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2020.11

2020.11.27 Fri

Three Quartets / Chick Corea

今回はChick Coreaの81年作品「Three Quartets」を取り上げたいと思います。前回取り上げた「Friends」でのフロントがJoe FarrellからMichael Breckerに変わり、バンドとしてのコンセプトが明確化、精鋭プレーヤー4人の高度な音楽性による一体感が堪りません。

Recorded: January/February 1981 at Mad Hatter Studio Los Angels, California Label: Stretch Records Producer: Chick Corea

p)Chick Corea ts)Michael Brecker b)Eddie Gomez ds)Steve Gadd

1)Quartet No. 1 2)Quartet No. 3 3)Quartet No. 2 – Part I (dedicated to Duke Ellington) 4)Quartet No. 2 – Part II (dedicated to John Coltrane) 5)Folk Song 6)Hairy Canary 7)Slippery When Wet 8)Confirmation

Three Quartetsは全曲Coreaのオリジナルから成り、タイトルの由来はバロック、クラシック、ロマン派、印象派に於けるストリングス・カルテットのような、ここではジャズの器楽編成による3部作を演奏する、四重奏のアルバムを作りたかったことに由来します。
前作Friendsの編成も4人でしたが、その四重奏は言わばトリオ+ワンというシチュエーションでした。今回の4人組は複雑な形状のパズルが合致した如く、間違いなく4者にしか出来ない音楽となっています。
1曲目から4曲目がレコード・リリース時の収録曲、5曲目から8曲目が92年CDリリース時にボーナストラックとして追加された未発表テイクです。アルバムのコンセプトからすると収録には相応しくないナンバーですが、内容的には素晴らしい演奏も含まれています。等Blogでは追加テイクに関して基本的に除外していますが、本作では触れて行きたいと思います。

Steve Gaddの4ビート〜スイングのリズムでのプレイは当時全く画期的なものでした。これを車輪と車軸の関係のように確実にフォローするEddie Gomezのベース・ワークとのコンビネーションはアルバム「The Mad Hatter」でのHumpty Dumpty、そして同一メンバーによるフルアルバム「Friends」、バンドStepsの諸作、そして本作の演奏でセンセーショナルに広まり、以降のジャズシーン、ドラマー、リズムセクションに多大な影響を与えました。結果多くのフォロワーを生み出しましたが、元祖Gaddのグルーヴ、スイング感、アイデア、カラーリングのセンス、集中力、何よりそのフレッシュさから未だ他の追従を許していません。当時「あのドラミングはジャズではない」「メカニカルなドラミング」更には「フュージョンの成れの果て」とまで揶揄されましたが、人から何を言われようと自分の信じる道を貫けば良いのです。他方「Gaddの4ビートはスイングしていない」という批評もありましたが、これはある意味では的を得ています。と言うのは基本イーヴン8分音符でのシンバルレガートをメインに、アクセント的にバウンスするレガートを叩いていますから、3連符がベースになるスイング感とは一線を画しているためです。Ellingtonの名曲「スイングしなけりゃ意味が無い」のスイングと、Gaddの4ビートプレイでのスイング感、またリズム、グルーヴの形態としてのスイング、言葉が幾つかの異なった意味を持つ事を再認識しました。周囲がGaddのドラミングを理解することが出来ず、異端扱いを受け、あたかも排除するかのような対応をされた事から、寧ろGaddの演奏の革新性を十分に感じることも出来ました。

Eddie Gomezのベースワークは足掛け11年にも及ぶ名ピアニストBill Evansとの共演で培われたハーモニー感、タイム感、加えてEvans Trioに幾多のドラマーが去来しましたが、各々の奏者たちが繰り出す個性的で微妙に異なるグルーヴのポイントへの対応法を、共演により獲得しました。Gomezはリーダー活動も行なっていますが、生涯一伴奏者としての徹底した姿勢を示しているように感じ、Gaddとの共演はどんなタイプのドラマーとも変幻自在に音楽を創造していく事の出来る柔軟性の中でも、とりわけ彼にとってフェイバリットなコンビネーションを示していると思います。
98年のGomezリーダー作「Dedication」では盟友フルート奏者Jeremy Steig他、レジェンド・ドラマーJimmy Cobb(!)を迎え、日本国内でもツアーを行いました。Gadd, Cobb二人の全く異なるドラミングに完璧に適応できるカメレオンぶりは技術力というよりも、彼自身の演奏スタイルの表出と呼ぶ事が出来そうです。

