い換えれば単なる童謡があそこまで愛を伝えられるメッセージソングに変身するとは驚きでした。そう言えば伴奏のDr. JohnもNew Orleans出身の超個性派ボーカリストです。King Oliverに始まりKid Ory, Jelly Roll Morton, Sidney Bechet, Louis Armstrong、枚挙に遑がありませんが加えてEllis, Branford, WyntonのMarsalis親子、Nicholas Payton, そしてNeville Brothers。こんなに個性的なシンガー、アーティストを数多く輩出でき、しかもジャズ発祥の地でもあるご当地、その底知れぬポテンシャルを再認識してしまいます。
2曲目Blame It on My Youth、実に美しいメロディライン、コード感を持つバラードです。歌詞の内容を丁寧に、噛み締めるが如く、加えてAaronのニュアンスに富んだ歌い方と、リズムセクションの合わさり方、歌詞の合間を縫って絶妙に重なるオーケストラの調べが心地よく響きますが、Roy Hargroveのトランペットソロ、サポートするTateのブラシワークが更なる高みへと導きます。曲中トランペットのオブリガートは聴かれませんが、エンディングで一節、唄の高音域を用いたクライマックスで演奏しています。音の跳躍でのAaronのボーカルテクニックも申し分ありません。
3曲目The Very Thought of You、イントロではギター、シンセサイザーを中心としたサウンドにストリングスが芳醇なサウンドを与えています。歌本編に入ってもアレンジが継続して光ります。Aaronは囁くような語り口から始まり、ここでも抜群のボーカルを聴かせますが、ゲストにLinda Ronstadtの歌が加わります。Lindaとは89年彼女のアルバム「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」で共演し、彼女たちのデュエット2曲が90, 91年と連続してグラミー賞を受賞しました。91年にはLindaのプロデュースによりAaronの作品「Warm Your Heart」がリリースされました。LindaのAaronのボーカルへの入れ込みようが感じられますが、その返礼として本作に招き入れたのでしょう。Lindaは米国を代表するロック、ポップス・シンガーですがスタンダードナンバーを取り上げた作品も何枚かリリースしています。彼女の歌唱自体は、よく声の出ているパワフルさを聴かせますが、残念ながらジャズ的要素を殆ど認める事が出来ません。声質にジャズ表現に不可欠な陰りを感じず、米国西海岸の健康的明るさが目立ち、むき卵の如きつるっとした質感です。歌唱自体も何故か必ずシャウト系に移行し、抑制された感情表現を行うための引き出しが見当たりません。Aaronと比較すると彼の繊細さ、表現の幅の広さ、深さ、スイートネス、一歩退いた音楽への客観的スタンス、全てに格が違うのを感じてしまいます。AaronはLindaにとって真逆のタイプのシンガーだけに憧れがあったのでしょう。この曲でもHargroveがフリューゲルホルンでソロを取り、魅惑的なトーンを披露しています。同様にエンディングのアンサンブルで共演しています。
Aaron Neville参加Linda Ronstadt作品「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」
Linda Ronstadtプロデュース作品「Warm Your Heart」
4曲目The Shadow of Your Smileはボサノヴァを代表するナンバー、イントロではベース重音でのパターンが印象的で、ストリングス、フルートの隠し味が効果的です。Aaronの歌唱も朗々感が堪りません!七色の声質(それ以上にもっとヴァリエーションがあるかも知れません!)を駆使しつつビブラートの微細な振幅数を変えることで、ニュアンス付けを行っています。この曲ではトロンボーン奏者Ray Andersonを迎え、ちょっと危ないヤサグレ感を湛えたテイストでの間奏、アンサンブルを聴かせています。Andersonの音色の複雑さにはAaronの声質に通じるものを感じます。
5曲目Cry Me a River、古今東西様々な歌手、ジャンルで歌われている名曲です。下手をするとどっぷりとマイナーの暗さが表出し、演歌調になってしまいがちな曲想ですが、Aaronの歌いっぷりとアレンジ、サポートミュージシャン達の好演、そしてMichael Breckerの伴奏により全てが良い方向に具現化しました。イントロでは一聴すぐ分かるMichaelの音色とニュアンスによる、開会宣言とも取れるひと節のメロディがあります。右手を高らかに上げながら「私はAaronの伴奏に対し、全身全霊を傾け、全ての音が音楽的にサウンドするように、正々堂々と演奏する事をここに誓います」と選手宣誓をするかの如きメッセージを感じ取る事が出来ましたが(何のこっちゃ?)、案の定Michaelのソロの入魂振り!ボーカル、アレンジ、共演者のサウンド全てを踏まえ、且つ自身が未だ成し得ていないアプローチを模索しながら繊細に、大胆にブロウしています。イントロと同じメロディが再利用されているアウトロでは、AaronのスキャットにMichael反応しています。
