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2020.12

2020.12.25 Fri

Off the Beaten Tracks vol. 1 / Nicolas Folmer Meets Bob Mintzer

今回はトランペット奏者Nicolas Folmerの2010年作品「Off the Beaten Tracks vol.1」を取り上げたいと思います。
Bob Mintzerをゲストに迎え、Folmerのオリジナルを中心に演奏したライブレコーディング。米仏混合サイドマンのプレイも素晴らしく、超絶技巧にしてヒューマン、hot & coolさが堪らない作品です。vol. 1となっていますが未だvol. 2はリリースされていません。3日間に及ぶライブなのでまだまだテイクはあるはずですが。

Recorded:  July 17, 18, 23, 2009, Live at the Duc des Lombards, Paris
tp)Nicolas Folmer   ts)Bob Mintzer   p)Antonio Farao   b)Jerome Regard   ds)Benjamin Henocq   p)Phil Markowitz(on 4,7)   b)Jay Anderson(on 4,7)   ds)John Riley(on 4,7)
1)Off the Beaten Tracks   2)Fun Blues   3)Soothing Spirit   4)Bop Boy   5)Absinthe Minded   6)Let’s Rendez-Vous !   7)Le Chateau de Guillaumes   8)Black Inside

こちらは同一内容のジャケット違いです。

France、いや欧州を代表するトランペッターNicolas Folmerは1976年10月26日Albertville出身、幼い頃から英才教育を受け、Parisのコンセルヴァトワールでトランペットと作曲法を学びました。同じくFranceを代表するジャズピアニストMartial Solalに才能を見出され、その後順風満帆に音楽活動を展開し、Ahmad Jamal, Richard Galliano, Manu Katche, Rosario Giuliani, Andre Ceccarelli, Marcus Miller, Herbie Hancockらと共演し、2004年に初リーダー作「I Comme I Care」をレコーディングします。

I Comme I Care

トランペット奏者としての活躍も目覚しいものがありますが、スタジオミュージシャンとして、またアレンジャーとしても多くのミュージシャンから依頼を受ける、マルチぶりも発揮しています。
リーダーバンドと並行して、Swiss出身の名ドラマーDaniel Humairとの共同プロジェクトや、Franceの若手ミュージシャンを擁した超ハイパー集団Paris Jazz Big Bandの演奏活動も要注目です。Paris Jazz Big Bandは、Nicolas Folmerとサックスの Pierre Bertrandが中心となり1999年1月に結成されたビッグバンドです。オーソドックスなサウンドよりもファンク、ロック、クラブジャズのテイストが強い、強力にグルーヴするラージアンサンブルで、アドリブソロもイケイケです!

2012年作品 Nicolas Folmer Daniel Humair Project / Lights
2004年作品 Paris Jazz Big Band / Paris 24H

欧州ジャズシーン渦中現在進行形にして、トランペットの技術を極めたかの如きプレイは聴く者を圧倒します。しかし決してtoo muchなテクニシャンではなく、常に自己のウタを感じさせるバランスの取れた演奏を展開、若くしてそのテイストを発揮しつつ音楽活動を行なっています。スイス出身の名トランペット奏者Franco Ambrosettiにも通じる演奏、センス、彼も歌心とテクニックを併せ持った素晴らしいプレーヤー、以前当Blogで取り上げたMichael Breckerを迎えた傑作「Wings」のプレイは鮮烈でした。僕が知らないだけでまだまだ多くの凄いトランペット名手が欧州には存在しそうです。

83年録音 Franco Ambosetti / Wings

本作はParisにある当地を代表するJazz Club、Le Duc des Lombardsでのライブレコーディングになります。そもそもMintzerが自己のカルテットで欧州ツアーを行い、訪巴を狙ってFolmerがゲストに彼を招き、その返礼か今度はMintzerカルテットにFolmerを加え、そこでの演奏を2曲追加収録した作品になります。Italy出身の名ピアニストAntonio Farao、France出身のベーシストJerome Regard、ドラマーBenjamin Henocqから成るFolmerのユニットはMintzerカルテットと全く遜色なく、むしろ技術や音楽性の高さを誇示するレベルでの演奏を聴かせ、その水準のハイクオリティぶりを知る事となりました。
聴くところによるとFranceは国が芸術家に経済的支援を行なっているそうです。音楽シーンが盛んでミュージシャンの勢いがあって互いに切磋琢磨し合い、経済的に困るところがなければ演奏の、特にテクニカルな部分はひたすら向上して行くと思います。余計な事を考えずに器械体操的に練習を継続できるからです。ただ音楽、特にJazzはハングリーさがある意味音楽に負荷をかけ、そこを乗り越えることにより表現に深みが加わる場合があります。むしろそこが不可欠な要素かも知れません。支援を受けて演奏活動を行うジャズミュージシャンに本当の表現が出来るのかどうか、僕自身は些か疑問に思っていたのですが、本作の素晴らしい演奏に触れ、目から鱗が落ちた感があります。このような深い音楽世界を構築できるのは、むしろ逆に経済的な安定があってこそなのではないだろうかと。「苦労は買ってでもしろ」とは遠い昔の話、経済支援があり、優れた音楽仲間が周囲に大勢いて良質のオーディエンスに自分たちの音楽を聴いて貰えれば、自ずと音楽性も深まって行くのではないかと考え始めています。