Eddie Gomez / Dedication

81年録音当時のMichael Brecker、テナーサックスのテクニカルな面で彼の右に出るものはいませんでした。音楽的な深みや成熟度は後年に任せるとして、Corea, Gadd, Gomezの3人に加えて然るべきテナー奏者はMichael以外に考えられません。テナーサックス・プレイに関して驚異的な進歩、成長を70年代中頃から常に感じさせた彼ですが、リズム、タイム感に関してはいつも課題があった様です。特にスイング(ここでは4ビートの事です)に於ける、より深みのあるノリ、グルーヴ、音符(1拍)の長さを模索し探究し続けていました。フロント楽器奏者によるジャズ表現で、ここが最も難所のひとつであると思いますが、リズム・マスターの一人であるCoreaは間違いなくMichaelにとって憧れのプレーヤー、mentor、レコードを通し彼の完璧なタイム感からすでに多くを学び取っていたでしょうが、実際に共演となると話は違います。彼からのオファーで作品に迎え入れられた事は天にも昇る心地だったでしょう。当然レコーディング時にはプレッシャーもかかります。本作でのプレイは緻密にして大胆、微に入り細に入り申し分のない演奏を聴かせていますが、どこかいつもよりも緊張気味、ピリピリとした刺さる雰囲気を感じます。逆にCorea, Gadd, Gomez3人の包容力がMichaelのナーバスさを巧みにカバーしてサポート、バンドとしての一体感を作り出している点も、この作品の価値を高めている一つだと思います。そしてここでのCoreaとの共演により、タイム感、グルーヴ、コンボ・アンサンブルのノウハウ(本作収録曲は実に複雑にして入り組んだ構成から成り立っています)、構成力などを身につけ、Michaelは更なる高みに向けてステップアップしていく事になります。

それでは収録曲について触れて行きましょう。1曲目Quartet No. 1、いや〜何という凄い曲でしょうか!幾度となく耳にしましたがその都度新鮮さを感じさせ、聴く度に新たな発見がある楽曲、演奏です。組曲風の構成から成る、様々な場面、カラーを持ち、幾つものパートが有機的に絡み合い、各々を触発し合って、纏まりを得ているかの様です。何より特筆すべきはメンバー全員のアンサンブル能力の高さです。スタジオミュージシャンでも大活躍のメンバーなので当然のことですが、超難曲以外の何ものでもない、あまりに高次元で成り立っている楽曲の演奏をキープさせるだけでも至難の技ですが、さらに抑揚、フィルイン、メロディやキメを浮き上がらせるための巧みな色添、全てを同時進行でしかも完璧さを伴って成立させています。
第一楽章とも言うべき3拍子のイーヴン系リズムのパートではピアノに先導され、Gaddがあり得ないほどのセンスを持って、スペースをフィルインで埋めて行きますが、見事としか言いようがありません!Michaelによるテーマが登場、同様にカラーリングが素晴らしく、メロディがバーチカルに浮き立ちます。ソロがスタート、G7のワンコードを基調としていますが、実は「何でもアリ」の世界です。スペースを保ちつつ、次第にビルドアップして行きます。Corea, Gaddの対応が前作「Friends」でのJoe Farrell時と全く異なり、凄まじさを伴っており、そこではCorea vs Gaddのインタープレイ特集でありましたが、ここではMichael流ストーリーテラーによる巧みなソロの起承転結に、三つ巴ならぬ4者四つ巴で至極自然にインスパイアされ、レスポンスを繰り返しています。John Coltraneの音楽の変遷〜誕生、成長、成熟、円熟、崩壊、消滅にオーヴァーラップするが如きアドリブの展開は技のデパート状態でもあります。64分音符(!)、シーツオブサウンド、オーヴァートーンによるライン、巧みなフラジオ音とそのトリル、マルチフォニックス音、これらに追従、そして扇動しまくるリズムセクションです!その後Gaddのスネアロールが印象的なアンサンブル第一楽章Part 2を経て、静寂が訪れますがここからは第二楽章Part 1と言えましょう、ピアノのリリカルなメロディを今度はベースが奏で、そのままベースのソロに引き続きます。超絶にして耽美的、その後Coreaのソロに移り、ブラシに持ち替えていたGaddが触発され次第に音数が多くなり、第二楽章Part 2、場面がどんどん活性化されます。Coreaのメロディを受け継ぎ、テナーとベースのユニゾンによるメロディ、ダ・カーポして第一楽章に戻り、あらゆるキメ事を難なく120%のクオリティで演奏し、Fineを迎えます。

