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2020.02

2020.02.28 Fri

Nature Boy The Standards Album / Aaron Neville

今回はボーカリストAaron Nevilleの2003年録音リリース作品「Nature Boy The Standards Album」を取り上げたいと思います。「こんな歌い方アリですか?」と問いかけたくなるほどに意外性のある、しかも素晴らしい歌唱表現が、スタンダードナンバーに新たな個性をもたらしました。

Recorded at Avatar Studios, NYC, January 5-7, 2003 Engineer: Dave O’Donnell Produced, Arranged, and Conducted by Rob Mounsey Executive Producer: Ron Goldstein Verve Label

vo)Aaron Neville vo)Linda Ronstadt(track: 3) ds)Grady Tate b)Ron Carter g)Anthony Wilson g)Ry Cooder(track: 12) p)Rob Mounsey ts)Michael Brecker(track: 5, 9) ts)Charles Neville(track: 11) tp, f.hr)Roy Hargrove(track:2, 3, 10) tb)Ray Anderson(track: 4) acc)Gil Goldstein(track: 6) congas, perc)Bashiri Johnson(track: 1, 4, 7, 10)

1)Summertime 2)Blame It on My Youth 3)The Very Thought of You 4)The Shadow of Your Smile 5)Cry Me a River 6)Nature Boy 7)Who Will Buy? 8)Come Rain or Come Shine 9)Our Love Is Here to Stay 10)In the Still of the Night 11)Since I Fell for You 12)Danny Boy

Aaron NevilleはNeville四兄弟の三男として41年にNew Orleansで生まれました。Art, Charles, Cyrilらとの名グループNeville Brothersのメンバーとしても活躍していましたが、兄弟の中では最も早くからソロ活動を開始しています。Aaronの美しくスイートな歌声と、ファルセットを交えた声の震わせ方、コブシの回し方から、ヨーデル奏法を思わせる唱法は実に魅力的で個性的です。一体どのようにしてこの歌い方を習得したのか、ルーツやスタイル確立までの変遷には興味のあるところですが、本作は彼のボーカルの魅力を引き出すべく、文句なしのメンバー、ゲスト達と共に都会的なセンスのアレンジを施したジャズのスタンダードナンバーを取り上げて存分に歌わせる、製作者サイドからそのような意気込みが伝わる作品に仕上がりました。普段Aaronがまず歌うことのないスタンダードナンバーの数々(幼少期には口ずさんでいたでしょうが)、どの程度まで彼が選曲に関わったのかも気になりますが、常日頃愛唱しているかの如きボーカルの絶好調ぶりを聴かせ、結果手垢のついたスタンダードに今までにない新たな説得力、魅力が加わったと感じています。リズムセクションはプロデューサーでもあるピアニストRob Mounseyを中心にベーシストRon Carter、ドラマーにはジャズシンガーとしても活躍していたGrady Tateら歌伴にも名人芸を聴かせる巨匠たちを配し、ギタリストには歌姫Diana Krallのサポートでも有名なAnthony Wilsonを加え彼らカルテットが一貫して全曲伴奏を務め、曲毎にゲストアーティストを招き適材適所な間奏を聴かせ、さらにストリングス、ホーンによるオーケストレーションも豪華に色合いを添えています。Mounseyのアレンジ、采配共に洗練されていて巧みだと思います。

当Blogにて以前取り上げたことのある88年リリースHal Willnerプロデュース作品「Stay Awake Various Interpretations of Music from Vintage Disney Films」、珠玉のDisneyチューンに優れたアレンジ、プロデュース力を加え新たな命が吹き込まれました。収録曲のMickey Mouse MarchはAaronとDr. Johnのピアノとのデュオ演奏なのですが、個人的にはここでの歌唱に雷に打たれるが如くシビレて以来の、Aaronの大ファンです!誰もが知るシンプルなメロディ、言い換えれば単なる童謡があそこまで愛を伝えられるメッセージソングに変身するとは驚きでした。そう言えば伴奏のDr. JohnもNew Orleans出身の超個性派ボーカリストです。King Oliverに始まりKid Ory, Jelly Roll Morton, Sidney Bechet, Louis Armstrong、枚挙に遑がありませんが加えてEllis, Branford, WyntonのMarsalis親子、Nicholas Payton, そしてNeville Brothers。こんなに個性的なシンガー、アーティストを数多く輩出でき、しかもジャズ発祥の地でもあるご当地、その底知れぬポテンシャルを再認識してしまいます。

それでは収録曲に触れて行く事にしましょう。1曲目George Gershwinの名曲Summertime、ギターのカッティングとパーカッションの繰り出すリズムから一瞬レゲエのグルーヴを感じましたが、ビートの基本はスイングです。ホーンセクションのアンサンブルやベースのグリッサンドが重厚さを醸し出し、イントロでの演奏はボーカル登場までの期待感を十分に高めてくれます。Aaronの声には爽やかさも感じさせますが哀愁感、枯れた成分、独特なアクも内包し様々な音色を使い分け複雑な色合いを見せます。そこにヨーデル・ライクな(この表現が的を得ているのか今一つ確信がありませんが)コブシ回し(しかもピッチ感が素晴らしいのです!)、ダイナミクスを伴ったファルセットが加わることにより、誰も体感したことのないメロディの浮遊感が訪れます。所々に施された多重録音による唄のハーモニーも、インチューンでごく自然に耳に入って来ます。Summertimeは本来子守唄のはずですが間違いなくこの歌唱で眠りに誘われる子供はいないでしょうね(笑)

2曲目Blame It on My Youth、実に美しいメロディライン、コード感を持つバラードです。歌詞の内容を丁寧に、噛み締めるが如く、加えてAaronのニュアンスに富んだ歌い方と、リズムセクションの合わさり方、歌詞の合間を縫って絶妙に重なるオーケストラの調べが心地よく響きますが、Roy Hargroveのトランペットソロ、サポートするTateのブラシワークが更なる高みへと導きます。曲中トランペットのオブリガートは聴かれませんが、エンディングで一節、唄の高音域を用いたクライマックスで演奏しています。音の跳躍でのAaronのボーカルテクニックも申し分ありません。