それでは演奏曲に触れていきましょう。1曲目FolmerのオリジナルOff the Beaten Tracks、素晴らしいファンク・ナンバーです!緻密にして独創的、大変凝った構成を持つ楽曲、カッコいいですね!何しろタイトルの意味が「常道を外れて、風変わりな」ですから!トランペットとテナーの2管によるアンサンブル、ハーモニーもグーです!テーマ時ピアノのバッキングがRamsey Lewis風を感じさせるのも面白いです。
作曲者本人も気に入っているようで、ライブで頻繁に取り上げています。しかもその都度アレンジを変えたり、メロディを付け加えたりと曲自体を成長させています。トランペット・ソロにエフェクターを施し、コーラスやハーモナイザーをかけてMichael BreckerのEWIソロ風のサウンドを聴かせる時もあります。
ソロの先発はMintzer、ゲストプレーヤーに花を持たせての切込隊長、期待に違わぬ熱いプレイを展開しますが、珍しく幾分タイムがラッシュ気味です。ソロ中にトランペットとのアンサンブルが入る構成はリスナーにとてもアピールしますが、ソロイストには難題です。はっきり言って落ち着いて演奏することが出来ないでしょう、このためにタイムが揺れ気味なのかも知れません。
リズムセクションのバッキングも実に適切、タイトにしてプッシュ感が心地よいです!途中トランペットによる8分の6拍子のゆったりとしたバンプ・メロディが入りますが、その背後でテナーはオブリガードを入れています。再びファンクのリズムとなり、第2回戦のテナーソロが始まり、気分一心でプレイに臨んでいるようです。
続いてFolmerのソロ、録音時32歳!音符のスピード感、そして拍に対する音符の位置が理想的です!そして実に軽々と、難易度高いインターバルのフレーズを吹きまくっているのは尋常ではありません!しかも一息のフレーズが長い!肺活量6,000cc以上はありそうです!物凄いテクニックを駆使してリズムセクションと一体化し、Folmerワールドを構築しています。Faraoの奇想天外なコンピング、Henocqの狙い澄ましたかの煽り方、Regardの変幻自在なアプローチ、レギュラーバンドならではのインタープレイです!ここでもソロ中に6/8拍子のバンプが入りますが、今度はMintzerがメロディを吹き、Folmerは唇を休ませるべくでしょう、オブリガードを入れずMintzerに一任しています。第2回戦のソロは更なる集中力を伴って一層の高みへ!その後のホーンのアンサンブルとドラムのトレード、いや、これまた凄い!Henocqはテクニシャンです!64分音符フレーズの嵐、ドラムセットはコンパクトな3点セットを駆使して、いとも容易く華麗なドラミング、彼はスタイルとしてTony Williamsからの影響を受けているようです。この時のライブ画像がYouTubeにアップされています。アドレスをクリックしてください。
https://www.youtube.com/watch?v=Lbl4ixNvSjU
その後ラストテーマを迎えますが、これだけの内容の演奏を経たにも関わらず、テンポが殆ど変わっていないことにも驚かされました。

2曲目Folmer作Fun Blues、セカンドライン風のリズムによるブルース・ナンバー、リフやコード進行も一捻り、いや二捻り効いています。先発Folmer、ソロ冒頭からリズムセクション、ターゲット・オン、キメています!ここでのプレイも猛烈です!縦横無尽に様々なアプローチ、多様な音使い、拍の取り方のバリエーション、恐れ入りました!短く纏めましたが才能とイメージ、創造力が炸裂しています!この演奏の後にソロを取るのは誰でもイヤでしょう(汗)、ですがMintzer果敢に挑んでいます。Folmerとは対照的にスペースを生かしつつ、知的なフレージングを重ね、音域のレンジを上げつつストーリーを展開します。
続くFaraoのピアノソロ、自由な発想に基づいて異次元空間にまで届きそうな演奏を聴かせます!タッチの素晴らしさ、グルーヴィーなタイム感は言うに及ばず、この人は1拍の長さがメチャクチャ長いですね!スタイル的にHancockやKeith Jarrettの影響も感じさせますが、独自のテイストを十分に聴かせます。途中ホーンのバックリフもお囃子的にあり、ラストテーマへ。エンディングは意外なコードでFineです。

Folmerは美しいラインのメロディ作りもお手の物です。3曲目ボサノバ・ナンバーSoothing Spirit、Faraoのフィルイン・ソロを生かしつつテーマが繰り返し演奏され、そのFaraoからスロー・スタートでソロが始まります。巧みなラインで雄大なスケールを感じさせながら曲の持つムードをいっそう高めます。ラストテーマ後はミュート・トランペットとテナーの掛け合いがしっとりと行われ、フェルマータです。この曲の構成もFolmerならではのスパイスが効いています。

4曲目はMintzer作のBop Boy、アップテンポのブルース・ナンバーです。リズムセクションがMintzerバンドに代わり、メンバーはp)Phil Markowitz, b)Jay Anderson, ds)John Riley
この曲は彼自身のアルバム2作にも収録されています。98年3月録音「Quality Time」02年2月録音「Bop Boy」

Quality Time
Bop Boy

こちらも超絶系テーマの難曲、でもFolmerには赤子の手を捻るも同然でしょうが(笑)。レギュラーグループのグルーヴを得て先発Mintzerがブロウしますが、絶好調ぶりを発揮しているのはAndersonのon topベースがバンドをしっかり牽引しているからに違いありません!続くピアノソロ、Markowitzもタイム感の良い、スイングするピアニストです。その後ドラマーRileyひとりを相手にテナー、トランペットがバトルを繰り広げます。メチャ盛り上がり、実にここぞ、と言うところでベース、ピアノが加わりラストテーマに突入です!