2曲目Quartet No.3、冒頭イントロとしてテナーとベースのメロディ、ピアノが加わりさらにドラムがフィルインを入れ始め、サウンドが厚くなって行きます。一度終始感を得てからおもむろにピアノがリズムをやや揺らしながら、弾き始めます。その後テナーのアウフタクト2拍を聴いて、インテンポのワルツで曲が始まります。その後4拍子に代わり、リズミックで複雑なコード進行に基づいたアンサンブルになります。先発テナーソロ、テーマのフォーム<ワルツ〜4ビート>を遵守したコード進行、リズムフィギュアで華麗なアドリブを聴かせますが、Gomez, Gaddの畳み掛けるようなアプローチにMichael確実に応えています!Coreaのソロに続きますが、トリオ・インタープレイの密度がどんどん濃くなって行く様は手に汗を握ってしまいます!その後Gomezのソロもテナー、ピアノのクオリティに全く比肩し得るクオリティ、テンションを感じ、全く手練れの者、自分のソロの前に様々な事象があった事をしっかりと踏まえながらの演奏です!ラストテーマを迎え、これまた120%超えレベルでの超絶アンサンブルでめでたくFineです。

3曲目Quartet No.2 Part 1(dedicated to Duke Ellington)は優雅にして芳醇、ゴージャスさの表出が半端無い、Ellingtonの音楽をCorea流に見事に料理した美しいナンバーです。ピアノイントロに続き、ピアノとテナーのデュオによるメロディ奏、ここでのMichaelの歌いっぷりの見事さといったら!ダイナミクス、微妙なニュアンス、アーティキュレーションの数々を用いた、切ないまでの感情移入による、歴史に残る名演奏を繰り広げています。ソロの先発はベース、ホーンライクで饒舌なプレイは、クールな中にメロディアスなアプローチをふんだんに織り込んでいます。続くピアノソロはGomezのスピリットを受け継いだかのようにメロディアス、その中にEllington風のアプローチ、ニュアンス、音使いを織り込んだ曲想に合致した演奏を展開、そしてテナーソロはこれまたGomez, Corea二人の演奏を踏まえた、彼らの延長線上にしっかりと位置しようという強い意志を感じさせるプレイです。そのままMichaelのソロでFine、余韻を残しつつ次曲にto be continued!

4曲目Quartet No.2 Part 2(dedicated to John Coltrane)、Gaddのマーチング風のドラムソロから始まります。CoreaのColtraneへのトリビュート・ナンバーはキーをCマイナーに設定しました。Coltrane, Cマイナーと言えば61年11月録音「Live at the Village Vanguard」収録のナンバーSoftly, as in a Morning Sunriseを想い浮かべますが、Corea自身も珍しくソロ中にこの曲のメロディを引用しています。

Coltrane Live at the Village Vanguard

先発のソロはそのCorea、縦横無尽に展開する演奏は自身のスタイルの他、どこかMcCoy Tynerのアプローチもイメージさせますが、Coreaは60年代に精進を重ねた世代、当時一世を風靡し、Coltraneのお抱えピアニストであったMcCoyには少なからず影響を受け、しかもトリビュートであれば尚更の事です。プッシュするドラム、ベースと共にアグレッシブでいてクール、知的なアドリブを展開、でも時として左手のコードワークが物凄すぎて知的を遥かに通り越し、まるで野獣のようですが(汗)。
そのままGomezのウネウネ、ブリブリのソロに突入、そしてMichaelの出番になります。前出二人のソロをここでも確実に受け入れ、Coltrane風のフレージングでソロを開始します。「盛り上がらねばならぬ」重責をものともせずにBrecker節をてんこ盛り、ここまで行きますか?との懸念をよそにGaddが後見人たる姿勢で全くコンセプトに合致したインタープレイを展開、音楽の合奏とはこうでなければいけませんよね(笑)。息を吸う暇もないほどの超弩級の演奏終了後、ピアニシモにまで音量が落ちてドラムソロの開始です。この頃のGaddのオープン・ドラムソロは常に斬新な展開を聴かせていました。果たしてここではどうでしょうか?途中からCoreaがパターンを弾き始め、それにGaddが合流する形でソロを続けますが、本編で自身の露出すべき音楽性はすっかり出し切った、と判断したのか、いつもの標高の6分目程度でソロを終了、もっととことんまで行っても良かったと思うのですが、ラストテーマを無事迎え終了です。