3曲目The Very Thought of You、イントロではギター、シンセサイザーを中心としたサウンドにストリングスが芳醇なサウンドを与えています。歌本編に入ってもアレンジが継続して光ります。Aaronは囁くような語り口から始まり、ここでも抜群のボーカルを聴かせますが、ゲストにLinda Ronstadtの歌が加わります。Lindaとは89年彼女のアルバム「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」で共演し、彼女たちのデュエット2曲が90, 91年と連続してグラミー賞を受賞しました。91年にはLindaのプロデュースによりAaronの作品「Warm Your Heart」がリリースされました。LindaのAaronのボーカルへの入れ込みようが感じられますが、その返礼として本作に招き入れたのでしょう。Lindaは米国を代表するロック、ポップス・シンガーですがスタンダードナンバーを取り上げた作品も何枚かリリースしています。彼女の歌唱自体は、よく声の出ているパワフルさを聴かせますが、残念ながらジャズ的要素を殆ど認める事が出来ません。声質にジャズ表現に不可欠な陰りを感じず、米国西海岸の健康的明るさが目立ち、むき卵の如きつるっとした質感です。歌唱自体も何故か必ずシャウト系に移行し、抑制された感情表現を行うための引き出しが見当たりません。Aaronと比較すると彼の繊細さ、表現の幅の広さ、深さ、スイートネス、一歩退いた音楽への客観的スタンス、全てに格が違うのを感じてしまいます。AaronはLindaにとって真逆のタイプのシンガーだけに憧れがあったのでしょう。この曲でもHargroveがフリューゲルホルンでソロを取り、魅惑的なトーンを披露しています。同様にエンディングのアンサンブルで共演しています。

Aaron Neville参加Linda Ronstadt作品「Cry Like a Rainstorm, Howl Like the Wind」
Linda Ronstadtプロデュース作品「Warm Your Heart」

4曲目The Shadow of Your Smileはボサノヴァを代表するナンバー、イントロではベース重音でのパターンが印象的で、ストリングス、フルートの隠し味が効果的です。Aaronの歌唱も朗々感が堪りません!七色の声質(それ以上にもっとヴァリエーションがあるかも知れません!)を駆使しつつビブラートの微細な振幅数を変えることで、ニュアンス付けを行っています。この曲ではトロンボーン奏者Ray Andersonを迎え、ちょっと危ないヤサグレ感を湛えたテイストでの間奏、アンサンブルを聴かせています。Andersonの音色の複雑さにはAaronの声質に通じるものを感じます。

5曲目Cry Me a River、古今東西様々な歌手、ジャンルで歌われている名曲です。下手をするとどっぷりとマイナーの暗さが表出し、演歌調になってしまいがちな曲想ですが、Aaronの歌いっぷりとアレンジ、サポートミュージシャン達の好演、そしてMichael Breckerの伴奏により全てが良い方向に具現化しました。イントロでは一聴すぐ分かるMichaelの音色とニュアンスによる、開会宣言とも取れるひと節のメロディがあります。右手を高らかに上げながら「私はAaronの伴奏に対し、全身全霊を傾け、全ての音が音楽的にサウンドするように、正々堂々と演奏する事をここに誓います」と選手宣誓をするかの如きメッセージを感じ取る事が出来ましたが(何のこっちゃ?)、案の定Michaelのソロの入魂振り!ボーカル、アレンジ、共演者のサウンド全てを踏まえ、且つ自身が未だ成し得ていないアプローチを模索しながら繊細に、大胆にブロウしています。イントロと同じメロディが再利用されているアウトロでは、AaronのスキャットにMichael反応しています。

6曲目表題曲Nature BoyにはGil Goldsteinのアコーディオンを加え、Wilsonはアコースティック・ギターに持ち替え、アレンジでは対旋律を張り巡らし曲の持つムードに叙情性を付加し、深遠さを出すことに成功しています。2’42″の短い演奏ですが実に印象的であります。

7曲目Who Will Buy?はミュージカルOliverの挿入曲。オルガンやホーンセクションを配したアンサンブルに古き良き米国を感じさせるのは、やはりミュージカルナンバー故でしょう。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施され、ゴージャスなサウンドを聴かせます。Wilsonのギターソロがフィーチャーされ、クリアーなトーン、フレージングを携えた正統派のスタイルには好感が持てますが、むしろ若年寄然、録音時34歳とは思えない落ち着き振りと風格です。それもそのはず彼の父親は40年代から活躍している名バンドリーダーGerald Wilson、若きEric Dolphyも彼のバンドに参加していました。親譲りのミュージシャンシップが成せる技なのでしょう。後うたではファルセットも用いたAaronのスキャットが聴かれますが超絶です!表現力の深さを一層感じるのですが、実は彼には喘息の持病があります。これだけの歌唱を行えるので当然デリケートな喉の持ち主なのでしょう。05年に発生したハリケーン・カトリーナによってNew Orleansの彼の自宅が全壊し、Nashvilleへと避難しました。カトリーナ後New Orleansの汚染された空気が持病の喘息に悪影響を与えるとの医師の判断から、Aaronはしばらく故郷に戻らなかったそうです。

8曲目Come Rain or Come Shine、イントロはギターソロから始まりますが、ここでのギターのアプローチにも興味をそそられます。純然とカルテットだけによる伴奏でAaron訥々と歌います。おっと、ストリングスも従えていましたね、重厚な弦楽器アンサンブルのお陰で映画音楽の挿入曲の如きムーディな雰囲気の演奏ですが、ふとAaronの歌は果たしてジャズなのだろうかと考えると、実は微妙です。一つ言えるのは人を説得せしめる表現力を持った音楽家はジャンルに関係なく良い表現を行えるという事で、音楽にはジャンルは無くあるのは良い、悪いだけだという言葉の通り、Aaronはスタンダードナンバーに対し良い歌い方をしているに過ぎず、ジャズというカテゴリーよりも何よりも、ひたすらAaron Nevilleミュージックを演奏しているのかも知れません。

9曲目Gershwin作の名曲Our Love Is Here to Stay、ジャズボーカルの定番中の定番をビッグバンドジャズ・テイストでアレンジ、ストリングスとホーンセクションがコーニーさを屈託無く表現しています。ドラムのステディなブラシワーク、縦横無尽なベース・ライン、Freddie Greenの如きタイトでリズミックなギター・カッティング、そしてMichaelのテナーによる華麗な間奏、レイドバック感が絶妙です。音楽の枠組みはどこを切っても全くのジャズボーカルの伴奏ですが、中身は超個性的なAaronの歌声、歌唱。違和感が何処にも感じられないのは歌の素晴らしさ故か、耳がすっかり慣れてしまったのか。いずれにせよこの曲の名演奏の誕生です。