7曲目Who Will Buy?はミュージカルOliverの挿入曲。オルガンやホーンセクションを配したアンサンブルに古き良き米国を感じさせるのは、やはりミュージカルナンバー故でしょう。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施され、ゴージャスなサウンドを聴かせます。Wilsonのギターソロがフィーチャーされ、クリアーなトーン、フレージングを携えた正統派のスタイルには好感が持てますが、むしろ若年寄然、録音時34歳とは思えない落ち着き振りと風格です。それもそのはず彼の父親は40年代から活躍している名バンドリーダーGerald Wilson、若きEric Dolphyも彼のバンドに参加していました。親譲りのミュージシャンシップが成せる技なのでしょう。後うたではファルセットも用いたAaronのスキャットが聴かれますが超絶です!表現力の深さを一層感じるのですが、実は彼には喘息の持病があります。これだけの歌唱を行えるので当然デリケートな喉の持ち主なのでしょう。05年に発生したハリケーン・カトリーナによってNew Orleansの彼の自宅が全壊し、Nashvilleへと避難しました。カトリーナ後New Orleansの汚染された空気が持病の喘息に悪影響を与えるとの医師の判断から、Aaronはしばらく故郷に戻らなかったそうです。
8曲目Come Rain or Come Shine、イントロはギターソロから始まりますが、ここでのギターのアプローチにも興味をそそられます。純然とカルテットだけによる伴奏でAaron訥々と歌います。おっと、ストリングスも従えていましたね、重厚な弦楽器アンサンブルのお陰で映画音楽の挿入曲の如きムーディな雰囲気の演奏ですが、ふとAaronの歌は果たしてジャズなのだろうかと考えると、実は微妙です。一つ言えるのは人を説得せしめる表現力を持った音楽家はジャンルに関係なく良い表現を行えるという事で、音楽にはジャンルは無くあるのは良い、悪いだけだという言葉の通り、Aaronはスタンダードナンバーに対し良い歌い方をしているに過ぎず、ジャズというカテゴリーよりも何よりも、ひたすらAaron Nevilleミュージックを演奏しているのかも知れません。
9曲目Gershwin作の名曲Our Love Is Here to Stay、ジャズボーカルの定番中の定番をビッグバンドジャズ・テイストでアレンジ、ストリングスとホーンセクションがコーニーさを屈託無く表現しています。ドラムのステディなブラシワーク、縦横無尽なベース・ライン、Freddie Greenの如きタイトでリズミックなギター・カッティング、そしてMichaelのテナーによる華麗な間奏、レイドバック感が絶妙です。音楽の枠組みはどこを切っても全くのジャズボーカルの伴奏ですが、中身は超個性的なAaronの歌声、歌唱。違和感が何処にも感じられないのは歌の素晴らしさ故か、耳がすっかり慣れてしまったのか。いずれにせよこの曲の名演奏の誕生です。
10曲目In the Still of the NightはCole Porter作曲のナンバー。アレンジのテイストとしてdoo-wopを感じさせ、7曲目同様に50年代の米国の雰囲気を表現しているかのようです。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施されていますが、歌に厚みを持たせると言うよりも、doo-wopに欠かせないコーラス・アンサンブルを聴かせるのが目的なのでしょう。爽やかさの中にも哀愁を感じさせる、美しく華やかで、細部に至るまで丁寧で気持のこもった歌唱に感動すら覚えます。Hargroveのミュート・トランペットによる間奏、後うたでのAaronとのトレードも冴えています。Tateは淡々とボサノヴァのリズムを繰り出していますがCarterは様々なアプローチを展開、なかなかここまでアクティヴなベースを聴かせることはありません。
11曲目Since I Fell for Youはジャンプ、ブルースナンバーを得意としたBuddy Johnsonのナンバー、Aaronは良くコブシの回った巧みなボーカルを聴かせます。ここではAaronのすぐ上の兄Charles(四兄弟の次男)がテナーサックスで参加し渋いソロを聴かせます。実は兄弟が集まりNeville Brothersとして活動を開始したのは遅咲きで77年から、それまでの兄弟各々の活動が結実してその後優れた作品を多くリリースしました。
Recorded at Power Station New England by Alec Head Produced by Dave Liebman Co-produced by Dan Moretti Executive Producer: Neil Weiss Whaling City Sound Label 2001年録音
1)Vail Jumpers 2)Have You Met Miss Jones 3)PP Phoenix 4)For All the Other Times 5)Three Card Molly 6)Tiara 7)Cecilia Is Love 8)Brite Piece 9)Trippin’ 10)Calling Miss Khadija