作品の本編はここまで以降はCDリリース時のボーナス・トラックです。区切りの意味でしょうか、前曲との曲間に11秒の長いブランクが設けられています。
5曲目Folk Song、本作録音81年夏のMontreux Jazz Festivalでの模様を収録した作品「Live in Montreux」でCorea他、Joe Henderson, Gary Peacock, Roy Haynesでのカルテットでこの曲他Hairy Canary, Slippery When Wetを再演しています。

Live in Montreux

印象的なピアノの美しいイントロから始まるナンバー、Gaddはテーマ時ブラシで演奏していますがソロに入り、スティックに持ち替え、サンバのリズム=「Friends」のSannba Songのグルーヴを聴かせ、その後スイングのリズムを叩いています。Coreaの軽快なソロの後Michaelのソロですが、タイムのポイントが幾分前に設定され、恐らく緊張感が彼にタイムの余裕を欠落させてしまったのでしょう。その後Gomezのソロを迎えラストテーマへ。曲想の違いもありますが、演奏のクオリティは本編とは幾分落ちると思います。

6曲目Hairy Canary、ライナーノートにCorea自身が書いていますがThree QuartetsのメンバーでU.S.ツアーを行い、その際追加テイク中ではこの曲のみを演奏プログラムに加えたそうです。キーがCのブルースフォームのこの曲、軽い手慣らし的に演奏、録音されたように感じます。

7曲目Slippery When Wet、8小節のモチーフを延々とループさせるユニークな曲想のナンバー、かなりフリーフォームに入らんとするコンセプト、「Live in Montreux」のメンバーでの演奏に相応しい楽曲です。作品「Circle」のメンバーでは若干異なりそうですが。

8曲目Confirmationは本作の別な意味での目玉、この演奏が発掘され我々が耳にできるのは幸せな事です。
全編テナーとドラムのデュエットで演奏されるこのテイク、ライナーには特にクレジットされていないのでMichaelとGaddのデュエットに違いないと思っていましたが、どうもドラミングがいつものGaddに比べるとリズムがルーズ、フレージングが異なり、タイムのキレもよくありません。後日Michael本人に尋ね「あのドラムはChickが叩いているのさ」と確認した時は目から鱗状態でした。Coreaはスタジオ内のGadd独特のチューニングのドラムセットを叩いたので、音色からも判断しにくかったわけです。ピアニストが叩くドラミングにしてはスイングしていますが、Coreaは元々ドラマーだったので然もありなん、そういえばMichaelもドラム演奏には堪能です。
デュエットとは思えないほどに持続した素晴らしいグルーヴ、テンション、そしてConfirmationのコードチェンジはこう解釈すべきだと、この演奏で実に明快に提示してくれたMichael、大変勉強になった演奏です。

2020.11.22 Sun

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日頃から佐藤達哉HP Blogをお読みくださり、誠に有難うございます。BlogのCD評をnoteのマガジンに移行し、読みやすい環境、CDタイトルでの検索も容易になりました。どうぞお気軽にご覧くださいませ。https://note.com/magazines/all

2020.11.02 Mon

Friends / Chick Corea

今回はChick Coreaの1978年録音、リリース作品「Friends」を取り上げたいと思います。フュージョン全盛期、自身もエレクトリックやロックテイストの作品を発表し続けていましたが、本作で原点であるアコースティック・ジャズへ一度戻る形となりました。斬新なスイング感のリズムセクションを伴い、名曲ばかりのオリジナルを取り揃えた新感覚の4ビートジャズを展開し、素晴らしい演奏を繰り広げています。

Recorded: January 1978 Kendun Recorders, Burbank, California, USA. Producer: Chick Corea Label: Polydor

p)Chick Corea ts,ss,fl)Joe Farrell b)Eddie Gomez ds)Steve Gadd

1)The One Step 2)Waltse for Dave 3)Children’s Song #5 4)Samba Song 5)Friends 6)Sicily 7)Children’s Song #15 8)Cappucino