10曲目In the Still of the NightはCole Porter作曲のナンバー。アレンジのテイストとしてdoo-wopを感じさせ、7曲目同様に50年代の米国の雰囲気を表現しているかのようです。ここでもボーカルにオーヴァーダビングが施されていますが、歌に厚みを持たせると言うよりも、doo-wopに欠かせないコーラス・アンサンブルを聴かせるのが目的なのでしょう。爽やかさの中にも哀愁を感じさせる、美しく華やかで、細部に至るまで丁寧で気持のこもった歌唱に感動すら覚えます。Hargroveのミュート・トランペットによる間奏、後うたでのAaronとのトレードも冴えています。Tateは淡々とボサノヴァのリズムを繰り出していますがCarterは様々なアプローチを展開、なかなかここまでアクティヴなベースを聴かせることはありません。

11曲目Since I Fell for Youはジャンプ、ブルースナンバーを得意としたBuddy Johnsonのナンバー、Aaronは良くコブシの回った巧みなボーカルを聴かせます。ここではAaronのすぐ上の兄Charles(四兄弟の次男)がテナーサックスで参加し渋いソロを聴かせます。実は兄弟が集まりNeville Brothersとして活動を開始したのは遅咲きで77年から、それまでの兄弟各々の活動が結実してその後優れた作品を多くリリースしました。

Neville Brothers代表作「Yellow Moon」89年リリース

12曲目最後を飾るDanny Boyはお馴染みIreland民謡、Ry Cooderがギターの伴奏で参加します。誰もが知るシンプルなメロディを巧みに歌い上げていますが、これはAaronの最も得意とするところ、前述のMickey Mouse Marchでもそうでしたが、かのLuciano Pavarottiと共演を果たした92年ライブ盤「 Pavarotti & Friends」に収録のAve Maria、こちらも実に素晴らしく、心揺さぶられる説得力に満ちています。

2020.02.16 Sun

Latin Genesis / Dave Liebman

今回はテナー奏者Dave Liebmanの2002年作品「Latin Genesis」を取り上げてみましょう。

Recorded at Power Station New England by Alec Head Produced by Dave Liebman Co-produced by Dan Moretti Executive Producer: Neil Weiss Whaling City Sound Label 2001年録音

ts,ss)Dave Liebman ts,ss)Don Braden ts,ss,fl,alt-fl,bcl)Dan Moretti b)Oscar Stagnaro ds)Mark Walker perc)Pernell Saturnino pero)Jorge Najaro talking drum)Rick Andrade

1)Vail Jumpers 2)Have You Met Miss Jones 3)PP Phoenix 4)For All the Other Times 5)Three Card Molly 6)Tiara 7)Cecilia Is Love 8)Brite Piece 9)Trippin’ 10)Calling Miss Khadija

Dave Liebmanを中心に、Don Braden, Dan Morettiらを加えたテナー奏者計3名にベースOscar Stagnaro、ドラムMark Walker、ラテンパーカッションにPernell Saturnino、Jorge Najaroの2人、2曲目のみにTalking DrumでRick Andradeが加わる、異色のコード楽器不在ラテン・セッションです。Liebmanにとってはコードレスでのレコーディングは度々ありましたが、そもそも本作のタイトルにも由来するElvin Jones71年録音「Genesis」、こちらはElvinのドラムを軸に同じくコードレスでDave Liebman, Joe Farrell, Frank Fosterと言うド級テナー3管にベースGene Perlaで演奏したBlue Note Labelの作品ですが、こちらの収録ナンバーを中心に、パーカッション参加以外同じ編成でメンバーのオリジナルやスタンダード・チューン、ジャズマンの作品を付加し全曲コテコテ、本格派ラテンのリズムにアレンジされた演奏をたっぷりと聴けるラテン版「Genesis」ということで、本作タイトル「Latin Genesis」と相成りました。

それでは曲毎に見て行きましょう。1曲目BradenのナンバーVail Jumpers、オープニングに相応しい軽快でいて重厚な佳曲、ラテンのリズムが心地良く、Bradenがリードを吹くテナー3管のアンサンブルでは素晴らしいハーモニーが聴かれます。アレンジも良いですね。Braden自身は00年作品「Contemporary Standards Ensemble」で演奏しこちらが初演、スイングビートでテンポも少し遅く演奏されているため本作の演奏の方によりスピード感を覚えますが、初演はトランペット、アルト、テナーの3管編成でのジャジーな雰囲気満載のフォーメーション、佳曲はリズムの形態を問わず演奏可能、と言う事でしょう。

Don Braden Presents the Contemporary Standards Ensemble

ソロの先発は意外にもベース、技巧派を聴かせますが、アンサンブル時よりもタイムがややラッシュする傾向にあります。Bradenのソロに繋がりますがコンポーザーならではの曲の構成をしっかり把握しつつ、巧みにツボを押さえてシャウトにまで至りソロの起承転結をまとめた、聴き応えのある演奏です。些か専門的な話で恐縮ですが、Bradenは90年代中頃からマウスピースをLawtonのメタルに替えています。それ以前はOtto Linkのやはりメタルを使用していました。個人的にはその頃の音色の方によりジャジーなテイストを感じるのですが、本人が気に入って使っているのならば致し方ありません。でも歌い回しや雰囲気が自分好みなテナー奏者だけに、少し残念な感じを覚えます。Lawtonマウスピースは明るくスピード感のあるサウンドですが、例えば93年録音のリーダー作「After Dark」で聴かれるOtto Linkのダークで付帯音の豊富な音色の方が、Bradenの持ち味に合っていると思うのは、きっと僕だけではないでしょう。本作の演奏でもあの音色でソロを聴けたらと、ふと思ってしまいます。テナーソロの後は短いドラムソロを挟みラストテーマへ、4分間というコンパクトな演奏で作品冒頭の掴みは良しとしました。

2曲目はスタンダードナンバーでお馴染みHave You Met Miss Jones、パーカッションが効果的に用いられ、本格的なラテンのグルーヴが表出します。テーマもかなりアレンジが施されていますが、ソロに於いてA-A-B-A構成のこの曲、Aの部分はドミナントペダルを用いたワンコードで行われ、Bでは逆にColtrane Changeも用いられ複雑化されているようです。ここではフロント3人の演奏がフィーチャーされますが三者三様のタイム感を聴く事が出来、興味深いです。先発Bradenはやや前にリズムのポイントが設定され比較的タイト、Morettiは更に前にポイントがありますが、時としてタイトさを欠く傾向にあります。Liebmanはリズムのポイント、タイトさともに実にソリッド、理想的なタイム感の演奏に徹しており、リズムに関してのマエストロ振りを発揮しています。本作ではテナー衆3人一貫した各々のリズム表現が聴かれるので、音色やフレージングの違いと同様にプレーヤーを判断する材料になります。ちなみに3人ともドイツのKeilwerth社製サックスを使用、エンドース(モニター)仲間でもあります。Morettiのソロ後短くパーカッションソロ、そしてラストテーマ奏の後はLiebmanがソプラノを携えサックスバトルが行われます。激しい盛り上がりでピークを迎えた頃にアンサンブル、良く出来たアレンジでリズムセクションも的確に呼応し大団円を迎えます。