Dave Liebmanを中心に、Don Braden, Dan Morettiらを加えたテナー奏者計3名にベースOscar Stagnaro、ドラムMark Walker、ラテンパーカッションにPernell Saturnino、Jorge Najaroの2人、2曲目のみにTalking DrumでRick Andradeが加わる、異色のコード楽器不在ラテン・セッションです。Liebmanにとってはコードレスでのレコーディングは度々ありましたが、そもそも本作のタイトルにも由来するElvin Jones71年録音「Genesis」、こちらはElvinのドラムを軸に同じくコードレスでDave Liebman, Joe Farrell, Frank Fosterと言うド級テナー3管にベースGene Perlaで演奏したBlue Note Labelの作品ですが、こちらの収録ナンバーを中心に、パーカッション参加以外同じ編成でメンバーのオリジナルやスタンダード・チューン、ジャズマンの作品を付加し全曲コテコテ、本格派ラテンのリズムにアレンジされた演奏をたっぷりと聴けるラテン版「Genesis」ということで、本作タイトル「Latin Genesis」と相成りました。
2曲目はスタンダードナンバーでお馴染みHave You Met Miss Jones、パーカッションが効果的に用いられ、本格的なラテンのグルーヴが表出します。テーマもかなりアレンジが施されていますが、ソロに於いてA-A-B-A構成のこの曲、Aの部分はドミナントペダルを用いたワンコードで行われ、Bでは逆にColtrane Changeも用いられ複雑化されているようです。ここではフロント3人の演奏がフィーチャーされますが三者三様のタイム感を聴く事が出来、興味深いです。先発Bradenはやや前にリズムのポイントが設定され比較的タイト、Morettiは更に前にポイントがありますが、時としてタイトさを欠く傾向にあります。Liebmanはリズムのポイント、タイトさともに実にソリッド、理想的なタイム感の演奏に徹しており、リズムに関してのマエストロ振りを発揮しています。本作ではテナー衆3人一貫した各々のリズム表現が聴かれるので、音色やフレージングの違いと同様にプレーヤーを判断する材料になります。ちなみに3人ともドイツのKeilwerth社製サックスを使用、エンドース(モニター)仲間でもあります。Morettiのソロ後短くパーカッションソロ、そしてラストテーマ奏の後はLiebmanがソプラノを携えサックスバトルが行われます。激しい盛り上がりでピークを迎えた頃にアンサンブル、良く出来たアレンジでリズムセクションも的確に呼応し大団円を迎えます。
4曲目もPerlaのナンバーでFor All the Other Times、オリジナルはミディアム・スローのヘヴィーなスイング(Elvinの繰り出すリズムですから当然なのですが)で演奏されていますが、ここでは8分の6拍子のリズムでテンポも早く、小気味良いグルーヴを伴って演奏されます。ここでもフロント3人のバトルが聴かれます。先発はLiebman、テナーを用いたソロになりますがダークでエグエグ、そしてぶっちぎりの迫力!他の2人も大健闘していますがむしろLiebmanの引き立て役となってしまいました。
5曲目はElvinの書いた名曲Three Card Molly、本作のトピックス演奏になります。Elvin自身ことあるごとに取り上げ、「Genesis」の他の演奏として74年9月Swedenで録音された「Mr. Thunder」、こちらのフロントはSteve Grossman、82年録音「Earth Jones」でのフロントは2管、やはりソプラノでLiebmanと我らがTerumasa Hinoがコルネットで参加しています。99年9月NYC The Blue Noteでライブ録音された「The Truth」、Michael Breckerを含む4管編成での演奏にも収録されていますが、こちらには残念ながらMichaelのソロはありません。
7曲目再び「Genesis」からCecilia Is Love、Frank Fosterのナンバーです。原曲ではJoe Farrellのソプラノがメロディとソロを担当していますが、ここでのイントロはLiebmanのソプラノが熟れ切った果実の如き味のある音色と、独特のニュアンスで演奏しています。おもむろにブラジリアン・サンバのリズムがスタート、Elvinはボサノバのリズムで演奏しているので世界は一変します。ホーンのアンサンブルを伴ったLiebmanのソプラノがフィルを交えながらテーマ奏、引き続いてソロに入ります。ここでもソプラノのマエストロとしての真価を発揮しています。続くMorettiのテナーソロはどこか「必ず盛り上げねばならぬ」と、義務感の方が先行してしまうアプローチを感じます。Co-producerとしてもクレジットされている彼はおそらく本作の発案者の1人だと思いますが、責任感がそうさせてしまったのでしょうか。音楽を含んだ芸術的表現はスポンテニアスさが何より大切、恣意的行為が介入すると音楽を真剣に受け止めようとするリスナーには、かなりしんどい事になります。
8曲目LiebmanのBrite Pieceは彼が在籍していた当時のElvin Bandの重要なレパートリーで、作品「Merry Go Round」「Live at the Lighthouse」にも収録されています。日頃あまり明るい(Brite)雰囲気の曲を書かないLiebmanが、珍しく書いたと言う事でこのタイトルが付けられましたが、用いられるモードの中で最も明るいはずのLydianスケールが多用されているにも関わらず、むしろ仄暗さも含んだユニークなテイストです。先発ソプラノはBraden、なかなかのチャーミングな音色で軽やかに、スムースにソロを展開します。しかしバックリフの後に現れるLiebmanのソプラノの存在感は物凄いですね!Bradenの業績を吹き飛ばしてしまうが如きです。オリジナルでも演奏されていたバックリフも聴かれ、抜群のタイム感とスイング感でソロを推進させ、おもむろにラストテーマへとGo!イントロでも使われたベルトーンがアウトロでも演奏されます。