Coreaとは初リーダー作「Tones for Joan’s Bones」からの付き合いになる名リード奏者Joe Farrellをフロントに、ベーシストEddie Gomez、ドラマーSteve Gaddによるカルテット、仲の良い友人関係だったことでしょう。作品タイトルや、ライナー掲載写真から和やかな表情を読み取る事が出来、作品全体から伝わるリラックスした雰囲気が全てを物語っています。しかし時として炸裂せんばかりの驚くべき次元のインタープレイの数々、音楽的な振れ幅のあまりの激しさは個々のメンバーの持つポテンシャルの高さを物語っていますが、そもそもがメンバーの音楽的相性の抜群さゆえ、その裏返しと言えましょう。特にCoreaとGaddのふたりはリズム感もそうですが、お互いのアイデアを共有する完璧に同じベクトルを描いています。Farrellのソロそっちのけで(爆)、互いのアイデアをぶつけ合い、拾い合い、瞬殺のレスポンスで場面を活性化する敏捷なプレイの連続。もちろん彼らは様々な音楽に柔軟に対応出来る幅の広い音楽性を有していて、特にGaddは膨大な数の参加作品に、多種多様な音楽への柔軟な対応力を感じ取る事が出来ますが、リーダーバンドであるThe Gadd GangではR&Bをルーツしたコーニーなサウンドを演奏しており(名バンドStuffが原形ではありますが)、仮にCoreaがこのバンドに加わったプレイはどうにもイメージ出来ません。CoreaのRichard Teeライクなプレイ、それはそれで聴いてみたいですが(笑)。一方Coreaはキャリアのごく初期ではサイドマンを務めましたが、一貫してリーダータイプのミュージシャンで、様々な方向性の作品を数多くリリースしてジャズ界に君臨しています。70年代初頭に率いたバンドCircle〜Dave Holland(b), Barry Altschul(ds), Anthony Braxton(reeds)〜彼の音楽史上最もフリーフォームな領域に足を踏み入れた演奏、Gaddがこのコンセプトで演奏するのはあり得ない事でしょう。グルーヴとカラーリングの妙を信条とするプレーヤーですから。本作で演奏されているスタイルでのふたりの相性は史上稀に見る、DNAまでマッチングする一卵性双生児のごとき同一性を聴かせています。

91年リリース「The Gadd Gang」
71年2月録音Circle Paris Concert

Coreaの77年録音作品「The Mad Hatter」収録Humpty Dumptyが本作の原点と言える演奏です。同一メンバーによるCoreaの傑作ナンバー、以降の彼の主要レパートリーの1曲になりました。発表当時はそのあまりに斬新なアプローチに話題騒然で、我々学生もこぞって楽曲にチャレンジしましたが(演奏したくなる魅力に溢れています!)難曲中の難曲、そして曲の持つ崇高にして気高いムードが中途半端な演奏者を寄せ付けず、未熟なミュージシャンを篩に掛けるに持って来いのナンバーでした(自分は篩下の落下物だったですが笑)。

Mad Hatter / Chick Corea

まさかこのメンバーで1枚作品が出来上がるとは思いもよりませんでした。「Now He Sings, Now He Sobs」はMiroslav Vitous, Roy Haynesとのトリオ、アコースティック作品でしたが、以降Corea一連の作品「Return to Forever」「Light as a Feather」「The Leprechaun」「Hymn of the Seventh Galaxy」「Romantic Warrior」「Musicmagic」「Secret Agent」「My Spanish Heart」…枚挙にいとまがありませんが、スパニッシュ、エレクトリック、ロックのテイストをとことん披露した作品群の後、ここまで徹底してアコースティック・ジャズを演奏したCoreaに、音楽の幅の広さを痛感した覚えがあります。これらイーヴン系のリズムが基本の音楽はスイング・ビートのジャズに比べて表現の間口が広く、オーディエンスにも受け入れが容易です。反してスイングは数あるスタイルの中で、演奏が最も困難にして聴く者にある種の強いる要素を抱えています。しかしここでの演奏は強いる事を遥かに通り越した次元での、誰にでも強力に訴えかけ、しかも容易に理解できる純粋芸術的領域での表現を提示しています。例えば画家Pablo Picassoのキュビズムによる一連の作品、その中でも頂点にあるゲルニカは観る者に圧倒的なインパクトを与えます。Picassoの情念がキャンバス、筆と絵具(ゲルニカの場合はペンキ)を媒体とし、誰も成し得ていない次元での手法をもって表現され、大胆な構図を施した絵の持つ存在感に圧倒されるばかりですが、同時に「よく分からない」感は拭い切れないと思います。キュビズムの手法にはつきものですが、でも言ってみればその「よく分からない圧倒感」が芸術鑑賞の原点だと感じています。そこから更に細部に入り込んで理解を深めて行くかどうかは、個人の好みであるとも思います。

本作の有無を言わさぬ演奏クオリティの素晴らしさ、そしてこの作品でサックス奏者がMichael Breckerに替わったとしたら、それはそれはさぞかし凄い事になりそうだ、とミュージシャン同士でよく話をしたものです。Farrellの持ち味にも格別なものがありますが、他の3人に比べるとどうしてもワンランク落ちてしまいます。一方当時のMichaelはまさに飛ぶ鳥を落とす勢い、八面六臂の活躍ぶりで作品毎に進化を遂げており、このリズムセクションのフロントマンとして参加資格があるのは彼だけではないだろうかと。我々だけではなく全世界で、本人Coreaももちろん感じたのでしょう、Dreams come trueとなり81年1, 2月録音の「Three Quartets」が世に出た際には吃驚仰天しました。