5曲目Absinthe MindedはFolmer作の抒情的バラード、冒頭トランペット、テナーでFaraoを相手にルパートで交互にメロディが奏でられます。Faraoのバッキング時の寄り添い方が巧みな事に感心してしまいます。その後ベース、ドラムが加わり、次第に2管でハーモニーによるメロディへ。先発ソロはMintzer、この人のバラードのセンスにはいつも感銘を受けますが、ここでも例外なく美の世界へと誘ってくれます。そしてトランペットのソロへ、テナーが間も無く割り入り、この頃よりリズム隊もグルーヴは16ビートに変わって行き、両者メロディとハーモニーで演奏し始めます。次第にピアノソロに入れ替わり、美しいタッチで端正な音符を繰り出すインプロヴィゼーションを聴かせながら、ドラマチックに音楽が展開し、ピアノソロは継続しつつ再び2管のアンサンブルが現れてラストへと向かいます。ユニークな構成にしてナチュラルさが心を打つ、聴いたことがない構成のバラード演奏です。Folmerの作曲、アレンジのセンスに乾杯!

6曲目Let’s Rendes-Vous !は50年代ハードバップの雰囲気を感じさせるマイナーのスイング・チューン。Horace SilverやBobby Timmons, Duke Jordanの作品に収録されていそうです!先発Folmerは自身の世界を目一杯表現し場を活性化させていますが、曲想にはあまり合致していないように思います。この手のナンバーでは曲の持つ枠組の中で如何に相応しいフレージングを作っていくか、様式美を発揮できるかがものを言うように感じます。またせっかくのハードバップ・テイストが光るナンバーなので、あの時代のトランペッターの雰囲気を多少匂わせても良かったのでは、少しだけでもニュアンスを感じさせれば楽曲の表現がさらに深まったのでは、と高望みしてしまうのは欲張り過ぎでしょうか(汗)
続くMintzerのプレイは巧みさはもちろん、曲に合致したフレーバーを聴かせます。この辺りはキャリアの違い、年の功と感じました。
その後のFaraoのソロの物凄いグルーヴ感と言ったら!表現すべきものが頭の中に満ちていて、確実なテクニックのもと、止めどもなく溢れ出るが如しです!ラストテーマを迎えますが、エンディングのラテンのリズムで聴かれるFaraoのバッキングのまたまた素晴らしいこと!Regardの堅実なサポートと相俟って、これは本格的ラテン・ピアノ奏者のグルーヴです!

7曲目再びMintzerリズムセクションでの演奏になるLe Chateau de Guillaumes、敢えてMintzerではなくFolmerのナンバーを取り上げました。ボレロのような、ルンバのようなリズムによるアンニュイなナンバー、「パリのエスプリ」とでも言うのでしょうか。テナーの脱力系メロディからミュート・トランペットでのメロディ、ピアノもリリカルな響きを聴かせます。ソロはミュート・トランペットから囁くが如く、憂いを感じさせながら行われ、いつの間にかピアノソロへ。情感たっぷりにスペースを生かしながらのフレージングは、細部にまでMarkowitz流の配慮、センスに満ちています。ラストテーマはテナー、ピアノ、ミュート・トランペット+テナーと分割されつつムーディに進行します。

8曲目Black Insideも良く練られた構成のナンバー、Folmerの作曲の才にまたまた敬服してしまいます。ゆっくりしたスイングから幾つかのきっかけを踏まえて倍テンポのアップ・スイングへ!ソロフォームとしては倍の長さのマイナーブルース、曲調には様々なテイストを感じますが、60年代のBlue Note labelのサウンドが聴こえてきます。HenocqのシンバルレガートがTony Williamsを感じさせる事も一つの要因、Regardのドラムへの寄り添い方もRon Carterを彷彿とさせ、FaraoのHancock流バッキングがさらに追い討ちをかけています。
先発Folmer、クールに狙い定めてリズムセクションを鋭く啓発し、インタープレイを促しています。応える側も実に適切で、まさしく撃てば響く状態です!続くMintzerは曲調に相応しく、持ち味のユダヤ的ダークな音色を駆使して、アグレッシヴに攻めています。Faraoのプレイは水を得た魚のごとく、幾つもの引き出しを自在に開け閉め、内容物の出し入れを確実に行い、更にはあたかも手品師のように観客の目前で一瞬にして別な収容物に変化させてみたりと、聴衆は呆気に取られるわ、大興奮で大騒ぎ状態!素晴らし過ぎです!
ラストテーマへは何事もなかったように半分のテンポに戻り、大団円です。

2020.12.15 Tue

Pure Getz / Stan Getz

今回も引き続きStan Getz、彼のリーダー作82年録音「Pure Getz」を取り上げたいと思います。前回取り上げた「Blue Skies」の兄弟格アルバム、そちらが静とすれば本作は動の表現と言えましょう。

Recorded: January 29 and February 5, 1982
Studio: Coast Recorders, San Francisco, California and Soundmixers, New York City
Producer: Carl Jefferson
Label: Concord Jazz

ts)Stan Getz p)Jim McNeely b)Marc Johnson ds)Billy Hart(on3, 5 & 6), Victor Lewis(on1, 2, 4 & 7)

1)On the Up and Up 2)Blood Count 3)Very Early 4)Sippin’ at Bell’s 5)I Wish I Knew 6)Come Rain or Come Shine 7)Tempus Fugit
Recorded at Coast Recorders, San Francisco, California on January 29, 1982 (tracks 3, 5 & 6)and Soundmixers, New York City on February 5, 1982 (tracks 1, 2, 4 & 7)