10曲目ラストを飾るのはLee MorganのナンバーCalling Miss Khadija、原曲はArt Blakey and the Jazz Messengersの64年録音のアルバム「Indestructible」でMorgan, Wayne Shorter, Curtis Fullerの3管編成で演奏されています。テーマ部分のみがラテンで演奏されましたが、本作では全編筋金入りのラテンジャズにアレンジされ、Morettiのテナー、Bradenのソプラノでのソロがフィーチャーされます。両者ともにアルバム中最も落ち着いた好演を展開しており、パーカッションソロ後にラストテーマになります。演奏自体は決して悪くはないのですが、トータルに考えて特にこの曲を選び収録する必然性を残念ながら感じません。メンバーのオリジナルないしは「Genesis」中唯一取り上げていないナンバー、Slumberをラテンで演奏しても良かったのではと思います。
Recorded November 1980 Tonstudio Bauer, Ludwigsburg Engineer: Martin Wieland Produced by Manfred Eicher An ECM Production
g)John Abercrombie p)Richie Beirach b)George Mraz ds)Peter Donald
1)Boat Song 2)M 3)What Are the Rules 4)Flashback 5)To Be 6)Veils 7)Pebbles
John Abercrombieは44年12月ニューヨーク州生まれ、少し生い立ちに触れてみましょう。多くの米国の子供がそうであるように彼もRock & Rollを聴いて育ちました。アイドルだったChuck Berry, Elvis Presley, Fats Domino, Bill Haley and the Cometsの音楽性が、その後の彼の演奏に何らかの形で反映されているかも知れない、あまりにも彼の演奏する音楽と違い過ぎるだけに、その事を想像するのもちょっと楽しいです。10歳からギターレッスンを受け、早熟な彼は最初のジャズギタリストとしてのアイドルだったBarney Kesselの演奏について、当時習っていた先生に彼は何を弾いているのか教えて欲しいと質問したそうです。栴檀は双葉より芳し、こちらの話もKesselがAbercrombieの演奏スタイルにどう影響を与えたのか、プレイを注意深く聴くきっかけにもなります。高校卒業後はBerklee College of Musicに入学、そこでSonny Rollinsの作品「The Bridge」のJim Hall、Wes Montgomeryには作品「The Wes Montgomery Trio」「Boss Guitar」で感銘を受け、George BensonやPat Martinoの演奏からもインスピレーションを授かりました。この辺りの流れはコンテンポラリー系ジャズギタリストを志す者としては、至極自然な成り行きでしょう。Berkleeを卒業後NYCに進出、セッションマンとして知られる存在になり、Brecker Brothersが在籍していたバンドDreamsや同じくBilly Cobhamのグループに参加、そして74年に記念すべき初リーダー作「Timeless」をJan Hammer, Jack DeJohnetteらとトリオでECMにレコーディングしました。以降もECM〜プロデューサーManfred Eicherとの関係は続き、双頭アルバムを含め30作近くをレコーディングしました。
その後Abercrombieは自身の初めてのリーダー・カルテットであるJohn Abercrombie Quartetを立ち上げ、活動を開始します。名門ECMレーベルに同じメンバーで78年「Arcade」、79年「Abercrombie Quartet」、80年本作「M」と毎年1作づつレコーディングし計3作をリリースしました。永らく3枚はCD化されていませんでしたが、2015年に全作収録の3枚組Box Set「The First Quartet」でリリースされました。
3曲目はBeirachのWhat Are the Rules、彼はこのQuartet3部作いずれにも3曲づつオリジナルを提供しています。冒頭全員でルパートでの、不安感を煽るかの如き、フリージャズの様を呈する演奏、研ぎ澄まされた空間に自由な発想で音が投げ掛けられますが、全てに意思が反映されているためにサウンドしています。Beirachの怪しげなモチーフが発端となりテンポが設定され、ベース、ドラムが合わさります。一体どこまで決められている演奏なのか、全くの即興なのか、最低限の取り決めだけが成されている程度なのかも知れません。ギターからも異なるモチーフの提案があり、メンバー追従し始めます。ピークを迎えたところでピアノに主導権が移行され、新たな展開に入ります。ドラムの対話形式で進行しつつ、ギターとベースが加わり、再びルパートへ、ピアノのアウフタクトがきっかけとなりメチャクチャ高度で難解、でもヒップなアンサンブルが聴かれます!えっ?これでこの曲オシマイですか?そうなんです、テーマ〜ソロ〜テーマのルーティーンに飽きてしまった4人が考え出した演奏形態なんです!