Three Quartets / Chick Corea

こちらの演奏内容の一転してのシリアスさ、まるで取り憑かれたかのような集中力、楽曲の難易度、Michaelの超人的演奏、Coreaはもちろん、Gadd, Gomezたちのプレイの更なる飛翔ぶりも相まって、彼の作品群の中で最もハードコアな仕上がりの一枚になりました。気になるのはFriendsでの大らかさとリラクゼーション、Three Quartetsでのストイックさとダークさの間にどんな心境の変化、インスピレーションの変遷がCoreaの内面にあったのか。詳しく知りたいところではあります。

79年にMike Mainieriが気の合う、音楽的にも優れたスタジオミュージシャン〜Don Grolnick, Michael, Gomez, Gaddたちと、Brecker兄弟が経営するNYC Manhattanのジャズクラブ7th Avenue Southにてセッションを始めたのがきっかけとなり、バンド名Stepsとして活動を開始、翌80年12月六本木Pit Innにて日本での旗揚げライブを1週間行い、その時の模様を収録した「Smokin’ in the Pit」が翌年リリースされました。高度な音楽性、緻密にして高次的理論に基づくインプロヴィゼーションの嵐、素晴らしいインタープレイはGadd, Gomezのリズム隊に負うところが大、彼らの起用は紛れもなくFriendsが元になっていますし、Three Quartetsに於けるプラスMichaelと言う人選も、これまたStepsからの流れに他なりません。時系列でのミュージシャンの入れ替わり、兼任・重なり具合、派生を眺めてみるとまた違った側面が見えてきます。

Steps / Smokin’ in the Pit

それでは収録曲について触れていく事にしましょう。1曲目The One Step、冒頭Fender Rhodesとベースのユニゾンによるテーマが奏でられ、リピート時にはベースはバッキングに回りソプラノサックスがテーマを演奏します。可憐な雰囲気をたたえた楽曲はオープニングに相応しい、良きスターターとなり得ています。Coreaにしてはシンプルなナンバーですが、曲の構成がよく練られています。4分の2拍子を含む打ち伸ばしやシンコペーションが効果的、テーマ中のRhodesのフィルインソロもグーです!Farrellが美しい音色でメロウにテーマ〜ソロを取ります。シャッフル風のリズムを叩くGaddとバッキングでカラフルに演奏するCorea、この時点でFarrellのソロには関係なく既に二人で呼応し合っています(汗)。Coreaのソロに入った途端にベースがリードし、Gaddがスネークイン、倍テンポのスイングに変わります。「ほんの少しだけ」前にリズムのポイントを置いたベース、ドラムのタイム感、そしてGaddの限りなくイーヴンに近いスイング・フィールのシンバル・レガートがカッコいいです!倍テンポになっても打ち伸ばしやシンコペーションが用いられているので、テンポ増しでこれらのキメは一層的を得たものになっています。Gomezのウネウネしたラインに纏わり付くGaddの多彩なドラミング、Coreaのパーフェクトなタイム感と相まって三者見事に連動しています。仕掛けて来るGomezのフレーズ、Coreaのソロにも同時に反応するGaddは、複数人の話を同時に耳にし、理解し得たと言われる聖徳太子状態です(笑)。

2曲目Waltse for DaveはCoreaの友人でもあり、先輩格のピアニストDave Bruebeckに捧げられている、美しくカラフルな場面展開を持つ名曲です。テーマは初めのAの部分をCoreaが、その後Farrellがフルートで美しく演奏しそのままソロに突入、よく聴くとGaddのブラシでのカラーリングが実に様々なアプローチ、小技、フレーズを連発しているのですが全くうるさくありません。フルートソロからスティックに持ち替え対応、2’11″辺りからのサビで4人が主張し合い、2’26″辺りからのGaddのフレーズにCoreaが合わせ始めます。Farrellがソロをとっているにも関わらず!このアルバムはフロントのソロそっちのけでのドラムとピアノのインタープレイが随所に聴かれる、稀有な作品でもあります(笑)。その後のピアノソロはさすが作曲者、変幻自在に曲のイメージの中に深く入り込み、Gadd, Gomezたちは自身でソロを取っているが如き音数のバッキングを繰り出し(笑)、Coreaと三つ巴で盛り上がっています!続くベースソロはエッジーな音色、正確なピッチ、イントネーション、歌い回し、ソロの起承転結全てに申し分ありません!Bill Evans「Live at the Montreux Jazz Festival」での”バチバチ”系ベースの音色のイメージがあり、ハードなセッティングとイメージしていましたが、むしろ弦高を極端に低くして柔らかく弦をつま弾いています。彼とは一度共演をした事がありますがクールな雰囲気で、細身で長いタバコMoreをオシャレに愛煙していた印象があります。