Stan Getzカルテット・Concordレーベル4部作の1枚、有無を言わさない出来映えにGetzのファン、いや彼の名を知る者ならば本作の素晴らしさを胸を張って言うことが許されます。膨大な数の作品をリリースしているGetz、代表作、名盤の枚数も数え切れないほどですが、その中でも本作が上位に位置するのは間違いありません。そしてこの事は彼が何度目かのピークを迎えたことの証でもあります。

Getzは自己のカルテット演奏において、ピアニストを中核としているように感じます。ドラマー、ベーシストも勿論大切ですが、比重のかかり具合としてピアノ奏者との関係がとりわけ重要であると思います。楽曲のサウンド作りやコード感、バッキング、当然アドリブソロもですが、そこからGetz自身のプレイにどれだけインスパイア、刺激を与えることが出来るかが、ピアニストに課されています。数多くのピアノ奏者がカルテットに去来しましたが、彼らの奏でるサウンドによりGetzのプレイも変化しているように聴こえます。
そしてオリジナルを書くピアノ奏者の場合、積極的にその楽曲を取り上げています。本作でも印象的な冒頭曲がピアニストJim McNeelyのオリジナルに該当し、兄弟作「Blue Skies」にも1曲アップテンポの佳曲が収録されています。
Getzは作曲やアレンジを全くと言って良いほど行わず、演奏材料としてスタンダード・ナンバーをメインとしての音楽活動、言ってみればいちテナーサックス演奏者として生涯を過ごしました。他の多くのテナー奏者がオリジナル曲やアレンジとのカップリングを演奏活動の原点としているのに対し、テナーサックス・プレイのみでジャズシーンをとことん駆け抜けたのは他にStanley Turrentine以外存在を知りません(彼の場合1曲Sugarの大ヒットがありますが)。Sonny Rollins, John Coltrane, Wayne Shorter, Joe Henderson…たちのプレイはオリジナル曲演奏とは切っても切り離せない関係を築き上げています。
Getzのスタンダード・ナンバーへのアプローチの多彩さ、レベルの高さ、表現力の豊かさは他のサックス奏者とは格が違うように思います。楽曲を書かなかったからプレイのレベルが高まり、洗練されていったのか、演奏にひたすら集中すべく敢えて作曲活動を控えていたのか、単に作曲に興味がなかっただけなのかも知れませんが、いずれにせよスタンダード・ナンバーを吹かせれば右に出る者は存在しません。でもいくらスタンダードが星の数ほどあるとは言っても、自身の演奏には時々窓を開けて空気を入れ替える、新風を巻き込む時も必要です。それがピアニストの書いたナンバーに該当するのでしょう。
これらのオリジナルに対する演奏技法、解釈、メロディの吹き方、アドリブにもGetz流の美学が貫徹され、恐らくこれ以上楽曲に相応しいプレイは考えられないと言う次元で、常に演奏されているのが驚きです。作曲者である各々のピアニストはその人数だけ作風、カラー、個性があります。Getz色にオリジナルを染めてはいますが、決して単色ではなくコンポーザーのコンセプトや主張を汲み、グラデーションを施し、深遠な美の世界を表現しています。このことは作曲者自身が最も驚いているのではないでしょうか。「自分の曲がこんなに素晴らしく仕上がるなんて!さすがStan!」の様な発言が多々あったとイメージ出来ます。
それにしてもメロディ奏に対する抜群のセンスを一体どの様に磨きをかけていったのでしょう?40, 50年代初期のプレイからを紐解き始め、段々と時代を経ながらGetzの演奏を聴き比べると、その進歩や変化の度合いを理解することが出来ます。
プレーヤーはある時突然開眼し、急成長を遂げる場合もありますが、粗方は少しづつ、着実に、段階を経て、共演者から学ぶ場合も多々ありつつ成長し続け、経験し、演奏を継続する事によりジャズミュージシャンとして成熟して行きます。Getzの絶え間のない変遷はプレーヤーとして理想的な上昇カーヴを描いていると思います。幾つかのターニングポイントがありますが、特筆すべきはBossa Novaを演奏するようになってからで、一皮剥け、垢抜けたように感じます。

以下にGetzの作品と参加ピアニストについて、主要なアルバムをざっと挙げてみました。ピアニスト作曲のナンバーが重要な作品が幾つかあります。
1949, 50年「Prezervation」Al Haig
52年「Stan Getz Plays」Duke Jordan, Jimmy Rowles
55年「West Coast Jazz」Lou Levy
55年「Stan Getz in Stockholm」Bengt Hallberg
56年「The Steamer」Lou Levy
57年「Award Winner」Lou Levy
60年「Stan Getz at Large」Jan Johansson
63年「Reflections」Gary Burton(vibraphone)
66年「The Stan Getz Quartet in Paris」Gary Burton(vibraphone)
66年「Voices」Herbie Hancock
67年「Sweet Rain」Chick Corea
68年「What the World Needs Now」Chick Corea, Herbie Hancock
69年「The Song Is You」Stanley Cowell
72年「Captain Marvel」 Chick Corea
75年「My Foolish Heart」Richie Beirach
75年「The Peacocks」Jimmy Rowles
75年「The Master」Albert Dailey
77年「Live at Montmartre」Joanne Brackeen
81年「The Dolphin」「Spring Is Here」Lou Levy
81年「Billy Highstreet Samba」Mitchel Forman
82年「Pure Getz」「 Blue Skies」Jim McNeely
83年「Poetry」Albert Dailey
86年「Voyage」Kenny Barron
91年「People Time」Kenny Barron