7曲目はMrazのナンバーPebbles、3部作初登場の彼のナンバーです。8分の12拍子のリズムパターンを淡々とピアノが刻み、その上でギターが浮遊します。どこからどこまでがテーマでメロディなのかは分かりません。ドラムも加わりリズムを刻みますが、ベースは大きくビートを提示する役目、ユニークな曲です。ピアノソロ時にはパターンが希薄になる分、ベースとの絡み具合が面白いです。この曲想はMrazが生まれたCzech Republicの風土に起因するのでしょうか、いずれにせよ作品のクロージングに相応しく、to be continued感が出せていると思います。
All Compositions by Peter O’Mara Recorded and Mixed 24-26 May 1994 at “Systems-Two” Recording Studios, Brooklyn, NYC by Joe & Mike Marciano GLM Label, Germany
g)Peter O’Mara ts, ss)Bob Mintzer b)Marc Johnson ds)Falk Willis
1)Fifth Dimension 2)The Gift 3)Catalyst 4)Seven-Up 5)Chances 6)Symmetry 7)Steppin’ Out 8)Expressions 9)Blues Dues
1957年12月Australia, Sydney生まれのPeter O’Maraは地元の音楽学校やJamey Aebersold, Dave Liebman, Randy Brecker, John Scofield, Hal Galperら米国ミュージシャンのクリニックで多く学びました。80年にAustraliaのJazz作曲部門コンテストで一位に輝き同年初リーダー作「Peter O’Mara」をリリースし、海外留学の資格も得て81年NYCで様々なミュージシャンに師事しました。同年暮れからGermany, Munichに移住し90年には欧州のWeather Reportと呼ばれたサックス奏者Klaus Doldinger率いるバンドPassportに参加(個人的にはWRには聴こえず、いわゆる”フュージョン”グループです)、欧州、 南アフリカ、Brazilでのツアーを経験しました。現在までに共同名義を含め10作以上のリーダー作を発表、音楽教育でも精力的に活動しており教則本を4冊出版(日本でも翻訳されています)、YouTubeでギター講座を展開しています。
初リーダー作Peter O’Mara
O’Mara参加Klaus Doldinger & Passportの作品Down to Earth
8曲目Expressionsは巧みなベースソロをフィーチャーした叙情的なイントロから始まるEven 8thのナンバー。Mintzerのソプラノサックスがこの上なく美しいです!テナー同様に倍音成分が実に豊富で複雑な鳴りをしていますが、バランス感が絶妙、この曲の持つムードにまさしくピッタリです!ソプラノばかりに耳が行ってしまいがちですが、曲のメロディ、構成も実に素晴らしい出来です!Mintzerが参加するグループYellowjacketsの98年作品「Club Nocturne」の1曲目、以降のYellowjacketsの重要なライブレパートリーでもある名曲Spirit of the West、ここでのソプラノの音色、演奏も実に堪りません!そういえば同じくユダヤ系Coltrane派テナー奏者、70年代からのMintzerの盟友であるDave Liebman, Steve Grossman, Michael Breckerたちもソプラノの名手でした。ギターソロはさすがコンポーザーとしてのイメージをふんだんに散りばめた、深淵な世界を作り上げています。ラストテーマではソプラノの鳴りが更に極まったように聴こえ、一時この曲ばかりヘヴィロテで聴いた覚えがあるのを思い出しました。