Gaddのドラミングスタイルですが、前述の通り膨大な数のレコーディングに参加しているために、演奏露出の機会は誰よりも多いので耳馴染み、お得意のフレーズが出ると嬉しくなってしまう次元の耳タコ状態ですが、実は誰にも真似の出来ないオリジナリティ溢れるプレイ、いや、それを通り越して相当の変態スタイルだと思っています。人が行うドラミングの手順があるとすると、必ず逆から辿るような、また演奏は定型でいるようで不定型の極みです。加えて通常では思いつかないようなレスポンス、アプローチを常に繰り出す真のアーティストであると認識しています。演奏の入魂ぶりは凄まじく、同じジャズドラマーElvin Jones, Roy Haynes, Tony Williams, Jack DeJohnetteと並び称されると思っています。

3曲目Children’s Song #5はCoreaのライフワークのひとつ、多くのバリエーションがあり、いずれもが小品として自作品に度々登場しますが、83年7月に「Children’s Songs」としてNo.1からNo.20までをソロピアノで、1曲のみcelloとviolinを伴って一枚の作品として録音しました。Bartokの名ピアノ曲集Mikrokosmosがルーツになっています。

Chick Corea / Children’s Songs

ここではドラム抜きの3人でクラシカルに、リリカルに演奏を行い、次曲に向けての丁度良いブレークとなり得ています。

4曲目は本作中白眉の演奏Samba Song、いや〜本当に素晴らしいプレイです!!文字通りサンバのリズムを用いたナンバーですが実に多種多様なアイデアが施され、恰もそれらが一寸の隙間もなく完璧に聳え立つ高層建造物として、4人の建築家が設計・施工、構築しているが如きです!実はシンプルなメロディのひとつがモチーフとして色々な形でイントロから表出し、リズムやバックのパターンを変化させて壮大なストーリーを作り上げていきます。このリズムセクションでなければ間違いなく成り立たなかったでしょう!Farrellのソロに入った1’26″でのCoreaのバッキング!何すっかこれは?ソロを取るプレイヤーにしてみればいきなりハードルをあげられた形です!1’41″のGaddのフレーズに瞬時に喰らいつき発展させるCorea、インタープレイを纏めるGaddのフレーズ、1’50″からのCoreaのフレーズを1’55″で発展させて応えるGadd、こちらは彼のお得意フレーズのひとつです。2’11″からのFarrellのフレーズに応えるCorea、2’36″でのGaddのフレーズをCoreaが受け継ぎ変化させ、2’47″で合流する爽快感!程なくテナーソロが終わりピアノソロに移行しますが、透かさずGaddがドラミングのパターンを変えました。本当に芸が細かいですね!その後猛烈にしてヒューマン(!)なスネアロールが入り、スイングにリズムが変わりますが、Gomezも一切の躊躇がなくぴったりとリズムがハマります。4’00″過ぎからGaddのパーカッシヴな「シャッ」「ドスン」「ピシャピシャピシャ」「ドンブラコドンブラコ」(笑)とフレーズが入りますが切れ味の鋭さ、やりっ放しにせず締めのフレーズも用い、Coreaの4’40からのフレーズに暫し静観し4’49″からのヴァージョンアップしたスネアロール、ここで刷新し、5’06″からそろそろクライマックスに持って行くべく猛烈な2, 4拍バックビート・アクセントの連続!それにしてもCoreaの一糸乱れぬタイム感とテンションの持続、迸るアイデア、5’21″からまるで鍵盤を隈無く打鍵するかのようなフレージング、ここまでの演奏を行うためには、さぞかし自己鍛練の化身として日々過ごしている事でしょう。続いてGomezのソロ、今までにこれだけの事象があったにも関わらず、クールに淡々と物凄いピチカートをプレイしています。リズムは再びサンバに戻り、しばらくベースソロがフィーチャーされますが、Coreaのバッキング・アイデアは尽きる事なく、相変わらずリズミックでハイパーの連続です!Gomezも次第にヒートアップ、タフな方です!とうとう7’26″からCoreaが最終段階に突入すべくリズム・フィギュアを提示、ベースソロにも反映されつつ少し遅れてGaddが追従し、フィナーレとなるべくテーマに突入します。Gadd大暴れで叩きまくり、この最中Farrellはテナーから僅か2秒余りでソプラノに持ち替えました!こんなに密度の高い音楽空間を僕は他に知りません!今度はGaddのオンステージ、パターンの上での縦横無尽のドラムソロ、タムの録音定位が左右に振られているのでソロ中スネア回しが右へ左へ、左へ右へとダイナミックに聴こえます。Gaddのプレイを前述変態呼ばわりしましたが、ここでのプレイはまさしく変態中の変態(爆)!もはや常人の域ではないですよ!そしてラストのモチーフを経て遂に演奏が収束しますが、ゼンマイ仕掛けの猿の人形のシンバルがゆっくりと動きを止めるが如きエンディングです。