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目McNeelyのオリジナルOn the Up and Up、印象的なピアノパターンを伴ったイントロからスタート、テナーのフィルイン後テーマに入ります。リズムはサンバ、これは!素晴らしい!聴く者の心を鷲掴みにするかの名曲です!コード進行、メロディとリズムのシンコペーションの妙、独自なカラーを持つユニークなナンバー、リズムセクションの躍動感も加わりGetzの新たなる表現の呼び水となり得ます。ソロはそのGetzから、出だしのフレージングからしてサムシング・ニューを感じさせます。複雑で多くの転調を伴ったコード進行、場面展開を物ともせず、むしろ逆風に対して立ち向かうチャレンジャーとして、前人未到の高山への登頂をするかの如く果敢に演奏に挑んでいます。そして神は細部に宿るとばかりに繊細に、コードチェンジやリズムのシカケをスラローム状に通り抜けながら大胆にアドリブを行なっています。ピアノトリオとのコンビネーションも申し分ありません!続くピアノソロ、コンポーザーとしてのイメージを存分に込めながら快調に進めます。幾分力が入り過ぎたのか、リズムがラッシュする場面もありますが的確なピアノタッチでスインガー振りを聴かせます。その後のベースソロの流麗さも実に特筆すべきで、達人の領域を見せつけるが如しです。ラストテーマを迎えエンディングとなりますが、ここでは比較的シンプルな構成、壮大な楽曲だけに個人的にはもう一捻りあると、曲の解決感がより成立すると感じています。

2曲目ドラマチックまでに美しいバラードBlood Count(血球算定)はBilly Strayhornの作曲、Duke Ellington楽団の名リードアルト奏者Johnny Hodgesのために書かれた曲で、67年5月に51歳の若さで夭逝したStrayhornが入院中最後に仕上げたナンバーです。McNeelyがレコーディング時にGetzのために用意しましたが、Getz自身はEllington楽団feat. Hodgesの演奏があることは知りませんでした。Getzの伝記にはこう書かれています。「ジム・マクニーリーがそれを僕のところに持ってきたんだ…..レコードに入っているのは、ぼくがその曲を最初に吹いたテイクだよ。ときには第一印象が最良なんだ。」ファーストテイクでOKだったと言う事でしょう、1コーラステーマ演奏しているだけですが、Getz流のニュアンス、アーティキュレーション、多様なビブラートが存分に聴かれる上に、いつになく音量の強弱が大胆に施され、特にバラードでこれほどのフォルテシモ表現はGetz音楽史上ありません。楽曲の持つ哀感や切なさを感情に流されることなく実に大胆に表現しています。Getzは新境地をこのテイクで切り開きました!

3曲目Very EarlyはBill Evansのワルツナンバー、巧みなコード進行とメロディの妙が合わさった佳曲です。GetzとEvansの共演作が2枚ありますがいずれも両者あまり噛み合っていない様に感じます。白人クール・ジャズの両巨頭ですが妙な自意識が互いに働いたのか、Getzに関して例えば60年3月DusseldorfでのJ.A.T.P.コンサート時のColtraneとの共演のような横綱相撲とは相成りませんでした。

64年作品Stan Getz & Bill Evans
74年作品But Beautiful

イントロに引き続きスイートさが堪らないメロディプレイ、とことん脱力感を湛えながらメロディとその間を慈しむかのように、豊富な付帯音を伴って演奏しているのが伝わります。それにしても良い曲ですね!ソロの先発はベース、迷いのないクリアーなメッセージを感じさせる演奏はさすがBill Evans Trio在籍経験者です!Billy Hartのブラシワークも絶妙なカラーリングを聴かせています。ピアノソロは巧みなコードワークが印象的でリリカル、McNeelyは独自でバラエティに富んだサウンドが頭の中で鳴っているのでしょう、自身のオリジナルの曲想と相俟ってそのように感じさせます。Hartのシンバルが好サポートを聴かせつつGetzのソロへ、メロディを大切にしながらスタートする様は風格をも感じさせ、その後のアドリブの展開に期待感を抱かせますが、3人目のソロイストと言う事でしょう、比較的コンパクトにまとめた感がありラストテーマへ。以降はMcNeelyのアレンジと推測できますが、フェルマータから1拍づつコードを奏で、ドラマチックに、曲の終了を惜しむかのように、デリケートにエンディングを迎えます。

4曲目Sippin’ at Bell’sはMiles Davisのオリジナル、変型のブルースです。テーマ・メロディはテナーとベースのユニゾン、ドラムがサポートしますがピアノの伴奏はなされていません。こちらもベースソロからスタート、Victor Lewisが叩くハイハット・シンバルやシンバル・スタンド?のレガートが効果的です。未だピアノのバッキングは登場しませんがその後のテナーソロではベースとの絡み具合、テーマ奏がユニゾンだった事に起因するからでしょう、互いのフレーズを聴き合い反応するcall & responseが堪りません!ここぞと言うところでドラムのフィルインに導かれ、ピアノが加わりますが、良き構成です。総じて豊かなニュアンスを伴った歌うが如きソロを展開しています。続くピアノソロはGetzの提示した世界とは別なサウンドをトライしたのでしょうか、いささか力が入った感を否めません。続くドラムソロは金物のみを用いたシンプルなもの、ラストテーマへの上手いジョイントとなりました。