3曲目Gene PerlaのPP Phoenix、この曲から3曲連続で「Genesis」収録曲の再演になります。原曲ではLiebmanがフルートでメロディ〜ソロを取り、テナー2管がアンサンブルを担当し、一貫してバラードでしっとりと演奏されていますが、こちらではボレロのリズムでLiebmanがソプラノを用いムーディに(あくまで彼流に、ですが)テーマ奏とソロプレイ、テナー2管のアンサンブルにも原曲にはない抑揚が付けられていてかなりメリハリの効いた構成での演奏、言わば「魅惑のラテンナンバー」状態です。曲想とソプラノがとても合致しており、Liebmanはこの曲を再演するときにはソプラノでプレイをしたいと考えていたように思います。

4曲目もPerlaのナンバーでFor All the Other Times、オリジナルはミディアム・スローのヘヴィーなスイング(Elvinの繰り出すリズムですから当然なのですが)で演奏されていますが、ここでは8分の6拍子のリズムでテンポも早く、小気味良いグルーヴを伴って演奏されます。ここでもフロント3人のバトルが聴かれます。先発はLiebman、テナーを用いたソロになりますがダークでエグエグ、そしてぶっちぎりの迫力!他の2人も大健闘していますがむしろLiebmanの引き立て役となってしまいました。

5曲目はElvinの書いた名曲Three Card Molly、本作のトピックス演奏になります。Elvin自身ことあるごとに取り上げ、「Genesis」の他の演奏として74年9月Swedenで録音された「Mr. Thunder」、こちらのフロントはSteve Grossman、82年録音「Earth Jones」でのフロントは2管、やはりソプラノでLiebmanと我らがTerumasa Hinoがコルネットで参加しています。99年9月NYC The Blue Noteでライブ録音された「The Truth」、Michael Breckerを含む4管編成での演奏にも収録されていますが、こちらには残念ながらMichaelのソロはありません。

ソロの先発はBradenのテナー、燃え上がるソロのフレーズを1音たりとも聞き逃さぬような体制でリズムセクションは臨んでいます。バックリフが入り、その後スイングにリズムが変わりLiebmanのソロになりますが、本作のハイライトシーンと言えましょう!ベースが演奏を止めドラムとソプラノのデュエットになる演奏のメリハリも素晴らしいのですが、何よりLiebmanの音色、タイム感、音符の長さと粒立ち、スピード感、ソロの構成力、オリジナリティ、どれを取ってもダントツの素晴らしさ、いやはや、エグくてカッコイイです!ドラムソロを挟んでラストテーマ、エンディングは収拾がつかない位に盛り上がりここで終わりかと見せかけて、ドラムのフィルとともに少し遅いテンポで8小節テーマがリフレインされますが、名演奏の誕生です!

6曲目MorettiのTiara、自身のフルートをフィーチャーした哀愁のナンバー。この人の音楽性、ひょっとしたらここでの演奏形態の方に軍配が上がりそうな勢いです。他のフロント2人もすっかり裏方に徹してMorettiの演奏を引き立てています。

7曲目再び「Genesis」からCecilia Is Love、Frank Fosterのナンバーです。原曲ではJoe Farrellのソプラノがメロディとソロを担当していますが、ここでのイントロはLiebmanのソプラノが熟れ切った果実の如き味のある音色と、独特のニュアンスで演奏しています。おもむろにブラジリアン・サンバのリズムがスタート、Elvinはボサノバのリズムで演奏しているので世界は一変します。ホーンのアンサンブルを伴ったLiebmanのソプラノがフィルを交えながらテーマ奏、引き続いてソロに入ります。ここでもソプラノのマエストロとしての真価を発揮しています。続くMorettiのテナーソロはどこか「必ず盛り上げねばならぬ」と、義務感の方が先行してしまうアプローチを感じます。Co-producerとしてもクレジットされている彼はおそらく本作の発案者の1人だと思いますが、責任感がそうさせてしまったのでしょうか。音楽を含んだ芸術的表現はスポンテニアスさが何より大切、恣意的行為が介入すると音楽を真剣に受け止めようとするリスナーには、かなりしんどい事になります。

8曲目LiebmanのBrite Pieceは彼が在籍していた当時のElvin Bandの重要なレパートリーで、作品「Merry Go Round」「Live at the Lighthouse」にも収録されています。日頃あまり明るい(Brite)雰囲気の曲を書かないLiebmanが、珍しく書いたと言う事でこのタイトルが付けられましたが、用いられるモードの中で最も明るいはずのLydianスケールが多用されているにも関わらず、むしろ仄暗さも含んだユニークなテイストです。先発ソプラノはBraden、なかなかのチャーミングな音色で軽やかに、スムースにソロを展開します。しかしバックリフの後に現れるLiebmanのソプラノの存在感は物凄いですね!Bradenの業績を吹き飛ばしてしまうが如きです。オリジナルでも演奏されていたバックリフも聴かれ、抜群のタイム感とスイング感でソロを推進させ、おもむろにラストテーマへとGo!イントロでも使われたベルトーンがアウトロでも演奏されます。

9曲目MorettiのTrippin’、イントロでは自身のフルート、アンサンブルでは隠し味的にバスクラを用いています。リズムとしては8分の6のラテンの他にReggaeも感じさせるパートもあります。ミステリアスな雰囲気の中にジャジーな色合いも見せる佳曲、管楽器のアンサンブルもよく練られていて、彼のコンポーザー、アレンジャーとしての資質も伝わります。ここではBradenのソプラノ、Liebmanのテナーソロが短く聴かれます。

10曲目ラストを飾るのはLee MorganのナンバーCalling Miss Khadija、原曲はArt Blakey and the Jazz Messengersの64年録音のアルバム「Indestructible」でMorgan, Wayne Shorter, Curtis Fullerの3管編成で演奏されています。テーマ部分のみがラテンで演奏されましたが、本作では全編筋金入りのラテンジャズにアレンジされ、Morettiのテナー、Bradenのソプラノでのソロがフィーチャーされます。両者ともにアルバム中最も落ち着いた好演を展開しており、パーカッションソロ後にラストテーマになります。演奏自体は決して悪くはないのですが、トータルに考えて特にこの曲を選び収録する必然性を残念ながら感じません。メンバーのオリジナルないしは「Genesis」中唯一取り上げていないナンバー、Slumberをラテンで演奏しても良かったのではと思います。