5曲目Rhodesの可愛らしいイントロから始まる表題曲Friends、メロディをFarrellがフルートで奏で、リズムセクションが優雅にサポートします。こちらもリズムはサンバですが、前曲のSamba Songとは異なるBrazil系のサンバのリズムになります。美しさ、穏やかさが音楽表現の原点なのだ、と再認識してしまうほどに見事なアンサンブル、各人の曲想にマッチしたソロ、Gaddの繊細でアイデア豊富、かつグルーヴマスターとして他の3人の演奏を確実に映えさせる巧みさ、ベースソロ後ラストテーマへ、そしてエンディング部になりますが、8’08から聴かれるRhodesのメロディは聴き覚えがあると思いきや、「Return to Forever」収録でFlora Purimの唄をフィーチャーした曲、What Game Shall We Play Todayじゃありませんか!引用フレーズをソロに挿入することがまずないCorea、たまたまなのか何か狙いがあっての事なのか、真意の程は分かりません。

Return to Forever

6曲目Sicilyはアップテンポのナンバー、テーマで4拍目にアクセントが必ず入るリズムパターンはスリリングです。フルートとRhodeのユニゾン〜ハーモニー織りなす豊潤なサウンド、曲の展開部では半分のテンポに変わり、メリハリの効いた構成が魅力的です。フルート、ベースのソロが続き再びテーマが奏でられ、その後全く別なセクションを経てCoreaのソロが登場しますが、Gaddとの音楽的呼応を楽しむために設けられたパートなのでしょうか、徹底的にCoreaのフレージングに応えています。ラストテーマのシカケはこれまた凝り凝りのシンコペーション炸裂大会です!

7曲目のChildren’s Song #15、#5と同様にフルート、ピアノ、ベースの3人で演奏されています。こちらも短いながら存在感のある楽曲でチェンジオブペース、次曲への良き箸休めとなりました。

8曲目ラストを飾るのはアップテンポのスイング・ナンバーCappucino、こちらも怒涛のテイクになりますが、恐るべき次元での複雑な曲の構成と、対して全く確実に、難なく演奏するGaddの神がかったプレイが聴き物ですが、Gomezのon topのベース・プレイが実は影の功労者です。そのGomezからソロがスタート、ベース演奏に関して必要である全ての事象に完璧さを聴かせる、本作中ベストのクオリティです!続いてFarrellのソプラノソロ、モーダルなスタイルをJohn Coltraneから継承している彼のお得意分野なのでしょう、ディープな領域にまで入り込み、リズムセクションをインタープレイ三昧の世界に誘い込んでいます(笑)。続くCoreaのソロではFarrellの最後のフレーズを受け継ぎスタート、Gaddの巧みなアプローチを満身に受け、触発されつつ応え続け、Gaddに更なるインスピレーションの発露を要求しているが如し、「もっと煽ってくれ!」とのCoreaのリクエストに嬉々として応答したドラミングを展開しています。ピアノソロもさすがに終盤戦では前述のCircleでの演奏をイメージさせるフリーの次元にまでイッています!ラストテーマに突入すべくキメっぽいフレーズを連呼したCorea、テーマのアウフタクトを弾き、察知したGomezはブレークしますが、珍しくGaddが「オッと!」とばかりにブレークせず一瞬溢れますが、こんな事は些細な出来事、小さなミスより大きなノリです!ラストテーマではCircle状態が再演されますが(笑)、Coreaのエキサイトぶりが伺えます。エンディングも新たなセクションが設けられ、これまた偏差値の高いシカケを経てFineですが、Farrellは対応しきれず(?)忍法霞の術を用いて途中でドロンしたようです(笑)。