5曲目スタンダード・ナンバーI Wish I Knewは、Coltraneの作品60年録音「Coltrane’s Sound」収録のBody & Soul風ペダルトーンを用いた、ムーディなイントロから始まります。

Coltrane’s Sound

ここでのGetzのメロディ・プレイも実に脱力し、サウンドに身を委ねているとそのまま蕩けてしまいそうなほどです!続くソロもたっぷりとしたレイドバック感がゴージャス極まりなく、蕩け具合に更なる追い討ちをかけています。続くピアノソロはここでのリーダーの意向を汲み、挑みかかるよりも脱力の方を表現して欲しかったです。一方Johnsonのバッキング、on top振りと躍動感が半端なく、バンドを活性化させています。ベースソロもテクニカルでいて、しっかりと唄を感じさせる地に足がついたプレイです。ラストテーマのGetzはますます力の抜けたメロディ奏を聴かせてFineです。

6曲目Come Rain or Come Shine、テーマはHartのブラシが倍テンポを感じさせるグルーヴでテーマが始まります。その後ダブルタイム・フィールでテナーのソロ開始、曲の持つ切なさををBlood Countを彷彿とさせるダイナミクスを用いてブロウ、トリオも歩調を合わせて伴奏をつとめます。McNeelyのソロは表現としてややtoo muchな傾向がありますが、ここでは他の曲より抑制の効いた演奏を聴かせます。Johnsonのソロは常に肩肘張ることなくリラックスして自分の世界を築き上げています。ラストテーマはオクターヴ上げた音域で朗々と、時折シャウトを交えて華やかにプレイしています。

7曲目Bud PowellのオリジナルTempus Fugit、本作中最速のナンバーとしてバンド一丸となって迫力ある演奏を聴かせます。タイトルはラテン語で意味は「光陰矢の如し」、Powell自身の演奏は49年録音の名盤「Jazz Giant」に収録されています。こちらは鬼気迫る迫力とスピード感に満ちた演奏で、Powellの代表的なプレイの一つだと思います。

Jazz Giant / Bud Powell


本作ではオリジナルよりも幾分早いテンポ設定、Johnson, Lewisのリズムセクションは安定したドライブ感を繰り出しています。
まずは難解なリフから成るイントロ、ピアノとテナーのユニゾンで開始、テーマに入るとピアノはバッキングにまわり、テナーがメロディを演奏しますが難易度マックスのラインを完璧に吹いています。つくづくGetzは楽器が上手いプレイヤーだと再認識させられ、ラインがくっきりと浮き上がったことで曲の持つ魅力にも新たな発見があります。
ソロの先発はMcNeely、淀みないフレージングがとどまる事を知りませんが、タイム感がかなりツッコミ気味で音符に余裕がないのが気になるところです。Getzが採用するピアニストは例外なくタイムとグルーヴ感が素晴らしい筈なのですが、McNeelyに関しては異なるようです。楽曲のカラーリング、Getzのソロのバッキングには良い味を出しているのですが、彼は音楽監督的な立場でも作品に臨み、選曲やアレンジ、曲構成までGetzに助言していたように感じます。だからと言ってピアノプレイがなおざりでも良いと言う訳ではありませんが、全て込みでのStan Getz Quartet参加と言うことで、ソロに関してはある程度許容されていたと解釈すればまだ納得が行きます。
続くGetzのソロ、演奏としては高水準の内容なのですが、本作収録曲のテイクと比べると何処かよそよそしさを感じさせます。何かに拘っているかのようで、いつものスポンテニアスさが希薄に聴こえます。推測するに、少なくとも瑞々しさ湛えたファーストテイクではなく、2度目以降のテイクではないかと。例えばGetz含めたメンバーのソロが良い演奏なのだけれど、残念ながらテーマに許容範囲を超えたレベルでのミスがあり(難曲ですから然もありなん)、やむなくテイクを重ねるに至り、大熱演の直後に行われた演奏なので燃え尽き症候群的に演奏を消化してしまったと。
本テイクはメンバー全員のソロを聴くことが出来ますが、そう考えると他のソロも何処となく慎重さを感じ、破綻をきたさないようリミッターをかけた如しでの頭打ち感もあります。もしかしたらプロデューサー側のイントロ、テーマのアンサンブルのクオリティを重視した結果なのかも知れません。

2020.12.04 Fri

Blue Skies / Stan Getz

今回は1982年1月録音Stan Getzのリーダー作「Blue Skies」を取り上げてみましょう。当時のレギュラーメンバーによる演奏を収録した、バラードが中心の秀逸な作品、録音から13年後の95年にリリースされました。Getzの素晴らしい音色が堪りません。

Recorded: January 1982 at Coast Recorders, San Francisco, California. Producer: Carl Jefferson and Steve Getz Label: Concord

ts)Stan Getz p)Jim McNeely b)Marc Johnson ds)Billy Hart

1)Spring Is Here 2)Antigny 3)Easy Living 4)There We Go 5)Blue Skies 6)How Long Has This Been Going on?