2020.02.08 Sat

M / John Abercrombie Quartet

今回はギタリストJohn Abercrombieの80年リーダー作「M」を取り上げてみましょう。彼の率いた最初のカルテットの第3作目になります。

Recorded November 1980 Tonstudio Bauer, Ludwigsburg Engineer: Martin Wieland Produced by Manfred Eicher An ECM Production

g)John Abercrombie p)Richie Beirach b)George Mraz ds)Peter Donald

1)Boat Song 2)M 3)What Are the Rules 4)Flashback 5)To Be 6)Veils 7)Pebbles

John Abercrombieは44年12月ニューヨーク州生まれ、少し生い立ちに触れてみましょう。多くの米国の子供がそうであるように彼もRock & Rollを聴いて育ちました。アイドルだったChuck Berry, Elvis Presley, Fats Domino, Bill Haley and the Cometsの音楽性が、その後の彼の演奏に何らかの形で反映されているかも知れない、あまりにも彼の演奏する音楽と違い過ぎるだけに、その事を想像するのもちょっと楽しいです。10歳からギターレッスンを受け、早熟な彼は最初のジャズギタリストとしてのアイドルだったBarney Kesselの演奏について、当時習っていた先生に彼は何を弾いているのか教えて欲しいと質問したそうです。栴檀は双葉より芳し、こちらの話もKesselがAbercrombieの演奏スタイルにどう影響を与えたのか、プレイを注意深く聴くきっかけにもなります。高校卒業後はBerklee College of Musicに入学、そこでSonny Rollinsの作品「The Bridge」のJim Hall、Wes Montgomeryには作品「The Wes Montgomery Trio」「Boss Guitar」で感銘を受け、George BensonやPat Martinoの演奏からもインスピレーションを授かりました。この辺りの流れはコンテンポラリー系ジャズギタリストを志す者としては、至極自然な成り行きでしょう。Berkleeを卒業後NYCに進出、セッションマンとして知られる存在になり、Brecker Brothersが在籍していたバンドDreamsや同じくBilly Cobhamのグループに参加、そして74年に記念すべき初リーダー作「Timeless」をJan Hammer, Jack DeJohnetteらとトリオでECMにレコーディングしました。以降もECM〜プロデューサーManfred Eicherとの関係は続き、双頭アルバムを含め30作近くをレコーディングしました。

その後Abercrombieは自身の初めてのリーダー・カルテットであるJohn Abercrombie Quartetを立ち上げ、活動を開始します。名門ECMレーベルに同じメンバーで78年「Arcade」、79年「Abercrombie Quartet」、80年本作「M」と毎年1作づつレコーディングし計3作をリリースしました。永らく3枚はCD化されていませんでしたが、2015年に全作収録の3枚組Box Set「The First Quartet」でリリースされました。

第1作目Arcade
第2作目Abercrombie Quartet
The First Quartet いかにもECMらしい簡潔にしてセンス溢れるジャケットです

ピアノRichie Beirach、ベースGeorge Mraz、ドラムPeter Donald、リーダーAbercrombie含めた4人は同世代でしかも全員Berklee同期出身、高度な演奏テクニック、巧みなインタープレイ、ロジカルな音楽性は同窓生のなせる技でもあります。おそらくBerklee在学中に既にバンドとしての形態が芽生えていた事でしょう。気心の知れたメンバーでバンドを組みたくなるのは当然ですし、ましてや初めてのリーダーカルテットならば事は尚更です。同一メンバーで演奏を継続させアルバムをリリースし続けるのは、オーディエンスにとってバンドの進化を目の当たりにする事が出来る至上の喜びでもあります。1作目「Arcade」ではバンド結成の初々しさと今後の展開に対する期待感、2作目「 Abercrombie Quartet」はギグの数もこなし、ミュージシャン同士互いを在学中よりもプロフェッショナルとしてずっと良く知る事になり、バンドサウンドが円熟味を増します。3作目「M」では更なる円熟と同時に、共同作業を継続的に行ってきた芸術家たちならではの緻密なインタープレイ、「行き着くところまで行った」プレイはバンドの崩壊をも予感させるレベル、実際に本作を最後にこの4人が会する事はありませんでした。

左からMraz, Abercrombie, Beirach, Donald、皆さん良い顔しています。

それでは演奏に触れて行きたいと思います。収録7曲中Abercrombie、Beirachが3曲づつ、Mrazが1曲とオリジナルを持ち寄っています。耳に心地良く、口ずさめるメロディラインやメロウなコード感、キャッチーなリズムのキメ、スタンダード・ナンバーやハードバップ的なテイストからは全く程遠い位置に存在する楽曲ばかりですが、メンバー4人には実はポップな楽曲なのかも知れません。楽しげに演奏している様が音からひしひしと伝わって来ますから。ポップの定義も人や状況により変わって来るのでしょう。1曲目AbercrombieのBoat Song、エフェクトを施したギターによるユニークなイントロ、良さげなムードを設定しています。オーバーダビングによるアコースティックギターやピアノが加わり、ピアノが中心になったパターンからテンポが設定されベース、ドラムが加わります。グルーヴとしてはいわゆるECM Bossa、Even 8thのリズムにより全く自然にギターソロへ、パターンをモチーフにしつつ浮遊感溢れるサウンドを聴かせます。ピアノソロでもパターンのモチーフ使用テイストが継続されますが、Beirachの方のリズム感がよりタイトなのと、ピアノタッチの明晰さから、より明確なメッセージが発せられています。この二人の対照的なアプローチが、このカルテットの一つの個性であると思います。その後テーマを経てアウトロは冒頭のエフェクトが再演されます。

2曲目MはこちらもAbercrombieの作曲、シンコペーションが印象的なイントロからギターのメロディが始まります。ピアノのフィルインも絶妙、さすが表題曲に相応しいカッコいいナンバーです。ギターの音色も素晴らしい!テーマ後リーダー入魂のソロにバンド一丸となって盛り上がります。ドラムはスイング・ビートを刻みますが、ソロを取るが如きラインからwalkingまで一貫して不定形なMrazのアプローチがこの演奏の要になっています。Beirachは打鍵した音ひとつひとつの響きを確認するかのような、スペースを生かした助走からスタート、その合間を縫うMrazのベースが光ります。それにしてもBeirachの演奏の見事なこと!複雑なアドリブラインは高度なテンションを用い、更に左手の意外性溢れる低音やコードとが衝突したクラスターは全く独自のサウンドに変化、これらに素晴らしいタイム感とタッチの美しさが合わさりますが、何処かほのぼのとした彼流のメロディアスな歌い回しが全体を包み込み、インプロビゼーションを構築する理詰めの手法ながら、決してメカニカルな表現に陥らず、ヒューマンな、個人的にはロマンチックさがいつも漂うBeirachワールドに敬服してしまいます。続くベースソロにも力強さの中にクラシックを学んだテクニックに裏付けされた見事なピチカートから、ストイックさと美学とスマートさを感じますが、サポートするドラミングの巧みさにも二人の親密なパートナーシップを見い出す事が出来ます。その後ギターとピアノが同時進行でソロを取り、ラストテーマに向かい、エンディングではイントロのパターンが繰り返されますが、この辺りでバンドの真骨頂を垣間見ることが出来ます。ここでのコレクティブ・インプロビゼーションはレギュラーバンドでしか成し得ない世界ではないでしょうか。

3曲目はBeirachのWhat Are the Rules、彼はこのQuartet3部作いずれにも3曲づつオリジナルを提供しています。冒頭全員でルパートでの、不安感を煽るかの如き、フリージャズの様を呈する演奏、研ぎ澄まされた空間に自由な発想で音が投げ掛けられますが、全てに意思が反映されているためにサウンドしています。Beirachの怪しげなモチーフが発端となりテンポが設定され、ベース、ドラムが合わさります。一体どこまで決められている演奏なのか、全くの即興なのか、最低限の取り決めだけが成されている程度なのかも知れません。ギターからも異なるモチーフの提案があり、メンバー追従し始めます。ピークを迎えたところでピアノに主導権が移行され、新たな展開に入ります。ドラムの対話形式で進行しつつ、ギターとベースが加わり、再びルパートへ、ピアノのアウフタクトがきっかけとなりメチャクチャ高度で難解、でもヒップなアンサンブルが聴かれます!えっ?これでこの曲オシマイですか?そうなんです、テーマ〜ソロ〜テーマのルーティーンに飽きてしまった4人が考え出した演奏形態なんです!

4曲目FlashbackもBeirachのナンバー、イントロはピアノとギターのDuoで怪しげな空間を設定、ピアノのグリッサンドからベースパターンに入り、ドラムが加わります。ギターが中心となった短いテーマ後、ピアノソロが始まります。ここでもRichieは打鍵した音の響き具合の確認を怠りません!スペーシーな語り口は共演者に伴奏の機会を供給するのです。Mrazのベースパターンの発展、展開のさせ方も素晴らしく、インスパイアされたピアノソロは細かいモチーフを巧みに変化させて物語を叙述、次第に物凄いことになっていきます!メンバーとの信じられないレベルでのインタープレイには開いた口が塞がりません!Beirachの演奏には喋り過ぎがなく、どんなに盛り上がっていても必ず共演者が入れる隙間を用意しているのは、常に音楽的に招き入れる事を念頭に置いているからだと思います。続いてのギターソロ、ベースがしばし残りますが程なくドラムとDuoの世界に突入です!浮遊感満載の変態ハイパーフレーズの連続、多くのフォロワーを生むに相応しいギタリスト益荒男ぶりです!Donaldのドラムも懸命に煽ります!素晴らしいコンビネーション、一体感、Abercrombieが比較的リズムのonでタイムを取るのに対し、Donaldはポリリズム的にアプローチしているため、変化に富んで聴こえます。待ちかねていたかのようにピアノとベースが加わり更なる高みに邁進!脇目も振らずにピークを迎え丁度良いところでテーマが登場、Fineです!いや〜凄い演奏でした!本テイクはレコーディングを意識したコンパクトなサイズでの演奏にまとめられていますが、ライブでは時間制限がないのでさぞかし盛り上がったことだと思います。聴いてみたかった!!

5曲目AbercrombieのTo Be、Abercrombieはアコースティック・ギターに持ち替えてのプレイ、美しいバラードです。ドラムはブラシを用いずスティックでリズム・キープ、カラーリングを行っています。ギター、ピアノ、ベースと短くソロが行われますが、全体を通してベースの伴奏のアプローチがこの演奏のポイントになっています。アコギでのプレイはエレクトリックよりも音のエッジが立つため、より明確なメッセージが表出します。ピアノの伴奏での、テンポのある曲とは異なった耽美的なアプローチ、同じくソロの鬼気迫るまでに集中力を感じる音楽への入り込み方、美しい音色のピチカートによるベースソロのイメージ豊かな世界、スティックによる伴奏はこれらのソロをバックアップするための必然であったようです。

6曲目はBeirach作のVeils、Beirachの独創的なソロピアノから始まります。この人は何と美しくピアノを鳴らすのでしょう!つくづく聴き惚れてしまいます。レコーディング・スタジオ内ではBeirachのキュー出しに注意が注がれた事でしょう、いきなりインテンポでギターとピアノのユニゾンによる曲のテーマが始まります。ヘビーなグルーブのワルツ・ナンバー、3拍4連を多用した旋律とダイナミクスはやはり一筋縄では行かない構成に仕上がっています。曲中ソロを取るのはAbercrombieのみ、曲想に合致しつつ、共演者の鼓舞も交えながら美しくも危ない世界を独断場で展開します。もっともBeirachはイントロでしっかりと世界を構築済みでしたが。

7曲目はMrazのナンバーPebbles、3部作初登場の彼のナンバーです。8分の12拍子のリズムパターンを淡々とピアノが刻み、その上でギターが浮遊します。どこからどこまでがテーマでメロディなのかは分かりません。ドラムも加わりリズムを刻みますが、ベースは大きくビートを提示する役目、ユニークな曲です。ピアノソロ時にはパターンが希薄になる分、ベースとの絡み具合が面白いです。この曲想はMrazが生まれたCzech Republicの風土に起因するのでしょうか、いずれにせよ作品のクロージングに相応しく、to be continued感が出せていると思います。

2020.02.01 Sat

Symmetry / Peter O’Mara

今回はAustralia出身のギタリストPeter O’Maraの1994年作品「Symmetry」を取り上げたいと思います。全曲メロディアスで良く練られた構成からなるオリジナル、作曲者の意図を確実に踏まえ巧みにサポートするリズムセクション、そしてフロントに名手Bob Mintzerを迎え存分に演奏させた充実の作品です。

All Compositions by Peter O’Mara Recorded and Mixed 24-26 May 1994 at “Systems-Two” Recording Studios, Brooklyn, NYC by Joe & Mike Marciano GLM Label, Germany

g)Peter O’Mara ts, ss)Bob Mintzer b)Marc Johnson ds)Falk Willis

1)Fifth Dimension 2)The Gift 3)Catalyst 4)Seven-Up 5)Chances 6)Symmetry 7)Steppin’ Out 8)Expressions 9)Blues Dues