Stan Getzは40年代から演奏活動を始め、当初から後年に通じる一貫した個性を発揮していました。ハスキーで付帯音が豊富な音色、内省的で陰影に富み、知的センスに溢れる独自なフレージング、抜群のタイム感。50年代は欧州に滞在し見聞を広めた事でプレイに深みが加わり、60年代はBossa Novaムーヴメントの旗頭として表現力に豊かさを身に付け、70年代は確固たる地位を確立しつつ一層の研鑽を重ね、80年代には凄みを覚えるほどの音色の太さと多彩さ、更なる表現の説得力を得て、カルテットの作品を中心に名盤を産出し続けました。Cool Sound, Bossa Novaのイメージが強いGetzのプレイですが、生涯を通じジャズプレーヤーとして常に進化し続け、クリエイティヴに自己の音楽を構築し、変化して行った姿勢には同じテナー奏者としてひたすら敬服してしまいます。ドラッグや過度の飲酒行為による自己破綻から家族や周囲にはかなりの迷惑をかけた事以外は(笑)。
本作の演奏は言うに及ばず、選曲の良さ、何より誰にも真似の出来ないテナー・トーンの魅力に溢れています。

リリース元のConcordレーベルから、カルテット・アルバムが本作を含め計4枚発表されています。81年5月12日San FranciscoにあるジャズクラブKeystone Kornerにてライブ録音された2作「The Dolphin」「Spring Is Here」、そして本作と同じメンバーでの82年1, 2月録音「Pure Getz」、全てレーベルのカラーを反映した「大人のリラクゼーション」を存分に感じさせる仕上がりの、秀作ばかりです。録音の良さも特筆する事が出来ます。

The Dolphin
Spring Is Here
Pure Getz

91年Getzの没前後にKeystone Kornerにて録音されたテープが見つかりました。調べてみるとこれはGetz自身が商品化の価値はないと判断したものでしたが、内容の素晴らしさから翌年(彼の逝去後)「Spring Is Here」としてリリースされました。恐らく「The Dolphin」録音の際の残りテイクと考えられますが、自分の音楽に対して誰よりも厳しいGetzが録音当時ボツと判断したのでしょう、しかし「The Dolphin」と同日の録音であれば悪かろうわけがありません。ちなみに英国の音楽誌Jazz Journalで「Spring Is Here」は92年度の「レコード・オブ・ザ・イヤー」を獲得しました。
また本作「Blue Skies」はどこにも明記されていませんが「Pure Getz」と同日録音の残りテイクである可能性が高いのです。もしくは当時Getz以下レコーディング・メンバーはSan FranciscoにあるHyatt Union Square Hotel内ジャズクラブReflectionsのオープニング・アクトに、1月18日から2週間出演していました。その最終日1月30日に「Pure Getz」が録音されたのですが、ひょっとしたら出演中のいずれかの日にもう1日レコーディングが設けられていたのかも知れません。というのはGetzの伝記「音楽を生きる」にはレコーディング当日ではアルバム完成に至らなかった、と記述されています。Billy Hart以外のメンバー3人が翌日New Yorkに発つ事になっていて、Victor Lewisをドラマーに迎えて同地でギグを遂行することになっていたからです。レーベル・プロデューサーCarl JeffersonはドラマーにLewisを迎えて作品の残りを東海岸で仕上げる方向で対処したので、西海岸録音は曲数的に不足していたと考えられます。あるいはこうも推測できますが、レコード1枚分のボリュームがある「Blue Skies」は当日録音してはみたものの、「Pure Getz」とはコンセプトが異なる曲想のナンバーばかりなので、Getz自身がここでも厳しくボツと判断しお蔵入りさせたのだと。ですが、むしろ本作はバラードを中心とし、アップテンポのオリジナルがポイントとなった、Concord4部作の中で最も選曲と演奏のバランスが取れているように感じます。本作ライナーノートにプロデューサーでGetzの息子でもあるSteveが、同意見を寄稿しています:In my opinion, this album is the finest of the Concord releases. There is a pristine, flowing quality to the music.

それでは収録曲に触れて行きましょう。1曲目Spring Is Here、冒頭から飛び込んでくるGetzの素晴らしいトーン!不純物を一切含まないGetzのエッセンスだけが浸透圧により体内に取り込まれるが如く、また真夏の乾いた肉体に水分が極自然に吸収されるように、あまりにも当たり前にテナーサックスの音色が耳に入って来るのが分かります。何という魅力的で色気のあるサウンドでしょう!彼の音色はデビュー当時からオリジナルでしたが、時を経て音楽経験の積み重ね、鍛錬の賜物により一層Getzらしさが突出して来ました。それはサウンドのイメージがより明確になった事に由来するでしょうし、サックスの奏法自体が洗練され楽器自体の鳴らし方に変化が生じる事も不可欠、マウスピース、リードの選択にも不断の努力が必要です。ただ漫然と構えていても自分の求める音色を得ることが不可能なのは、サックス奏者の自明の理です。
「朗々と唄い上げる」という言い回しが全く相応しいプレイは多種多様なビブラート、ニュアンス、アーティキュレーション付け、音量の大小によるダイナミクス、言ってみれば「シュワーッ」と発音されるべき付帯音の誰よりも豊富な度合い、まるで全く別なふたつの音が同時に鳴っているかのような複雑な発音、彼のトーンを模して付けられたニックネームがタイトルの56年作品「The Steamer」は、言い得て妙です。