1957年12月Australia, Sydney生まれのPeter O’Maraは地元の音楽学校やJamey Aebersold, Dave Liebman, Randy Brecker, John Scofield, Hal Galperら米国ミュージシャンのクリニックで多く学びました。80年にAustraliaのJazz作曲部門コンテストで一位に輝き同年初リーダー作「Peter O’Mara」をリリースし、海外留学の資格も得て81年NYCで様々なミュージシャンに師事しました。同年暮れからGermany, Munichに移住し90年には欧州のWeather Reportと呼ばれたサックス奏者Klaus Doldinger率いるバンドPassportに参加(個人的にはWRには聴こえず、いわゆる”フュージョン”グループです)、欧州、 南アフリカ、Brazilでのツアーを経験しました。現在までに共同名義を含め10作以上のリーダー作を発表、音楽教育でも精力的に活動しており教則本を4冊出版(日本でも翻訳されています)、YouTubeでギター講座を展開しています。

初リーダー作Peter O’Mara
O’Mara参加Klaus Doldinger & Passportの作品Down to Earth

早速演奏曲について触れて行きましょう。1曲目Marc Johnsonの力強いベースパターンから始まるFifth Dimension、米国に同名の5人編成R&Bコーラス・グループがありますが、こちらは文字通り5拍子のナンバーです。A-A-B-A構成のこの曲、テーマをBob Mintzerがテナーで演奏しますが、初めのAでユニゾンで演奏するO’Maraのギターが次のAからハーモニーに転じサウンドを厚くしています。サビのBセクションの展開もイケてます!オープニングに相応しいインパクトのあるキャッチーなテイストを持つ、大好きなナンバーです。それにしてもMintzerの音色の素晴らしさと言ったら!太くてダークでコクがあり、ハスキーな成分が含まれるバランス感は絶妙です!何度か彼のライブを聴きましたが、この人の生音はさほど大きくはなく、特に派手な楽器の鳴りという認識はありませんでした。いわゆるマイク乗りの良い音、倍音成分が豊かで録音しても音痩せする事がなく、音の旨味成分がしっかりとレコーディング媒体に残される傾向にあります。効率の良い鳴らし方のテナー奏者のひとりと言えるでしょう。随所に的確でソリッドなフィルインを入れるMunich出身のドラマーFalk Willisは録音時24歳になったばかり!タイム感、グルーヴ、センス、そしてJohnsonのベースのコンビネーションともに申し分ないと思いますが、ドラムの音色がややラウドな傾向にあるので、もう少しコンパクトにまとまっていればバンドサウンドにより溶け込めたように思います。セットチューニングや録音の関係とも考えられますが、ジャケ写を見るとかなり身長のある人なので腕が長く、スティックを振り下ろすストロークがあるのでしょう、特にスネアや皮ものが鳴ってしまうのかも知れません。テーマ後のテナーソロ、5拍子をものともせずタイトなリズムで巧みに、緻密に、スペースを保ちながらストーリーを展開して行きます。曲の持つ雰囲気や構成に全く合致していて、曲の裏メロディでは、と見誤る程のクオリティを感じさせる、更には予め書かれたかのような次元のアドリブですが、同時にスポンテニアスでもあります。High F#音やフラジオB音の音の割れ具合にはグッと来てしまいます!サックスの高音域を割れた音色で確実にヒットさせるにはむしろアンブシュアがルーズでなければ出来ず、こちらでも理想的な奏法のプレイヤーと言えます。ギターのバッキングも付かず離れず、Mintzerに好きに演奏させるべく浮遊感を感じさせるアプローチに徹しているようです。その後のギターソロはこれまた素晴らしい音色でのプレイです!タイムとしてはかなり前ノリで、ジャズよりもロックのテイストが強いグルーヴ、ソロのアプローチのように感じますがコーラス、ディストーション、ハーモニクスを交えたソロはテナーと良い対比をもたらしているように聴こえます。Johnsonのベースがしっかりとリズムの芯となりバンドの要を担当しており、アクティブな他のメンバー3人の後見人のような役割を果たしています。ラストテーマはサビには行かずにA-Aでカットアウト、Fineです。

2曲目は一転してスイングのリズム、柔らかいムードの佳曲The Gift、美しくナチュラルな雰囲気を湛えています。メロディラインの間に入るMintzerのフィルインも出過ぎず丁度良い語り口です。先発ソロは先ほどの演奏で出番がなかったJohnsonのベースから。正確なピッチ、美しい音色、よく歌うピチカートのラインからはテクニシャン、そして都会的なセンスを感じます。ソロのバックでのWillisのブラシワークも巧み、さり気なくスティックに持ち替えてMintzerのテナーソロへ。穏やかさを基本にしながらも、いきなり鋭利な刃物のような切れ味鋭い、テンションを多く含んだフレージングを、端正なグルーヴで繰り出す様はさすがユダヤ系プレーヤー、知的で大胆です!4’00″からのフレーズはMichael Breckerも70年代使用したJoe Hendersonのもの、おふたりJoe Henも研究したのですね。続くO’Maraのソロは先ほどとは打って変わりタイトな8分音符を主体としたアプローチ、ジャズギタリストとしての真骨頂を披露してくれており、音使いの選び方もとっても好みです!

3曲目Catalystはアップテンポのスイング、ここでのWillisのシンバルを主体としたドラミングは皮ものの鳴りが少なくなるので、ラウドな傾向は影を潜めます。イヤー、カッコいい曲ですね!メロディの組み合わせ方の妙と言いますか、何処かで聴いた事のあるフラグメントの配置の仕方、再構築に作曲者のセンスを感じます。テーマ部分はテナー、ギター、ベースがユニゾンでメロディ奏、先発ギターソロからベースがバッキングを担当します。John Aebercrombieを彷彿とさせるギターソロは、ギターキッズならば頷かざるを得ないクオリティの内容です!ドラムのアイデア豊富なバッキング、ベースの変幻自在なサポートがトリオのインタープレイの次元を高めています。79年録音Abercrombieの作品「Abercrombie Quartet」でのバンドの一体感をイメージしました。

テーマの一部分をインタールードに用いて次のソロイストやテーマに移行していますが、Catalystとは「きっかけ」の意味、このインタールドの事を指すのかもしれません。続くテナーソロでは1人増えた4人でのインタープレイの応酬がスリリング、Mintzerとことん盛り上がらず含みを持たせた大人の対応を見せてCatalyst後ベースソロへ、ドラムだけがサポートし両者組んず解れつの演奏後、短くCatalystを経てバンプ的ドラムソロ、ラストテーマも無事終了です。

4曲目Seven-Upはその名の通り7拍子のファンク・ナンバー、米国でお馴染みの清涼飲料水と同名、O’Maraさん1曲目といいタイトル付けがちょっと安直な気もしますが、ひょっとしたら単に僕と同じダジャレ好きなだけなのかも知れません(笑)、ギターのカッティングから始まる実にゴキゲンなナンバー、こちらは変拍子を感じさせないナチュラルなメロディラインとグルーヴが印象的です。テーマは2回演奏され1回目ギターはそのままカッティングのみでのバッキング、繰り返し回はコードとメロディを巧みに組み合わせてのオーバーダビングを含めたバッキング、芸が細かいです!先発Mintzerはここでも4拍子+3拍子からなる7拍子を、リズムセクションの大健闘と共に難なくグイグイと盛り上げています!ソロは決してtoo muchにならず、バランス感を常に念頭に置いた演奏に徹しています。ギターソロも音色を変えつつ変幻自在なアプローチ、途中から再びオーバーダビングでギターのカッティングが聴こえ始めますが、レコーディングでは良く行われる手法のひとつです。カッティングが加わる事でグルーヴ感を強調させるのが目的なのでしょう。ソロが終わってもそのままカッティングがうっすらと残りラストテーマへ、レコーディング・テクノロジーによる最小限の演奏上の音加工が功を奏したテイクになったと思います。

5曲目Chancesはアコースティックギターを用いたイントロに始まるバラード、アコギの響きが堪りません!メロディを奏でるMintzerはバラードの名手でもある事を再認識させてくれました。深いビブラート、強弱付けによる抑揚、もっと聴きたいところで先発はギターソロ、テナーは暫しお預けです。しかしギターソロの最中に倍テンポになってしまいました(涙)。そのままでのバラード演奏を楽しみにしていたので肩透かしを喰らいましたが、曲の本題は後半部分なのかも知れません。でもエンディング部分で再びサブトーンでのメロディを堪能することが出来ました。

6曲目タイトル曲Symmetryはヘヴィーなリズムのワルツ・ナンバー、ドラムのテイストもどこかElvin Jonesを感じさせますが、このようなグルーヴのジャズワルツではありがちな事なのでしょう。でもElvinとの最大の違いはレイドバック感です。ここではWillis君のドラミングにスネア&皮ものが再登場し、ちょっと鳴り過ぎの感が…しかしテーマのメロディ奏に脱力系の色気を感じるので、帳尻が合っているのかも知れません。先発テナーソロは曲の持つムードをキープしながらをワンコード・オープンの上で次第に熱くフラジオ音も使ってブロウ、おそらくキューを提示してテーマのコード進行に移行します。ギターソロも同様にワンコードでのオープンソロ、クリアーなトーンでジャズギタリスト然とソロを展開、Willis君も果敢にフレージングに対応しています。テーマのコード進行に移ってからはメロディも伴われ、ラストテーマへ。ここでもMintzerの吹き方にテナーマンとしての色気を認める事が出来ました。

7曲目Steppin’ Outはドラムのソロから始まる速いテンポのスイング・ナンバー、シンバルを主体としてビートを刻むドラミングからTony Williamsのテイストが聴こえます。シンプルさの中にもO’Mara流のスパイスが効いた、こちらも外連味のない佳曲、先発のギターもリズムセクションとの一体感が見事なソロを聴かせています。on topで巧みにビートを繰り出すJohnsonのベースがこの演奏の要、Willisのビート感も実に素晴らしい!テナーソロ後にギター、テナーとドラムの8バースが繰り広げられますが、年齢を鑑みた音楽的表現の未熟さを微塵も感じる事はありません!この貫禄と風格は何処から来るのでしょう?O’Mara自身のライナーノートによればWillisとは”Old” Friendsという事で、以前取り上げた「Fuchsia Swing Song」のSam RiversとTony Williamsの関係と同じです。ちなみにJohnson, Mintzerとはレコーディングのリハーサル前には会った事がなく、電話でやり取りをするだけだったそうです。(現在ではメールという事になりますが)彼らはそんな付き合い方から演奏に至るまでを称しTelephone Bandと呼ぶのだそうです。

8曲目Expressionsは巧みなベースソロをフィーチャーした叙情的なイントロから始まるEven 8thのナンバー。Mintzerのソプラノサックスがこの上なく美しいです!テナー同様に倍音成分が実に豊富で複雑な鳴りをしていますが、バランス感が絶妙、この曲の持つムードにまさしくピッタリです!ソプラノばかりに耳が行ってしまいがちですが、曲のメロディ、構成も実に素晴らしい出来です!Mintzerが参加するグループYellowjacketsの98年作品「Club Nocturne」の1曲目、以降のYellowjacketsの重要なライブレパートリーでもある名曲Spirit of the West、ここでのソプラノの音色、演奏も実に堪りません!そういえば同じくユダヤ系Coltrane派テナー奏者、70年代からのMintzerの盟友であるDave Liebman, Steve Grossman, Michael Breckerたちもソプラノの名手でした。ギターソロはさすがコンポーザーとしてのイメージをふんだんに散りばめた、深淵な世界を作り上げています。ラストテーマではソプラノの鳴りが更に極まったように聴こえ、一時この曲ばかりヘヴィロテで聴いた覚えがあるのを思い出しました。

9曲目最後を飾るBlues Duesはリラックスした雰囲気のナンバーですが、O’Mara流の捻りが効いた作風に仕上がっています。先発ギター、様々なテイストを織り交ぜながらテクニカルに、カラフルに歌い上げています。ドラム、ベースのふたりもチャレンジしつつO’Maraの演奏に対処しています。テナーソロもギターの雰囲気を受け継ぎつつよりファンキーに、ブルージーにホットにソロを展開しています。ベースも淀みないラインを実に余裕で演奏していますが、実はとんでもない高度な内容のソロです!

本作のようにAustralia出身のギタリストがGermanyに移り住み演奏活動を展開、移住先で知り合った若いドラマーを連れて渡米、ジャズシーン最先端のテナー奏者、ベーシストとNYで共演し全曲自身のオリジナルを録音、これ以上の出来はないほどのクオリティ作品を作り上げる。世界は狭いと捉えるべきか、ジャズという音楽の柔軟性が成せる技か、その両方なのかも知れません。いずれにせよ本作を紹介出来たことを嬉しく思っています。