The Steamer

かのRoland Kirkは2本、更には3本のサックスを同時に咥えての一人アンサンブルを聴かせました。ホンカー・サックス奏者はサックスの音の他に唸り声をブレンドさせ、効果的な音色を披露していました。Lester Young, Stanley Turrentine然り、Ben Webster, Sonny Rollins, John Coltrane, 70年代のSteve Grossman…如何に楽器から魅力的かつバランスの取れた複雑な音色を発生させるかにサックス、歴代のテナー奏者は鎬を削って来ました。間違いなくここでのGetzの音色はその究極の一つに挙げられます。
伴奏を務めるJim McNeely, Mac Johnson, Billy Hartの無駄のない、的確なサポートがGetzの神の音をさらにバックアップしています。テナーの抑揚にリンクし、ピアニシモからフォルテまで巧みにフォローする様は感動的でもあります。Hartのブラシワークの多彩さ、Johnsonの安定感、そしてMcNeelyのバッキングにおけるコード付けが大変センシティブです。そのMcNeelyのソロに続きますが途中Johnsonの大胆なアプローチ、Hartのブラシをそのまま用いた倍テンポのグルーヴ、ラストテーマはGetzプレイせずに何とMcNeelyのピアノ・テーマ奏、良きところでフェルマータし、cadenza、そしてFineを迎えますがこの捻りが演奏に更なる価値を付加しました。

2曲目はJohnsonのオリジナル・バラードAntigny。ミステリアスな雰囲気を湛えた美しいナンバーはGetzのムードと良く合致しています。北欧や東欧の色合いを曲想に感じるので、Getzのルーツにオーヴァーラップするからかも知れません。前曲のアプローチとは全く異なるテナー・プレイ、自ずとトリオのバッキングも異なります。演奏のファクターとなるのは作曲者Johnsonのベースによるペダル・ポイント、フローティングなサウンドを提供しています。McNeelyのソロに続きますがここでもHartのブラシワークの素晴らしさが光ります。ピアノソロは内容的にはとてもユニークなカラーを見せていますが、幾分リズムのノリが硬く聴こえるのが残念です。ラストテーマを今回はGetzが奏で、淡々とした雰囲気でFineです。バラード演奏が続いてもGetzのプレイですから、飽きることなく寧ろ2曲の対比を楽しむ事が出来ます。

3曲目Easy Living、こちらもバラードなので3曲連続のスロー・ナンバー演奏、ピアノのイントロに導かれてGetzのメロディが始まります。幾分早めのテンポ設定、ムーディな演奏は前2曲とはまた異なったテイストを聴かせます。Getzのアプローチも比べてみればオーソドックスで、曲調もありますがブライトさを感じさせます。メロディフェイク、フィルイン、ビブラートの妙、ブレーク部分での8分音符のゴージャスなバウンス感、そして全ての音に対し責任感を感じさせる入魂ぶり、しかしゆったりとリラックスした余裕を見せるブロウはとどのつまり、曲想に見事にマッチしたGetzの美学をこれでもか、と聴かせているのです。ピアノソロ後、ベースも流麗でメロディアスなソロを取り、ラストテーマへ、Getzのcadenzaにピアノをはじめリズム隊が美しく絡み、Fineです。

4曲目はMcNeelyのオリジナル、アップテンポのスイング・ナンバーThere We Go。実にカッコいい曲です!曲構成も凝っていますが、音楽的なナチュラルさが全体を支配しています。聴きどころ満載状態、しかもこれまで3曲がスロー・ナンバーだったので早いテンポが耳にも大変心地よいです。Getzのソロから開始、素晴らしいタイム感を武器に、スインギーに、スリリングにソロを展開させます。難しいコード進行を難なく、この人には苦手なコード進行は存在しないだろうとまで思わせる巧みなコード分解、解釈を提示しています。続くMcNeelyのソロにあと少しタイムの余裕があれば申し分ありません!華麗なJohnsonのソロの後ラストテーマへ、曲のカラーリング担当Hartのドラミングがここでも冴えています。

5曲目Blue Skies、ピアノのスイング風のイントロに続き、Getzの煙るが如きスモーキーな付帯音メロディ奏開始、ゆったりとしたテンポ設定なのでバラードに準じる演奏と認識できます。多くのボーカリストにも取り上げられているミュージカルナンバー、Thelonious Monkがこのコード進行を基にIn Walked Budを書いています。蕩けてしまいそうに魅力的なテーマ、伴奏が寸分の隙もなく合わさり、うっとりと夢心地に導いてくれる演奏です。表題曲に相応しいゴージャスなプレイはこの曲の代表的なテイクになりました。
一音たりとも聴き逃さないと張っているが如き、メンバー一触即発でGetzのプレイに対応しています。大変良いコンビネーションのカルテット、同メンバーによる「Pure Getz」も素晴らしい出来栄えの作品です。

6曲目How Long Has This Been Going on?もバラード演奏です。本作4曲目がアップテンポのナンバーですが、Coltraneの代表作「Ballads」もバラード演奏だけでなく、1曲ラテンとスイングを織り交ぜた早いテンポのAll or Nothing at Allを収録する事により、バランスをはかっているように感じます。本作も同じ構成の選曲、配置なので、Getz版「Ballads」と相成りました。内容の素晴らしさから両者十分に比較し得ることの出来る、彼の諸作中もっと認知されて良いアルバムだと思います。

John Coltrane / Ballads

ピアノのイントロから始まり、Getzの確信に満ちたメロディが登場、世界が一新します。ピアノトリオは早い時期から倍テンポを匂わせつつ、リーダーが奏でる美の世界創造のサポートを行います。ここでのプレイもまた曲調に相応しいプレイを展開し、他曲とは違ったテイストを聴かせています。
Coltraneのバラード奏は比較的単色としての表現、しかしその色合いの深さは計り知れないものがありますが、曲想によりイメージを変えたり吹き方を変化させることは最小限に留まります。一方Getzは対照的に変幻自在に曲のムードに入り込み、楽曲という枠組みを最大限に活かしつつ、再構築して行くタイプのプレーヤーと言えましょう。